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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


ある夏の約束
〜 約束の時は過ぎて 〜

「人を捜してほしいんです」
そう言って、青年は一枚の写真を撮りだした。
青年の名は須藤光孝(すどう・みつたか)、今売り出し中の若手写真家である。
草間はその写真を少しの間眺めると、確認するように彼に尋ねた。
「この写真は、あんたが?」
すると、光孝は小さく首を縦に振った。
「ええ、私が五年前に撮ったものです」
それを聞いて、草間はもう一度写真を見つめた。
写真の中では、十六歳くらいの少女が、夕焼けの海をバックに、はにかむような笑顔を浮かべていた。





五年前の夏、気分転換のために訪れた海で、光孝は彼女に出会った。
最初に声をかけてきたのは彼女の方だった。
人気のないところで、黙って海を見つめていた彼を、不思議に思ったのだろう。

彼は名乗らなかった。
彼女も名乗らなかった。
それでも、二人はすぐにうち解けた。

「そういえば、何か悩んでたみたいだったけど、どうしたの?」
彼女がそう尋ねてきたとき、光孝は確かに悩んでいた。
写真のことや、自分の将来のことについて、彼は深く悩んでいたのである。
(どうせ、彼女に話したって、わからないだろう)
光孝はそう思ったが、「もしそうだったとしても、誰かに話せば楽になるかも知れない」と考えて、彼女に全て話してみることにした。

光孝の予想通り、彼女は技術的な話などはなにも分からなかった。
しかし、それでも彼女は親身になって話を聞いてくれた。
そして、最後にこう言ってくれたのである。
「大丈夫だよ。私、あなたには才能あると思うな。
 難しいことは分からないけど、あなたの見せてくれた写真はみんな素敵だったもの。
 だから、私を、そしてあなた自身を信じてみて、ね?」

その後、別れ際に光孝は彼女に頼んで写真を撮らせてもらった。
その写真を撮り終わったとき、彼女は彼にこう言った。
「今からちょうど五年後の今日、またこの場所で会いましょ。
 その時、あなたが今撮った写真、私にも見せてね」





「で、彼女は現れなかった、と」
草間が言うと、光孝は再び首を縦に振った。
「ええ。
 ひょっとしたら日付を間違えたのかと思って、次の日も、その次の日もずっと待ちました。
 それでも、彼女は現れませんでした」
それを聞いて、草間は軽くため息をつく。
「彼女にしてみれば冗談のつもりだったのかも知れないし、仮にそうでなかったとしても、五年も前の約束なんて、彼女は忘れちまってるんじゃないか?」
草間は暗に諦めることを勧めたが、今度ばかりは光孝は首を縦に振らなかった。
「それでも、どうしても彼女に会ってお礼を言いたいんです。
 今の私があるのは、彼女のおかげなんですから」

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

〜 切れかけた糸を辿って 〜

「あの時、彼女が私に自信と勇気をくれたんです。
 それがなければ、きっと私はここまでこられなかった」
そう話す光孝の顔は、これ以上ないくらい真剣だった。

恐らく、彼はこの五年の間、ずっとその少女の言葉と面影を胸に写真家の道を歩んできたのだろう。
それ故に、光孝がその少女に寄せる思いは、もはや感謝でも、まして恋慕の情でもなく、すでに崇拝に近い域にまで達しているように思えた。

「お話は分かりました」
彼が話し終えるのを待って、葛城雪姫(かつらぎ・ゆき)は尋ねた。
「その時のことは、今でもよく覚えていますよね?」
「ええ、もちろんはっきりと覚えています」
光孝が頷くと、雪姫はテーブルの上の写真を見ながら言った。
「では、その人は他に何か荷物のような物を持っていましたか?」
「荷物、ですか? そう言えば、ハンドバッグを持っていたと思います」
そう答えて、光孝は写真の片隅を指さした。
確かに、そこには岩陰に置かれたハンドバッグらしきものが写っている。
「他には、何かありませんでしたか?」
雪姫が重ねて尋ねると、光孝は首を横に振った。
「いえ、それ以外には、特に何も」
それを聞いて、雪姫はこう続けた。
「それなら、この人は写真の場所の近くに住んでいる可能性が高いですね」
「なるほど。確かに、旅行ならもっと荷物がありそうなものですよね」
納得したように頷く光孝に、雪姫は言った。
「とりあえず、その場所に案内していただけませんか?」





九月に入って、夏休みが終わると、海水浴場の周囲は急速に活気を失う。
雪姫たちがやってきた場所も、その例外ではなかった。
「さすがに、もうあまり人はいませんね」
辺りを見回して、雪姫がぽつりと呟く。
「まぁ、もう秋ですからね」
そう言いながら、光孝は海水浴場の隅の方の岩場の近くへと歩いていく。
雪姫が彼の後に続いていくと、光孝はちょうど砂浜の終わる辺りで振り返った。
「ここです、写真の場所は」
そして、彼は海の方へ向き直ると、数歩下がってからおもむろに頷いた。
「ここから、この向きで撮ったんです。間違いありません」
そう言われて、雪姫も光孝の隣に立って海を見てみる。
あの少女がいないことと、今はまだ昼まであることを除けば、ほとんど写真と変わらない風景がそこにはあった。
「そうですね。私もここで間違いないと思います」
雪姫がそう答えると、光孝はその言葉でふと我に返ったように一瞬慌てた表情を見せると、二度ほど咳払いをしてからこう尋ねた。
「それで、これからどうするんです?」
「そうですね。写真もあることですし、この近くで少し聞いてみましょう」





そして、それから一時間が過ぎた。
「なかなか知っている人が見あたりませんね」
そう言って、光孝が一つ大きなため息をつく。
「そうですね。少し場所を変えてみましょうか」
そう答えながら、雪姫は別のことを考えていた。
(もしかしたら、ここに来る途中で何かあったのかも知れないし、あるいは……)
ひょっとすると、彼女はすでにこの世の人ではなくなっているかも知れない。
雪姫はそうも考えたが、さすがにそのことを光孝に告げるのは気が引けた。
(とりあえず、もう少し聞いてみよう)
雪姫はそう思い直すと、改めて聞き込みを始めた。

反応があったのは、予期せぬ相手からだった。
「その写真の人が、どうかしたんですか?」
近くの商店街で聞き込みをしていたとき、雪姫たちは不意に後ろから声をかけられた。
振り返ってみると、そこにはちょうど二十歳くらいの青年がいた。
いかにも興味津々と言った様子で、雪姫の手にしている写真を見つめている。
「この写真の人を捜してるんですけど、ご存じありませんか?」
そう言って雪姫が写真を差し出すと、その青年は写真をしげしげと眺めてから、近くにいた知り合いとおぼしき三人組を手招きで呼んだ。
「何、カズ、どうしたの?」
その中の一人が、不思議そうに彼に声をかける。
カズと呼ばれた青年はその女性に写真を見せると、ちょっと考えてからこう尋ねた。
「なぁミク、これってマユじゃねぇ?」
「どれどれ? ホントだ、これマユじゃん。懐かしいな」
そのやりとりを聞いて、光孝は興奮した様子で青年に尋ねた。
「この人をご存じなんですか?」
「ええ、高校の時同じクラスだったんですよ」
青年のその答えを聞いて、雪姫はようやく光が見えてきた様な気がした。





「なるほど、そういうことがあったんですか」
光孝の説明を聞いて、カズはハンバーガーを食べる手を止めて、納得したように頷いた。
その隣では、ミクと呼ばれた女性が携帯電話で誰かと話をしている。
「もしもし? あ、あたし、高校の時に一緒だったミクだけど、覚えてる?」

結局あの後、「ちょうど食事をしに行くところだったし、立ち話も何だから」という理由で、雪姫たちは近くのハンバーガーショップに来ていた。
もちろん、話を聞かせてもらう代わりに全員の分の代金を光孝が払うことになったのは言うまでもない。

「そういうことなら、俺達の知ってる限りのことはお話ししますよ。
 それに、今ミクが調べてるんで、多分連絡くらいは取れると思います」
そのカズの言葉に、光孝がもう一度頭を下げる。
「ありがとうございます、助かります」
すると、もう一人の青年がおどけた調子でこう答えた。
「まぁ、食事おごって損はしなかった、と思うくらいには、役に立ってみせますよ」
「ショウ、まぜっかえすなよ」
カズはそう言って彼をたしなめると、雪姫たちの方に向き直って話を始めた。
「じゃ、まず基本的なことから。
 彼女の名前は岸本真由(きしもと・まゆ)。
 俺達と同じ歳なんで、今頃は二十歳になってると思います」
その言葉に、ショウの隣に座った女性がこう続けた。
「ちょっとおとなしい感じだったけど、優しいし、頭もいいし。結構クラスの中では人気あったよ」

と、そんなことを話していると、電話をしていたミクが光孝の方を見てこう言った。
「マユ、なんか今入院してるらしいよ」
続いて、カズが思い出したかのようにこうつけ加える。
「そういや、高校の時も確か体育には出てなかったはずです。なんか身体が悪いとかで」
それを聞いて、光孝はミクにこう尋ねた。
「その病院の名前は分かりませんか?」
「ちょっと待って。今聞いてみるから」
ミクはそう答えると、それからさらに数分程話をしてから電話を切った。

「はい、これ。入院してる病院の場所と、マユんちの電話番号」
そう言って、ミクは手帳のページを一頁外して光孝に手渡した。
「一応事情が事情だから、先に家の方に電話した方がいいと思うなぁ」
「そうですね、そうしてみましょう」
そう答えると、光孝は自分の携帯電話を取り出して、メモに書かれた番号を押した。
五秒、十秒、二十秒。
いつまで経っても、光孝が口を開く様子はない。
「どうしたんですか?」
心配になって雪姫が声をかけると、彼は黙って携帯電話を彼女に手渡した。
電話からは、呼び出し音が鳴り続けていた。
「家を空けなきゃならない状況というのは、ひょっとしたら」
やや青ざめた顔で、光孝が呟く。
雪姫はメモに書かれた病院の場所と時計を見比べてから、光孝の方を見て小さく頷いた。
「病院の方に、行ってみましょう」

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

〜 そして、辿り着いて 〜

「どういうことですか、会えないって!?」
「須藤さん、落ち着いて下さい」
思わず声を荒げる光孝を、雪姫が慌ててなだめる。
その剣幕に少し気圧されながらも、年輩の看護婦はきっぱりとこう言った。
「岸本さんの容態はあまり思わしくないんです。今は面会できる状態ではありません」
しかし、光孝はまだ諦められないらしく、なおも食い下がる素振りを見せる。
「面会できないって、彼女の容態はそんなに悪いんですか!?」
「ええ、とにかく面会が不可能なくらいには悪い状態です」
素っ気なくそう返されては、さすがの光孝もそれ以上何も言えなかった。

と、その時。
「岸本さん」
廊下の奥の方を見ながら、看護婦がそちらにいる相手にそう呼びかけた。
雪姫と光孝が振り返ってみると、そこには四十代後半くらいの女性の姿があった。
年齢的に、どう考えても岸本真由ではあり得ない。
しかし、その面影には、どことなく彼女と似ている雰囲気があった。
(もしかしたら)
雪姫がその問いを口にするより早く、看護婦が次の言葉を発する。
「先ほどから、こちらの方が娘さんに会わせろと」
それを聞いて、「岸本さん」と呼ばれた女性――つまり、真由の母親――は、雪姫たちにこう尋ねた。
「あなた方は、一体どなたでしょうか?」
その言い方に、雪姫は微かに引っかかるものを感じた。
普通、この状況では、冷たくあしらわれるか、あるいは即座に追い返されても不思議ではない。
ところが、彼女はそうしなかった。
それどころか、彼女の様子からは、何か思い当たる節があるようにも感じられた。
(あの約束のことを、彼女は知っているのだろうか?)
そう考えている雪姫の隣で、光孝が事情を説明し始めた。





「そうでしたか、ではあなたが……」
光孝の説明を聞いて、彼女は悲しそうにそう呟いた。
「どういうことです?」
光孝が尋ねると、彼女はぽつりぽつりと話し出した。
「あの子が病気だということを知らされたのは、八年前のことでした。
 不治の病だと……病状が悪化するのを抑えることは出来ても、治療することはできないと言われました」
そこまで言って、彼女は一旦言葉を切った。
光孝は無言のまま、真剣な顔つきで彼女を見つめている。
恐らく、このことは半ば予期していたのだろう。
少なくとも端から見る限りでは、ショックはそう大きくないように感じられた。
「どうせ治らないのなら、ただいたずらに長く生きさせるよりは、元気なうちだけでもせめて人並みの暮らしをさせてやりたい。そう考えて、私たちは真由を入院させないことに決めました」
言葉を続ける真由の母親の目から、一筋の涙がこぼれる。
けれど、その涙を隠すことも、拭うこともせず、彼女は話を続けた。
「五年前の時点で、すでにお医者様には『あと三年もつかどうか』と言われていました。もちろん本人にはそのことは知らせませんでしたが、なんとなく気づいていたような様子はあったと思います」
それを聞いて、初めて光孝の顔に強い驚きの色が浮かんだ。
自分に元気をくれた少女が、すでにその時に自分の余命が幾ばくもないことを悟っていたなどと、彼には信じられなかったのだろう。
その様子を見て、真由の母親は初めて一度涙を拭って、さらに続けた。
「ところが、ちょうどその直後くらいから、真由は急に明るくなりました。その時はなぜかわかりませんでしたが、今でははっきりとわかります。
 あなたに出会ったから、そしてあなたと約束をしたからです。まず五年間生きてみせる、それがあの子が自分に課した目標だったんでしょう」
そこで彼女は再び言葉を切り、もう一度涙を拭った。
ふと見ると、話を聞いている方の光孝の目にも涙が光っていた。
その光孝の姿が微かにぼやけて見えたことを考えると、恐らく雪姫も涙を浮かべていたのだろう。
「そして、つい最近まで真由は本当に元気でした。
 ですが、ちょうど二週間前の定期検診で、いくつか異常が見つかったんです。
 今手を打てば大事には至らないと言うことでしたので、相談の末、一旦彼女を入院させることにしました」
そこまで話すと、真由の母親は少し声を落として続けた。
「最初は、あなたとの約束の日までには退院できる予定でした。
 ところが、予定よりも退院がのびてしまったんです。
 あの子は『約束があるから』と言って外出許可を求めましたが、私もあまり乗り気ではありませんでしたし、お医者様も首を縦には振りませんでした。
 けれど、その日を境に、あの子の病状は日に日に悪くなり……こんなことなら、あの時あの子を行かせていれば……」
彼女の言葉からは、悔恨の念がひしひしと感じ取れた。
それに気づいているのかいないのか、光孝は彼女の目を見てこう尋ねた。
「それで、今の彼女の容態は? そんなに悪いんですか?」
「先生は、今夜が峠だと……」
彼女がそう答えると、光孝は真剣な表情でこう言った。
「ご迷惑でなければ、私も一緒にいさせて下さい」
真由の母親は少し考えた後、深々と頭を下げた。
「今にして思えば、あなたと出会って、あの子が今まで生きてこられたことこそ奇跡なのかも知れません。ですから、私は、あなたがもう一度奇跡を起こしてくれることを信じます」
それを見て、光孝は同じように深々と頭を下げて礼を述べると、雪姫の方を振り返ってこう尋ねた。
「雪姫さんは、どうなさいますか?」
もちろん、雪姫の答えは決まっていた。
「私も、よろしければ一緒にいさせて下さい」





真由のいる集中治療室から少し離れた待合室で、三人は祈り続けた。
彼女の病気が快方に向かうことを。
再び、奇跡が起きることを。





しかし、奇跡は二度起こらなかった。
待合室に真由の主治医が現れ、無言で首を振ったのは、その日の深夜のことだった。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

〜 その後 〜

「あの写真は、彼女のお棺に入れさせてもらいました。
 彼女にも見せるというのが、あの時の約束でしたから」

あれから約一週間ほど後。
再び草間興信所を訪ねてきた光孝は、雪姫たちにそう言った。

「草間さん、それにもちろん雪姫さんには、本当に感謝しています。
 おかげで約束も守れましたし、新たな目標もできました」
それを聞いて、草間が怪訝そうな顔で尋ねる。
「新たな目標?」
すると、光孝は笑いながら答えた。
「ええ、もっともっと活躍して、有名になることですよ。
 何十年先になるかわかりませんが、私が彼女の所に行くときまでには、向こうでも有名になっていたいですからね」
「なるほど、そうきたか」
そう言って、草間も笑みを浮かべる。
その二人につられるようにして、雪姫も軽く微笑んだ。

『ありがとう』
そんな女性の声が、微かに聞こえた様な気がした。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
0664/葛城・雪姫/女性/17/高校生

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■         ライター通信          ■
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撓場秀武です。
今回は私の依頼に参加下さいまして誠にありがとうございました。

さて、今回は私の本来の作風を離れて(?)シリアス風に書いてみましたが、いかがでしたでしょうか?
もし何かありましたら、遠慮なくツッコミいただけると幸いです。