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<PCシナリオノベル(シングル)>


求めよ、然からば与えられん

■出会いは突然に■
「なぁ、あんた今幸せ?」
 出会い頭にそう聞かれれば、誰でもアヤシゲな新興宗教か胡散臭いセミナーの勧誘だと思うだろう。まして、その声の主が全身黒ずくめにサングラスまでかけた出で立ちをしていたとなると、思わず逃げ腰になるというものだ。
 だが、そんな都会人の一般性も、今実際に聞かれている本人――北波大吾の前では無意味だった。
 そもそも大吾自身、都会育ちではない。地方の山伏の家系に産まれ、幼少の頃から隔離された空間で術法や剣術を叩き込まれてきた。つい最近、双子の弟と一緒に東京へ逃げてきて、ようやく自由な生活を満喫している最中なのである。
 いわば歴とした『田舎者』だ。
 本人もその事を重々承知している。だからこそ、殊更『田舎者』という事に過敏に反応してしまう。
 現に今も、声を掛けられた理由を曲解し、かなり憤っていた。
「おいおい、ちょっと待てよ兄さん。おれって傍から見ててそんなに田舎者に見えっか?」
 いきなりガンつけする様は、まさに不良そのもの。常人ならばそれだけで怯えるのだが、今回の相手は少し違った。むしろその相手そのものが一般人とはかけ離れた空気を持っていたから、大吾の方が内心引いたくらいだ。
 見るからに不審者の男と素行不良な山伏学生。
 二人の見つめ合い(睨み合い?)は、半径一メートルの空間を生む。
 が、そんな雰囲気を気にした様子もなく、男は敵意剥き出しの大吾に苦笑を零しながら、目元を覆うサングラスを外した。
「あぁ、悪ィ悪ィ。あんたがあんまり目ェ引くから気になってな。つい声かけちまったんだ」
「目ぇ引くだぁ?」
 田舎モンだとバカにしてんのか?
 そう掴みかかろうする大吾に、慌てて男は首を振る。
「違う違う。…と、そうだな。時間あんならちょっとそこらのサテンででも入らねぇか?」
 おいおい、今度はナンパかよ。んなの、相手見てからいいな。
 尚も言い募る男の様子に、大吾はますます不信感を膨らませる。
 が。
「奢るぜ」
「――チッ、しゃあねぇな。ちょっとだけなら付き合ってやらぁ」
 奢る、の一言でそれまで憤ってた事も忘れて、大吾は不承不承ながらに頷いた。
 ――それでいいのか、高校生?

■秘密の花園?■
「…………ぉい」
「ん、どうした? あんたは何頼む?」
 睨み付ける大吾を無視して、男は相変わらず涼しい顔をしてオーダーを勧める。隣で待つウェイトレスが大吾の顔に怯えているにも関わらずだ。
 大きな窓が幾つもあり、店内はかなり明るい。店内を飾る装飾品はどれもピンク色に纏められ、いかにも女の子が好みそうな内装だ。更に手渡されたメニューにしても、「ダイヤモンド・キャッスル」や「ミルキーウェイ・アベニュー」等といった表記で、その内容はとても想像出来そうにないものばかりである。
 そんな場所に男二人がいれば、自ずと注目の的になる。もはや気恥ずかしさを通り越して、今すぐ店を出て行きたかった。
「うーん、メニューだけじゃあ内容がわかんねぇな。なァ、見本の写真っての、ある?」
「おい! 人の話を聞きやがれ!」
「お前もさっさと注文しろよな」
 差し出された見本を前に、結局大吾は大きく溜息を吐いた。人の話を聞かない輩には何もいっても無駄だと諦め、大吾は大人しくメニューを受け取り、再び眩暈を起こす。
(なんなんだよ、この店は…)
 とりあえず写真で解るモノとして大吾はコーラフロートを、男はパフェ(だろう)を注文した。
 ウェイトレスがメニューを下げた後、ようやく本番とばかりに大吾は身体を前のめり突き出した。威嚇するように相手を睨む。
「で? おまえ一体誰なんだ? なんだっておれに声かけてきたりしたんだよ?」
 ドスの効いた低い声。大抵の相手はこれだけでビビッて震え上がる。とはいえ、相手の方が見るからに格上っぽく感じていたので、幾分虚勢の意も込められていたが。
 男は、そんな大吾の態度に臆する事無く、人好きのする笑みを浮かべる。細いせいで鋭く見える瞳が、どこか不吉な色を示すように赤く光る。
「おっと、そいやまだ名乗ってなかったな。俺はピュン・フー、よろしくな」
 そう名乗った男――ピュン・フーは、更に人懐っこい笑顔を向けて手を差し出した。
 叶わない相手には逆らわないのが一番。
 それが、数ある修羅場を潜り抜けた経験で得た教訓だ。その自分の直感が、目の前の男をかなりヤバイ相手であると警告している。
 だから大吾は、差し出された手をしぶしぶと握り返した。
「…おれは北波大吾だ」
 精一杯の虚勢を張って。

■生きてる理由■
 注文したものが来るのを待って、大吾は再び同じ事を問い質した。
「で。なんだっておれに声かけてきやがったんだよ?」
「なんでって言われてもなぁ〜」
 相変わらず涼しげな笑みを浮かべて自分を見る。
 ホント腹立つ野郎だ。そんな内心の憤りを大吾は懸命に堪えた。
「…あんた、目立ってたし」
「目立つ?」
「そ。あんた、普通じゃないだろ?」
 ニヤ、と唇の端を軽く上げ、細い目をますます鋭くなる。
 意味深な眼差し。その感覚を正確に捉え、思わずギクリとなった。慌ててグラスを手に取ろうとして失敗し、テーブルの上に水をぶちまけてしまった。
「うわっ」
「おいおい、そんなに驚くコトないだろ」
「お、驚くって…ふ、普通じゃないってなんだよ! お、おれは、普通だぜッ」
 や、やべぇ! 明らかにどもっちまった。
 焦りに慌てる大吾。思わぬ挙動不審に自分でも気付いているが、どうしようもない。いきなり会った見ず知らずのヤツに見破られるぐらい、おれって周りから見て変なのかぁ?
 そんな風にも考えてしまう。
「大体おまえ、なんだってそんな…おれが普通じゃないって判るんだよ!」
 なんとか話題を逸らしたかったが、うまく言葉が見つからない。だから、つい聞き返してしまったのだが。
 ピュン・フーは事も無げにこう答えた。
「なんでって言われても……そうだな、匂いというか気配というか…まぁ、ある意味直感だな。言っておくが、俺のカンは百発百中だぜ」
 テーブルに肘を掛けて身を乗り出し、人差し指をグッと突き出す。
「どうだ、当たりだろ?」
 大吾は、思わず鼻先に自分の腕を当てて嗅いでみた。
 が、別段何も感じ取れない。そもそも普通じゃない匂いってなんなんだ。そう切り返そうとした矢先、ピュン・フーが更に言葉を続けてきた。
「まぁ、普通って言っても色々あるけどな。俺らみたいなのや、あんたらみたいなのとかさ」
 意味深な科白は、一体誰のことを指しているのか。
 大吾はふと眉根を寄せる。
 元々、あまり我慢強い方じゃない。こんな風にのらりくらりした会話をするくらいなら、真っ先に手を出した方がマシだ。今はまだ相手の力を怖れて我慢しているが、さすがにこのままだといつ切れるか自分でも判らない。
 そんな心情を読み取ったのか、ピュン・フーがようやく本題らしきものを持ち出してきた。
「でまあ、興味あンだよ。そういうヤツの――」
 口元の笑みとは反対に決して笑っていない赤い瞳。
「生きてる理由みたいなのがさ」
「生きてる理由ゥ?」
 問われ、脳裏に浮かんだのは過去の荒行。
 山伏の家系に産まれ、幼い頃から様々な術法や剣術を叩き込まれてきた修業時代。世間から、時代から隔離された空間に、普通の生活の全てを奪われて生きてきた日々。なんのために、その理由さえ知らず、ただ繰り返されるだけ。
 理由が欲しかった。
 正に問われたように「生きている理由」が。
 嫌気がさし、山を抜けて東京へ逃げてきた。ここへ出てくれば何かが得られるんじゃないかと思い。
 だが、それでも何か足りなかった。その何かを埋めるように夜な夜な酔っ払いや暴走族相手に喧嘩をふっかけた。カツアゲ、悪戯、時には術法を使い、その振る舞いは正に悪行三昧。双子の弟の心配する声を余所に、繰り返す毎日。
 だから。
「おれの生きてる理由は簡単さ。ずうっと山で修行ばっかさせられてたからさ、都会で色んな事を経験したいンだ」
 求めるように。
 見つかるように。
 色んな事を経験しながら、生きる目的を探して。今ここに、自分がいるという確かな証を。
「ふぅん、色んな事をねぇ〜」
 どこか呆れたような声だったが、別に馬鹿にしてるワケじゃなさそうだ。見れば、今までで一番真剣な目をしたピュン・フーがいた。
「あぁ、そうさ。ずっと隔離されてた分、目一杯色んな事をやりたいのさ」
「なるほど。それが大吾のアイデンティティってワケだ」
 どこか羨望を含んだ眼差し。
 大吾はふとこの男も自分と同じようなものかもしれないと、何故かそんな気がした。奇妙な事を聞いてくる奇妙な男。その理由を問おうと口を開きかけたところで、再び邪魔が入った。
 ピュン・フーの胸元から鳴り響く着信音。着ていたコートの内側を探って、携帯電話を取り出す。そして液晶の発信者を見て、軽く舌打ちした。
「悪ィ、仕事だ」
 軽く洩らした溜息は、急な仕事のせいか。或いは中断された問い掛けから逃れられた安堵か。
 どちらにしても、彼は慌ただしく席を立った。
「お、おいッ」
「んじゃ、残念だが俺は行くわ。ま、精一杯色んな事をやってみな。そのうち、ホントに確かなモノだって見つかる筈さ」
 サングラスをかけ直す寸前、赤い視線が大吾に向いた。
「それまで生きていたけりゃ、さっさと東京から逃げるんだな」
「なに?」
 忠告とも取れる物言いに、大吾が怪訝な顔になる。それを見て取り、今度はからかうように言葉を綴った。
「ま、もし死にたくなったら、もう一度俺の前に姿を見せればいい。ちゃんと殺してやるから」
 事も無げに告げた不吉な科白。あまりに軽く言うものだから、つい聞き逃してしまいそうになった。
 ガタッと音を立てて大吾が腰を浮かす。
「おいっ! そりゃ一体どういう……」
 言い終わる前に、ピュン・フーは素早く去っていた。慌てて追いかけようとするも既にその姿は見えない。硝子扉を開けようとしたところで、いきなり後ろから声掛けられた。
「ちょっ、お客さん! お会計お願いしますよ!」
「あぁ〜?!」
 振り向けば、レシートを手にしたウェイトレスが一人と数人の客の視線。息せき切って駆け寄った彼女がスッとレシートを差し出す。その内容は、明らかに二人分のオーダー。
「あ、あいつゥ〜ッ!」
 奢るって言ってたじゃねぇか?!
 叫びは、空しく店内に響くだけだった。