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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


000
●3日前
「ナンバー000って、知ってます?」
 目の前に座った青年は、そう言った。草間は暫く考えるが、首を横に振った。
「携帯電話で、000を押すんです。それで、上手く行けば将来の自分が聞けるんだとか」
 青年は、相模・芳樹(さがみ よしき)と言った。今年、高校三年生だそうだ。友達にその話を聞き、面白半分に試したのだそうだ。
「それで、将来の自分は聞けたんですか?」
「ええ。……どうやら、僕は3日後に死ぬんだそうで」
「死ぬ?」
「はい。……電話の向こうから、そのように言われました」
「それは穏やかじゃないな」
 草間は眉間に皺を寄せる。
「当たらなければいいんですけど、友達がやったら全部当たってたらしくて」
「例えば?」
「明日足を骨折するとか、5日後に川に落ちるとか」
「穏やかな将来じゃないな」
 どちらかというと、将来と言うよりも危険予告のようにも聞こえる。
「僕、怖くなっちゃって。お願いします。三日後、僕を守ってくれませんか?」
 衛は頭を深く下げた。草間は頷き、三日後に守る為の人間を向かわせると約束した。
「そういう事だ。誰か、行ってくれないか?」
 草間は周りをざっと見回した。

●2日前
 草間興信所の前にある、とあるラーメン店。味は最高級に美味しいのに、分かりにくい所にある為か、客は殆ど居ない。
「美味しかった!色んな店を知ってるのね、影崎さん」
 醤油ラーメンを食べ終わり、一息つきながら長谷川・豊(はせがわ ゆたか)は言った。さらさらと流れる長い黒髪は、邪魔にならないように緩く一つに纏められている。
「だろ?美味いのに誰も知らないんだよな」
 味噌ラーメンを汁まで飲みながら、影崎・雅(かげさき みやび)は言った。こちらも黒髪を一つに纏めている。豊に髪を纏めるように進言したのは他ならぬ雅だった。「ラーメンを食べるのなら、髪は纏めた方がいい」というのが雅の言。
「ご馳走様」
 塩ラーメンのどんぶりを前にし、真名神・慶悟(まながみ けいご)は手を合わせた。一言も言葉を発さず、黙々とラーメンを食べていた。一気に食べた所為で汗をかいたらしく、金の髪の間をハンカチで拭いている。
「で、三日後……あと二日後か。その時に将来とやらが来るのよね」
と、豊。口の周りをハンカチで拭きながら、雅と慶悟に話し掛ける。
「二日間をどうするかって事だよな」
と、雅。纏めていた髪を解き、腕を組む。
「取り敢えず、二日間はそれぞれ動いたらどうだ?二日後にお互い集めた情報を交換し合えばいい事だ」
と、慶悟。さっさと立ち上がり、自分の分のラーメン代を机に置く。
「じゃ、二日後に」
 そう言い残すと、早々に出て行ってしまった。依頼書はそれぞれにコピーして草間から貰っていた。つまり、二日後までそれぞれが個人的に動いても不都合な事は無いと言っても良いだろう。
「ま、そうだな。じゃあ、二日後に集合と言う事で」
 雅も立ち上がった。
「そうね。二日後に」
 豊が頷くと、雅は勘定を置いて豊に手を振り、店から出て行ってしまった。一人残された豊は一口水を口にし、依頼書にざっと目を通した。中に『相模芳樹』と書かれた紙があり、彼の住んでいる家の住所や将来を当てられたと言う友人の住所などが事細やかに書かれていた。
(流石は草間さん)
 思わず微笑み、豊は友人の一人の住所をチェックする。電話した次の日に骨折してしまったという、上原・翔(うえはら しょう)。
(こっちから、聞いてみるとするか)
 豊は心を決めると、勘定をしてから立ち上がった。出る時に、ラーメン屋の名前をチェックする。『らーめん麻生』という名前だった。
「次はビールと餃子ってのも良いかもしれないわね」
 ふふ、と笑って豊は店を後にした。お酒を飲むのは、祝杯をあげる時のはずだから。

 上原翔の家は、ラーメン屋から結構な距離があった。電車で1時間、徒歩で15分。車を使えば良かったと小さく後悔する。頭の中に、白いベンツのオープンカーが浮かび上がってくる。
(しまったわ。車だったらこんな距離、ものともしないのに)
 15分間歩き続けても、息切れはしてない。空手をやっている為、体力がついているのであろう。それでも豊は車を使いたかった。体力的な問題ではなく、気分的な問題で。
(ま、いいわ。こういう日もあっていいはずだものね)
 豊は立ち止まった。目の前に、『上原』という表札のかかっている家を見つけたのだ。
「ここね。……えっと、チャイムは……」
 きょろきょろと辺りを見回し、豊はチャイムを押そうとした。……その時。
「家に何の用ですか?」
と、眼鏡をかけた少年に話し掛けられた。よく見ると、足に痛々しい包帯がぐるぐると巻かれている。手にしている松葉杖が、豊の目に飛び込んでくる。
「あなた、上原翔?」
「ええ。そうですけど」
 少年――翔が不思議そうな顔で頷く。豊は思わずにっこりと微笑む。
「私、君に話を聞きにきたのよ」
「は、はあ……」
 翔の不思議そうな顔は、ますます酷くなる。眉間の皺が、更に深く刻まれた。それに構わず、豊は言葉を続けた。
「私は長谷川豊。……ナンバー000について調べてるの」
 翔の目が眼鏡の奥で大きく見開かれた。心なしか、小さく震えている。
(私はこの顔を知っているわ……。逆十字のペンダントを取った、その瞬間に一瞬だけ見るカウンセラーの……)
 豊はそこまで考え、頭を大きく振った。今はこんな事を考えている場合ではない。
「お願い、教えて欲しいの。どうしても、あなたの友達を守りたいのよ」
「……芳樹の事?」
 少年は顔をあげて豊を真っ直ぐに見た。不安そうな、心配そうな顔。豊も真っ直ぐに翔を見つめて頷いた。
「明日、来てください。今日は用事がるので……」
「分かったわ。……朝10時位に来ても大丈夫?」
 豊の言葉に、翔は頷く。
(しまったわ。ちゃんと確認してから来るべきだったわね)
 しかし、例え今日話が聞けなくとも『上原翔』という少年に会えただけでも良かった事としなくては。そう豊は考える。
「では、明日」
 ひょこひょこと歩きながら、翔は家の中に入っていった。豊はそれを見送り、そして翔の足を見て眉を顰めた。
(どうしてもっと早く、ナンバー000を調べておかなかったのかしら。そうしたら、この子だってこんな事には……。……ううん、後悔したって仕方ないわ。ともかく、何か手がかりを見つけなきゃ)
 豊はきゅっと手を握り締める。それは決意の表れでもあった。
 そして、携帯電話を取り出す。川から落ちたという、依頼書に書いてあったもう一人の将来予告を受けた少年の家に電話する。
「もしもし、脇坂さんのお宅でしょうか?私、長谷川豊と申しますが、脇坂・恭平(わきさか きょうへい)さんは……。はい。お話しを伺いたいと思いまして。……有難うございます。では明日」
 電話を切る。あと一日しかない。もうちょっと早く動けばよかったと後悔するものの、今はそんな事を後悔しても仕方の無い事だ。
「……明日が勝負ね」
 豊は手に持つ携帯電話をじっと見つめ、そしてぎゅっと握り締めた。

●1日前
 豊は、約束通り翔の家にやって来た。チャイムを押すと、中から翔が現れた。
「おはよう。……迷惑じゃなかった?」
「大丈夫です。どうぞ」
 翔は、豊を先導して家に上げた。豊は「お邪魔します」と言って靴を脱いで上がった。要されたスリッパに足を通す。
「今日、お家の人は?」
「家は共働きなんです」
「へえ」
 リビングに通され、豊は本題に入る。
「それじゃあ、教えて欲しいの。電話をかけた時と、将来を聞いた時、そして将来が当たってしまった時の事を」
 豊が切り出すと、翔は一瞬骨折してしまった足を見、意を決したように豊に向き直って頷いた。
「まず、どうしてこの電話の存在を知ったの?」
「噂です。クラスの女子がそういう話をしていて、でも誰も試したがらなくて。僕ら三人で丁度受験勉強で疲れてたし、息抜きにやってみようかという事になったんです。そしたら、0を三回押した瞬間に声がして……」
「その時、不思議な事は起こらなかった?」
「いえ。特には……」
「そう……。で、君は次の日に骨折をしたんだよね。声も……聞いたのよね。どんな声だった?」
「ちょっと低い感じの……男か女か分からないような……機械的な声だったと思います」
「じゃあ、骨折をした時はどうだった?」
 その質問で、翔は戸惑った。暫く考え、そして口を開く。
「余り、覚えてないんです」
「え?」
 豊は怪訝そうに聞き返す。
「突然、何かに驚いて……その後何だか頭がぼうっとして……気付いたら歩道橋から落ちて骨折したんです」
「何かに驚いた?何に?」
「分かりません。それすら覚えていないんです」
 翔が残念そうに俯いた。
「その前後に、何かおかしかった事無い?」
「特には無かったと思いますよ。……あんまり参考にはならないかもしれないんですけど」
「そんな事無いわ」
 少なくとも、突如何かに驚き、頭がぼうっとしたというのは重要だ。その驚きをきっかけにして、何かが起こったのは間違いない。自らの意思や偶然の事象によって『将来』が起こったというわけではなさそうだ。
「そうですか。……あの、芳樹……死なないですよね?」
「ええ」
 豊はきっぱりと言い放つ。「死なせないわ」

 脇坂恭平の家は、翔の家から少し距離があった。徒歩で30分。
(車で来れば良かったんだわ。でも、駐車場が無かったら困ると思ったし……仕方ないか)
 豊はそう考え、ひたすら歩き続けた。そうしている内に、恭平の家に辿り着いた。チャイムを押そうとし、ふと気付く。玄関が開いているのだ。
「え?開いてる……?」
 恐る恐る、豊は家の中を覗き込んだ。自分の訪問の為に解放しているという訳でもないであろう。
「こんにちはー」
 返事は無い。こそっと豊は玄関に足を運ぶ。
「長谷川なんですけどー!」
 やはり、返事は無い。だが、玄関で豊は眉を潜めた。目の前にある階段の上に、少年の姿があった。何処にでもいそうな茶髪少年。恐らくは、彼が恭平なのであろうと思われた。
「恭平君?長谷川豊って言うんですけ……」
 言葉はそこで途切れた。突如恭平の体が階段から落下して来たのだ。
(いけない!)
 豊は慌てて自らの意識を集中させる。すると恭平の体が一瞬浮かび上がり、それからゆっくりと一階へと降りていく。豊の使える、ごく簡単なサイコキネシスだ。そして、恭平の体は無事に一階へと到着する。
「……大丈夫?恭平君」
 額に浮かぶ汗を拭いつつ、豊は尋ねた。だが、恭平は虚ろな目をして豊を鋭く睨んできた。
「……邪魔……」
「え?」
 豊は慌てて聞き返したが、答えは無かった。そしてもう一度階段の上へと向かおうとする。
(まさか、憑かれているの?どうしよう……私じゃ対処できない……!)
 逆十字のネックレスが、きらりと光る。豊はそれを見つめ、何かを決心したようにそれを外した。何かの儀式のように、ゆっくりと。
(……恒……!)
「豊……」
 豊……否、恒はそう呟くとにやりと笑った。いつもの豊からは想像のつかないような悪意を含んだ笑みだ。金色の目が鋭く光る。
 恒は手をパンと叩き、手の中から光の縄を創り出し、階段を上がろうとする恭平に向かって放つ。恭平はそれに気付いて避ける。縄は宙をかすった。
「はんっ!小賢しい!」
 恒はそう言い放つと、手をぐいっと引き寄せるようなジェスチャーを取った。すると、空を掴んだ筈の縄は今一度恭平の身体を捕らえようとした。今度ばかりは恭平の逃れる術は無かった。恒の生み出した縄に縛られ、自由を奪われる。
「はははは!……全く、こんなガキなんぞ殺せば簡単なのになぁ」
 にやり、と笑いながら恒は縛り付けられた恭平を踏みつけた。すると、恭平の中から何かが出てくる。それを恒はむんずと掴んだ。
「ああん?ほう……低級霊か」
 恒の手にいるのは、1メートル程の低級霊だった。その首を恒は掴んでいるのだ。そして、恒の笑みは喜びを含んだものに変わった。霊を掴んでいる方とは反対の手から、刀を生み出す。光に鈍く反射する、小刀。
「お前、何者だ?」
『……邪魔するな』
「そんな事聞いてねぇんだよ」
 恒は苛々したように小刀で霊を刺す。霊の顔が苦痛に歪む。何者をも切り裂く、恒の刀。
「さっさと答えないと、ミンチだぜ?」
 そんな恒の脅しにも、霊は答えなかった。恒は「3,2,1……」とカウントしてから、霊から手を離して上に放り投げた。霊が落下してくるのを見計らい、刀を振る。霊はどんどん刻まれていき、ついには消滅してしまった。
 恒はそれを満足そうに見、余韻に浸る。そんな中、踏んだままの恭平が「ううん」と唸った。どうやら気が付いたらしい。
「こいつも殺せば簡単なんじゃねぇの?」
――恒!やめて!!
 豊の意識が、強く制止する。恒は「ちっ」と小さく舌打ちしてから、外していた逆十字のペンダントをつけた。途端に恭平の身体は自由になり、豊の意識が回復する。
「……良かった……」
「良くないんですけど」
 安心する豊の下で、少年はうめいた。豊は顔を赤くして「ごめんごめん」と言いながら慌てて恭平から足をどけた。
「脇坂恭平君よね?話を聞きたいんだけど」
 恭平は床に座り、真面目な顔で豊を見つめて言う。
「踏みつけながらじゃないよね?」
 その言葉に、思わず豊は吹き出してしまった。
「さっきは、一体どうしたの?」
 恭平は首を傾げる。
「さっきって?」
「階段から飛びおりて、更にもう一度飛び降りようとしていたわ」
 恭平の顔色が変わった。その顔に浮かんでいるのは、明らかな恐怖。
「本当ですか?」
 豊は頷く。恭平は大きな溜息をつき、重苦しそうに言葉を紡いだ。
「僕、もう一度ナンバー000を試したんです」
「なんですって?!」
「友達が三日後……もう明日の事なんだけど……その時に死ぬとかいう将来を聞かされて。それで俺、もう一度試したんだ。外して見せようと思って。そうしたら、芳樹……そいつ、芳樹って言うんだけど……芳樹の将来も外れるかなって」
 ぽつりぽつりと紡がれる言葉。豊は目線を座っている恭平に合わせる。
「私は、芳樹君を死なせない為に来たのよ」
「え?そうなんだ」
 意外そうな顔で、恭平は言う。
「何だと思ったの?」
「新手の勧誘か何かかと」
 もう一度、豊は吹き出してしまった。
「まあ、いいわ。さっきの事も含めて、将来が当たった時の事を教えて欲しいんだけど」
「教えると言っても。……川に落ちた時のことはあんまり覚えてないんだ。さっきもさっきで、記憶が曖昧だし」
「曖昧?さっきの事よ?」
「そうなんだけどさ。俺は将来を外してやろうと思って、今日はずっと一階で過ごすつもりだったんだ。さっきは一階の居間にいた。そしたら、いきなり居間のドアが開いて、俺はびっくりしたんだ。風も何も無いのに、突然ドアが開いたから。その後は、記憶に無い」
「ドアが?突然?」
「うん」
 豊は手を口元に当て、考え込む。
(二人の共通点。まず何かに驚いて、頭がぼうっとなって、事が起きる。さっき、恭平君の時は私が邪魔したからもう一度、事は起きようとした)
 一つの考えが、豊の中に生まれる。
(霊の仕業なのは間違いないとして。今日一日、恭平君は階段から落とされようとされるって事?)
 豊はじっと恭平を見つめた。もう一度先程のような事になったら、もう恒は彼を殺してしまうかもしれない。一番恐れている事態を、恒は平然とやってのける。それが、豊は無性に怖い。
「長谷川さん」
「何?」
「俺に惚れちゃったとか?」
「まさか」
 ばかに真面目な顔で恭平が言うので、豊は苦笑した。そして恭平の背中をぱーんと叩く。
「そんな事言ってる暇があったら、勉強しなさい!受験生」
 そう言い、豊はふと気付く。これほどまでの騒ぎなのに、誰もこの場にやってこないのだ。
「ねえ、恭平君のご両親とかは?」
「父は会社ですよ。うち、父子家庭なんで」
「じゃあ、階段から落ちて倒れたりなんてしたら、心配なさるわ」
 豊は苦笑した。恭平も恥ずかしそうに笑う。
「仕方ないわね。今日はお父さんが帰られるまではついてておくから」
「別に大丈夫だと思うけど」
「大丈夫でない時に怖いでしょ。ところで、何で玄関の扉が開いてるの?」
「え?さあ……」
 この事ですら、無意識。豊はドアを閉めに行き、空を見る。丁度、左手の方向に太陽が傾いていた。
「嫌だわ。……この方向、鬼門だわ」
 豊は小さく身震いした。
 その日、豊は恭平の父親が帰るまで彼を見張っていたのだが、結局何事も起こらなかった。無駄な時間を過ごしたのかもしれないと思う代わりに、何事も起きずに良かったという気持ちでいっぱいだった。

●当日
 夜中11時半。未だ12時にはなってはおらず、一応1日前とも言える時間だ。
「予告は、明日。なら、日にちが代わった時から警戒するべきだわ」
 豊はそう言って空を見上げる。月は気持ち悪いほど青い。
(ここまで来ると、綺麗というよりも気持ち悪いわ)
 丁度、満月であった。青い月は、心なしか冷たさを感じさせる。
(まるで恒だわ。……ずっと私の傍にいて、冷たくて……怖くて)
 そこまで考えて、豊は首を振った。
(いいえ、決め付けてはいけない。それを確かめる為に私は……)
 思いを振り払うかのように、豊は相模芳樹の家のインタフォンに手を伸ばす。ピンポンという軽快な音が、相模気に響く。
「はいはい」
中から現れたのは、雅だった。手をひらひらと振っている。
「影崎さん!」
「やあ、豊ちゃん。慶悟君も来ているよ。君も絶対に来ると思ってね、慶悟君に結界を張るのを待っていてもらったんだよ」
「そうだったんですか」
「さあ、上がって!……俺の家じゃないけど」
 豊は小さく笑い、家に上がった。中は、いたって普通の内装だ。どこにでもある一般家庭。
「相模芳樹君は……?」
「いるよ。どうやら慶悟君に言われて、ずっといてくれるみたいだね」
 リビングに入ると、慶悟が数珠を握り締めたまま立っていた。豊が来たのを見計らい、結界を張ったのであろう。
「こんばんは。長谷川豊と言います」
 入ってきてすぐ、豊は芳樹に頭を下げた。
「あ、初めまして。相模芳樹です」
 芳樹も同じように頭を下げる。
「結界は張ったようだな、慶悟君」
 雅の言葉に、慶悟は黙って頷いた。そして、リビングの机の周りに三人は集まった。芳樹も三人の傍に座って話を聞く体制になっている。
「まずはこの二日間について報告し合いましょう。私から、いいかな?」
 豊はそう言って他の二人を見回した。二人とも頷き、続きを促した。
「私、この二日間は芳樹君の友人に話を聞いたの。足を骨折したという上原翔君と、川に落ちたっていう脇坂恭平君に。二人ともに共通していたのは、まず何かに驚かされてから頭がぼうっとなり、事が起きていたわ。そして、どうやら相手は……」
「霊、なんだろう?」
「霊、だな?」
 雅と慶悟が、同時に言う。豊は驚いて二人を見る。
「分かってたの?」
「試したからな。ナンバー000を。」
 慶悟はそう言って、携帯を取り出す。リダイヤルの履歴に、00の数字。
「俺もだ。一応試してみたんだよ」
 雅も、携帯を取り出す。慶悟と同じく、リダイヤルの履歴に、000の数字。違うのは、慶悟の方は0が一つ少ないと言う事だ。
「あら?どうして真名神君は0が一つ少ないの?」
 豊が気付いて指摘した。
「俺は、まだ0を二回しか押していないのに音声が流れてきた。恐らく、0の数は関係ないんだと思う」
「俺も同意見。ちなみに、0を何回押したかによって霊が何体来るかに関わるみたいだな」
 雅はそう言って携帯のストラップを持って、ぶらぶらと手の中で弄ぶ。
「俺は二回試したんだが、一回目は慶悟君と同じく二回しか押せなかった。その時に現れた霊の数は二体。将来予告は『十分後に大波』だったんだけど、一体は俺を川べりに連れて行こうとして、もう一体は水をかけに来やがった。おかげでびしょ濡れだった」
「それは災難だったわね」
 豊が苦笑しながら言う。
「本当だよ。水も滴るいい男……っていうのは、辛いもんだ」
「いいから続けてくれ」
 慶悟は小さく溜息をついて、先を促す。
「二回目は、ちゃんと三回押せたんだ。将来予告は『車に轢かれる』だった。しかも、『邪魔をするので』とか言われたよ。一体目は妙な空間を作り出し、二体目は光を放って意識を低下させようとし、三体目は俺に向かって車を発進させてきた。……寸前で、助かったけど」
「つまりは……将来を外したんだな?」
 慶悟は確認するように尋ねた。雅は小さく笑う。
「そういう事になるな」
 雅は突如、うーん、と背伸びをした。
「因みに、俺もナンバー000を試したとかいう女子高生二人から偶然話を聞けてさ。話を聞いたんだけど……内容はほぼ豊ちゃんと一緒だった。まず驚かせて、意識レベルを下げてから気付いたら事が起きているってやつだ」
「さっきの影崎さんの話からすると、霊は三体出る事になるのよね。なら、一体目と二体目は行動を自主的に起こさせるようにして、三体目は行動を第三者的に起こさせるという事かしら?」
 豊の言葉に、慶悟は頷く。
「そうだな。俺が試した時も、大体は影崎と似たようなものだった。尤も、俺の方は『五分後に車にぶつかる』というものだったが」
 そこまで言い、慶悟は雅に向き直る。
「それはそうと、影崎。さっき、将来を外したと言ったな?」
「ああ。現に、俺は車に轢かれてはいないだろう?」
「それから、ずっと車に轢かれそうにはなってないのか?」
「そうだな。……これは俺の予想でしかないんだが、ナンバー000の効力は、実行されるか、不手際が発生した時に切れるんじゃないだろうか」
「不手際?」
 豊が尋ねる。雅はこっくりと頷き、口を開く。
「俺は、三体目の霊を消したんだ。すると、全く将来が起ころうとはしなくなった……。つまり、0を押した回数分の霊が一体でも消滅した瞬間に、効力は切れるんじゃないか?」
「なるほど。一種の契約みたいなものだからな、ナンバー000は」
 慶悟はそう言って、皆に向き直る。
「0を押した回数は、自分が契約を結ぶ霊の数だ。それが狂えば、契約は破棄される」
「ああ、なるほど」
 豊はうんうん、と頷いた。
「さて、問題はこれからだな」
 雅はちらりと芳樹を見る。芳樹は急に話が自分に向いた事に気付いて、小さく驚いた。
「もう12時は過ぎてしまっているが……何か違和感とかはないか?」
 雅の問いに、芳樹は暫く考えて首を振る。
「別に無いです」
「で、携帯電話は何処に持っている?」
 慶悟が尋ねる。芳樹はズボンのポケットから、携帯電話を取り出す。慶悟はそれを引っ手繰るようにして奪った。
「な、何するんですか」
 突然の事に驚きながら、芳樹は抗議した。慶悟は携帯電話をじっと眺め、それから雅に手渡す。
「言ってなかったな。俺がナンバー000……正確にはナンバー00だが……それを試した時には結界を張っていた。何者をも入れない結界だ。それなのに、霊は現れた」
「そうか……携帯電話を媒介にしたのね」
 豊がはっと気付いたように言う。慶悟は頷く。
「で、何で俺に渡すわけ?」
 雅は苦笑しながら尋ねる。意味は半分くらい理解しているようだった。
「決まっている。媒介を無効化させる為だ」
「俺、こういった媒介を無効化できるか分からないんだけど」
「出来る。いや、出来るようにしておけ」
「無茶言うな」
 苦笑しながらも雅は携帯電話を懐に収めた。
「全てが終わったら、返してくれますよね?」
 訝しげに芳樹は尋ねるのだった。

 午前二時。草木も眠る丑三つ時。少しうとうととし始めた豊の耳に、慶悟の声が響いた。
「おい、お出ましだ」
 雅と豊は、その声に立ち上がった。慶悟は机にうつぶせて寝ている芳樹にちらりと目をやり、雅と豊に向き直る。
「お互い、担当を決めとこう。長谷川は相模を見て、影崎は俺と三体いる霊のどれかを消滅させる」
「契約の破棄を狙うか。なるほど、了解だ」
「分かったわ」
 各々が身構えると同時に、風がびゅんと吹いた。何も侵入できぬ筈の結界内で起こった、一陣の風。
「来るぞ」
 小さく雅が呟く。
 風は、びゅん、びゅん、と続けて二回吹いた。計三回吹いた風は、いつしか竜巻状に形を変え、何かしらの輪郭を描いていた。
『邪魔するな、邪魔するな、邪魔するな』
「貴様こそ、何故人に災いを齎す!」
 慶悟の声が、室内に響く。風は、びゅん、と再び唸る。
「何者だよ?あんた」
 雅が問い掛けるも、返事は無い。風が、びゅん、と唸るだけだ。慶悟は懐から呪符を取り出し、放つ。間を空けずに真言を唱えると、だんだん風は輪郭をはっきりさせていく。それは、人の形をしていた。否、人の形なのではないのかもしれぬ。しかし、それは三人の目には人の形に見えたのだ。どす黒い色をした、影のような人型。
「一体、何なの?何の目的があって、酷い事をするのよ?」
 豊が叫ぶ。何かしらの思いを抱いているかのようだった。そこで、ようやく黒い人型は言葉を発した。
『皆、求めている。身に起こる悲劇を、我が身に降りかかる惨劇を』
「は?」
 思わず雅は聞き返す。
『皆、我が身を愛しく思いつつも、影を持つ事を望んでいるのだ』
「そうかもしれないけど……それが全てじゃないわ」
 豊は眉を顰めて反論する。
『皆、我が身が傷つく事を欲しているのだ』
「……分かったぞ。貴様、負の念の化身だな?」
 慶悟はじっと黒い人型を睨む。
「誰もが持つ、小さな負の念。それに呼応するべく、現世を恨む低級霊。互いが手を結んで貴様のような形になったのだな」
 じゃらり、と数珠を握り締める。
「……ちょっと待って。という事は、これって……」
 豊が慎重に言葉を選ぶ。慶悟は頷く。
「相模の生み出した負の念と、低級霊の結集だ」
 ぽん、と雅は手を打つ。
「だから、俺や慶悟君の将来はすぐに来たんだな。俺達はすぐに事が起こらないと困るもんな。にしても、低級霊達も暇人だね。小さな念にまで便乗するなんて」
「暇な輩が多いんだな。俺が一度しか出来なかったのも、低級霊が便乗するのをやめたからだろう」
 豊ははっとして小さく「負の念……」と呟く。
(そう言えば、翔君のご両親は共働き。恭平君は父子家庭……。どちらも怪我なんてしたら心配されるに決まってるわ。もしかして、芳樹君にも?)
「どうかした?豊ちゃん」
 豊がじっと考え込んでいると、雅が声をかけた。
「負の念を抱くって事は……芳樹君、何かあったのかなって」
 今度は慶悟がはっとする。
「相模の両親は海外旅行中だ。恐らく、相模自身は受験勉強があるからと言って行かなかったんだろうな。そして、両親は今日帰宅予定だ」
 雅と豊が顔を合わせる。
「もしかして……芳樹君は両親に心配されたくて……?」
 豊の眉間の皺は更に深く刻まれる。
「そして、哀しむ両親の姿が見たかったのかもしれないな。旅行から帰ってみたら息子が死んでいる……これ以上無い悲しみが襲うだろう」
 雅は大きな溜息をついた。
「それに、低級霊たちが便乗したんだな」
 慶悟はじっと黒い人型を見詰め、数珠を翻して真言を唱え始めた。雅も経を唱えてそれに便乗する。が、なかなか浄化されない。
(あれが芳樹君の負の念ならば、芳樹君が向き合わなくては何の解決にもならないんだわ)
 豊は唇をキッと結び、芳樹の肩を揺すった。
「起きて。貴方は起きなくてはいけない。現実を見る為に、目を見開かないといけないのよ!」
 うっすらと、芳樹は目を開き始めた。そして、黒い人型を目にする。怯えを含んだ声で、小さく「僕は……」と呟いた。黒い人型は、それを見計らっていたかのように芳樹へと向かって行った。豊は予想外の事に、慌てて逆十字のペンダントを握り締めた。だが、焦りは上手くペンダントを取る事を許さなかった。
「いかん!」
 雅が叫んで経をそれに投げつけた。僅かに黒い人型の動きが止まったものの、未だ留めるまでには至らなかった。黒い人型は、芳樹の丁度下腹部辺りに向かって行った。
「ぐぅ!」
 芳樹はそう唸り、下腹部を抱えて蹲る。見る見る間に芳樹の体が黒くなっていった。
「どうしよう……私の所為で……!」
 半泣きになりながら、豊が叫んだ。
(何でもっと早く恒を呼べなかったのかしら?そうしたら、何とかなったかもしれないのに!)
「いや、よくやった」
「え?」
 思いも寄らぬ慶悟の言葉に、豊と雅は不思議そうに慶悟を見、それから芳樹を見た。黒くなっていった芳樹の身体は、また元へと戻っていった。未だ不思議そうに見つめる二人の目の前で、慶悟は懐から何かを取り出した。それは、真っ黒になった人形であった。
「契約は破棄された」
 そう言うと、慶悟は人形に呪符を貼り付けた。人形は途端に音もなく崩れ始めた。そして床に落ちる前に空へと消えていく。
「結局、影崎さんが携帯を持つ意味は無かったわね」
 まだ少し赤い目で、豊は言う。雅は悪戯っぽく微笑む。
「そんな事ないよ。お陰で、媒体として使われなかった」
「え?でも……霊たちはやってきたわ」
「だが、風を起こしただけで自主的にも客観的にも働かなかった。あれはしなかったんではなく、出来なかったんだ」
「力を充分に発揮できなかったって事かしら」
「そういう事!」
 妙に誇らしそうな雅を見て、豊と慶悟は顔を見合わせる。
「結局は、歩く魔よけ札健在って訳ね」
「誇れる事なのかは置いておいてな」
「失敬な奴らだな」
 苦笑しながら雅は言った。
 慶悟はもうナンバー000が何の効力も持たない事を確信し、結界を解いたと告げた。全ては、終わったかのように見えた。
「ところでね。なるべく見ないようにしていたんだけど……」
 豊は徐に口を開いた。部屋を一回り見て、意を決したように言葉を続けた。
「この部屋、どうする?」
 風の所為で荒れてしまっていた。竜巻状になったりもしたのだ。散らからない訳が無い。
「……掃除……かなぁ」
「掃除……だな」
 雅と慶悟が口々に言う。一時は気を失っていた芳樹も、目を覚まして部屋の中を見回して呆然とする。
「今日……両親が帰るんですよね」
「そう言っていたな」
と、慶悟。
「この状態って、泥坊に入られた状態みたいですよね」
「そう見えるわね」
と、豊。
「片付けないと、まずいですよね」
「……やっぱり、そうか」
と、雅。かくして、後始末は始まった。4人とも眠気と疲労が襲ってきていたのだが、互いに励まし、時には叱咤しながらも何とか収拾をつけた。
「終わった……!」
 豊がそう言って床に座り込んだ時には、既に時計は6時を指していた。
「もう、電気はいらないよな」
 紐を引っ張るタイプの電灯に、雅は手を伸ばす。終わった事への安堵からか、思い切り引っ張ってしまう。
「あ」
と、雅。
「ああ!」
と、豊。
「あああ!」
と、芳樹。
「……おい」
と慶悟。
 見事に、紐は抜けてしまっていた。責任上、雅が何とか直すが、余計な疲労がたまってしまった。
「あ、6時半……」
 突如芳樹はそう言って、身体を引きずるようにしてラジオのスイッチを入れた。ラジオからは、軽快な音楽が流れ始めた。
「これって……ラジオ体操?」
 豊が恐る恐る尋ねる。へら、と芳樹は笑う。
「これを踊ったら、元気になるかも……」
「「「ならない」」」
 三人は同時に言うものの、結局芳樹のパワーに押されて踊る事となってしまったのだった。

●翌日
 丸一日休んでいた分、ようやく疲労を回復して草間に報告書を出した三人は、またもや『らーめん麻生』にやって来ていた。依頼完了の祝杯も兼ねている。そんな訳で、今度は三人とも前よりも幾分か豪華なメニューを食べていた。豊はコーンバターラーメン、雅は蟹ラーメン、慶悟は五目ラーメン。テーブルの真中にはギョーザが三人分、それぞれの手元にはお茶碗とビールが置かれていた。三人はもくもくと食事をし、やっと一息つく。
「依頼完了、おめでとう!」
 食べ終わった後、豊が音頭を取って乾杯する。周りの客が、普通とは異なる順序で行われた乾杯に小さな疑問を覚えていたが、そんな事は全く気にしなかった。
「ナンバー000、もう無くなったのかしら?」
 豊がふと、口にした。
「あの黒い人型が言ってたけど、負の念って普通に皆持っているものでしょ?それにきっかけさえあれば便乗しようとする低級霊が一杯いるんだし」
「そうだな。きっと、形が違うにしてもまだあるんだろうな」
 雅は少し寂しそうに口を開いた。
「だけど、それを乗り越えようとする気持ちも同時に持ってるんだ。そちらが勝る事を祈るしかないな」
「光があれば、闇がある。正があれば、負がある」
 淡々と、慶悟は言葉を紡いだ。
「どちらかが欠けてしまっても、世の理は乱されるだろう。大切なのは、自らがそういう負の念を持っている事を認識する事だ」
 しん、と静まり返る。
(認識すればいいのよ。結局は、我が身を知る事が大切なのね)
 豊はにっこりと笑って雅と慶悟にビールの入ったグラスを持たせる。自らも持ち「ごほん」と声を整える。
「我々がほどよく正も負も認識して持つ事ができるように、乾杯!」
「それはちょっと違……」
「よーし、乾杯!」
 慶悟の突っ込みも空しく、雅と豊によって無理矢理乾杯をさせられてしまった。
「そう言えば、俺、凄く大発見をしたんだけど。……いや、そんなに大発見でもないんだけど」
「何?」
「何だ?」
 豊と慶悟に促され、雅はにやりと笑って口を開いた。
「0って、レイって読むよな」
「……そうよね」
「おい、まさか……」
 あははは、と雅は笑う。意を察して、豊も慶悟も苦笑する。
 ナンバー0・0・0……霊・霊・霊。

<依頼終了・言霊付>

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 0389 / 真名神・慶悟 / 男 / 20 / 陰陽師 】
【 0843 / 影崎・雅 /男 / 27 / トラブル清掃業+時々住職 】
【 0914 / 長谷川・豊 /女 / 24 / 大学院生 】

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■         ライター通信          ■
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こんにちは。霜月玲守です。お待たせ致しました。
皆様に再びお目にかかれて嬉しい限りでございます。有難うございます。

今回の依頼は如何だったでしょうか。
長谷川豊さんは、芳樹君の聞き込みを重点的にやって頂きました。またもや空手の出番を作れなくてごめんなさい。
本来ならナンバー000に挑戦して頂きたかったので、聞き込み中にアクシデントに遭遇して頂きました。

これはおまけなのですが、今回の依頼は「言霊付」です。作品内に、本編とは無関係に言葉遊びが二つほど隠れております。お暇な時にでも探してみてください。
今回も三人の方、それぞれのお話となっております。他の方のお話もあわせてご覧になると、より一層深く読み込める作りにしております。是非、他の方のお話と見比べてみてくださいね。

ご意見、ご感想等心よりお待ちしております。
それでは、またお会いできるその時まで。