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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


夢か現か幻か〜追う者〜

Opening 来訪者

――その男は何の前触れもなしにやって来た。

「人を…捜す?」
 草間は眉間に皺を寄せ、燻らせていた煙草を灰皿へと押し潰す。
「何か手がかりとかはありますか?」
 草間のその言葉に、向かい側のソファに腰掛けていた男はクスリ、と笑みを零した。
 繊細な赤毛を惜しみなく垂らし、暗いグレイのダッフルコート。全身から途轍もない余裕が感じられ、草間は些かこの男に不信感を抱いていた。
「ええ…ありますよ」
 男は弄んでいた髪から手を外すと、コートの内ポケットから写真を一枚取り出す。スッとテーブルの上に差し出すと、草間の眉がピクリと大きく跳ねた。
「コイツは…」
「名をC.T.クライン。裏東京では『掃除屋』と呼ばれている人物です」
 顔を上げた草間に男はクスクスと相変わらずな笑みを貼り付ける。
「どうしても、その人物と接触を図りたくて、ね。お手伝いをして頂けないかと」
 草間は手にした写真に再び視線を落す。蒼い髪に紅い瞳、白コート…何処から撮ったのであろう、街を徘徊する掃除屋がこちらに全く気づかずに写真に収められている――明らかに盗撮だった。

「接触してどうするつもりですか」
 草間はギラリとその男を見据えた。掃除屋とは情報交換をする程度の付き合いがある。別に庇うつもりはないが、どうも目の前に座るこのきな臭い男に対して…云い様のない苛つきを覚えていた。しかし、男は草間の威嚇さえも軽く肩を竦ませて相変わらずの表情を称えるだけだ。
「そこまで貴方に云う必要が? 金なら幾らでも積みますが」
クスクスと非道く可笑しげに嗤うと、湯気が立ち上るインスタントコーヒーを手にとる。
「要は捜す手伝いをして頂きたいだけ…。『貴方なら』クラインの行方をご存知でしょう?」

――この男…俺と掃除屋に接点があることを知っている…? 知った上でここにやって来たのか?

 草間は今回の依頼が、目の前の男からの挑戦状のように思えてきた。
「お手伝いして頂ける方はこのマンションまで来て頂けると嬉しいのですが」
 男は考えを巡らせる草間を他所に、内ポケットから名刺を一枚取り出すとサラサラっとペンを走らせた。そして、洗練された動きで草間にそれを差し出すと音も立てずに席を立つ。
「お待ちしております」
 嘲笑とも誘いとも取れるその表情と科白。
 草間はその男の背がドアの向こうに吸い込まれると、手渡された名刺に視線を落した。
「Carmine von Zerbst――カーマイン・フォン・ツェルプスト……」
 呟く。カーマインとは狂った紅い色の名だ。
「オイ、お前達。かなーり危ない橋だが…アイツの監視も含めて手伝ってくれないか? そうだな…まずは動機と目的をアイツに近づいて調べて――それが分かった上でアイツに手を貸すか、それとも止めるか…それはお前達に任す」
 そう云って草間は苛立たしげに煙草を咥え、ライターを弾いた。


Scene-1 原咲蝶花

 それは……夏の日差しもキツイ午後の話だった。
 少女ともつかぬ見目麗しい女は高々と上る太陽を仰ぐ。黒いレースがあしらわれたゴシックワンピースに身を包み、日傘もそれに合わせたかのように黒い。腰まである漆黒の髪が熱風にさらわれ、それを右手で押さえると閉じた瞳をゆっくりと開いた。
「今日も…暑そうね」
 林立したビルから覗く小さな空に女――原咲蝶花は目を細めた。ジジジと焦げるようなアスファルトに都内の気温はますます上昇している。なのに、蝶花の周りだけは一陣の風を纏ったかのように涼しく密やかにある。
「あの人も……そうなのかしら」
 蝶花は呟いた。

 昨日、草間興信所で見かけた赤毛の男はこのクソ暑い日差しにも関わらず、黒に近いコートを羽織り、それでいて何処か涼しげに、そして何処か底知れぬ熱を帯びていた。
(あの人にも何か理由があるのかしら……)
 蝶花は目を細め、右手で握る日傘に力を込めた。
(人には必ず理由が付き纏うもの……)
 くるり、と踵を返し蝶花は黒目がちな瞳で前を見据えた。ちらつく影に綺麗な眉をやや顰め、それを振切るかのように頭をかぶり振った。
「行きましょうか」
 スタスタと足を進める。目指す場所はたった一つだった。


Scene-2 ホトトギスの行方

「どうぞ」
 通されたマンションの一室。向かい側のソファに座る男は紛れもない――草間興信所に現れた男、カーマインであった。だが、男は草間で見かけた時よりかは挑発的でも何でもなく、どちらかと云えば少し疲れているようで、その身をソファへと沈めていた。繊細な赤毛を惜しげもなく垂らすと、閉じていた紅い眼を開く。
「お嬢さん、おこし頂けて光栄です」
「原咲蝶花です。こちらも仕事ですのでお気遣いなさらずに……」
 カーマインは生真面目に挨拶をする蝶花に穏やかな笑みを向けた。
「別に貴方を獲って喰う気はありませんのでご安心を」
 ピクン、と蝶花の躯が反応した。無機質な紅い瞳はまるでこちらをすべて見透かすようにさめざめと光っている。しかし、それは己に向けられたものではない、と蝶花は何となく肌で感じた。
「で……掃除屋さんの件ですが、具体的には私はどのようなお手伝いをすれば良いでしょうか?」
 蝶花は両手を膝の上で小さく丸めて目の前の男を見据えた。
「クラインは『時の間』という喫茶店にいます。私としてはそこから引き摺り出したい」
「『時の間』……?」
「ええ」
 カーマインは内ポケットから2枚の写真を取り出した。1枚は『時の間』の外観を写したもの。もう1枚は……
「こちらは? 掃除屋さんじゃないですよね」
「ああ、それは『時の間』のマスターです。彼も恐らくその場にいる」
黒髪を後ろで1つに束ねた物腰柔らかそうな青年だった。
「…………」
 蝶花は僅かな沈黙の後、視線を落としていた写真から顔を上げた。
「差し障りがなければお話させて頂いても宜しいですか? …あくまで予想なんですけど。貴方、占いとかなさいません?」
「占い?」
「ええ…」
 そう云って蝶花は脇に置いていた月間シネマルを手に取った。

「さぁ? 私は占いなどにはとんと興味がなく」
 男は僅かに動きを止めたものの、また相変わらずの笑みを貼り付けて肩を竦ませて見せた。
「そう…ですか」
 蝶花は敢えてこれ以上追求しようとはしなかった。本能的に何かがシグナルを鳴らしている。――深入りはするな、と。その様子を足を組んで眺めていたカーマインはクス、と1つ嗤いを零す。
「ねぇ、お嬢さん」
 カーマインはスックと立ち上がる。
「『鳴かぬなら 殺してしまえ ホトトギス』という句をご存知ですか?」」
「え?」
「戦国武将の織田信長を表した句です。私は非道くこれが気に入っておりまして」
 男は全面ガラス張りの窓の前まで寄ると足を止めた。静かに夕日が沈む東京を見下ろす。
「大切なものは手に入れたい。でも、それが私の中で鳴かないのならば……」
「…………」
 夕焼けが物の見事に部屋を茜色に染め上げていた。男の影が長く細く足元から伸びる。
「つまらぬ話をしましたね。取り敢えず、『時の間』に張り付いて頂けますか? 何かあれば私の携帯までご連絡下さい」
 男はくるりと振り返り嗤った。蝶花は手渡されたメモを受け取ると男を仰ぐ。だが、夕日が逆光となりカーマインがどのような表情をしているのかは伺えなかった。


Scene-3 遭遇

 蝶花は月明かりだけが頼りである閑静な町を闇に吸い込まれるように同化していた。時折ある電信柱に設置された街灯に虫が盲目的に集っている。それをわき目に見ながら蝶花は夜空を見上げた。
 恐ろしいくらいに美しい満月の夜だった。昼間の熱はコンクリートに吸収されて妙な渇きを与える。蝶花の後ろから攫うような冷えた風が抜け、黒髪とワンピースの裾が僅かに揺れた。顔を上げると――ボヤンと浮かび上がるような暖色の明かりが写る。中世大英帝国を思い起こさせるようなレトロな外観の喫茶店。蝶花は手渡された写真を2枚、取り出して視線を落とした。――『時の間』。

 女は裏路地を辿って『時の間』の裏へとやって来ていた。一族に電話をして『時の間』の在り処を探し出してもらい、表の目立った道路よりかは裏口からの方が掃除屋と接触しやすいということが分かったからだ。
「掃除屋さん……」
 ふと、昨夕のカーマインとの会話が脳裏を横切る。掃除屋とは一切の面識がない。カーマインとの契約は掃除屋を『時の間』から連れだし、カーマインに会わせるだけ……。蝶花は瞳を閉じた。胸のうちに広がる何とも云えぬ塊に妙な胸騒ぎを覚える。

 その時だ。
 ギギーと鉄と木が擦れる音がして前方から光が零れた。薄闇に慣れた目には些かそれが眩しい。蝶花は右手で光を遮りながら目を細めた。
「こっちから早く逃げた方がいいって」
 逆光となって暖色の光の筋から2つの人影が出てくる。1人は少年だろうか。そしてもう1人は……。

「掃除屋さん……?」

 蝶花は翳した手を下ろし、目をはたつかせた。扉を閉じるとまた暗闇へとその場は帰る。白コートが月明かりに染め上げられ、紅い瞳がさめざめと光っていた――間違いない、掃除屋ことC.T.クラインだ。
「蝶花?」
 掃除屋を凝視している蝶花の視界に金髪の少年が現れる。桐谷・虎助<きりたに・こすけ>だった。蝶花は虎助の存在を認めるときゅっと胸の上で手を握り締める。
「私は原咲蝶花と申します。ツェルプスト氏の依頼により、掃除屋さん……いえ、クライン氏にご同行願いたく、参上致しました」
「ツェルプストって誰?」
「それ以上は……」
 蝶花は未だ心の中で芽生える葛藤に悩まされていた。己はここに馴れ合う為にやってきているのではない。
 だが――……
 その蝶花の胸の内を読んだかのように、掃除屋は笑った。
「虎助。ここでいい。お前はここから遠くに引け」
 スッと蝶花に食い掛かろうとする虎助を静止して掃除屋は歩を進めた。
「何云ってんだよ! マスターにアンタを連れて逃げろって云われてんだ」
「いいから」
 掃除屋はふと空を仰いだ。それに釣られて蝶花と虎助も掃除屋の視線を追う。
「!」
 悲鳴を上げる巨大な龍が見え隠れしている。キィィィンと耳鳴りに似た歪みに思わず蝶花は眉間に皺を寄せた。
「見ろ、蘭丸の『青龍』がカーマインの『テリトリー』に喰われ始めている。この青龍が消えたら、この一帯は全てヤツに侵食される。その前に……」

「その前に?」

 蝶花の後方から声が飛んだ。ハッと振り返るのと同時に掃除屋と虎助の視線も弾かれたようにそちらに向けられた。
暗闇から浮上するように現れたのは――沙倉・唯為<さくら・ゆい>。赤い煙草の火が1つの点のように……まるであの男のように深く光る。
「お前が動く前に、俺達にも分かるようにアイツとの関係を話してもらおうか。そこの坊主もお嬢ちゃんもそれを望んでいる筈だ」
 唯為は低く云うと、ピンと煙草を弾いて灰を落とした。


Scene-4 蒼の先にある答え

「カーマインとは単なる商売敵に過ぎない、今は」
 シン、と静まり返った空気の中で、漸くクラインは重い口を開いた。
「『今は』ってどーゆーイミ?」
 間髪入れず問い返す虎助に、クラインは苦笑いを貼り付け、「煙草はないか?」と人差し指と中指を指して唯為に尋ねた。唯為は無言のままに内ポケットからシガーケースを取り出し、掃除屋に差し出すと自分も1本咥える。ライターを弾いて火を点すとふぅーと溜息にも似た風にクラインは大きく深く紫煙を吐き出した。
「ドイツにいた頃……、もう7年も前の話だ。荒稼ぎの為に罠を掛けていた私の前にあの男が現れた。あの男は完璧にハマりいいカモだと思った。だが、逆に……」
 そこでクラインは言葉を詰まらせた。長くなった灰がぽとりと落ちる。
「逆に?」
 蝶花が問い返す。
「逆に……返り討ちにあった」
 街灯に吸い寄せられて飛んできた蛾が足元に力無く羽を折る。ピクピクともがく様は自分に似ている、とクラインは思い目を伏せた。
「カーマインは『手元に連れ戻したい』とかホザいてたが?」
 唯為は煙草を深く吸った。赤い光がジリジリと熱を増す。その科白にクラインは馬鹿が、と吐き捨てるように零した。
「連れ戻したい? 冗談はヨシ蔵さんだ。……とにかく、ここで時間を費やす気はない。蘭丸と冴那が派手にあの男とやりあっているだろうからな」
 云いしな、タンッタンッと軽く跳んで『時の間』の屋根に登ったかと思うと、クラインはヒラリと身を翻し視界から消えた。

「オイ、坊主」
「坊主じゃねぇ。虎助だ虎助」
「坊主、お嬢ちゃんを連れてここから離れろ。いいな」
 視線は掃除屋が去った方向に向けながら口を尖らす虎助に唯為は云い放つと、掃除屋を追いかけて自分も軽く身を翻してアスファルトを蹴る。
「ちょっ!」
 少年が止めるその前に、男は闇へ吸い込まれていった。代わりに蝶花は白魚のような手を口元にあてて俯く。
――おかしい。
「蝶花、どうする?」
 虎助は頭をぽりぽりと掻いて溜息を吐いた。
「……おかしいわ。カーマインは私に『鳴かぬなら 殺してしまえ ホトトギス』を引用して心中を語ったわ…」
「ホトトギス?」
 問い返す少年に蝶花はコクンと頷く。
「つまり、あの人が云いたいのは……」
 蝶花が何かを思いついて顔を上げたその時だった。ズン、と腹に来るような地鳴りが2人を襲い、足元を取られる。
「な、何だよコレ?!」
「……クッ」
 2人は思わず身を沈め、瞳を閉じた。巻き上がるような風に蝶花のレースの裾と虎助の金髪が吹き荒ぶ。虎助は両手で顔を覆い、上空で起こる奇妙な声に空を仰いだ。蘭丸の青龍が消滅し……カーマインの『テリトリー』とぶつかったことにより、激しい時空の裂け目が『時の間』を中心に蠢いていた。
「蝶花ッ。ここはヤベェ! ズラからないとッ!」
 虎助の声に両手で髪を押さえていた蝶花はそろりと瞳を開く。差し出された少年の手に戸惑いを隠せないながらも、きゅっと唇を噛み締め、その手を取った。
「私達も掃除屋さんの後を追いましょう」
 蝶花は吸い込まれるような風に足を踏ん張らせながら、凛、と少年に云う。
 金色の風が攫うように2人を取り巻く中で――蝶花と虎助は走り始めた。


Scene-5 去り行く今

 入り組んだ路地を抜け、『時の間』の前を通る少し広めの道路へと出る。シン、と沈む空気に虎助はブルっと躯を震わした。
――嫌な…匂いだな。
 紺碧の瞳を少年は僅かに潜めた。何だろう? 奇妙な静寂さが恐ろしいくらいにそこには広がっていた。
「虎助? 急ぎましょう」
 後ろから蝶花が声を掛ける。虎助はその声にハッとし頭をブンブンと大きくかぶり振った。しかし、少年はこの行く手――掃除屋と唯為が向かったと思われる先での異変をいち早く察知していたのかも知れない。横をすり抜けようとする女の腕を掴んだ。
「虎助…?」
 目を大きく開いてはたつかせる蝶花に虎助は、
「煙……」
呟くように虎助は云った。蝶花は「え?」とキョトンとした顔をしたが、前方――『時の間』の前のクランクの向こうで鈍色の塊が広がっている。暗闇でそれはしかと確認できなかったが、モクモクと息づく様が見て取れる。
「何……あれ…」
 蝶花は圧倒されて、ぽつり、と零した。ただの煙ではないことは肌で感じられた。すると、前方から地を這うような轟音が徐々に近寄ってくる。
「!」
 弾かれたように虎助と蝶花はその音がする方向に視線を転じた。
「……アレ!」
 それは見覚えがあった。ライトグリーンのボディ。腹に響くエンジン音、低い車体――カーマインの車だ。
 その車は2人に近づくとヘッドライトをつけ、闇に急激な光をもたらす。蝶花と虎助は思わず目を顰め、手を翳した。
――クソゥ! 見えやしねェッ!
 虎助は舌打ちを洩らすと、咄嗟に道路に身を躍らせた。両手を広げて立ちはだかる。
「止まりやがれッ!」
 例え轢かれそうになっても、猫の姿に戻り素早く動けば何ともない。少年はキッと前を見据えた。
「虎助、危ないわッ」
 突然、飛び出した虎助に蝶花は自分も身を投げ出した。車はスピードを落とすことがなかったからだ。間一髪で虎助にタックルするようにぶつかり、2人は雪崩れこむように脇へと身を崩す。

「全く……道路には飛び出さないというルールは万国共通の筈ですが?」

 キッと僅かなブレーキ音と共に車は止まった。そして、やれやれ、と溜息を吐いて降りてきたのは――赤毛の男。イチチ…、と虎助は倒れた身を起こしながらその男を見た。熱っぽく嗤う、その男と――
「掃除屋さん!」
 同じく翻ったスカートの裾を押さえながら上半身を起こした蝶花は目を見張った。助手席の窓から僅かに見える蒼い髪……。
「ああ、お嬢さん。無事、目的は完遂されましたので貴方はここまでで結構ですよ」
「…………」
 ぐったりと動く気配を見せないクラインに蝶花はぎゅっと拳を握り締めた。
「待てッ! テメェ、そーじやとマスターと冴那とイケメンのにーさんに何したんだよッ!」
 虎助はスッと立ち上がり、ビシィと男を指差した。
「貴方、何処かで見かけましたね……ああ、駐車場にいた猫又か」
「どーだっていーだろ、そんなことッ! それより、俺の質問に答えろよッ」
 怒りに打ち震える少年に男はまた大きく溜息を吐いた。
「ネコマタ君。今宵は私も些か疲れましてね……もう貴方の相手をする気はないんですよ。愛人希望ならまた後日」
「ふざけんな、コラッ!」
 クスクス、と男は笑みを零しながら、再び運転席へと身を滑らした。耳を劈くようなほど大きくアクセルを吹かすと、

「Auf Wiedersehen」

 嘲笑を含んだ声で云う。虎助は後を追おうと咄嗟に猫の姿に変身するが、遠く小さくなる車の後ろ姿に――少年と女は追いかける術を持たなかった。


Epilogue 夢か現か幻か

 茜色に染まる夕日を背に……蝶花は黒いレースがあしらわれた日傘を片手に街を歩く。生暖かい風が女の髪を弄び、ビルの隙間からは狂ったように光る太陽。

 結局。
 あの車が遠く見失われたように――掃除屋もカーマインも真実さえも見つからなかった。まるで幻を見ていたかのように――この数日に出会った存在さえも嘘だったかのように……。一瞬にして消え去った夏の終わりに見る夢のように……目が覚めた今、何とも云えぬ虚無感が胸のうちに広がっていた。

『大切なものは手に入れたい。でも、それが私の中で鳴かないのならば……』

 己とは正反対のような……実に願望に忠実な男だった。かと云って、生きる活力が漲っていたワケではなかった。あの夕暮れに見せた、淋しそうな表情を蝶花は忘れられないでいる。
 蝶花は落ち行く夕日に目を細め、手を翳した。
『Auf Wiedersehen』――『さようなら』の意義はあの人にとって何処に存在するものなのだろう……。ふとそう思って、女は蒼く暗く染まり行く空を高く仰いだ。


Fin or To be Continued...?


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0885 / 原咲・蝶花(はらさき・ちょうか) / 女 / 19 / 大学生】
【0104 / 桐谷・虎助(きりたに・こすけ) / 男 / 152 / 桐谷さん家のペット】
【0733 / 沙倉・唯為(さくら・ゆい) / 男 / 27 / 妖狩り】

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■         ライター通信          ■
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* 初めまして、本依頼担当ライターの相馬冬果(そうまとうか)と申します。
 この度は、東京怪談・草間興信所からの依頼を受けて頂きありがとうございました。
* 今回の依頼は同ライター名でUPされた、月刊アトラス『夢か現か幻か〜追われる者〜』
 との連動シナリオとなっております。
* 事件の全容も含めて、カーマインの思惑、行動、進展度などは、他の参加者の方は勿論、
 月刊アトラス側の参加者の方のノベルにも目を通して頂くと、より一層楽しんで
 頂けると思います。
* 注:ノベルに登場するカーマインの科白、「Auf Wiedersehen」は「さようなら」という意の
 ドイツ語です。

≪原咲 蝶花 様≫
 初のご参加、ありがとうございます。
 設定を拝見して…原咲さんの儚さと強さを上手く表せれたらなぁ…と、
 努力してみたのですが、如何でしたでしょうか?
 イメージとかけ離れていましたら申し訳ありません。
 それでは、またの依頼でお会い出来ますことを願って……
 
 
 相馬