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<PCシナリオノベル(シングル)>


求めよ、然からば与えられん
「あんた今幸せ?」
「う〜ん………あんまり」
大上隆之介はその問いかけに正直すぎるほどそう応えた。
 声はうんざりと、顔はげんなりと…それでも相手の手にはティッシュを押しつけつつ。
 そりゃ朝からずっと新装開店のパチンコ屋のティッシュ配ってて、後は段ボールの底に残っただけとっとと終わらせて日払いの給金貰って帰って仮眠を取ってから某お嬢様大学のテニスサークルとコンパ。
 何処か間違った充実っぷりの隆之介の大学生活に、そんな憂いの入り込む隙が何処にある?と、彼の親友ならば冷笑つきでそう言ったろうが、如何せん、そんな事情を弁えてくれる彼は今頃可愛い彼女と映画だ。
 隆之介とて、お試し期間と称して付き合って何故か3日で破局を迎えてしまった一番最近の彼女と昨日別れてさえいなければ、楽しい休日を過ごしていた筈だった…ならせめて、
「…声かけてくれたのが女の子だったら幸せだったんだけど…」
けれども渋い現実は、ご丁寧なまでの黒尽くめに気が早すぎる黒皮のコートに身を包んで季節外れにサングラスで目元を隠したアヤシげな青年の姿で眼前にあった。
「じゃなくて!」
内なる願いが言葉になっていたのに、思わず正気に返る。
「何でよりにもよってこの俺が!男なんかにナンパされてるんだぁ!?」
道行く人が全て振り返ってしまうような大絶叫である。
 声をかけて来た青年も思わずたじめいて一歩引く。
「悪いが俺はそっちの方に興味は全然無い…!!」
「そっちってどっちだよ!」
あっち、と適当な方向を指してみせた方向に青年が素直に顔を向けるのに、足を止めた人々からは笑いと何かカンチガイした拍手がちらほらと起きる。
「あ、どーもどーも」
と、隆之介は周囲に惜しみないの笑顔とティッシュとを振りまいて一気にその嵩を減らし、「芸人さんなのにアルバイト?大変ねぇ、どこの劇場に出てるの?」なんて中年の婦人に、
「いやまだ修行中で見世には立ってないんでー、またお目にかかればご贔屓にー♪」
などと愛想よく答えながら、青年の胸にティッシュの束を押しつけた。
「………何だコレ?」
「いーからとっとと配れ!人が足を止めてるウチに!」
青年は隆之介の有無を言わさぬ勢いに賢明にもそれ以上の意見を口にはせず、目があった背広姿の男性に「よろしくー」などと笑顔を向けてみたりして服装の趣味のわりに存外付き合いがいい…人を外見だけで判断してはいけないというばぁちゃんの言葉は本当だった。
 そんなこんなで予想より早くバイトを終えた隆之介はご機嫌である。
「思ったより早く終わったなー。助かったぜ、サンキュー♪」
律儀に空になった段ボールを潰すのまで手伝ってくれる青年に、隆之介はすっかり警戒を解いていた。
「まぁ、俺も今暇だし…トコロで、時間があんならそこら辺で茶でもしばかねぇ?奢るからさ」
「ナンパは御断りデス」
そっけなくすげなく。
 ナンパを断られる(?)間髪入れぬタイミングは、実体験で培われた技だ。
 その隆之介に、青年は慌てて円い遮光グラスを指で引き抜いた。
「だからナンパじゃねーって…アンタ、かなり普通じゃねぇよな?」
不吉な月を思わせて赤い瞳が顕わになる…鋭く見えて細い瞳が称するその普通、の意味する所が常で使う意味と別にある事を感じ取るも、勘違い、聞き違いかと、隆之介は片耳に手を寄せた。
「…え?……今なんて言った?」
「普通じゃない」
笑みを含めば人好きのする表情で、青年はゆっくりともう一度同じ言葉を繰り返した。
「俺がかなり普通じゃ無い?」
「いや、かなりまでつけちゃねーけど…まぁ、そうかな。かなり」
誇張した隆之介の言をそのまま否定しない青年の言い様に、ベコリと段ボールを折り曲げ「ふぅん…」と片眉を上げた。
 普通でないと称される理由に、心当たりがないとはねつけられない。
「興味あンだよ。そういうヤツの、」
こちらの思考を透かすように赤い瞳が続ける。
「生きてる理由みたいなのがさ」
隆之介はその視線を真っ直ぐに受け止め、口許だけに笑いを浮かべた。
「俺もちょっとばかり興味が沸いてきたな」


 結局は誘いに応じて、たまたま目の前の茶店に入ったのはいい。
「んなぁ…アンタ、何頼む?」
メニューから顔を上げないまま、黒衣の青年…ピュン・フーと名乗った彼は、赤い目線だけをちらりと上げた。
「………何がドレなんだろーな」
 広げたメニュー、天の川を思わせて斜めに紺色の川に散らばるメニューは「流☆の宴」やら「ダイヤモンド・スター☆」やら。
 所々アクリル製の星のオブジェが飾られる…そういえば、備え付けの砂糖壺の中身の角砂糖も星型であった。
 そんな徹底した経営理念の追求がメニューにも現れているのだろうが、特に添え書きがあるワケでなく、その名だけで如何なる料理が出てくるのか掴めない。
 白とピンクを基調にしたファンシーな色彩の店構えに、眉間に皺を寄せて向き合う男二人というシチュエーションは少し…というかかなり浮いている。
 隆之介は間に挟まれていた「新☆メニュー」を机上に示した。
「いっそコイツで攻めてみるか?」
見れば、その上には黄道12星座の名が並べ連ねられている…丁寧に生月日の注釈までついている癖、これまたどんな料理なのかの手がかりは微塵もない。
「自分の星座で頼んでみりゃ、どんなのが出ても恨みっこなし、てカンジで」
どうみても女子学生をターゲットにした店なのだが、妙なトコロでギャンブル性の高さが伺えるのが一番の謎か。
「そうだな…1月7日って何座だ?」
「山羊座だろ?」
即答に訝しげなピュン・フーに隆之介は顔の横で手を振った。
「ホラ、女の子って占いとか好きじゃん?なんでか知らねーけど」
そう、まずは星座を聞き出して「へぇ俺と相性バッチリじゃん♪」という方向に持っていく為の小技である…ちなみに星座の他、血液型や画数などの乙女心をゲットする為の知識を得る努力は惜しまない隆之介…そのマメさ加減で大学に通えばまだ大学生という肩書きも生きるのだろうけれど。
「ふぅん、んじゃ次から俺もそのネタ使ってみよっと」
「使うのはいーけど、マージン寄越せよ?」
 などと額を付き合わせながら、どうにかオーダーを終えた彼等はそれぞれに何となく気疲れて椅子の背に凭れかかった。
 水の入ったコップを持ち上げれば氷と硝子の擦れ合う快い音が立つ…が、その氷までが見事に星型で、隆之介は口をつけずにテーブルに置いた。
「まぁ…面白い店、だよな」
今度、話のネタに女の子を連れてきてみよう、と店のアドレスの印字された紙ナプキンをこっそりポケットにしまう。
「そりゃそーと、ピュン・フー。さっきの話…普通じゃねーって基準は何だ?」
 問われてピュン・フーは首筋を掻く。
「なんてーか…匂いというか気配というか…ほとんど直感だな。あ、コイツ違う、と思ったら百発百中だぜ?」
言い、テーブルに肘をついて身を乗り出した。
「でも…そうだな、隆之介はなんか似たカンジがする」
クン、と鼻を鳴らすのに、隆之介はつられて自分の腕を鼻先まで持ってきて嗅いでみるが、ピュン・フーの言うような物は感じ取れない。
「それでったら、普通の基準の方が難しくねー?」
隆之介の言に、ピュン・フーが目を細めて笑う一瞬、その瞳は紅一色に染まったような錯覚を覚えさせた。
「面白ぇ意見だな…ちょっと新鮮だ」
思わぬ意を突かれたのか、ピュン・フーは実に楽しげに笑いながら先を促す。
「誰だって人と違うモンは持ってるだろ?体とか、心とか…それに俺だけで言っても充分普通の分類から外れるじゃん?だって俺自分の事知らねーし…記憶無いから」
さらりとつけ加えられた言葉はあまりに何気ない風で真実としか受け取れない。
 事実、公的書類に記載されている隆之介の生年は外見からみたおおよその年齢、そして月日は今、彼が身を寄せている…下町の煙草屋の老婦人が、彼を拾った日付である。
 それ以前の記憶を、隆之介は持ち合わせていない。
 心を構成する礎を持たず、ある日突然、ただ己ひとつだけを与えられて放り出され…時折、もどかしいような欠片だけが指の間を擦り抜けるように視えては消える、手がかりと呼べる物はそれだけで。
 そして卓越した運動能力はとても普通とは称せず、時折金に色を透かす瞳が映し出すのもまた常人のそれでない。
 己は、何処までが己か…見失った物の虚は大きすぎ、その闇は深すぎる。
 けれどその中で朧に輪郭だけを失わない…少女の残像ばかりは鮮やかだ。
「だから俺の生きてる理由は『生きてる理由を探す事』かな」
「ふん?」
ピュン・フーは小さく首を傾げた。
「それが隆之介の生きてる理由ってワケだ」
「言うなれば、な」
コップを取り上げ、冷たい水で引き締めた唇を湿すのに僅か伏せられた目が金に光を透かした。
「そしてそれはきっと、俺だけの『運命の娘』に繋がってると思う訳よ。だからずっと探し続けてるんだ…」
「でもまだ行き当たらねーんだろ?虚しくなんねー?」
にへら、と相好が崩れた時点でシリアスは台無しになった。
「いやー、女の子っていいよなー?まだホントの運命に行き当たった事はないんだけど、どの娘も可愛くってさーそれだけに出会いを後悔した事はないってカンジで…」
恋をすればする程オトコノコは美しくなるのね…などとほざいている隆之介を見守るピュン・フーの視線はどこか遠い。
「あ、そこ呆れんな」
それに自分の世界から戻った隆之介は、今度はピュン・フーを指した。
「俺にばっか喋らせてねーでピュン・フーはどーよ?運命感じるような相手は居なかったワケ?」
思わぬ形で振られた話題に、ピュン・フーは悩むそぶりを見せかけるが、不意に胸を押さえるとコートの内側から振動を繰り返す携帯電話を取り出した。
「残念、仕事だ」
天井を仰いでついた息は、仕事が入った為か、それとも質問から逃れられた安堵か。
 ピュン・フーは注文した品が来るのを待たずに席を立った。
「んじゃ、残念だけどもう行くわ…早いトコ、運命とやらに出会えるといいな」
心底から惜しい様子で席を立ち、ピュン・フーはサングラスをかける…一瞬にその赤い瞳に鋭さを宿した。
「早く運命の娘を見つけて、一緒に東京から逃げな」
 真摯さを込めた忠告…それが楽しげな色にとって変わる。
「そんで見つからなくって…もし死にたいようだったらも一回、俺の前に姿を見せればいい。ちゃんと殺してやるから」
まるで不吉な予言のような約束を笑みすら浮かべて一方的に請けおったピュン・フーに、隆之介は椅子から腰を浮かす。
「おい…!」
そのまま硝子戸を押し開いてすぐ雑踏に紛れるピュン・フーの背を追おうとするも、それを阻むように「お待たせしましたー♪」と、隆之介の前に並べられたのはキャラメルソースのパフェとメロンパフェ。新メニューの正体はパフェシリーズだったらしい…と謎が解けたのはいいが。
「…奢るっつったじゃねーかよ」
二人分のオーダーを前に、ちょっと途方に暮れてみる隆之介であった。