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<PCシナリオノベル(シングル)>


救出作戦(冗談じゃないわ)
●再びあの場へ
 真夜中の渋谷――とはいっても駅前には未だ若者の姿が見られる。中には道玄坂方面へ向かうカップルの姿も見られるが、それはさておき。
 そんな渋谷も、場所を変えれば比較的静かな場所へと行き当たる。渋谷駅より北西方向に約1キロ、NHK放送センターのある付近である。
 真夜中ということもあり、NHK放送センターへの車両の出入りはあまり見られない。もちろん人の出入りも少ないのだが、そんなNHK放送センターの前に2人の女性の姿があった。
「零ちゃん。別に事務所で待っていてもよかったのよ?」
 女性の1人、シュライン・エマはそう言ってもう1人の女性、草間零に話しかけた。しかし零は無言でふるふると頭を振った。
(言うだけ無駄、か)
 そう思いながら、小さく欠伸をするシュライン。昨夜は何だかんだとあって、余り眠ってはいないのだ。欠伸の1つくらい出てもおかしくはなかった。
 昨夜のシュラインは別の女性、捜査課勤務の警察官である月島美紅とやはりこの場に居た。最近頻発している行方不明事件の調査の手伝いを、美紅から頼まれたからだ。
 そこで起こった不思議な出来事。シュラインたちを霧が包んだかと思うと、一瞬にして異空間に連れてゆかれたのである。姿形こそは全く変わらないものの、人の姿が全く見られない『誰もいない街』へと。
 人の姿が見られない『誰もいない街』であったが、シュラインたちはそこで見付けた人影を追いかけ、謎の鎧武者たちに襲われていた西船橋武人なる青年と出会うことになった。
 その後、何故だか分からないが3人揃って『誰もいない街』を脱出することが出来た。しかし武人が何故そこに居たのか、それも分からないまま別れることになってしまった。『罠にかけられた』と言っていたが、その『罠』が何かもやはり分からず。
 そして――これが一番重要なことなのだが――脱出する間際、シュラインは『誰もいない街』に草間、麗香、三下の3人が揃っている光景を目にしていた。つまり3人は未だに『誰もいない街』に居るということだ。
 脱出して美紅とも別れたシュラインは、1人であれこれと考えてある結論に達していた。それは再びこの場、NHK放送センター付近を訪れて、再び『誰もいない街』に向かうということだった。
 昨日の今日なのだから、ここに『誰もいない街』との接点が出来るのは間違いない。そうシュラインは考え、こうしてやってきたという訳だ。
 では何故零が同行しているのかと説明すると、草間たちの救出へ向かうことをシュラインが零に告げたからである。シュラインにしてみれば単なる行動の報告で、零を連れてゆくことは考えていなかったのだが、それを聞いた零が何故か自分からついてゆくと言ったのだ。
 面食らい躊躇したシュラインだったが、自分から積極的に行動しようという零の意志を尊重して、同行を許可したのであった。
(かなりの進歩だものね。……ほんとは待っててほしかったけど)
 シュラインが零を見た。零は何もない暗闇をただじっと見つめていた。
 やがて――シュラインたちを昨夜と同じく霧が包み込み、晴れた後には車やバイクの音も、生活音さえも聞こえなくなっていた。世界が『誰もいない街』に一変した証拠である。
「推測は正しかったってことね……さ、行きましょ。今度ここを出る時は、5人揃ってだわ」
 シュラインがそう言って零を促すと、零は大きく頷いて歩き出した。
 ここからが正念場であった。

●探し方は何ですか
「あの……シュラインさん」
 歩き出してすぐ、零がシュラインに尋ねてきた。
「どうしたの、零ちゃん?」
「どうやって草間さんたちを探すんですか?」
 もっともな質問である。同じ『誰もいない街』に居るといっても、そのどこに居るか分からない3人を探すのは難しい作業だ。
 しかし、あてなく『誰もいない街』を歩き回るほどシュラインも馬鹿ではない。ちゃんと探し出す手段は考えてあった。
「大丈夫。分かりやすい人が1人居るから」
 苦笑するシュライン。分かりやすい人とは誰のことなのか。
(3人一緒でよかったわ。三下くんの悲鳴を探せば居場所一発だわ……色々と遭遇するでしょうしね)
 そう、三下ほど分かりやすい人間は居なかった。この空間には、昨夜出会った鎧武者のような得体の知れない物が居る。そんなのに出会ったら三下のことだ、物凄い悲鳴をあげるに違いない。そしてシュラインの聴覚をもってすれば、三下の悲鳴が聞こえる場所を探すことは造作でもない。三下が見付かれば――そこに草間と麗香も居るということになる。
(とりあえず今は、あれから3人がばらけていないことを祈るだけね)
 シュラインは耳をよく澄ませ、注意深くゆっくりと『誰もいない街』を歩くことにした。零は同じペースでその後ろをついて歩く。
 それから5分ほど経ったと感じた時だろうか。シュラインの耳に、悲鳴が聞こえてきた。
「……うわぁぁぁぁぁっ!!」
 それは聞き慣れた悲鳴だった。思わずシュラインが苦笑いを浮かべてしまうほどに。
「予想通りというか……」
 その悲鳴が三下の物であることは、ほぼ疑いようがなかった。見事なシュラインの考察であった。
 距離と方角は今の悲鳴でほぼつかめた。後はそこへ急行して、自らの目で確かめるだけだ。三下を、麗香を、そして草間の姿を。
「行くわよ、零ちゃん!」
「はいっ!」
 駆け足で悲鳴の聞こえた場所へ急ぐシュラインと零。方向は駅前、センター街の辺りであった。
 そして2人がセンター街に辿り着いてみた光景は――数体の鎧武者たちに追いかけられている草間たち3人の姿だった。
「武彦さん!」
 はっとして草間の名を叫ぶシュライン。ちなみに先頭を走るのは麗香の手を引いた草間で、泣き叫ぶ三下は鎧武者に追い付かれそうになっていた。
「うわぁぁぁぁっ、置いてかないでくださいよぉぉぉぉぉっ!!!」
 追いかける鎧武者たちの中には、刀を抜いている奴も居る。このままでは三下が一刀両断されてしまうだろう。
 その時だ。零がすっと前に出て、そのまま鎧武者たちに向かっていったのは。
「零ちゃんっ?」
 驚くシュライン。けれども案ずることはなかった。零は手の中に刀を実体化させると、それを使って鎧武者たちに斬りかかっていったのだ。
 次々に鎧武者を斬ってゆく零。斬られた鎧武者は、たちまちに霧散してゆく。まるで時代劇の殺陣シーンを見ているようであった。
 そして零が最後の鎧武者を倒すと、その場に静寂が訪れた。ここに居るのは、シュラインと零、それと草間たちの5人だけであった。

●再会
 鎧武者の脅威が去って安心したのだろう、三下は地面の上にへたり込んでいた。
「うっうっうっ……怖かったぁぁぁっ!!」
 脅威が去っても泣き叫ぶ三下を見て、麗香が呆れたように溜息を吐いた。そしてそのまま視線を草間の方へと向ける。草間はシュラインと無言で向かい合っている所であった。
「あー……その、何だ……」
 ばつの悪そうな表情の草間。どう説明したものか、悩んでいるのかもしれない。が、先にはっきりと言葉を発したのはシュラインの方だった。
「馬鹿」
「あ?」
 面食らう草間。そんな草間に対し、シュラインはきっと睨み付けて言葉を続けた。
「馬鹿だから馬鹿って言ってるのよ! たく……帰昔線の時のことも忘れたの? 似たようなこと繰り返して……」
 言いながら、シュラインはそっと目元に滲んでいた涙を拭った。
「……すまん」
 草間がシュラインに頭を下げようとしたが、シュラインは草間の身体をつかむと、そのまま零の方に向けた。
「謝罪は零ちゃんにが最初よ。武彦さんだけじゃなく……3人とも、よ。皆で連れてきたんだもの、皆があの娘に責任持ってるんだから」
 その言葉を聞いて、麗香と三下も自らを指差した。こくんと頷くシュライン。麗香と三下も零に向き直り、謝罪の言葉を口にした。
「すまなかったな、1人にして」
「きっと探してたんでしょうね、ごめんなさいね」
「ありがとうございますぅぅぅっ!!」
 三者三様の謝罪であった。それから3人がシュラインにも謝罪をしようとしたが、シュラインはそれを押し止めた。
(私には今さらね……何かあれば巻き込まれるの当然みたいなもんだし)
 一瞬遠い目になるシュライン。が、すぐに草間に近状を報告した。『安心した』等という言葉をぐっと飲み込んで。
「あー、途中になってた依頼は無事に解決したから。それよりも、あのメモは何なの? 武彦さんたちが、ここで何してたのかも分からないし……」
「メモが届いていたのか、そうか……なら、完全に閉じた世界という訳ではないんだな」
 1人納得したようにつぶやく草間。
「だから何があった訳?」
「罠にかけられたのよ、虚無の境界という組織にね」
 草間に代わって答えたのは麗香だった。そしてそのまま事情を説明する。虚無の境界の計画をつかみ、それが原因となってこの『誰もいない街』へ取り込まれてしまったことを。
「……それって大変じゃないの?」
 間の抜けた返事を返すシュライン。事の重大さを理解するのを、脳が一瞬拒否したのだ。
「大変よ。帰昔線より、あの島より、何よりもね」
 にこりともせず答える麗香。草間がそこで話を一旦中断させた。
「まあより詳しい話はおいおいだ。それよりもここを脱出する方法を探す必要がある」
「武彦さん。それなんだけど、心当たりがあるといえば……」
 シュラインがそう言いかけた時だった。突然三下が叫んだのは。
「ひぃぃぃっ!! また来たぁぁっ!!」
 怯えて駆け寄ってくる三下。四方八方から新たな鎧武者がやってくるのが見えた。零も刀を手に握ったまま、シュラインたちの所へとやってくる。
「囲まれて……るわよね」
 冷静に周囲を観察するシュライン。鎧武者たちはじりじりとシュラインたちに近付いてくる。数は先程の数倍、零1人でどうにかなるか疑問である。
 シュラインは零に視線を向けた。零は何としてでもこの場を切り開くつもりなのだろう。もう一方の手にも刀を実体化させ、二刀流となっていた。まさに一触即発の状態となっていた。

●1つの終わり
 だが――結果を先に言えば、戦闘にはならなかった。鎧武者たちが襲いかかってくるよりも早く、シュラインたち5人を例の霧が包み込んだのだ。
「霧……!」
 目を見開くシュライン。この霧が出たということは、元の世界へ戻れるかもしれない。そのシュラインの推測は正しく、周囲の空間が揺らぎ始めた。
 空間が揺らぎ、鎧武者たちの姿が消えてゆく最中――霧の向こうに何故か、薄く微笑む髪の長い少女の姿が見えた。着ているのは白いパジャマか何かだろうか、病院着と思しき物だった。
(……誰?)
 疑問を抱くシュライン。けれどもそれを確認することは出来なかった。次の瞬間には霧は晴れ、見慣れた渋谷のセンター街の風景が広がっていたのだから。ちなみに零の手からは、刀は2本ともに消え去っていた。
 真夜中のセンター街には若者たちが歩く姿が見られた。それを見て、三下が激しく喜ぶ。
「帰ってこれてよかったですぅぅぅっ!」
 思わず周辺を飛び跳ねる三下だったが、擦れ違う若者たちは奇異な目で三下のことを見ていた。
「よく分からないけど……脱出出来たみたいね」
 めまいを覚え、シュラインの身体がぐらりと揺れた。草間がさっとそんなシュラインを支えた。
「大丈夫か?」
「大丈夫……ちょっと気が抜けただけ。それよりも……お帰りなさい」
 シュラインが草間に笑みを向けた。
「……ただいま」
 静かにつぶやく草間。ようやく元の世界に帰ってこれたという証であった。
「たく……冗談じゃないわ。こうなったら、最後まで今回の事件に関わってやる……」
 立腹した様子の麗香の言葉。草間たち3人を無事に連れ戻すことは出来たが――事件はまだまだ終わりそうには思えなかった。

【了】