コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


秩序世界
●序
「最近、急速に増え続けているです」
 そう言って、男は名刺を草間に渡しながら言った。そこには『交通課:秋永・鉄夫(あきなが てつお)』と書いてあった。
「この一ヶ月だけで、5倍。5倍ですよ。逆橋交差点だけでの交通事故が、今までの5倍なんですから」
「はあ……」
 多少興奮気味の秋永に押されつつ、草間は頷いた。秋永の話によると、交通事故の原因はどれも交通違反をしていた者達なのだという。例えば、信号無視をした車が人をはねた。しかし、実際に救急車で運ばれたのはその信号無視をした車の運転手であり、はねられた筈の人は全くの無傷だという。
「今までに事故にあった人のリストです。参考までにお渡ししますよ」
 秋永はそう言って紙の束を草間に渡した。かなりの量がある。
「こんなにも事故が起こったんですか?」
「ええ。尤も、擦り傷程度の軽い事故から、死亡者が出るほどの大きな事故まで様々ですけどね」
 草間は「ふむ」と頷き、ぱらぱらとリストをめくった。
「事故者たちは、皆声を揃えて言っています。『女の子を見た』と。だけど、私には一回も見たことが無いのです」
「ほう、女の子、ですか」
 草間の目が、鋭く光った。全ての原因は、そこにあるのかもしれない。
「お願いします。逆橋交差点の謎を解いてください。でないと、毎日かり出されて大変なんです」
(本音はそれか)
 草間は苦笑しながら「分かりました」と答えた。秋永が帰っていくと、早速依頼書を作成する。
『逆橋交差点交通事故発生原因の究明』と題名をつけて。

●逆橋交差点
「逆橋……昔は橋だったのか?」
 目の前に流れる車の川を目の前にし、レイベル・ラブ(れいべる らぶ)は呟いた。金の髪を、車の通っていく風が靡かせる。現在、午後8時。辺りが暗くなっていた所為か、車のヘッドライトがやけに眩しく見える。レイベルは「ふむ」と言ってそこをじっと見つめた。
「確かに、川のようではある。光の川。……何ともロマンチックな響きだな」
 ふ、と笑ってからまた元の顔に戻る。
「しかし、事故の防止だけならば警官を一人置いて、違反をなくせば良いだけだ。何とも簡単な事だ。……だが勿論、違反者にも様々な側面があるのであって、違反が即事故に繋がった為に引き合わぬ苦境にある者もいる筈だしな」
 目の前に流れる車は、途切れる事を知らない。一見、普通の交差点に見える逆橋交差点。だが、ここで事故が多いのは納得できうるものであった。交通量は多い上に、見通しが余りよくない。交通違反者でなくても、事故を起こしてしまいそうな場所だ。
「にしても……橋……?」
 レイベルは眉を顰める。どうしても「逆橋」という名前に疑問を持ってしまう。辺りに橋はおろか、川でさえもないのだから。何故「逆橋」などと言う名前なのであろうか。
「……逆橋、とは三途の川にかかる橋を皮肉ったものですよ」
「ん?」
 突然の声に、レイベルは後を振り返った。緑の目がその声の人物を捉える。何処にでもいるかのような、普通の中年男性。
「すいません、驚かせてしまいましたね。あなた、草間興信所の方でしょう?私、秋永です。依頼をした」
「ああ」
 レイベルは依頼書をぱらぱらと捲ってから頷いた。
「レイベル・ラブだ。医者をしている」
「医者……ですか」
「そうだ。何かあれば、相談にのる」
「はあ」
 秋永は首を傾げながらも、一応頷いた。
(草間興信所からの調査員なのだから、医者と答えたのはまずかったか?……まあ、いい。言ってしまった事をとやかく言っても仕方の無い事だ)
 レイベルはそう考え、はっとして言葉をつむぐ。
「先程の続きを教えてくれ」
「え?」
「ほら、逆橋の事だ」
「ああ、そうでしたね」
 秋永は微笑む。レイベルは真っ直ぐに秋永を見つめた。
「逆橋、というのは実際に川にかかっている橋を指しているのではないのですよ。よくある昔話ですけれどね、この逆橋という土地はあの世とこの世を繋いでいるのだと言われていましてね。そこであの世とこの世を隔てる三途の川を逆方向に進むのだという事で逆橋と名づけられたそうですよ」
「ほう。詳しいな」
「一応、ここの人間なので。よく祖父や祖母に聞いたものですよ」
 レイベルは逆橋交差点を見つめる。そう聞いてから見ると、また違った風景に見えるから不思議だ。この見渡しの良くない交差点が、あの世とこの世を繋ぐ役割をしているのだとしたら……。
「ここで死ぬと、直行だという事だな」
「へ?」
「あ、いや。なんでもない」
(不吉な事は、口にするものではないな)
 レイベルは苦笑する。それから、秋永を見てふと思いつく。
「異常事態だからな。一人、寄越してくれないか?私を知らない奴を」
「それは構いませんが、一体何をする気ですか?」
「何、少しの間取締りをして貰うのだ。交通違反をするから事故が起こるのかもしれない。ならば、違反を取り締まればいいことだ」
「それはそうですが……本当にそれで事故を減らせるのでしょうか」
「それを調べる為にも必要なのだ」
「分かりました。明日、こちらに向かわせましょう」
「それと、だな。隠れて違反を犯させるという手は使うな」
「駄目ですか?」
「その警官の命が危ういからな」
「分かりました」
 秋永はそう言ってレイベルと別れた。レイベルは、その場を暫く見つめた後、歩き始めた。ふと、ガードレールが視界に入ってきた。べこっと凹んでしまっている。誰かが殴ったのであろうか、拳の形ができている。
「いかんな。公共物は大切にするべきだ」
 レイベルはそう言ってガードレールを凹みの逆から押さえつけた。がこんと音がし、凹みは正された。
「ふ、良い事をするのは気持ちがいいな」
 すっかり上機嫌で歩き始める。その時、背後で叫び声が聞こえた。見ると、少年が横断歩道で倒れている。レイベルはガードレールをひらりと飛び越えて少年の元に駆け寄る。信号は、赤。
「どうした?大丈夫か」
「あ、ああ……。何とか……」
 ガタガタと奥歯を震わせ、少年は頷く。レイベルはその場所が危険だと判断して少年を小脇に抱えて歩道に連れて行く。そこで少年の怪我を調べると、幸いかすり傷程度のものしかない。
「一体どうしたというのだ?」
「信号……赤だったんだけど渡ったんだ……。だって、周りを確認したし車もいなかったし……」
「で?」
 レイベルは少年の言い訳のような言葉を流し、先を促す。
「そうしたら、女の子が!お、俺に無秩序を正せって言って……俺の体を浮かばせて」
 少年はそこまで言って、俯く。横断歩道は、今青になった所だった。ふと、レイベルは疑問に思う。赤になっていた一瞬のうちに少女は現れて、少年に話し掛け、そして怪我をさせて消えていった。そのような事が可能なのであろうか?
「少年、もう大丈夫だ。今度から違反はしないようにしろ」
 レイベルは少年を見送り、もう一度逆橋交差点を睨んだ。何かしらの決意をして。

●行動開始
 翌日、午前10時。レイベルは秋永から派遣された警官の一人と顔を合わせた。警官は橋本・宏之(はしもと ひろゆき)だと名乗る。
「今日一日、しっかり取り締まってくれ」
「はい、分かりました」
 レイベルの言葉に、力強く橋本は頷く。レイベルは片手に白い紙を挟んだカルテを持ち、逆橋交差点を見る。何の変哲も無い、だが何かしら問題のある交差点。
「おや」
 ふと、そこに青年が立っているのを見つける。黒髪に黒い瞳。真っ直ぐに逆橋交差点を見つめたまま、動こうとはしない。何やら険しい顔で、見つめていた。
「おい、そこで何をしている?」
 レイベルが問い掛けると、黒髪の青年が振り返った。
「俺は影崎・雅(かげさき みやび)と言うものだけど……あんたも、草間興信所から来た口かい?」
(やはりそうか)
 レイベルは微笑む。雅もそれにつられたように微笑んだ。険しい顔が和らいでいた。
「何だ、そうか。お仲間だったか。私はレイベル・ラブ。医者をしている」
「医者?」
「そうだ」
 頷くレイベルに、雅は苦笑する。レイベルには何故雅が苦笑したのかは分からない。
(何かしらか、思うところがあったのであろう)
「俺は、ここの女の子と話をしようと思ってたんだけど……あんたは?」
「私か?私は調査だ。その為の人材も確保している」
 ほれ、と言いつつレイベルは橋本を前に出してきた。橋本は突然の事に慌てながらも雅に一礼する。
「橋本・宏之と言います。今日は交通違反取締りの為にここに配属されました」
 雅は「よろしくな」と言いながら考える。
「私がこれから調査するのは以下の三点だ。『警官不在時如何な違反があるか』『過去事故例』『リストによる個別の事故状況把握及び【女の子】の顕われ方』……以上だ」
 レイベルはそう言って橋本の立つ脇に立つ。カルテを手にして。
「あのさ、そのカルテは何で持ってるんだ?病人でもいるのか?」
 雅が不思議そうな顔で尋ねてきた。レイベルは何も言わずにカルテをさし出す。そこには何も書かれておらず、ただ白い紙が挟んであるだけだった。
「メモだ。下敷きつきで、書きやすいので持って来たのだ」
 雅は少し残念そうに見つめてきた。
(ありきたりの答えで、残念がられたか)
 レイベルは思わず微笑んだ。期待されても、困るというものだ。
「あ」
 橋本が突如声を出した。その声にレイベルと雅も橋本の視線の先を見る。違反者だ。歩行者が居ないのをいい事に、赤信号をそのまま行こうとする車がいたのだ。
「橋本、取り締まれ!早く!」
 レイベルはそう叫ぶように言う。橋本は慌てて笛を吹くが、車の運転者の耳には届かない。
(まずい、また何かしら事が起ころうとしているのかもしれない)
 そう思い、交差点を見る。一瞬のことであった。その一瞬の内に、突如車が宙から降ってきたのだ。がしゃんという大きな音が響き、車が落下する。
「橋本、応援を呼べ!」
 呆気に取られている橋本に叱咤し、カルテに『突然の車の落下』と書きなぐってから、レイベルは違反者の安否を伺おうとして車道に向かおうとした。すると、またしても突如雅が歩道に投げ出されてきた。つい先程まで、自分と話していた筈の雅が。
(どういう事だ?)
 レイベルは不思議に思いながらも雅に近づく。
「どうした、突然奇怪な行動をして」
「突然?」
「そうだ。先程までそこにいた筈なのに、何故突然歩道に投げ出されている?」
 雅は苦笑し始めた。レイベルはそんな雅を不思議そうに見つめる。
(一体何が起こったというのだ?)
 そう考え、雅を見つめる。するとふと気付く。
「お、怪我してるぞ」
 雅の左腕から血がにじんでいた。歩道に投げ出された時に、咄嗟に体を庇って出来た傷であろう。レイベルはポケットから消毒液を取り出して消毒し、包帯を巻く。
「大袈裟だな」
 雅は苦笑する。レイベルもそれにつられたように笑う。
「小さな怪我だと思って油断していたら、痛い目に合うからな」
(何があったかを話す気はないようだな、雅)
 包帯を巻き終わると、レイベルは再び逆橋交差点の調査に戻った。救急車やパトカーが到着し、事故を処理していく。橋本も、その処理の手伝いにかり出される。
(つまりは、現在警官不在時だということか)
 警官の存在の有無がいかほど違反者に関係あるかは分からないが、ともかく観察するに越した事は無い。レイベルはじっと違反者の有無を確認する。
(お)
 赤信号になってしまった横断歩道を、焦って女の子が渡っていく。ぎりぎりで信号が変わってしまったのであろう。車の信号が青なのをいい事に、向こう側に走って渡ろうとする。すると、またもや突如、女の子は元の所に吹き飛ばされていた。レイベルは慌ててその女の子に近寄る。
「大丈夫か?」
 女の子は震えていた。奥歯ががちがちと震え、うまく噛み合わない。昨夜の少年と同じ状況であった。
「どうした?……あなたも見たのか?少女を」
 その言葉に、女の子は目を大きく見開いてレイベルを見つめた。うっすらと目には涙が浮かんでいる。
「見た……見たわ……!女の子が……私に秩序を愛せと言ったわ……!私が、私が無秩序だからって……無秩序は、罪だって……!」
 叫ぶようにそう言い、女の子は泣き始めた。
(またもや、少女。秩序と、無秩序)
 レイベルは女の子を宥めながらも考えを巡らす。
「怪我は、無いのか?」
 大分落ち着いてきた辺りで、レイベルは声をかける。女の子は未だ乾かない涙を流し、頷く。
「……自業自得だ」
 突如違う声を聞き、レイベルはそちらに視線を移した。そこには銀髪と青い目を併せ持った男が立っていた。見下すかのように、女の子を見ていた。
「秩序、無秩序など言う気は毛頭も無い。だが、先程そこの女が吹き飛ばされたのは自業自得というものだ」
「そうかもしれないが……今問題にすべき事は、そこではないだろう」
 レイベルは真っ直ぐに男を見つめた。
「あなた、もしかして草間興信所の手の者か?」
「そうだが?」
 素っ気無く男は答える。口に煙草をくわえ、何事にも興味無さそうに煙を吐き出す。
「私もそうだ。レイベル・ラブと言う。医者をしている」
「医者……?成る程な」
 くつくつと笑いながら、男は頷く。
「あなたも医者だろう?同じ匂いを感じる」
 それは長年の経験とも言えるところからの根拠だった。伊達に長年生きているわけではない。否、生きているというか存在しているというか。いずれにしろ、長い年月の間で培われた勘のようなものが働いていた。男は笑うのを止め、にこりともせずに口を開く。
「そうだ。監察医だがな。……私は影崎・實勒(かげさき みろく)」
 影崎、とはそうある名前ではない。見かけは全く似てはいないものの、先程まで一緒にいた雅との関わりがあるのかもしれないと考え、レイベルは尋ねる。
「影崎?……實勒は雅と血縁者か?」
 そう言った途端、實勒の顔はみるみる不機嫌になっていった。極限まで深く刻まれた眉間の皺は、彼の心内を嫌と言うほど表していた。實勒は渋い顔のまま、吐き出すように言葉を紡ぐ。
「残念ながら、雅は私の愚弟だ」
(なるほど。あまり仲が良くないのだな)
 あまり、などという程度のものではないかもしれない。レイベルはそう思いながら、小さく笑った。
「どうして雅を知っている?」
 あまり聞きたくなさそうに、それでも仕方なく口にしたかのように實勒は尋ねてきた。
「さっきまで一緒にいた。話していたと思っていたら、事故が起こり、突然雅は歩道に投げ出されてきたのだ」
「突然?」
 實勒の眉が、ぴくりと動く。
「そうだ、突然だ。……心配はいらない。大した怪我はしてはいない」
「別に心配などしていない。奴は驚くほど頑丈だからな」
 心の底からの言葉のように、實勒は言う。レイベルは呆気にとられたままの女の子の方を向く。
「もう大丈夫か?」
「は、はい」
 顔色が戻っていた。体に傷も見られない。女の子はふらふらと立ち上がり、その場を後にした。
「それで、調査の方はどうだ?進んでいるのか?」
 レイベルが口にすると、實勒は新たな煙草をくわえて火をつけた。
「全てが分かった訳ではない。まだ謎は多いままだ」
「そうか」
「そっちこそ、どうなんだ?」
 實勒の言葉に、レイベルは暫く考え込む。すでに事故を三件見てはいるものの、それらで何が起きているかは検討もつかないというのが本音だ。彼らの言う「女の子」を見る事も出来ては居ない。となると、残されている行動は一つしかない。
「データ的なことは、もうすでに依頼書の方に書かれてしまっている。私が起こせる行動は一つしか残されてはいないのだ」
(そう、ただ一つしか残されてはいない)
「そうか」
 それだけ言うと、實勒は煙草を近くにあった灰皿に押し付けた。そして、その場から去ろうとする。
「弟には会っていかないのか?」
 レイベルが尋ねると、實勒は今まで以上に不機嫌そうな顔で振り返る。
「私がここにいた事は、是非とも内緒にしていて欲しいものだ」
(そこまで、仲が悪いとはな)
 去っていく實勒を見送り、レイベルは小さく笑った。そして、一つの決断が彼女の中に生まれていた。
(私は、何としても少女に会う必要があるのだ)
 レイベルはそう考え、真っ直ぐに交差点を見つめる。すっかり処理の終わった道路では、また車が流れて行く。まるで川のように。ふと、雅がぼんやりとこちらを見ているのに気付き、近付く。
「どうした?何かわかったのか?」
 レイベルの声に、雅ははっとしたように彼女を見た。
(本当に、似ていないな)
 レイベルの思惑も知らずに、雅は小さく溜息をつきながら依頼書の一枚を見せる。
「何だ?……乃木・真実(のぎ まみ)?」
「それが恐らく、少女の正体だ」
「なるほど」
(12歳か。本当に少女なのだな)
 妙な納得感が、レイベルの中を駆け巡った。
「では、私は今晩この真実とやらに会う事にしよう。名前が分かって良かった」
 うんうん、と頷きながらレイベルは言う。雅が驚いたようにレイベルを見てきた。
「あんた、真実ちゃんと会う気なのか?」
「ああ。そのつもりだが」
「どうやって?」
「どうやって?……尤も簡単でシンプルな方法が一つあるだろう?」
「まさかあんた……」
 絶句する雅に、レイベルは綺麗に笑って見せた。
「私は幸運な事に無免許なのだ」

●少女
 午後11時。レイベルはレンタル会社からか調達した車を携え、逆橋交差点で雅を待っていた。レンタル会社の人間は「こんな所に届けていいんですか?」と不思議がっていたが、そんな事は気にしなかった。ここに用があるのだから。レイベルはふと雅に気付いて手を振った。雅は手に竹刀を持ち、きょろきょろとレイベルを探していたのだ。
「ここだ。意外と遅かったな」
 レイベルはそう言って笑った。雅は苦笑する。
「そうかな?妥当だと思うけどな」
「そうか」
 雅はレイベルに向き直り、真っ直ぐに見つめた。
「本当に、やる気なのか?」
 レイベルは、ふ、と笑う。真っ直ぐに雅を見つめ返しながら。
「ああ。やる気だ」
 突如、雅は辺りを見回し始めた。レイベルは怪訝そうにそれを見る。
(一体どうしたのだ?何かあったのか?)
 レイベルがその事を尋ねようとしたその時だった。
「おい、何をしている?」
 突如、声をかけられる。レイベルと雅は、その声に振り返る。そこに立っていたのは、金髪の派手な格好をした青年が立っていた。
「お、慶悟君じゃないか。奇遇だな」
 レイベルは青年の顔を、不思議そうに見つめた。それに気付き、青年はレイベルに自己紹介する。
「草間興信所からの調査員だ。真名神・慶悟(まながみ けいご)という」
 慶悟がそう言うと、レイベルはにっこりと笑った。
(何だ、お仲間か)
「レイベル・ラブだ。これから、少女と接触しようと思うのだ。良かったら一緒にどうだ?」
「接触?」
「ああ。……充分に注意してくれ」
 レイベルの言葉に、雅は苦笑しながら言う。
「それはこっちの台詞だよ。充分に注意してくれ」
「おい、どうする気なんだ?」
 慶悟の問いかけに、雅は苦笑したまま答える。
「これから、彼女は無免許運転をするんだ。文字通り、少女との接触だ」
「危険だ」
 きっぱりと慶悟は言い放つ。だが、レイベルはにやりと笑っただけで何も言わない。
(危険なのは承知だ。だが、私は死ぬ事はない。これ以上の適任はいないのだ)
「無駄だよ、慶悟君。彼女は何を言っても実行する気だから」
「そうは言ってもな、危険すぎる」
「心配はいらない。少女と確実に接触するのはこれが一番手っ取り早いのだ」
 慶悟の心配をよそに、レイベルは淡々と言い放つ。
「ならば、せめて先に結界を張らせてくれ」
「何の結界を?」
 雅の問いに、慶悟はちょっと考えながら言う。
「人避けの結界と、あの空間に負けぬ結界を」
 慶悟の意図を察したように、雅はにやりと笑って「成る程」と言った。レイベルはとりあえず車に乗り込んだ。慶悟は結界を張ってレイベルに合図した。レイベルは頷き、車を発進させた。ふらふらと車が動き出す。慶悟の結界のお陰で、通行人も他の車もいない。
(なかなか難しいものだな、運転というものは)
「来るぞ」
 ちいさく雅が声をかけた。それと同時に少女の作り出す空間が展開した。全ての時が止まった、異空間。
「また、あなた達」
 真実が慶悟と雅を見て、呟くように言う。
(これが、真実。何と重そうな影を持った少女なのだ)
 レイベルはそう考え、じっと少女を見つめた。少女は虚ろな目のまま、今度はレイベルを見る。
「あなた、免許を持ってない。どうして?」
「あなたと出会うためだ、真実」
 真実は不愉快そうに眉間に皺を寄せた。
「何故?たかだかその為に無秩序を犯すというの?」
「そうだ」
(あなたの影を取り除いてやりたいのだ)
 レイベルは小さく笑う。真実の顔から不愉快さが抜けない。そして、手を大きく振り上げた。車がちょっとずつ持ち上がる。
(ほう)
 レイベルはその体験に感心すら覚えた。車外でまず動いたのは雅だった。手にした竹刀を振りかざし、真実に飛び掛る。真実ははっとしてその竹刀を避ける。慶悟はその隙に車に近付き、符を放って結界を張る。真実の力を無効化させるための結界を。
「邪魔、するの?」
 真実がぼそりと言う。感情の篭らぬ声に、それでも綺麗な声にぞくりとする。
「無秩序は醜く、愚かしい。秩序は美しく、聡い」
 慶悟は何も口にしない。
「どうして分からないの?どうして分かってはもらえないの?」
 雅は何も口にしない。
「人は誰でも知っている筈なのに。どうして当たり前の事をしようとはしないの?」
 レイベルは何も口にしない。沈黙の中に、真実の声だけが響いていく。
「何の為にここにいるかを、どうして誰も分かってくれないの?」
 叫び、だった。真実の心からの叫び。真実は手を振りかざし、再びレイベルの車を持ち上げようとする。だが、車はぴくりとも動かない。真実の顔に動揺が写る。
「やはり、お前の背後には何者かがいたのだな。霊道を通じて、力と知識を与えられたか」
 慶悟が口を開く。真実の顔が歪む。
「やっぱりいたんだな、背後に。成る程、慶悟君は霊道を閉じてきたんだ」
 雅が言うと、慶悟は頷く。真実の顔は、今にも泣き出しそうなほど歪んでいる。
「さて、真実ちゃん。君の言う秩序は、本当にそれでいいのか?」
 雅は真実に問い掛ける。真実は目を見開いたまま、何も答えられずにじっと雅を見つめている。
「お前の秩序、何故に守り通そうとするか?」
 慶悟が真実に問い掛ける。真実はやはり何も答えられずに、今度はじっと慶悟を見つめた。
「秩序とは何か。お前は本当にその秩序とやらを守っているのか?」
 レイベルが真実に問い掛ける。真実は口をぽかんと開けたまま、何も答えられずに今度はじっと車の中のレイベルを見つめた。レイベルは車から出ようとしたが、車のドアが全く動かない。車の時をも止めている空間のせいだ。
「すまんが、ここから出る手立ては無いかな?」
 レイベルが言うと、慶悟は符を取り出して車のドアに貼る。そこだけ空間の干渉を無くしたのだ。がちゃりとドアが開き、レイベルが出てきた。まっすぐに真実の元に歩んでいく。
「なあ、真実。人は愚かしいだろう?人は哀しい生き物だろう?それでもお前が裁きを行うのはおかしいのだ」
「……どうして?私がここにいるのは、無秩序を正す為」
 真実はじっと三人を見ていた。今にも泣き出しそうだ。すでに、秩序と無秩序の意味でさえも理解してはいないであろう。
「あなたは無秩序を犯した。私はそれを正さなくてはいけない!」
(おお!凄い!)
 レイベルが感心するのもつかの間。真実はレイベルの体を宙に浮かせ、地面に叩きつけた。レイベルの意識は、何とか保たれている。突然の衝撃に、一瞬意識は飛んでしまったものの、失うまでには至っていない。
「追え、慶悟君!」
 遠くで雅が叫んだように聞こえた。そして、慶悟が真実を追って行ったらしい足音も。
「おい、大丈夫か?」
(大丈夫だ)
 意識で返事をし、レイベルは体を起こそうと試みる。まだ、衝撃のショックが抜けきっていないのか、上手く動かない。
「救急車を……」
(呼ぶ必要など無い)
 レイベルはそう考え、手を伸ばす。それは丁度、携帯電話を取り出そうとする雅の行動を遮る事となった。
「え?」
 雅は慌ててレイベルの方を見る。レイベルは目を閉じたまま、口を動かす。
「いい、大丈夫だ」
(声の回復。目も開く事ができる)
 レイベルはそう判断する。そしてその通り、目を開けて立つ。が、手があらぬ方向にぶらぶらとしている。
「おい、骨折してるぞ」
(本当だ)
 青ざめて言う雅をよそに、レイベルは「ああ」と言ってもう一方の手で腕を掴む。ゴキャ、という嫌な音が響き、レイベルの腕は元に戻る。
(これでよし、と)
「……なあ、レイベル」
「何だ?」
「痛く、無いのか?」
「痛いな。何しろ骨折していたから」
「大丈夫なのか?」
「大丈夫だな。不死身だからな」
「え?」
 思わず聞き返す雅に、レイベルは微笑む。
「私は死なないんだ。齢395なのだ」
「本当に?」
 レイベルはこっくりと頷いた。そしてふと思う。
「なあ、真実は本当に秩序を守らせようとしただけなのだろうか」
「……恐らく、そこには自分を死なせた無秩序を憎み、その復讐をするのだという気持ちもあっただろうな」
「そうか……」
 レイベルは黙った。雅もつられて黙る。
「できれば事故を起こすという力から、人を守るという力に変換できればと考えていたのだが……そうか、復讐か」
 レイベルは真実が逃げていった方向を見つめた。雅もそちらに目をやって言う。
「それももう終わる。成仏するんだからな」
 雅はそう言ってにやりと笑い、懐から数珠を取り出して手を合わせた。
「三界に迷える亡魂、導く道は十方の空……」
 光が、真実の入る方向にはしっていく。
(綺麗だ)
 不本意にも、レイベルはそう思った。その光は、前に見た逆橋交差点の光の川に良く似ている、とさえ思ったのだ。
 一段落ついたと判断したのか、雅は慶悟の行った方に近付いていった。レイベルもそれに続く。慶悟は結界を解き、霊道を開放していた。
「終わったな」
 雅は慶悟の肩を叩く。慶悟は振り向いて、すぐに目を見開いた。目線の先は、レイベル。
「あんた、何故……?」
(おお、驚かれている)
 レイベルは冷静にそう考え、口を開く。
「や、気にするな。私は実は不死身なのだ」
「は?」
「いやしかし、骨折はしてしまったぞ。もう大丈夫だが」
「骨折?」
「凄かったんだぜ。ゴキャゴキャッ!とか言わせながら治したんだもんな」
 ぶる、と身震いしながら雅は言った。その時の様子を思い出してしまったのだろう。一先ず終わった出来事に、レイベルはふと振り返る。この世とあの世を繋ぐといわれる、逆橋交差点に流れる川を、美しいと思いながら。

●結
「終わった」
 翌日午前10時。そう言って、レイベルは報告書を草間に提出した。
「お疲れ様」
 草間は微笑みながらそれを受け取った。そしてソファに座るように促す。
「もうすぐ他のメンバーも来るだろうから、会っていったらどうだい?」
「そうだな。せっかくだしな」
 そうして待っていると、草間の言葉通りにドアが開く。雅と慶悟だ。何故か二人揃ってドアを開けてきた。
「よ。報告書届けに来たぜ」
 雅はそう言って報告書を草間に渡し、レイベルに気付いて手を振った。慶悟も草間に報告書を渡し、レイベルに気付く。
「それで……その……何ともないのか?」
 慶悟は言いにくそうにレイベルに言う。レイベルは首を傾げながら「何が?」と尋ねる。
「体だ。……大丈夫か?」
「心配性だな、慶悟は。大丈夫だ、この通り」
 レイベルはぶんぶんと腕を回してみせる。何故か雅がそれを心配そうに見ていた。
「そうそう、君達にお知らせがあるんだが」
 三人の目が草間に集中する。
「逆橋交差点は一応の決着をつけた。だが、あそこは霊道の集中している所なんだろう?」
「そうだ。なるべくならば、あそこを見張っていた方が賢明だな」
 草間の言葉に、慶悟が頷く。それを待っていたかのように草間は笑う。にやりと。
「そこで一週間に一度、交代制で見に行って貰う事になった」
「「「は?」」」
 三人の目が点になる。草間は実に嬉しそうに言葉を続ける。
「それがねぇ、秋永さんが是非君達にと言ってるんだよ。良かったねぇ。頼りにされて」
「それは構わんが……」
 慶悟がそう言うと、レイベルが手をあげる。
「それに手当ては出るのか?」
 草間は困ったように目を逸らす。
「……お昼くらいは出してくれるそうだよ」
 沈黙。慶悟と雅は顔を見合わせて溜息をつく。只一人、レイベルだけがにこにこと笑っていた。
(なるほど、報酬がつくのだな。ならばやっても良かろう)
 レイベルにある、膨大な借金。たとえお昼一食だけだとしても、報酬は貴重なものだ。
「おお、そうだ。交代制だと言ったな」
「ああ」
 レイベルはそっと草間に耳打ちする。雅の方をちらりと見て。
「それは實勒も参加なのか?」
 草間はぷっと吹き出し、レイベルに耳打ちする。
「恐らくはね。でも、渋い顔をすると思うよ。眉間に皺を寄せながらね」
 草間は實勒を真似て眉間に皺を寄せる。それに思わずレイベルも吹き出す。
「おいおい、内緒話するなよ」
 雅が突っ込む。それを受けて、またもやレイベルと草間が吹き出してしまった。慶悟はその様子を察して「くく」と小さく笑う。
「何だよ、一体」
 雅だけが首を傾げ、不思議そうに呟くのだった。

<依頼完了・交代制見張り付>

□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

【 0389 / 真名神・慶悟 / 男 / 20 / 陰陽師 】
【 0606 / レイベル・ラブ / 女 / 395 / ストリートドクター 】 
【 0843 / 影崎・雅 / 男 / 27 / トラブル清掃業+時々住職 】
【 0965 / 影崎・實勒 / 男 / 33 / 監察医 】

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

お待たせしました、こんにちは。霜月玲守です。今回は私の依頼を受けて頂き、本当に有難うございます。
今回は個人的に新しい試みとして、どれだけバラバラに動けるか、という事をしてみました。如何でしょう?
そして、申し訳ありません。いつも私の依頼のオープニングは分かりにくいことだろうとは思うのですが、今回更に輪をかけて分かりにくいものだったろうと思います。自分の好きなように書いたらこんな事になってしまいました。
ですが、みなさまそれにも勝るプレイングで逆に安心しました。有難うございます。

レイベル・ラブさんは初めての参加ですね。有難うございます。如何だったでしょうか?レイベルさんという魅力的なキャラクターを生かしきれたかどうかがドキドキです。少しでも気に入って頂けたら光栄です。
プレイングで「逆橋」という言葉を気にとめて頂けて嬉しかったです。ちゃんと意味があったので、どうしようかと思ってました。有難うございます。
そして、違反者になっての少女との接触。これも是非ともやって頂きたくてうずうずしていたので、本当に嬉しくて。お礼の言葉ばかり出てきます。

さて、今回はいつもにも増して4人の方それぞれのお話となっております。宜しければ他の方の話も合わせて読まれると、さらに深く読み込む事ができると思いますので是非。

ご意見・ご感想等、心よりお待ちしております。
それでは、またお会いできるその時まで。