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<PCシナリオノベル(シングル)>


終戦
●似ているお嬢さん
 中ノ鳥島にある唯一のホテルのカフェテラス。慧蓮・エーリエルが遅い朝食後の静かな時間を過ごしている時に、その老人は現れた。
「もし……そこのお嬢さん」
 白髪で背筋のしゃんとしている老人が、静かに慧蓮に話しかけてきた。
「ニー」
 慧蓮の足元に居た黒猫の斗南が、知らせるように鳴いた。
「分かってるわ、斗南。私に……何か御用ですの?」
 慧蓮はすっと顔を上げると、血のように紅い瞳でその老人の顔を見つめた。老人は一瞬たじろいだようだが、すぐにこう切り出してきた。
「いや……つかぬことを聞きたいのだが、お嬢さんの祖母は、戦時中に上海に居られたことはなかったのかと」
「いいえ」
 慧蓮は短く答えた。500年以上生きてはいるが、家族の記憶などないのだから、答えられるはずがない。ただ、戦時中の上海であれば、慧蓮は訪れていたような気がしないでもなかった。
「そうか……それは失礼をした。当時の上海で、お嬢さんそっくりな少女を見かけたものだからね。てっきりお孫さんかと思ったんだよ」
 普通の人間であれば、そう考えるのが普通だろう。当時の少女と、慧蓮をイコールで結んで考えはしない。
「何かお悩みですの?」
 その場を去ろうとした老人に、慧蓮は声をかけた。老人の目の奥に、何やら憂いを感じたからだ。
「…………」
 老人は無言で慧蓮を見つめた。そして何かを決意したのか、慧蓮の向かいにあった椅子を引いて腰を降ろした。
「……お嬢さんには何か強い力を感じる。もしよければだが……私の願いを聞いてはもらえないだろうか」
「内容次第では構いませんわ」
 さらりと言う慧蓮。今日は特に予定もなく、ちょうど退屈していた所なのだ。興味深い内容ならば、手伝うのは容易いことだった。
「ありがとう。ああ、まだ名乗っていなかったね。私の名は葛城宗一郎。元帝国海軍少佐だ。願いというのはただ1つ、私を『怨霊機』の下へ連れて行ってほしい」
 葛城の口から『怨霊機』という単語を聞いて、慧蓮は眉をひそめた。

●葛城の事情
 葛城が慧蓮に説明した事情というのは次のようなことだった。
 この中ノ鳥島の地下深くには、『怨霊機』と呼ばれる呪術的な機械が存在しているのだという。その『怨霊機』を作り上げるために、多くの人間の魂が捧げられた。その中には、葛城の親友かつ部下である佐伯数馬も居たのだという。
「多くの者は強制的に魂を『怨霊機』に捧げられることとなった。だが佐伯は違った。彼は我らが祖国と、そこに住まう人々のために自ら魂を捧げたのだ……」
 そう語る葛城の表情は苦汁に満ちていた。
「親友としての私は何としても止めるべきだったのかもしれない。が――上官としての私にはそれが出来なかった。だからこそ今、私は上官としての務めを果たさねばならんのだよ。彼を……佐伯を呪われた任務から開放するために。それが私に課せられた最後の務めだ……」
 どうやら葛城は、佐伯に対して強い負い目を感じているらしかった。
「……あなたはこの島で過去起きた出来事に関わっていたのね」
 静かに問いかける慧蓮。葛城は無言で頷いた。それは言い訳のしようもない事実だったからだ。
「確かに……私はこの島に、『怨霊機』にも関わっていた。けれども、私はこの計画に諸手を挙げて賛成した訳ではなかった。あの時も、『怨霊機』の実験停止を求めて内地に帰還していたんだ……」
 そこまで話すと、葛城は大きく頭を振った。まるでそれが間違いだったと言わんばかりに。
「内地に帰還している間に終戦の詔が下り、中ノ鳥島は放棄された……という所かしら」
「その通りだとも。中ノ鳥島は姿を消し……私は佐伯に終戦と戦闘停止命令を伝えることも出来なくなってしまった。だから……!」
 ドンッと葛城はテーブルに拳を叩き付けた。悔やんでも悔やみ切れない様子だったが、葛城は水を1杯飲んで何とか気持ちを落ち着かせた。
「……将官脱出用の隠し通路を使えば、死霊兵には出くわさずに佐伯の下まで行けるだろう。だが、零は……いや、礼子は我々を見逃しはしまい」
「そう、『彼』が残したあの哀しい存在の真実の名前、礼子というのね……」
 不意に慧蓮が遠くを見つめたような気がした。零のことは慧蓮も知っていた。洋館に住まう哀しき存在……霊鬼兵・零のことを。
「桜木礼子……佐伯を愛した少女だ。礼子は佐伯を守るため、自ら霊鬼兵・零の核となった。だが……その時にはもう佐伯は……」
 押し黙る葛城。結果的にそうなったのか、それとも誰かが意図的にそのように仕向けたのか、それは葛城が語らないので分からない。だが、そこに『運命の悪戯』という出来事が介在していたのは明らかだった。
「……斗南、葛城さんを手伝って差し上げて」
 慧蓮は足元に居た斗南に静かに語りかけた。
「ニー」
 短く鳴き、斗南は葛城の足元へととことこと移動した。
「私たちがお連れしますわ、ご安心を。必ず佐伯さんの下へお連れします」
 微笑みを浮かべ、慧蓮が葛城に言った。

●刈り取るために
 葛城が支度を整えに自室へ戻っている間、慧蓮は腕の中に居る斗南に話しかけていた。
「斗南……『彼』の為したことは、あまりにも哀しい種を撒き散らし過ぎたわ。この辺で誰かが刈り取らなくちゃ、哀しみと苦しみの輪は切れることがない……」
 『彼』はもうこの世に存在はしない。しかし『彼』の残した災禍の種子は、未だにこの島を、零を、そして葛城を蝕んでいた。放っておいては哀しみと苦しみの輪は拡大こそすれ、消滅することは決してありえない。
「斗南、零が現れることが必須なら、それを逆手に取りましょう」
 くすりと微笑む慧蓮。斗南が心配そうに顔を見上げた。
「大丈夫よ……少し時間を稼いだら、すぐに合流するのだから。何も心配はいらないわ」
 慧蓮はそうつぶやくいた時、支度を整えた葛城が戻ってきた。
 出発の時が来た――。

●誘導
 葛城の話していた隠し通路からの出口は、森の中に存在していた。土で覆われてカモフラージュされていた鉄の蓋を開け、長い梯子を下ってゆく慧蓮たち。
 長い梯子の後は、長く曲がりくねった通路が待っていた。その通路には普通に歩いてゆける程の明かりが点っていた。ひょっとすると発動機が生きているのかもしれない。
 慧蓮は通路を歩いている間に、葛城から零が現れる場所を尋ねておいた。後々に、それが必要となるからだ。葛城は断言は出来ないとしながらも、基地の構造上通らねばならぬ場所をいくつか教えてくれた。
 やがて長い通路も終わり、今度は広い空間に出た。一面コンクリートの無機質な空間で、所々に鉄製の扉が見られた。
「こっちだ。こっちに『怨霊機』が……」
 横手の通路に進み、手招きする葛城。目指す『怨霊機』はこの先らしい。
 だが慧蓮はさらりと言い放った。
「私は後から行きますわ。出迎えをしないといけませんから。斗南、葛城さんを守って差し上げて」
「ニー」
 斗南が通路を走ってゆく。葛城は一瞬躊躇したが、慧蓮に背を向けて走り出した。
 それからすぐに、別の通路から零が姿を現した。すかさず慧蓮が言葉を発した。
「『水鏡』よ!」
 慧蓮の言葉と共に、大小様々な水で出来た鏡が出現してゆく。『水鏡』には無数の慧蓮の幻影が写し出されていた。
「このまま誘導してしまいましょう。時間を稼ぎつつ……」
 慧蓮は葛城たちの消えた通路へと自分も走り出した。『水鏡』を規則正しく出現させながら。

●解放の時
 先程の通路に比べれば遥かに短い通路を抜け、慧蓮はまたもや広い空間に出た。
 少し先に大型の車のエンジンのような外見をした機械が見え、低い音を立てて唸りを上げている。気のせいかもしれないが、空気が冷たい。そしてその前には葛城が立ち、足元には斗南の姿もあった。
「ニー」
 慧蓮の姿を見付け、斗南が短く鳴いた。
「これが『怨霊機』なのね……」
 目を細め、ゆっくりと『怨霊機』へ近付いてゆく慧蓮。これこそが、『彼』がこの島に残した災禍の種子である。
「佐伯……姿を見せてくれ……頼む!」
 葛城は『怨霊機』に向かって、懇願するように言った。しかし『怨霊機』は低く唸り続けるのみ、何も答えはしなかった。
「駄目よ、それじゃあ。『怨霊機』は意志を持たない存在なのだから」
 淡々と言う慧蓮。葛城がそんな慧蓮に突っかかった。
「ならば……ならばどうしろというのだ!」
「私に考えがあるの。そして……そのために必要な相手がもうすぐここに現れるわ」
 慧蓮は今やって来た通路の方に振り返った。その瞬間、零がこの場に飛び込んできた。手には怨霊を具現化させたのであろう、日本刀を持っていた。
「零……いや、礼子」
 喉の奥から絞り出すようにつぶやく葛城。零は無言で葛城を見つめていた。
「関わらないでと言ったのに……」
 零はゆっくりと慧蓮たちに近付いてきた。
「私はこの基地を守らねばならない……」
 零が大きく刀を振りかぶった刹那――慧蓮が言葉を放った。
「『水鏡』よ!」
 途端に零の背後と、『怨霊機』の背後に『水鏡』が立つ。だがそれだけでは終わらなかった。
「『水鏡』に命ず。汝、真の姿を写し出すがいい!」
 『水鏡』は幻を写し出す物。そして、真の姿を写し出す物でもあった。零を写し出していた『水鏡』に、零と同じ顔をした少女の姿が現れた。この少女こそ、礼子なのだろう。
 一方、『怨霊機』を写し出していた『水鏡』にも、旧帝国海軍の軍服に身を包んだ、端正な顔立ちの青年が現れる。
「さ……佐伯!」
 葛城が大きく目を見開いた。この青年が佐伯のようだ。
 『水鏡』によって写し出された2人は無言で見つめ合っていた。やがて礼子の口が動いた。何と言っているかは慧蓮たちには分からなかったが、佐伯はそれを理解しているようで何度も小さく頷いていた。
 佐伯は一通り礼子の話を聞き終えると、ゆっくりと口を動かし、左右に首を振った。まるで礼子を諭すかのように。
 そして礼子の目から涙がこぼれる。慧蓮はその瞬間を見逃さなかった。
「葛城さん、佐伯さんに命令を……」
 慧蓮がそう言うと、葛城はすぐさま敬礼の姿勢を取った。目には大粒の涙が浮かんでいた。
「佐伯数馬……ただ今をもって貴官の任務を解き、ここに戦闘停止を命ずる!!」
 葛城がそう言うと、『水鏡』の中の佐伯も敬礼を返した。とても美しい敬礼だった。
「終戦だ……佐伯」
 葛城の頬を涙が伝った。佐伯は敬礼を返したまま静かに微笑み……すぅっと『水鏡』からその姿を消した。
「……佐伯さん……」
 礼子と零の口がシンクロして動き、零の目からも涙がこぼれた。手にしていた日本刀が霧散する。『水鏡』に写し出されていた礼子は、佐伯に呼応するがごとくその姿を消した。
 いつしか『怨霊機』はその唸り声を次第に小さくしてゆき――やがて完全に沈黙した。

●終演
「……『炎雷』」
 慧蓮の突き出した手より、稲妻のごとき炎がまっすぐ『怨霊機』目掛けて放たれる。『怨霊機』はその一撃で粉々に破壊された。
「災禍の種子はこの世に残してはならない……それが『彼』による物なら、なおさらだわ」
 慧蓮は神妙な表情でつぶやいた。それから零の方へと向き直る。
「……あなたの守るべき物は、もうここには存在しない。あなたを縛る命令は、もう存在しないのよ。そしてもう誰も、あなたに命令はしない」
 守るべき物が破壊された以上、命令は無意味となる。つまりそれは、零の『彼』からの解放を意味していた。命令から解放された零がどのような行動を取るべきなのか……それは慧蓮の関知しない所だった。ここで零に命令をしてしまったのなら、『彼』と同じ存在になってしまうのだから。
「行きましょう、斗南。もうここには用はないわ。……『彼』の演出した哀しき舞台は、ここに終演を迎えてしまったのだから、ね」
 斗南を呼び寄せ歩き出す慧蓮。後に葛城と零を残し、静かに哀しき舞台を後にした――。

【了】