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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


調査コードネーム:観楓会をしませんか
執筆ライター  :水上雪乃
調査組織名   :草間興信所
募集予定人数  :1人〜4人

------<オープニング>--------------------------------------


 時下、ますますご健勝のこととお慶び申し上げます。

 わたしが札幌に居を移しまして、はやいもので半年が過ぎようとしております。
 そこで、節目というわけではありませんが、観楓会などを催したいと思います。
 草間武彦 殿にも、ぜひご出席いただきたく、ご案内申し上げます。
 日程は三泊四日。
 宿泊は、温根湯温泉郷「大江本家」二泊。
    「屈斜路湖プリンスホテル」一泊。
 宴は二日目を予定しております。
 当地は紅葉が見頃となっており、穏やかに過ぎゆく北の秋を楽しめるかと思います。
 ご多忙かとは思いますが、お友達もお誘いの上、ぜひご参加ください。
 会費は無料です。



                  新山 綾



※特殊シナリオです。
※水上雪乃の新作シナリオは、通常、毎週月曜日と木曜日にアップされます。
 受付開始は午後8時からです。

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観楓会をしませんか

 車窓に映る景色が後方へと飛び去ってゆく。
 特別急行オホーツク。
 札幌と網走を結ぶ鉄道だ。
 大雪の山嶺を越え、一路、留辺蘂を目指す。
「たまには、列車の旅も悪くないわねぇ」
 シュライン・エマが口を開いた。
「さんせー」
「異議なーし」
 向かい側の座席に腰をおろした酔漢どもが手を挙げて応じる。
 巫灰滋と草間武彦である。
 札幌駅で買い込んだビールに加え、車内販売からもアルコールを買い求め、すっかり出来上がってしまっていた。
「ちょっと。ほどほどにしておきなさいよ。二人とも」
 呆れた顔で、この日、幾度目になるかわからない注意を発するシュライン。
 むろん、効果などないことは承知している。
 久々に仕事から解放され、浮かれきっているのだ。
 血生臭い殺人事件も、異形の者どもとの戦いもない。
 ただの観光旅行である。
 ささくれだった神経には一番の妙薬だろう。
 これに、美味い料理と温泉がつけば、日本人に生まれた喜びを満喫できるというものだ。
「でも、あんまりお召し上がりになると、せっかくのお料理が食べられなくなりますよ」
 もっともな台詞を言ったのは草壁さくらだ。
 とはいうものの、本人が駝鳥の卵でつくったお菓子などを休みなく口に運んでいるので、たいした説得力はもたなかった。
 甘いものは別腹、という解釈でよいのだろうか。
「山々は紅く色付き、気の早い純白が彩りを添える。四季のある国の醍醐味ですね‥‥」
 呟きを発したのは、那神化楽という絵本作家である。
 まとわりついた草間零とイーゴラが、
「ふむふむ」
「ほうほう」
 などと、生意気にも頷いている。
 零はともかくとして、イーゴラに四季の感慨が判るはずがない。
 まあ、それだけ馴染んで来たということだろうが。
 ともあれ、和やかなのは良いことだ。
「‥‥何人か分は、こっちでもった方が良いかもね。参加費」
 心配性の大蔵大臣はおくとしても。
 やがて列車は常紋トンネルを抜け、目的地へとさしかかる。


「やっほー みんなー」
 ホームで手を振る女性。
 新山綾だ。
 敵だったり味方だったり中立だったり。怪奇探偵たちにとっては、なかなか複雑な関係だった助教授である。
「綾〜〜〜」
 酔っぱらいが一人、抱きついてゆく。
 いまさらいうまでもないが、浄化屋だ。
「うっわ、お酒臭い! 呑んでたの?」
「えへへへ〜〜」
 壊れている。
 久しぶりに逢う恋人と大量のアルコール。巫の快楽中枢は、一時的にパンクしてしまったようだ。
「那神さん。お久しぶり」
 とりあえず異次元世界に旅立ってしまった恋人は横に置いて、絵本作家に笑顔を向ける。
「お引っ越しのとき以来ですね。今回はお招き頂きありがとうございます」
 美髭を揺らしながら、軽く頭を下げる。
「堅苦しい挨拶は抜きよ。シュラインちゃんもさくらちゃんも、よく来てくれたわ」
「お世話になるわね」
「これ、お土産です」
 女性陣が、盛り上がりはじめる。
「あー 綾。紹介しなきゃいけないヤツらがいるんだ」
 水を差すように、酔っ払い二号が告げた。
「なによ。武彦」
「ほら、いつも話してる怖いお姉ちゃんだ」
 笑いながら言って、零とイーゴラの背を押す草間。
「‥‥草間零です」
「‥‥イーゴラ‥‥」
 おずおずと頭を下げる二人。
 どんな風に噂が伝えられているか知れたものではない。
「よろしくね〜」
 いまさら綾は気にしなかったが、気にするものも存在する。
「綾は怖くねぇぞぉ〜〜」
 壊れていたはずの男が、フライングクロスチョップの体勢で攻撃を開始する。
 対する草間が、ローリングソバットで撃墜を試みる。
「‥‥‥‥」と、綾。
「‥‥‥‥」と、シュライン。
「‥‥‥‥」と、さくら。
「‥‥‥‥」と、那神。
 四者四様の溜息が漏れた。


 温根湯温泉郷は、留辺蕊駅から車で一五分ほどの距離にある。
 助教授の用意したマイクロバスを使い、一行は無加川の畔に立つホテルへと移動した。
 大江本家という。
 創業は明治三二年。
 なかなかの伝統を誇る温泉だ。
 余談だが、美肌の湯としても知られている。
 男性陣にとっては、ほぼどうでもよいことではある。
「よう。久しぶりだな」
 入り口で手を振っている男。
 サトルと名乗る内閣調査室のエージェントだ。
 その他にも、警視庁の稲積警視正、陸上自衛隊の三浦陸将補、文部科学大臣の緑川女史、アメリカ国防省(ペンタゴン)のハサウェル副長官。
 そうそうたるメンバーが、田舎町のホテルにひしめいている。
「‥‥改めて見ると、綾の人脈って怖ろしいモノがあるよなぁ‥‥」
 酔いから冷めた表情で浄化屋が呟く。
「‥‥なんか私たちって、すごく場違いじゃない?」
 シュラインも、同意見のようだ。
「あ、あれ、エドワード王子じゃないですか? 英国の」
 那神も目を丸くしている。
 彼は茶髪の魔術師の戦いを知らないから、驚くのは当然ともいえるだろう。
 かつて、この国を転覆させようとしたものたちがいたのだ。
 怪奇探偵たちと魔術師の繋がりは、ここに端を発している。
 冬の日比谷公園。
 雪の那須高原。
 早春の富士演習場。
 あの激闘から、まだ一年が経過していないのだ。
「ずっと昔のことのように思えます」
 とは、さくらの漏らした感想である。
 日本の平和は、あのときたしかに守られた。
 だが、いまはまた別の危機を迎えている。
 そういうものなのだ。
 恒久的な平和など、人類の歴史には存在していない。
 破滅への道を一つ塞げば、新たな滅亡の門が開く。
 それが、この青い星に住まうものたちの宿命であるかのように。
 とはいえ、それは生あるものたちの営みを否定することではない。
 限りある命だからこそ、人も動物も植物も懸命に生きるのだ。
 滅び去ることなど、誰も望みはしない。
 過去に絶滅した生物たちも、最後の瞬間まで生きることを諦めなかったはずだ。
 いずれ地球が原子に還元するときまで続くであろう営みだ。
「‥‥少し大きく考えすぎました」
 微苦笑を浮かべる人ならざる美女。
 この星の未来に思いを馳せるのは、別の機会でよかろう。
 いまは、羽を休めるときなのだから。
「荷物を置いたら、ゲームコーナーにでも行ってみましょうか?」
 零とイーゴラを伴って歩き出す。
 楽しむべき場所では、存分に楽しむべきなのだ。
 きっと。


 背の高い草を掻き分け、二つの人影が進む。
 迷彩服に、フェイスペインティング。
 まるで特殊工作をおこなう兵士である。
「さくらさぁ〜ん。もうホテルに帰りましょうよぅ‥‥」
 泣き言を言っているのは零だ。
 まあ、夜も明けぬうちから、三時間も屈斜路湖畔を徘徊していれば、帰りたいと思うのは自然かつ当然というものだ。
「いいえ! くっしーの写真を撮るまでは、戻るわけにはまいりません」
 恋人から借りた一眼レフカメラを首に下げ、さくらが気合いを入れ直す。
 望遠レンズまで装着されたスグレモノだ。
 万の一秒のシャッターチャンスも、絶対に逃さない構えである。
「‥‥いませんよぅ。クッシーなんてぇ」
 疲れたように首を振る零。
 否、実際、彼女は疲労している。
 前日まで、さくらは普通のお姉さんだった。
 一緒に食事をしたり温泉に浸かったり、キタキツネ牧場でソマリたちと戯れたり。
 しかし、屈斜路湖に到着して以来、金髪緑瞳の美女は一変したのだ。
 それこそ、狐にでも憑かれたかのように。
「くっしーの写真を撮ります」
 静かなる宣言。
 呼応したものは、残念ながら零しかいなかった。
 それだって、物見遊山の域を出ていない。
 出発直前、迷彩服とか野鳥観察用の道具とかを渡されたときには、自らの選択の拙さを神と悪魔にむかって愚痴った零である。
「川上タケシ探検隊じゃないんですからぁ」
 えらく懐かしい例を持ちだしたものだ。
「お詳しいです。私もあの番組は見ておりました。中の鳥島でも放送されていたのですか?」
「一応、というより衛星放送だって受信できるんですよ」
「おや? それはすごいですねぇ。櫻月堂はまだびーえすは契約してないんですよ」
「‥‥私も契約してないですけど‥‥」
「あらら。ダメですよ。ちゃんと受信料は払わないと」
「‥‥興信所のは払ってます‥‥一応」
「それは重畳。では、まいりましょうか」
「はぁ‥‥」
 話が二転三転するうちに、零はすっかりさくらのペースに巻き込まれてしまった。
 さすがというかなんというか、人を煙に巻くテクニックは超一流である。
 ただ、さくらとしてもクッシーなどという存在を鵜呑みにしているわけではない。
 というより、九八.七六パーセントくらいの確率で嘘だと思っている。
 にもかかわらずこんなことをしているのは、それなりに事情があるのだ。
 話は、東京を発つ前に遡る。
 その日、櫻月堂にかかってきた一本の電話が、さくらの運命を決定づけたといって良い。
 曰く、
「もし屈斜路湖に行かれるんでしたら、くっしーの写真をお願いいたします。是非」
 電話の声は玉ちゃんだった。
 さくらが頭の上がらない数少ない人物の一人である。
 断れようはずもない。
「そんなモンいるわけねぇだろうが! ゴルァ!!」
 などと威迫するなど思いもよらぬ。
「はい。お任せください」
 そう答えてしまったさくらは、事実上、零の延長線上に存在するのだろう。
 ひどい話である。
 だれにとってかはしらないが。
「お腹がすきましたよぅ」
「零さま‥‥食事の必要ありましたっけ?」
「気分の問題ですぅ」
「心頭を滅却すれば火もまた涼し、です」
「快川禅師の言葉なんか持ち出しても、ありがたくないですぅ」
「ワガママなお方ですねぇ」
 そういう問題でもないような気がするが、とにかく二人は過去に目撃情報があった地点まで進出していた。
 そして、待つこと一時間。
 湖面は、相変わらず悠久の青をたたえて静かな波を見せている。
「‥‥でませんねぇ」
「‥‥‥‥」
 うつらうつらしている零は、当然なにも応えない。
 ここまで付き合っただけでも、まず立派なものである。きっと。
「‥‥仕方ありません‥‥」
 ぼそりと、さくらが呟いた。
 もし零が起きていれば、口調の剣呑さに警戒感を強めただろう。
 金髪の美女の手が、自身の服のボタンにかかる。
 早朝からストリップをするわけでは、むろん、ない。
 屈斜路湖名物、砂湯温泉に入るわけでもない。
 じつは最後の手段である。
 変化の術を用いて、クッシーに化けるのだ。
 そのために迷彩服を脱ぎ捨てているのである。
 とはいえ、変化するといっても、さくらはクッシーの実物を見たことがない。
 せめて写真でもあれば良かったのだが‥‥。
「やっぱり、クビナガリュウでしょうか。オーソドックスに‥‥」
 下顎に軽く右手を当てて考え込む。
 裸で。
「‥‥あれ? さくらさんもお風呂ですか?」
 突然、零が意味不明なことをほざき、服を脱ぎはじめた。
 寝惚けているのだ。
 まあ、ここ一日二日、温泉三昧だったから、気持ちは判らなくもないこともない。
「ち、ちょっと零さま!?」
 慌ててさくらが止めに入る。
 裸で。
 さて、ここで思い出さなくてはならないことがあるだろう。
 屈斜路湖は観光地として有名だが、それ以上に、釣りのポイントとして名が知れている。
 なにしろここでは、幻の魚「イトウ」が釣れるのだ。
 そして秋といえば、イトウを含めたマス科のシーズンである。
 ということは、当然の事ながら屈斜路湖周辺には釣り人がいるのだ。大勢。
「‥‥‥‥」
 さくらの脳裡には、昨日、綾から聞いた説明が走馬燈のように駈けめぐっていた。
 ちゃんと理解しているはずだ。
 だから、目の前で唖然とたたずんでいる中年男性の正体も知っている。
 釣り人だ。
 唖然としている理由も判る。
 自分が裸だからだ。
「‥‥‥‥」
「‥‥‥‥」
「‥‥‥‥」
 裸の美女がひとり。半裸の美少女がひとり。服を着た中年男性がひとり。
 屈斜路湖畔の砂が、さらさらと風紋を刻んでゆく。
「‥‥あの‥‥」
 空白の数秒が流れ‥‥。
 よせばいいのに、釣り人が声をかけた。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!???」
「いゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!???」
 草間興信所の誇る美女たちの絶叫が、静かな湖に吸い込まれていった。
 湖面に映った太陽が、表情の選択に困ったように揺れている。

 後日のことになるが、地元の新聞に「湖畔に舞い降りた天女」という記事が掲載される。
 それは、ふたりの美しい天女が砂湯を楽しむために湖畔を訪れるのだという、愚にもつかない与太話であった。
 観光客を集めるための宣伝だろう。
 記事を読んだほとんどの人がそう思った。
 事実は‥‥不幸な二人の美女と幸運な一人の男性だけが知っている。

 
  エピローグ

「どう? 少しは骨休めになった?」
 綾が訊ねる。
「まあね。今度は東京にも遊びにきてよ」
「俺は、ちょろっと仕事済ませたらすぐ札幌に戻るから」
 笑いながら話すシュラインと巫。
「もうすぐ北海道は冬になるんですねぇ」
 しみじみと語る那神。
「‥‥‥‥」
「‥‥‥‥」
 えらく疲れたような顔で黙り込んでいるさくらと零。
 それぞれに、いろいろあったようだ。
 帰りの車内では、さぞ盛り上がることだろう。
「それじゃ、帰るか。季節のないメガロポリスへ」
 言って、草間がイーゴラの頭に手を置く。
 秋の空気を揺らしながら、特急オホーツクが網走駅に入線する。
 高くなった空が、旅行者たちを見守っていた。
 まるで休暇の終わりを告げるように。



                         終わり


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

0086/ シュライン・エマ /女  / 26 / 翻訳家 興信所事務員
  (しゅらいん・えま)
0134/ 草壁・さくら   /女  /999 / 骨董屋『櫻月堂』店員
  (くさかべ・さくら)
0143/ 巫・灰慈     /男  / 26 / フリーライター 浄化屋
  (かんなぎ・はいじ)
0374/ 那神・化楽    /男  / 34 / 絵本作家
  (ながみ・けらく)

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■         ライター通信          ■
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お待たせいたしました。
「観楓会をしませんか」お届けいたします。
振り返ってみると、旅行モノって多いですよねぇ。わたし。
楽しんで頂けたら幸いです。

それでは、またお会いできることを祈って。