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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


<真夏の氷点>
【0】発端
 連日猛暑が続く夏の暑い日。
 都内某所のマンションで青年の死体が発見された。部屋は密室で外部から侵入した痕跡はなく、外傷自体も殆ど見られない。ただ一点、鑑識連中が首を傾げる不可解なところがあった。
 それが青年の死因でこの暑い夏なのに―――凍死だったのだ。


「―――で、これが雪女の仕業だって言うのか?」
 草間興信所所長・草間武彦の呟きに、目の前に座る青年が真剣な表情で頷く。
 彼は遺体で発見された青年の友人だと言う。いきなり事務所に乗り込んできた彼は、先の事件を調べて欲しいと頼んできたのだ。
「ちょっと前にあいつ言ったんだ。俺は雪女を彼女にしたって。お互い酔っ払ってたし、俺もその時は本気にしてなかったさ。でも、あいつがあんなことになって…」
「本当だと思った?」
「それ以外考えられねぇよ!すっげぇいいヤツなんだぜ。この前も、公園で一人で遊んでた子供相手に二時間も付き合ったぜ、なんて笑いながら言うようなヤツなんだ。恨みなんかで殺されるような奴じゃねぇ」
「…わかった。一度こちらで調査してみよう」
「あ、ありがとうございます!」
 草間の返答に青年は深々と頭を下げた。

 三日後、青年の遺体が同じ凍死状態で発見された。



 ―――次のニュースです。
 今朝、都内のマンションで男性が凍死した状態で発見されました。
 当局の発表では、男性の名前は佐伯勇一24歳、都内の大学院に籍を置く学生であるとのことです。この猛暑の中での凍死という奇妙な現象は、先日同じように凍死で発見された加納耕平23歳に続いて二件目であり、また二人が友人関係であったことから、警察は二つの事件に何らかの関係があるとみて捜査をしている模様です―――


【1−C】大学院

 食堂に椅子に腰を下ろし、長谷川豊は一息ついた。うっすらとこめかみに滲む汗を拭い、張り付く髪を軽く梳く。背中まで伸びたストレートがやんわりと揺れた。
 大学院に席を置く豊は、長時間部屋に閉じこもっている事が多い。華奢な外見とは裏腹に元来豪快で活動的な彼女には、さすがに窮屈な感が否めない。だから、時々息抜きの意味で外の空気を吸いに出るのだ。
「ふぅ、さすがに疲れたわね」
 先日引き受けた草間からの依頼が思うように進まない。軽い苛立ちもある。
「雪女…涼しくなるような話なんだけど」
 不謹慎だわ。
 軽く頭を振った豊の耳に突然飛び込んできた一言。
「あれ、豊。あんたも加納君の事、好きだったの?」
「え?」
 振り向けば、豊の友人が何人か座っている。なにか喋っていたようだが、自分が振り向いた事で会話が途切れたようだ。
 それともよほど勢い込んでいたのか。
「だって今、『雪女』って言ったじゃない」
「え、ええ。言ったけど…それがどうして、えっと加納だっけ、その人が好きな事になるの?」
 どうもお互いの話が噛み合わない。
 が、次の一言で豊の疑問は氷解した。
「ほら、この前凍死したってニュース、うちの学校の加納君だよ」
「え?! 彼、ここに在籍してたの?」
「そうよ。まあ学部が違うんだけどね。でも結構人気あったのよ、誰にでも優しいから。この学部にも結構ファンはいたんじゃないかな」
「でもそれじゃあ、雪女っていうのは一体…」
「だから、彼の死因が凍死だったじゃない? それで『雪女』にでも殺されたんじゃないかって噂があるのよ。今その事話しててさ、だから豊が『雪女』って口にしたから―――」
(手がかり、ね)
 友人の声は、それ以上豊に届かない。とにかく今は、急いで最初の被害者の周辺を調査する事が先決だ。元々、そう難しく考える性格じゃない彼女は、善は急げとばかりにその場を立ち去った。


【2−B】調査

 遺影を前に、豊は静かに手を合わせた。写真には、嫌みのない好感さを持った青年が笑っている顔が映っている。最初の被害者の加納耕平だ。
 彼女の後ろで同じように手を合わせていた貫太は、その写真をぼんやりと眺めていた。
(ふ〜ん…確かに人の良さそうな顔をしてるかな〜)
 そんな感想を心の中で呟く。
 やがて、豊がゆっくりと目を開けて振り向いた。
「それじゃあ耕平さんの部屋、見せてもらっていいかな?」
 部屋の隅でひっそりと座っていた被害者の妹・由佳に彼女はそう頼んだ。


 大学院で加納耕平の事を調べた結果、彼の事を悪く言う人間には出会えなかった。そんな人柄ならさぞ彼女も有名だろう、そう思っていたのに。
(誰に聞いても加納耕平に彼女はいないって言うのよね)
 周囲の噂でも全く影すら見えてこない。
 だから豊は、彼の家に直接行ってみることにした。同じ大学に籍を置いていた事で、なんとか部屋に入る事が出来るだろう。そんな風に思って。
 一方、佐伯秀一の部屋を式鬼に調べさせた貫太は、争った形跡すらない事に疑問を抱いた。水滴や凍った跡すらないのはどう考えても不自然だ。
 そして、貫太は独特な気配に気付いた。
 それは妖が力を行使した痕跡。ひどく微弱で、ともすれば見落としてしまう程の。
 同時に妖気の破片がカス程にも残っていないことにも。
 その謎を解くべく貫太は、最初の被害者宅へ向かった。

 そして二人は合流した。


「ここが兄の部屋です」
 妹に案内された部屋は、乱雑にあちこち散らかったままだ。
「片付けようとしたんだけど…結局そのままになってるんです」
 おそらく兄の事が思い出されるのだろう。彼女は少し涙目になった顔を俯けた。
 豊は、気まずい思いにチラリと貫太の方を見れば、彼は軽い精神集中に入っていた。おそらくこの部屋の気配を探っているのだろう。
 仕方ない。
 豊の方で由佳に尋ねてみる事にした。
「由佳ちゃん、一つ聞きたいんだけど」
「はい?」
「あなたのお兄さん――耕平さんに彼女とかいなかった?」
「彼女、ですか?」
 暫く考えていた由佳は、あっと声を上げて豊の方を見た。
「あの、亡くなる半年くらい前にお兄ちゃんが『俺、一目惚れしちゃったよ』って言った事があったんです。それでその相手の事をすごく誉めてて…でも結局それっきりだったから」
 彼が何も言わなかったのは、彼女のとの『約束』があったから。
 由佳の言葉で豊は一つの確信を得る。
「じゃあ、由佳ちゃんはお兄さんの彼女については、何も知らないのね?」
「あ、はい。そんなの聞いたのも今日が初めてです」
 それなら彼女には何も被害はない。
 探りを終えた貫太と目を合わせ、豊は小さく頷いた。これ以上ここで得られる情報はなさそうだ。
「わかった。ありがとう、由佳ちゃん」
「まあ、元気を出すことだね」
「そうね、すぐには無理だろうけど、気をしっかり持ってね」
 あまり気の利いた事は言えないが、二人の励ます気持ちが伝わったのだろう。うっすらと表情に笑みが戻ってきた。
「はい。ありがとうございます」
 彼女には兄の件を詳しく話していない。ただでさえ尋常でない出来事の上、あまり深入りさせると彼女自身も危険になるのだ。
 だから。
「それじゃあ」
「お邪魔しました」
 二人は何も言わず、この場を退出する事にした。


「それで、どうだったの?」
「う〜んそうだな〜。まず、あの部屋には確かに力の痕跡はあった。そして妖気の残滓もね」
「それじゃあ」
 やはり今回の事件は雪女か。そう口にしようとした豊に、貫太は軽く首を横に振った。
「でもおかしいんだ。残った痕跡からみて力の発動は随分前なんだけど、妖気に関してはつい最近のものなんだ」
「どういう事?」
「つまり、力の発動は妖の出現に関係なく起きたってことだよ」
 おかしいな、と言いながらも貫太に困った様子は伺えない。むしろその原因にある程度予想がついているようだ。だが、その予想が正しいとなると、今一番危険なのは最初にこの依頼を受けた草間武彦ということになる。
 言いたい事がよく解らず、豊は首を捻る。そんな彼女に気付いた貫太は、小さな苦笑を洩らした。
「ああ、すいません。解り難かったですか」
 嫌味とも取れる言葉。
 だが、貫太自身にそんなつもりがない事は解っている。だから豊は少しだけの溜息でその場を誤魔化した。
「少しね」
「つまりですね…力が発動するのに、その本人の存在は必要ないってことですよ。あるいは、本人自体も知らない内に発動してしまうのか……」
「それって、かなりマズイんじゃない?」
 心なしか豊の顔から血の気が引いた。
 貫太の中にも幾分焦りがあった。
「とりあえず俺は一旦事務所の方へ戻ろうと思うけど、豊さんはどうする?」
「そうね、私も…」
 戻ろうかな、そう言いかけた瞬間。
 チラリと目の端に入った人影。小さかったから見逃してしまいそうなその影に、豊の直感が突如閃いた。
(あの子…ひょっとして…)
「ゴメン、先に帰ってて。私、ちょっと寄る所を思い出したから」
 そう言うなり、彼女は貫太の返事を聞く前に走り出していた。
 思わず見送る形になり、走り去る豊の後ろ姿を茫然と眺めながら、彼はやれやれと肩を竦めた。
「さて、と。俺も早いトコ行くか。――来い」
 影が膨れる。飛び出した魔獣が大きく翼を広げた。素早くその背に乗ると、獣は音もなく空へと舞い飛んだ。
 同時に懐から取り出した携帯電話を耳元に当てる。短縮ダイアルの直通先は、草間興信所だ。
「――もしもし、草間さん?」


【4】少年

 人影を追いかけた豊は、気がつけば誰もいない公園に辿り着いた。この暑さのせいで普段賑わうその場所には人っ子一人見あたらない。
「おかしいわね。確かにこっちに来たと思ったんだけど」
 どうやら見失ったらしい。豊は肩を落胆させながら、荒くなった息を簡単に整える。
 どうして追いかけようと思ったのか。まずは草間へ報告するのが先だった筈なのに。
 その時、ふと思い出した事がある。
 公園。
 依頼人の話にそんな内容があった筈。確か公園で一人で遊んでいた子供。最初はただの杞憂だと思っていた。
 だけど。

「オレを探してるの?」

 突然背後からの声。
 慌てて振り返ると、フェンスの上に腰掛けた少年がいた。年の頃は十歳ぐらい。白いシャツに白いハーフパンツと格好は今時の子供。だが、その表情は子供にしてはひどく大人びて、どこか無機質な印象があった。
「お姉さん、オレを追いかけてたんだろ?」
「……君は?」
 何故か豊は気圧されていた。とても子供とは思えない雰囲気がその少年から感じられたからだ。
「お姉さん、あのお兄さんの知り合い? それとも……彼女の方を探してるの?」
 どこまでも無表情に少年は言葉を綴る。
 本能が告げる。この子供に逆らうな、と。
「そうよ。私、女性の行方を探してるの。人が二人、死んだわ。ひょっとしたらまだ増えるかもしれない。だから」
「安心していいよ。もう、誰も死んだりはしないから」
「え?」
 よっと勢い付けて少年がフェンスから飛び降りる。まるで空気のように、静かに地面に着地した。
「一度『呪い』が発動した雪女は狂気に囚われる。好きな相手を殺してしまった罪悪感でね。だから、それを始末するのはオレの役目さ」
 なんでもない風に、簡単に「始末する」と少年は口にする。その怖さが伝わって、豊の背筋がゾクリと震えた。
 だが、この少年こそが真相を知っている。その直感だけでなんとか勇気を出して、豊は少年に詰め寄ろうとした。
「ねえ。それっていったいどういう事?」
 ゆっくりと豊の顔を見、少年の口元がうっすらと笑む。
「『雪女』の昔語りって知ってる?」
「え?」
「その結末で人間と結婚した雪女は、結局その人間を殺せなかったよね。約束を破ったのに」
「えぇ、よく知ってるわ」
「だから…雪女の長は一族全体に呪いをかけたんだ。自分達の正体が誰にもばれないように、雪女達の意志に関係なく『約束』を破った者に死の制裁を与える為に」
「それって…まさか…」
 信じられない思いで豊は少年を見た。
 もしそれが事実なら、この事件の真相は。
「そしてその『呪い』は、喋った人間はもとより、聞いた人間が喋った場合も発動するんだ。だからこの『呪い』を解くには、元を断つしかないんだ」
 淡々と。
 そんな表現がピッタリ合う少年の口調。
「それじゃあ、彼女は?!」
 思わず叫ぶ豊。
 だが、感情はともかく頭で理解してはいた。それ以外方法が無いことを。
「オレは、そのためにここにきたんだ。彼女の方ももう覚悟している。だからオレ、お姉さんにホントの事を知って欲しくてね」
「彼女の方も−−」
「本当は、あのお兄さんも助けたかったけどね。あの時、オレとわざわざ遊んでくれたから」
 一瞬。
 少年の顔に哀しげな色を垣間見る。
 それで、豊にも少年が決して無感情でない事を知る。多分、この子にとってもやり切れない思いがあるのだろう、と。
 ならばもう豊には何も言えない。亡くなった二人は気の毒だが、これ以上は彼女ら『雪女』の領域になるだろうから。
 そして最後に一つだけ。
「もう、犠牲者は出ないのよね」
「ああ。あのお兄さんもちょっと危なかったけど、仲間の人がうまくやったみたいだからね。もう誰も死なないよ」
 草間の事だろう。どうやら危険はなくなったみたいだ。
 少年はそれだけを言い残すと、豊の前から姿を消した。彼女は少年の言葉を報告するべく、事務所へ向かって歩き出した。


【6】エピローグ

 調査報告を受けた全員は、誰もが暗く沈んでいた。
「そうか…」
「仕方ない、とは言えなくもないですけどね」
 やり切れない思いに武神は深く溜息をついた。
 貫太は苦笑いを浮かべ、僅かに痛む胸を誤魔化そうとする。
「何ともやり切れないわ」
「結局、誰が悪いってワケでないのよね」
 実際彼女に会ったシュラインは、脳裏に思い出すその寂しい笑みに心を痛める。
 豊の言葉は、その場にいる全員の思いだった。
 そして、草間がなんとか締めを括る。
「妖と人間、その関係は永遠の問題なのかもしれねぇな…」

 プカリとふかした煙草の煙がユラユラと立ち上り、天井で静かに消えた。


 とある場所。
 暗闇に閉ざされ、何も見えない。
 響くのは、二つの声だけ。
「いいか」
「…お願いします」
「もうお前は、誰も傷つけないな」
「はい、『約束』します」

 声が途切れると同時に、ザッと何かが切れる音が闇に響く。

「……破ったな」
「は……い…」
 パリン、という音と同時に闇が一斉に晴れる。
 現れたのは、女性を模した氷の彫像。ヒビが入り、徐々に崩れていくその様を、傍に立つ少年はじっと眺めていた。

 やがて、少年の姿もその場から消えた。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

0173 / 武神・一樹 / 男 / 30 / 骨董屋『櫻月堂』店長
0914 / 長谷川・豊 / 女 / 24 / 大学院生
0086 / シュライン・エマ / 女 / 26 /翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト
0720 / 橘姫・貫太 / 男 /19 / ウェイター兼裏法術師

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■         ライター通信          ■
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こんにちは、葉月十一です。
この度は『真夏の氷点』にご参加いただき、ありがとうございました。
今回参加いただいた皆さんのキャラクターは、どれも個性的でかなり迷いましたが、このような場面毎の個別な感じに仕上げました。
本当はもう少し雪女側が悪役っぽくなるつもりだったのですが、皆様のプレイングのおかげでこのような方向性になりました。
楽しんで頂ければ嬉しいのですが。
また別の依頼でお会いできる事がありましたら、よろしくお願いします。