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<PCシナリオノベル(シングル)>


MAD・RELEASE ―乱戦―
■闇を抜けて
 こつり、こつり……。
 明り一つ無い中を歩く影がある。闇よりもなお暗いコートの裾を靡かせながら更科右京は進む。ゆっくりと着実に歩を進める様はそのまま、彼の用心を示していた。
 背の高い青年である。年の頃は二十歳を少し越えた頃だろうか、しかしその面を彩る表情の真剣さと、過去の影が彼をさらに幾つか年上に見せる。
 幾何学模様の独特なデザインのコートと少し長めの木刀が特徴的だが、特殊な加工をしてあるコートの重さにもその長い木刀の重さにも根をあげる様子もなく静かにこの廃墟の奥へと進んでいた。
 廃ビルには――少なくとも彼がいるブロックには――、電気が通っていない。それ故の暗闇である。恐らくは非常用だろう分厚い鉄の扉も今は外からの明りを遮る役にしか立たない。無論、真の暗闇というには程遠い。むしろ、僅かながらでも物の輪郭が見て取れるだけ、明るいといえるだろう。
 しかし、その先に何があると言うのか。答える者はいない。当然といえば当然だ。進んでいる更科自身すら進んだ先に何があるのか把握してはいない。言えるのは目的だけだ。行方不明となった者達を見つけ出し、叶うなら救い出す事。しかし、それが果たして可能なのか。それに答える者もやはりいない。だからと言って更科はこの先へ進む事を止めるつもりも無かった。
 階段を1階分上がると、更科はその階の探索を開始する。2階部分がどんな構造になっているのか、わからない。が、手掛かりがない以上しらみつぶしに探していくしか手はないだろう。
(……ここは?)
 程なく、広いホールに行き当たった。元は何に使われたいたのだろうか。恐らくは会議室やパーティー会場にだろうと想像させる程度の広さはある。しかし、今は廃材が放置された薄暗い大きな部屋に過ぎない。――いや、そうではなかった。
 ぷつっ……
 それがマイクのスイッチが入った音だと気がついて更科は辺りを見回した。

■電脳の城
 廃ビルの一角にそれはあった。大量のモニターが壁一面に様々な映像を映し出している。その中にはビルの内部を映し出すものもあれば、何らかの波長を描いているものもある。それぞれが雑多なものなのか、或いは統一された情報の為のものなのかはそれが何のために存在しているのかを知っていなければ把握は難しいだろう。モニターに向かう人々の中に異彩を放つものがいる。忙しく立ち働く男達の中で嫣然と足を組む妙齢の女性と、もう一人は老年の男性だ。
 女はひどく場違いだった。辛うじて白衣を着ているもののその下は身体にぴったりとフィットした赤いワンピースだ。同色のピンヒールも派手な美貌も、彼女がいるべき場所はこんな廃ビルの奥ではないとまるで主張しているようだった。
「それで、プロフェッサー、有効なデータは取れそうですの?」
 口調は丁寧だったが揶揄する色は隠しきれるものではない。プロフェッサーと呼ばれた老年の小柄な男はしきりとありもしない額の汗を拭きながら答える。
「ああ。先程のものとは比べ物にならんだろう。返す返すもあの男に探査機をつけられないのは残念だ」
 そう言いながらも何が楽しいのか彼は嗤う。コンソールパネルに手を伸ばし、おもむろにマイクに向かって話し出した。それを見ている女性は小さく呟く。
「無い物ねだりにも参るわ。しかし本当に実用化が可能ならば」
 その続きは鋭い眼光の下で消え去るのみであった。

■敵の定義
「ようこそ……君に出来る事はただ一つ。闘って闘って闘い抜く事だけだ……クククッ……せいぜい参照に値するデータになる様に闘ってくれたまえ……」
 男の声がすると同時にホールが明るくなる。天井に取り付けられているのは蛍光灯などの一般的な電飾ではなく、サーチライトのような強い光を発するそれだ。
 闇に慣れていた更科は思わず片手を掲げて光を遮った。
 それとほぼ同時に動き出したものがいる。男女を問わない彼らの共通点は年齢層だけだ。ハイティーンから二十代半ばまでであろうか、恐らくは行方不明になった連中だろうと更科は舌打ちする。彼らが正気でない事が一目で見て取れたからだ。
(さっきのあの子と同じだ……)
 ふらりと立ち上がり何かを探すようにしている彼らをどうするべきか考えあぐねた更科は、それでも木刀を握った。真っ当に相手にすればこの人数だ、いくらなんでも十数人を相手に戦いきれるかなど考慮するまでもないだろう。
 しかし更科が予想だにしない事が起こった。彼らは更科だけを敵と認識しなかったのだ。
 動くもの全てが彼らの敵なのだろう……そう、それが更科でなくても動いてさえいればいい。即ち同じく立ち上がった者達――行方不明者達――をも敵とみなしたのである。
(あの子と同じく何かで強化されている……!)
 制服姿の少女が、近場にいたTシャツの男に躍りかかる。響いたのは息遣いと打撃音と、そして骨の砕ける音だ。
 それが合図となった。一斉に彼らは動き出す。無秩序に戦闘と言う名の宴が始まった。

■闇の宴
 意味をなさない雄叫びとなった声があがる。鋭く振り下ろされる腕がある。受け止める腕、或いはそれを砕かれてされるがままの身体。それらが無秩序に繰り広げられている。そう、彼らにとっては動くもの全てが敵だ。――味方という概念は存在しない。
 その状況の中、学ランの少年と対峙しながら、更科はじりじりと後ろに下がった。一人だけならまだいい。これが長引けばさらに相手は増える。そうなった場合対応しきれるだけの自信は更科には無かった。ならば。
(相手をできるだけ刺激せずに、狭い場所に持ち込めば……)
 背後の通路をちらりと見遣る。あと5メートル。
 その時偶然が彼に味方した――いや、戦うべき相手が増えたという意味合いでは偶然は敵なのだろうか?
 スーツ姿の青年が学ランの少年に飛び掛った。そこに生まれた隙を更科は逃さなかった。身を翻して通路に飛び込むと振り返って瓦礫の一つを蹴飛ばした。
「お前達の敵はこっちだ! 来い!!」
 その声に二対の目が反応してそしてほぼ同時に跳躍する。
(二人同時か!?)
 舌打ちした更科だったが、きわどく少年の繰り出した拳をすり抜け、青年の爪をコートで受け流す。コートにかかった重みが左肩にかかって、僅かに痺れたが頓着していられない。そのまま右手の木刀を少年の首筋に振り下ろす。
 崩れ落ちた少年にかまける余裕は無い。青年が間髪要れずに爪を振り下ろした為だ。左足を軸に身体を回転させて避けようとしたが、コートの裾に青年の腕が絡まり引き倒された。
 咄嗟に腕で目をかばい受身を取る。更科が倒れた大きな音がホールに比べればまだ静かな廊下に響く。
(くそっ)
 ホールの明るさに慣れた目では廊下の暗さが堪える。青年の更なる攻撃を感じて更科はそのまま身体を横に回転させた。咄嗟に左手で掴んだ石を投げつける。
「うわああ!?」
 どうやら、驚異的な体力を誇っているにしても敵を捉える事は視覚に頼っていたらしい。ましてや目の周辺は鍛え辛い場所だ。苦しむ青年の声を頼りに起き上がり様に心臓付近を狙って木刀で突いた。
「ぐああっ!?」
 すでに人間の悲鳴とも聞こえにくい声をあげて、青年は崩れ落ちた。
(これで、二人)
 ホールの方に目をやった更科は、陰惨な光景を目にする事になる。最早、3分の2近くが倒れていた。中には明らかに致命傷と思しき傷を受けている者もいる。
 首があらぬ方へ曲がっている者。
 大量の血を流す者。
 腕をもぎ取られた者。
 知らず、更科の咽喉がごくりと鳴った。これは、ひどすぎる……。
 しかし、感慨に浸る暇もない。通路の先からは新たな影が彼の姿を求めて入り込んでいた。
 赤いボディコンのミニタイトが本来なら良く似合っていたであろう女性。しかし、今はその布地も裂けて、残骸となりかかっている。そもそも赤いのは元の色なのか、血の色で染まったのか。
 流れ出す血の匂いが更科の鼻腔をくすぐる。この状況下では仕方がないとはいえ、あえて慣れ親しみたくもない匂いだ。
 更科は低く構えるとふらつきながら近付いてくる彼女が彼の間合いに近付くまで待った。手負いだ、恐らくは簡単にカタがつくだろう。その油断が、更科の隙を生んだのだろうか。
「ああああああっ!」
 唐突な叫び声をあげて彼女は一気に間合いを詰めた。更科にとっては予想外のスピード。しかし、辛うじて木刀で受け止める事ができた。
 しかし、それは最早人の限界を超えた力。あまりの衝撃に更科は跳ね飛ばされる。廊下の平面を利用して一回転して立ち上がった更科はそのまま、身体を前に倒し気味に体重をかけて木刀を握った右腕を繰り出した。
 更科の一撃で女性は崩れ落ちる。しかし、安心する事は出来なかった。まだ動ける者がこちらに興味を示して進み始めていたからだ。僅かに上がり始めた息が更科の消耗を示している。
(このまま何とか騙し騙し行くしかないな……)
 更科は大きく息をつくと木刀を握りなおした。

■牙城への撤退
 モニタールームはあわただしさに包まれていた。撤退の為の準備で追われる男達の中心にいるのは先程と同じく二人。
「急ぎなさい! 撤退後のウィルス発生処理も忘れないで!」
「何故だ!? 貴重なデータだぞ、最後まで採らんでどうする!?」
 ヒステリックな老人の声音に女性は一瞥を向けただけだ。このマッドサイエンティストは状況というものをわかっていない。それに対する苛立ちと侮蔑を表に出さないだけでも彼女は褒められていい筈だと思う。そうして、まだ薬が完成していない事を思い出して営業用の仮面を貼り付ける。少なくともこの研究において彼は第一人者なのだ。
「収集したデータはギリギリまでメインコンピュータに転送するように設定します。今の段階でも十分なデータがとれていますから。ここは、早く」
 しぶしぶ頷いた老人を彼女は連れ出した。その五分後にはモニタールームはもぬけの殻となっていた。

■行き着いた先
 断続的な戦いをどのくらい続けたか更科にはわからない。ただ、全員が動かなくなった事でようやく息をつき、そして、部屋を探索し始めた。
 その部屋への入り口を見つけたのは偶然だった。瓦礫に引っかかってしまったコートの裾を外しているうちに瓦礫を崩してしまったのだ。その先に一つの扉があった。
 扉の先は真っ黒なモニターが所狭しと並ぶ部屋だった。いや、モニターは真っ黒ではないそれぞれ同じ文面の表示がある。
 No System Disk
 ……全ての画面は初期化が終った後だった。手掛かりはない。ただ、歴然と人のいる気配だけが残っていた。
(一体誰が、こんな事を――)
 更科は無人のモニタールームで一人立ち尽くした。

Fin. Or ……?