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<PCシナリオノベル(シングル)>


謎のメモ(必ず戻る)
●待つ少女が1人
 草間が姿を消した。真夜中に、月刊アトラス編集長・碇麗香の電話で呼び出され……それっきり帰ってこない。
 探偵という仕事柄、帰ってこないということが時折あるのは仕方がない。だがその場合でも、連絡の1本はある。ゆえに、今回のように連絡なしで何日も姿を消しているというのは異例であった。何か草間の身に起きたのではないか――考えたくなくとも考えてしまう。
 そんな考えが浮かぶと、草間の帰りを待つ者の様子が気になる者も出てくる。現に主の居ない草間興信所では、草間の帰りを待つ少女が1人居るのだから。

●釈然としない
 夏服のセーラー服に身を包んだ小柄な少女が、静かに階段を上がっていた。階段を上がった先、2階にあるのは草間興信所の玄関だ。知っている者が見たなら、そのセーラー服が某中学の物であることはすぐに分かるだろう。白い袖口からは細い腕が、スカートからは白いソックスに茶色の靴を履いた足が伸びていた。
「零クン居るかしら」
 栗色で短髪の少女、天美芹奈は前髪を掻き揚げつつ、額の汗をハンカチで拭った。暦の上では秋になったとはいえ、実際に秋が訪れるのはまだまだ先のように感じられた。
 『零クン』というのは、草間の妹……ということになっている、草間零のことである。草間が姿を消してから、零は毎日のように草間を探し歩いていたのだ。
 零の正体、それは芹奈も一応知ってはいた。けれどもそれに対し、芹奈は零に深く追求等はしていない。人にはその人なりの事情があり、多かれ少なかれ因果を背負っているのだから。
 2階へ着いた芹奈は玄関の扉のノブに手をかけ、ゆっくりと回してみた。しかし鍵がかかっているのか途中で止まってしまう。どうやら零は留守のようだ。
「帰ってないみたい……」
 1人で留守を守っている零のことが気にかかって来てみたものの、肝心の零が居ないのでは意味がない。仕方ないので出直そうかと芹奈が思ったその時だ。扉の下の方に、何やら紙切れが挟まっていることに気が付いた。
「あれ?」
 身を少し屈め、芹奈はその紙切れを抜き取った。手帳を破ったと思われる紙切れには、ボールペンで短い文章が書かれていた。慌てて書いたのか、文字は全体的にやや乱れていた。
「…………」
 ざっと文章に目を通し、芹奈は戸惑いの表情を浮かべた。いや、正確には最後に記された署名を見て、文章に対して戸惑いを覚えたと言うべきかもしれないが。最後にあった署名は『草間』の2文字、そしてその内容は次の通りだった。
『このメモを最初に読んだ者へ 途中になっている仕事を片付けておいてくれ。心配するな、必ず戻る。 草間』
 紙切れ――メモは草間による物であった。何らかの理由で姿を消しているが、途中になったままの仕事が気にかかった草間からの連絡。普通はそのように見える。
 しかし、だ。何故にメモなのか、その理由が釈然としない。連絡なら電話でも片がつく話だし、もしこのメモを挟んでいったのが草間本人であるならば、どうして鍵を開けて中に入らなかったのかという疑問がある。芹奈が戸惑いを覚えた理由はそれであった。
 ただ、釈然としないことばかりではない。こういったメモを残せてゆけるということは、草間にはそれなりの余裕があるに違いない。少なくとも、今すぐ死に直面する事態はないということで。それに関しては、素直に喜び安堵するべきだろう。
「でも、途中の仕事って……何だろう?」
 首を傾げる芹奈。その辺の詳しい事情は、芹奈にはよく分からなかった。零なら知っているのかもしれないが。
 と、不意に階下で気配がした。
「あ、芹奈さん」
 階段の下から零が笑顔で芹奈を見上げていた。芹奈もにっこりと笑顔を返す。まさしくグッドタイミングだ。

●途中になった人探し
 零が棚に納められたファイルの中から、おもむろに1冊取り出して戻ってきた。事務所の中に入り、芹奈がメモに書かれてあった『途中になっている仕事』について尋ねた直後のことだ。
「これです。草間さんが居なくなる前の日に、受けたお仕事のファイルは」
 そう言ってファイルを差し出す零。
「見てもいい?」
「どうぞ」
 短いやり取りの後、芹奈はファイルを開いて読ませてもらうことにした。ファイルには書類が挟まっている。書類には草間の文字で依頼内容が記され、クリップで写真が1枚留められていた。短髪黒髪で気の強そうな少女の写真だ。年齢を見るとまだ17歳、芹奈より3歳年上だった。
「人探しなんですね」
 依頼内容に目を通しながら、ぽつりつぶやく芹奈。零が小さく頷き、説明を加えた。
「ご両親と進路のことで喧嘩して家を飛び出したそうです」
「両親と……そうなんだ」
 ほんの僅か、コンマ何秒かだけ芹奈の表情が曇った。しかしすぐに明るい表情に戻る。
 両親と喧嘩出来るというのは、芹奈にしてみればある意味羨ましいことだった。喧嘩しようにしても、芹奈にはもう両親は居ないのだから。
 さらに書類を読み進める芹奈。すると書類の下の方、走り書きでやや読みにくいのだが、何やら書かれていた。どうやら渋谷でこの少女を見かけたという情報が得られていたようだ。これは貴重な手がかりである。少なくとも、この少女が渋谷を行動範囲にしている可能性があるのだから。行く価値はあるだろう。
「……明日、零クンも一緒に渋谷へ行きますか?」
 芹奈は書類から少女、高輪泉の写真を外しながら零に尋ねた。当然のことながら、零はその言葉に断わりはしなかった。

●今日は渋谷で
 翌日午後――芹奈と零の姿は渋谷にあった。渋谷駅前は相変わらずの人の多さで、スクランブル交差点では信号が青になると一斉に人々が動き出していた。零はその様子を物珍しそうに眺めていた。
(そういえば、現代に慣れていないんですよね)
 私服に身を包んだ芹奈は、きょろきょろと周囲を見つめる零に温かな眼差しを向けていた。せっかく渋谷へ来たのだから、人探しはもちろんだが、零に現代のことを色々と説明しておくのもいいかもしれないと思って。
「とりあえず、ゲームセンターに行ってみませんか?」
 芹奈が行き先を提案した。すると零はきょとんとした表情を芹奈に向けた。
「ゲームセンター?」
 まあ、零の場合は知らなくて当然か。
「とにかく行きましょう」
 芹奈は零の腕を取り、青になったばかりのスクランブル交差点を渡り出した。あれこれ説明するよりも、実物を一目見せた方が早い。芹奈はそう判断したのだ。
 しかし芹奈が何の根拠もなしにゲームセンター行きを提案したかというと、そうではなかった。そこには思い付きでない、きちんとした理由があったのである。

●そこへ向かった理由
 渋谷のセンター街、そこから少し東にずれた通りにある交番の前のゲームセンター。芹奈はそこに零とともに移動してきていた。1階には中に様々なぬいぐるみの入った機械が何台も並んでいた。アームを移動させて、中のぬいぐるみをつかむあれだ。
「これがゲームセンターなんですか」
 しげしげと機械を見つめる零。隣では高校生くらいと思われる少女たちが、可愛らしいうさぎのぬいぐるみを取ろうとして、何度も挑戦を続けていた。
 芹奈は店内1階を見回した。他の機械の前にも少女たちの姿が見える。その中に探す泉の姿は見られないが、芹奈は満足そうに頷いていた。
(思った通りみたい)
 渋谷には色々とゲームセンターがある。しかし何故最初にここに入ったかといえば、1つには比較的大きな店舗であることだ。次いで目につく所、つまり入ってすぐの所に女の子向けしそうなゲームが多く並んでいたことだ。
 そう、芹奈は女の子が遊び歩いていそうなゲームセンターを中心に探そうとしていたのである。だが、このゲームセンターは交番の前。逆に来ないのではないかと思われるが……意外とそれが盲点だったりする。来ないと思われる場所ならば、後回しにするよりは最初に潰してしまった方がいい。そういう判断も芹奈にはあった。
 芹奈は店員を捕まえ、泉の写真を見せて尋ねてみた。しかし店員は静かに首を横に振るばかり。他の1階の店員も同様であった。
「上の階にも行ってみた方がいいんでしょうか」
 このゲームセンターには2階もある。そこには音楽ものと言われるジャンルのゲーム機械が揃っている。芹奈と零はそちらにも行くことにした。
 2階へ上がり、すぐに店員を探してみる芹奈。ふと見ると、零は興味深気にダンスゲームに見入っていた。そこでは金髪短髪の少女が、音楽のリズムと画面に示されるタイミングに従って巧みに踊っている所であった。
「どうしたんですか、零クン? ダンスゲームに興味あるんですか?」
 芹奈は零のそばへ行って、くすっと微笑んだ。現代に慣れていないとはいえ、少女らしい一面だと思ったから。けれど、それは違っていた。零の視線はゲーム画面ではなく、少女に向いていたのだ。それも顔に。
 芹奈もそれに気付き、小声で零に尋ね直した。
「……どうしたんですか?」
「芹奈さん、あの方、写真の方に似ていませんか?」
 小声で返事を返す零。芹奈は写真を取り出すと、目の前で踊っている少女と見比べた。
「似て……ますよね」
 髪の色こそ違うが、髪の長さはほぼ同じ。何より気の強そうな顔は、写真と全く変わりがない。
 顔を見合わせる芹奈と零。ほぼ泉に間違いない、そう無言で確認し合った。後はどう身柄を確保するかだが、それは芹奈にいい考えがあった。
 やがて踊り終えた少女――泉がゲーム台から降りた。そこにすっと芹奈と零が、泉を挟み込むように現れた。泉は一瞬警戒する素振りを見せた。
「お姉さん、凄いですね。とってもダンス、お上手で」
 芹奈は笑顔で泉に話しかけた。褒められて喜ばない人間はまず少ない。その例に漏れず、泉も顔をほころばせた。
「そ……そうかなあ?」
 照れたような笑顔を浮かべる泉。すかさず芹奈は泉の腕をつかんだ。
「私にも教えてください」
 それに呼応するかのように、零も泉の空いている方の腕をつかんだ。つまり、今の泉は両側から捕まえられている訳だ。
「うん、教えるのはいいけど……」
 そのことにまだ気付いていない泉は、笑顔で答えた。
「わあ……ありがとうございます。でも出来れば他の場所で教えてくださいませんか、高輪泉さん」
 にっこり笑顔で言い放つ芹奈。泉の笑顔が強張った――。

●雑踏に消える姿
 泉はうなだれながらゲームセンターから出てきた。両側を芹奈と零に挟まれたままである。逃げようがないと悟り、2人がかりで説得された泉は素直に2人の言葉に従っていた。
(後はご両親の元まで送り届けるだけですね)
 そんなことを考えながら、芹奈は駅へと向かおうとしていた。が、その途中で零がぴたっと足を止めてしまった。
「零クン?」
 見ると、零は遠くのビルを見つめていた。その唇がゆっくりと動く。
「草間……さん?」
 はっとして芹奈もそちらを向いた。遠くのビルの陰、そこに草間の姿があったのだ。しかし――瞬きをした次の瞬間にはもう草間の姿は消えてしまっていた。
 今見た草間が本人かどうかは芹奈たちには分からない。ただ確実に言えることは、その日も草間は事務所に戻ってこなかったということだ。
 果たして草間はどこへ消えてしまったのだろう……。

【了】