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<PCシナリオノベル(シングル)>


求めよ、然からば与えられん
「あんた今幸せ?」
せめてちょっとスイマセン、とか、今お時間よろしいですか、とかの前置きすらなく唐突な質問を投げかけられ、久喜坂咲はくるりと舞踏的な動きでスカートの裾を翻して身体を反転させると、無礼な輩にビシリと指を突きつけた。
「あらそんなの勿論決まってるじゃない?幸せよっ」
駅前から真っ直ぐに伸びる小洒落た店の並ぶ通り、平日の日中とはいえ人も車も多い中、発声練習で鍛えられた演劇部所属の咲の声はよく通って衆目を集める。
「それとも不幸に見えて?」
 片手は自分の胸に宛て…仕立ての良いオールドローズのワンピース、絞られたラインは細く、腰の位置から柔らかな広がりで清楚な印象を与え、同じくローズカラーで纏めた靴とショルダーバッグ、唯一濃色のリボンで緩やかに波打つ茶の髪の一房だけを後頭部で纏めた装いは、日本人らしからぬ肌の白さに良く似合っていた。
 その身形の良さ、よりも彼女の生気に満ちた瞳が、己が自信を裏付けている。
 そして彼女の対して愚問、とも言える問いを向けたのは…目元を覆って隠す円いサングラス、そのブリッジに突きつけられた指に、「降参」とばかりに肩の位置まで両手を挙げた、一人の青年。
「悪ィ悪ィ。あんたがあんまり目ェ引くもんだからつい声かけちまって」
その姿は見事なまでの黒尽くめ、である。
 見るからに重たげな皮のコートは季節にそぐわず…否、たとえ冬の最中であっても充分にアヤシすぎる風体だ。
 そしてサングラスを外した下の瞳は、不吉な月を思わせて赤い。
 けれども、どこか警戒心を削ぐ人好きのする笑顔で、青年は丁度目の前にある喫茶店を親指で示した。
「奢るからさ、時間あんならちょっと茶でもしばかねぇ?俺、今暇なんだよ」
「ナンパならお断り」
無下に言い放ち、そのまま横を擦り抜けようとする咲の腕を青年の手が掴む。
「ちょ…ッ!」
抗議と同時、掴まれたと反対の腕は青年の顔を目掛けて肘打ちを繰り出している。
 相手が先に手を出したのだから、立派な正当防衛だ。
 だが、合気道を嗜んでなまじな男に退けを取らない咲の攻撃を、青年は片手で容易に防いで一瞬眇められた目は紅く鋭い。
「あんた、かなり普通じゃねぇよな?」
その、「普通」という言葉の意味がかかる場所、それが常人の言う所と別にあるのを感じ取り、咲は僅かに眉を顰めた。
 この身に息づく、陰陽師の血。異質だと言われればまずそれに思いが及ぶ。
「興味あンだよ。そういう人の、」
けれどまた笑った瞳に敵意はない。
「生きてる理由みたいなのがさ」
そしてこちらの気を削ぐ口調で、「な?」と喫茶店を指差す。
 咲はひとつ息をつくと、青年を見上げた。
「手を放して。レディーに対して失礼よ」
言われてようやく気付いたのか、青年は慌てて握ったままの手を開放するのに、咲は青年にもう一度指を向けた。
「それに女の子への誘い方がなっちゃないわ!女のコは誉めてから誘うものよ!」
今度は鼻先に突きつけられた指に、ちょっと寄り目になる。
「普通じゃねェって…誉めてないのか?」
不思議そうに聞かれて咲の肩から力が抜ける。
「あなたの方が普通じゃないじゃない…いいわ、付合ってあげる」
手首の時計を一瞥すると、咲は青年の腕に自分の手を絡めて些か強引にエスコートの形を取らせ、示された店へさっさと足を向けた。


 青年は心得てしまえば慣れた様子で、案内されたテーブルの上座を引いて咲を促した。
「ありがとう」
対する咲もごく自然に左側から腰をかける。
「多少は『なった』カンジ?」
その正面の椅子を引いて笑う…先ほどの「なっちゃない」発言に気を使ったらしい。
「わりとね」
咲はスカートに皺が行かないようにさり気なく掌で伸ばしながら続ける。
「でも基本が抜けてるわ。貴方、まだ私の名前を聞いていないコトに気付いていて?」
青年は口を「O」の字にし、ポン、と手を打つと軽く頭を下げた。
「そりゃ確かに抜けてるわ…ピュン・フーってんだヨロシク」
「久喜坂咲と申します」
応じて咲も会釈を返し、二人同時に頭を上げたタイミングを見計らうように水とおしぼりとメニューとが並べられるのに当然の如く、ピュン・フーは咲にメニューを差し出し、また咲も自然に受け取った…のだが。
 咲はパタン、と薄く二つ折りのそれを閉じると、にっこり笑ってピュン・フーへと返した。
「お任せしますわ」
女性たる者、財布の中身を知る当人のみである殿方に恥をかかせるべきでない局面…例えば本格フランス料理店や、日本料亭の老舗で発揮されるべき気遣いを疑問に思いつつ、ピュン・フーはメニューを広げ…その意味を悟った。
 広げたメニュー、天の川を思わせて斜めに紺色の川に散らばるメニューは「流☆の宴」やら「ダイヤモンド・スター☆」やら。
 白とピンクを基調にしたファンシーな色彩の店構えに、所々アクリル製の星のオブジェが飾られる…そういえば、備え付けの砂糖壺の中身の角砂糖も星型であった。
 そんな徹底した経営理念の追求がメニューにも現れているのだろうが、特に添え書きがあるワケでなく、その名だけで如何なる料理が出てくるのか掴めない。
 これは咲が控えめであるとするべきか、それとも逃げの一手を打ったと見るべきか。
 ピュン・フーは無言のまま、手持ち無沙汰に立つウェイトレスを指で呼んだ。
「………今日のケーキで一番出来がいいのは?」
メニューを閉じたままで差し出し。
「モンブランがよろしいかと」
「んじゃそれをふたっつ」
ピッと立てた二本指に、ウェイトレスは笑顔でオーダーを書き込んだ。
「承知しました、お飲物は如何なさいますか?」
「セットだと、どれ?」
「こちらになります」
ウェイトレスは脇に挟んだメニューを再度取り出し、一列を示してみせた箇所をピュン・フーも指差す。
「咲、何飲む?」
「グレープフルーツジュースを頂ける?」
無難に逃げた咲に、ピュン・フーは「彗☆の尾」のアイスを選択してみる…ただ単、飲み物の項目の一番上だったからだ。
 どうにかこうにかオーダーを終え、ピュン・フーは軽く肩を回した。
「変な店に入っちまったな…」
「そう?可愛いと思うけど」
手にしたグラス、水に浮かぶ氷も星型だ。
「まぁ、努力は認める…」
なんとなく敗北した気分で、ピュン・フーは一息に水を飲み干した。
「しかしこの拘りの理由を問いただしたくはあるな」
厨房の方に目をやるピュン・フーにつられて視線を動かせば、丁度ウェイトレスがケーキセットを持ってくる所だった。
「こちら、☆の巡り合わせになります」
モンブランとグレープフルーツジュース…そして、アイスコーヒー。
「…妙なスリルのある店だな」
何が出てくるか分からない、というのが売りなのだろうか。
 とにかくも妥当な品が来たのに目に見えて安堵するピュン・フーに、咲は小さく笑った。
「ピュン君って幾つなの?」
「ピュン君って………二十歳だけどさ」
思わず半眼になるピュン・フー。
「ピュン君やフーちゃんは不可。あだ名みたいなモンだから敬称も要んねーからな。納まりも悪ィし…ただピュン・フーとだけ呼ぶよーにOK?」
ストローを振りながら、とくとくと妙な拘りを語るピュン・フーに咲は眉を上げる。
「あら、だったら私も呼び方に関して主張する権利があるワケよね」
テーブルに肘をつき、すんなりと細い指を組んだ上に顎を乗せて微笑む。
「それじゃぁ私は咲ちゃんって呼んで?」
「OK」
互いの主張を交換しての取引成立に、笑みを交わす二人。
 傍目には仲のよろしいカップルに見えない事もないが、言ってる内容はまるで子供だ。
「でもピュン・フーって変な名前よね、どういう意味?」
「ヒミツ♪」
そう笑って細められた瞳…それは色を深めて一瞬、紅の色合いに目を染めたように錯覚させた。
 咲は、無彩色の中の唯一の彩り、澄みながらも禍な印象の拭えない、奇妙な色に眉を顰める…血を思わせるそれの内に判じきれない何かがあるような気がして。
「変わってるわね」
咲はそうとだけ評し、グラスを引き寄せた。
「だいたい、女のコを誘うのに人生命題を持ち出すあたりで既に変よね…生きるのに別に理由なんて必要ないと思うけど?」
「確かに生きるだけなら、今のご時世不自由はしねーな…だからこそ」
ピュン・フーは続ける。
「なんで人にないモノを持つ人間が居るんだと思う?」
 必要だから、とは返せない。
 血と知識、それを繋ぐ為に続くような血脈の内に組み込まれた生、人に有らざる力が強ければ強いほどに…否、まるで人でない事を求められるような。
「…どんな力があっても、自分の納得出来る生き方が出来ればいいんじゃないかしら。あえていうなら『私が私らしくある為』かしらね」
 一族の有り様に反発して此処に居る自分自身だが、力がなければ、とだけは思った覚えはない。
「誰の為でもなく自分の為に」
咲の言葉に、ピュン・フーは小首を傾げた。
「そーやって自分らしく生きてっから、咲ちゃんは幸せ?」
その問いに小さく笑う。
「それ以上にその生が誰かの力になれるならきっと嬉しいと思う…もちろんピュン君の事も含めてね」
最後の一言は、ピュン・フーの呆気にとられた表情を引き出すのに成功した。
 そのピュン・フーに、咲はにっこりと笑いかける。
「言っておくけど、本気よ?」
ストローに口をつける…途中、折り曲げて形作られた☆が、つ、と薄いピンクに色を変えた。
「そりゃ…まぁ、ありがとう、と言うべきか……咲ちゃんは可愛いな、全く」
少々困ったように頬を掻き、次にピュン・フーは笑いを返した。
「可愛い?」
咲はその単語に反応した。
「可愛いって……具体的に言えばどこ!?」
身を乗り出す咲、その問いかけの強さに半ば気圧されるように同じ距離だけ身を引いたピュン・フーは失言だったかと内心に汗をかく。
「えーっと……全体的に何か、そんなカンジ?」
全然具体的じゃない。
 けれども咲はその答えにストン、と椅子に腰を落ち着けると浮かべたはにかんだ笑みに、何故かピュン・フーも照れてしまい、アイスコーヒーを手にそっぽを向いた…と、左の胸を押さえる。
「おっと…」
コートの内ポケットから、振動を繰り返す携帯を取り出し、液晶画面を確認すると軽く息をつく。
「悪ぃ、仕事が入っちまった」
残念そうな口ぶりで辞意を告げるピュン・フーの手から、咲はスルリと携帯を引き抜いた。
「おい?」
突然の行動に反応の遅れたピュン・フーの目の前でダイヤルする…咲のショルダーバッグの中からくぐもった着信音が鳴る。
「私の携帯番号…困ったら連絡して」
引き抜かれた形のままであったピュン・フーの手に携帯を戻し、咲は自分の携帯を取り出すと、コールしていた番号をアドレス登録した。
「貴方も素敵な理由見つけられるといいわね」
そう、真っ直ぐにピュン・フーの目に視線を据えて、笑みと共に投げかける言葉。
「……そううだな」
一瞬の沈黙の後、ピュン・フーは笑いを返す。
「んじゃ、せめてもの礼に…」
携帯を軽く振って示し、咲の耳元に顔を寄せて囁くように告げる。
「力の及ばねぇ事が起きる前に、東京から逃げちまいな、出来るだけ早く」
笑いを含んだ瞳…その癖に、真剣な紅。
「それとももう死にたければ、も一回、俺の前に姿を見せればいい。ちゃんと殺してやるから」
まるで不吉な予言のような約束。
「……どういう、意味?」
咲の問いにだがしかし、
「ヒ・ミ・ツ♪」
一文字ずつの区切りに、ピュン・フーは悪戯っ子の笑みで指を振ってみせ、あっさりと背を向けた。