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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


000
●3日前
「ナンバー000って、知ってます?」
 目の前に座った青年は、そう言った。草間は暫く考えるが、首を横に振った。
「携帯電話で、000を押すんです。それで、上手く行けば将来の自分が聞けるんだとか」
 青年は、相模・芳樹(さがみ よしき)と言った。今年、高校三年生だそうだ。友達にその話を聞き、面白半分に試したのだそうだ。
「それで、将来の自分は聞けたんですか?」
「ええ。……どうやら、僕は3日後に死ぬんだそうで」
「死ぬ?」
「はい。……電話の向こうから、そのように言われました」
「それは穏やかじゃないな」
 草間は眉間に皺を寄せる。
「当たらなければいいんですけど、友達がやったら全部当たってたらしくて」
「例えば?」
「明日足を骨折するとか、5日後に川に落ちるとか」
「穏やかな将来じゃないな」
 どちらかというと、将来と言うよりも危険予告のようにも聞こえる。
「僕、怖くなっちゃって。お願いします。三日後、僕を守ってくれませんか?」
 衛は頭を深く下げた。草間は頷き、三日後に守る為の人間を向かわせると約束した。
「そういう事だ。誰か、行ってくれないか?」
 草間は周りをざっと見回した。

●2日前
 草間興信所の前にある、とあるラーメン店。味は最高級に美味しいのに、分かりにくい所にある為か、客は殆ど居ない。
「美味しかった!色んな店を知ってるのね、影崎さん」
 醤油ラーメンを食べ終わり、一息つきながら長谷川・豊(はせがわ ゆたか)は言った。さらさらと流れる長い黒髪は、邪魔にならないように緩く一つに纏められている。
「だろ?美味いのに誰も知らないんだよな」
 味噌ラーメンを汁まで飲みながら、影崎・雅(かげさき みやび)は言った。こちらも黒髪を一つに纏めている。豊に髪を纏めるように進言したのは他ならぬ雅だった。「ラーメンを食べるのなら、髪は纏めた方がいい」というのが雅の言。
「ご馳走様」
 塩ラーメンのどんぶりを前にし、真名神・慶悟(まながみ けいご)は手を合わせた。一言も言葉を発さず、黙々とラーメンを食べていた。一気に食べた所為で汗をかいたらしく、金の髪の間をハンカチで拭いている。
「で、三日後……あと二日後か。その時に将来とやらが来るのよね」
と、豊。口の周りをハンカチで拭きながら、雅と慶悟に話し掛ける。
「残り二日間をどうするかって事だよな」
と、雅。纏めていた髪を解き、腕を組む。
「取り敢えず、二日間はそれぞれ動いたらどうだ?二日後にお互い集めた情報を交換し合えばいい事だ」
と、慶悟。さっさと立ち上がり、自分の分のラーメン代を机に置く。
「じゃ、二日後に」
 そう言い残すと、早々に出て行ってしまった。依頼書はそれぞれにコピーして草間から貰っていた。つまり、二日後までそれぞれが個人的に動いても不都合な事は無いと言っても良いだろう。
「ま、そうだな。じゃあ、二日後に集合と言う事で」
 雅も立ち上がった。
「そうね。二日後に」
 豊が頷くと、雅は勘定を置いて豊に手を振り、店から出て行った。ラーメン屋を振り返り、にやりと笑う。
(いつもながら、美味いなここは!)
 満足感で、一杯になる。自分の知る隠れた名店を人に教えるのは、何となく誇らしい気分になる。
「さてと。まずは……試すかな」
 雅はポケットの中の携帯電話を握り締め、人気の無い川原まで行く。辺りをきょろきょろと見回し、誰もいない事を確認する。
「では、やるか」
 携帯電話を出し、慎重に0・0……と二回押す。そして三回目を押そうとした瞬間に、携帯電話から声が聞こえた。雅はもう一回0を押すのを止め、音声に耳を傾けた。
『ナンバー0にようこそ!あなたの将来は……今から十分後に大波が来ます!』
「十分後?大波?」
(随分早い将来だな)
 雅は苦笑しながら携帯を見つめる。もう音声は聞こえない。携帯は元通りポケットに入れ、十分後を待つ。
「しかし、俺はまだ二回しか0を押してはいなかった。依頼書を見る限り、000と三回押さないといけないはずだった。……何でだろう」
 ふむ、と顎に手を当てて考える。その内に気付く。残り5分。
「別に川の近くにいなくても大波は来るんだろうか?……離れてみるか」
 雅はそう呟くと、川から離れていく。ゆっくり慎重に。何らかの異変を見逃さないように。
「お」
 足に、何らかの感触があった。雅は興味深そうにそちらに目をやる。見ると霊の一体が雅の足を川の方に引っ張っているのだ。
「残念だな。俺には効かないんだよ」
 にやり、と笑って雅は川から遠ざかる。尚も霊は雅を引っ張ろうとする。雅は「仕方ないな」と言って、懐から数珠を取り出す。霊は一瞬身じろぎする。雅はそれを無視して経を唱え始める。霊の動きがだんだん弱まってくる。そして……。
 ざぱん!!
「うおっ!」
 雅に大量の水がかかる。時計を見ると、きっちり先ほどから十分後。慌てて雅は自分の足を持っていた霊を捕まえる。
「何をするのかなー?」
 霊が雅の手の中でもがく。そして、すっと消えてしまった。
(消えた……?!)
 突如なくなってしまった感触に、雅は戸惑いを隠せなかった。ぽたりぽたり、と水滴が地に落ちて染み込んでいく。
「水に滴るいい男……なんていってる場合じゃないな、こりゃ」
 ポケットから、携帯を取り出す。幸い、無事なようだ。
「ナンバー000か。……こりゃ、一筋縄ではいかないな」
 すっかり濡れてしまった髪の毛を掻き揚げて雅は苦笑する。だが、一度試した事によって少しは見えてきた。
(霊が絡んでいるのは間違いないな。もう一度試すか……いや、試した人間を調べるのが早いか?)
 もう日が暮れようとしていた。水浸しのまま、うろつくのはまずい。今日の所は一先ず帰った方がいいかもしれない。
「明日、作戦実行だ」
 にやり、と雅は笑った。そして夕日に向かって「ぷしゅん」とくしゃみした。

●1日前
 雅は、携帯電話とにらめっこしたまま考え込んでいた。もう一度試すか、それとも聞き込みをするか。幸いにも将来を当てられたという芳樹の友人達の住所が、草間から受け取った依頼書に書いてある。聞き込みをする事も、出来ない事は無い。
(まずは聞いてみるのもいいかもしれない。だが、それはあくまでも芳樹の友人だ。もっと客観的な事が聞きたいけど……)
 そこまで考え、ふう、と溜息をつく。
「そんな事をいってる場合じゃないか」
 心を決め、依頼書に書いてある住所へと赴こうとする。その瞬間だった。
「もう、マジびびる!こんな風に当たるとキモイよねぇ!」
 スカートをこれでもかと言うくらいに短くした女子高生が二人、雅とすれ違う。
「本当本当!何だっていうのかしら。0を三つ押しただけでさぁ!」
(ナンバー000!)
 雅が動く。女子高生達の前に立ち、にっこりと笑う。
「良かったら、その話を詳しく教えてくれないかな?」
 女子高生達は雅の目の前で暫くこそこそと言い合い、やがて「いーけどぉ」と言う。
「お好み焼きくらいならおごるから」
 その言葉に、女子高生達はくすくすと笑う。
「フツー、そんなものを誘わないわよ?」
「美味んだから、いいじゃないか」
 あっはっは、と雅は笑う。女子高生達もつられて笑う。
「本当に美味しいのぉ?」
 その言葉に、雅はにんまりと笑った。

 じゅうじゅう、という良い音が店内に響く。ソースが鉄板で焦げる匂いが充満する。どれもこれも、空腹を刺激するものばかりだ。
「マジおいしー」
「うわ、超おいしーじゃん!」
 女子高生達の声に、雅は満足そうに頷いた。
「ところで、ナンバー000なんだけど」
「あ、本当にその事を聞きたいんだ?」
 あふあふ、と口にお好み焼きを放り込みながら、女子高生の一人が言った。
「ただのナンパだと思ったのに」
「失敬だな。いいから教えてくれないかな?」
 女子高生の一人が「えっとね」と口を開いた。
「私が試したのは、一週間前なんだけどね。それで丁度一週間後にエレベーターで手を挟むって言われたのね。そしたら……」
 手に巻かれた包帯をぶらぶらと振りながら、苦笑する。
「この通りよ。私、絶対に当たらないように使用と思って、エレベーターには近づかないようにしたのに」
「何処で挟んだんだ?」
「デパート。でも、どうやってそこまで行ったか覚えてないのよね」
「覚えてない?」
 雅の目が、鋭く光る。
「うん。何かねぇ、突然目の前が光ったと思ってさぁ。気が付いたらデパートで手を挟んでるんだもん。びっくりしたわぁ」
「目の前が光った、だと?」
「そうそう。何かねぇ、いきなりだった」
(いきなり光る……そして、意識を失って将来は行われた。……作為的すぎる)
「私もそんな感じだったよ」
 もう一人の女子高生が口を開いた。
「私は、今日……って昨日だけどさぁ。その夕方7時にナイフが上から落ちてくるとか言われてさぁ」
「ナイフが?」
「そうそう。で、突然凄い音がしてさぁ、びっくりしたのね。そしたら、気付いたら上からナイフが落ちてきて。慌てて避けたんだけどさぁ、心臓止まるかと思った」
「……良かったな、避けれて」
「本当よぉ!でもナンバー000はナイフで死ぬとか言ってなかったからぁ」
 その言葉に、雅の眉が歪む。
「死ぬとか言われなかったら、死なないのか?」
「だって、そうでしょ?死ぬんだったら、ナイフに刺されて死ぬって言うじゃん?」
「そうだけど。……それだと、まるで『死ぬ』という将来を言われたら死んでしまうみたいだな」
「そうよぉ?絶対死んじゃうって!」
 けらけらと笑いながら、包帯を巻いた少女が言う。「皆、言ってるもんねぇ」
「皆?皆だと?」
 雅の目が見開かれる。
「そうよ?皆言ってるわ」
 もう一人の少女も言う。
「前例はあるのか?」
「それは聞いた事ないけどぉ。今からあるかもしれないじゃん」
(前例を、作ろうとしているのかもしれない)
 雅は心の中で呟く。
「ところでさぁ。オニーサンは試さないわけ?」
 お好み焼きを、すっかり食べ終わってしまった女子高生達は、興味津々の目で雅を見る。すっかりさめてしまったお好み焼きを口に頬張り、雅はにやりと笑った。
「試したよ。……もう一回、試そうかと思ってる」
「へぇ。気を付けてねぇ」
 けらけらと女子高生達は笑った。雅はその圧倒的な高音の声に負けないように、ぐっと手を握り締めた。まだ握っていたヘラも一緒に。
「あっ!」
 女子高生達は突如そう言うと、黙って雅の手元を見つめた。雅の手の中で、へらはぐにゃりと曲がってしまっていた。

 誰もいない、昨日来た川辺。再び雅はそこに訪れていた。
(先程の話で分かった事。人為的というか、意図的なものが働いているという事。それが噂になっているという事。しかも当たるものだと。そして、女子高生のパワーは凄まじいという事)
 はっきり言って、最後の事はいい勉強になった。何かしら勝てないパワーというものがある。
 雅は一つ深呼吸をし、片方の手で携帯を取り出す。もう片方の手には、そこら辺で拾ってきた棒切れが握られている。
「よし」
 気合を入れ、雅は0を三回押す。今度は素早く三回押した。すると、またもや音声が響く。
『ナンバー000にようこそ!』
「お前は、誰だ?」
 雅の問いに、相手からの返事は無い。ただ、音声案内のように淡々と言葉を続ける。
『あなたの将来は……邪魔をするので車に轢かれるでしょう』
「……来やがったな」
 ぽつりと、雅は呟く。携帯を収め、棒切れを構えた。綺麗な形の構えだ。無駄がなく、隙も無い。
「1」
 雅がそう言うと同時に、周りの空間が雰囲気を変えた。それは、違和感。普通の人間でもそれは感じ取られた事であろう。だが、雅はそれが起こった事は分かっても、直接実感はわかない。雅には、その類のものは全く意味を為さない。
「2」
 今度は、雅の目の前に光が現れた。雅は目を閉じ、神経を集中させる。棒の先は、真っ直ぐに宙を指す。
「3」
 目の前から、運転席が空の車が真っ直ぐに向かって来ていた。雅は目を開け、棒を勢いよく振り下ろした。すると、違和感を感じていた空間は切り裂かれ、そこに雅の切り裂いた通常の空間が生まれる。雅はそこに間髪居れずに今度は前に突く。
「うおおおぉぉぉ!」
 何者かが叫んだ。そして、車はゆっくりと止まった。雅に当たる、寸前で。
「もうからくりは分かった。後は、明日だな」
 雅は満足そうに笑った。棒をぽんと無造作に投げ、その場から立ち去る。車の持ち主がやってきて、あらぬ疑いをかけられたら面倒だ。
「全ては明日だ。とりあえず、豊ちゃんと慶悟君と打ち合わせだな」
 にやりと笑う。背後から、車の持ち主らしき人が叫んでいるのが遠く聞こえてくるのだった。

●当日
 午後11時。雅は相模芳樹のいる家の前にいた。
(やはり、明日というからには12時を過ぎれば行われるかもしれないからな)
 インタフォンに手を伸ばす。ピンポン、と軽快な音が響く。暫くすると、玄関が勢いよく開けられた。出てきたのは慶悟だった。……が、何故か数珠を手に真言を唱え始めていた。
「ちょちょちょ……!ちょっと待てよ、慶悟君」
 雅は慌てて声をかける。すると、眉を顰めながら慶悟が前を向いた。
「……影崎?」
 認識して貰えると、慶悟は真言を唱えるのを止めて数珠を収めてくれた。
「全く、びっくりさせるな」
「あんた程じゃない」
「そうか?」
 ははは、と雅は笑う。
「で、どうしたんだ?こんな夜中に」
「護衛だよ。……あと一時間くらいで将来予告日だ」
「なるほど」
 慶悟はそう頷き、上がるように促した。そして、リビングへと集結する。
「よっ、初めまして。俺は影崎雅だ」
「こんばんは。……僕が相模芳樹です」
「そうか。で、芳樹君は今どうなの?怖いか?」
 雅の問いに、苦笑しながら芳樹が答える。
「そりゃあ、怖いですよ。だけど、皆さんを信じてますから」
 その言葉に、雅はにっこりと微笑んだ。
「よし。男ばっかりでむさいけど、もうすぐ可愛いお姉さんが来るからな」
「おい、長谷川も来るのか?」
「約束はしてないよ。だけど、豊ちゃんだって考える事は同じだとおもうぞ」
「確かに」
 慶悟は頷き、数珠を懐から取り出す。
「では、長谷川が来たら結界を張ろうか」
「そうだな。俺ならいいけど、豊ちゃんは困るもんな」
 けらけらと雅は笑う。それを見て、慶悟は小さく溜息をついた。
「どうして、影崎さんならいいんですか?」
 芳樹は不思議そうに尋ねる。雅は笑いながら後頭部をかく。
「俺、効かないんだよ。結界とか」
「そうなんですか」
「そうなんだよ。便利なような、そうでないような」
「歩く魔よけ札だからな。影崎にくっついておけば、大概の事は大丈夫かもしれん」
 その時、再びピンポンという軽快な音が鳴り響く。時刻は午後11時半。
「あ、俺が出よう。慶悟君は、豊ちゃんだったらすぐさま結界を」
 雅の言葉に、慶悟は黙って頷いた。そして、雅はリビングを後にした。雅は少し急ぎ足で玄関へと向かう。
「はいはい」
 ドアを開けると、予想通りそこには豊がいた。雅は手をひらひらと振った。
「影崎さん!」
「やあ、豊ちゃん。慶悟君も来ているよ。君も絶対に来ると思ってね、慶悟君に結界を張るのを待っていてもらったんだよ」
「そうだったんですか」
「さあ、上がって!……俺の家じゃないけど」
 豊は小さく笑い、家に上がった。
「相模芳樹君は……?」
「いるよ。どうやら慶悟君に言われて、ずっといてくれるみたいだね」
 ふと、空気が変わった。慶悟が結界を張ったらしい。
(相変わらず上手いな、慶悟君)
 リビングにつくと、慶悟は数珠を懐に収めていた。やはり、先程変わった空気は慶悟が張った結界のものなのであろう。
「こんばんは。長谷川豊と言います」
 入ってきてすぐ、豊は芳樹に頭を下げた。
「あ、初めまして。相模芳樹です」
 芳樹も同じように頭を下げる。
「結界は張ったようだな、慶悟君」
 雅の言葉に、慶悟は黙って頷いた。そして、リビングの机の周りに三人は集まった。芳樹も三人の傍に座って話を聞く体制になっている。
「まずはこの二日間について報告し合いましょう。私から、いいかな?」
 豊はそう言って他の二人を見回した。二人とも頷き、続きを促した。
「私、この二日間は芳樹君の友人に話を聞いたの。足を骨折したという上原・翔(うえはら しょう)君と、川に落ちたっていう脇坂・恭平(わきさか きょうへい)君に。二人ともに共通していたのは、まず何かに驚かされてから頭がぼうっとなり、事が起きていたわ。そして、どうやら相手は……」
「霊、なんだろう?」
「霊、だな?」
 雅と慶悟が、同時に言う。豊は驚いて二人を見る。
「分かってたの?」
「試したからな。ナンバー000を。」
 慶悟はそう言って、携帯を取り出す。リダイヤルの履歴に、00の数字。
「俺もだ。一応試してみたんだよ」
 雅も、携帯を取り出す。慶悟と同じく、リダイヤルの履歴に、000の数字。違うのは、慶悟の方は0が一つ少ないと言う事だ。
「あら?どうして真名神君は0が一つ少ないの?」
 豊が気付いて指摘した。
「俺は、まだ0を二回しか押していないのに音声が流れてきた。恐らく、0の数は関係ないんだと思う」
「俺も同意見。ちなみに、0を何回押したかによって霊が何体来るかに関わるみたいだな」
 雅はそう言って携帯のストラップを持って、ぶらぶらと手の中で弄ぶ。
「俺は二回試したんだが、一回目は慶悟君と同じく二回しか押せなかった。その時に現れた霊の数は二体。将来予告は『十分後に大波』だったんだけど、一体は俺を川べりに連れて行こうとして、もう一体は水をかけに来やがった。おかげでびしょ濡れだった」
「それは災難だったわね」
 豊が苦笑しながら言う。
「本当だよ。水も滴るいい男……っていうのは、辛いもんだ」
「いいから続けてくれ」
 慶悟は小さく溜息をついて、先を促す。
「二回目は、ちゃんと三回押せたんだ。将来予告は『車に轢かれる』だった。しかも、『邪魔をするので』とか言われたよ。一体目は妙な空間を作り出し、二体目は光を放って意識を低下させようとし、三体目は俺に向かって車を発進させてきた。……寸前で、助かったけど」
「つまりは……将来を外したんだな?」
 慶悟は確認するように尋ねた。雅は小さく笑う。
「そういう事になるな」
 雅は、うーん、と背伸びをした。思い出すだけで、疲れる話を話しておかなくては鳴らないであろうと判断して。
「因みに、俺もナンバー000を試したとかいう女子高生二人から偶然話を聞けてさ。話を聞いたんだけど……内容はほぼ豊ちゃんと一緒だった。まず驚かせて、意識レベルを下げてから気付いたら事が起きているってやつだ」
「さっきの影崎さんの話からすると、霊は三体出る事になるのよね。なら、一体目と二体目は行動を自主的に起こさせるようにして、三体目は行動を第三者的に起こさせるという事かしら?」
 豊の言葉に、慶悟は頷く。
「そうだな。俺が試した時も、大体は影崎と似たようなものだった。尤も、俺の方は『五分後に車にぶつかる』というものだったが」
 そこまで言い、慶悟は雅に向き直る。
「それはそうと、影崎。さっき、将来を外したと言ったな?」
「ああ。現に、俺は車に轢かれてはいないだろう?」
「それから、ずっと車に轢かれそうにはなってないのか?」
「そうだな。……これは俺の予想でしかないんだが、ナンバー000の効力は、実行されるか、不手際が発生した時に切れるんじゃないだろうか」
「不手際?」
 豊が尋ねる。雅はこっくりと頷き、口を開く。
「俺は、三体目の霊を消したんだ。すると、全く将来が起ころうとはしなくなった……。つまり、0を押した回数分の霊が一体でも消滅した瞬間に、効力は切れるんじゃないか?」
「なるほど。一種の契約みたいなものだからな、ナンバー000は」
 慶悟はそう言って、皆に向き直る。
「0を押した回数は、自分が契約を結ぶ霊の数だ。それが狂えば、契約は破棄される」
「ああ、なるほど」
 豊はうんうん、と頷いた。
「さて、問題はこれからだな」
 雅はちらりと芳樹を見る。芳樹は急に話が自分に向いた事に気付いて、小さく驚いた。
「もう12時は過ぎてしまっているが……何か違和感とかはないか?」
 雅の問いに、芳樹は暫く考えて首を振る。
「別に無いです」
「で、携帯電話は何処に持っている?」
 慶悟が尋ねる。芳樹はズボンのポケットから、携帯電話を取り出す。慶悟はそれを引っ手繰るようにして奪った。
「な、何するんですか」
 突然の事に驚きながら、芳樹は抗議した。慶悟は携帯電話をじっと眺め、それから雅に手渡す。
「言ってなかったな。俺がナンバー000……正確にはナンバー00だが……それを試した時には結界を張っていた。何者をも入れない結界だ。それなのに、霊は現れた」
「そうか……携帯電話を媒介にしたのね」
 豊がはっと気付いたように言う。慶悟は頷く。
「で、何で俺に渡すわけ?」
 雅は苦笑しながら尋ねる。意味は半分くらい理解しているようだった。
「決まっている。媒介を無効化させる為だ」
「俺、こういった媒介を無効化できるか分からないんだけど」
「出来る。いや、出来るようにしておけ」
「無茶言うな」
 苦笑しながらも雅は携帯電話を懐に収めた。
「全てが終わったら、返してくれますよね?」
 訝しげに芳樹は尋ねるのだった。

 午前二時。草木も眠る丑三つ時。半分うとうととしていた慶悟の耳に、十二神将が報告した。何者かが、結界に入ろうとしていると。
「おい、お出ましだ」
 慶悟がそう声をかけると、雅と豊が立ち上がった。慶悟は机にうつぶせて寝ている芳樹にちらりと目をやり、雅と豊に向き直る。
「お互い、担当を決めとこう。長谷川は相模を見て、影崎は俺と三体いる霊のどれかを消滅させる」
「契約の破棄を狙うか。なるほど、了解だ」
「分かったわ」
 各々が身構えると同時に、風がびゅんと吹いた。何も侵入できぬ筈の結界内で起こった、一陣の風。
「来るぞ」
 小さく雅が呟く。
 風は、びゅん、びゅん、と続けて二回吹いた。計三回吹いた風は、いつしか竜巻状に形を変え、何かしらの輪郭を描いていた。
(三体揃っても、何も出来ないようだな。媒介を無効化しているからか?)
 雅はくすり、と笑った。
『邪魔するな、邪魔するな、邪魔するな』
「貴様こそ、何故人に災いを齎す!」
 慶悟の声が、室内に響く。風は、びゅん、と再び唸る。
「何者だよ?あんた」
 雅が問い掛けるも、返事は無い。風が、びゅん、と唸るだけだ。慶悟は懐から呪符を取り出し、放つ。間を空けずに真言を唱えると、だんだん風は輪郭をはっきりさせていく。それは、人の形をしていた。否、人の形なのではないのかもしれぬ。しかし、それは三人の目には人の形に見えたのだ。どす黒い色をした、影のような人型。
「一体、何なの?何の目的があって、酷い事をするのよ?」
 豊が叫ぶ。何かしらの思いを抱いているかのようだった。そこで、ようやく黒い人型は言葉を発した。
『皆、求めている。身に起こる悲劇を、我が身に降りかかる惨劇を』
「は?」
 思わず雅は聞き返す。
『皆、我が身を愛しく思いつつも、影を持つ事を望んでいるのだ』
「そうかもしれないけど……それが全てじゃないわ」
 豊は眉を顰めて反論する。
『皆、我が身が傷つく事を欲しているのだ』
「……分かったぞ。貴様、負の念の化身だな?」
 慶悟はじっと黒い人型を睨む。
「誰もが持つ、小さな負の念。それに呼応するべく、現世を恨む低級霊。互いが手を結んで貴様のような形になったのだな」
 じゃらり、と数珠を握り締める。
「……ちょっと待って。という事は、これって……」
 豊が慎重に言葉を選ぶ。慶悟は頷く。
「相模の生み出した負の念と、低級霊の結集だ」
 ぽん、と雅は手を打つ。
「だから、俺や慶悟君の将来はすぐに来たんだな。俺達はすぐに事が起こらないと困るもんな。にしても、低級霊達も暇人だね。小さな念にまで便乗するなんて」
「暇な輩が多いんだな。俺が一度しか出来なかったのも、低級霊が便乗するのをやめたからだろう」
 豊ははっとして小さく「負の念……」と呟く。
「どうかした?豊ちゃん」
「負の念を抱くって事は……芳樹君、何かあったのかなって」
 今度は慶悟がはっとする。
「相模の両親は海外旅行中だ。恐らく、相模自身は受験勉強があるからと言って行かなかったんだろうな。そして、両親は今日帰宅予定だ」
 雅と豊が顔を合わせる。
「もしかして……芳樹君は両親に心配されたくて……?」
 豊の眉間の皺は更に深く刻まれる。
「そして、哀しむ両親の姿が見たかったのかもしれないな。旅行から帰ってみたら息子が死んでいる……これ以上無い悲しみが襲うだろう」
 雅は大きな溜息をついた。
「それに、低級霊たちが便乗したんだな」
 慶悟はじっと黒い人型を見詰め、数珠を翻して真言を唱え始めた。雅も経を唱えてそれに便乗する。が、なかなか浄化されない。豊は唇をキッと結び、芳樹の肩を揺すった。
「起きて。貴方は起きなくてはいけない。現実を見る為に、目を見開かないといけないのよ!」
 うっすらと、芳樹は目を開き始めた。そして、黒い人型を目にする。怯えを含んだ声で、小さく「僕は……」と呟いた。黒い人型は、それを見計らっていたかのように芳樹へと向かって行った。豊は予想外の事に、慌てて逆十字のペンダントを握り締めた。
「いかん!」
(媒介を無効化している携帯電話にはやって来ない。と言う事は、逃げられる心配も無い代わりに芳樹君にしか逃げ場を見つけられないと言う事だ!)
 雅が叫んで経をそれに投げつけた。僅かに黒い人型の動きが止まったものの、未だ留めるまでには至らなかった。黒い人型は、芳樹の丁度下腹部辺りに向かって行った。
「ぐぅ!」
 芳樹はそう唸り、下腹部を抱えて蹲る。見る見る間に芳樹の体が黒くなっていった。
「どうしよう……私の所為で……!」
 半泣きになりながら、豊が叫んだ。
「いや、よくやった」
「え?」
 思いも寄らぬ慶悟の言葉に、豊と雅は不思議そうに慶悟を見、それから芳樹を見た。黒くなっていった芳樹の身体は、また元へと戻っていった。未だ不思議そうに見つめる二人の目の前で、慶悟は懐から何かを取り出した。それは、真っ黒になった人形であった。
「契約は破棄された」
 そう言うと、慶悟は人形に呪符を貼り付けた。人形は途端に音もなく崩れ始めた。そして床に落ちる前に空へと消えていく。
「結局、影崎さんが携帯を持つ意味は無かったわね」
 まだ少し赤い目で、豊は言う。雅は悪戯っぽく微笑む。
「そんな事ないよ。お陰で、媒体として使われなかった」
「え?でも……霊たちはやってきたわ」
「だが、風を起こしただけで自主的にも客観的にも働かなかった。あれはしなかったんではなく、出来なかったんだ」
「力を充分に発揮できなかったって事かしら」
「そういう事!」
 妙に誇らしそうな雅を見て、豊と慶悟は顔を見合わせる。
「結局は、歩く魔よけ札健在って訳ね」
「誇れる事なのかは置いておいてな」
「失敬な奴らだな」
 苦笑しながら雅は言った。
 慶悟はもうナンバー000が何の効力も持たない事を確信し、結界を解いた事を告げた。全ては、終わったかのように見えた。
「ところでね。なるべく見ないようにしていたんだけど……」
 豊は徐に口を開いた。部屋を一回り見て、意を決したように言葉を続けた。
「この部屋、どうする?」
 風の所為で荒れてしまっていた。竜巻状になったりもしたのだ。散らからない訳が無い。
「……掃除……かなぁ」
「掃除……だな」
 雅と慶悟が口々に言う。一時は気を失っていた芳樹も、目を覚まして部屋の中を見回して呆然とする。
「今日……両親が帰るんですよね」
「そう言っていたな」
と、慶悟。
「この状態って、泥坊に入られた状態みたいですよね」
「そう見えるわね」
と、豊。
「片付けないと、まずいですよね」
「……やっぱり、そうか」
と、雅。かくして、後始末は始まった。4人とも眠気と疲労が襲ってきていたのだが、互いに励まし、時には叱咤しながらも何とか収拾をつけた。
「終わった……!」
 豊がそう言って床に座り込んだ時には、既に時計は6時を指していた。
「もう、電気はいらないよな」
 紐を引っ張るタイプの電灯に、雅は手を伸ばす。終わった事への安堵からか、思い切り引っ張ってしまう。
「あ」
と、雅。
「ああ!」
と、豊。
「あああ!」
と、芳樹。
「……おい」
と慶悟。
 見事に、紐は抜けてしまっていた。責任上、雅が何とか直すが、余計な疲労がたまってしまった。
「あ、6時半……」
 突如芳樹はそう言って、身体を引きずるようにしてラジオのスイッチを入れた。ラジオからは、軽快な音楽が流れ始めた。
「これって……ラジオ体操?」
 豊が恐る恐る尋ねる。へら、と芳樹は笑う。
「これを踊ったら、元気になるかも……」
「「「ならない」」」
 三人は同時に言うものの、結局芳樹のパワーに押されて踊る事となってしまったのだった。

●翌日
 丸一日休んでいた分、ようやく疲労を回復して草間に報告書を出した三人は、またもや『らーめん麻生』にやって来ていた。依頼完了の祝杯も兼ねている。そんな訳で、今度は三人とも前よりも幾分か豪華なメニューを食べていた。豊はコーンバターラーメン、雅は蟹ラーメン、慶悟は五目ラーメン。テーブルの真中にはギョーザが三人分、それぞれの手元にはお茶碗とビールが置かれていた。三人はもくもくと食事をし、やっと一息つく。
「依頼完了、おめでとう!」
 食べ終わった後、豊が音頭を取って乾杯する。周りの客が、普通とは異なる順序で行われた乾杯に小さな疑問を覚えていたが、そんな事は全く気にしなかった。
「ナンバー000、もう無くなったのかしら?」
 豊がふと、口にした。
「あの黒い人型が言ってたけど、負の念って普通に皆持っているものでしょ?それにきっかけさえあれば便乗しようとする低級霊が一杯いるんだし」
「そうだな。きっと、形が違うにしてもまだあるんだろうな」
 雅は少し寂しそうに口を開いた。
「だけど、それを乗り越えようとする気持ちも同時に持ってるんだ。そちらが勝る事を祈るしかないな」
「光があれば、闇がある。正があれば、負がある」
 淡々と、慶悟は言葉を紡いだ。
「どちらかが欠けてしまっても、世の理は乱されるだろう。大切なのは、自らがそういう負の念を持っている事を認識する事だ」
 しん、と静まり返る。だが、豊はにっこりと笑って雅と慶悟にビールの入ったグラスを持たせる。自らも持ち「ごほん」と声を整える。
「我々がほどよく正も負も認識して持つ事ができるように、乾杯!」
「それはちょっと違……」
「よーし、乾杯!」
 慶悟の突っ込みも空しく、雅と豊によって無理矢理乾杯をさせられてしまった。
(しかし、ナンバー0とは……ん?ゼロ……?)
 ふと考えついた事は、雅に奇妙な感じを与えた。一瞬自分の中にだけ留めておこうかとも思ったが、結局口に出してしまう。
「そう言えば、俺、凄く大発見をしたんだけど。……いや、そんなに大発見でもないんだけど」
「何?」
「何だ?」
 豊と慶悟に促され、雅はにやりと笑って口を開いた。
「0って、ゼロと読むけど、レイとも読むよな」
「……そうよね」
「おい、まさか……」
 あははは、と雅は笑う。意を察して、豊も慶悟も苦笑する。
 ナンバー0・0・0……霊・霊・霊。

<依頼終了・言霊付>


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 0389 / 真名神・慶悟 / 男 / 20 / 陰陽師 】
【 0843 / 影崎・雅 /男 / 27 / トラブル清掃業+時々住職 】
【 0914 / 長谷川・豊 /女 / 24 / 大学院生 】

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■         ライター通信          ■
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こんにちは。霜月玲守です。お待たせ致しました。
皆様に再びお目にかかれて嬉しい限りでございます。有難うございます。

今回の依頼は如何だったでしょうか。
影崎雅さんは、特にナンバー000に挑戦して頂きました。密かにこれを誰も試してらっしゃらなかったら失敗となっておりました。
聞き込みは、芳樹君の友人ではなく通行人の女子高生にして頂きました。お疲れ様でした(笑)

これはおまけなのですが、今回の依頼は「言霊付」です。作品内に、本編とは無関係に言葉遊びが二つほど隠れております。お暇な時にでも探してみてください。
今回も三人の方、それぞれのお話となっております。他の方のお話もあわせてご覧になると、より一層深く読み込める作りにしております。是非、他の方のお話と見比べてみてくださいね。

ご意見、ご感想等心よりお待ちしております。
それでは、またお会いできるその時まで。