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<PCシナリオノベル(シングル)>


花火葬
(シナリオ名:『冬花火奇伝』よりノベル化)

東みやこ著


春のうららの隅田川
のぼりくだりの船人が
槐のしずくも花と散る
眺めを何にたとうべき


<IO2>


2003年、東京。
首都は新世紀をむかえていた。
世紀末の滅亡はおこらずに都は栄えつづけている。
しかしその都を滅ぼそうとする組織があった。

組織名は『虚無の境界』、boundary of nothingness.
彼らの目的は全人類を滅亡させることにより霊的なビッグバンを起こす事だ。
その爆発により人類は進化、新世界が生まれると狂信していた。
『虚無の境界』は霊的なテロを実行し、世界を滅ぼそうとしている。

しかしその『虚無の境界』の脅威に対抗をする超国家組織があった。
怪奇現象や超能力者の破壊活動を監視、
必要ならば戦闘によりテロ活動を抑止する。

非公開組織であるため一般には知られていないが、大きな権力をもつ。
本部はアメリカ合衆国、日本にも支部があり主に東京で活動をしていた。
組織員はテロと最前線で戦闘職種と、そして超科学を研究する研究者職とて構成されている。

その組織はInternational OccultCriminal Investigator Organization、
IO2と呼ばれていた。
そして草薙竜介と風見歩は、IO2のメンバーだ。


<コンクリート・リバー>


その日は大寒であった。
まだ正午過ぎであるのに、天は銀に曇り小雪がしきりと散る。
雪片が黒い墨田の水にすいこまれていく。
寂しい冬の景色である。

隅田川縁はコンクリートブロックの堤防がつづいていた。
その堤防の歩道をいく二人がある。

1人は青年である。

名は草薙竜介で、職業はIO2のバスターである。
歳は30歳過ぎだろうか。
古いが温かそうなダウンジャケットにジーンズ。
そして肩には上絹で縫われた刀包を下げていた。
その紫苑の包には、草薙の名刀、青竜がおさめられていた。

2人目は少年にも少女のようにも見えた。

名は歩という。
草薙竜介のアシスタントであるが、IO2の正式な組織員ではない。
理由があり、両親がいない。
歩が新生児の頃から、竜介が育てたのだ。

セピアの髪と澄んだ金の瞳。
ふれたら欠けてしまう人形のように繊細な面。
比翼襟の紺のコートに、
白いスラブ毛糸の帽子とケープを羽織っていた。

首には紫苑の紐で水晶の勾玉がある。

その勾玉は敵の霊気から歩を守る盾だった。
本来、剣の青竜と対になる勾玉であるが、
竜介から歩へ贈られたのだった。

竜介が掌を空へむけて言った。

「ずいぶん気温が低いぜ、この雪は積もるぞ。
任務でなければ部屋のコタツで昼寝をしていたい」

それから歩を見た。

「歩も丸の内の支部で待っていればよかったんだ。
歩に風邪をひかれたら、天国の響子先輩に申し訳がたたない」

しかし歩は澄んだ瞳をむける。

「竜介さん、僕はいつでもあなたのそばにいたいのです。
 少しでもあなたの役目にたちたい。
 母もそうすることを望んでいると思いますよ」

竜介は歩の毛糸帽に手をのせた。

「歩の気持ちはわかっている、いつもサンキュ。
 しかし今回は噂の真相を確かめるだけだ。
 無駄足になるかもしれないぜ」

今回の任務とは、IO2に報告のあった霊目撃の確認である。

まず隅田川堤防に華雨と呼ばれる古桜がある。
この冬、華雨の下で霊が幾度も目撃をされた。

霊は少女の姿であるという。
白地に藍で朝顔を染めた浴衣に、浅葱色の半幅帯を締めている。
帯には銀の鈴の帯飾りをつけ、ちりちりと音がする。

そしてただ出現するまでならば良いのだが、話にはつづきがある。

ここ数日、華雨のそばの水で水死者が2名も出た。
いずれも死者は学生服の少年で、争った形跡もないことから自殺とされる。

しかし少年達には自殺をするような動機がない。
唯一、少年達に共通をすることは同じ高校の生徒だったということだ。

墨田川の上流にある、戦前からの名門男子校、修学院の生徒であった。
しかしこの川縁は通学路であり、不審な点はない。

そして自然と幽霊の少女と死者が結びつけられた。

少女が少年を水に誘ったのではないか、ということだ。
この事件は警視庁からIO2に調査の依頼がきた。


草薙達はその真相を確認するために、川縁へ来たのだ。

「さびしい場所だな。
戦前は春の桜に夏の花火のある、四季の豊かな川縁だったそうだ。
粋な御大尽が芸者衆をつれて、舟遊びをした水庭でさ」

「滝廉太郎の歌の時代ですね」

竜介の言葉を歩がついだ。

今、目の前にはさびしい冬の川がある。
コンクリートで加工をされた、黒い川だ。
ただしんと黒い流れがある。

過去、隅田川は台風があるとすぐに堤防を決壊させ、町を水浸しにした。
そのために都がコンクリートで川を封じたのだ。
水浸しはなくなったものの、川は生命力もなくしてしまったらしい。

川の下流には隅田川大橋があり、高架道路が見えた。

「さて、幽霊のお嬢様はどこにいるかな?」

「僕にまかせてください」

歩には霊を感じ見る力がある。

必要があれば、その霊とコンタクトをとることもできた。
感覚が敏いのである。

それどころか感覚が鋭敏すぎるので、
敵の霊気にあてられることもあり、竜介が勾玉をつけさせているのだ。

またその敏感さは竜介にはない力であり、
歩がセンサー役としてアシストをしている。

竜介達は黒々とした古木まで来た。

それは岩のように固い樹皮で身を覆っている。
その古木が華雨であり、江戸期から川縁に生える桜なのである。

しかし華雨には先客があった。

青年である。

端整な容姿をしている。
緋の瞳。
長い黒髪を背でたばねている。

黒いシングルのスエードジャケットにワイドパンツ姿。
ベージュのシェットランド毛糸のマフラーを、

無造作に首にしていたが、隙がない。

竜介が声をかけると、青年は答えた。

青年も浴衣の少女霊の話をきき、出向いたのだという。
名は九尾桐伯といった。


<暗黙>



「この古木につきしたがう霊ではないかと思いまして、
出向いてみました」

九尾はごくやわらかい口調で言った。

千鳥が縁で洋酒店を経営しているといい、
霊の噂も常連客から聞いたのだという。

「桜の霊という、風情な霊でないと思うぜ。」

「死者が出ていることも知っています。
 しかし不可思議な事件には、よけいに興味がある。」

「おまえさん、姿がいいから川に引き込まれないように気をつけろ。
水遊びで火傷することだってあるかもよ」

「本職の方からの忠告ということですか」

九尾がさらりと言った。
竜介が頭をかく。
自分達のバスターという正体は知らせていないのだが。

「IO2という対霊力テロ組織が東京にある噂は聞いていますが。
これは私の勘ですが、草薙さんの話ぶりからそちらの方では?」

九尾はごく涼しく言った。

「あれ、うちの組織、秘密のはずだけどなー。
IO2の機密保持力もあてにならないな」
「いいえ、酒場の店主が知る程度の噂ですから、
聞き流して構いません」

などと話していると、歩が華雨のそばをサーチしたいと言った。
竜介が許可を出すと、さっそく歩が樹の周囲をめぐりはじめる。

「きれいな子ですね」

九尾が歩の方を見て言った。

「そうだろ。 でも俺のだから駄目、あげない」

両手を頭のうしろにして竜介が言う。
その竜介を九尾がふと、見る。

「なんだよ、ロリコンとか言うつもりか?
言っておくけれど、
俺は大人の女が好きだからな、
歩が大人になるまで待っているんだぜ。
まださわってない」

「いいえ、そういうことでは。
あなたは苦しい恋をなさる方なのかと、意外で。」

「…どういうことだ」

「あなたは草薙竜介と名乗った、そしてその肩の包みは刀。
たぶん西都の草薙家の人でしょう。
そして草薙家といえば、古来から鬼封じの役割の名門」

九尾がつづける。

「しかしあの歩という子は瞳が金色だった。
これは鬼と人の混血である鬼子の証。」

竜介はくしゃくしゃと頭をかいた。
降参したようだった。

「あんたが鋭いのはよくわかった、」

「いいえ、無粋なことを申し上げて、失礼しました」

竜介には、九尾が言外につたえたことがよくわかった。
草薙家で鬼狩りをする役目の者が、
鬼子と魂を分け合うのか、ということだ。

「ま、いろいろ事情があるわけだよ、俺達には…」

「素敵な恋ではないですか、応援をしていますよ」

「…サンキュ」

九尾に会話の主導権をとられぱなしの竜介だったが、
歩の声にふりかえる。

「竜介さん、逢えました。
それから川に高校生を誘ったのは、彼女ではありませんよ。
たぶん、別の霊です」


歩のとなりには少女霊がいた。

まだごく若い少女だった。
朝顔の浴衣に浅葱色の帯。
銀の鈴の帯飾り。

噂と違わない姿だ。

少女の名は澄といった。
願いがあり、現れたのだという。


<澄>



澄はまず竜介の肩の刀を見つめた。
そっと歩にたずねる。

「あの刀でわたしを斬らないかしら?
斬られたら、魂まで消滅してしまい、転生できなくなるもの」

「大丈夫、竜介さんはそんな恐ろしいことはしないよ。
 僕が約束をする。」

「わかったわ」

歩は半分が鬼であるので、霊達が心安く話せるのだった。
その点でも歩が捜査に同行をすると、役に立つのだ。
澄は自分のことを語り始める。

「私は見て分かるように死んでいます。
 この体になって数ヶ月が過ぎるわ。
 私が死んだのは、去年の隅田川花火大会の日」

去年の7月中旬に行われた花火大会の日。
澄は家族と涼み船で花火を楽しんでいた。
しかし船が事故を起し、転覆。
澄だけが助からずに、命を落としたのだという。

「かわいそうに」

九尾はいうが、澄はさばさばと頭をふる。

「しかたがないわ、それにお父さんとお母さんは助かったのだし。
私も元気を出さなきゃ。
けれど、すぐに転生をしたくはなかったわ。
すこしはこの世を眺めて、気を済ませたかったの。
そうしたら、この華雨があったの」

澄によれば。

この華雨は長寿の霊生物であり、やさしい樹なのだという。
川で死んだ川施餓鬼を樹にすまわせ、気がすむまで身においてやる。
華雨は弱い霊達を、悪い強い霊から護る霊力がある。

そういう理由で、澄も華雨に棲みついているのだという。

「ふーん、この樹は幽霊達の宿屋さんというわけか」

「そういうことよ」

澄によれば、華雨に棲んでいる者は澄の先にもう一人いた。
その者の名は雪。

「雪さんはいい人、お姉さんのよう。
 さんざ、私のためにかわいそうと泣いてくれたわ。
 でも私は雪さんの方がよほどかわいそうと思った」

雪は昭和12年から華雨に棲んでいる霊だ。
半世紀以上、ずっと転生をせずにこの川縁に留まっている。
雪は芸者だった。
隅田川には入水自殺をして縁ができた。

「雪さん、小さい頃から遊郭に住んで、宇都宮で芸者になったって。
浅草でも芸者をして暮らしていたのだそう。
でもとても好きな人ができて、
その人も自分を好きだっていってくれたのだって。
相手の名前は種田順平さん。
よく二人でこの川縁を歩いたそう。」

しかし時代が二人を幸福にはしなかった。

雪は芸者。
種田は学生で、隅田川上流にある修学院に通学をしていた。
父は内務省官吏という役人の家庭だった。
二人の関係はゆるされなかった。

順平は父の怒りを買い、渡米させられ、東京から消える。

「その時、雪さんはもう二度と順平さんに会えないと悟ってしまって、
どうしようもなく悲しくなって、川で死んだのだそうよ」

以来、雪は華雨に棲んでいる。
いつか順平が戻ってきてこの川縁を歩くかもしれない。
その儚い希望をもちながら、川を見守ってきた。
竜介達はじっと澄の悲しい話をきいていた。

しかし話のおしまいに、そっと九尾がたずねる。

「最近、この川で高校生が二人、死んだことは知っている?」

「ええ、そのことでお願いがあるの。」

澄は言った。



<水蛇>



「雪さん、悪い霊にそそのかされてしまったのよ」

「そそのかされた?」

「そう。
隅田川には悪い水蛇も棲んでいるの。
自分ではそれほど力を持たないから、大きなことはできないわ。
せいぜい水に溺れた弱い子供や鳥の魂を盗んで食べているくらい。
でも雪さんは水蛇の誘惑にのせられてしまった」

「どんな誘惑だ?」

竜介がたずねると、澄はうつむく。

「この川縁は修学院の通学路になっているわ。
紺の詰襟の生徒がよく通るもの。
けれど水蛇が言ったの。
順平さんは転生をして、あの生徒達の一人になり、
また修学院に通っているに違いないと」

雪は心のいちばん弱い部分をつかれ、囚われたのだ
水蛇に心をとられ、修学院の生徒を誘惑するようになる。
水に誘われた少年達は、水蛇に魂を喰われ、死ぬ。

「雪さん、水蛇に魂をとられて、道具にされてしまっている・・・。
誰かに助けてほしくて、私、声を聞いてくれる人を探していたの」

ようやく竜介は合点がいく。
その澄の姿を、目撃した者が、澄を水に誘う悪霊と勘違いをしたのだ。

九尾は考えこんでいたが、言った。

「とにかく最も大切なことは。
雪さんの心を収めることのようです。
やさしいつよい女性を斬るなど、無粋な真似はしたくはありませんよ。
なんとか成仏していただく方法を考えましょう」

「あのな、俺だって、そんなかわいそうな女を斬るなんて、しないぜ。」

竜介がぶーたれている。

「それならば、私に協力をしていただけますか?」

「当然、もちろんだ」

いつの間にかに九尾の主導権になっている。
竜介が歩達をむく。

「おい、こちらに来い、作戦会議をするぞ!」

こうして。

一人の洋酒店マスターと、
一人の刀使いと、
一人の半人半鬼と、
一人の少女霊による、
雪を救う作戦が実行をされたのだった。


<墨東綺憚>



隅田川の川縁、万延橋のかたわら。
そこは松尾芭蕉が奥の細道へと旅立った土地として知られていた。

しかし今は白い山茶花の大木があるだけだ。
無人であった。
粉雪が舞う。

やがて人の姿があった。
通行人である。

緋の目と黒髪、飾りのない黒いコートの青年が通る。
山茶花の下を通った時だった。

ふと、艶な声がかかる。

「あんた、どこまでいくの」

青年が見ると、山茶花の下に女の姿。

結ったばかりの潰島田には長めに切った銀糸がかけてある。
鼻筋の通った円顔に白粉、袷は縮緬に帯揚げは綸子。
帯締めは紅珊瑚の白梅だった。

艶な女が、目を細めて笑っている。

「僕はここにくるために歩いて来たのです」

「それって、なぜさ」

「雪さん、あなたに会うためですよ」

雪はじっと青年を見た。
しかしかぶりをふる。

「あんた、初めて見た男だね。
私に会いに来たなんて、どうしてそんな嘘をつくの」

「嘘ではありませんよ。
雪さんの話を聞いてね、かわいそうだと思って」

青年が雪の目の前に立った。

「悪い蛇にそそのかされているのだと聞きました。
 でも雪さんの好きな人は、ここにはいません。」

雪がきっと青年を睨む。

「どうしてそんなことがわかるんだい。
もしかしたら、明日には来るかもしれない」

「そう思って、ずっとあなたはここにいるのですね」

「そうだよ、何が悪い。
あんたは霊を払いに来た者かい、稀にそういう人間がやってくる。
生きている者は、死んだ者を厄介あつかいするけれど、
それは過ぎた心さ。
誰もがいつかは死ぬのに、生きている者は強さばかりをひけらかして」

雪が青年に感情をぶつけた。

そして不思議なことが起きる。

雪の角出しに結んだ八寸帯がするするとほどける。
生きた物のように空をはう。
そして青年の首を巻き込んだ。

しかし青年は動かず、緋の瞳は雪を見つめたままだ。

「どうして恐れないんだ」

「あなたは恐ろしくありません。
きれいでやさしい女だ。
ずっとこの川縁で通る人を見守ってきた人だもの、怖くはありません」

ふいに。
雪の瞳から大粒の涙がこぼれ、ほおの白粉を流していく。

はたり、と青年の首から帯が落ちた。

雪はしゃくりあげている。
その雪を青年が抱きしめた。

「順平さんが、来ないことはわかっていたさ。
あの人は優しいけれど意気地のない男だったもの。
私の前にもどってくるわけがない、わかっていたさ…」

青年が雪の心が収まるまで、そばにいてやっていた。

やがて、どれほど時間が過ぎたのだろう。
雪は落ち着き、青年を見た。

「あんた、たぶん、私を滅ぼしにきた者だろう。
子供を二人も水に誘ったからね、こうなるだろうと思った。
死者がしてはならないことをしたからね…。」

雪は言った。

「でも、あんたならいいよ。
私を好きにしな。
ちょうど水蛇に命令をされるのも飽きていたところさ。
きれいで若い力のある者の魂を食べたいといって、
私に誘わせていたのさ。
でも、もうさっぱりさせてください」

しかし雪は、青年が黙って首を横にふるのを見た。

「私はあなたを消すために来たのではありませんよ。
澄さんに頼まれたのです、
水蛇にかどわかされたあなたを、正気にしてほしいと」

雪がふりかえると、そこには澄がいた。

「雪さん、水蛇のいうことを聞いたら、駄目だよ」

一生懸命、澄がそう言う。
ふふと雪が笑った。

「ああ、澄だったのかい、ありがとう。
私も目が覚めたよ。
そして心も済んだ、たくさん泣いたからね。
消滅をするのも悪くない」

「消滅をしたら駄目、きちんと転生をして、生まれ変わって」

「私はもう駄目だよ。
だって魂を水蛇にとられて、心のままにならないんだ。
転生をしたくでもできない。
だから私は消滅をするしかないだろ」

そうしたら、堤防の影に隠れていたらしい人物が二人、姿を現した。
草薙竜介と歩である。

「消滅をするのは、あんたじゃない。
水蛇だ。
水蛇を消して、あんたの魂を解放をする」

竜介が宣言をした。

「しかし、どうやって。
水蛇は力のないやつさ。
けれど墨田の水では一番、すばしこい。
すぐに逃げられてしまうだろうし…」

「心配は無用。
今度こそ本職のバスターの出番だ。
一番、いい場面は九尾にとられたからな」

竜介が肩の刀包を下ろした。

布をとくと、黒塗りの太刀が表れる。
美しい青い紐が結ばれていた。
青竜という名の名刀である。

歩は竜介に言った。

「竜介さん、僕が囮になります、そして水蛇を引きつけますから」

「駄目、ぜってー、やだ。
 そんな危険なことはさせられない」

「あれ、もしかして僕を守る自信がないのですか?」

歩が言ったら、竜介がのせられた。

「馬鹿野郎、俺は歩を守ると響子先輩に誓っているんだぜ!」

「それならば、信頼していますよ、竜介さん」

歩はさっさと堤防を水際へ歩いていった。
竜介があわてておいかける。

その二人を九尾と雪と澄は見送っている。
雪は九尾にたずねた。

「あの二人、兄弟かい?」

「いいえ、今のところは親子のようなものでしょう。
でももしかしたら、そのうち恋人になるかもしれませんが」

そうするうちに、雪が多くふってきた。
まるで樹の花のようだった。
ただ香りはない。

(雪は不香の花か…)

美しく姿はあるが、香りたつ温度をもたないもの。
それは幽霊の女達のようだった。



<水神>


冬の隅田の冷たい水。
黒い水面を蛇がいく。
ずるりずるり。
水面を蛇行する。
川縁へむかって。
自分が暮らせない陸の暮らしがある場所。

(寒イ)
(腹ガ減ッタ)
(寒イ…)

飢餓ばかりがあり。
その飢えに孤独がとけ。
水を黒くする。

(誰モイナイ)
(誰カ)

そして。
水際の灰色の堤防に、子供の姿を見た。
無垢な様子で水面をのぞいている。
白い毛糸の帽子とケープ。
清らかでやわらかそうな。

ずるりずるり。
水蛇が惹かれていく。
そして子供の正体を知った。
金の瞳。

(鬼子ダ…!)

子供の正体。
鬼と人の子供。
人でも鬼でもない、男でも女でもない。
魂を奪えば何にでも染まる。

(白ク素直ナヒトガタ・・・!)
(染メヨウ)
(ソシテ仲間ニ)

黒い飢えから逃れるために。

ずるりずるり。
水蛇がさらに子供に迫る。
子供の正面の水面で首をもたげた。

“オイデ”

子供が金の瞳をむける。
声がきこえたのだ。
ふと冷たい体に喜びがあふれた。
自分に目をむけてくれたことが、嬉しい。
ただそれだけでも。

“水ニオイデ…”
“モット近クニオイデ”

子供はこちらを見つめている。

水蛇は手を伸ばそうと思った。

ざん…!

川面をゆらして、水蛇が真の姿に変態し、立ち上がる。
手をのばし、言った。

「・・・おいで、怖くないから。
そしていっしょにいこう」

水蛇の本性は人の四肢に蛇の髪。
ざらりとした灰の鱗におおわれている肌。
生きた者からも死んだ者からも忌まれる、醜い姿。
けれど。
もし仲間がいるならば。

(黒い孤独から逃れられる)

水蛇はこわい音をたてないように、そっと子供に近づいた。
ほおにふれようとする。
鱗におおわれた指先がのべられた。

しかし鬼子は、言った。
切ない目で水蛇を見つめながら。

「ごめんなさい。
僕はあなたといくことはできないのです」

刹那。
子供の背後の堤防から、男が駆け出た。
太刀の鞘がぬきはなたれるのをみた。
水蛇は川へ逃げようとした。
しかしすでに遅い。
男は川へ飛び込み、太刀で水蛇の胸を鱗ごとつらぬいていた。
水蛇は蛇へ変態することもできず、そのまま水底へ串ざされる。

「・・・ヒドイ・・・」

竜介は太刀の柄を両手で握り締めたまま、ずっとそうしていた。
竜介の破壊の霊力が刀を通し流れ込んでいく。
霊体の細胞から分解をするのだ。
水蛇が青い炎につつまれていく。
水蛇の恨みの言霊に耐えながら、最期を待った。

「オマエ、名ハ・・・」

「草薙竜介」

「草薙…西ノ刀使イカ…。」

水蛇は水の下から竜介をじつと睨みながら言った。

「オマエモ呪ワレテイルナ、私ト同ジダ。
生マレタ日カラ呪ワレテイル」

「知っている」

「草薙竜介、オマエヲ、殺ス、滅ボス。
私モオマエヲ呪ウ。
オマエダケハ生カサナイ…」

「でも、俺は生きのびる。
運命がおいつけない、どこか遠くへ行くために」

青い火柱がたった。
水面が爆発をする。
竜介が水を全身に浴びた。
水蛇の咆哮がとどろき。
そして消えた。

「終わったか」

しんと寂しい川面がもどる。
剣をさやにもどした。
竜介はひざまで水につかりながら、水の流れる先を見つる。
まわりの水面は黒く染まっていた。
水蛇の血液だ。
竜介の両足を黒く染めながら、流れていく。

「水蛇よ、俺もあんたと同じだ、呪われている。
 けれど死ぬわけにはいかない、人間もいろいろあってな」

竜介はつぶやいた。
そして小さな水音をきいて、ふりかえる。

「歩」

歩が水に降りて、こちらへくる。
体が黒い水に染まっていく。

「止めろ、来るな」

けれど歩は竜介の前までたどりついた。
静かな金の瞳。
そして白いケープをぬぎ、竜介の冷えた肩にかける。

「僕もあなたと同じ痛みを背負いたいのです。
 それがどんな穢れであっても、そうしたい。
 だから僕をそばにいさせてください」

竜介は歩のほおにふれる。
あたたかで、無垢だった。
自分をいつも思ってくれる相手。
水蛇が叶えられなかった渇望が、ここにある。
竜介は歩をそっと抱きしめた。

二人はずっとそのままでいた。
水蛇の黒い血が、あたりの川面から消えるまで。


<花火送>



すでに日が暮れていた。

雪は止んでいる。
華雨の下には面々が集まっている。

竜介、歩、九尾。
そして澄と雪がいる。

今、季節外れの隅田川花火大会をしているのだ。
竜介が近所のコンビニエンスストアの売れ残り花火セットを
見つけてきたのである。

「お、この打ち明け花火、火薬が銀色だってさ。
やろうやろう」

「竜介さん、まったく子供みたいなんだから…」

土に備えた花火台から、銀の火柱がふきあがる。
あたりを明るくした。

その花火を見つめていた雪は、ふと言った。

「いこうか。
今日は日がいい、こんなにたくさんの人がいる。
水蛇から魂をとりもどしても、もらった。
成仏をするにはいい日だ」

九尾が雪をなごりおしそうに見た。

「もういかれるのですか」

「もう、ってことはないよ。
 ずいぶん長くいたからね、ようやくさ」

そして雪が言う。

「あんたには世話になったね。
でも女を泣かせたら駄目だよ、あんたはいい男だから、心配だ」

竜介と歩にも言葉をのこす。

「水蛇が迷惑をかけたね。
でも昔はあいつも悪い奴じゃなかったんだ。
どうしてかなにか最近、少しずつおかしくなってきてしまっていた。
ま、その水蛇の言葉にのせられた私も悪いが」

「この東京は、霊的な混沌都市だからな。
それを利用して悪企をする連中がいる。
虚無の境界・・・という組織なんだが、
連中がなにかをしたのかもしれない」

「あんた達、しっかりとりしまっておいてくれよ。
静かに幽霊も暮らせないなんて、困るからね」

最後に澄を見る。

「澄はもう少し、この華雨にいるつもりだろう」

澄はこく、とうなずいた。

せめて一周忌までは、ここにいる心なのだという。

澄にも魂を成仏させるきっかけが必要なのだろうと思われたが、
竜介も歩も何も言わない。
余計な手伝いは、無用だ。

人の心は、それほど簡単ではない。

「それじゃ、私に代わってこの川を見守っていておくれ。」

「約束をします。
私、この場所が好きだから」

雪は笑った。

澄達に見送られ、上空にのぼる。
そして闇にとけるように消えて、見えなくなる。

「いってしまいましたね」

九尾が手を天へのばした。

そして成仏をした女の最後の礼のように、
黒い夜の底に、白い雪がふりはじめる…。




<エンディング>

IO2 隅田川堤防水死者事件についての報告
報告者 草薙竜介

事件結果は、管理者の尾崎さんに話しておいたから、
くわしくはそちらへ聞いてくれ。
書くことはこれ以上、他にない。
と言いたいところだが、横で見ている歩にもう少し書いた方がいいと
心配をされたので、とりあえず書く。

桜の古樹、華雨には少女霊の澄がすんでいる。
心の優しい霊で、通行者を見守っている。
そういう理由なので、今後、華雨に干渉はしないでほしい。

九尾桐伯という男。
千代田区千鳥が縁でバーを経営しているというが、
どうやらなかなかの霊能力者でもあるらしい。
IO2には好意的であるので、
何かの時には、協力を要請する方法もあるかもしれない。

(しかし別れ際に「歩さんを大切にしてあげてください」と
言っていたが、どういう意味だ?)

そして墨田川の花火大会について。
あの花火大会は、1733年、徳川吉宗が墨田川で死んだ人々の
供養で始めたことが源であるという。
それならば俺達が花火をした事は、
雪の供養になったのかもしれないと思った。
(本当にそうならばいい)

これで書くことは以上。

俺としては川で歩がぬれて、風邪を引くのではないかと心配をしたが、
なんと俺が風邪をひいてしまった。
しばらく毛布と布団にくるまって、幸福な眠りにつくので、
けして邪魔はしないよーに!

え?
なんだって、なにか聞こえるぞ。
鬼の撹乱だって?
まあ、この草薙竜介様だってこんな日もあるさ。
ということで以上。



この報告書が送信をされ、
隅田川の任務は無事に終了をした。

ある雪の日のことである。

END