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<PCシナリオノベル(シングル)>


罪が支払う報酬
 思えば、ケチのつき初めはニュースの占いだった。
 その日一日の流れを盾に取って、朝一番から人を天国か地獄かその中間かに叩き込む、星座やら血液型やら風水やらに形を変えながら、どの局でもこぞって放映しているそのコーナー、自分が当て嵌まる項目が最下位で『約束を守らないと自業自得の目に…』なんて重苦しいBGMで告げられるとやはり不快に思いはする。
 開運の鍵は人助け、と気持ちを少しでも浮上させようという配慮を横目に、笹倉小暮はトーストを呑み込んだ。
 それを頭から信じる程行く末を悩むつもりもなく、そんな物に頼らねばならぬ程人生を投げてはいない…のだが。
 微妙にブルーが入るのもまた人情というものだ。
「…なんか…学校行くの、やめとこうかな…」
果たして本日何人の人間がそう思った事だろう。
 でも借りてたCDを返さなきゃだし、今日必ずって約束してたし、約束は守らなきゃだし…と、思考が占いに影響を受け始めている自覚が小暮自身にあるやらないやら。
 だが、学校に行こうとしたら定期が切れてて改札で止められるわ、校門が閉まる寸前に靴紐が切れてすっころぶわ、生徒手帳の提示を求められたらこれを忘れてておでこに思いっきり遅刻のハンコを押されるわ、教室に入ろうとしたら鴨居に頭をぶつけるわ、肝心のCD返そうとしたらディスクをコンポの中に入れたままだわ…それだけの出来事が家を出てから1時間の間に起これば、如何にのんきな小暮でもちょっと凹む。
「お前、早退した方がいーんじゃねー?」
結局CDを返して貰えなくて怒っていた友人も、正午が回る頃には疲労で机に懐く小暮に哀れを覚えたらしい。
「そんでもっかい学校に来い。俺のCD持って」
こいつは人じゃない。
 心からそう思った小暮だが、掃除当番が気になって帰れないまま、様々な諸々に見舞われながら迎えたようやくの放課後、である。
 けれども日はとっぷりと暮れきり、昼のそれからは考えつかない程に冷え切った校舎は等間隔に四角く、内包する闇を覗かせて静まりかえっている。
「今日は…ついてなかったな」
数えれば両手に足の指まで足しても足りない不幸の一日をあっさりしすぎな感想で締め、小暮は眼を瞬かせると首筋に手をやった。
 眠たくて首筋が熱く、外気に冷たい手を押し当てて眠気を多少なりと和らげようとしながら、家につくまで保てばいーな、などと思いつつ、校門を出ようと一歩を踏み出そうとした瞬間に、それは来た。
「ぃっくしゅん!」
浮かせかけてた足をその勢いにダン!とばかりに踏み下ろして踏ん張ったその鼻先を黒い影が疾風の勢いで抜け…ようとしたがかなわなかった。
 何故なら、その影のコートの裾を絶妙のタイミングで小暮の足が踏みしめていたからだ。
 それでもどうにか転けずに堪えたのは、元々に重心を低く、勢いを殺す為に地についた片手の恩恵に他ならない。
「ピュン・フー?」
その影…無彩色の中で唯一生気を持って、けれど不吉な月の色の赤、かなり低い位置から見上げて来る瞳に覚えがあり、思わずに名が口をついて出た。
 険しく鋭さを増していたその赤い瞳が、小暮を認めて軽く開かれる。
「よぉ、小暮。どしたんだこんなトコで」
それはこっちの台詞である。
「ここ…俺ン高校」
「へー、そーか、頑張って学んでるんだな青少年」
笑いかけるピュン・フーに、だが小暮は答える事なく、しばし固まって…弾けた。
 その動きを予想していたピュン・フーはどうにか直撃を回避し、頭を下げる形になった小暮の…頭上をチュインと妙に間の抜けたわりに鋭く短い音が抜けた。
「……え?」
それはドラマや映画で耳慣れた…というか、ホントにそんな音がするんだ、と恐れよりも先に感心してしまった空を切る、弾丸の音。
 そしてそれは、もし、くしゃみをしていなければ間違いなく小暮の頭にヒットしていただろう。
「その男から離れろ!」
その小さな死を吐き出した黒い銃口をピュン・フーに向け、電柱に鼻先をめり込ませた黒いベンツから半身を乗り出した男が小暮に声を放った。
 その威圧的な調子に、ピュン・フーは軽く肩を上げた。
「お前等、初対面の相手にそれはねーだろーよ。それよか先に間違えて撃ってゴメンなさいじゃねーの?」
「黙れ、裏切り者!」
台詞を遮って強く喝せられるがピュン・フーは全く堪えた風もなくやれやれと首を振って見せる。
「裏切り……」
なんとも物騒な響きだが、彼等とピュン・フーとが仲間だったという事は容易に信じられた…素材は違えど、双方共に見事なまでの黒尽くめ、である為だ。
 小暮の呟きを耳に止めたピュン・フーがニヤ、と笑う。
「アイツ等が持ってる薬がねェと、死ぬんだよ、俺。だからくれっておねだりしてんの」
敵意に満ちた声をぶつける男達と、さらりと爆弾発言をして笑ってみせるピュン・フーとを見比べ、小暮はうーん、と腕を組んで首を傾げた。
「信じるか?」
何をとも、どちらをとも、明確でないその問いかけに、小暮は反対側に首を傾げ直した。
「その男は危険なテロリストだ!早くこっちに来い!」
誤射しておいて今更な男の言い分に、小暮はもう一度双方を見ると、決意を込めて小さく頷いた。
「ピュン・フーの方、信じるし」
その答えに、ピュン・フーはおや、という面持ちで眉を上げた。
 その表情を受け、相変わらず眠そうなまま小暮はその信に至るまでの思考を指折る。
「だって、この前助けてもらったし、あの黒い人達、なんか物騒だし、奢ってもらったのおいしかったし・・・ま、そういう事で」
なんとも整然とした論理…と思っているのは小暮だけで、見事なまでに主観で構成された意見にピュン・フーは笑い出したいのを堪える風で口許を歪めた。
「そうか…うん、小暮がそー思うなんならきっとそーなんだな…」
我慢せずに笑えばいいのに、と思ったがそれではシリアスに銃口を向けている黒服の男が気の毒だろうか、とぼんやりと思う小暮の肩にピュン・フーが手を置いた。
「んじゃ、遠慮なく協力して貰おっかな」
悪戯っ子の表情で、彼はさり気なく小暮の背後に回るとその首に腕を回した。
「小暮の命が惜しけりゃ、銃を捨てろ♪」
語尾が楽しげに浮いてるので違和感しきり、である。
 背から回された腕、近い吐息。
 突然の行動に小暮はしばし固まり、けれどおず、と回された腕に両の手を置き、肩に顎を置いたピュン・フーの行動を困ったように評した。
「………でも、名前で呼び合ってたら知り合いってのバレバレ…?」
「心配ねーよ、アイツ等頭固いもん」
飄々としたピュン・フーの言の通り、「テロリストが…!」と口惜しげに歯軋った男は銃口を上に向けるだけ向けた。
「いやー、一遍やってみたかったんだよな、人質取るのってやっぱ王道じゃん♪」
ちょっと信じる方向を誤ったかも知れない、と思った瞬間である。
 けれども、男は銃を手放す事はせず、まだ威圧を保ったままでピュン・フーに呼び掛けた。
「今すぐその子供を離せ!そうすればこの場は見逃してやる!」
「へぇ…そりゃお優しいこって『処分』しねーんだ?」
まるで物のように、己を称した言い分に、薄闇の向こうで男が冷笑を浮かべたのが分かった。
「組織に反した時点で、ジーン・キャリアのお前の寿命は尽きたも同然だ。それを見苦しく長らえようとする位なら、素直に飼われていればよかったろうに、よりによって『虚無の境界』に与するなど…!」
 吐き捨てるような物言いに、ピュン・フーがどんな表情を浮かべているかは見えない。
 けれども、首の後ろにかかる吐息は僅かに笑いの気配を含んだ。
「あんたにゃ関係ねーじゃん?」
その命が係るのだと、ピュン・フー自身、そして薬を持つという男も認めているといのに、あまりにあっさりとした、執着を感じさせない言葉。
 小暮は一歩、踏み出した。
 如何せん、身長は標準並みであるピュン・フー、小暮との身長差に支点を高く置くしかなかった腕に引かれて一緒にずり、と動いてしまう。
「何やってんだよ小暮!」
「だって薬……要るんだったら、俺、貰ってくる」
「隙がありゃ掻っ払うからいーんだよ」
だが、望んでそうしたとはいえ、小声でこそこそとしていても動きが取れないのは確かである。
 ピュン・フーはひとつ息を吐き、声を張り上げた。
「こいつに抑制剤を持たせろ…車の中に、あんだろ?」
肩を軽く押し出す動きに、引き金にかかった男の指が緊張するのが見てとれた。
 男から見て、小暮の影に隠れる形の位置を取ったピュン・フーに手出しが出来ないでいる。
「俺は動かねーからな、小暮頼んだぜ」
囁きに肩を突かれて踏み出した小暮を透かすように、男の敵意はピュン・フーへのみ向けられる。
「………薬、下さい」
背後よりも歪んで開きの悪いベンツの扉に半身を隠した男の動向に注意を…しているように見えないぼんやりっぷりで小暮は両手を差し出した。
 人質にとられてる自覚があるのか、と男が思わず疑ってしまう程に自分のペースを崩さない小暮は車内から差し出された黒いアタッシュケースを受け取ると、その重量にずしりと腕を張らせた。
「どうした!?」
「あ、あの………!」
両腕でケースを支える小暮の様子に、男が慌てる…と同時に小暮はケースを下から掬い上げるように跳ね上げ、角の部分で男の肘を強打した。
「銃、ちょっと貸して下さいね〜?」
関節を打たれて痺れた手は、容易に銃を手放し、小暮は宙に舞ったそれを片手で器用に受け止めると、アタッシュケースを軽々と抱えて踵を返した。
「やるじゃん、小暮」
騙し討ちに見事成功した小暮をピュン・フーが迎える…これで少なくとも、彼も自分も撃たれる事はあるまい、とずしりと重い銃の台尻をみよう見まねで叩くとスライドした弾丸がバラバラと地面に転がった。
「そんじゃ、記念にいいモノ見せてやるよ」
言った言葉はどちらに向けてかは判然としなかった。
 僅かに前傾になったその瞳が射竦める強さで、紅い。
 街灯の灯りに、立つピュン・フーを中心に放射状に伸びる影が揺らいだ。
 漆黒から形取られたにしては灰色の影全てが背に皮翼を形作り、濃淡に色を違えたその色を一様に闇へと塗り替えた、瞬間。
 その影から、白い靄が吹き出した。
 ピュン・フーを取り巻いて広がる霧は、複数の人頭大の固まりに凝り…否、それは紛れもなく人の頭部を形作った。
「ふん?古い刑場でも近くにあったみてぇだな」
白骨の頭、物によっては肉の外観を残したそれ等…実体を伴った死霊の群は、笑うように大きく口を開き、ガチガチと顎を鳴らす。
「怨霊化…!?」
男の驚愕を余所に、己が周囲を飛び回る死の形相を止めたそれ等を眺め回すと、ピュン・フーは背に大きく生えた蝙蝠に似る皮翼を動かして小さく溜息をついた。
「……やっぱお前等、可愛くねェ…」
そういう問題ではない。
 同時に、金属の光沢を持って長く伸びた爪の先端を、ベンツに向ける…それを合図に、己がとうに失った血肉と命とに飢えた死霊の群れは、小暮を避けて示された先へ殺到した。
「………ピュン・フー?」
眼前で、人と言えない姿に変じたピュン・フーに当惑し、小暮はその名を呼んでみる他ない。
「でーじょーぶ、俺がどっか行きゃすぐ消えるから」
歪んだ扉を閉めようとする男と、その間から車内に入り込もうとする死霊の攻防を横目に、ピュン・フーはちょいと指で小暮を促す。
 それに応じた小暮は、一度だけ振り返ると、急いでその背を追った。

 
 駅へと向かう道筋、通学路の横に逸れた小路の自動販売機の灯りを頼りに、ピュン・フーはアタッシュケースを開くと小さく口笛を吹いた。
 中に並ぶ小さな筒状の注射器は、赤く透明な薬剤の色に紅玉を並べたようだ。
「お陰さんで寿命が延びた。こりゃ奢っただけじゃ足りねーな」
小暮は、その一本を手に取ると、白熱灯の熱のない光に透かしてみた…均一に濁りのない、まるで血のそれのような。
「ピュン・フーって……どういう………?」
「今はテロリスト」
てらいもなく返る答えは不審を挟む余地がない為、冗談にしか聞こえない。
「その前は『IO2』ってぇ組織が俺の元の職場。さっきの黒服もそこのヤツな」
立てた人刺し指の爪が先のように伸び、背の皮翼を示す。
「んで、俺が『ジーン・キャリア』ってので…バケモンの遺伝子を後天的に組み込んでこういう真似が出来んだけど、吸血鬼遺伝子がおいたを始めるんで定期的にこの薬が必要なワケ」
続けて中指を立て、Vの字になった指をひらひらと左右に振る。
「裏切り者ってのは、まんまの意味。『虚無の境界』っつー心霊テロが趣味の団体撲滅が『IO2』の仕事なんだけど、俺がそっちについたからかーなーり怒って薬くれなくなっちまった」」
というか。
 それではあちらに否はないんじゃ…?
 なんとも言うべき言葉の見つからない小暮に、ピュン・フーはおもむろに手を打った。
「そーいやー、小暮、なんでまだ東京にいんだよ?逃げろっつったのに。死にたかったのか?」
そういえば、去り際にそんな(一方的だが)約束もしていたな、と思い出す。
「薬取るの手伝ったから…今回はチャラ」
差し迫って死にたい理由もないので、婉曲に辞退する小暮に、ピュン・フーは「ふぅん?」と首を傾げると、アタッシュケースを小脇に抱えた。
「まぁいっか…気が向いたらいつでもいいな。下手に苦しめたりしねぇから」
そんな変な事を自信たっぷりに言われても。
 だが、小暮の意図は通じる事はなく、ピュン・フーはその背の皮翼が飾りでない事を示して、高く舞い上がって夜空に溶け、小暮の手にはその日一日の不幸の代償のように、紅玉色の薬が残された。