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<PCシナリオノベル(シングル)>


第一話 壱比奈
◆裏路地にて
夕暮れ近く、取材の帰りに通りかかった裏路地で、大塚 忍は見覚えのある少女を見かけた。

「あれは・・・この間の・・・」
大塚の脳裏に苦い記憶が蘇える。
偶然乗り込んだ雨の中の列車の中での、血生臭い戦いの記憶。
あの時は運良く列車から逃げ出し、その場から逃れることができたが・・・
大塚は少女の後姿が路地の影に消えるのを見送って、自分も家路へと踵を返そうとしたが、そのまま立ち止まった。
大塚の中で葛藤が生まれる。行くな、そのまま帰れと叫ぶ声と、あの危険な少女をこのままにしておいて良いのかと問う声。
大塚はしばらく立ち尽くしていたが、何かを振り切るようにぶるっと頭を振るうと、少女・・・壱比奈の消えた方向へと向き直った。
「誘ってるんだろ・・・いいさ、乗ってやるよ。」
そう言うと、壱比奈の入っていった路地を強い意志の光を宿した瞳でまっすぐに見据えて、一歩その足を踏み出したのだった。

壱比奈が入っていった路地は狭く、なにやら生臭い匂いが立ち込めていた。
道・・・というよりは建物の間に生まれた隙間のような場所だ。奥は暗く、どこまで続いているのかもよくわからない。
「あ・・・」
目をこらすと、路地の奥を影が曲がってゆくのが見えた。
大塚は、意を決して足を踏み込む。
なんだか、この路地に入り込むのはバケモノの口に入り込むような・・・そんな感じがした。
生臭い臭いの中を、早足で奥へと進む。
表通りからの雑踏も途絶え、自分の足音だけがやたら大きく聞こえる。
「確かこっちに・・・」
影が曲がっていった方向を見ると、更に細い通路が続いている。
大塚は持っていたカバンの中から小さなライトを取り出すと奥を照らす。
「・・・行き止まり?」
ライトの光が何とか届く先に、ぼんやりと壁が立ちはだかっているのが見える。
両脇は建物でふさがれ、ほかに抜ける道は無い。どこかですれ違った記憶も無い。
「どこへ・・・?」
大塚は更に狭くなった路地を奥へと進んでゆく。
体を横にしないでやっと通れる位の幅しかない。
「・・・!」
もう一度、通路の奥、行き止まりの壁だと思っていたところをライトで照らすと、そこに古びた鉄製の扉が在ることに気がついた。
近づくと錆びの浮き出たその扉には、赤いスプレーで「KeepOut!」と書きなぐられている。
「立ち入り禁止・・・か・・・」
よく見れば、誇りの積もった足元には、小さな子供の足跡が混じっている。
しかも、まだ新しい。
「間違いなさそうだな。」
大塚は軽く肩を竦めると、ライトを手にしたまま、用心深くその扉を押し開けた。

◆廃墟
「う・・・」
扉の奥には更なる暗闇が続いていた。
通路に漂っていた生臭さに、誇りや黴の匂いが入りまじり、来る者を拒んでいるようだ。
大塚はハンカチで口をおさえると、入り口が完全に閉まらないように扉に石をはさみ、建物の中へと入ってゆく。
自分の足音以外まったく何も無い空間の中で、緊張だけが悪戯に高まってゆくようだ・・・
建物はどうやら放置されて久しい倉庫のような場所らしかった。
大塚が入ったのとは逆の壁がシャッターになっているところを見ると、そこが元々の入り口だったのだろう。
しかし、そのシャッターもかたく錆びつき、使われた形跡はない。
大塚は足元に積もった誇りに残された小さな足跡を頼りに、奥へ奥へと足を進める。

そして、突きあたりに更なるドアを見つけた。

錆びついたそのドアを見た瞬間。大塚の心臓が耳に聞こえるほどの鼓動を上げて脈打った。
「・・・この先・・・居る・・・」
大塚にはわかった。
この扉の向うに、少女・・・壱比奈が待ち構えているのが。
大塚の中の声が、それを知らせる。
それが何なのか、どうしてなのかはわからない。
だが、大塚には「わかった」のだ。
苦しいほどの鼓動をおさえようと、大塚は胸を押さえ呼吸を整えようとする。
しかし、その心臓はまるで自分の思いのままにならず、ドクンドクン・・・と強く鼓動を繰り返す。まるで体の中で別の何かが踊っているようだ・・・。
先日の血まみれの記憶が脳裏に鮮明に蘇えってくる。
壱比奈に殺された人間たちの無念が頭の中に響く。
許せない・・・許せない・・・許せない・・・
大塚はそんな声に突き動かされるように、ふらりと扉の前に立った。

◆覚醒する魂
「こんにちは。おねぇちゃん・・・また会ったね。」
扉の向う・・・ぽっかりと何も無い空間の真中に、黒尽くめの少女が立ってこちらを見ている。
左右で色の違う瞳が、暗闇の猫のようにギロギロと光って見える。
「この間はすごく痛かったのよ。壱比奈・・・痛いのは嫌いなの。」
壱比奈は上目遣いで大塚を見ている。
大塚は言葉も出ずに、ごくりと息を飲み込んだ。
外見は幼い少女なのに、異常なまでの威圧感を感じる。
「痛いことをする、おねぇちゃんなんて・・・大っ嫌いよっ!!」
「うっ!」
壱比奈の叫びと共に、かまいたちのような鋭い刃の風が大塚に襲い掛かる。
それは実際の風ではなかったかもしれない。
少女の気迫というか・・・そう言ったものが、風のように圧力を持って大塚に吹き付けてきたのだ。
大塚は怯まずライトを握り締めた。そして、ライトを握っているのとは逆の手でポケットの中から小さな缶を取り出しに握り締める。
「なんで、人を殺したんだ・・・あの列車で・・・あんなに・・・」
大塚は壱比奈に向かって言った。
声が震えている。
恐怖ではなく・・・強い怒りで。
「人間は玩具じゃないんだっ!」
「うるさいっ!」
壱比奈はゆっくりと大塚に詰め寄るように近づいてくる。
「なによ、何の力も無いくせに・・・子供だからって馬鹿にしないでよ・・・」
「力があったからって、やって良いことと悪いことがあるんだ・・・キミは間違ってる。力をそんな風に使っちゃいけない・・・」
大塚は喉が異常に渇くのを感じた。
どこか・・・自分の中でこの少女と戦いたがっている何かに、話し掛けるように壱比奈に言う。
「力でねじ伏せることが・・・正しいことじゃないんだ・・・」
「おねぇちゃんの言ってること・・・わかんないわ。私はつまらないの・・・何にも出来ない大人が威張ってばっかりで・・・こんな世界なんて・・・」
壱比奈は一層殺気をはらんだ瞳をギロリと光らせ、言った。
「こんな世界なんてなくなっちゃえばいいのよ。」

◆1人の少女、双子の少女
壱比奈の叫び声と同時に現れた無数の鬼火が、一斉に大塚に襲い掛かる。
「くっ!」
大塚は自分の体に己の霊気を纏わりつかせるととりあえずの鎧とし、その鬼火を腕で叩きはらった。
しかし、鬼火はふわふわと手ごたえ無く空に散ると、再び塊となって大塚に向かってくる。
埒があかないのはわかっていた。
大塚は鬼火を避けながら、それを放っている壱比奈の方へ目をやる。
壱比奈は大塚が苦しみ悶えている様を見て、声を上げて笑っていた。
「チクショウ・・・」
大塚は壱比奈が油断しているのを確認すると、纏わりつく鬼火を一気に払い落として、壱比奈の方へと飛び掛った!
「きゃっ・・・!」
壱比奈は短く悲鳴をあげたが、すぐに大塚に床に組み伏せられてしまった。
「この鬼火を消せ!大人しくするんだっ!」
「いやっ!」
壱比奈は自分を押さえつけている大塚の手に思いっきり噛み付いた。
「痛っ!」
大塚の力が緩んだ一瞬の隙をついて、その手から飛び出そうとするが、大塚も咄嗟に少女のスカートの裾をつかんで引き寄せる。
「はなせぇっ!」
壱比奈はめちゃくちゃに暴れまわる。
「継比奈!来て!継比奈ぁっ!」
鬼火に照らし出されたおぼろげな空間に、壱比奈の絶叫が響き渡った。

「壱比奈・・・」
鬼火の輝きとは別の、蛍のような燐光が大塚の頭上に輝く。
「えっ・・・!」
大塚は一瞬何が起こったのかわからなかった。
気がついたときは、壁に激突し、床に放り出され、全身がきしむように痛んでいた。
「ぐっ・・・ごほっ・・・」
声を出そうにも、衝撃に肺が痙攣してしまっているらしく、身動き一つ撮ることができない。
「壱比奈・・・来たよ・・・」
大塚の頭上で輝いていた燐光は、真っ白い少女の姿に変わる。
少女・継比奈は冷ややかなその・・・左右色の違う瞳で大塚を見ている。
「継比奈っ!あいつを殺してっ!殺しちゃってよぅっ!」
ヒステリックに叫ぶ壱比奈とは対照的に、継比奈は生気の無い・・・殺意すらない瞳でじっと大塚を見ている。
「わかったよ、壱比奈・・・」
操り人形のようにコクンとうなずくと、継比奈はうずくまっている大塚に向かって手をのべた。
「死統べる異界より・・・餓鬼召・・・」
「させるかぁっ!」
大塚は継比奈の言葉が終わらないうちに、すべての力を振り絞って二人の少女に飛び掛る!
そして、手に握り締めていた小さな缶を思い切り叩きつけた!

「ぎゃぁあああああああっ!」
缶が地面に打ち付けられた瞬間、真赤な煙吹き上がり、獣のような叫び声があがった。
大塚はあたりに立ち込めた煙を避けるように部屋の外へ飛び出すと、後ろでにドアを閉めた。
部屋の外へ出ても、その刺激が大塚の喉を焼いている。
大塚が投げつけたのは護身用の催涙スプレーだった。
唐辛子の成分を強烈に強めたそれは、肉体を持ち呼吸をするものには耐えがたい衝撃となって襲いかかる。
大塚の背後でドンッ!ドンッ!と何かがドアにぶつかっていたが、大塚はその扉を開けようとはしなかった。
あれをもろに食らったら、命に関わることは無いものの、気絶は免れない。
大塚はそのときを待っていた。
やがて、背後で聞こえていた音は弱まってゆき、ついには聞こえなくなった。
ガスの効果は15分。
大塚は時計を見ると、念のためスタンガンをカバンから取り出し握り締めた。

ギィィ・・・

重い音を立てて扉を開く。
ガスは沈静化し床を赤く染めていたが、空気にはまだつんと刺激のあるものが残っている。
大塚はそれを吸い込んでしまわないように、ハンカチで口を被うと用心深く部屋の中へと入った。
そして、足元に落ちているライトを拾い上げ、部屋の中を照らした。
「何だ・・・これは・・・」
部屋の中に少女たちの姿は無かった。
しかし、ドブネズミ位の大きさの生き物の死体が無数に転がっている。
爪先で転がすとそれは完全に息絶えているようで、体液を吐き散らかした口だけがぬらぬらと光っている。
「この間の電車で人間を襲ったのもこいつか・・・」
死体の口には鋭い歯が見えている。
こんな生き物が一斉にこれだけの数襲い掛かってきたら・・・
大塚は考えただけでもゾッとした。

更に室内を探すように灯りをめぐらしたが、床中にその謎の生き物が死んでいる以外にはなにも無かった。
「逃げられたか・・・」
大塚はそう呟いたが、心の中で少し安堵していた。
あの少女たちと対峙していると湧き上がってくる、強い力・・・。
大塚の中にある何かが、少女たちと接触するたびに強く目覚め始めている。
少女たちと自分が対峙するのは、何か因縁めいた物があるのかもしれない。
はっきりとはわからない何かが・・・
大塚は、重くのしかかるようなその思いを頭を振って払いのけると、静かにその部屋の扉を閉じた。

バタン・・・

その音が、とりあえずの終了と新たな予感の幕開けを告げているようであった。

The End ?