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<PCシナリオノベル(シングル)>


萌え者の帰還〜中ノ鳥島より愛を込めて☆〜

■ Act 0 オープニング

 ──萌え。
 それは、人の心に残された最後のフロンティア。
 人はパンのみにて生きるにあらず……とは、聖書のマタイ伝第4章4節にある言葉だ。
 そう、確かに人はパンのみでは生きられない。飽きるからだ。(え?
 だが、萌えは違う。
 人の魂を根底から突き動かし、揺さぶり、計り知れない力と想いを産む。
 ……萌え。
 人類初の飛行に成功したライト兄弟は大空萌え。
 世界を大戦の渦に巻き込んだヒットラーは独裁萌え。
 発明王と呼ばれたエジソンは発明萌え……
 世界は、萌えによって発展し、同時に、その恐るべきパワーにより混乱してきたともいえよう。
 人類に大いなる福音をもららし、時には破滅をも、もたらし得るもの。
 世の中全ての事象には、すべて表と裏、光と影がある。
 萌えもまた、然り。
 ……萌え。ああ、萌え。
 そして今、偉大なる萌えの暗黒面に捕らわれた者達が、東京ビッグサイトに集結しようとしていた。


■ Act 1 捕らわれの名探偵

 中の鳥島よりある日突然来襲し、瞬く間にビッグサイトを占領した「萌え皇帝」を名乗る者とその一派達。
 彼らの放つ超越的な攻撃により、駆けつけた警察、機動隊、自衛隊の各面々は、1人残らず戦闘不能に陥っていた。
 ある者達は秋葉原の某メイド喫茶へと押しかけ、ある者達は看護のためにこの地へと赴いた看護婦さんに魂を差し出し、ある者達は学校帰りの女子高生の制服ウオッチングに精を出し……
 そう、萌え皇帝一派の武器は、萌えの心そのものだったのだ。
 いかに屈強な者でも、好きなものを追い求めるという純粋な心の炎を消せはしない。
 屈強な筋肉を持った若者が、自宅では1人で女の子のフィギュアに彩色をしていたり、地位も名誉もある大企業の重役が、実は無類の女装マニアで、自宅では宝塚的男装マニアの妻と幸せな逆転夫婦生活を営んでいたり……などという話は、いまや珍しくもなんともない。どこにでもある話(?)だ。
 萌え皇帝に従う「萌え者」達は、その心を巧みに操り、自在に他者に萌え心を植え付ける事ができる。それにより、ほぼ無敵の軍団と化していた。
 そして今、新たに甘い魔手の虜となった子羊が、ビッグサイトの中に1人──

「さあ、草間君……自分に素直になるのだ」
 ショーン・コネリーの吹き替え役でも知られる若山弦蔵のような渋い声が、暗い室内に心地よく響いた。
 どういう趣味なのか、ビッグサイト内の一角が小洒落たバーのように装飾され、そのカウンターに、2人の男が並んで座っている。場に漂うBGMは、男性ボーカルによる切なげなブルースだ。
 片方の男は、我らが草間名探偵。そしてもう1人は、仕立ての良い漆黒のダブルに身を包んだ紳士だった。
 髪は鮮やかな銀髪であり、鼻の下にも同色の整った髭を蓄えている。上品さが全身から滲み出し、それでいて見る者に嫌味を感じさせない「本物」の外人老紳士……といった風情である。
 何を隠そう、彼こそが萌え皇帝であった。
 今、その切れ長の目の中には妖しい光が宿り、草間へと向けられている。
「君の求める萌えは何かね? ここには全ての萌えがある。君が望むものを、今こそ手にすることができるのだ」
「……俺の……萌え……」
「そうだ草間君。君の、君による、君のための萌えだ。言ってみたまえ……」
「お……俺は……」
 操られる者特有の茫洋とした瞳が、ゆらゆらと揺れていた。
 あっさりと皇帝に捕まった彼ではあるが、伊達に心霊探偵などと呼ばれているわけではない。彼の心は、未だに皇帝の妖しい萌え洗脳と戦っているのである。
「ふふふ……そうやって耐えしのぐ姿もまた、私を楽しませてくれる。いいぞ、草間君。とてもいい……」
 どこかうっとりとした口調で、草間の頬を指先ですうっとなぞる皇帝。さらに反対の手の指を掲げ、パチンと鳴らした。
「……う……」
 とたんに、草間の目が大きく開かれる。
 皇帝の合図と共に、草間の目の前に天井からするすると降りてくる何か。
 それは、色とりどりの衣装であった。
 ほぼ都内全域の学校の制服、セーラー服、和服、巫女衣装、ロングドレス、ベビードール、ネグリジェ……etc
 古今東西、色とりどりの各種「女性用」衣装が並んだ姿は、もはや壮観というか見事というより他ない。
「心の赴くままに選びたまえ。内なる声に従い、さあ……」
 草間の耳に数センチという所まで顔を寄せ、囁く皇帝。
 震える草間の手が、わずかずつ上がっていく。
「…………」
 彼の視線の先にあるのは、濃紺のメイド服であった。
「なるほど、それを選ぶのだな。いいぞ、君ならばとても良く似合うだろう。迷わず手に取りたまえ。この服も、君に袖を通されるのを待っているぞ……」
 皇帝の声が、天上の響きとなって、草間の頭脳を甘く揺さぶる。
 危うし草間、このままメイドとなってしまうのか……?
 ──と、まさにその時だった。


■ Act 2 ヒロイン降臨、草間を救え!

「待ちなさい!!」
 突如、その場に稟とした声が響く。
「誰だ!?」
 こういう際のお約束の問いを、皇帝はちゃんと放った。
 それを受けて、最初の声がこたえる。
「罪もない探偵に貴方がした暴虐の数々、この目で見させてもらったわ! たとえ天が許したとしても、この私が許しはしない!!」
「ほお……」
 目を細めつつ、上を見上げる皇帝。声は天上近くからしていた。
 縦横に張り巡らされた鉄骨のひとつに、細い影が立っている。2つだ。
「今すぐ武彦さんを自由にしなさい!!」
 片方が皇帝を指差し、高らかに言った。
 その人物こそ、シュライン・エマ。
 翻訳家にして幽霊作家、それだけでは食べていけないので時々草間興信所でバイトもしているという苦労肌の26歳独身である。
 そして今、彼女の身体を包むのは、黒いレオタードに網タイツ、頭には2本の長い耳という、いわゆるバニーガールの衣装であった!
「ふっ、嫌だと言ったらどうするのかね、お嬢さん」
 が、別に恐れいった様子もなく、品のいい笑顔まで浮かべる皇帝だ。
「……あんな事言ってるけど、どうするの、零ちゃん」
 と、シュラインは小声で、隣の少女に尋ねた。
 鉄骨の上にちょこんと腰掛けた零は膝の上に置かれたノートパソコンからふっと顔を上げ、
「大丈夫です。ああいう風に言ってくるのは予想済みですから。パターン通りなんですよね」
 そう言って、ニッコリと微笑む。
「それならいいんだけど……」
 草間の急を知り、このビッグサイトの地下への抜け道を何故か知っていた雫の手引きもあって、ここまで何事もなく入れた彼女であった。
 さらに、作戦参謀として零も一緒だ。
 本来なら、これ以上力強い味方もそうはいないとは思うのだが……シュラインの胸には多少不安があったりする。
 自分としてはすぐにでも草間探偵を助けたかったのが、零がそれではいけないと言う。
 どうしてと尋ねると、こういうときはまず高い所に登って相手に「かます」のがお決まりだとの事で……
 そういうものかとは思ったが、少なくとも自分よりはこういう戦いに長けていそうな彼女の言葉を信じて、言う通りにしたのだった。ちなみにバニーガールの衣装も、萌え者と戦う際にはこれくらい着ないと駄目だという零の強い要望によるものだ。
「ではまず、ここはこう言ってやりましょう」
「なんて?」
「ならばお前と語る事など何もない。後は拳で決着をつけるのみ。とぉっ」
「………………それ、私が言うの?」
「はい」
「……最後の”とぉっ”っていうのは何?」
「ああ、それはそこで飛び降りるんですよ」
「飛び降りるって……」
 簡単に言われて、チラリと下を見てみる。
「……かなり高いわよ、ここ」
「そうですね。20メートルはあります。ビルの5階か6階くらいの高さですね」
「で、それを私に飛べというの?」
「いえ、さすがにそれをやると、シュラインさんでも死ぬ可能性大です」
「……私じゃなくても、打ち所が悪けりゃ死ぬわよ」
「ですよね……ですからここは、私が抱えて飛び降りましょう。私なら、この倍の高さでも平気ですから。ただ、それだと形が美しくないんですよね……それが残念です」
 ……形なんてこの際どうでもいいわよ。と言いたくなったが、悪気も何もない零の顔を見て、言葉を飲み込むシュラインだった。
「じゃあ、とにかく行きましょう」
「あの、ちゃんと台詞、言って下さいね」
「……ええ」
 納得はいまひとつできなかったが、こんな所で零と議論をしても始まらない。今はとにかく草間を救うのが先決である。
 ……よし。
 高いのはやはり多少怖かったが、覚悟を決めた。
 息を吸い込み、皇帝を指差すと、自慢の声で言ってやる。
「ならばお前と語る事などなにも──わぁぁぁぁっ!!」
 最後まで言い切る前に、零が自分を抱えてジャンプした。
 悲鳴が尾を引いて下へと流れる。
 もちろん、無事に着地する事はできたが……
「…………」
 背筋に冷たい汗が流れ、思わずその場に片膝をついてしまうシュライン。
「……ちゃんと言わないとダメですよ、シュラインさん」
 やや不満げな零の言葉に、連れてくる相手を間違えたかなと思いはじめる彼女であった。
「ふっふっふ。元気なお嬢さん方だ。よかろう、せっかく来て頂いたのだ、もてなして差し上げようではないか」
 皇帝の指が鳴らされ、BGMが変化した。ブルースからサンバのリズムへと。
 さらに、天上から吊り下げられた無数のミラーボールが光の粒を乱舞させ、色とりどりのスポット照明がその場を激しく駆け巡る。
 そして……奴らが現れた。
 萌え皇帝の配下、萌え者達。
 タイツ姿でバラを咥えた者がいた。
 筋肉ムキムキでオイルがテカテカの者がいた。
 病弱そうな顔色で、北原白秋の詩集を小脇に抱えた者がいた。
 美少女とみまごうばかりに顔立ちの整った少年がいた。
 他にもテニスラケットを持って無駄に歯を光らせているものや、服装の乱れて目つきの悪い不良系、頭の良さそうなメガネ青年等、ありとあらゆるタイプが揃っている。
「さあ、お前達、彼女を我らが虜とするのだ!」
 皇帝の号令一下、思い思いのポーズを取りながら迫ってくる萌え男の集団。
「シュラインさん、僕と付き合ってください」
「シュライン、俺のみそ汁を作ってくれないか」
「シュラインさん、この依頼最初見たとき、一体どうしようかと思いましたよ」
「シュライン……」
「シュラインさん……」
「ああ、シュライン……」
 その面々を、一通りぐるりと見渡す彼女の目は……完全に冷めていた。
「……零ちゃん」
「はい、なんでしょう」
「悪いけど、こいつらの相手お願いできる」
「ええ、いいですよ。雑魚は適当に退場してもらうのが、やっぱり筋でしょうし」
 ニッコリ笑ってそう言うと、手近な1人へとトコトコ寄って行き、
「えい」
 いきなり拳を繰り出した。
 ほぼ音速に近い速度で零のパンチが男の腹へと吸い込まれ、悲鳴を上げる間もなく吹き飛んで、身体を壁にめり込ませる。
「えい、えい、えい」
 零の無邪気な声が上がるたびに、萌え者達の体が宙に舞った。
「……ふむ、人造生命体、無邪気、少女、あまり物を知らない……おお、萌えスカウターの値が5万を超えた。なかなかに素晴らしいではないか」
 なにやら目のあたりにおかしな機械を当てて零を見ていた皇帝の前に、シュラインが立つ。
「……ちょっと」
「ん? ああ、ふむ。貴女もなかなかですが……純粋な萌え値はあの零という娘の方が上のようですな」
「ああそう」
 なんだかよく知らないが、失礼な奴である。シュラインはこいつが隙を見せたらとりあえず殴ろうと決めた。
「とはいえ、我が萌え者達の魅力が通じないとは……なかなかやりますね」
「残念だけど、あいにく私はホストクラブとかで散財するような、そういう結構な趣味を持ち合わせてはいないのよ」
「なるほど、男に懐かれるより、なびかない男を振り向かせ、飼い慣らして行く方が良いという事ですね」
「そうね、どっちかというと、そっちの方が……ってそうじゃないわよ!」
 危なく乗せられそうになり、慌てて否定する。
 さすがに皇帝の話術は手強そうだ。
「ふふふ、元気のいいお嬢さんですね。では、相手がこの方ならばどうですかな?」
「なんなのよ、私はあんたらの遊びに付き合う気は──」
 言いかけたシュラインの声が、途中で止まった。
 自分の前にすっと進み出てきたのは……草間武彦。
「……武彦さん」
 これには、さすがのシュラインも動揺を押さえられない。
「この方も、なかなかに良い素養を持っていますのでね。是非私達の仲間にと思っているのですよ」
「な、何言ってんのよ! 武彦さんを元に戻しなさい!」
「……戻す? そうではありませんよ。今のこの方は、自らの心にもっとも素直になっているのです。心の奥底で秘められていた想い、本当に欲しているもの……今の彼なら、それを素直に欲しいと言えるのです」
「そんなこと……」
「さあ、草間君、君が何を欲しているのか、このお嬢さんに言っておあげなさい」
 皇帝の言葉により、草間がゆっくりとシュラインに近づいてくる。
 ……どうするか?
 考えたが、すぐには決められない。
 迷っているうちに、草間がシュラインのすぐ前へとやってきた。
「……シュライン……」
 名前を呼びながら、そっと彼女の肩に手を置く。
「た、武彦さん……?」
 一体どうするのだろうと思ったら、なんと草間はしだいに顔を近づけ始めたではないか。
「……!?」
 さすがに、シュラインの胸の中で、心臓が大きく反応した。
 ……心の奥底で秘められた想い、本当に欲しているものを素直に欲しいと言える……
 先程の皇帝の言葉が脳裏に蘇り、ぐるぐると回り出す。
 ……ちょ、ちょ、ちょっと……!
 どうしようどうしようどうしよう……
 かつてこれほど自分が混乱した事があったろうか。
 さまざまな怪異、化物、不思議な現象等は既に見慣れているが、こういうのはそれ以上に困る。
 すぐそこに、草間の顔。
 あとほんの数秒後には、ひとつになっていることだろう。
 ……何もしなければ。
 けれど、シュラインは──
「やめなさいっ!!」
 数センチ先まで迫っていた草間の顔を、思いっきり張り倒していた。
「が……っ!!」
 勢いよく身体を回転させ、その場に倒れる草間。
「あ、あらら……」
 思わず力が入りすぎたと感じたシュラインが、慌てて側により、しゃがみ込む。
 気を失っているようだったが……とりあえずそれ以外にはなんともなさそうだった。
 それを確認して、ほっと小さく息をつく。
「……本当にもう……この馬鹿は……」
 言いながら、草間の頬を指先で軽く突っついた。
 くすっと微笑んだシュラインの顔は……わずかに赤い。
「……ふっ、前言を撤回しましょう」
「え……?」
 そんな声に振り返ると、皇帝がじっと2人を見つめていた。目にはまた、なにやらおかしな機械を当てている。
「萌えスカウター値12万……今の貴女は、大変に魅力的です」
「はあ……」
 なんだが知らないが、そう告げる皇帝の顔は満足げであり、子供のように邪気のない顔で微笑んでいた。
 と──
 その時、一角の壁が不意に破壊音と共に崩れ去り、そこからわらわらと人がなだれ込んでくる。
 もうもうと埃が立ち込め、その中から1人の男が進み出てきた。
「……やあ諸君、僕の名前は耽美小五郎(たんび・こごろう)……君達を逮捕しちゃうよ……OK?」
 これ以上ないくらいのド派手に長いつけまつげと、かなりキッツイ感じのラメが入りまくったアイシャドウで飾られた瞳が、斜め45度でシュライン達に向けられる。声はどことなくアル・パチーノやアラン・ドロンの吹き替えや、エースをねらえの宗方コーチ役で知られる野沢那智に似ていた。
 腕の時計はロレックス、首の蝶ネクタイはアルマーニ、あとは白く輝くBVDのブリーフと、同じく純白のハイソックス……それ以外は何も身につけてはいない。
 その後ろにずらりと並んだ男達も、全て同じ格好であった。
 彼らこそ、日本の警視庁が誇る最終秘密兵器、特殊(な趣味)部隊の精鋭達である。
 こんなのが国民の税金で飼われているのが知られると、ありとあらゆる意味でヤバいので、存在はもちろん超極秘だ。
「……ふっ、現れおったな」
 新たな敵を、むしろ楽しげに眺めつつ微笑む萌え皇帝。
「あー、君達、僕達のハイソックスはきちんとソックタッチで止められてるから、どんなに激しい動きでもずれたりしないんだよ……OK?」
 どの角度からどんな目で見ても「変」の一言で片付けてしまえるポーズを取りながら、そうつぶやく特殊(な趣味)部隊隊長耽美小五郎の姿に、シュラインはコミュニケーションを取る事を早々と諦めた。世の中には、人が触れてはいけないものがある。目の前のが、それだ。
「ここにいては巻き込まれる、君達はもう行きたまえ」
「……え?」
 ふと、皇帝がそんな事を言ってきた。
「どうして……?」
 シュラインが尋ねると、
「ふふ、君にはいい萌えを見せてもらった。それが理由だよお嬢さん」
 歯をきらめかせつつ、爽やかに語る萌え皇帝だった。
「……あ、そう」
 よくわからないが、そう言ってくれるなら、それはそれで助かる。
 シュラインは、もうこんなのやあんなのと係わり合いになるのは正直嫌だった。
「零ちゃん、帰るわよ」
 と、声をかける。
「あ、はーい」
 萌え者の1人をとんでもない勢いのジャイアントスイングで振り回していた零が、すぐに振り返って返事をした。手を離すと、その萌え者が特殊(な趣味)部隊のど真ん中に飛び込み、ボーリングみたいにまとめて数人を吹き飛ばす。
「撤退よ。武彦さんをお願い」
「わかりました」
 トコトコ近づいてきた零が、シュラインの言葉に草間探偵を肩へと担ぎ上げる。
「ゆけ者共! 萌え魂を見せてやるのだ!」
「ん〜、君達、明日の夜明けのコーヒーは、警察署の冷たい取り調べ室で飲んでもらうよ。もちろん、僕達がずっとその密室の中でつきっきりだから、とっても安心だよね……OK?」
 萌え者達と、警視庁特殊(な趣味)部隊の面々も、そんな言葉を合図に正面から激突する。
 最後に、そのお腹一杯でコテコテの濃ゆい異次元の戦いをチラリと見て……眉をしかめ、さっさと退散するシュライン他一行であった──


■ Act Final そして日常へ

 ──3日後。
 うららかな日差しの差し込む、昼下がりの草間探偵事務所。
「シュラインさん、シュラインさん」
 ふと小さな声で呼ばれてノートパソコンの画面から顔を上げると、零が何かを手にして、こちらに振って見せていた。どうやらおつかいから戻ってきたらしい。
「これ、できましたよ」
 と言われて良く見ると……それは近所の写真屋の名前がプリントされた袋だ。それでピンときた。
「……わかったわ」
 落ち着いた声でそう告げて、立ち上がる。
「なんだ?」
 と、草間にも聞かれたが、笑顔で何でもないとこたえた。
 そのまま早足で零の元へと歩き、零から袋を受け取ると、早速中身を確かめてみる。草間をチラリと振り返ったが、別にこちらを気にしている様子はないようだ。
 それは……あの時の写真であった。
 零に適当に撮ってくれるように頼んでおいたのだが、戦いながらも、その約束をきちんと守っていてくれたらしい。大したものである。
 ほとんどは草間と、そして自分の姿が個別に写されたものだったが……次々にめくっていくうちに、一枚だけ自分と草間が一緒に写っているものがあり、思わず手が止まる。
 しかもそれは、バニーガール姿の自分の肩に手を置いた草間と、じっと見詰め合っている絵だったりして……
「おい、ちょっといいか」
「え、えっ!?」
 ふいに背後から声がかけられ、心臓が跳ね上がった。
「なんだ? どうかしたのか?」
「え、あの、いえ、なんでもないわ。なに?」
「ちょっと新たな依頼が入っててな、調査の人員を手配したいんだが」
「……わかったわ。今動ける人を探してみる」
「すまんが、頼む」
「ええ」
 こちらの態度にやや怪訝そうな顔をした草間だったが、特に触れる事もなく、タバコに火をつけると、また手元の調書に目を落とす。
 その姿は、もうすっかりいつもの草間探偵である。ちなみに彼は、萌え皇帝に捕まって以降の事は何も覚えていないとの事だ。
 3日前の彼と、写真の中の彼……その両方と、今のギャップに微笑むと、シュラインもまたデスクへと戻った。
 萌え者達と萌え皇帝については、あれ以降も捕まったという情報がないので、おそらくどこかへと姿をくらましたのだろう。警視庁の特殊(な趣味)部隊との戦いも、うまく切り抜けたようだ。
 どちらも今後2度と会いたくない人間のリストの筆頭に上げたいくらいだったが……そんな相手でも、シュラインはほんの少しだけ、感謝もしていた。
 あの写真を袋から取り出すと、そっと懐に忍ばせる。
 服の上から手を当てると、なんだかやる気が沸いてきた。
「……どうした? 何か楽しい事でもあったのか?」
 なんて、草間がこちらを見て尋ねてくる。
「ううん。なんでもないわよ、武彦さん」
 すぐにそうこたえるシュラインの顔と声は……どちらも極上に弾んでいるのだった。

■ END ■