コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


迷い魂・後編
◆中間報告
「虐待・・・か・・・。」
中間報告を受けた草間は、苦い顔で呟いた。
迷子の幽霊・和弥の身元を探るうちに、幼い子供の痛ましい死に直面した。
そして、その母親は子を失った悲しみからか、我が子の命を奪った者への復讐のために、その身を怨霊に変え、我が子の命を奪った自分の夫を呪わんとしている。
「父親の行方は?」
「目下のところ調査中ですが、すぐにわかると思います。」
「そうか。」
草間はくえていたタバコに火をつけ、ふーっとひと息吐くと目を閉じた。
「依頼人がいるわけじゃない。だが、放っては置けない。事件ならばそれは裁かれなくてはならない・・・だが、どうするべきなんだろうな。」
草間は和弥という子供の顔を思い浮かべる。
何も知らない、あどけない笑顔。
「放っては置けません。」
報告していた人間は怒りをあらわにしている。
その気持ちは草間も一緒だ。
だが、どうするべきなのか・・・
「母親のことも気になるな。合わせて調査するように指示してもらえないか?」
草間はそう言うと、手にしていた中間調査書類を机の上に置いた。

◆悲しき母親の行方
草間興信所で和弥をあやしながら、露樹 故と大矢野 さやかの2人は、なんとか和弥から母親の話が聞き出せないかと苦戦していた。
始めは「ママにあいたい」を繰り返す和弥だったが、露樹と大矢野には大分懐いたらしく、ニコニコと話し掛けてくることも多くなった。
しかし、何故苦戦かというと、和弥の言うことはとにかく抽象的で、言葉を拾っても「お月様」「大きいところ」など場所を特定するのに至らない情報ばかりなのだった。
「和弥くんはママが大好きだったかい?」
そう聞かれて、和弥はきょとんとした顔で露樹を見つめる。
「ママと一緒にどこへいったか覚えているかな?」
「うーと、大きなところ!」
「何が大きかったのかな?」
「おつきさま!」
この繰り返しなのである。
どうしたものかと思案する露樹に、大矢野がふと名案を思いついた。
「写真とか・・・どうかしら?」
「写真ですか?」
「ええ、色々月の良く見える場所の写真を見せてみれば、行ったことがある場所ならわかるかも・・・。」
そう言うと、大矢野は事務所のPCを立ち上げ、ネットで名所の検索を始める。
露樹は和弥を抱き上げて、モニターの見える場所へと移動した。
「え・・と・・・こんなところかしら?」
大矢野はこの辺りで月が良く見える夜景スポットをピックアップした。
なんだか、思い出にあるのが昼間の暖かな光ではなく、夜の月だというのが余計悲しい。
「和弥くん、この中にどこか知ってるところはあるかな?」
露樹の腕の中でじっとモニターを見ている和弥の頭を優しく撫でながら、大矢野はたずねた。
和弥はしばらく色々ある画像を見ていたが、ある画像に目をとめて言った。
「大きいところ・・・」
それは、ココから少し離れたところにある、海岸沿いの夜景スポットだった。

露樹と大矢野はとりあえず母親の情報を求めて、和弥の示した場所へ行ってみることにした。
その場所へタクシーで移動中、別行動を取っている大塚から連絡が入った。
大塚は、父親だというあの男の和弥に対する虐待の証拠固めをするために、周囲の聞き込みに当たっていたのだ。
「お母さんが見つかったんですか!?」
大塚のもたらした情報に、大矢野は思わず声を高くする。
「病院に入院している・・・?」
大塚の話では、和弥が亡くなった後に、母親も階段から落ちたということで別の救急病院に運ばれ、今も意識不明の重態で入院しているのだという。
『病室へ行って見たんだが、間違いなくあのマンションにいた女性だった。』
「では、お母さんは生きてるんですね。」
大矢野は、ほっと息をつく。
『でも、ここにあるのは肉体だけって感じだ。御崎クンもそう言ってるんだが、どうやら魂が抜け出してしまった抜け殻のようになっているようだ。意識が戻らないのもその所為かも知れない。』
「わかりました。私たち、今、和弥くんとお母さんの思い出の場所だと思うところへ向かっているんです。もしかしたら手がかりがあるかもしれません。何かわかりましたら、また、連絡します。」
大矢野はそう伝えると、電話を切った。
「お母さん生きていらしたんですね。」
話を聞いていた露樹が言う。和弥は露樹の腕の中で眠ってしまっている。
「ええ、命に別状はないって・・・」
「でも、早く正気に戻さなければ、それも危うくなりますね。」
肉体と魂が分離しつづけることは、人体にとって物凄い負担となる。
このままでは和弥の母親は衰弱死してしまうだろう。
「これから行く場所に手がかりがあるといいのだけど・・・」
「そうですね。」
露樹は優しく眠っている和弥の背を撫でながら言った。
子供とは不思議な存在だった。自分の縁者でもない、何のかかわりもない存在であるのに、こうして抱いているだけで、この子供に愛おしさを感じる。
そんな子供を、どうして父親である人間が虐待などということが出来るのだろう。
和弥の寝顔と、それを覗き込んでいる大矢野の顔を交互に見ながら、露樹はそっと溜息をついたのだった。

◆満月の空に
暗くなってからその場所に到着した二人は、車から降りて天を仰ぐと息を飲んだ。
東京という場所に、こんなにも大きく空が開け、月の見える場所があるとは思っても見なかったからだ。
「お月様!」
目を覚ました和弥がはしゃぎながら空に手を伸ばす。
嬉しそうにしている和弥を見て、もっとよく見える場所はないかと辺りを見回すと、海へと突き出すように伸びている展望台が見えた。
「故さん、あそこに登ってみましょう。あそこならもっと月が良く見えそうです。」
「・・・そうですね。」
大矢野が指差す方を見て、露樹は一瞬口をつぐんだが、すぐにうなずいて同意した。
露樹にはすでにそこに影が見えていた。
空を仰ぐように立っている寂しげな影・・・。
それは、和弥の母親のものだった。

階段を上り、展望台の通路をすすむと、目の前に真っ暗な海と空と頭上に晧々と輝く月が飛び込んできた。
海と空は遠くで交わり、そこには広大な空間が広がっていた。
正しく「大きいところ」だった。
そして、大矢野の目にもそれは目に入った。
「あ・・・」
大矢野も露樹も母親と面識はなかったが、すぐにそうとわかった。
その面影は和弥にそっくりだったのだ。
「ママ・・・」
和弥はそこにいる母親に向かって手をのばす。
母親は黙ってそれを見ている。
酷く悲しそうに。辛そうに。
「和弥くんを抱いてあげてください・・・」
大矢野は露樹から和弥を抱きうけると、母親に向かってそう言った。
「ママ・・・」
しかし、母親は首を振る。
『私にはその子を抱いてあげる資格がありません・・・』
そして、母親は陽炎のように揺らめく姿を、そのまま暗闇に消してしまおうとする。
「待ちなさい。」
消えそうになる直前。露樹が強く声をかけた。
「あなたの資格などは関係ないことです。この子が母親を望んでいるのです。あなたが母親ならば、それに応える義務がある。」
母親は露樹の言葉に顔をしかめる。
「ご覧なさい・・・和弥くんの記憶です。」
そう言うと、露樹は胸から取り出したハンカチを広げ、優雅な仕草で一振りする。
すると、そのハンカチは大きく目の前に広がるスクリーンとなり、優しげに微笑む女の人を映し出す。女の腕には赤ん坊が無邪気な顔で眠っている。
女の幸せいっぱいの微笑が、何よりも暖かい・・・。
『和弥・・・』
母親はいたたまれず涙を流した。
そこに映し出されたのは、まだ生まれたばかりの一哉とその母親だった。
祝福され、何よりも望まれて生まれてきた、それがこの子、和弥のはずだった。
その姿をみて、大矢野も涙ぐむ。
和弥はその腕の中で一生懸命母親の方へと手をのばそうとしている。
「復讐より、大事なことがあなたにはあるでしょう?」
露樹の言葉に、母親は深くうなづいた。
『和弥・・・』
母親は和弥のほうへ手を差し伸べる。
大矢野は涙を拭うと、和弥をそっと母親に手渡した。
母親はその子をぎゅうっと抱きしめる。母親の腕に抱かれて、和弥は安堵の表情で目を閉じる。
「ママ・・・大好き。」
そして、静かに・・・たくさんの光の粒になって、和弥はその姿を消した。

◆悲しき心の行方
「貴女は・・・自分の体に戻って下さい。」
和弥を見送って、呆然と立ち尽くしている母親に、大矢野は言った。
「このまま怨霊となって自分の命を投げ出してしまえば、貴女は本当の怨霊になってしまいます。」
『本当の・・・怨霊?』
「そうです。和弥くんのことも何もかも忘れて、恨みだけに囚われ、ただ憎しみ続けるだけの存在になってしまうんです。」
できる事なら、和弥の供養のためにも母親には生きていて欲しい。何よりも、母親の死を和弥は望まないだろう。
「貴女の体はまだ生きて病院にあります。道がわからないのでしたら、私が導いてあげますから・・・お願いです。生きてください。」
そこまで言ったときに、大矢野の携帯が鳴り響いた。
着信は大塚だ。
『母親の魂は見つかったか?』
電話に出るなり大塚が言った。
『母親の証言があれば、あの男を告発できるんだ。母親の魂を体に戻してくれないか!?』
スピーカートークに切り替えたその声は大きく響く。
「聞こえますか?貴女は怨霊になんかならなくても、和弥君の仇を取ることが出来るんです。」
『・・・』
母親は項垂れたまま、ずっとその言葉を聞いている。
「生きて、罪を償いなさい。これからずっと、和弥くんのことを覚えていて、この世界に保ちつづけることが出来るのは貴女しか居ない。あなたが消えたら、和弥君がこの世界に居たという記憶まで消えてしまうのですよ。」
露樹の言葉に、母親はビクンと体を震わせる。
「和弥くんをまた殺してしまうつもりですか?」
厳しい言葉。
しかし、それは真実だった。
二人の言葉に、母親は顔をあげる。
『私を・・・警察に連れて行ってください。和弥を殺し、私を殺そうとした夫のこと・・・全てお話します。』
大矢野はその言葉を聞いて、手にしていた鈴をゆっくりと母親の方へとかざした。
チリー・・・ン・・・
涼しげな音色が響く。
「あるべき場所へ、迷いし魂を導きたまえ。」
その言葉と同時に、母親はゆっくりと消えてゆく。
『ありがとう・・・』
音は聞こえなかったが、そう唇を動かすと、母親はその姿を消してしまった。

◆終幕
「そうか、和弥くん、成仏したのか・・・」
プリントアウトされた書類に目を通しながら、大塚は呟く。
一同は報告書作成の為に草間興信所事務所に集まっていた。
あの後、父親の佐伯は妻の告発により、傷害で一旦逮捕された。
その後に妻の証言や、和弥の入院していた病院での記録などが証拠となり、数や殺害の容疑で再度逮捕されることになったのだ。
虐待に関しては近所の人間の証言などもあり、今度は有耶無耶にもみ消されることなく法の手によって裁かれることになるだろう。
「あんな男、殺しても殺したりん!」
御崎はいまだに怒りがおさまっていない様子だ。
「お母さんの回復の具合は如何なんですか?」
大矢野は大塚に母親の様子を問う。
大塚は今回のことをマスコミでも問題提議してもらうために記事として取り上た。そしてその取材のために度々母親の元を訪れていたのだ。
「大分、良いみたいだよ。裁判までには退院できるだろうって。」
露樹はむっつりと不機嫌に黙り込んだまま3人の会話を聞いていた。
本人は決して口にしなかったが、和弥が居なくなってから少し寂しいのかもしれなかった。
和弥は特に大矢野と露樹に懐いていたので、寂しさもひとしおなのだろう。
「そうですか・・・お母さんも辛いことだと思うけど、和弥くんの分も生きて欲しいです・・・」
大矢野のその言葉に他の三人もうなずく。
みんな同じ気持ちだった。

多分、和弥もお母さんに生きていて欲しかったんだと思う。
その証拠に、和弥は一度も寂しいとは言わなかった。
お母さんが大好きで、お月様とお母さんの思い出を胸に抱いて消えた和弥。

4人はもう二度とこんな悲しい子供が現れないようにと、心の中で深く祈るのだった。

The End.
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

0846 / 大矢野・さやか / 女 / 17 / 高校生
0604 / 露樹・故 / 男 / 819 / マジシャン
0795 / 大塚・忍 / 女 / 25 / 怪奇雑誌のルポライター
0778 / 御崎・月斗 / 男 / 12 / 陰陽師

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

今日は、今回も私の依頼をお引き受けくださり、ありがとうございました。
迷い魂の後編をお届けいたします。
和弥くんはお母さんに会って、最後に幸せな思い出を胸に天国へ行くことが出来ました。
でも、今回はちょっと物悲しいラストになってしまいましたが、如何でしたでしょうか?
お母さんの説得に当たった露樹さんと大矢野さんの功績は大きいと思います。
父親への天罰に集中してたら、和弥くんはお母さんに会えないままになってしまうかなと思っていたので、書いていてほっとしました。
露木さんの今後の活躍も期待しております。これからも頑張ってください。
それでは、またどこかでお会いしましょう。
前後編お付き合いありがとうございました。