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<PCシナリオノベル(シングル)>


求めよ、然からば与えられん
「あんた今幸せ?」
声をかけて来たのは黒尽くめの男。
 季節感を全く無視した黒革のコートを纏いながら、円いサングラスで目元を隠した姿は胡散臭いの一言に尽きる。
 夜藤丸絢霞は小脇に書類袋を抱えたまま、行く手を遮る形で立つ青年を見上げてにっこりと微笑んだ。
 脈ありか、と青年が次の言葉を発そうとした瞬間、その右腕を取った絢霞はその腕を自らの肩に置いて反転し、前屈に身体を倒す勢いを支点とした腕に乗せる。
 結果。
「うわわッ!?」
青年の身体は宙を舞った。
 はっきり言って、絢霞は小柄である…平均身長に満たずに時には中学生かと問われさえする22歳、それに大の男が投げ飛ばされる様に、通行人が奇異の目を向けても仕方あるまい。
「女の行く手を阻むなんて3年早いわ」
年数は適当に口にしただけで深い意味はない。
 鮮やかに染め上げた緑の髪を払い、それと同じ色の瞳で背から路面に叩き付けられた青年を見下ろした。
「セイトウボウエイってヤツだから、恨まないでね♪」
見事に技の決まった心地よさに機嫌の良い絢霞は膝を折り、痛みに呻く青年の顔を覗き込んだ。
 サングラスは何処かに飛んでしまったらしく、晒された素顔がそう悪くない顔立ちであるのに気付く…ときつく眉根を寄せるのに閉じられていた瞳が開かれた。
 まるで不吉に赤い月のような色は、細められた瞳に鋭い…が、それは吐き出すような笑いに消える。
「ここまでキレイに投げられたの、俺、初めてかも」
よいせ、と上体を起こした青年は子供のように笑う。
「やっぱ、かなり普通じゃねぇよな…あんたがあんまり目ェ引くモンだから、つい声かけちまったんだけど」
投げ飛ばされたという事実は気にかからないらしく、人懐っこいとまで言える親しさで、青年は傍らの喫茶店を指で示した。
「奢るからさ、時間あんならちょっと茶でもしばかねぇ?俺、今暇なんだよ」
「………結局のトコ、ナンパ?」
絢霞は手にした書類袋を掲げて見せた。
「悪いけど、お使いの途中なのよね、あたし」
そしてちらりと腕時計に目を走らせる…昼食を摂るつもりで役所を出てきたので、時間はなくもない。
「まぁ、そう言わずに…興味あンだよ。あんたみたいな人の、」
青年は懲りぬ様子で絢霞の手を握った。
「生きてる理由みたいなのがさ」
 次の瞬間、青年は腕の関節を逆にねじ上げられて「痛てててッ」と騒ぐ。
「そんなこと言って声掛けてくる人にこっちも興味あるよねぇ」
絢霞はねじ上げたまま、口中に呟くと緑の瞳に楽しげな色を浮かべる。
「いいよ、付き合ってみてもね」


 向いてはいけない方向に向いてしまったせいか、動かす度にカクカクとする肩を回し、ピュン・フーと名乗った青年は絢霞にメニューを差し出した。
「まぁ、遠慮なく食ってくれ」
白とピンクとを基調にしたファンシーな色彩の店構え所々アクリル製の星のオブジェが飾られ、備え付けの砂糖壺の中身の角砂糖は星型…そんな徹底した経営理念の追求がメニューにも現れている。
「噂には聞いてたけど」
近くに変な店がある、と女子職員の口に上っていたのはここだったか、と絢霞は一人納得した。
 そのメニューは、天の川を思わせて斜めに紺色の川に散らばる「流☆の宴」やら「ダイヤモンド・スター☆」やら。
 特に添え書きがあるワケでなく、その名だけで如何なる料理が出てくるのか掴めない。
「そんな有名な店なんだ、ここ?」
のワリにゃ流行ってねーなー…とピュン・フーは店内を見回す。
 昼時だというのに、客は彼等と何やら大荷物を抱えた中年のご婦人が一人だけ、である。
「もしかして、不味い?」
小声でこそこそとした問いかけに、絢霞はんーと首を傾けた。
「この店に入ったって言ったら…何を頼んだか根掘り葉掘り聞かれた末に尊敬されるかな」
的確であるやらないやらな絢霞の説明に、ピュン・フーは投げ飛ばされても奇跡的に無事だったサングラスを手持ち無沙汰に弄った。
「…そりゃ悪い事した?」
とりあえず、不味かったという話は聞かなかったけれど、特に美味という話でもなかった…というよりもその賭博性の高さに話の焦点が行っていただけのような気がするがその点に関しては口を噤む。
「気にする事ないわよ」
そうにっこりと笑い…けれど、何処か芯は冷めてる紛う方なき営業用スマイルの絢霞に、ピュン・フーは軽く肩を竦め…てビキパシと関節を鳴らした。
「そー警戒しなくってもいーと思うけどなー…俺ってそんなアヤシイ?」
「うん」
迷わない即答に、ガクリと項垂れるピュン・フー。
「こんなにイイ男なのに…」
「それが却ってアヤシイんじゃない」
自惚れとしか取れない台詞を否定はせずにさらりと受け流し、絢霞は謎のメニューから「アンタレス☆レッド」と「☆の巡り合わせ」なる代物をオーダーする…願わくは、昼食に相応しい物が来る事を祈りつつ。
 ちなみにピュン・フーは適当に目を瞑ってメニューの一画を指し示し、「コレとコレ」という、妙な勝負に出た。
「いいの?」
ある意味、男気のある行動に絢霞が目を見張るのに、「いーんだよ」と、無意味に胸を張ってみせるピュン・フーに、だが特に感慨を覚えた風もなく、絢霞はパタンとメニューを閉じた。
「それで」
笑みを深めて言を続ける。
「あたしのどこが「目ェ引く」のか、どこら辺が「普通じゃねぇ」のか、ゆっくり聞かせて貰おうじゃない?」
そこで初めて、表情と緑の瞳に浮かぶ感情とが合致した。
「そりゃ…」
ピュン・フーは自信たっぷりに続けようとしたがふと止まる。
「…なんてーか…匂いというか気配というか…ほとんど直感だな」
どう説明したら絢霞に分かり易いかを悩む様子で言葉を選ぶ。
「でもコイツ違う、と思ったら百発百中なカンジ?」
「じゃぁ、あたしはどんな風に違うと思ったの?」
 更に突っ込まれてピュン・フーは困った風で首筋を掻いた。
「そーだな、絢霞はなんてーか…」
じっと絢霞の瞳を覗き込む瞳は静かすぎて…全てを見透かすような強い紅。
 絢霞という存在に対する予備知識のない人間が、それを把握しようとすれば…平素に彼女を知る人間とはまた別の角度から己も知らぬ近さで真実を見出すのではないかと、そんな気分がする程に、真摯に。
「…小せぇけど、それ以上のなんかでデカイ気がする」
直接すぎて却って抽象的な言に、なんともコメントの仕様がない。
「ちょっと期待しすぎかな…」
少し疲れを覚えた絢霞は片手でこめかみを揉み解すのに、「頭痛か?」とピュン・フーは呑気なものだ。
「お待たせしましたー♪」
と、その両者の間に割って入ったウェイトレスは、手際よくピュン・フーの前に二品を置いた。
「こちら「ストロベリー☆ミルキーウェイ」に「アンバー☆ネビュラ」です♪」
それはそろそろ寒風も身に凍むこの時節に、何故まだやっているのか裏拳でツッコミたい…氷イチゴにコーヒーフロートである。
 絢霞は、一目見ただけで怖気が立ってしまい、さする腕は服の上からでも鳥肌の感触が分かる…にも関わらず、ピュン・フーは平気な顔でサクリと一匙を掬い取ると、迷いなく口に運んだ。
「………食う?」
凝視する絢霞に何を勘違えたのかそう差し出された氷に、勢いよく首を横に振って拒絶する。
「寒くない?」
「全然」
決して虚勢でもやせ我慢でもなく、ピュン・フーは機嫌良く絢霞の問いを否定した。
「冷たいモンの方が、痛まなさそうな気ぃしねぇ?」
「何が痛むっていうのよ」
何処か投げ遣りになってしまっている絢霞に、ピュン・フーが目を細めてふと笑う一瞬、その瞳は紅一色に染まったような錯覚を覚えさせた。
 そして、ついと左胸を押さえる仕草に、その中指に髑髏を模した銀の指輪が在るのに初めて気付いた…どこか、嫌な印象を覚える。
「悪ィ、仕事だ」
だが、コートの左胸、その内側から携帯を取り出したピュン・フーは振動を繰り返すそれに応じはせず、液晶画面だけを確かめると片眉を上げて至極残念そうな表情を浮かべた。
「なんかろくすっぽ話が出来なかったな」
コーヒーフロートを取り上げ、トン、と腕を伸ばして絢霞の前に置くと、ピュン・フーはそれを追う形で身を乗り出し、絢霞の顔を覗き込んだ。
「生きたけりゃ、早く東京から逃げな」
何の冗談…と口を開こうとするが、至近に見る瞳の紅は笑ってはいるが芯に鋭い一点を宿す。
「そんでもし死にたけりゃ…も一回、俺の前に姿を見せればいい。ちゃんと殺してやるから」
まるで不吉な予言のような約束を一方的に請けおったピュン・フーが深めた笑みが真性の感情と合致する。
 呑まれたように動けないで居る絢霞にピュン・フーはヒラ、と手を振ってあっさりと背を向けた。
「どういう…」
意味か、と問おうとした先を塞いで、ピュン・フーは会計を済ませながら肩越しに振り向く。
「俺もう仕事に戻んなきゃだけど、絢霞も食い終わったら真面目に学校行っとけよ?義務教育中にサボってっと後々…」
臨時職員とはいえ市役所勤めの成人女性を捕まえての言に、手つかずのコーヒーフロートが宙を飛んだ。