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<PCシナリオノベル(シングル)>


海岸洞窟を攻略せよ
「8つめ」
 相手の首を狙って、鉄棒を振り切る。すると首をもろくも怪力で両断されたその相手は膝から崩れ落ちる。するとその影からもう1体、人影が現れる。
「ちっ、これじゃあきりがない」
 新たに現れた人影、白衣を着込んでいるその姿は首から下を見ている限りでは誰も不審に思わないだろう。が、首から上、すなわち顔を見れば精神が細い人間ならばその場で失禁してしまうか、もしくは回れ右をして逃げてしまう事だろう。眼は裏返り白目をむいており、口からはだらりと舌をたらしている。これが健康な人間だ、なんて思う楽天家はいないだろう。しかもその肌は青ざめており、一目でそれ、とわかる。すなわち、この世の律令から照らし合わせると人外であると。
 レイベルはそういったこの世に在籍していない不思議なエネルギーで動き回る存在には慣れており、今回彼らに行く手をさえぎられた時でさえ平然としていたものだ。
 だが、その数にはさすがのレイベルも辟易としていた。今、レイベルの視界内にいるだけで、その数はまだざっと10は軽くこえる。
 これまで、この海岸の洞窟に入ってから叩きのめした数が8体。視界に見えるだけであと10。私は怨霊のたぐいであったとしてもこれほどの数を一度に相手にした事はなかったな、とレイベルは一呼吸おきつつ思った。
「しゃらくさい。まとめて行く」
 そう吐き捨てると、レイベルは持っていた鉄の棒をゆらゆらと平衡感覚を失ったような動きをする人影に向かって、投擲の要領で投げつける。すると、同時に2体の人影に鉄の棒が突き立てられる。その2体の人影は投げつけられた勢いで後方へと倒れ込む。
 死霊兵、と呼ばれるその人外の存在は意思をもたずにうごめく。例えこの世に存在を許されぬ者であったとしても、レイベルは特に干渉するつもりはない。その相手が自分の意思に反して行動を遮りさえなければ。だが、今回、この海岸の洞窟に入り込むや彼らはレイベルの行く手を遮り、あまつさえレイベルに攻撃の意思をむき出しにし襲い掛かってきたのだ。寛容な人柄、とはいいがたいレイベルにとってまさに好機といったところだった。日ごろのストレスを解消できる、とばかりに手元にあった鉄の棒で彼女の剛力を死霊兵に御披露、とあいなったわけである。
 それにしても数が多い。先ほど投げつけた鉄の棒を手元に戻し、レイベルは思案にくれる。目的地は間違いなくこの先にある。それについては自信をもてる。この死霊兵の存在が彼女の心に「ビンゴ!」と叫ばせるのだ。だが、こいつらすべてを相手にしていては日が暮れる。レイベルは今回のこの海岸の洞窟への潜入、そして目的を達成するのに1日とかかるまい、とたかをくくっていたから装備が充実していない。なによりこれほどの障害が発生するとは思っても見なかったので、攻撃用の武器なんてものは持ち合わせていなかった。死霊兵を相手どって一進一退を繰り広げているこの心強い鉄の棒でさえ、この洞窟で死霊兵に出会ってから見つけたものだったし、そもそもストリートドクターのレイベルが銃だの刀だのを持ち歩いているはずがなく、唯一の刃物といえばメスくらいなものだが、彼女は往診鞄は邪魔になると思い、宿においてきてしまった。仮に持っていたとしても、やはり邪魔になっていたろうし、メスでは死霊兵相手には心もとない。
 レイベルは、一つの仮説を立てた。死霊兵どもは高等な戦術を持ち合わせてレイベルを追い詰めているわけではなく、一途に彼女に追いすがってくるのみだ。ならば、彼女を中心として死霊兵を一箇所に集めて一網打尽にしてしまえばいいのではないか、と。
 レイベルは鉄の棒を片手に、動きの鈍重な死霊兵の間を走り抜けた。走っても走っても、その先には死霊兵がうごめいている。
 ある一点に達した所で、レイベルは動きを止める。すると死霊兵は彼女を中心にわらわらと集まりだした。
「まとめていく」
 レイベルは気合を自らに込めるように呟き、鉄の棒を野球のバットの要領で持ち思いっきり振りかぶり、振り切る。するとどうだろう。動きの鈍い死霊兵はまとまってレイベルの鉄の棒の餌食となる。人並みはずれた力をもっていると自負している、そして、それは客観的に見ても事実なのだが、その力を持ってさえいるからできる戦法であった。
 10回はスイングを繰り返したろうか。レイベルの周りに死霊兵の残骸があたりに山を作った頃には、彼らの姿は数える程度に減った。
 これなら振り切れる、とさすがに力を振るうのに辟易としていたレイベルは洞窟の奥へと走り出した。

 
 今回、レイベルがこの南の島へと旅立ったのには理由があった。南の島へバカンス、という楽しい発想からではない。彼女はある物を探していた。
 場所は東京。コンクリートジャングルにヒートアイランド現象でうっそうとした森林にいるかと思い込むかのような蒸し暑い日々が続いていた。レイベルの片手にはある一枚の紙が握られていた。そこには悪魔との契約に関する事が書かれていた。レイベルが悪魔と契約を交わすために書かれた物ではない。悪魔と契約なんてしなくても彼女は十分幸運に恵まれていた。他人がどう思うかわかりかねるが彼女自身は不幸だなんて思ったことはなかった。悪魔との契約書、それを書いた人間、そしてそれを取り巻く一連の事件をレイベルは「仲間たち」と解決させるという事があった。そして、その中で偶然の産物、宝のありかを知らせてくれるという親切極まりない妖精がその契約書から現れたのだ。
 当初、その悪魔との契約者が行方をくらましてしまい、契約に必要な手続きが取れなくなったその契約書に宿る妖精が難渋しているところをレイベルは契約者を見つけ出したのだ。するとその妖精は宝のありかを教えるという。多額な負債を抱え込むレイベル ラブにとって渡りに舟だった。少しでも負債を返済できる、という淡い幻想を抱いて。
 そんな折だった。ドクターザメンホフから連絡があったのは。ザメンホフは世界にネットワークを広げる裏社会の闇医者ギルドの連絡係であった。闇医者ギルドの起源は古い。中世ダイヤモンドの売買に活用されたユダヤ人間のネットワークを起源としており、常に迫害を受け続けるユダヤ人にとってとても重宝する医療のネットワークであった。だが、現在となっては裏社会に強いつながりをもっており、本来の意味でのユダヤ人にとってのネットワークからレイベルのような免許を持たない闇医者にとっての場であり、表立って病院へいけない人間にとっての医療の場となっている。
 そんな闇医者ギルドのドクターザメンホフが普段とはうって変わって思いつめた顔つきでレイベルに話を切り出した。
「今となっては幻の島として一部の人間にしか知られていない、中ノ鳥島に点在する海岸の洞窟を探索し、その奥底にある、ある物を奪取して欲しい、という依頼があった。成功報酬は1億。どうだね?レイベル。受けてみてはくれないか」
 ザメンホフからの呼び出しの連絡だったのでまた医療の話かと思い訪れたレイベルは、そう言うザメンホフの、いつもより神妙な表情と変わった話に面食らった。だが、成功報酬1億という言葉を聞いてやや疑心に満ちた表情でたずねた。
「確かな筋でしょうね。その話。1億ってのも本当かしら。依頼者は?」
「依頼者については触れられないという約束だ。だが、間違いない。確かな話だ。保障しよう」
「それ以外の情報はないわけ」
「ああ、詳しい事ははっきりしない、という話だ。行けばわかると。受けてくれるかね」
 怪しい話だが、ザメンホフは今まで一度も裏切った事がなかった。レイベルとしては信じる他になかった。
「わかったわ。行ってみるわ。中ノ鳥島とやらにね。都会の蒸し暑さに、もううんざりしていた所だし」
 暗い表情をしていたザメンホフの表情が一変し目尻が下がり、人の良さそうな笑顔を浮かべる。
「たのんだよ。こんな話、君にしか頼めそうもなかったものだからね」
 ちょっとひっかかる言い方、とレイベルは思ったが一つ思い当たる事があったので今回の依頼を快諾した。
 ひっかかる点。それは、例の悪魔との契約書から現れた契約の妖精の宝のありかの話だ。宝は遠方南にある、と。また、空気の淀み霊気に満ちた所だと。中ノ鳥島が南にあるとして、空気の淀んだ所、それに霊気に満ちた場所、というのがひっかかるが、ひょっとするとその件のお宝も同時に手に入れる事ができるかもしれない。レイベルは甘い誘惑に駆られ、ひと時の夢心地を味わいかみ締めつつ南の島へと旅立ったのだ。


 甘かったわね、とレイベルは回想していた。単なる宝探しと踏んでいたのが甘かったのだ。洞窟を探し回り、奥底にある、ある物とやらを発見してそれで済む話だと踏んでいた。契約の妖精もそれは宝と深いかかわりがある、という。だが、死霊兵がダース単位で襲いかかってくるだなんて、こんな過酷な状況に追い込まれるとは思いもよらなかった。
 走りながらレイベルは後悔しつつあった。だが、ここまで来てしまった以上、真相に深く迫りたいという強い思いに後押しされ、ひたすら洞窟を奥へと走る。後ろからは死霊兵の残党が迫り来るからだ。
 何度か洞窟の分岐点に差し掛かったが、レイベルは自分のカンを信じて走り抜けた。
 すると、あるちょっとした広間へと出た。その広間には電灯がこうこうと灯されていた。自然の洞窟に不自然だ、レイベルは何か嫌な予感がした。が、その足を止めることはなかった。
 広間を奥へと歩いていくと、人の手の入った形跡があちこちに見受けられる。机や椅子、何かの研究資材と思われる試験管やら電機器具。それのどれもが古ぼけている。不思議な事にほこりひとつとして見受けられない。古いものであると連想させられるのに、いまだに使われているかのように手入れがしっかりと入っているのだ。
 そこは何かの研究施設だ、とレイベルは決断を下したその時、その空間の奥のほうから鈍い音が断続的に聞こえてきた。音のするほうへ歩みだすレイベル。その時であった。
「あなたは誰。そこで何をしているの」
 若い女の声で誰何されたレイベルは、思わず声を上げてしまいそうに驚いた。こんな死霊だらけの所で声をかけられれば誰だって驚きの声の一つも上げてしまうだろう。
「侵入者ね。連合国の工作員?それとも枢軸国の方?」
 あまりにこの場に不釣合いな幼い顔立ちにあどけない表情。
「あなたここに迷い込んだの」
 レイベルは思わずたずねてしまった。なぜならあまりにも彼女がここにいる理由が不明だからだ。迷い込んだ、という発想しかレイベルの頭の中にはわかなかった。
「迷い?ここは私の守るべき場所。あなたこそ何故ここへ」
 躊躇ないきっぱりとした返事が返ってくるばかりだった。彼女には強い意思が感じられる、レイベルはそう思い何故彼女がここにいるのか、判断に困っていた。
「あなたは邪まな思いでここへ来たのね。ここは荒らさせない」
 そう少女が言うや否や、彼女は右手で空を切る。するとそこには今までなかったはずの日本刀が握られていた。マジック、それとも魔術、とレイベルが躊躇していると少女はレイベルめがけて走りこんできた。
「侵入者は即刻」
 そういいながら少女は手に持った日本刀を振りかぶる。
「排除」
 レイベルめがけて振り下ろされた日本刀を、すんでのところで鉄の棒で防いだ。
 激しい金属の触れ合う高い音があたりに響きわたる。軽く火花がほとばしる。
 不意の事でレイベルは混乱した。
「ちょっとまって。私はあなたと争う為にきたわけじゃないの」
 少女は体に見合わぬ力の持ち主で、鉄の棒で防いでいるレイベルが思いっきり力を込めて踏ん張ってようやく、刀の力を押しとどめている。少女はなおも力をぐいとこめてくる。
「ここへ来た理由はわかっている。怨霊機の破壊」
 少女はいったん後ろへ飛び下がると、剣先をレイベルの喉元へ突きこんでくる。今度は攻撃を予想していたレイベルは、余裕をもって体を半身にしてかわす。
「怨霊機?一体なに」
 少女の剣戟はなおも続く。鉄の棒を駆使して攻撃をかわすのが精一杯のレイベル。
「問答無用。私は任務をまっとうするのみ」
 剣を水平になぎ払う。レイベルは後ろに飛びかわす。
「任務って。ちょっとまって私はこの洞窟の奥にある宝を」
「宝?怨霊機を持っていこうというの?怨霊機には指一本触れさせない」
 続く少女の攻撃。突然の事でパニックに陥っていたレイベルであったが、さすがにここまで一方的に攻撃をされるのは本意ではない。いや、むしろ気の長い方ではないレイベルは頭にきていたのだ。それもかなり。
「さっきから聞いてればあなた一方的になによ」
 レイベルは鉄の棒を思いっきり振りかぶり少女に打ちつけた。
「ここへ進入してくるあなたが悪いのよ」
 剣で少女がレイベルの一撃をかわしつつ続ける。
「嫌ならでていって。早く。私だって人殺しは嫌なのよ。だけど、命令を」
「命令、任務?さっきから聞いてればあんた人のいいなりでいいわけ?」
「私はここを守る為に作り出された存在。あなたにはわからないわ」
「作られたって、どういうこと」
 レイベルに一瞬の隙が生まれる。それを少女は見逃さなかった。レイベルの頬に一筋の剣の通り道ができた。血がにじみ出てくる。
「あったまきたわ!」
 レイベルは半狂乱とも見て取れる激しい打ち合いを始めた。
「私の体に傷をつけるなんて!」
 もともと剣術などとは無縁で力任せに振り回すものだから、レイベルには隙が生まれる。だが、反面ここまでの豪腕で打ち付けられると少女の方にも隙が生じる。その時だった。レイベルが横になぎ払った一撃が少女の足を捕らえた。激しく打ち付けられた一撃だったので、レイベルはこれで立てなくなる、とふんだ。だが、現実は彼女の予想をはるかに想定外に動いていた。少女は傷一つ作ることなくちゃんと両足で立っている。
「なんで?そんな、馬鹿な」
「私は作られし存在。私を傷つけることは不可能。私の存在を消す事は不可能。私は任務をまっとうする。私は怨霊機を守るためにここにいる」
 狼狽しているレイベルは後ろにたじろいだ。
「あなた人間じゃないのね。作られし者って、ひょっとしてこの研究所で?」
 錬金術の奥義に人造人間の製造というのがある。レイベルは頭の中の記憶を模索する。だが、錬金術を用いて、人造人間の製造に成功したとしてもこれほどまで美しい姿を保たせる事は不可能なはずだ。レイベルは、これ以上彼女との交戦は無意味だと知った。
「私が悪かったわ。突然ここへ現れてごめんなさい。私はここを荒らすためにやってきたわけじゃないの。偶然、ここへきてしまっただけなの。私はレイベル ラブ。あなた名前はあるの?」
「私は零。ここを守る為にここにいる。あなたは侵入者じゃないの?連合国のスパイ?」
「スパイじゃないし、連合国とも関係ないわよ。ただ一つ聞きたい事があるの。教えてくれる?」
「何を聞きたいというの」
「あなたはここで作られたのね。そう・・・お父様方はどこへいってしまったの?」
「私はここで生まれた。お父さんはいない。みんなこの島をでていった。私はここで怨霊機を守るの」
「怨霊機ってなにかしら」
「それは秘密。誰にも教えられないの」
「みんなはこの島をでていったっていったけど、あなたはどうしてここに残るの?それが任務だから」
「そう。任務」
 零は託された任務に誇りを持っているらしく、無表情な顔に、任務の話をする時は誇らしげな表情を表す。
「どんな任務なの?怨霊機を守ること」
「そう。それとこの島に残っている研究者を皆殺しにすること。でも、失敗しちゃった」
 申し訳なさそうな顔をレイベルに向ける。深く傷つくことでもあったのだろうか。
「任務に失敗したの?怨霊機を壊されちゃったとかかしら?」
「壊されはしなかったの。でも、怨霊機にイタズラをされちゃった。それにその人に逃げられちゃったの」
「それはいつのことかしら。最近の話?」
「ううん。もう57年前のこと。みんながこの島を離れていった時にね、私言われたの。怨霊機を守れって。秘密を絶対にばらすなって。それなのに」
 零は言葉を濁す。任務をまっとうできなかった事に悔いがあるのだろうか。
「怨霊機を守れなかったの?」
 頭をたれる。
「うん。生き残りは殺せ、って言われていたから私はこの島を探しまわったの。その時に、あの人ブルーノが怨霊機にイタズラするのを見つけたの。それで、あわてて追いかけたの。でも、逃げられちゃった。だから、任務はまっとうできなかったの」
 今にも泣き出しそうに瞳が潤んでいる。
「イタズラって何かしら?それも秘密?」
「ううん。秘密じゃないよ。教えて欲しい?」
 潤んだ瞳をぱっと輝かせて、悪戯っぽくレイベルに笑いかける。なんだ、表情がちゃんとあるんじゃない。人造だから表情がてっきりないものだと思ったレイベルは少しほっとした。話合えば、コミュニケーションが取れるじゃない、と。
「教えて欲しいわ」
「怨霊機の事は秘密ね。だからお話できないの。でもね、怨霊機の使い方をちょっと工夫するとね、不死のエネルギーが手に入るようになるの」
「怨霊機を見せてもらえないかしら」
「それは駄目。絶対駄目。任務だもの」
「その人、ブルーノは不死のエネルギーを手に入れようとしたの?」
「わからない。でも、多分そうだと思うの。お父さん達が噂してたの聞いたもの。ブルーノの行動が怪しいって。それに最後まで島に残っていた人はブルーノよ。私が任務で残った人間を殺そうと思って追いかけた、最後がブルーノだったから」
「ブルーノって当時いくつだったの」
「わからない。けど、お父さん達と同じくらいだから、うーん40歳くらいかな」
「わかったわ。ありがとう。いろいろとお話できて嬉しかったわ。私はこれでここを離れるわ。もう荒らしたりしないから安心して任務をまっとうしてね」
「もう帰っちゃうの。そう」
 人恋しいのだろうか。レイベルが別れを切り出すととたんにしょんぼりとする。レイベルは後ろ髪引かれる思いだったがもう長居は無用だった。すべての歯車がレイベルの中でかみ合っていた。今までバラバラだったパズルのピースが一つ一つ特定の場所へ埋まっていくように。
「また、どこかであえるといいわね」
「うん。私達、友達?」
「うん。友達よ。きっとどこかで会えるわよ。そんな気がするの」
 そういってレイベルは零と別れ、洞窟をたどり島の外へと出た。
 外はもう夕日が海面に差し掛かろうというところだった。随分手間取ったけど、それだけの成果があった、とレイベルは満足感をかみ締めている。いや、まだこれから一仕事残っているのだが、と気を引き締め島を離れる今日最後の連絡船にまだ間に合いそうだと時計を見て、桟橋へと走り出した。


 東京に着いたときはもう夜中だった。ここ数日続いている熱帯夜は今日も健在だった。レイベルは都市に戻った事を肌にまとわりつく湿気で思い知った。
 ドクターザメンホフは一日の用事が終わりオフィスへ戻った時に、時計がちょうど12時を指した。オフィスは当然真っ暗で、帽子を脱いで汗ばんでいる顔を帽子で一扇ぎし、やれやれと電灯のスイッチを入れようと思った時、不意に声をかけられた。
「ドクター。よくもはめてくれたわね」
「だ、誰だ」
 ザメンホフが明かりを灯すと、そこにはレイベルが立っていた。
「誰だ、はないんじゃない?せっかく南の島のヴァカンスから帰ってきてお土産をこうして届けてあげようっていうのにさ」
「レイベルか。どうしたんだこんな時間に。それに中ノ鳥島へ渡ったんじゃないのか」
 いないはずのレイベルの登場に狼狽したザメンホフは辛うじて声に出した。
「今さっき戻ったのよ。それでさっそくドクターザメンホフに報告をと思ってね。このくそ熱いのに」
 レイベルは殺気だっていたが、なるべくその気配を消そうと試みていた。
「お、おおう。それで、どうだったんだね。中ノ鳥島では。お土産というからには収穫があったのかね」
 その割にはレイベルは手ぶらだ、と不審に思いながらザメンホフはあたりを見回した。
「怨霊機ね」
「あ、ああ。それが収穫かね」
「しらばっくれるのもいい加減にしたら。三文芝居を見せられるはもううんざり」
 というや否やレイベルは一気にザメンホフに詰め寄り、首根っこをつかみ自分より身長のあるザメンホフを吊るし上げる。
「ど、どうしたというんだ。何をする」
「全ては仕組まれてたわけね。それで私にしか、私のような特殊な人間じゃなきゃいけなかったわけね」
「何をいっているんだね。早く降ろしたまえ」
 首をつかまれ苦しいザメンホフは喘ぎ答える。
「で、ブルーノさんから何をもらうのかしら?1億なんて嘘っぱちね。あんな怨霊機みたいなものを持ってきたら危うく廃人にされちゃうところだったわ」
 ブルーノの名前を出されて観念したザメンホフは急にしゅんとなった。
「私の家族が人質に取られていたんだよ。もう50年以上前の事だ。当時は私も若かった。10代で量子霊子間物理学の論文を書き上げたのさ。当時はそんなオカルティズムの研究なんて誰からも相手にされなかったが、私の研究は確かな成果を上げていた。私には自信があった。そして貧しいながらも家族を持った。そこへ、ナチスドイツが攻め込んできた。私は当時フランスに住んでいた。我々ユダヤ人はフランスではあまり差別を受けずに生活をすることができた。だが、ナチどもがやってきて私の家族は囚われの身となった。そこへ現れたナチどもが私に何を望んだと思う?」
 レイベルに静かにたずねるように語りかける
「私の確立した学問、量子霊子間物理学に目をつけてきたのさ。奴らは。それで私は研究を強要された。そして、私は中ノ鳥島へ派遣された。家族を人質にとられている身では拒む事はできなかったんだ。そこで、怨霊機の開発をさせられた。世界中のオカルティストたちと一緒にね」
 レイベルの推理は正しかった。ザメンホフとブルーノには関係があったのだ。今回の依頼は以前研究していた怨霊機の回収とそれを用いた不死の体を手に入れる事だろう。
「ブルーノはユダヤのネットワークに入り込み私を探しだして接触してきた。命令に従わなければ私が以前ナチスに手を貸していたことをすべてばらしてしまうと脅されたんだ。そんなことをされたら私達家族はユダヤ人社会の中で暮していけなくなる。それで、彼は私の研究の一環だった不死を手に入れようと怨霊機を奪取するような情報を流した。恐らく1億という報酬に引かれて中ノ鳥島へ行った者も多い事だろう。そしてきっとみな途中で死んでしまったに違いない。いまだに私の研究で人の血が流れるのは耐え難いのだが、私にも生活があるんだ。わかってくれ」
 レイベルはザメンホフを降ろした。咳き込むザメンホフに問い詰めた。
「それで、ブルーノさんに直接お会いしてお話を伺いたいんだけど?どこにいるか当然御存知よね」
 観念したザメンホフは一枚のメモ用紙に住所を書き、レイベルに渡した。
 ザメンホフのオフィスを出て書かれた住所を頼りにレイベルは歩き出した。
 30分ほど歩いた所で、メモ用紙に書かれた住所にたどり着いた。そこはマンションが建てられており、住所はマンションの一室を示していた。エレベーターを上がり一室の前にレイベルは立ちドアノブを握り力を思いっきり込めてドアノブを破壊した。
 ブルーノは寝静まっているのだろうか。部屋の明かりは灯されていなかった。リビングと思しき部屋の扉を開き、灯火のスイッチを手探りで探し出し、電灯に明かりを灯した。
 そこには、椅子にうなだれて座っている男の姿があった。
「ドクターブルーノ。怨霊機はないけど?」
 その時、椅子に座っている男はがくんと前のめりに倒れ込んだ。レイベルは悟った。ドクターブルーノ。不死の体はもう手に入らないのよ、あなたがこの期に及んで50年以上前の不死の研究に固執したかわかったわ、死に時を悟っていたのね。
 永遠の魂を手に入れようとした哀れな男の首には鍵十時が掛けられていた。
(了)