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<PCシナリオノベル(シングル)>


誘う青

 子供の頃から、寝覚めは良い方だった。
 目覚まし時計のベルが鳴るよりのも先にベッドから起き出し、カーテンを開ける。予想通りの抜けるような青空が広がっていて、微笑まずにはいられない。。
 両手を上で合わせ、大きく背伸びをする。子供の頃に、朝起きてすぐに背伸びをすると身長が伸びるなどという噂を聞いて、友人たちと競い合うようにして毎日していたら、今ではすっかり習慣化してしまっていた。
 タンスから長袖のTシャツとスラックスを引っぱり出すと、手早くそれらを身につけ、自室を出る。
 普通に歩いても8歩程度の短い廊下を通り過ぎると、そこがダイニングルームだ。いま流行のシステムキッチンは、独身者には贅沢すぎたかもしれない。
 きちんと決まった場所に置かれたリモコンで、TVの電源をつけると、毎日かかさず観ている朝のニュースが流れ出す。
 12星座と血液型を組み合わせた『今日の占い』が、密かなお気に入りのコーナーだ。
 占いコーナーが始まるまでの時間を利用して、朝食を作る。今日はトーストと、スクランブル・エッグにしようか。
 鼻歌混じりに、西園寺嵩杞はキッチンに入った。

 『今日の貴方の運勢は最高!とくに出会い運が好調♪ラッキースポットは新宿です』

「あ…そういえば、今日は休診日でしたね…」
 手製の朝食を平らげた瞬間、ふと思い至る。
 西園寺医院――嵩杞が個人で開業していて、この自宅に隣接している病院だが、週に一度の平日の休診日が今日であることを、今の今まで忘れていた。
 急に降ってわいた感のある休日に、なんとなく幸せな気分になる。
 偶にはちょっと遠出でもしてみようかと思案を巡らせたとき、ある場所のことが天啓のようにひらめいた。
 そういえば、しばらく彼の顔は見ていない。最近突然できたという義妹にも会ってみたいと思っていた。
「よし、新宿に行きましょうか」
 ラッキースポットらしいですし、と一つ手を打って、嵩杞は外出着に着替えるために自室へと舞い戻った。
  


「…で。要するに、暇つぶしか?西園寺」
 上質のレアチーズをたっぷり使ったケーキを頬張りながら、探偵・草間武彦は悪態をつく。
 彼の着ているワイシャツの第1ボタンは外され、ネクタイまでもがこれ以上ない程だらしなく緩められている。
 ネクタイを締めるというより、ぶらさげるという形容のほうがしっくりくるのはどうなのだろうか。
 このだらしない男が草間興信所の所長だと言っても、信じる者は多くはないだろう。むしろ嵩杞のほうが、かしこまってはいないが何を着ても爽やかな印象を与える分、所長らしい気がしなくもない。
「生憎、こっちはそれほど暇じゃないんだがな」
 気怠げに言って、草間は最後の一口を放り込む。
「そうですか…それは残念。では残りのケーキを持って、月刊アトラスに――」
「いや、ゆっくりしていけ。是が非にでも」  
 手土産のケーキの箱を取り上げ腰を浮かせようとしたとたん、態度を急変させる草間に、嵩杞は思わず苦笑した。
 昼下がりの草間興信所。
 所長の意志に反して、ここ最近では怪奇現象系の依頼ばかりが舞い込む、不思議な興信所だ。
 嵩杞も幾度か調査の手伝いをしたこともあり、すっかり草間とは馴染みになってしまった。
 草間がふたつ目のケーキに手を伸ばすとほぼ同時に、キッチンのほうからお茶を淹れた草間零が戻ってくる。
「草間さん、西園寺さん。お待たせしました」
「お気遣い、ありがとうございます」
 目の前に置かれたティーカップからは、アールグレイの上品な香りが漂ってきた。嵩杞はやわらかく微笑すると、さっそく紅茶を口に運ぶ。
 嵩杞が食べているフルーツタルトの甘さを上手い具合に中和してくれる、ほどよい風味だった。 
「あぁ、とても美味しいですよ」
「…それは良かったです」
 零は、照れたような困ったような、曖昧な表情を浮かべた。おそらく、誉められ慣れていないのだろうなと嵩杞は思う。
「零さんもどうぞ、召し上がって下さいね。たくさん種類がありますから」
 好きな物を選んで下さい、と続けようとした嵩杞を遮るタイミングで、興信所の入り口につけられたインターホンが鳴った。
 すぐさま零がドアのほうへ向かい、草間は深々とため息をつく。
「…偶には普通の依頼だといいんだがな。浮気の素行調査で十分だ」
「おや、繁盛しているんですから、良いじゃありませんか?」 
 クスクスと笑いながらも、依頼人との相談の邪魔になってはいけないと席を立った。
 パーテーションで区切られているため、ドア前の様子を直接見てとることは出来ないが、零と依頼人の青年の話し声が聞こえてくる。
 嵩杞はケーキの箱を持ち、奥の部屋に移動した。ただし、扉は開けておく。  
「いらっしゃいませ。どのようなご依頼でしょう?」
 営業用の、普段より愛想の良い草間の声に、再び苦笑する。
「あの、実は今、都市伝説っていうのを調べているんですけど――」
 どこか切羽詰まった調子の依頼人の台詞に、肩を落とす草間の姿が見てとれるようだった。

 円谷誠(つぶらや・まこと)と名乗った依頼人は、大学に提出するレポートを作成するために、様々な噂や都市伝説を収集し、検証していると語った。
 努力の甲斐あってレポートはあと少しで完成するらしいのだが、一つだけ気になる噂があるという。
「ある公園で、人が消えるんです」
 その手の怪奇現象にはもう慣れてしまった草間が詳細を尋ねると、誠はカバンからレポートの束を取り出して、あれこれと説明し始めた。
 噂を元に彼はその公園をつきとめ、周囲の住人に聞き込みをしたそうだ。
 人が消えるのは、決まって深夜。実際に目の前で人が消えるのを目撃している者もいた。
「青い…図形のようなものが突然浮かび上がってそれに捕えられたようにして、消えるそうです。俺は見た事が無いんですが…」
 事実、行方不明者は何人も出ているので、警察が動いている。しかし、青い図形の目撃情報に関しては、まるで参考にしていないようだ。
 それはそうだろうな、と嵩杞は聞き耳を立てながら頷く。
 悲しいかな、人間とは『全く理解できないこと』からは目を背けてしまう生き物だ。
「で、とうとう俺の友達の知り合いも消えたらしくって、俺、相談受けたんですよ。それで…」
 噂に聞いた怪奇探偵を頼って来たのだ、と誠は苦笑しながら話をしめくくった。

「青い図形、ですか…」
 草間は呆けたように頭を掻く。
 いつにも増して、わけのわからない依頼が舞い込んでしまったと、内心頭を抱えていることだろう。
 そして嵩杞の勘も、これは只事ではないと告げていた。
「お願いします。なんとかこの図形の謎を解明して下さい」
 深々と頭を下げる誠に、草間が唸る。奥の部屋の扉の影から嵩杞は草間に手招きすると、続けて自分を指さした。
 はじめは怪訝そうにその様子を見ていた草間だったが、ややあってポンとひとつ手を打つと、
「わかりました。では当興信所の、調査員を紹介しましょう――西園寺」
 依頼人に向けて、ニッコリと満面の笑みを浮かべる。
 以心伝心ではないが、きちんと自分の意図が相手に伝わったことに安堵すると、嵩杞は改めて応接室へ足を踏み入れた。
 名前を名乗り一礼してから、誠の向かい、草間の隣に腰を下ろす。
「よろしければ、その公園の名前を教えていただけますか?今夜にでもさっそく、調査に出掛けたいので…」
 ニッコリと微笑む嵩杞に、誠は大きな声で礼を言った。



 事件は、新宿中央公園で起きているという。
 東京都庁の真裏にある公園の名前だ。空を見上げれば高層ビル街が目に入る大都会にありながら、緑豊かで閑静な佇まい――そのミスマッチが、魅力の一つでもある。
 アニマルライド・各種遊具・広場など、公園に必要な要素はすべてそろっており、休日には訪れる人も多い。
 だが、何よりも特筆すべきは、居住している人間の多さである。
 …つまり、いわゆるホームレスの方々だ。
 その話を以前にニュースで聞いたことがあったので、嵩杞は途中で『土産』を購入し、中央公園に向かった。
 時刻は午後10時。雲一つない夜空には微かに星が瞬き、吐く息は白い。
「すっかり冬ですね…秋は何処へ行ってしまったのやら」
 マフラーを巻き直し、嵩杞は公園の奥を目指す。
 誠の話によれば、人が消えるのは0時を回ってからだと言うことだ。それまでの間に、必要な情報を仕入れておきたい。
 公園の奥、目撃証言のあったという場所で、嵩杞は一番近くにあったダンボールハウスを訪問する。
「こんばんわ。今夜は冷えますね」
「…………」
 にこやかに声を掛ける嵩杞に、ダンボールの隙間から観察するような鋭い視線が浴びせかけられた。 
 警戒されて当然だと踏んでいたので、先程購入した『土産』――コンビニ弁当の入ったビニール袋を相手の視界に入るように持ち上げてみせる。
「よろしかったら、どうぞ。自分用に買ったんですけど、あまりお腹が空いていないので」
 言うが早いか、住居から太い腕が伸び、ビニール袋をむしり取る。
 バリバリとパッケージを開ける音が響き、嵩杞はその場にかがみ込むように声をひそめた。
「あの…最近、妙な物を見ませんでした?」



 深夜0時を回った公園に、人の姿はない。
 普段だったら多少はいてもおかしくないのだろうが、例の事件のおかげですっかり人出はなくなってしまったようだ。
「でも、そのほうが好都合ですからね…」
 ひとりごちて、嵩杞は前方の砂場に意識を集中する。
 そこに、ぼんやりと『それ』は具現しつつあった。
 ――青い図形、である。 
 大小二重の円の中に、三角形を上下逆さまに組み合わせて作られた星形が描かれ、ところどころに見たこともないような文字が浮かんでいる。
 嵩杞の予想していたとおり、それは紛れもなく魔法陣だった。
「やはり」
 徐々に色を濃くしていくそれからは、死の波動を感じる。人の命を奪うために描かれた物だ。
「誰が何のつもりに描いたかは知りませんが…」
 スッと右手を構え、体内を流れる気を全て掌に収束させる。
 西園寺家は代々、心霊治療を行ってきた家系だ。その中でも嵩杞は、特に秀でた物を持っている。気や念を操ることなど造作もない――赤子の手をひねるようなものだ。
 気を以て魔法陣を破壊すれば、効力は失われるはずである。
「憩いの場所である公園を恐怖に彩る噂の元凶には、消えて頂きたいものですね」
 台詞と共に鋭く呼気を吐きだし、右手から気を打ち出す。
 目に見えない力の塊は、不気味に砂の上に浮かび上がる魔法陣の一部を破壊した。
 それにより効力を失った魔法陣は、どんどん輝きを失っていく。しばらくすると、はじめから何もなかったかのように跡形もなく消滅した。
 冷たい風が、コートの裾をさらっていく。
 冴え冴えと光る月の下、嵩杞の目は、ここの住人とは別の人影をとらえた。
「…貴方だろうと、思いましたよ」 
 自然と、諦めにも似た微笑みが浮かぶ。
「親切にも、ここの住人の方が教えて下さいましてね…ピンときてしまいました」
 先程のホームレスの話では、毎晩のように青年2人が砂場を訪れて、なにやら作業をしている様子だったが、ある日を境に1人の青年は姿を現さなくなったという。
 そして、もう1人の青年が単独で最後に訪れた日から、人が消え始めた、と――。
「なかなか鋭いね、お兄さん。まさか気付かれるとはなぁ…」
 クックッと喉を鳴らし、その青年――円谷誠は姿を現した。
 この結末はあまり考えたくはなかったが、なぜかホームレスから話を聞いたときに直感してしまったのだ。
 誠こそが、この消失事件の背後にいるのだ、と。
「でも感謝するぜ、お兄さん。俺の力じゃ消せなくて困ってたんだ、その魔法陣」
 悪びれもしない誠に、嵩杞は奥歯を噛み締める。
「レポートも、お友達の知り合いの話も…全て嘘だと?」
「いいや、レポートの話は本当。でも面白いネタを作ろうとして、興味本位で魔法陣を描いちゃったのは失敗だったかな。おかげで一緒にレポート作ってたダチ本人が消えちゃったし」
 ケラケラと誠は笑い声をたてた。
 その言葉に、嵩杞の怒りは急速に小さくなっていく。
 一体この青年は、人の命をなんだと思っているのだろうか?
「しかもなんとかしようと思って、1人であれこれやってたら、ますます事件が大きくなっちゃって。ホント困ってたんだよな〜」
「……なさい」
「は?」
 両手を頭の後ろで組み、砂場の砂を爪先で弄んでいた誠が、怪訝そうに嵩杞を見つめる。
 能面のような表情で、嵩杞は冷たく告げた。
「恥を知りなさい。貴方のような人には、いつか天罰が下りますよ」
 まさか、この事件の裏にこんな結末が隠れているとは、思いもよらなかった。 
 嵩杞的には的中率100%だった朝の占いも、外れることがあるのだと――世の中には、厚顔無恥な人間もいるのだと、改めて思い知らされる。
 誠に背を向けて歩き出した嵩杞に、誠の罵声が突き刺さった。
「天罰!?おもしれぇ、そんなんがあったらレポートのネタにしてやるよ!」
 一瞬だけ立ち止まり、誠に視線を送る。それはまごうことなき、哀れみの視線だった。
 ここで嵩杞自身が、彼に制裁を加えることは簡単だ。
 だがあの青年に、それだけの価値があるとは思えない。
「…………」
 言葉もなく、嵩杞は公園を後にした。



 後日、診療中の嵩杞の元に、草間から1本の電話が入った。
『西園寺か?この前の円谷誠ってヤツなんだが、昨日トラックに轢かれて死んだんだと』
 何かの祟りかもとおどける草間に、そうですねと頷いてから、電話を切る。
 祟りではなく――人の命を軽々しく扱った報いだ。
 しかし、新たに一つの命が失われてしまったのは、悲しむべきことである。
「願わくば、彼の魂が永久の安らぎを得んことを…」
 つぶやいて、嵩杞は祈るように両手を合わせた。