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<PCシナリオノベル(シングル)>


尾行(宣戦布告)
●お昼休みは……
 新宿――日本一の歓楽街・歌舞伎町を擁するこの街は、昼と夜の2つの顔を持っている。昼間は明るく楽しい場所であっても、夜になると血なまぐさい事件が起こることもある。そういう街だ。
 そんな新宿の街を、シュライン・エマは1人で散策していた。平日の時刻は正午前。特に何をする訳でもない、ただ気分転換のつもりで出てきたのだ。
(夕べは酷い目に遭ったわね……)
 あれからまだ半日も経っていなかった。虚無の境界のメンバーが出入りするという廃屋の調査を行ってから。
 三下ほどではないがドジを踏み、危うく発見されてしまいそうになったものの、そこに運良くIO2なる組織による急襲があったために、どうにか逃げ去ることが出来たのである。
 そうでなければ、今こうして新宿の街を歩くことなど出来なかっただろう。運が悪ければ、東京湾で季節外れの水泳大会を1人で行うはめになっていたかもしれない。全身にコンクリートというおまけつきで。
 シュラインはスタジオアルタのあるビルの前を通った。そこには若者たちがやや多く集まっていた。というのも、正午になればスタジオアルタでは昼の公開生放送が始まる。その開始時に数秒だけ、このアルタ前の映像が流れるのである。ここに集まっている若者たちは、その一瞬の映像に何とか映ろうと考えやって来たのであろう。中には出演者の出待ちをしようという、熱心なファンが混じっているかもしれない。
(よくやるわね)
 くすっと笑いながら、足早にその前を通り過ぎるシュライン。それから何気なく新宿駅の方に顔を向けた。
「……帰昔線、か」
 シュラインがぼそりとつぶやいた。新宿駅といえば、あの『帰昔線事件』の舞台となった場所でもある。遠い昔のことではないはずなのに、何故かしら懐かしくも思える。もっとも、今度再び草間が乗り込もうとするならば、何としてでも思い留まらせるかもしれないが。
(そういえば、あの事件も謎が残ってたりするのよね。謎の黒服たちとかも居て……)
 と、そこまで考えた所で、不意に昨夜のことが思い出された。確か脱出した際に出会った中年男も、黒服だったはず。
「何で帰昔線のこと思い出すかと思ったら……」
 シュラインは自分自身の思考に、少し呆れたものを感じた。我ながら、よく些細なことまで覚えていたものだと思った。
(もしあの時の黒服たちが、夕べの黒服と同一の組織に属しているとしたら、あの時の黒服たちもIO2ってことになるのかしら)
 様々な前提条件を元に推論を組み立ててゆくと、不思議とそのような推測が出てきてしまう。ただ、ここで非常に重要な問題があった。
(でも……IO2って何だろ?)
 そう、IO2が何者か分からないのである。昨夜のことからすれば、虚無の境界に敵対する組織であることはほぼ間違いないと思われるのだが……。
(麗香さんなら知ってるかしら?)
 シュラインは後で電話するなり、編集部を訪れるなりすることを心の中で決めた。そして横断歩道を渡っていたその時だ――向こうから、銀髪ロマンスグレーな紳士風の男がやってきたのは。
「……へ?」
 思わず間抜けなつぶやきを漏らすシュライン。しかしそれも無理はない。何故ならばシュラインには、向こうからやってくる男に見覚えがあったのだから。
 男の名前はニーベル・スタンダルム、昨夜廃屋に居た虚無の境界所属の男である。

●必然な偶然
 シュラインは横断歩道の真ん中で立ち止まったまま、目でニーベルを追った。結局昨夜は発見されなかったこともあり、ニーベルはこちらに気付かぬまま通り過ぎていった。
(どうしてここに?)
 歩行者用の信号が点滅を始めたので、シュラインは慌てて元居た方向へ戻った。図らずもニーベルを追うような形になってしまった。
(ここに居るってことは、廃屋から脱出……したのよね、もちろん)
 戦闘状態になり、火の手も上がっていたあの廃屋からよく脱出出来たものだと、シュラインは素直に思った。運がよいのか、それともそれなりの実力を持っているのか、あるいは両方か。
 シュラインが不思議に思っていると、背後で車のクラクションがいくつも鳴らされていた。振り返ると、信号が赤に変わっていた横断歩道を駆けてくる青年の姿があった。白いシャツの上に青いジャケットを羽織り、ジーンズを履いて頭に紅いバンダナを巻いている茶髪短髪の青年だ。
「あっ……!」
 短く叫ぶシュライン。この青年にも見覚えがあったのである。
(南船橋……じゃなかった、西船橋武人くん、だっけ?)
 先日渋谷で『誰もいない街』へと入り込んでしまった時、その中で出会ったのがこの西船橋武人であった。結局何者か分からないまま別れてしまったのだが、どうして武人がここに居るのだろうか。
 シュラインが少し様子を見ていると、武人はシュラインに気付かぬまま駆けていった。ニーベルの向かった方角へ。
(え?)
 眉をひそめるシュライン。咄嗟の判断で、シュラインもその後を追った。もちろん、気付かれぬよう距離を空けてだが。
(偶然? でも、まさか……)
 シュラインは思案しつつ、武人の後を追う。武人の前方にはニーベルの姿があり、3人の間に奇妙なラインが出来つつあった。
(……よく考えれば、夕べ逃げる途中であのジャケット見たかも……)
 脱出する最中で気が動転していてうろ覚えであるのだが、武人の青いジャケットを見かけたような気がしないでもなかった。もしそれが事実であるならば、武人もIO2の一員ということだろうか。
 武人はニーベルの行く方、行く方へとついていっていた。シュラインがやっているように、相手と一定距離を空けたまま。これでもう、武人がニーベルを尾行していることは明白だった。
(とにかく尾行してみましょ……)
 シュラインもこのまま尾行を続けることにした。何故に武人がニーベルを尾行しているのか、分からないけれども。

●見過ごせないから
 ニーベルはどこへ寄るでもなく、新宿の街中をただひたすら歩いてゆく。武人はその後を追い、シュラインはニーベルの一挙手一投足に注目しながら――人混みの中かつ、だいぶ後方なので見えにくいが――歩いていた。尾行開始からすでに20分近くが経過していた。
「どこ行くつもりなのかしら」
 自然とそんなつぶやきが出てきてしまうシュライン。どう見ても、買い物に来た訳ではなさそうである。
(もしや、作戦の準備に……?)
 考えられなくはない。ひょっとすると、新宿を作戦の舞台にするつもりで、下見に来たのかもしれないのだし。
(『誰もいない街』を使った作戦、か……。あれが自分たちで操作OKなら、姿見られずに動いたり、武彦さんのメモの様に物を置いたり誘い込んだり等……色々出来そうよねえ)
 『誰もいない街』についても詳しいことは分からないが、テロの手段として使われたならばかなりの脅威になることは、シュラインにも容易に想像がついた。しかし、だ。
(色々と出来そうな分、何なのかアタリすらつけられないわ)
 漠然とし過ぎていて、具体的なイメージが出てこない。やはり情報不足が原因だろう。
(でもあの街……妙な少女が居たはずよね)
 『誰もいない街』より草間たちを連れ戻した際に見かけた謎の少女。彼女が何者なのか、他の謎と同様に今も分かってはいない。
(虚無側じゃない気もするけど、いずれ会わなきゃならないのかも……)
 それは願望というよりは、予感に近い物であった。『誰もいない街』に関わる限り、避けては通れない存在というか……。
『素人が手を出す必要はない』
 シュラインの頭の中に、不意に昨夜の謎の黒服の言葉が蘇ってくる。シュラインは大きく頭を振った。
(だからといって、『はい、そうですか』って見過ごせるはずないじゃない……零ちゃんまで関ってきてるんだもの)
 昨夜、ニーベルと同じ廃屋に居た金髪の少女、霊鬼兵・Ωの顔がシュラインの脳裏に浮かぶ。恐らくは霊鬼兵・零である草間零と根を同じくする存在と思われる。
「まあ……私自身が、どこまで出来るかは分からないけれど。やれる限り、やってみないと……ね」
 若干自嘲気味につぶやくシュライン。強い霊感があるという訳でもなく、秀でた戦闘能力も持ち合わせてはいないシュラインにとって、それらをフルに活用しなければならない事態が訪れたならばお手上げとなってしまう。けれども、それまではともかく進んでみよう、そうシュラインは考えたのである。
 それから5分後のことだ――ニーベルの姿が、忽然と視界から消えてしまったのは。

●衝撃
「消えた!?」
 目をぱちくりとさせ驚くシュライン。驚いたのはニーベルとシュラインの間に居て尾行を続けていた武人も同じようで、しばし周囲をきょろきょろとしていた後、どこかへ駆け出してしまった。
(どこ行ったのかしら……追わないと)
 追うにしても、どこへ向かったかも分からないのだ。万事休すかと思われた、が――。
(そうだ、足音!)
 シュラインは必死に横断歩道で擦れ違った時の、ニーベルの足音を思い出そうとした。ほんの僅かの時間だったが、確かに耳にしていたのだから。
 何とかニーベルの足音を思い出し、自らの聴覚をフルに活用して新宿の街中を駆けてゆくシュライン。表通りから裏通り、さらには裏通りの裏側へと移動してゆく。
 そして最終的にやってきたのが、人気の少ない裏通りにあったビルの裏側の路地である。ここでニーベルの足音が途切れていた。
「ここまで来てみたのはいいんだけど……」
 シュラインは周囲を見回した。人の姿など、全く見当たらない。
「見失ったのかしら」
 途方に暮れるシュライン。と、その時だった。背後より聞き覚えのある声がしたのは。
「ふむ、1人振り切ったか」
「!」
 慌ててシュラインはくるりと振り返った。そこにはニーベルが笑みを浮かべて立っていたのである。
「尾行を撒く手段には自信があったつもりだが……たいしたものだ、お嬢さん。よかったら、お名前を聞かせてはもらえないかな」
「……シュライン・エマ」
 下手に隠しても無駄だろうと思い、シュラインは素直に名乗ることにした。
「なるほど、いい名前だ。で、そのシュライン嬢は夕べ何を見たのかね」
「……ノーコメント」
 じっとニーベルを見つめるシュライン。ニーベルは小さく溜息を吐くとこう言った。
「下手な小細工が通用するとも思えないな。シュライン嬢がどこの誰だか知らないが……この時期に私を尾行するくらいだ、『誰もいない街』に関わっているのだろう」
 そのニーベルの言葉を受けて、シュラインは何か答えようとしたが、ニーベルがそれを手で制した。
「答えるには及ばない。だがせっかくなので、シュライン嬢にはご褒美を差し上げよう」
「ご褒美?」
「我らは3日後の午前0時、浅草で作戦を実行する。ただそれだけのことだ」
「3日後……午前0時」
「我らを止めるつもりなら、そこへ来るがいい」
 ニーベルはニヤリと笑ってそう言うと、すっと右手を差し出した。握手を求めているようだ。シュラインは少し躊躇したが、同じように右手を出してニーベルと握手を交わした。何の変哲もない、普通の握手であった。
「それではシュライン嬢。願わくば3日後にお会いしよう」
 ニーベルは穏やかな口調でシュラインに言い、右手を元に戻した。しかし――その時のシュラインの表情は強張っていた。
「え……っ?」
 ニーベルの顔を凝視するシュライン。先程ニーベルの口から発せられた声には、シュラインが生まれた頃から馴染みがあった。それもそのはず、紛れもなく自分自身の声であったのだから……。
「グッドラック」
 ニーベルはシュラインに背を向け、悠々とその場から立ち去った。シュラインは呆然として、全く動くことが出来なかった――。

【了】