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<PCシナリオノベル(シングル)>


仲居さんは宴会好き!?
●海を見つめて
 夏といえば旅行シーズン。日本全国、民族大移動の季節である。とはいえ、そのような季節でも当然遠出の出来ない者も居る訳で。
「綺麗ですね……」
 天薙撫子は青く穏やかな海を見つめながら、感嘆の声を漏らした。ここは日本本土より遠く離れた南の島、中ノ鳥島だ。
(まさか許しをいただけるなんて)
 普段の撫子であれば、夏場は実家の神社の関係で夏祭りやらの手伝いで忙殺されている。それゆえに、草間興信所やアトラス編集部の面々が中ノ鳥島に旅行へ行くと聞いても自分は無理だろうと思っていた。
 ところがだ。駄目だろうとは思いつつ話を切り出してみたら、どうしたことか遠出の許可をもらうことが出来たのである。その結果、撫子もこうして中ノ鳥島に来ることが出来た訳だ。
 ちなみに、中ノ鳥島での宿泊場所は和風旅館だったが、『お泊まり』ということ自体が嬉しいのでご機嫌な撫子であった。
(今夜は宴会が予定されていましたよね)
 くすっと微笑む撫子。中ノ鳥島滞在2日目の今夜、旅館では宴会の予定が入っていた。出かけに教えてくれた仲居さんの話によれば、宴会はかなり大きな物になるという。撫子にしてみれば、とても楽しみなことだった。
 はてさて、どのような宴会が催されることやら。

●準備時間
 夕方、風呂上がりの撫子――当然ながら浴衣姿である――が廊下を歩いていると、仲居さんたちは宴会の準備で旅館内を走り回っていた。それはもう、ビールケースを持ってはガチャガチャと、料理のお膳を抱えてはパタパタと。
 忙しそうではあるが、その表情は楽しそうでもある。今夜の宴会を楽しみにしている客も多いので、それがいい意味で伝染しているのかもしれない。
「お客さんっ!」
 突然撫子は背後から声をかけられた。一瞬驚いたものの、すぐに振り返る撫子。そこには昼間に宴会のことを教えてくれた仲居さんが、にこにこ笑顔で立っていた。
「あっ、どうも……」
 ぺこりと頭を下げる撫子。仲居さんも頭を下げる。
「お客さんも宴会には参加されるんですよね? 皆さん宴会を楽しみにしてらっしゃるようで、見ていてそわそわしているのが分かりますよ。かく言う私も楽しみにしているんですけどね」
 仲居さんは照れた笑みを浮かべ、ぽりぽりと頭を掻いた。そして思い出したように言い放つ。
「あっ、いけない! お料理を取りに行く途中でした! それではまた宴会場で!!」
 慌ただしく去ってゆく仲居さん。一番そわそわしているのは、今の仲居さんじゃないかと思う撫子であった。
 再び歩き出す撫子。すると今度は、この旅館の女将さんと出くわした。が、その表情はどうも重い。
(どうかされたんでしょうか?)
 少し気になって、撫子は女将さんに声をかけてみた。
「あの……どうかなされましたか?」
「……えっ? ああ、何でしょうか?」
 慌てて撫子に笑顔を向ける女将さん。どうやら今の声は耳に入っていなかったようだ。
「何か沈み込んでおられたようですが」
「あ……それはその、いえ、何でもありませんよ。本当に何でもありませんから……では」
 ぺこりと頭を下げて、去ってゆく女将さん。どうにも気になる女将さんの様子だが、本人が『何でもない』と言っているのだから、これ以上追求しても仕方がない。
 撫子は宴会の始まるまで、自室でのんびりと過ごすことにした。

●宴会場
 夜7時過ぎ、宴会の時刻となり撫子は宴会場へと向かった。廊下には同じような客がぞろぞろと歩いていた。
「確か『大広間』でしたね……」
 宴会場は『大広間』である。どのくらいの広さなのかと楽しみな撫子。現実的な話をすれば、この旅館自体そう大きいという訳でもないので、『大広間』といってもそうは広くないと思われるのだが――結果は意外や意外だった。
「わぁ……」
 感嘆する撫子。撫子が『大広間』を覗き込むと、そこはとても広い空間だった。一面にお膳が並んでいる。恐らく100人以上は軽く収容出来るだろう。100人入っても余裕があるのは間違いなかった。
 けれどもこの広さは妙な気もするのだが……ルンルン気分の撫子は、その辺りは気にしていない様子だった。
 宴会場に足を踏み入れる撫子。お膳の上には『××様』というように、客の名前が書かれた札が立てられている。一応席は決まっているようだが、その席も宴会が進めばごちゃごちゃになるのは目に見えていた。
 撫子は自分の席を探すと、座布団の上に正座をした。周囲には若い男女や、人のよさそうなおじさんおばさんが座っていた。とりあえず変な輩は近くに居ないようなので、安心である。
 宴会場の席が半分以上埋まり出した所で、仲居さんたちが各ブロック――あまりにも多いので、いくつかにブロック分けされているようである――に数本ずつビールを配り始めた。撫子の居るブロックには、例の仲居さんがビールを配りに来た。昼間といい夕方といい、つくづく縁があるようだ。
 仲居さんたちがビールを配り終え、席も9割方埋まった所で、ようやく宴会が始まった。あちらこちらでビールの栓を抜く音が聞こえてきた。

●3度目の正直
 宴会が始まってすぐ、撫子は料理に箸をつけた。刺身に酢の物、天ぷらに小鍋、エトセトラエトセトラ。宴会の定番メニューである。けれどもさすがは周囲が海である南の島。魚介類は新鮮で、味は格別であった。
「美味しい……」
 料理に舌鼓を打つ撫子。料理はこの後もいくつか出てくるそうなので、それらも楽しみだった。
「お嬢さんは飲まないのかい?」
 人のよさそうなおじさんが、ビール瓶片手に話しかけてきた。いつでも注ぐ態勢といった様子だ。
「いえ、わたくしはまだ18ですから……」
 18歳、一応未成年なので丁寧に固辞する撫子。申し訳なさそうに、おじさんに頭を下げた。
「18歳だったら十分大人だよ。昔は15で元服だったんだからさ。どうだい?」
 笑顔で再度勧めてくるおじさん。
「でも、やはり未成年ですから……」
 撫子は再度固辞した。まあ当然の反応だ。
「まあまあ、そう言わずに。お清めみたいな物だから、お・き・よ・め! 1杯だけでもどうだい?」
 おじさんはなおも勧めてくる。が、ここで撫子の方に変化が見られた。
「お清めですか。それでしたら……ありがたく頂戴いたします」
 お清めの一言が効いたのか、すぅっとコップを差し出す撫子。
「よーしよし、じゃあ注いであげよう」
 おじさんは上機嫌で撫子のコップにビールを注いだ。綺麗に泡が立ち、コップの縁まで上がってくる。
 撫子はコップを口につけると、こくこくと一息にビールを飲み干した。
「美味しいですね……」
 ほう……と溜息を吐く撫子。眼鏡の奥の目が、少しとろんとしたような気がする。
「おっ、飲みっぷりいいねえ。もう1杯どうだい?」
「いただきます」
 撫子はにっこり微笑み、おじさんにコップを差し出した。ビールを注がれている間、ちらりと他の場所を見ると、例の仲居さんも撫子と同じようにコップをビールに注がれている所であった。

●酒と撫子と涙と仲居さん
 宴会が進むにつれ、酒が水のように入ってゆくのはもう分かり切ったことで、それが宴会の盛り上がりに拍車をかけてゆく。まさしく『盛り上がって参りました!』状態である。
 宴会場ではカラオケを熱唱する声が響き渡っていたり、また別の場所では手品に拍手喝采が起こっていたりと、いくつかのグループに自然と分かれていた。
 そんな中でも目を引くグループが2つ程あった。1つは……何故か例の仲居さんの居るグループだ。
「おらぁ〜! わらひにもっろ、酒を飲ませなはいよぉ〜!!」
 仲居さんは客の首根っこを捕まえて、高く積み上げられた座布団の上に足を組んで座っていた。
「酒持っれこ〜い! 酒〜っ!!」
 客をぐいぐいと引っ張りながら、他の客たちに酒を要求する仲居さん。これはいわゆる『大トラ』の状態ではないかと思われる。
「ろっとと酒持っれこらいろ、ほいつの生命はありませんぞ〜っとくらぁっ! あははははは〜っ!!」
 けらけらと笑い出す仲居さん。客たちは右往左往しながら酒――ビールや日本酒のみならず、ウォッカをも含む――を仲居さんの前へと運んできた。まるで女王様に貢ぎ物を持ってくる家来たちのように。
 遠くでは頭を抱えた女将さんの姿があった。重い表情だったのは、こうなることが分かっていたからなのだろう。もっとも、もう遅いのだが。
 さて、もう1つの目を引くグループだが……何と撫子の居るグループであった。
「うふ……うふふふ……うふふふふっ」
 撫子は両手でコップを抱えて、くすくすと笑っていた。中には透明な液体、酒が半分程入っている。しかしどうも様子がおかしい。頬はほんのり桜色、眼鏡の奥の目はとろんとしていてどこかしら艶っぽい。そして何より、撫子の浴衣がはだけて肩が露になっていたのだ。……というか、帯も少し解けかかっていて危なかったりする。
 周囲には若い男性が多く集まっていた。まあ、この撫子の様子では無理もない。
 撫子はこくこくとコップの中の酒を飲み干すと、無言でコップを差し出した。すると男性たちが我先にとばかり、一升瓶を抱えて撫子のそばへとやってくる。そこに発生する、押すわ蹴るわの激戦。撫子はその様子をにこにこと見ていた。
 やがて激戦を抜け出た1人の男性が、撫子のコップに酒を注いだ。撫子の手が、男性の喉元にすぅ……と伸びた。
「端正なお顔ですのね……うふふ……」
 囁くような撫子の言葉。手は何度も男性の喉元を撫でていた。何とも妖艶である。いや、どうも性格が一変してしまっているような気がするのだが……酒の持つ魔力という奴であろうか。
 何はともあれ――このような状況のまま、宴会はますますヒートアップしてゆき、夜が更けてゆくのであった。

●余談
 翌朝。気持ちよく目覚めた撫子であったが、廊下で出会う者が何故か撫子を避けてゆく。例の仲居さんも撫子と同様であった。
 2人共何がどうしたのか記憶にないため分からないのだが、それを説明してくれる者は誰も居なかった……。

【了】