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<PCシナリオノベル(シングル)>


終戦
●話はきちんと聞きましょう
(……また過去の遺物のお願い事にゃ?)
 白雪珠緒は不機嫌そうな表情を浮かべ、目の前の老人の話を聞いていた。いや、聞いているように見えた、と言うべきか。実際の所、今の珠緒は半分以上話を聞き流していたのだから。
 ここは中ノ鳥島にあるホテルのカフェテラス。珠緒は1人の老人と向かい合って座っていた。珠緒の前には冷たいミルクが置かれていた。
 目の前に居る老人の名は葛城宗一郎、元帝国海軍の少佐だという。元軍人だからだろうか、年齢の割りには背筋もしゃんとしており、眼光も鋭い。髪も白いがふさふさで、年齢よりも確実に若く見えていた。
「……という訳で、『怨霊機』の下へ連れて行ってほしい」
 難しい表情のまま話し続ける葛城。だが、珠緒は全く別のことを考えていた。
(あ、怨霊で思い出したにゃ! 結局、この間のお代、まだ貰ってないのにゃ……この珠緒さまを相手に踏み倒すなんて、絶対に許せないにゃ! 今度会ったら、すぐさま頭からかじってやるにゃ!)
 珠緒はつい先日も別件でお願い事を受けていた。が、無事に片付いたにも関わらず、その分の報酬は受け取れずにいたのだ。まあそれは色々と事情があるゆえに仕方のないことだったのだが……いやはや、食い物の恨みとは何とも恐ろしい。
「将官脱出用の隠し通路を使えば、死霊兵には出くわさずに佐伯の下まで行けるだろう。だが、零は……いや、礼子は我々を見逃しはしまい」
 葛城はそう言って額の汗をハンカチで拭った。南の島である中ノ鳥島は、じっとしているだけでも暑かった。
(あ、ちょうどいいにゃ。零たちの分も、その佐伯とかいうヤツにまとめて請求してやるのにゃ)
 頭の中に断片的に残っている葛城の話の内容から、都合のいい展開を導き出す珠緒。話をじっくり聞いていたなら、それがまず無理であることは分かりそうなものなのだが――。
(報酬はやっぱり猫缶山程がいいにゃ。それでなおかつ質がよければ最高だけど、珠緒さまはそこまで贅沢は言わないにゃ。よーし、これで決めたにゃ、誰が何と言おうとも決定にゃ!)
 珠緒の頭の中はすでに猫缶でいっぱいになってしまったようである。
「という訳にゃ!」
 珠緒は突然叫ぶと、ガタンと椅子から立ち上がった。葛城は驚いて珠緒を見上げた。それもそのはず、葛城からすれば珠緒はずっと黙って話を聞いていたようにしか見えなかったのだから。
「さっそく出発するにゃ! おじーちゃん、しっかりついて来るのにゃ〜!」
 右手を大きく上げて、威勢よく歩き出す珠緒。葛城は慌てて珠緒を呼び止めた。
「ちょ、ちょっと待ちたまえ、君……」
 だが珠緒はそれを無視して先に先に進んでゆく。と、不意に足を止めてくるりと葛城の方に振り返った。そして一言、こう言い放った。
「……ところで何しに行くのにゃ?」
 葛城は深い溜息を吐くと、珠緒を手招きした。ご苦労なことに、もう1度最初から事情を説明するつもりらしい……。

●地下に待つのは
 葛城が最初からもう1度珠緒に説明した事情というのは次のようなことだった。
 この中ノ鳥島の地下深くには、『怨霊機』と呼ばれる呪術的な機械が存在しているのだという。その『怨霊機』を作り上げるために、多くの人間の魂が捧げられた。その中には、葛城の親友かつ部下である佐伯数馬も居たのだという。
「多くの者は強制的に魂を『怨霊機』に捧げられることとなった。だが佐伯は違った。彼は我らが祖国と、そこに住まう人々のために自ら魂を捧げたのだ……」
 そう語る葛城の表情は苦汁に満ちていた。
「親友としての私は何としても止めるべきだったのかもしれない。が――上官としての私にはそれが出来なかった。だからこそ今、私は上官としての務めを果たさねばならんのだよ。彼を……佐伯を呪われた任務から開放するために。それが私に課せられた最後の務めだ……」
 どうやら葛城は、佐伯に対して強い負い目を感じているらしかった。珠緒はそんな葛城を困った表情で見つめていた。
「よーするに……佐伯を止めればいいのにゃ?」
 話が難しくて一部理解に苦しむ部分もあったが、珠緒は恐らくそうなのだろうと考えた。しかし葛城は首を横に振った。
「解放するんだ……呪われた任務から」
 佐伯の魂は『怨霊機』に捧げられた今もなお、来るはずの無い敵を待ち続けている。これを呪われた任務と言わずして何と言おうか。
「それはいーけどにゃ。どうやってそこまで行くのにゃ?」
 珠緒は素朴な疑問を口にした。1度は説明されていたのだが、ほとんど聞いていなかったのだから仕方がない。
「将官脱出用の隠し通路を使えば、死霊兵には出くわさずに佐伯の下まで行けるだろう。だが、零は……いや、礼子は我々を見逃しはしまい」
「零?」
 聞き覚えのある名前に、眉をひそめる珠緒。先日受けた別件のお願い事というのが、その零絡みのことだったからだ。その時の珠緒は、散々零に説教をしてきたのだが……。
「桜木礼子……佐伯を愛した少女だ。礼子は佐伯を守るため、自ら霊鬼兵・零の核となった。だが……その時にはもう佐伯は……」
 押し黙る葛城。結果的にそうなったのか、それとも誰かが意図的にそのように仕向けたのか、それは葛城が語らないので分からない。だが、そこに『運命の悪戯』という出来事が介在していたのは明らかだった。
「……おじーちゃん、元気出すにゃ。この珠緒さまに任せれば、無事に解決するにゃ!」
 珠緒は葛城を慰めるように、そして元気づけるように笑顔で言った。

●隠し通路
 葛城の事情説明が終わり、ようやく2人が動き出したのは昼下がりのことだった。
 葛城に導かれるままに中ノ鳥島の中を移動してゆく珠緒。次第に森の中へと入ってゆく。
「確かここだったと思うんだが……」
 ぼそっとつぶやく葛城。数10年もの間に草木の様子も当時とは変わり、正確な場所を把握しにくくなっているのかもしれない。
「大丈夫にゃ? このまま迷子になるのは嫌にゃ」
 珠緒が心配そうに尋ねた。隠し通路の場所を知っているのは何しろ葛城だけなのだから。
「……あった!」
 葛城は少し先の地面を指差して叫んだ。しかし珠緒には何の変哲もない地面にしか見えなかった。
「ここに入口が……」
 葛城はその場所へ急ぐと、身を屈めて土を払い始めた。すると土の下から、鉄製の蓋のような物が姿を見せたではないか。
「カモフラージュ?」
「その通りだ」
 確かに、脱出用の隠し通路が簡単に分かるようになっていたら、敵にそこから攻められる訳で。カモフラージュを施すのは至極当然のことだった。
 ともあれ、葛城と珠緒は重い蓋を開けると、慎重に梯子を下っていった。

●また説教にゃ!
 長い梯子を降りた後、長く曲がりくねった通路を歩いてゆく2人。通路には普通に歩いてゆける程の明かりが点っている。ひょっとすると発動機が生きているのかもしれない。
 通路に2人の足音が響いていた。葛城が言ったように、死霊兵の現れる様子は見られない。順調に2人は通路を進んでいった。
 やがて長い通路も終わり、今度は広い空間に出た。一面コンクリートの無機質な空間で、所々に鉄製の扉が見られた。
「こっちだ。こっちに『怨霊機』が……」
 横手の通路に進み、手招きする葛城。目指す『怨霊機』はこの先らしい。
「よーし、待ってるにゃ、猫缶!」
 珠緒はすぐに葛城の後を追った。猫缶のため……もとい、葛城のために。
 先程の通路に比べれば遥かに短い通路を抜け、2人はまたもや広い空間に出た。足を止める葛城。それに遮られる形で珠緒も足を止めた。
 少し先に大型の車のエンジンのような外見をした機械が見え、低い音を立てて唸りを上げている。気のせいかもしれないが、空気が冷たい。そしてその前には1人の少女が立っていた――零だ。手には怨霊を具現化させたのであろう、日本刀を持っていた。
「零……いや、礼子」
 喉の奥から絞り出すようにつぶやく葛城。零は無言で葛城を見つめていた。
「あっ、やっぱり現れたのにゃっ!?」
 珠緒が葛城をぐいと押し退けて、前に進み出た。珠緒の姿を認め、ピクンと反応する零。表情にこそ出してはいないが、はっきりと2歩程後ずさった。先日珠緒に説教されたことが堪えているのかもしれない。
「ちょうどいいにゃ! また珠緒さまが説教してあげるから、こっちへ来るのにゃ!」
 招き猫のごとく、激しく手招きする珠緒。だが零はなかなか来ようとはしない。そんな零の態度に痺れを切らした珠緒が大声で叫んだ。
「いいから来るのにゃっ! さもないと頭からがじがじとかじってやるにゃっ!!」
 これにはさすがに零も慌ててやって来た。満足げな笑みを浮かべる珠緒。
「最初からそう素直に来ればいいのにゃ。そもそもアンタたち、何からココを守ってるにゃ? 考えたことあるにゃ? 『怨霊機』なんて時代遅れにゃ。ダサいにゃ。先生は情けないにゃ。これからみっちりお説教してあげるにゃ……」
 と、くどくどと説教を始める珠緒。しかし珠緒は気付かなかった。その隙に、葛城が『怨霊機』へと近付いていったことに――。

●死んじゃダメにゃ
「……だからにゃ、言ってダメなら身体で分からせるのにゃ。それでもダメならかじるのにゃ」
 得意満面で説教を続けている珠緒。零はうなだれ、無言で説教を聞いていた。
「かじるなら頭から……」
 珠緒がそう言葉を続けた時、ふと葛城の姿が目に入った。が、葛城の様子がおかしい。何とどこに隠し持っていたのか、旧型の銃を手にしているではないか!
「! おじーちゃん、ダメにゃーっ!!」
 弾丸のごとき速さで葛城の下へすっ飛んでゆく珠緒。爪をジャキンと伸ばし、銃を持っている方の手を引っ掻いた。顔をしかめた葛城の手から、銃が床へと落ちた。珠緒は葛城を激しく叱りつけた。
「何するにゃ! 死んじゃダメにゃ! 『死んで花見が出来るものか』と昔の人も言ってるのにゃ!」
 言ってません。
「おじーちゃんが死んで困る人は居ても、誰も喜びはしないにゃ!!」
「う……うむ……」
 ガクリとうなだれる葛城。銃を用意していた所からすると、ここへ来る前から生命を絶つつもりだったのだろう。結末はどうあれ。
「……んにゃ?」
 珠緒がさらに葛城を叱りつけようとした時、『怨霊機』に異変が起きた。『怨霊機』の唸る音が小さくなってゆくと同時に、うっすらと青年の姿が現れたのだ。旧帝国海軍の軍服に身を包んだ、端正な顔立ちの青年が。
「さ……佐伯!」
 葛城が大きく目を見開いた。この青年が佐伯のようだ。葛城はすぐさま敬礼の姿勢を取った。目には大粒の涙が浮かんでいた。
「佐伯数馬……ただ今をもって貴官の任務を解き、ここに戦闘停止を命ずる!!」
 葛城がそう言うと、佐伯も敬礼を返す。
「終戦だ……佐伯」
 葛城の頬を涙が伝った。佐伯は敬礼を返したまま静かに微笑み……すぅっとその姿を消した。そして――『怨霊機』は完全に沈黙した。
「よかったにゃ……よかったにゃ……」
 佐伯が解放されたのを見て、うんうんと頷く珠緒。感動したのか、そっと涙を拭っていた。
「これで猫缶がたくさんもらえるにゃ……」
 訂正。感動の涙ではなく、報酬を得られることに対する喜びの涙だったようだ。
 ともあれ、珠緒は葛城のお願い事は無事に果たした。けれど、そこから報酬の猫缶のことで零を交えて一波瀾あったというのは、また別のお話である――。

【了】