コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<PCシナリオノベル(シングル)>


救出作戦(冗談じゃないわ)
●渋谷にある放送局
 渋谷に放送局があるということは、思った程には知られていないのかもしれない。駅前近辺しか歩いたことのない人間ならなおさらのことだろう。しかし渋谷駅の北北西、直線距離にして約1キロの場所に、確かに放送局は存在しているのである。その放送局の名はNHK、日本放送協会だ。NHKの放送センターは渋谷にあるのだ。
 真夜中、そのNHK放送センター付近をうろついている1人の女性の姿があった。ずっと見ていたなら分かることなのだが、女性は30分近くもこの辺りをうろついていた。放送センターに向かう素振りも見せず、かといって他の建物に入るでもない。いったいここで何をしているのだろうか。
(昨日の今日でまた来ることになるとは思わなんだな)
 女性、松本純覚は心の中でそうつぶやいてから、星1つ見えぬ空を仰いで今度は実際につぶやいた。
「……いや、ちゃうな。来なあかんかったんや。絶対に」
 純覚の言葉には、きちんとした理由があった。理由もなくこんな場所をうろつく程、純覚も暇ではないのだから。理由は昨夜の出来事にあった。
 昨夜、霧が発生した後に純覚が足を踏み入れてしまった異空間――『誰もいない街』。建物の様子こそ何ら違いはなかったが、人の姿は皆無。謎の怪現象と対峙しながら、無人の渋谷の街を彷徨うはめに陥ってしまったのだった。
 何とかそこから脱出することは出来たが、脱出寸前に純覚は驚くべき光景を見ることとなってしまった。
 それは行方不明になっていた草間武彦の姿。草間だけではない。そばには同じく行方不明になっている、月刊アトラス編集長の碇麗香と、編集部員の三下忠雄の姿まであったのだ。これを驚きと言わずして何と言うのか。
 昨夜は残念ながら3人を救出することは出来なかった。ゆえに今夜再びこの地を訪れて、純覚は3人を救出しようとしていたのだ。恐らく今夜もまた、ここに『誰もいない街』との接点が出来ると思われるから。
 そして――その推測は正しく、いつしか周囲に霧が発生し、純覚を包み込む。昨夜と一緒だ。
 少しして霧が晴れた。放送センターを始めとする周囲の建物や街灯には明かりが変わらず点っていた。だが耳に聞こえるのは静寂のみ。それが世界が『誰もいない街』へと一変した証拠である。
 準備はこれで終わった。『誰もいない街』に再び足を踏み入れた今からが本番だった。

●チェイス
 純覚はすぅっと息を吸い込むと、おもむろに大きな声で叫んだ。
「草間ー、碇はんー、三下ー!」
 行方不明の3人の名前を、立て続けに叫ぶ純覚。反応は、ない。
「……って、簡単に出て来る訳ないわな」
 純覚は頭を掻いた。けれどもまあ、今まで散々草間を探してきたのだ。後少し手間が増えた所でどうってことはない。
「さぁて……」
 純覚は上着のポケットに手を入れると、中からすっと黒く重い鉄の塊を取り出した。所持がばれれば1発で逮捕される物、拳銃である。それもオートマチックタイプの。純覚が裏のコネクションを使い、ヤクザから回してもらった物だ。中には特製の銀弾を詰めていた。
(あんまり使いたくはないんやけどな)
 だが純覚はそれに頼るつもりはなかった。あくまでも拳銃は最終手段である。純覚は銀弾が込められているを確かめると、再び拳銃を上着のポケットへと戻した。
 それからゆっくりと周囲を見回す純覚。ただ見回しているのではない。自身の持つ最大の力、『千里眼』を用いて周囲の様子をチェックしていたのだ。
 約150メートル四方、道路上にも建物の中にも、誰の姿も、生物の物と思しき熱源も見当たらなかった。
「他の場所やろな」
 純覚はぼそっとつぶやいた。そう簡単には草間たちに合わせてくれないようだ。
 と、その時だ。静寂しか聞こえなかったはずの純覚の耳に、唸り声のような物が聞こえてきたのは。
「……オオォォォ……」
 近くに居る誰かの唸り声なのか。いいや、そのはずはない。誰も居ないことは先程確認済みだ。
 純覚は軽く足を開いた。何が起きても即座に動くことが出来るようにだ。唸り声はさらに強くなっていた。
「ウオォォォ……オォォン……」
 純覚の目の前に、白い靄のような物が集まってくる。純覚はその靄から霊気を感じていた。よい霊気ではない、悪い霊気だ。
 突然純覚が駆け出した。靄から遠ざかるように。それとほぼ時を同じくして、靄は形取り純覚の方へと襲いかかってきた。こうなると靄ではなく幽霊、もしくは悪霊と言った方が正確だろう。
 しかし純覚の方が僅かに早く動いていたために、悪霊の最初の一撃をかわすことが出来た。悪霊は純覚を追いかけてくるが、そこはそれ、修羅場と冒険を潜り抜けてきた純覚だ。徐々に悪霊を引き離すことに成功していた。下手に相手せず、逃げの一手に回ったことがよかったのかもしれない。
「……あたしはアンタらみたいな戦闘馬鹿ちゃうねん!」
 悪霊から逃げながら、純覚はそう言い放った。襲いかかることしか出来ない悪霊に対する皮肉も含まれていた。
 やがて純覚は完全に悪霊を振り切った。悪霊の姿が見えなくなったことを確認すると、純覚は向かう方向を渋谷駅前に変えた。
(興信所へ行こ。草間もそっちへ向かったのかもしれんし)
 『誰もいない街』は人の姿がない他は、元の世界と変わりがなかった。あるべき所に、あるべき建物はきちんと存在しているのだ。だからこの『誰もいない街』にも草間興信所は存在しているはずなのである。純覚は駅前を経由して、事務所へと向かうつもりのようだった。

●メビウスの輪
 誰とも出会わぬまま、渋谷センター街を駆け抜けてゆく純覚。駅前が視界に入ってくるが、人の姿のないスクランブル交差点は珍しくもあり、また無気味でもあった。
(電車は……時間を無視しても動いとるはずはないな。走り続けんと……)
 純覚はそんなことを考えながら、センター街を抜け駅前に出てきた。すると、だ。純覚の視界が激変した。駅前であったはずの光景はがらりと変わり、見覚えのある建物が純覚の視界左手に飛び込んできたのだ。
「あ?」
 思わず間の抜けた声を上げる純覚。足を止めて後ろを振り返ってみたが、そこにセンター街はなかった。普通に道路があるだけだ。
(まさか……)
 純覚は再び駆け出し、先にある角を左へと曲がった。純覚の思っている通りならば、左手に見えた建物は『あれ』に違いない。
「……やっぱりや」
 道路を左に曲がってすぐ、純覚は頭を振った。左手に見えた建物に見覚えのあるのは当然のことで、それはNHK放送センターだったのだ。
「ループしとるっちゅう訳か……やってくれるやないか」
 純覚は薄く笑みを浮かべた。よくもやってくれたなという気持ちもあったが、それとは別にある確信を抱いたのだ。
 空間がループしている以上、動ける範囲というのは自ずと狭まってゆくことになる。純覚がそうなのだから、同じく『誰もいない街』に居る草間たちもそうなるはずだ。つまり、『千里眼』を用いながら動ける範囲を虱潰しに探してゆけば、確実に草間たちに出会えるはずなのである。
「……そうなると、さっきとは違う方向へ行かんと」
 原宿方面へ向かうべきか、それとも道玄坂方面へ向かうべきか純覚が思案した瞬間だ――情けない悲鳴が聞こえてきたのは。
「ひえぇぇぇぇぇっ!! うわぁぁぁっ、助けてくださぁぁぁぁぁいぃぃぃっ!!」
 聞き覚えのあるその悲鳴は原宿方面、代々木競技場のある方角から聞こえてきていた。どこへ向かうべきか、これで決まったようなものだ。
 純覚はそちらへ向かって駆け出した。悲鳴は段々と大きくなってきていた。近付くにつれ、女性の声も聞こえてきたような気がした。やはりそれも聞き覚えのある声だ。
 そして純覚が代々木競技場前へとやってきた時、視界に探し求めていた人間の姿が飛び込んできた。そう、草間だ。隣には麗香、それと悲鳴の主である三下の姿もあった。
 だが再会を喜べるような場面ではなかった。3人を探し出すことは出来たが、それには余計なおまけもついていたのだ。
 草間たち3人を、鎧武者たちが取り囲んでいたのである。

●再会
「うわぁぁぁっ! 編集長ぉぉっ、どうするんですかぁぁぁっ!!」
「お馬鹿! こうなると、どうしようもないでしょうっ!!」
 泣き叫ぶ三下を叱責する麗香。どうしてこうなったのか、何となく垣間見える会話だった。
 そんな2人とは対照的に、草間は無言で鎧武者たちを睨み付けていた。その表情には諦めの気持ちがややにじみ出ていた。
 そのうちに、鎧武者の1人が刀を抜いた。鈍く光るその刀からは、禍々しい霊気が放たれている。鎧武者はそのまま草間の方を向き、刀を振り上げた。
(あかん!)
 純覚は上着のポケットに手を突っ込み、素早く拳銃を抜いた。そしてまさに草間に対して刀が振り降ろされようとした瞬間――銃声が響き渡った。純覚の放った銀弾は、寸分違うことなく鎧武者の胸元に撃ち込まれていた。
 刀を落とし、その場に膝を突く鎧武者。数秒後、その鎧武者はかき消すように姿を消した。他の鎧武者たちが、一斉に純覚の方を向いた。
「3人を返してもらう。……いや、返せ」
 純覚は静かに言い放った。
「……命令や」
 鎧武者に銃口を向ける純覚。拳銃を使う気はない。けれどもこの場合は状況が状況だ。先程同様に、草間へと襲いかかる者が居たならば、純覚はためらわずに撃つつもりだった。
(目の前から消えられるのは……もう嫌や)
 純覚と鎧武者たちの無言の睨み合いが続く。だが終わりのない物事などない。やがて鎧武者たちは、わらわらと逃げ出した。純覚の気迫勝ちだった。
「草間!」
 鎧武者たちの姿がなくなると、純覚はすぐに草間たちの方へと駆け出した。そしてそのまま、草間へと抱きついた。人目も気にせずに。唐突なことに、草間が目を丸くした。
「お、おい……」
「アホ……みんな待ってたんやで、あんたのこと」
 小声でつぶやく純覚。それを聞くと、草間は純覚の背中をそっと叩いた。
「……そうか。心配かけてすまなかった」
「私のことは誰も待ってないのかしら?」
 麗香がくすっと笑みを浮かべて言った。その声にはっとして、純覚は草間から離れた。
「いいや……麗香はんのことも、待っとる人も多いで」
「あの〜……僕は……?」
 三下がおずおずと純覚に尋ねた。
「あんたは知らん」
 きっぱりと言い放つ純覚。三下が悲痛な叫びを上げた。
「そんなぁぁぁぁぁっ!!」
 ちなみに純覚の言葉に嘘偽りはなかった。知らない物は答えようがないのだから。
「しかし、探しに来てくれたのは嬉しいが……ここからどうやって脱出するつもりなんだ?」
 草間が純覚に尋ねた。麗香と三下が純覚を見つめ、その答えを待った。
「大丈夫や。方法はある」
 純覚はそう答えると、昨夜『誰もいない街』から脱出した時のことを思い返していた。
(あん時は『千里眼』を散々利用した後やったな……)
 純覚は昨夜と同じ状況を作り出すことを決めた。だが、そうすると恐らくは『あっち』の方も同じ状況になるはずで……。
「みんな、しばらく耐えてや。足に自信があった方が嬉しいんやけど」
 その純覚の言葉の意味がよく飲み込めず、3人が揃って怪訝な表情を浮かべた。けれども、3人はすぐにその意味を知らされることになった。
 純覚が『千里眼』の能力を発揮した直後、4人の前に靄のような物が現れた。悪霊である。悪霊は純覚が『千里眼』の能力を発揮する度に増えていった。――昨夜と同じ状況である。
 悪霊から逃げることとなった4人。草間たち3人は、ようやく先程の言葉の意味を理解したのだった……。

●脱出
 『千里眼』の能力を使いながら逃げ続ける純覚。草間たち3人も、何とか悪霊に捕まらずにいた。
 やがて逃げる4人の周囲に霧が出てきた。それは昨夜の脱出時と同様の状況だった。
「元の世界へ帰れるで、みんな……」
 笑みを浮かべ、3人の顔を見回す純覚。しかし純覚の笑みはすぐに強張った。霧の向こう、遠くで薄く微笑む髪の長い少女の姿があったのだ。着ているのは白いパジャマか何かだろうか、病院着と思しき物だった。
「!」
 純覚は拳銃を取り出すと、銃口をその少女へと向けていた。本能がそうさせたと言うべきだろうか、何かよからぬ感じがしたのである。
「おい、何やってる!」
 草間が純覚の腕をつかんだ。我へと返る純覚。その耳に、ノイズに似たような街の音が流れ込んでくる。
「……帰ってきたんか?」
 純覚はゆっくりと周囲を見回した。霧はすっかり晴れていて、4人はオルガン坂の中程に立っていた。
「帰ってこれてよかったですぅぅぅっ!」
 喜びにむせび泣く三下。隣では麗香が難し気な表情を浮かべていた。
「たく……冗談じゃないわ。毒を喰らわば皿までもよ。こうなったら、最後まで今回の事件に関わってやる……」
 麗香のつぶやきを聞く限り、大層御立腹のようであった。今は迂闊に話しかけない方がいいだろう。
「戻ってはこれたが、当面は身辺に気を付けた方がいいだろうな……純覚、お前もだ」
 草間は溜息を吐いた。きっと他の者まで巻き込んでしまったことが、気にかかるのだろう。
「あたしは何とでもなるわ。それよりも、帰ったら何があったんか、しっかり聞かせてもらうで」
 拳銃をポケットへ仕舞いながら純覚がそう答えると、草間は無言で頷いた。
(けど……さっきの少女は何やったんや?)
 草間たちを無事に救出出来て、純覚の目的は達成された。しかし、心に小さな刺が刺さったような、そんな違和感を覚えていた――。

【了】