コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<PCシナリオノベル(シングル)>


深く静かに・・・
●砂浜は遠くにありて
 青く穏やかな中ノ鳥島の海。水平線が遥か遠くに見えている。ふと見ると、砂浜から1キロ近く離れた場所に、あひるの浮き輪をつけた幼い子供の姿があった。
「あっ……」
 小日向星弥はその時初めて、自分が随分遠くまで来てしまっていたことに気が付いた。夢中で泳いでいたので、今まで気付かなかったのだ。まあ、偶然潮の流れに乗ってしまったのせいもあったのだが。
「あ〜ん、しゅらいんに怒られちゃう〜」
 バタバタと足を動かし、砂浜へと戻ろうとする星弥。あまり遠くまで行ってはいけないと言われていたので、星弥は自分なりに何とか早く戻ろうとしていた。
 と、その最中だった。不意に星弥の身体が海中に沈んでしまったのは。そこに、あひるの浮き輪だけを残して――。

●海中の誘い人
(ああ〜っ! せーやの、あひるさんの浮き輪ぁぁっっ!!)
 星弥は小さな手を、必死に海面に向かって伸ばした。けれどもその手は浮き輪に届く所か、どんどん浮き輪から遠ざかっていった。つまり、身体が沈む一方なのである。
 別に星弥の身体が急に鉛になった訳ではない。身体は元のままだ。では何故沈んでいるかというと、ずばり何者かが星弥の足を引っ張っていたからだった。その力は、時間が経つにつれ次第に強くなっていた。
(いやぁんっ! せーやの足引っ張っちゃやなのぉぉっ!)
 泣きながらじたばたじたばたと、激しく足を動かす星弥。涙は海水に溶け、足には海水の重みを感じるだけだった。
(足引っ張っちゃやなのぉぉっ!)
 星弥は抵抗し続けたが、身体はなおも深く沈んでゆく。いつしか周囲の海水の色が暗くなり始めていた。太陽光が届きにくくなってきたようだ。
(泣かないで……)
 不意に、星弥の頭の中に声が響いた。それは優し気な女性の声だった。
(う……うに……?)
 星弥の足の動きがぴたっと止まった。
(あなた、だぁれ?)
 頭の中に響いた声に尋ねてみる星弥。すると声は悲しそうに答えた。
(私に名前はないわ。あえて言うのなら、幽霊かしら。ねえ、あなたのお名前は?)
(せーやねぇ、せーやって言うの。せーやにご用?)
 この時、星弥からは抵抗しようという気持ちがなくなっていた。何となく、悪い相手じゃないように思えたからだった。
(ええ、御用があったから呼んだのよ。あなたに、想い出を蘇らせてあげようと思って……一番好きなことを見せてあげる)
(せーやがいちばん好きなのを見せてくれるの?)
 星弥は目をぱちくりとさせた。突然『好きなことを見せてあげる』と言われても、困ってしまうばかりだ。当然ながら、星弥は唸りながら必死に考え始めた。
(ん〜……せーやねぇ〜、しゅらいんとぉ、武彦とぉ〜、麗香とぉ〜、雫とぉ〜、おやつとおひるねが一番好き〜♪)
 で、星弥が必死に考えた結果がこれだった。確かに好きな者や物には違いないが、少し意味が違っているような気がしないでもない。
(そういうのじゃなくてね……)
 案の定、声も困ってしまったようだ。
(……ちがうの?)
 きょとんとする星弥。
(違うわ。私が見せてあげられるのは、昔のことよ……)
(むかしのこと……?)
 しばし考える星弥。そしておもむろにこう言った。
(……かあさまに会わせてくれるのっ?)
(そんなの容易いことだわ。あなたの想い出の中に存在していれば……)
(うっわぁ〜〜いっ、ありがとぉ〜)
 母親に会わせてくれると聞いて、星弥は激しく喜んだ。目の前に声の主が居たならば、きっとぎゅっと抱きついていたことだろう。
(私のこと、怖くないの?)
 声は意外そうに星弥に尋ねた。
(最初はこわかったけど……今はこわくないよ。だって、いいひとでしょぉ? やさしいんだもの〜)
 にこーっと微笑む星弥。
(……そう。じゃあ目を閉じて。今からあなたを想い出の世……)
(あっ)
 声が話している最中に、星弥が思い出したように言った。
(えとね、雷神や風神にも会いたいなぁ〜♪ いつもね〜、せーやをまもってくれるんだよぉ〜♪)
 星弥が先程よりも強く、にこぱーっと微笑んだ。母親と並び、思い入れの強い2人なのだろう。
(……きっと会えるわ。じゃあ目を閉じて。今からあなたを想い出の世界に連れていってあげましょうね……)
 星弥は声に言われるままに目を閉じた。身体中の力が抜けてゆき、次第に意識が遠ざかっていった……。

●会えた……!
「……うに……?」
 次に星弥が気付いた時、そこはもう海中ではなかった。見覚えのある、立派な造りの宮殿の中に1人で立っていたのだ。
 星弥は自分の姿を見た。やはりそれも水着姿ではなく、自身が好んで身に付けていた衣服だった。後ろから、狐の尻尾がぴょこんと顔を出している。まあ、裾が長くて少々動きにくいのがあれだけれども。
「わぁ……ほんとうだったんだ〜♪」
 喜びその場を跳ね回る星弥。すると、奥の方から星弥を呼ぶ声が聞こえてきた。
「姫、どちらですか!」
「姫、出てきていただけませぬか!」
 聞き覚えのある青年たちの声に、星弥の心は激しく高鳴った。
「せーやはここにいるよぉ〜!」
 星弥は大きな声を出して、自分がここに居ることを知らせた。すぐに奥の方から足音が聞こえてきた。
「姫、こちらでしたか!」
「探しましたぞ!」
 そう言って星弥の前に現れたのは、美形の青年が2人。星弥を護ってくれている、雷神と風神だった。
「えへへぇ〜」
 2人の顔を見て、にぱーっと微笑む星弥。喜びがどうにも抑え切れなかった。
「心配したじゃありませんか……」
「ぷいと居なくなられては、我らも困りますぞ、姫」
 雷神と風神は星弥を見付け、安堵した表情を浮かべていた。星弥の姿が見えなくなって、必死に探し続けていたのだろう。
「ごめんなさいなのぉ〜」
 ぺこんと頭を下げる星弥。さすがに姫様に頭を下げられては困惑するのか、2人は顔を見合わせた。
「いえ、姫が御無事でしたら我らはそれで……!」
「そうですとも、姫をお護りすることが我らの使命で……!」
 慌てて言う雷神と風神。星弥はそんな2人の様子を見て、またにこーっと微笑んだ。自分のことを心配してくれているということが、十二分に伝わっていた。

●かあさま
 それからしばらくして、お腹の空いた星弥はご飯を食べていた。テーブルの上には豪華な料理が所狭しと並んでいる。どれもこれも見覚えのある、懐かしい料理ばかりだった。
「うわぁ〜、いっただきま〜す♪」
 星弥は好きな料理から順番に手を付けていった。どの料理も美味しくて、ほっぺたが落ちそうであった。
「美味しい、星弥?」
 と、左手から優し気な女性の声が聞こえてきた。やはり聞き覚えのある声、そして決して忘れることの出来ない声だった。
「……かあさま?」
 星弥は料理を食べる手を止めて、左側に振り向いた。そこには星弥に対して優し気な眼差しを向けている女性の姿があった。
「かあさまぁ!!」
 箸をテーブルの上に置き、椅子から飛び下りる星弥。そのまま母親に向かってとてとてと走ってゆき、胸の中へと飛び込んだ。
「まあまあ、お行儀の悪いこと」
 母親は口ではそう窘めながらも、星弥に笑顔を向けていた。
「ほんとに会えた、かあさまに会えたっ!」
 母親の胸に何度も頬を擦り付ける星弥。久々に母親に会えたのだ、喜びもひとしおであった。が、母親は何故か不思議そうな表情を浮かべていた。
「何を言っているの、星弥。今朝も顔を合わせたでしょう?」
「え……?」
 今度は星弥がきょとんとする番だった。星弥が母親に会うのは久々なのだから、母親も同じはず。けれども母親は違うと言っている。
(あ〜、そういえば何か言ってたよねぇ〜)
 星弥の脳裏に、あの声が蘇ってきた。『あなたを想い出の世界に連れていく』と。だが星弥はそれ以上深くは考えなかった。何はともあれ、こうして母親に会うことが出来たのだから――。

●好き
 母親と一緒に食事を終えると、星弥は穏やかな風の吹く場所で母親に膝枕をしてもらった。
「かあさまぁ?」
 星弥は甘えるような声を出した。
「どうしたの、星弥?」
 母親が星弥の狐の耳を、優しく撫でながら尋ねる。
「……ううん、なんでもないの〜」
 ふるふると頭を振る星弥。何か聞こうと思ったけれども、やっぱり止めた。聞いてしまうと、今のこの幸せな時間が壊れてしまいそうな気がしたから。だから止めた。
「おかしな星弥」
 母親はくすっと微笑むと、今度は星弥の金色の髪を優しく撫で始めた。
「かあさまぁ……」
「なぁに?」
「せーや、かあさまが好き〜……雷神も風神も〜……みんなみんな好き〜」
「……かあさまも、星弥が大好きよ」
 母親は、星弥の肩をそっと2度叩いた。
「少しお眠りなさい、星弥。さあ目を閉じて……」
 星弥は母親に言われるままに目を閉じた。身体中の力が抜けてゆき、次第に意識が遠ざかっていった。
「大好きよ、星弥……」

●夢か現か
「むにゃ……かあさま……」
「呑気なものだな」
 水着にパーカーを羽織っていた草間武彦は、背中に背負っている星弥の寝顔をちらりと見て苦笑していた。その草間の手にはあひるの浮き輪が握られていた。
 草間は姿の見えなくなった星弥を探していたのだが、当の本人は岩場で呑気に眠っていたのだ。そしていくら起こしても起きないので、こうして背負って帰っているという訳だった。
「何の夢見てるんだかな」
 笑みを浮かべる草間。星弥の嬉しそうな表情からすると、いい夢を見ているのは間違いなさそうであった。
「かあさま……好き……」
 星弥が草間のパーカーを、小さな手でぎゅっと握り締めた――。

【了】