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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


想いの欠片


・オープニング

 田原恵美は、都内の会社に通う、いたって普通の会社員である。
 ある晩の事であった。
 いつもなら寝つきの良い恵美であるが、その夜、ふと目を覚ました。
 外はまだ暗い。
 なぜこんな時間に目を覚ましたのだろうと思う前に、目覚めの悪い夢にため息をつく。
 この夢のせいだろうか?
 こんな時間に目を覚ましたのは。
 悲しい思い出など繰り返したくはないのに。
 あの人が、もう私の目の前に現われる事など有り得ない。
 後に残ったのは、壊れたオルゴールだけ。
 かすれた音を立てながら、小さな恋人たちが回る。
 欠けたこの陶器を直す気力もなく・・・ただ。
 と、思わず物思いにふけりそうになって、はっと我に返った。
 だめだ!さっさと寝てしまおう。明日もあるし。
 そう思って、布団をかぶって目をつぶった時だった。
「あれ?」
 恵美は、かすかな音に布団から顔を上げた。
 外から声がする。
 いや、それ自体は変な事じゃない。
 だが、こんな時間になぜ小さな女の子の泣き声がするのだろう?
 すでに三時は回ろうかという時間だ。
 かなり近い?
 近いどころか、まるで部屋の中から聞こえて来るような・・・?
 そう自覚した瞬間、泣き声がいきなり耳元で響いた。
「!!」
 あまりの事に、恵美は布団をかぶって奥へ潜り込んだのだった。


「という事があったのです」
「はぁ」
 草間興信所所長、草間武彦は、ため息を付きながら語る女性に、生返事を返した。
 この内容って・・・探偵がやるような仕事じゃないよな?
 そうだよな??
 俺は間違ってないよな?
 思ったが、口に出さすに女性の次の言葉を待つ。
 田原恵美と名乗るその女性は、思いつめた表情で草間を見た。
「ぜひ・・・!お願いですから・・・。この泣き声の原因を突き止めて頂きたいのです!」
 恵美は机を乗り出してなお言い募る。
「お願いします!もう、頼れる所は、ココしかないんです!じゃないと私、怖くて家にも帰れません!!!」
 そのまま泣き伏してしまった。
「はぁ・・・」
 何か違うと思いつつも、草間は恵美の勢いに、はいと答えるしかなかった。
 もはや、怪奇探偵の名は動かぬものらしい。
「誰か行ってくれる奴はいるか?」
 草間は諦めたようにため息を付くと、後ろを振り返った。


・夢の欠片

 そろそろ日が暮れようかという時間であった。
 窓から覗く空は、夕暮れ色に染まりつつある。
 依頼者の話が一息ついたところで、最近はほとんどのバイトというよりは家事手伝と化しつつあるシュライン・エマ(しゅらいん・えま)は、お茶を入れると一人一人に丁寧にお茶を添えた。
「武彦さん・・・」
 苦笑交じりのシュラインの言葉。
 切れ長の目が、めっ、と軽く草間を睨んだ。
 その目が、「これでご飯が食べられるんだから文句はいわないの」、と言っている。
 例え依頼内容が草間にとっては不本意であろうと、客には違いない。
 最もな言葉に、草間は苦笑いして首をすくめた。
「泣き声・・・・ですか」
 お茶の湯気を頬に当てながら呟いたのは、現役高校生の志神・みかね(しがみ・みかね)であった。
 下を向いたせいでお茶の湯飲みに掛かる長い髪の毛を払い、みかねは思った。
 真夜中にいきなり女の子の泣き声。
 なんとなく、自分と置き換えて想像して、あまりの怖さにブルッと震えが来た。
 もし自分の部屋で、真夜中に女の子の泣き声なんか聞こえたら・・・。
 それって、かなり怖いんじゃないのだろうか。
 一人青くなるみかねであった。
「もうすこし、詳しい話をお聞きしたい」
 考え深げに言ったのは、ソファーに腰かけた青年、遼・アルガード・此乃花(りょう・あるがーど・このはな)である。
 美少女かと見まごう顔立ちに、日本人には珍しい澄んだ碧の瞳が、すべを魅了するようで、面と向かって言われた恵美は微かに頬を染めた。
「そうね、私も同感だわ」
 お茶を配りおえて、パイプ椅子に座ったシュラインが言う。
「ちょっと、気になることがあるの」
 シュラインは、顎に手を当てると微かに首を傾げた。
 何気ない恵美の言葉ではあったが、その中にすべての謎が隠れてる。
 シュラインはそんな気がしてならない。
「気になること、ですか?」
 シュラインの言葉に、恵美はパチリと目を瞬かせた。
 すでに一通りに説明は済んでいる。
 他に、何かあっただろうか?
「恵美さんが目覚める寸前まで見ていたという夢の事なのだけど・・・その壊れたオルゴールとの関連も含め、夢の内容を教えて頂けないかしら?オルゴールが壊れる前、どんな形だったかも知りたいの」
 今の段階では断言する出来ないが、もしかしたらその声の主は・・・。
「夢と、オルゴール・・・ですか?」
「えぇ。オルゴールのどの部分が壊れているのかしら?陶器の部分?それとも音の部分?あ、もしかして、陶器の飾りって、小さな男の子と女の子だったりするのかしら?・・・恵美さん?」
 いつのまにか、恵美はうつむいていた。
「どうしても、お話ししなければならないでしょうか・・・」
 ぽつりと言う。
 その声は、小さくか細かった。
 夢とオルゴールのことは、恵美にとっては良い思い出ではないらしい。
 シュラインは草間と顔を見合わせた。
「いえ、参考ですので。何か不都合があるのであれば、構いません。でも絶対に口外しないと誓いますよ」
 事の成り行きを見守っていた遼が口を開く。
 その言動は、十六歳という年齢からは考えられないほど落ち着いていて、どこか説得力があった。
 この歳で教師をしているというのだから驚きである。
 だが、これなら、と納得するのに充分なものがあった。
「あの・・・私も思うんですけど・・・」
 今まで考え事をするようにお茶を覗き込んでいたみかねが、小さく呟く。
「もしかして、そのオルゴールの女の子が泣いてるんじゃないでしょうか・・・?」
「え・・・?」
「いえ!なんとなくなんですけど・・・そんな気がするんです」
「オルゴールの女の子が・・・」
 そう言うと、恵美は黙り込んでしまった。
 一同が見守る中、重い沈黙が流れた。
 やがて。
 恵美は覚悟したように頷くと、顔を上げた。
「いえ、確かにそうかもしれません。そういう事があってもおかくないかもしれない。だって、タイミングが良すぎたもの」
 微かに苦笑いをして恵美は言った。
「実は、そのオルゴールというのは、別れた彼から貰ったもので・・・目覚める寸前まで、その彼の夢を見ていたんです」
 そう言うと少し悲しげに笑う。
「オルゴールは彼から誕生日のお祝いに貰ったもので、シュラインさんのご想像どうり、陶器の男の子と女の子の飾りのオルゴールなんです」
 こう、男の子が女の子にバイオリンを聞かせている格好の陶器の人形で、オルゴールが鳴ると、二人がくるくる楽しそうに回るんです。
 恵美は、まるでそれを思い出したかのように楽しそうに微笑み、そう続けた。
「で、壊れていると言うのは・・・?」
「はい、彼と別れた後だったんですけど・・・一度落としてしまって。ちょうど男の子の持つバイオリンの部分が欠けてしまったんです。落とした衝動か、オルゴールも鳴らなくなってしまって」
「あ、じゃ!それを直したら、泣き声もやむかも・・・・?」
 みかねが思いついたように呟いた。
 きっと女の子は、もう一度バイオリンの音色が聞きたいのだ。
 でもオルゴールは壊れて鳴らない。
 だから、悲しくて泣いているのではないか。
 そんな気がするのである。
「そうね。その可能性はあるわ。でも、念のため、これから実際に恵美さんの部屋に行ってみないかしら?私達にも聞こえるといいのだけど。その泣き声。どう?恵美さん」
「あ、はい。ぜひ、お願いします」
 このままじゃ、家に帰れないですし。
 苦笑いして恵美も頷いた。
「よし。じゃ、決まりですね!」
 元気なみかねの声を合図に、遼が手元のノートを閉じて立ち上がった。
「じゃ、行きましょうか」
 そろそろ日が暮れようかと言う時間。
「危険はないと思うが、くれぐれを気を付けてな」
 草間が見守る中、一同はそろって恵美の家へ向かう事になった。
「あ、そうそう。ちなみに恵美さん。オルゴールの曲は?」
 先に立って歩き出していた恵美は、シュラインの問いに慌てて振り返った。
「えっと、エルガーの『愛の挨拶』です」
 私の大好きな曲だったです。
 少し悲しげに、恵美は言った。


・断ち切れぬ想いを断ち切る

 恵美の部屋は、都内のマンションの三階にあった。
 都会の喧騒の中に立つマンションは、ごく一般的なもので、どこにでもある立地条件と言えるだろう。
 遼は、マンションの一角にある駐車場に来ていた。
 シュラインとみかねは、すでに依頼人の恵美と共に上階へと向かっている。
 本来なら、共に上階へ向かうはずであったが、感じた気配に遼は思わず立ち止まった。
 何かを感じる。
 微かな、その気配。
 思わず見過ごしてしまいそうなほど微かな気配であったが、それは確かに存在していた。
 駐車場の一角にあるそれは、一見何もないただの空間だった。
 その一角がなんだか暗いな、と思うだけで、誰もが気にとめもしない。
 誰も気付かない。
 だが、遼の目には映っていた。
 そこにうずくまる一人の女性が。
「あなたは・・・いつからそこに?」
 遼の声に女性は顔をあげたが、その視線は空を見ている。
 女性の顔は半分潰れ、なにやら胸の辺りが血だらけのようだ。
 何か事故にあったのだろうか?
 それとも、自殺?
 恐らく後者だろう。
 ただ、自殺者の霊にしては不思議と禍禍しい気配を感じない。
 強い妄執や執念もなく、ただここにいるだけ。
 そんな霊だった。
 恐らく浄化しかかっているのだろう。
 このままなら放っておいても数年後には自ら上がっていくに違いない。
 一見たいした問題はないと思われた。
 だが。
 遼はその霊をじっと見詰めた。
 感じる悲しい想い、その心。
 あのオルゴールに、そして恵美に影響を与えたのは、間違いなくこの霊であろう。
「わたしは・・・ただ一緒にいたかっただけなの。ただ、それだけなの」
 うわ言のように女性は言った。
 貴方と一緒にいたかったのよ。
 悲しそうに言う霊。
 その思いこそが、恵美に忘れた過去の夢を見させ、オルゴールに楽しい思い出を思い出させた。
 すべての原因とは言わずとも、確かなきっかけを作ったのはこの霊であった。
 その時である。
 オルゴールの音が耳に届いた。
 それは失われたはずの音色。
 楽しい思い出そのもの。
 それは、優しい思いを乗せ、響きわたる。
「いつまでも、一緒だよ」
 遼は優しく微笑むと、オルゴールの音色に乗せ、歌うように言葉を紡いだ。
「世界はいくえもの次元でなりたっている。そしてそれらは宇宙に繋がっているから。だから・・・」
 みんな、一緒なんだよ。
 すべては宇宙に繋がっている。
 だから、一人じゃない。
「貴方と、常に共にある・・・」
 一歩踏み出すと、遼はその手に香炉を取り出し、ゆっくりと香を燻らせた。
 香魂花という独自の方法で調合されたこのお香には、霊を浄化させる作用がある。
 お香の薫りは、緩やかな風に乗って辺りへ散り、悲しい霊を包んだ。
 遼が紡ぐ言葉は歌となり、霊を導く。
 「歌唱」と呼ばれる、遼の持つ力の一つである。
 歌はオルゴールの音と交じり合いまた一つの旋律を作り出した。
 不思議な旋律は夜空へと流れて行った。
「いつも、一緒だよ・・・」
 霊がそれを理解したかは判らない。
 だが、優しい風が吹き・・・。
 遼が呟いた時、そこは清浄な気で溢れていた。
 ここにはもう誰もいない。
「これで大丈夫だろう・・・」
 きっかけを作った存在は消えた。
 もはや、影響を与えるものはない。
 そう思った時、目の前に女の子が居た。
 赤い帽子に赤いワンピースを来た可愛らしい女の子であった。
 手には割れた陶器の破片を持っている。
 それを遼へ差し出すと、にっこりと笑った。
 促されるまま遼がそれを受け取ると、次の瞬間、女の子は消えた。
 後に残っていたのは、陶器の欠片。
 それが壊れたオルゴールの欠片である事は明らかであった。
「あれ?遼さん」
 遼は何時の間にか恵美の部屋に来ていた。


・想いの欠片

「よし、これで大丈夫」
 そう言って遼は、オルゴールを前に押し出した。
 慎重に螺子を回すと、手を離す。
 一同が見守る中、それは・・・・鳴った!
 遼の手から離れたオルゴールは、くるくる回りながら澄んだ音を響かせた。
 陶器の欠片はシュラインが器用にぴったりと接着し、オルゴール本体は修理に出すようかと悩んだが、あっさりと遼が直した。
 今、直ったオルゴールを、みかねが嬉しそうに見詰めている。
「私・・・ほんとうは忘れてしまいたかったのかもしれない」
 恵美はオルゴールを見ながら言った。
 くるくると回る恋人達は楽しげで、見ていて微笑ましい。
「彼と別れたのが辛くて、彼自身の事を忘れたかったのかもしれない・・・」
 忘れてしまったから、この女の子は寂しかったのかもしれない。
 男の子が見付からなくて。
 泣いていたのかもしれない。
 でも、っと恵美は顔をあげた。
「確かに辛い出来事ではあったけど、彼と共に過ごした時間は無駄じゃなかったから・・・確かに、幸せだったから」
 だから、胸の奥に仕舞ってずっと忘れずにいようと思うんです。
 そう言って、恵美は微笑んだ。


「結局、恵美さんの悲しい思い出に、オルゴールが同調したって事でしょうか?」
「そうね。オルゴールの思いと恵美さんの想いが重なったのね」
「もう、二度と、泣き声がする事もないんじゃないかな」
 そう言った遼の言葉に、みかねはうれいそうに頷いた。
「よかったですね!きっと、もう寂しくないです」
 その胸に、いつまでもあるから。
 きっともう、寂しくない。
「そうね。きっと、もう寂しくないわ」


 そして三人の予想どおり、二度と泣き声が聞こえる事はなかった。
 聞こえて来るのは、優しい澄んだ音だけである。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

0086/シュライン・エマ/女/26/翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト
0249/志神・みかね/女/15/学生
1006/遼・アルガード・此乃花/男/高校生教師
(整理番号順)

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■         ライター通信          ■
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ども、こんにちは。ライターのしょうと申します。
シュラインさん、遼さん、はじめまして。そして、みかねさん、二度目のご参加ありがとうございました。
未熟者ながらも精一杯書かせて頂きましたので、少しでも楽しんでいただければと思います。
遼さん、いちを遼さんがお持ちの能力を、自分なりに解釈して書いて見ました。いかがでしょうか?
ご感想等、頂ければ幸いです。
では、またお逢いできることを祈って。お疲れ様でした。