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<PCシナリオノベル(シングル)>


開かずの間?
◆人食いの庵
「この旅館には使われていない開かずの間というか「離れ」があるんですけど・・・そこの離れに幽霊が出るって噂があるんです。」
夕食の膳を下げに来た年配の仲居は、雰囲気たっぷりに話し始めた。
アトラス編集部一行はみな仲居の周りに集まり、息を詰めて仲居の話を聞いていた。
「最初は夜中に人の声が聞こえるとか、障子の向うに人の影が映るとか・・・そう言うお話がお客さんの間で噂されるようになって・・・最後はそうちょうど10年も前ですかねぇ・・・泊まりに来ていた若い学生さんのグループが全員行方不明になってしまったんです。」
「ぜ、全員?」
「はい。それは大変な騒ぎでした。島中を捜索したんですけど、何処にも見当たらずに、朝になってとうとう・・・」
「とうとう?」
話を聞いている一同はごくりと喉を鳴らす。
「あ、お客さんのお部屋で油売ってたら女将さんに怒られちゃうわ。じゃあ、お食事お下げしますね。」
そう言って仲居はお膳を抱えるとばたばたと部屋を出て行った。

「よおっしっ!こうなったら探索よっ!」
中途半端なところで逃げられた碇 麗香はその不満を晴らすべく、その場にいたメンバーに命令をくだした。
「「開かずの離れ」を探索してきなさいっ!上手いこと取材してきたら特集ページを組んであげるわっ!」
特集ページ・・・その言葉に一同が色めき立つ。
特集ページが組まれたら、表紙にも載ってしまうし、目次に名前も出てしまうし、そうしたらアレもコレも・・・と頭の中にめくるめく世界が描かれる・・・。

こうして、「開かずの間(離れ)探索チーム」が結成されたのであった。

◆静寂の闇
「開かずの間」と呼ばれる離れは母屋と敷地を別にしていて、母屋から雑木林の中を数分歩いたところにあった。
欲目に釣られた三下を先頭に、探索チームは林の中を歩いてゆく。
その中の紅一点、何故か同じ部屋で食事を取っていたために探索チームに入れられてしまった天薙 撫子はゆっくりとあたりを見回した。
夏だというのに林の中はひんやりとした空気がたちこめ、母屋ではうるさいほど聞こえていた虫の音もここではまったく聞こえない。
「そろそろ見えそうなんだけどなぁ・・・」
三下が何故か内股で歩きながら恐る恐る言う。
「あの建物ではありませんか?」
天薙は手に持った灯り提灯を少し持ち上げて言った。
紺地に桔梗の花を染めた上品な和服姿の天薙はこうして灯りを持って立っているだけでも夏の絵になる。
しかし、緊張の極みにある三下には夏のひとコマを楽しむ余裕すらない。
「うわ〜・・・本当にお化けでも出そう・・・」
三下は木々を抜けた先にぼんやりと姿を現した離れを見ながら嫌そうな声で言った。
「あの中へ入るのかぁ・・・いやだなぁ・・・」
「何を仰います?先頭きって出かけましょうって仰ったのは三下様ではありませんか。」
天薙は無理やり自分を巻き込んだ三下にちょっと意地の悪い言い方をした。
何か出たときのためにと、チームに無理やり天薙を組み込んだのは三下だったのだ。
「でもさぁ・・・天薙さんは巫女さんだから何かと・・・」
三下は泣きそうな顔でモジモジと言い訳する。
「三下さーん、先行きますよぅ〜!」
「あ!待ってよ!置いてかないでよっ!」
先に歩いていったメンバーに声をかけられ、三下は慌てて建物の方へと走ってゆく。
つまづきながらかけて行く三下の後姿を眺めて、天薙は溜息をつく。
(いったいどうなるのかしら・・・)
先行きの不安を感じながら、天薙も三下の後を歩き始めた。

◆邪
到着してみると、離れは思ったより小さな建物だった。
小さな池のある庭をくの字で囲むように立てられた小さな曲がり屋だったが、外から見るに部屋数も少なそうだ。
これでは入っても10分もしないうちに全部見終わってしまうかもしれない。
「なんか、探索って言うより、肝試しになってきたなぁ・・・」
誰かが建物を見て言った。
確かに、建物からは怪しげな気配がじくじくと滲み出ているような感じだ。
「ここでいつまでも見てても始まらないから、早く入ろうぜ。」
そう言って一人、また一人と離れの中へ入ってゆく。
天薙も離れの中へ入ろうとして、ふと、玄関のところにかかった表札のような札に気がついた。

『開かずの間・邪』

古ぼけた木の札にかすれた筆文字で書かれている。
(誰が書いたのかしら・・・嫌な悪戯ですわ・・・)
旅館の人間がわざわざ開かずの間などと書くだろうか?
それとも誰か自分たちと同じように探索に来た人間が書いてかけたのだろうか?
いずれにしろ気持ちの良いものではなかった。
(しかも「邪」だなんて・・・)
天薙はそこはかとなく得体の知れない予感を抱いて離れの中へと足を踏み入れた。

◆闇はあやなし
建物の中に入ってみると意外と中は広かった。
玄関をくぐり、中を見るとずいぶん置くまで廊下が続いているのが見える。
他のみんなはもう部屋の中へ入ってしまったようで姿は無い。
ただ一人、三下だけが天薙が来るのを待っていた。
「あ、天薙さん!みんなもう行っちゃいましたよ。」
「はいはい・・・」
そう言いながら天薙も草履を脱いであがる。
「!」
一歩。本当に一歩、足を踏み入れた瞬間、天薙の背筋にゾクッと駆け抜けるものがあった。
鋭い刃物で切りつけられるような、なんともいえない悪寒。
「この離れは・・・」
天薙には漠然とここが何処だか理解された。
一歩踏み込んでしまったが、ここは通常の空間ではない。
「異界!」
慌てて後ろを振り返ると玄関扉は無く、背後にも前方に広がるのと同じ廊下が延々と続いていた。
「うわわわわ、どうして!?さっきまで玄関に居たのに・・・っ!?」
三下が天薙の袖をぎゅっと握り締めながら慌てふためく。
「落ち着いてください、三下様。取り乱すのが一番危ないですわ。」
天薙は毅然とした態度で三下に言う。
こういうときはパニックになるのが一番恐ろしいのだ。
しかし、それは臆病な三下には無理というものだった。
「うわぁぁ〜ん、みんなぁ〜っ!何処行っちゃったんだよ〜っ!」
三下は手当たり次第に廊下に面した襖をバタバタと開ける。
「三下様!ダメですわっ!」
何が出てくるか、どんな罠があるのかわからないこの状態で、そんなことをしたら危険が増すばかりだ。
天薙は三下の肩を掴み、必死にとどめようとするが、女の天薙には三下の泣き場のバカ力は止められるものではなかった。

「ぎゃぁぁぁぁぁああっ!!!」

廊下で天薙と三下が押し問答していると、少し離れた襖の向うから恐ろしい悲鳴が聞こえた。
声に聞き覚えがある。
探索に出たメンバーの一人に違いない。
「ど、どうしようっ!!」
三下は更に顔色を白くしてその場に硬直する。
どさっ!
続いて、その悲鳴が聞こえたと思しき襖の向うで何かが襖にぶつかり倒れる音がした。
「うわわわわわわ・・・どうしよ〜っ!!!!」
天薙は用心深く音を探ったがほかに音は聞こえない。
多分、襖の向うに倒れているのは悲鳴の主に違いない。
その人物を助けるために襖を開けるべきかどうか・・・
もしかしたら襖の向うには得体の知れない化け物が居るのかもしれない・・・
「助けなくては・・・」
天薙は襖を開ける決断をする。
見捨てては置けない。
万が一の時は懐に忍ばせてきた妖斬鋼糸もある。
それに妖気らしきものは感じない。
それはこの離れ自体が妖気に満ちているので、感覚が鈍っている所為もあるのだが、際立ったものは感じないと判断していいだろう。
天薙はそっと襖に手をかけ、思い切り良く襖を開いた。

◆忌まわしき印
ごろん・・・
転がるように一人の人間が襖の中から吐き出される。
「ひっ!!」
三下はしゃくりあげるような変な声を出して再び固まった。
「大丈夫ですかっ!」
天薙はうつ伏せに横たわったまま動かないその人物に声をかけ、体を揺する。
「うぅ・・・う・・・」
「しっかりして下さいっ!」
呻き声を漏らしたので、呼吸を確認しようとその人物を仰向けにひっくり返す。
「!!」
仰向けになってぐらりとこちらを向いた顔を見て天薙も言葉を失う。
「そ、そんな・・・」
その人物は間違いなく一緒に離れを探索に来た一人だった。
しかし、天薙を驚愕させたのはそのことではなく、その人物の額を紅に染めているおぞましい印だった。

血文字のような紅でくっきり「肉」と・・・

天薙は着物の袖でごしごしと額の文字を擦ってみる。
「き、消えませんわ・・・」
文字は滲むどころか擦られて真っ赤になった額に更に生なしく浮かび上がったようだ。
その事実は更に天薙を恐怖のどん底に陥れた。
こうなったら、夜更かしでお肌の調子が悪くなるど頃の騒ぎではない。
こんな忌まわしい刻印を額に刻まれてしまったら、一生この開かずの離れに閉じこもらなくてはならない。

「ぎゃーーーーーーーっ!」
天薙が呆然と廊下に座り込んでいるといつの間にか側にいた三下の姿がなく、また少し離れた襖の向うから三下の絶叫が聞こえた。
「三下様・・・」
そうっと襖に近づくと襖はわずかに開いており、その隙間からだらりと手が伸びている。
恐る恐る襖を開くと三下が泡を吹いて倒れていた。
そしてその額には・・・
「米・・・」
天薙は言いようのない恐怖に身を震わせる。
恐ろしい・・・次に襲われるのは自分かも知れない・・・
そして、自分が襲われたら次は間違いなく「中」と書かれてしまうことだろう。
「どうしたらいいの・・・」
どんな魔物と対峙しても強く気を張って頑張ってきた天薙にとって、我が身が竦むような恐怖は初めての経験だった。
自分が持つどんな手段が聞くのかもわからない。
懐に忍ばせた妖斬鋼糸ですらこんなに心細く感じる。
しかし、ここでこうしているわけにも行かない。
天薙は勇気を奮い起こして、震える膝を押さえながらゆっくりと立ち上がった。

◆終わらぬ回廊
天薙が当方にくれながらも立ち上がると、別の襖の向うからギシ・・・ギシ・・・と何かがやってくる音がした。
「!」
廊下を見渡すと延々と襖が続くばかりで身を隠す場所はない。
かといって、どこか襖を開けてはいるのは自ら罠に飛び込むようなものだろう・・・。
天薙は意を決して廊下を走り出した。
(対峙するにも距離をとらなくては・・・)
戦うにしても出会い頭では不利すぎる。
とにかく今は何とか距離をとって、相手の正体をうかがう事だ。
天薙は着物の裾が乱れるのも気にせず、全力で走りつづける。
どう考えても建物の大きさを遥かに越えるだろう距離を走っていたが、すでにここは異界なのだからそんなことを考えても始まらない。
足音はギシギシと後を追ってくる。
時々後ろを窺うが、その姿は見えない。
(どうしたら・・・それとも、どこか部屋に逃げ込んだ方がいいのかしら・・・)

もうどのくらい走っただろう・・・
天薙は息が切れるのを堪えて走りつづけたが、ついに限界が来て膝をついた。
しかし、ここで休むわけには行かない。
足音は右側の襖の向うから聞こえてくる。
どうやら、襖の向うを追ってきているようだ。
くっと唇をかみ締めて天薙は立ち上がった。
そして、反対側・・・左側の襖に耳を当て中の様子を探る。
運良く、襖の向うに音は聞こえない。
イチかバチか賭けてみるか・・・?
(えいっ!)
天薙は思い切りよく左側の襖を開いて部屋の中へ飛び込んだ。

それは、天薙の背後で襖が開くのと殆ど同時だった。

◆夜明けを告げる鳥
「ん・・・ぅ・・・」
天薙は差し込む朝日の眩しさで目を覚ました。
遠くで鶏が甲高い声で鳴いているのが聞こえる・・・
ぼんやりと目を開くと闇が薄れ青い空が広がっているのが見える。
(どうして空が見えるのかしら・・・)
夕べは何処で眠ったのだったか・・・
そんなことをぼんやり考えていて、はっと我に返った!
「!」
天薙は慌てて飛び起き、あたりを見回す。
そこはどうも何処かの庭先のようだ。
後ろを振り返ると、夕べ探索に入った離れらしき建物が建っている。
「ここは・・・みんなはっ!?」
良く見ると庭のあちこちに探索隊の面々が倒れている。
しかし、皆も朝日の眩しさに目を覚ましたらしく、低く呻き声をあげながら体を起こそうとしている。
「・・・夢だったのかしら・・・」
ひどくだるい体を起こしながら、天薙は着物についた泥を払った。
夕べは一晩中廊下を走っていて・・・
そして・・・
その時、辺りでは奇声が上がり始めた。
「ぎゃーっ!お前の顔なんだよ!そのバカって書いてあるぞ!」
「お前こそなんだそれ!肉かよっ!」
笑い声と罵倒に天薙は夕べの出来事をはっきりと思い出す。
「!」
天薙は慌てて池の方に走りより、その水面に顔をうつしてみる。
「良かった・・・無事だったのね・・・」
皆に刻まれた忌まわしい印は天薙の額には刻まれてはいない。
泥で汚れてはいるが、いつも通りの顔のままだ。

「天薙さーん、帰りましょう〜・・・」
ヨレヨレになった上に額に米と書かれた三下が天薙を呼んでいる。
見れば、みんな気がついて旅館の方へと歩き始めている。
「はーい。」
そう返事をすると、着物の衿と裾を直して歩き始めた。
そして安堵の溜息と共に、昨夜の恐怖を思い出す。
もう、あんな嫌な思いは二度とゴメンだった。
(もうこんな探索には加わりませんわ・・・)
そう思いながら、帰途につく天薙 撫子であった。

しかしその後、天薙は旅館に戻って着替えようと着物をぬいだ時に、真の恐怖を思い知るのであった。

お尻に押された「合格」の大きなハンコを眺めながら・・・

The End.