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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


魂の迷い子
草間興信所。
今、この古い事務所に小さな客が来ていた。
使い込まれたソファにちょこんと浅く腰掛けた少年。
その表情は固く、何かを堪えているようにも見える。
この城の主はどうしたものかと、頭を掻いた。
(ガキは苦手なんだよな・・・)
「・・・で、今日はどうしたんだい?」
極力優しい声で声を掛けた草間に少年―木戸真人は幼い顔を上げた。
「あのね、ゲンちゃんを助けてほしいの!」
「助ける?」
「うん。ゲンちゃん、この前プールで溺れちゃって、それからずっと寝たままなんだ」
きゅっと唇をかみ締めた真人は、真っ直ぐに草間を見て言う。
「きっと、ゲンちゃん迷子になっちゃって自分の体に戻れないんだよ!ね、お願い!!ゲンちゃんを助けて!」
必死に訴える少年に草間は困ったように頬を掻いた。
「迷子、ねぇ・・・どう思う?」
ぐるり、と首だけを巡らせて、草間は事務所内にいる人物に問いかけた。

【草間武彦の視点】
「知るかよ・・・俺の領分じゃねぇだろ?」
俺の仕事机に寄りかかっていた細身の長身な男が言った。
相変わらずのぶっきらぼうな物言いにも大分慣れた。
忌引は金に困るとこうやって俺の事務所にやって来ては、依頼を手伝ってくがいつも面倒そうにしてる奴だが、今日は珍しく思案顔だ。
「そりゃ、こっちだって同じだ」
俺がそう言うと、忌引は眉をしかめたが、すぐに苦笑を漏らした。
「だが、あんたの依頼人だろ?どうすんだ?」
その言葉に俺は頭を掻いて、真人に訊ねた。
「・・・あー聞くが、ゲンって子はなんで溺れたのに迷子なんだ?」
怪奇絡みだとは薄々分かってはいるが、一応聞いた俺に真人は強張った顔で言った。
「・・・おじさんがゲンちゃんを助けた時に、ボク見たんだ!もう一人のゲンちゃんがプールの中に引っ張られて行くのを!!」
やっぱり・・・
俺は我知らず溜息を吐いた。
こんな事は俺の目指すところじゃない。
が、目の前の少年を見れば今にも泣き出しそうな顔で俺の事を睨んでやがる。
「あ〜分かった分かった!なんとかしてやるよ」
「ほんと!?」
「あぁ」
俺が頷くと、真人は嬉しそうにありがとうと言った。
・・・泣かれちゃこっちが参るしな。
そう考えながら、後ろの忌引を振り返る。
「で、お前はどうする?」
「行くさ」
はっきりとそう言った奴に俺は軽く目を見張る。
いつもならブツクサと独り言を言いながらも、結局は仕事をするというような感じなのだから尚更不思議だ。
「珍しいな。一体どうした?」
「別に。ただ・・・死にたくねぇなら死なねぇ方がいい。そうだろ?」
忌引の苦笑交じりの言葉にふっと笑みが洩れた。
そして、短くなった煙草を灰皿に押し付け、立ち上がる。
「まずは、ゲンに会いに行くか。真人、案内してくれ」
俺は、儲けにならないだろうなと思いながら、イスに無造作に掛けてあったジャケットを掴んだ。

【忌引弔爾の視点】
俺たちはプールへ向かっていた。
初めに真人に案内され、草間の旦那とゲンの入院している病院へ行った。
病室のプレートには『坂口 源太』と書かれていた。
消毒液臭い独特の匂いの中、白いベッドの上で一人の少年が寝ていたが、弔丸が魂がないと低く唸ったのがやけに響いた。
とは言っても、響いたのは俺の頭ん中だけだが・・・
草間の旦那が医者に聞いたところによれば、肉体にはどこも異常が無く、何故目が覚めないのかまったく分からないそうだ。
源太の親からも話を聞き、次に現場を見よう、という事になったのだ。
「・・・随分とボロっちいな」
俺は眼下に見えるプールと名の付くものを見ながら煙草の煙を吐き出した。
町民プールという事だが、どうにもただコンクリートを四角く固めたものの中に水を入れたようにしか見えない。
なんともお粗末なもので、外を囲ったフェンスやプールの底に引いてあるレーンの線や水深の表示がようやくその石造りのでかい水入れがプールであると示していた。
「ま、ガキの遊び場にはちょうどいいんだろ」
階段を下りながら、煙草に火を点けた草間の旦那が言った。
『あの石の中で童等が水浴びをするのか・・・』
弔丸が呟く。
『ふむ・・・』
「何か感じるか?」
俺の問いに弔丸はしばらく、唸り声を上げていたが、そのまま黙ってしまった。
「おい」
『ところで弔爾。お主にしては珍しいではないか。率先して迷える者を救おうとは!少しはその曲がった根性も治ってきたか?』
多少からかいを含んだ弔丸の声に、俺は鼻を鳴らす。
「ふん。どうせ、嫌だっつってもお前が勝手に動かすんだろーが」
今までの経験から容易に想像できた。
この世代違いの妖刀は屁理屈と強固な己の信念とやらを持っている。
そんなもんは俺にとっちゃどうでも良い不要なもんだが、この化け刀はぐちぐちと説教たれては勝手に俺の体を動かすのだ。
ま、今回は俺の意志で動く事にしたんだが・・・
「だったらさっさと片付けちまった方が利口ってもんだ」
『まったく。少しは成長したのかと思えば・・・』
「体は勝手に使え。魂の匂いとやらを辿ってさっさとガキを助けろよ」
『ふん。貴様に言われずともそうする』
ぶっきらぼうな会話が終わる頃、古びたプールのフェンスの前に来ていた。
「ここだよ」
錆びたフェンスの戸を開けながら、真人が振り返り俺たちに言った。
「さて・・・これからどうするかね?」
頭を掻きながら、心底困ったようにプールサイドを歩く。
それに続き、辺りを見渡しながら歩いていると弔丸が声を上げた。
それと同じく、真人も声を上げる。
「あそこ!誰かいるよ!!」
真人の指差した先は五つ並んだスタート台があるだけで、誰の姿も確認出来なかった。
「誰もいないが?」
「でも、誰かいたよ!」
草間の言葉に必死で俺と旦那に訴える真人。
『・・・あの子の言うておる事に虚偽はない』
俺はもう一度何者かがいたらしき場所に目をやった。
「ま、なんだか知らんが早速手がかり発見かな?」
暢気に煙草を吹かしながら、草間の旦那はスタート台の前まで行った。
そこには不自然な水溜りが出来ていた。
コンクリートの乾いた床に染み込む事もなく溜まったシミは何かの警鐘のようにも映る。
「なんだ?」
しゃがみ込み、旦那が水に触れた。
次の瞬間――
プールから幾つもの水の触手が草間の旦那の体を絡め取り、水の中へと引きずり込んだ。
「おじさん!!」
驚きと無意識に水へと連れ去られる旦那を助けようとしたのか、一歩足を出した真人の小さな足が水溜りの飛沫を立てた。
そして、草間の旦那と同じく、あっという間に大きな水しぶきと共にプールの底へと消えていた。
後に残ったのは、互いに交差する波紋とプールサイドに溜まった水。
「・・・やれやれ。お前の出番らしいな」
『うむ。そのようだな』
弔丸の返事を聞きながら、俺は奴自身を包んでいた布を取った。
「・・・明日は一日中寝させてもらうからな」
『行くぞ!』
気を張った弔丸の声と共に、俺の体は水溜りを蹴散らしプールへと跳躍した。

【弔丸の視点】
水だめの中にもちろん底は無く、気付けば薄暗い空間の中に佇んでいた。
ぐるりを見渡せども、見えるものは無し。
だが、感じる。
魂の匂いと言おうか、その者特有の精神の波動が。
「ふむ。どうやら縄張りのようだの」
拙者は辺りに満ちる強い敵意を感じながら、すぐ近くに二つの見知った魂を感じた。
一刻駆け、目視で倒れている草間殿と真人を確認する。
『・・・生きてるか?』
内から聞こえてくる弔爾の言葉に頷きで返し、二人の身体を揺すった。
「おい。おい!しっかりせぬか」
即座に反応はあるものの、意識は戻らず。
もう一度、声を掛けようとしたところ、強い殺気を感じ大きく後ろへと跳ぶ。
薄暗い空間。
殺気の方へ目をやれば、一人の童が立っていた。
茶色のちゃんちゃんこを羽織い、剣呑な暗い目を向けていた。
「・・・オジさん。何?なんで邪魔するの?」
「邪魔?邪魔とはなんの事だ?」
「とぼけるな!」
強い童の叫びに身体の気を引き締める。
「邪魔させない・・・!もう、独りになんかならない!!」
怒りに打ち震える童の言葉と共に四方から気配を感じ、刹那、上空へと跳んだ。
さっと視線を下へと向ければ、水の触手が互いに突き当たり、激しい水飛沫を上げた。
更に眼前に迫り来る二本の水柱。
今だ空中を降下している拙者は身体を丸めた。
「シネ!!」
水柱が衝突する刹那、丸めていた身体が反発するように抜刀した。
まるで豆腐でも切るごとく、水が二つに割れ後方へと飛び散った。
「なっ・・・!?」
動揺する童。
だが、その隙を拙者が見逃すはずもなく一気に間合いを詰める。
「うわぁあぁああ!!」
恐怖に顔を引きつらせ、闇雲に水柱を放って来るが、全て見切っている拙者にとってはなんの障害にもならず、大きく童の懐へと踏み込んだ。
「ヒィっ・・!」
白刃の軌跡を残し、刀を振り上げた。
――だが、その刃は静かに横へと下ろす。
目の前にうずくまるのはか弱く、打ち震える童。
『弔丸・・・』
「・・・お主、独りなのか?」
小さな身体を固く丸め、童はただすすり泣く。
「ここは寂しかろう。拙者たちと、一緒に来ぬか?」
『何言ってんだ!弔丸!!』
驚愕の声を上げる弔爾を無視し、拙者は驚きで目を見張っている童の側へと屈む。
「ここの神という訳でもあるまい?なら、こんな所で独りでおるより、外の世界の方が良いぞ」
「ほんと・・・に?」
「あぁ。但し、皆を元の世界に戻してくれるのであればな」
ただただ、目を瞬かせ頷いた童に、拙者は背中を向けた。
「さぁ、負ぶってやろう」
童は恐る恐るといった風に首へと手を回してきた。
「うわっ!」
いきなり立ち上がった拙者から落ちないように腕に力を入れた童の身体を背負い、陽気に笑い言う。
「はははっ。お主、軽いなぁ。名はなんと言う?」
「・・・源次郎」
「そうか。良い名だ」
また、首に軽い圧迫感を感じ、そして肩口が濡れた。
「ありがとう」
小さく消え入りそうな声だったが、確かに拙者には伝わった。

【大団円?】
「ほらよ。今回の報酬だ」
そう言って草間が机の上に押し出した物に弔爾は眉を寄せた。
「・・・菓子折りじゃねーか」
「そうさ。わざわざゲンの親が持ってきたんだよ。ま、今回はお前の活躍のお陰だからな、こうして全部譲渡しようという訳だ」
優しいだろ?と煙草に火を点けながら言った草間に弔爾は手を差し出した。
「だったら、煙草のひとつでもくれよ」
「残念だな。煙草はこれでラストだ」
草間はそう言って、胸一杯に吸い込んだ煙を吐き出し、空になったケースを握りつぶした。
「・・・最悪だ」
弔爾は心底そう呟いた。
プールでの事件が解決して三日。
弔爾の部屋には住人が増えた。
あの時の源次郎である。
もともと、プールの近くにあった井戸を長年様々な人が使用しているうちに霊として井戸に宿った源次郎だったが、今はその井戸も塞がれ、同じ地下水を利用していたプールに渡った源次郎。
だが、彼の存在を知る者は無く、孤独に耐えかねた源次郎は子供を自分の世界に引きずり込んでしまったのが今回の事件。
だったのだが、弔丸が連れ帰ってからは子供特有の元気の良さで毎日過ごしている。
まったく、一体どこのそんなエネルギーがあるのか不思議なほどだ。
「最悪だ!」
「そりゃご愁傷様」
もう一度言った弔爾を草間は冷たくあしらう。
弔爾はまだかすかに残る筋肉痛に眉間に皺をよせ、大きな溜息をついたのだった。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0845 / 忌引弔爾 / 男 / 25歳 / 無職】

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■         ライター通信          ■
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二度目の依頼、ありがとう御座いました!
今回は草間、弔爾、弔丸の三視点で書いてみましたが如何でしたでしょうか?
だいぶ、弔爾と弔丸の性格も掴んだ気になっているのですが・・・(苦笑)
連れ帰った源次郎は今後の話では気にしないで下さい。
とりあえず、連れ帰った、というだけの話ですので。

では、またご都合がよければよろしくお願い致します。