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<PCシナリオノベル(シングル)>


青の野原
●ありえない薔薇
 紅い薔薇や白い薔薇はスタンダード。紫の薔薇もまあ有名。けれども青い薔薇――それは今生の薔薇では決して存在しない色。すなわちありえない薔薇。
 製造法を確立させ特許を取ったならば、莫大な富が約束されるのは間違いない。名誉も与えられることだろう。いや、富や名誉を抜きにしても、青い薔薇というのは薔薇職人にとっては夢である。そして薔薇を愛でる者たちにとってもそれは同様だ。
 だからこそ青い薔薇が存在するなんて噂が流れれば、やっきになってその真偽を確かめようとするのだ。
 ある者は純粋に自らの目で青い薔薇を確かめるために。またある者は青い薔薇を自らの物とするために。さらにある者は青い薔薇を葬り去るために……。
 今また、青い薔薇が存在するという噂が駆け巡っていた。日本の本土から遠く離れた南の島、中ノ鳥島に――。

●お嬢さまと執事
 暑い日射しの差す中、風見藤夜嵐は海岸沿いの道を1人歩いていた。時折立ち止まっては、注意深く周囲を見回している。
「ないなあ……」
 南の島らしくハイビスカスが咲いているのは見かけるが、藤夜嵐の探している花の姿は見当たらない。
(まあ、そのうち会えるかな?)
 焦る訳でもない様子の藤夜嵐。再び歩き出す。何しろ島は広いのだ、まだまだ先は長い。
 藤夜嵐がしばらく歩いていると、向こうからびしっとタキシードを着ている青年を引き連れた、きらきらドレスでいかにもお嬢さまという風貌の女性が歩いてきた。青年が、そのお嬢さまのために日傘を持っていた。
「チェーホフ!」
「はっ、はいお嬢さまっ!」
 チェーホフと呼ばれた青年が、背筋をシャンと伸ばした。
「このあたくしをいつまで歩かせる気なの? 青い薔薇があるという確実な情報を手に入れたと言うから、あたくしが直々に出向いているというのに、もう5分も歩いているじゃないの!」
 歩くのに辟易した様子のお嬢さま。5分で『もう』というのはどうかと思うが、それはさておき。
「お嬢さま。もうすぐ、もうすぐでございますので……」
 申し訳なさそうになだめるチェーホフ。断っておくが、このチェーホフはどこからどう見ても日本人である。それが何故にチェーホフなどと呼ばれているのか、藤夜嵐にはどうも理解が出来なかった。
「まあいいですわ。この世にはありえない青い薔薇、あたくしのように美しい女性にこそ似合う物ですものね。後3分は我慢して歩いてしんぜましょう……おほほほほほ」
 チェーホフを引き連れたお嬢さまは、高笑いと共に藤夜嵐のそばを通り過ぎていった。
「…………」
 遠ざかってゆくお嬢さまの後姿を、眉をひそめて見送る藤夜嵐。どうやら藤夜嵐が好きになれないような相手だったようだ。

●探し物は
 藤夜嵐の探している花、それは青い薔薇だった。といっても藤夜嵐にはそれをどうこうしようという気はなかった。
(青薔薇の子は会ったことがないものね)
 それゆえにただ単に話をしてみたい、それだけの本当に軽い動機だ。青い薔薇がこの島にあるという噂を聞かなければ、探そうという気も起こらなかっただろう。
 だが、藤夜嵐がその噂を耳にしているということは、他にも噂を耳にしている者たちが居るということだ。現に藤夜嵐は、先程それらしき2人と遭遇したのだから。
「……変な連中に見付かると、無茶苦茶にされるかもしれないわね」
 ある可能性を危惧する藤夜嵐。それは先に目にした2人がそうであるように、青い薔薇を持ち帰ろうとする可能性である。藤の木の化身たる藤夜嵐にとって、見過ごすことの出来ない行為だ。
 藤夜嵐は他に青い薔薇を探そうとしている者たちが居ないかに注意を払いつつ、青い薔薇の咲く場所の捜索を続けていった。

●噂の謎
 それから藤夜嵐は住民に話を聞いたり、植物の記憶を読み取ったりして青い薔薇の情報を集めていった。
 が、植物たちは青い薔薇について何も知らないし、住民たちの話もてんでばらばら。海岸で見たらしいとか、山に咲いているらしいとか、人によって言うことが違っているのだ。どうにもおかしい話だ。
 けれども藤夜嵐は突っ込んで話を聞いてゆくうちに、ある共通の話をつかむことに成功した。
「え、その青い薔薇の話? ああ、女の子から聞いたんだよ。ポニーテールの娘だったっけなあ?」
「青薔薇の話? それはね、ポニーテールの……どこの娘だって? この辺じゃ見ない顔だけど、森の方から来たみたいよ」
 複数人から聞き出した話を総合すると、青い薔薇の話をしたのはポニーテールの少女であって、その少女は森から来たらしいということになる。すなわち、ポニーテールの少女が青い薔薇についての肝心な情報を握っているという推測が成り立つ。
(森ね)
 藤夜嵐は森へ向かってみることにした。少女が森から来たというのなら、そこに答えに繋がる物があるのだろうから。

●排除
 森へと入った藤夜嵐は、森の植物の記憶を読み取りながら歩き続けた。しかし30分経っても青い薔薇の場所やポニーテールの少女の居場所を突き止めることが出来ずにいた。
(意図的に記憶が消されている?)
 藤夜嵐はそんな疑念を抱き始めていた。他の場所の植物と違い、森の植物の記憶には妙な空白地帯が見られたのだ。そこだけが断片的に欠けている、と。
 しかし裏を返せば、それがここに秘密があるという何よりの証拠である。根気よく探し続ければ、そのうち見付かることだろうと思われた。が、そうも言っていられない事態が発生した。
「チェーホフ!」
「はっ、はいお嬢さまっ!」
「青い薔薇が森にあるというのは信じていいのかしら?」
「え、ええ。青い薔薇の話をした少女が森から来たと、何とか聞き出しましたから……」
 藤夜嵐の聞き覚えのある声、お嬢さまとチェーホフの2人である。
 藤夜嵐は声の聞こえる方へと歩いていった。すると、チェーホフがお嬢さまの先に立ち、行く先の安全を確かめてから歩いていた。この2人以外に人の姿は見当たらない。つまり、この2人さえ何とかすればいい訳だ。
 一度に2人攻撃して追い払ってやろうかと考えた藤夜嵐だったが、2人を見ているうちにそれよりももっと確実な追い払い方があることに気が付いた。
「ああいう関係なら、きっとこうなるはず……」
 藤夜嵐はぼそっとつぶやき、木陰から2人の様子を見つめていた。と、突然どこからともなく蔓薔薇がしゅるしゅるっと伸びてきて、お嬢さまの身体に幾重にも巻き付いたではないか。
「きゃあぁぁぁっ!」
 お嬢さまの悲鳴が森の中にこだました。
「おっ、お嬢さまっ!」
 チェーホフがお嬢さまから蔓薔薇を解こうと動いたが、それより早く蔓薔薇の方が動いた。何とお嬢さまの身体を振り回し始めたのだ。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
 お嬢さまの悲鳴がますます大きくなる。そして蔦薔薇がするりと解け、お嬢さまの身体が空高く舞い上がった――森の外へ向けて。
「あぁぁぁぁぁぁれぇぇぇぇぇぇぇっ!!!」
「うわぁぁぁぁっ! お嬢さまぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
 森の外へと消えてゆくお嬢さまを、必死に追いかけるチェーホフ。何ともご苦労なことである。
 しばらくして、森は元の静寂を取り戻した。
「一件落着」
 藤夜嵐はパンパンと手を叩くと、再び捜索に戻った。

●青い薔薇の秘密
 さらに捜索を続けること1時間――斜面になり高台となった森を抜けた藤夜嵐の目の前に、草原が広がっていた。その一面に、鮮やかな青い薔薇が咲き誇り風に揺れていた。
「うわあ……」
 藤夜嵐が思わず感嘆の声を漏らした。それはあまりにも綺麗で、のどかな風景だった。
「これでゆっくり青薔薇さんとお話が出来るわね」
 青い薔薇に近付き、すっと身を屈める藤夜嵐。だが、藤夜嵐は怪訝な表情になった。
「え?」
 目をごしごしと擦る藤夜嵐。そしてぽつりつぶやいた。
「……違う。青薔薇じゃない」
 先程は確かに青い薔薇に見えた。けれども藤夜嵐の目は誤魔化せなかった。目の前に咲いているのは白い薔薇、それが何かの加減で青く見えているだけだったのだ。
「あれも、これも、それも……全部違う。いったいこれは?」
「あなたには分かるんですね」
 訝る藤夜嵐の背後から、少女のものらしき声がかけられた。振り返る藤夜嵐。そこには可愛らしいポニーテールの少女が立っていた。
「もしかして、キミが噂を……?」
 藤夜嵐が尋ねると、少女はこくんと頷いた。
「ここの薔薇は、この島の霊気を吸って浄化しているんです。青く見えるのはそのためで……」
「……守るためにあんな噂を?」
「はい。ひょんなことからこの島に青い薔薇があるなんて話が広まったので……てんでばらばらな話を流せば、探し疲れて諦めてくれるんじゃないかって」
「なるほどね」
 納得する藤夜嵐。やり方はあれだが、それなりに効果があったと言っていいだろう。
「でもそれももう……」
 うなだれる少女。そんな少女に対し、藤夜嵐が静かに言った。
「そんなにここの薔薇を守りたいなら、もっと大きな噂を流せばいいわよ」
 少女が目をぱちくりとさせて藤夜嵐を見た。

●守られる薔薇
 その日、新たな噂が中ノ鳥島を駆け巡った。それは『青い薔薇は枯れてしまった』という噂だった。しかも正確な場所付きで。
 青い薔薇を探していた者たちはすぐにその場所へ向かい――全員ががっくりとうなだれて戻ってきた。その場所には枯れた花しかなかったからだ。
 しかしこの噂、実は藤夜嵐が少女と仕組んで流した物で、それらしく見える植物を探し出し少し細工を施したのであった。偽物でも実物を見せつければ諦めるだろうと思って。
 その考えは見事に当たり、青い薔薇を探していた者たちはすぐに中ノ鳥島を去っていった。その中にはもちろんお嬢さまとチェーホフの姿もあった。
 中ノ鳥島の某所には、今も白い薔薇がひっそりと咲いている。そう、島内の霊気を浄化しながら……。

【了】