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＜真夏の氷点＞
【０】発端
連日猛暑が続く夏の暑い日。
都内某所のマンションで青年の死体が発見された。部屋は密室で外部から侵入した痕跡はなく、外傷自体も殆ど見られない。ただ一点、鑑識連中が首を傾げる不可解なところがあった。
それが青年の死因でこの暑い夏なのに―――凍死だったのだ。
「―――で、これが雪女の仕業だって言うのか？」
草間興信所所長・草間武彦の呟きに、目の前に座る青年が真剣な表情で頷く。
彼は遺体で発見された青年の友人だと言う。いきなり事務所に乗り込んできた彼は、先の事件を調べて欲しいと頼んできたのだ。
「ちょっと前にあいつ言ったんだ。俺は雪女を彼女にしたって。お互い酔っ払ってたし、俺もその時は本気にしてなかったさ。でも、あいつがあんなことになって…」
「本当だと思った？」
「それ以外考えられねぇよ！すっげぇいいヤツなんだぜ。この前も、公園で一人で遊んでた子供相手に二時間も付き合ったぜ、なんて笑いながら言うようなヤツなんだ。恨みなんかで殺されるような奴じゃねぇ」
「…わかった。一度こちらで調査してみよう」
「あ、ありがとうございます！」
草間の返答に青年は深々と頭を下げた。
三日後、青年の遺体が同じ凍死状態で発見された。
◇
―――次のニュースです。
今朝、都内のマンションで男性が凍死した状態で発見されました。
当局の発表では、男性の名前は佐伯勇一２４歳、都内の大学院に籍を置く学生であるとのことです。この猛暑の中での凍死という奇妙な現象は、先日同じように凍死で発見された加納耕平２３歳に続いて二件目であり、また二人が友人関係であったことから、警察は二つの事件に何らかの関係があるとみて捜査をしている模様です―――
【１−Ｂ】骨董屋『櫻月堂』
流れてきたニュースを居間で見ていた男は、その内容に段々と表情が険しくなっていった。組んだ腕で和服の裾を強く掴み、まるで睨みつけるようにテレビを見る。
男の名は、武神一樹。骨董屋『櫻月堂』を営む店主だ。一見優男風な外見ながら、その実、古来より続く人と妖の調停者としての裏の顔を持つ。だが、そんな使命に関係なくどんな相手でも分け隔てない態度を取る彼には、人非ざる友人も少なくない。彼自身、生涯かけて愛する事を誓った相手は、他でもない妖であるさくらなのだ。
だから今回の事件を知るにつれ、武神の心は酷く痛む。
愛する者を殺してしまったであろう彼女――十中八九『雪女』なのだろう――の凶行は、なんとしても止めなければならない。恐らく次の狙いは草間だ。
（なら、事務所の方で待ち構えておくか。あんなのでもいなくなるのは寂しいからな）
そう考えた武神は、おもむろに立ち上がると、店の方で仕事をしているさくらに一声掛けた。
「さくら、俺は少し出かけてくる。店の方、よろしく頼む」
間髪入れずに、「わかりました、気を付けて下さいね」と返ってきた声に苦笑する。自分が出かける理由も問わず、ただ一言、気を付けて、と。何も聞かないでくれる彼女の心遣いが今は嬉しい。
人であるコト、人でないモノ。そんなことに関係なく、生きている存在は何かしらの関係を築く事が出来る。その事を彼女に伝えたい。
そう思い、武神は店を後にして外へ出た。
【２−Ａ】不安
妙に首筋がチリチリする。
暑さのせいだけじゃないなにかを武神は感じていた。もっとも彼にとってはそんなのは日常茶飯事だったので、今更気にするのもおかしかったが、さすがに時期が時期だ。ひょっとしたらという思いがある。
（草間より先に俺自身を狙ってくれればいいんだが…）
その方がまだ話し合う余地がある。
が、そんなことを考えている間に気配は、いつの間にか消えていた。歩きながら辺りの気を読んでみるが、自分を見ていた何かはもういない。
（まあいいか）
事務所はもう目の前だ。
「これでよし、と」
手にした書類を整え、机の上を綺麗に片付ける。
いつもながら鮮やかな手際だ。シュラインの様子をぼんやりと眺めていた草間は、そんな感想を心の中で呟いた。
彼女はスッと椅子から立つと、草間の方を振り向く。
「武彦さん、私は出かけてくるけど」
シュラインの表情はどこか心配げだ。彼自身、第三の被害者になりうる可能性がある。このまま彼を一人にしていいものかどうか。
迷いながらも、このまま何もしないのは時間の無駄だと解っていた。後ろ髪を引かれる思いをなんとか裁ち切り、彼女は事務所のドアに手をかけた。
「とにかく私が出てる間、武彦さんも十分気を付けてね」
「わかった。ま、俺の方は心配するな。そろそろ来る頃だろうしな」
「そろそろ来る？」
そういえば誰かに電話していたような…と考えた瞬間。
手をかけていたドアノブが突然回り、アッと思う間もなく事務所のドアが開く。思わず引きずられそうになったシュラインの身体を、ドアの外にいた何者かが素早く受け止めた。
「おっとスマン。大丈夫か？」
そこに立っていたのは、彼女もよく知る人物。今回の依頼仲間である骨董屋『櫻月堂』の主人・武神一樹だった。
「一樹さん、どうしてここに？」
支えられていた身体を素早く起こし、シュラインは目の前の男を見た。
何故彼がここに、という疑問が一瞬過ぎったが、それは愚問だった。もし彼もあのニュースを見たのなら、事件の経過が粗方理解出来た筈だ。それ以前に彼の力ならば、これから起こる事も予想するのは容易いだろう。
どうやら草間には彼が来ることはわかっていたようだ。別段驚いた風もなく、簡単な挨拶を交わしている。
「よう武神、待ってたぜ」
「相変わらず人使いの荒い奴だな、お前は」
「何言ってる、俺の事心配して来てくれたんだろ」
草間の言葉に、武神は嫌そうに眉を軽く顰めた。当たってはいるものの、面と向かって本人には言いたくない科白だ。
とりあえず彼は表情を崩さず、チラリとシュラインを見た。
「誰がだ。お前みたいなのでも、いなくなると悲しむ人間はいるからな。俺が止めないのは彼女の方で、お前のは単なるボランティアだ」
彼女に向けて安心させるような笑みを取る。シュラインも武神の意図が解り、安堵の息を零した。
武神の力なら彼女もよく知っている。彼がついているなら草間の身もきっと安全だ。勿論完全とは言えないかもしれないが、少なくとも一人でいるよりはずっといい。
そう思ったシュラインは、武神に向かい軽く頭を下げた。
「一樹さん」
「ん？」
「私、少し出かけますので、彼の事お願いします」
見目麗しい女性にお願いされ、断る男性はそういない。
「了解した。シュライン、キミも気を付けろよ。何かあったら連絡をしてくれ」
「解ったわ」
お互い約束を取り交わした後、シュラインは颯爽と事務所を後にした。
後に残されたのは男二人。何故か事務所の空気がムサイものに変わった気がする。
「おい、茶ぐらい出るんだろうな」
「ああ、出してやるさ。出涸らしのヤツをな」
憎まれ口を叩き合う。これが彼らなりの友好の証だった。
【５】誘う氷点
「−−ああ、そうか」
先程から何回か電話でやり取りしている草間を横目にしながら、武神は静かにお茶を飲んでいた。隣にはついさっき帰ってきたばかりの貫太が、同じように湯飲みに口をつけている。
それまでの調査結果を聞いた武神は、しばらく考え込んだ。
「なるほど。力の発動に本人がいるとは限らない、か…」
「ええ。部屋に残った痕跡から見て、雪女が依頼人に直接会ってるとは思えないですね」
直接遭遇していないにも関わらず、依頼人の佐伯勇一氏は死んだ。最初の被害者と同様の死に方で。
武神はてっきり彼女と思われる女性と会ったものとばかり思っていたが、今の貫太の話を聞いて考え方を多少変えなければならないようだ。
やれやれと互いに溜息を零す。
そうなると今の現状で、自分達に打つ手はない。一度力が発動すれば武神の能力で無効に出来るが、それでも完全に消えるとはこの場合思えない。
貫太も同様の考えで、打つ手なしとばかりにくつろいでいる。
「そうなると、後は他の連中の連絡待ちか」
「そうですね。出来れば『彼女』の行方が判ればいいんですが…」
その時。
ゴトリ、と大きな音。
振り向いた先に見たのは、受話器を落とした草間の姿。何故か固まった腕がフルフルと震えている。
「おい、どうした？」
「あ、いや…なんか急に腕が冷たくなってな。あとこう、なんか寒くないか？」
冷静に見えながら、動揺が隠せない。
長い付き合いだ。それぐらい二人にも判る。
すぐさま貫太が草間を『視』た。すぐに力の干渉が始まっているのが判った。事務所の気温−−周りには何も影響していない。つまり体感温度だけが冷たくなっているのだ。
貫太は依頼人の部屋を思い出す。
周囲にはなにも痕跡が残っていない理由。
（これが力の正体か！）
「武神さん」
「任せろ」
（こんなところで死なれたら、シュラインに会わせる顔がないからな）
かざした掌から幾つもの『力』が放たれ、草間を取り囲む。作られた力場の中で草間の動きが徐々に緩慢になっていくのが見える。代謝機能が低下している証拠だ。
「草間、多少我慢しろよ」
言い放ち、武神は軽く眼鏡を上げて力場に集中した。
「放たれし力の奔流よ。我、『調停者』武神一樹の名に於いて、この場に満つる『力』を禁ず！」
深く響く声が場に満ちる。同時に、力場がぼんやりとした光に包まれた。
武神と貫太が見守る中、光がゆっくりと収束していき、その向こうでしかめ面をした草間の姿が見えてきた。
やがて、力場は完全に消え去り、残ったのは。
「ったく、相変わらず乱暴なヤツだな」
「文句を言うな。死ぬところだったんだぞ」
減らず口を叩く草間と同じように口の悪い武神との口論だった。
さっきまでの緊迫感がまるでなく、隣で見ていた貫太は苦笑するしかない。
（この二人、相変わらずだなぁ〜）
二人の仲をある程度認識しているから、これはこれでいいのかも。そう思った貫太は、彼らの口喧嘩を無視して話に割り込んだ。
「武神さん」
「ん？」
「この辺一帯を式鬼に探してみたんだけど、やっぱり雪女はいないですね」
「そうか。そうなると−−」
言いかけた途端、草間の携帯が鳴り出した。すぐに取り出して液晶の文字を確認する。
シュライン・エマ。
事務所の電話は受話器が外れっぱなしだ。だから携帯の方にかけたのだろう。すぐに着信のボタンを押す。
「もしもし、俺だ。…ああ、そうか。ああ、こっちはなんとかな。……わかった」
二人が見守る中、彼はそれだけ言うと早々に電話を切った。
「シュラインからだろ」
「ああ」
「シュラインさん、なんて言ってました？」
「彼女−−雪女に会ったそうだ。詳しい話は事務所に戻ってからにすると言ったぞ」
「そうか」
「あ、そうそう。さっき長谷川君からも連絡があってな。調査報告にこっちへ戻ってくるそうだ」
（それならば後は彼女たちの帰着待ちか）
ふむ、と頷いて腕組みをする武神。
「だったら、これ以上やることはないですね。……つまらないな」
貫太ののほほんとしていた顔が一瞬きつくなる。
今回、一度も戦闘がなかった事に少しばかり不満のようだ。飢えた黒い獣が影に戻る。その瞬間、彼の口元が酷薄歪んだ事を誰も知らない。
【６】エピローグ
調査報告を受けた全員は、誰もが暗く沈んでいた。
「そうか…」
「仕方ない、とは言えなくもないですけどね」
やり切れない思いに武神は深く溜息をついた。
貫太は苦笑いを浮かべ、僅かに痛む胸を誤魔化そうとする。
「何ともやり切れないわ」
「結局、誰が悪いってワケでないのよね」
実際彼女に会ったシュラインは、脳裏に思い出すその寂しい笑みに心を痛める。
豊の言葉は、その場にいる全員の思いだった。
そして、草間がなんとか締めを括る。
「妖と人間、その関係は永遠の問題なのかもしれねぇな…」
プカリとふかした煙草の煙がユラユラと立ち上り、天井で静かに消えた。
とある場所。
暗闇に閉ざされ、何も見えない。
響くのは、二つの声だけ。
「いいか」
「…お願いします」
「もうお前は、誰も傷つけないな」
「はい、『約束』します」
声が途切れると同時に、ザッと何かが切れる音が闇に響く。
「……破ったな」
「は……い…」
パリン、という音と同時に闇が一斉に晴れる。
現れたのは、女性を模した氷の彫像。ヒビが入り、徐々に崩れていくその様を、傍に立つ少年はじっと眺めていた。
やがて、少年の姿もその場から消えた。
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■ 登場人物（この物語に登場した人物の一覧） ■
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【整理番号 ／ ＰＣ名 ／ 性別 ／ 年齢 ／ 職業】
0173 ／ 武神・一樹 ／ 男 ／ ３０ ／ 骨董屋『櫻月堂』店長
0914 ／ 長谷川・豊 ／ 女 ／ ２４ ／ 大学院生
0086 ／ シュライン・エマ ／ 女 ／ ２６ ／翻訳家＆幽霊作家＋時々草間興信所でバイト
0720 ／ 橘姫・貫太 ／ 男 ／１９ ／ ウェイター兼裏法術師
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■ ライター通信 ■
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こんにちは、葉月十一です。
この度は『真夏の氷点』にご参加いただき、ありがとうございました。
今回参加いただいた皆さんのキャラクターは、どれも個性的でかなり迷いましたが、このような場面毎の個別な感じに仕上げました。
本当はもう少し雪女側が悪役っぽくなるつもりだったのですが、皆様のプレイングのおかげでこのような方向性になりました。
楽しんで頂ければ嬉しいのですが。
また別の依頼でお会いできる事がありましたら、よろしくお願いします。
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