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<PCシナリオノベル(シングル)>


求めよ、然からば与えられん
 たまの休日に外出しても、店から思考が離れないのはある意味職業病かも知れない。
 そんな事を考えながら、神無月征司郎は紙袋を持ちにくそうによいせと抱え直した。
 一杯に詰められた新鮮な果物は、征司郎の経営する喫茶店「Moon−Garden」のケーキケースで、秋の彩りと旬の訪れを告げる予定である。
 征司郎自身が甘党である為、「Moon−Garden」の自家製ケーキは特に女性に好評だ。
「でも、ちょっと買い過ぎたかな…」
胸に抱えた紙袋は征司郎の手にもかなり重い…今時、ビニールの手提げ袋に入れそうなものだが、ピカピカの丹波栗に惹かれて足を止めた青果店はそれだと果物が傷むから、と油紙で作られた紙袋を頑固に使っているのだという。
 品揃えの新鮮さと安さ、商品に対する拘りとがすっかり気に入り、また行こうと征司郎は常に微笑んだ印象を与える表情に、更に満足感を加えてほのぼのとした空気を道行く人に撒いていた。
 そんな征司郎とは裏腹、紙袋は限界を迎えていた…傍目に分からないが、洋梨や巨峰、マスカットの底にみっしりと詰まった立派に尖った栗の群れが、その重量に底を破って路上に転がり出る。
「わわッ?」
バラバラと重い音に事態に気付いた征司郎だが、紙袋を支えながら空いた穴を押さえるのとで、落ちた栗にまで手が回らない。
「何してんだ、アンタ」
身動きが取れず困惑する征司郎に、通りすがりの青年が苦笑混じりにしゃがみ込んで、ひょひょいと転がる栗を手際よく拾い上げた。
「あ、ありがとうございます」
見知らぬ人の親切に礼を述べる征司郎…だが、その風体に些かどもってしまった。
 ヤンキー座りに片掌に拾った栗を持つその青年…裾で地面を擦るのは気の早すぎるレザーコート、その下のシャツもズボンまで見事な黒尽くめの上、円いサングラスに表情を隠す…不審な事、この上ない。
 けれども、底の破れた紙袋を抱えて尚かつわざわざ足を止めて栗を拾ってくれた相手に礼を欠くなど考えられず、征司郎は僅かな逡巡は表情には全く出さずに改めて礼を述べた。
「助かりました」
立ち上がれば征司郎より僅かに目線が下である…サングラスに遮られて視線の行き先が掴めないまま、青年は拾った栗を紙袋の上から落とし込んで、言う。
「な、あんた今幸せ?」
予測不能な応対を返され、征司郎は穏やかな笑みのままで首を傾げる…荷物を捨てて逃げるべきか本気で悩んでいても、柔和さが崩れないのはいっそ達人の域だ。
「あ、悪ィ悪ィ」
それでも微妙な変化を感じ取ってか…もしくは己の突拍子の無さに自覚があるのか、青年は目元を覆うサングラスを指で引き抜いた。
 現れる、不吉に赤い月を思わせる色…僅かに眇めた目に一瞬鋭さを感じたものの、ニッと笑う悪戯っ子の表情に紛れて消える。
「あんたがあんまり目ェ引くもんだからつい声かけちまって」
征司郎の手が紙袋の穴を押さえたままなのに気付くと、彼は横に流した視線の先をちょいと指差した。
「奢るからさ、時間あんならちょっと茶でもしばかねぇ?俺、今暇なんだよ」
 つられて視線を移した先…『OPEN』の文字を掲げた小さな喫茶店に、
「いいですね」
と答えてしまったのは、最早職業病以外の何物でもない。


 案内された窓際の席に陣取り、征司郎はメニューを受け取りながら店の内装を見回した。
 ピンクを基調にした店内には所々に星のオブジェが並び、どこか夜店のとりとめない賑やかさを感じさせ、かつ乙女チックだ゛。
「男同士で入る店じゃなかったですね」
苦笑を混じらせた征司郎の言に、正面の青年…ピュン・フーと名乗った彼は、難しい顔でメニューを睨みつけていた。
「んなぁ、コレどれがどれだが分かるか?」
テーブルの上に広げられたメニュー…並ぶ表記は「流☆の宴」やら「ダイヤモンド・スター☆」やら…その名のみでは如何なる料理が出てくるのか全く予測がつかない。
「そうですね…」
征司郎はしばし悩むと、一応は分類表記されている品々の枠を順に示していく。
「こちらがサンドイッチなどの軽い食事で、飲み物はこちら、その右がセットになってるケーキの種類で冷菓は一番端の…」
 その指摘をふんふんと聞いていたピュン・フーは、メニューを取り上げると多分パフェと推測される列の幾つかを示し、続いて征司郎のブレンド…と思われる「彗☆の尾」をオーダーする。
「すっげーな、征司郎。俺、こんなの見ても全っ然!わっかんねー」
「職業柄、というヤツです」
朗らかな営業用スマイルでウェイトレスがメニューを下げた後、ピュン・フーは心底、感心した風で人懐っこい笑みを征司郎に向けた。
 ほとんど初対面の相手も名で呼ぶのが癖なのか…それを不快に感じさせないのは笑顔に惜しみがない為か。
「職業柄ってーと?」
「喫茶店を経営しているもので…おおよその見当はつきます」
それにしても不親切な店ではある。
 分かり易いメニューの表記は鉄則とでも言うべき…と思った征司郎だが、ふと思い直して首を横に振った。
 内装から見て、どうやら客層を女子高生や女子大生にターゲットを絞って意図的に分かり辛くしてあるのかも知れない…敢えて品名を明確にしない事で興味を覚えさせ、次の来店を促す効果を狙う、という事も考えられる。
「へぇ、その若さでオーナー?やるじゃん」
「親から引き継いだだけですよ…ピュン・フーさんはお仕事は?」
お冷やで唇を湿すピュン・フーは、征司郎の問いに眉を寄せた。
「『さん』付けはやめてくんねー?納まり悪ぃ上くすぐってぇ」
言いつつぞぞぞと身を震わせたピュン・フーの要求に、征司郎は微笑で応意を示す。
「まぁお仕事っつっても、最近転職したばっかで仕事覚えるまでは使いっぱしりやらフォローやら…ま、雑用かな。今も実は連絡待ちしてんだけどよ」
自分で言って気になったのか、胸元から携帯を取り出し、着信がないのを確かめるとテーブルに置く。
「…そのコートは制服で?」
「これは前の職場の服務規定が黒だったもんで…身に染みついちまってんだな。ついつい似たようなのばっか買っちまうし」
あまりの季節感のなさにどんな職場だったやら、と征司郎は改めてピュン・フーを眺めた。
 無彩色の服に短く黒い髪、あまり陽にさらされていなさそうな肌の為か、色と呼べる彩はその瞳のみ…何気なく人波を眺めるその横顔、何よりも目を惹き付ける紅。
「お待たせしましたぁ」
先のウェイトレスがトレイを片手に戻ってきた。
 征司郎の前にブレンド、ピュン・フーの前にチョコパフェとオレンジシャーベットを置く。
「征司郎、そんだけでいいのか?」
「たまには自分で淹れたものとは違う珈琲を楽しもうかと…冷たいものがお好きなんですね」
ピュン・フーは柄の長いスプーンでソースで星の描かれたバニラアイスを掬い取る。
「好きっつーか、身体ん中から冷やしてねーと中身が痛みそーな気がしてさー」
ならばコートを脱げばよいのでは?と、万民に聞けば万民がそう答えそうだが、敢えて個人の嗜好には口を出さず、征司郎は濃色の珈琲をそのまま口に含んだ。
 舌に熱い感触を残して、香ばしさと苦みが喉の奥に滑り込む。
(………58点。薄い)
心内評価は、結構渋かった。
 及第点ではあるものの、メニューに甘味が多いのならば市販のブレンドに頼るべきではないだろう…特に甘みに舌が慣らされる事が考えられるのならば、尚のことコクと香りは大事にして貰いたい。
 同業者だけにかなり辛い採点を加え、征司郎は星型の砂糖をみっつを放り込み、スプーンで渦を描く中にミルクを垂らす…それは既に珈琲というよりもカフェ・オレだ。
 珈琲本来の味を見るためだからこそ、最初の一口はストレートで飲んだが、元々甘党の征司郎、90点以上の代物でないとそのまま飲む事は出来ない…ヤな舌の肥え方である。
「………食うか?」
溢れないよう、一口飲んではカップにミルクを足す征司郎にピュン・フーが匙に乗せたアイスを差し出すが、丁重に辞退した。
 それでなくとも男二人が向き合うにはファンシーな店で、周囲に脇目も振らないカップルのような行動は遠慮したい。
「そういえば」
征司郎は、口元に運びかけたカップを途中で止めた。
「先ほど、妙な事を聞かれましたね。幸せか…とか」
脇に避けておいたウェハースを囓るピュン・フーが目線を上げる。
「あぁ、んでも征司郎にゃ愚問だったよな。道歩いてるだけであんなに嬉しそうなの久しく見ねぇぜ」
そんなに緩い顔をしていただろうか…と征司郎は悩むが、常に笑みを浮かべたような造作で機嫌が良ければそれはもう幸せ以外の何物でもない。
「少なくとも不幸せでなければ、幸せでしょう?」
当然の事と首を傾げる征司郎に、ピュン・フーは大きく目を瞬かせて腕を組むと、椅子の背もたれにに背を預けた。
「ひょりゃ真理だにぁ」
不明瞭な発音に、銜えたままのスプーンの柄が上下に揺れる。
「んでもさ、そこまで達観出来んのって征司郎くらいじゃね?普通の…」
ピュン・フーは摘んだスプーンで、往来を行く人々を示す。
「あんなヤツ等はさ、自分が幸せかどーかすら分かってねーんじゃねー?そんなで、何で生きてるかね」
何かを透かし見るような眼差しが、正面に戻される…その静かすぎて強い紅。
「僕も全然普通ですが」
黒い瞳で真っ直ぐに受け止め、征司郎はカップを置いた。
「きっと皆さん、大層な理由は無いですよ。死んでないから、生きている。僕もそうです」
「ふん?」
ピュン・フーは空になったパフェグラスにスプーンを突っ込んだ。カラン、と金属が硝子と打ち合って鳴る。
「ま、俺もよく言われる…死んでないだけだってな」
目を細めて笑う一瞬、その瞳は紅一色に染まったような錯覚を覚えさせた。
「…さて、生きているってどういうことでしょう?」
ふと、彼が言う生きてる意味と、自分が感じているそれとに齟齬を感じて問い返す。
「少なくとも、征司郎にとっちゃ幸せの要素なんだろ?」
「幸せか不幸せか二者択一、究極の選択というなら幸せですかね」
まるで言葉遊びのような遣り取りで、ピュン・フーは明言を避けるかのごとく征司郎の意図をかわした。
 と、その手元で携帯電話が振動した。
「残念、仕事だ」
ピュン・フーは電話に出る事なく三度だけ振動したのを確かめると、携帯と伝票とを取り上げた。
「今日はこれでお開き…そだ」
立ち上がりかけ、ふと何かに気付いたように動きを止めた。
「このまま生きて幸せ追求したきゃ東京から逃げな」
 真摯さを込めた忠告…それが楽しげな色にとって変わる。
「そんでももし死にたいようだったらも一回、俺の前に姿を見せればいい。ちゃんと殺してやるから」
まるで不吉な予言のような約束を笑みすら浮かべて一方的に請けおったピュン・フーに、征司郎も年季の入った微笑みを浮かべた。
「僕の店にも是非遊びに来てください。この店とは違った味の珈琲をお出ししますから」
動じない征司郎に、ピュン・フーは短い笑いを洩らすとヒラ、と片手を振ってレジへ向かって背を見せた。
「アイスコーヒーにしてくれな」
呑気に返された答えは、ピュン・フーがどこまでが本気だったのかを掴ませない。
「お待ちしています」
そして征司郎も、どこまで本気に取ったかを量らせないまま、雑踏に紛れる姿を見送った。