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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


三日月赤
●序
 僕は空を見上げ、激しく欠けてしまった月を見てしまった。足りない、足りないと叫んでいるように見えた。それは狂気にも似た、月の叫びのようだった。

「約束、ですか」
 草間はそう言って、目の前の少年を見つめた。河野・翠(こうの すい)、17歳。翠は2年前に純開川(じゅんかいかわ)川辺で出会った女の子と、また必ず会おうと約束したのだと言う。
「でも、僕はどうしても辿り着けないんです。その川に向かうんですけど……気付くと川を通り過ぎているんです」
「不思議だな。で、相手の女の子は?」
「名前も、何処に住んでいるかも知らないんです」
「え?」
 草間は思わず聞き返す。
「僕が彼女に出会ったのは、高校受験を控えていた時です。何となく息苦しくて、川辺にいたんです。そうしたら、彼女がやってきて僕の話し相手をしてくれたんです。僕は心が表れる思いがしました。僕は、その時だけで彼女の事が凄く好きになりました」
 翠の視線が、下に落ちる。
「高校受験が終わったらまたこの川辺に来ると約束しました。すると、彼女は午後5時半に、この場所で待ってるって言ってくれて。彼女は、名前はその時に教えてくれると約束してくれて……でも」
「彼女は、いなかった?」
「いえ。辿り着けないんです。本当に」
 何とも奇妙な話だ。草間は呆気に取られる。
「お願いします。僕は、どうしても彼女に会いたいんです。僕がいけなくても、彼女は待ってくれているのかもしれないんです」
 暫く草間は考え、微笑んだ。
「分かりました。お引き受けしましょう」
 顔をあげた翠の顔に、小さな安堵感が溢れていた。

●経緯
 月は、狂気を帯びている。昼間は白く存在を示しているだけに留めているのにも関わらず、夜になった途端に自らの存在を大きく見せてくる。時に青に、時に黄に。そして時に赤に。……赤。それが狂気を帯びてない色だなんて、どうして言えようか。

「珍しい文献ですね」
 灰野・輝史(かいや てるふみ)はそう言って、にっこりと笑った。大学時代に勉強していた民俗学は、今や趣味にまで反映してしまっている。図書館で輝史が手にとった文献は『純開川史』だ。川自身の文献は特に珍しいわけではない。だが、それはあくまでもよく知られている川に限られいるものだ。純開川、というのはこの近辺にあるごく普通の川だ。本を一冊刊行するほど有名な川でもないと思われた。
(もしかしたら、珍しい伝承や逸話が書かれているのかもしれませんね)
 輝史はその文献を借りる手続きをし、図書館を後にする。霊能ボディーガードである彼の仕事は、今日は無かった。たまの休みを、図書館で借りた本を読んで過ごそうと思ったのだ。
「……いい、天気ですね」
 空を見上げ、輝史は呟いた。家に篭って本を読む事も悪くは無い。だが、このようないい天気の中で家に篭るというのもどうかとも思われた。
「そうだ」
 にっこりと微笑み、輝史は草間興信所に向かい始めた。面白そうな依頼が入っているかもしれないし、何も無くても草間に会いに行くのも悪くはないと思ったのだ。その途中、橋の上で知っている後姿に出会う。風なびく黒髪。影崎・雅(かげさき みやび)だ。
「影崎さん」
 輝史が声をかけると、雅は振り返って笑った。いつもながらの、たくらんだような笑みだ。
「おお、輝史君」
 雅はにんまりと笑う。「輝史君も草間興信所に?」
「ええ。何となく、気が向いたものですから」
「そか」
 二人で他愛のない話をしながら歩く。そして、草間興信所に辿り着いてドアを開けようとすると、先客がいた。金の髪の、派手な格好の青年。真名神・慶悟(まながみ けいご)だ。
「おや、慶悟君」
 雅が声をかけると、慶悟は「あんたらか」と言って振り返った。
「あんたら、とは寂しい言い方だな」
「そうか」
 雅の抗議もものともせず、慶悟はドアを開いた。草間興信所の中に、シュライン・エマ(しゅらいん えま)と草間がいた。黒の髪を一瞬靡かせて座っていたソファから立ち上がろうとしたシュラインだが、顔ぶれを見てまたソファに座る。
「何だ、あなた達か」
(何だ……と言われても)
 輝史は小さく苦笑する。
「んーと。それはどういう意味かな?」
 苦笑しながら、雅は尋ねた。黒髪から覗く黒い目で挑戦的にシュラインを見抜く。
「いや、そのままの意味だと思いますよ」
 やんわりと笑いながら輝史が言う。茶の髪の間から覗く緑の目は、柔らかにシュラインを見つめる。
「冗談よ。ただ、お客様じゃなかったのが残念というか良かったというか」
「残念、というのは分かるが……良かったという理由が分からないんだが」
 首を傾げながら慶悟が言った。金の髪の奥にある黒の目は真っ直ぐにシュラインを見つめている。
「依頼が入っているからさ。にしても、いい時期に来たね?君達」
 煙草をくわえながら草間が言う。三人は互いに顔を見合わせながらシュラインの前にあるソファに座る。
「依頼ですか?」
 輝史が尋ねると、シュラインは人数分のコピーを取り、皆に配る。それにぱらぱらと目を通していく。輝史は一瞬目を疑い、硬直した。
(純開川……何という偶然ですかね)
 それは正に、先程借りてきた文献と同じ川であった。運命的なものを感じずにはいられない。
「何らかの力が作用しているのは間違いないな」
 一番に口を開いたのは雅。
「理由も無く、道が閉ざされる事も無い。……理由を調べた方がいい」
と、慶悟。未だぱらぱらと依頼書を見ている。
「そうですね……辿り着く為の一定条件があるのかもしれません」
 じっと考えていた輝史が口を開いた。その発言に、皆の視線が集中する。
「可能性はいくつか考えられますが……その場所が、アヴァロンやティルナノーグのような一種の隠れ里だったかもしれません」
「成る程ね。それもありえない話ではないわね」
 小さく頷きながら、シュラインは同意した。
「それにしても、純開川ですか」
 苦笑しながら輝史が言う。
「何かあるのか?」
 慶悟が尋ねると、輝史は苦笑したまま「いえね」と言う。
「ただ、今日たまたま立ち寄った図書館で、純開川の文献を借りたものですから」
 輝史の言葉に、シュラインの目が光った。
「それ、貸してもらえるかしら?」
「いいですけど……俺もまだ見てないんですよ。なので、要所をコピーするくらいなら」
「そうよね。……じゃあ、いいかしら?」
 シュラインは文献を受け取り、目次を見て、ざっとコピーした。
「それはそうとさ、まずは翠君とやらに話を聞かない事にはどうとも言えないんじゃないか?」
 雅の提案に、皆が頷く。シュラインは連絡先に電話をかけた。翠はすぐに向かうと約束してくれた。
「場所は……そうねぇ」
 シュラインはそう言いながら皆の顔を見る。
(場所?そんな決まりきった事を)
 皆、シュラインの視線にただ強く頷く。それを確認してからシュラインは場所を指定した。
「純開川の、近くで」
 シュラインの言葉に、皆は立ち上がる。皆、考えている事は同じだったかのように。

●少年
 狂気は同時に不安を呼び起こす。欠けてしまっている月は、その不安をしかと見抜いて笑う。嘲笑は嫌でも耳に入り込む。叫びが心に侵入する。そして内部からだんだんと溶かされていくかのような錯覚が、襲い掛かってくるのだ。

 純開川の近くにある公園。そこのベンチに腰掛け、輝史とシュラインは文献を読みふけっている。文献に書かれている史実。それすらをも疑うつもりなどはない。
(民話や、伝承を)
 ここに、翠が辿りつけないヒントがあるのかもしれない。
(純開とは、巡会をもじったもの。死んだ亭主を思い、川辺で嘆いていたら主人が出てきて「もう嘆かずに我が身を大事にしてくれ」と言われた女房。結局、女房はなまじ会ってしまった為に夫を思い嘆いて自殺してしまう。遠く戦地に赴いてしまった兄を思い、川辺でその無事を祈っていたら「大丈夫だ」と言ってもらえた弟。兄は結局死んでしまう。兄の骨が帰ってきてから、弟は今一度兄に会おうとする。もう一度現れた兄は、弟に何かを言ったらしい。弟はその晩、その何かを呟いて自殺する。……その何かというのは分からないみたいですが……つまりは、会えない人物との接触が望める川と言えなくも無いのでしょう。そして、その事象に出会った人々の結末は……死)
 輝史は文献をじっと見つめ、それから小さな溜息をついた。悉く死に繋がる『再会』。それは幸なのか不幸なのか。そう考えた瞬間だった。
「草間興信所の方達……ですよね?」
 声がし、皆がそちらに注目した。やってきたのは、依頼人である河野翠。
「そうよ。あなたが河野翠君ね」
「はい。宜しくお願いします」
 ぺこん、と翠は頭を下げた。「それで、僕に聞きたい事って……」
「まあ、色々とあるけど……」
 シュラインは周りを見回してから口を開く。恐らくは、自分から質問してもいいかどうかを確認したのであろう。
「時間は決めていたようだけど、日にちは決めていなかったの?」
「決めてないです。その子、毎日あの川辺にいるって行ってたし……毎日いるから、同じ時間にいるからって言ってたんで」
「それで、受験が終わってからもずっと試してみたの?」
 その質問に、苦笑しながら翠は頷いた。心なしか、泣きそうだ。
「欠かした事もないです。毎日、5時半になったら行ってみるんですけど」
「辿り着けない……か。不思議だねぇ」
 雅が「ふむ」と頷く。
「あの、いいですか?」
 突如あがった声に、皆が注目する。輝史だ。
「宜しければ、その当時の様子を詳しく教えてはいただけませんか?」
「詳しく……ですか。大した事は無いんです。ただ、何となく川辺に座っていたら彼女がやって来た……」
「その時、周りの空気が変わったとか……そういう事は無かったですか?」
「いえ。特には……」
 輝史は口元に手を当て、考え込んだ。慶悟は一通り聞いたと判断したのか、目を閉じて何かを念じていた。
「あれ?今、慶悟君ってば式神を放った?」
「ああ」
 雅が尋ねると慶悟は素直に頷いた。それを見て雅はにんまりと笑う。
「じゃあ、俺も護法童子を放とうかな?」
「それは……件の『ぽち』の事か?」
「うん」
 やりとりを聞いた瞬間、輝史は何かを思い出す。そう、面白い映像を提供してくれた何かを。
「……それは出来れば止めてくれないだろうか」
 にやり、と雅が笑った。慶悟は一瞬身構えたようだが、どうやら『ぽち』を呼ぶ気配は無いらしかった。小さな安堵が慶悟の顔に浮かんだ。
「さっきちらりと読んだんだけど」
 シュラインが口を開く。
「文献ですか?」
 輝史の問いに、シュラインは頷く。
「純開川では、不思議な逸話があるようね。会えない人に会う事のできる場所と言われているらしいわ」
「会えない人に会える?」
 雅の問いに、シュラインは頷く。
「そう。死んでしまった人、遠くはなれて会えない人……そういった人達に、会う事の出来る場所と伝えられているらしいわ」
「そして、純開という名は……」
 輝史が後を続ける。そこに雅が割って入る。
「巡り回るの、巡回から来ているとか?」
「僕もそう思ったんですけど」
 輝史は苦笑しながら後を続ける。
「巡り会う、という言葉から来ているらしいですよ」
「成る程。巡会か」
 慶悟が妙に感心した。
「そんな、洒落みたいな……」
 苦笑しながら翠が言う。だが、慶悟は首を振る。
「言葉は、力を持つ。言霊も然り。巡り会えるという言葉から名づけられた川が、その力を得て巡り会うという効果をもったとしても不思議ではない」
「言葉は力……術の基本だったっけ?」
 悪戯っぽく笑い、シュラインが言う。慶悟はそれにも至極真面目な顔で「そうだ」と答える。
「ともかく、川に行ってみるか。ここでぐだぐだ言っても始まらないし」
「そうですね。行けば何か分かるかもしれませんし」
 雅の提案に、輝史が同意する。そしてシュラインと慶悟も。
「辿り着けたらいいな」
 ぼそり、と翠が呟いたのを、聞こえぬふりをして皆は歩き始めた。何といっても、言葉は力を得るのだから。

●川
 溶けていく感覚の中、一つの光を見出す。それは月の持つ、間接的な暖かな光だ。直接降り注ぐ太陽とは違う光。例えそれが狂気に満ちていたとしても、間接的に光を浴びせようと必死になっているようにも見えるのだ。

 純開川の近くまで来ると、皆の足が止まった。川が見えそうになった位置まで来ると、一瞬空気が変わったのだ。翠だけが何も感じていないのか、歩みを止めてしまった皆を不思議そうに見る。
「皆さん、どうしたんですか?もうすぐ、待ち合わせをした場所ですけど」
「感じないのですか?」
 輝史の問いに、ただただ翠は首を傾げる。
「何をですか?」
(何も感じていないのですね)
 輝史は川の方角を見る。見えないものを見る、アストラル視覚を駆使しながら。
「……空間……」
 ぼそり、と呟くように言う。そこは、箱型のようになっている空間であった。川を中心にした、他者を寄せ付けない空間。
「そうだな、空間だ。式神達も、そう言っている」
 慶悟が同意する。「どうも、多少歪んでいるような空間だ」
「そうね。音の振動も不可思議だわ」
 シュラインも同意する。雅はあたりをきょろきょろと見回し、にんまりと笑う。
「空間としての存在は分かるけど、特に困る事は無いみたいだ」
「どういう事だ?」
 慶悟の問いに、雅は笑みを浮かべたまま言葉を続ける。
「作用してないからだよ。準備みたいな事は為されているけど、まだ作用は無い」
「そう言われてみるとそうですね」
(ですが、それは逆に何が起こっているかを掴もうとする障害になっているのでは)
 不安が輝史の中をよぎっていく。
「ともかくその待ち合わせ場所とやらに行きましょう。話はそこでもいいわ」
 シュラインの提案に皆が頷き、再び歩みを始めた。
「それで、翠君。待ち合わせ場所は一体どこら辺なんだ?」
 雅が尋ねる。……が、いつまで経っても翠の返答は無い。ただもくもくと歩いているだけだ。
「翠君?」
 皆が立ち止まって翠を囲む。だが、翠はもくもくと歩こうとする。目を虚ろにさせて。
「……成る程。こうして河野さんはここを通過させられていたんですね」
 輝史の言葉に、皆納得する。輝史は目を閉じて意識を集中させ、縄を出現させる。それで翠の体を縛る。歩いて通り過ぎさせないように。
「結構手荒だね、輝史君」
 雅が苦笑しながら言う。
「そうは言ってられないでしょ。ともかく、川辺に行きましょう」
 シュラインの言葉で、川辺に進む。川辺に近付けば近付くほど翠の体はそこから離れようと必死になっている。
「全く……」
 雅はそう呟いたかと思うと「よっこらしょ」と口ずさんで翠を持ち上げた。いとも軽々と。
「……相変わらずの怪力ぶりだな」
 妙に感心したように慶悟が言う。
「そんな事を言っている場合じゃないだろ」
 今度は雅がそう言い、一行は川辺へと辿り着いた。翠の意識は、相変わらず無い。目は虚ろのまま、その場所から逃れようともがいている。慶悟はそれを見て、目を閉じた。
「我……現世に満ちる陰陽五行気を奉じ……閉ざされた道、歪みし律、真の在りようを顕さん」
 それは、歪んでいる空間を正そうとするものだ。一瞬ぐにゃりと空間は揺れたが、特に変わりは無かった。
「なかなか手強い……」
 むう、と慶悟は不快そうに呟いた。
「それにしても……翠君には起きて貰わないとね」
 シュラインはそう言って、すう、と息を吸う。他の皆はそれを見て耳を塞ぐ。
(声を使う気ですね、エマさん)
「河野翠!起きなさい!」
 耳を塞いでいても体中に響く声。じいん、と体の芯が震えているのが分かる。その声に触発されたのか、翠の目に生気が宿っていく。じんじんと痺れた感覚のまま、翠を取り囲む。
「おはよう、翠君」
「影崎さん……僕は……」
「大丈夫?ここ、何処だかわかる?」
「エマさん……ええ、分かります」
「今、何時か分かりますか?」
「灰野さん……ええと、5時25分」
「見えるか?お前に」
「真名神さん……見えるって……」
 慶悟は一点を指差す。川から気体が立ち上り、一つの形を形成しようとしていた。だんだん、少女の形を取っていく。
「まさか……」
(出ましたか)
 輝史は縄を消す。もう翠はこの場から立ち去ろうとはしないだろう。先程は不意に精神を乗っ取られてしまったのかもしれないが、目的が目の前に出てきた今ならば、意識がはっきりとしている筈。
 5時半。少女は完全に人型となる。さらりと流れるような長い黒髪に、つぶらな瞳。その少女から、悪い印象は受けない。だが、確信する。彼女は生者ではないと。
「翠君……」
 少女が呟くように問い掛けた。翠は、起こった事にただただ呆然としているだけだ。
「どうして、来たの?」
「どうしてって……約束したから……」
「何のために、あなたをここに来させまいとしたのか……」
 少女の呟きに、輝史は眉を顰めた。読んだ民話・伝承が頭をよぎる。会いたい人に出会った者達の行く末。それは……。
「離れて!」
「どうしたんだ?輝史君」
 不思議そうに尋ねる雅に、輝史は構えを取りつつ叫ぶ。
「巡り会えるというこの川の伝承には、続きがあります。それは……巡り会えた人間が悉く死んでいるという事です!」
「何だと?」
 結界を張ろうとしていた慶悟の手が止まった。恐らく、少女と翠の二人きりにさせてやろうという計らいだったのであろう。
「どういった理由で、死に辿り着いているかは分かりません。ですが、何故彼女が彼を近づけようとしなかったのかを考えれば予想がつきます」
「……あの子は、翠君の死を止めようとしていた?」
 雅の言葉に、皆が構えを取る。翠はただ呆然と少女を見る。
「そうなの?」
「……私は、あなたと約束した後、死んだの……交通事故でね。でも、約束はずうっと覚えてて……」
 少女は言葉を続ける。戸惑いながら。
「この川で待ってたわ……だけど、気付いてしまったの……生者と死者が会う事は、それ自体が歪んでしまっているという事に……!」
(つまりは、代償)
 歪んでいる事実を成立させる為に、代償行為が起こったのであろう。普段は相容れない両者の存在を引き合わせる代わりに、両方が同等の存在にさせる。死者を生者にする事は不可能にする為に、生者を死者へにさせるのだ。
「では、遠く離れたという人達の出会いは?相容れないものではない筈よ?」
 シュラインが叫んだ。
「……ですが、遠くに離れているのに会うというのも歪んだ行為なのではないでしょうか」
 輝史が言った。伝承の中にあった、遠く離れてしまった兄弟の話。遠く離れていたのに出会った兄は、弟の近くになる為に死して骨として近くに存在する事となった。そう、どうにかしてその存在を同等にさせているのだ。
「だけど、僕は……」
「もう遅いわ……交渉の成立が発生したんだもの……もう、遅いわ」
 少女の顔が歪み始めた。輝史は必死に伝承を思い返す。
(皆、自殺をしていた。それは何故か)
「もう、遅い……!」
 少女の姿は、醜くなっていた。昔、何かの文献で見た鬼女のように。鬼と変貌した彼女は、輝史達に向かって鬼火を放っていた。輝史はそれを避けながら必死に考えを巡らす。
(どうすればいい?何故皆自殺をしていた?何故……)
 事の成り行きを、震えながら見つめる翠がいた。彼の周りには、慶悟の放ったらしい式神が彼を守っていた。翠を自分と同等の存在にしようとする少女から身を守る為に、式神は必死になって彼を守っている。翠を見ているうちに、輝史はふと思いつく。虚ろな目をしていた翠。自らの意思ではなく歩こうとしていた翠。
(自殺させていたんですね!自分と同等の存在にさせる為に)
 ならば、今鬼と化した少女をどうにかすれば、何とかなるかもしれぬ。輝史はそう結論付ける。
「皆さん、あの少女を昇華させましょう!そうすれば、彼は同等の存在に成り得る必要性はなくなります!」
 同等の存在となりうるべき死者がいなくなれば、交渉は破棄されたも同然となる。皆もそれを悟ったようだった。まず動いたのは慶悟だった。縛止の結界を放ち、鬼の動きを制する。次に雅。川辺に落ちていた鉄パイプを拾い、急所と呼ばれる部分を突く。痛みに自棄になって皆を弾き飛ばそうとした鬼に、超音波を発して鬼の頭の内部からかき乱すのは、シュライン。そこを狙って、輝史は鬼を締め上げるような結界を展開する。
「うおおおおおぉぉぉぉ!!!」
 既に少女の姿の面影も無い鬼が叫んだ。そして一瞬だけ、少女の姿に戻る。翠は震える足を叱り付けながら立ち上がり、少女の方に歩み寄る。
「僕……君の名前を……」
「名前を聞くな!」
 慶悟が叫んだ。だが、翠はその制止を聞こえてないかのようにただただ「名前だけでも」と繰り返す。少女は微笑んだ。何も語らず、ただ微笑んだ。
「さようなら」
 それだけ言い、少女は消えた。歪んでいた空間も無くなる。何もかも、無くなる。翠はその場に崩れ落ちた。
「どうしてですか……?名前くらい、聞く事も駄目なんですか?」
 止め処なく流れる涙。慶悟は小さく溜息をつく。
「もしも、あの少女の名前を聞いていたら、お前はあの少女にとり殺されていたかもしれない」
 言葉には、力が宿る。少女の名前を聞いていたら、あの少女は翠の中で生きる事となる。代償行為が破棄されないことともなりえたのだ。
「それでも、あの子は言わなかったわ」
 シュラインが呟くように言う。「自らが鬼と化しながらも、言わなかったわ」
「本当だ。あの子、あそこで言ってたら俺達に打つ手なんて無かったのに……言わなかったな」
 雅が小さく微笑みながら言う。
「きっと、あなたを殺したくなかったんですよ」
 輝史が諭すように言う。
「お前の為に、言わなかったのだな」
 煙草に火をつけ、慶悟が言う。そして、翠は泣き崩れた。名も知らぬ少女の、最後まで貫いた優しさを思って。

●巡会
 欠けている月。しかし、いつまでも欠けているのではない月。いつかは満ちる時が来る。狂気に満ちていても、叫んでいたとしても、それは一時の事なのだ。いつかは満ちる時が来る。今はただ……欠けている事を抱えたまま、満ちるその時をじっと待とう。

「有難うございました」
 目を赤く晴らしたまま、翠は頭を下げた。
「ごめんなさいね。良い結果ではなくて」
 申し訳無さそうにシュラインは言った。「先に、私達だけで行けば良かったわね」
「いいえ。僕が望んだんです。僕自身が、彼女と会う事を望んだんです」
 真っ直ぐと前を見据え、翠は言った。
「だけど……辛い思いをさせたな」
 静かな声で雅が言った。「尤も、本当は色んな方法を試そうかとも思ってたんだけど」
「色んな方法……結局は一つに繋がっていた気がします」
 小さく笑いながら、翠は言った。
「それにしても、直ぐに辿り着けましたね」
 思い返しながら輝史は言った。「もっと、手順を踏まないと辿り着けないと思ったのですが」
「それこそ、皆さんのお陰ですよ。有難うございます」
 もう一度頭を下げながら、翠は言った。
「会えない理由を、彼女が既に故人となり、その想い……会う事叶わずの想いが道を閉ざしているのだと思っていたが」
 溜息をつきながら慶悟が言った。「狭間で戦っていたのだな」
「戦っていた……ですか?」
「そうだ。彼女は会えばお前を死に誘うと分かっていた。ならば、あんな風にあの川に留まらずに何処かに行ってしまえば良かったんだ。だが、彼女はそこにいた。お前に会ってはならないと分かっていながらも、お前と会いたいが為にそこにいた」
 慶悟の言葉に、再び翠の目に涙が溢れる。
「不思議ですね……僕、嬉しいんですよ。僕、こんな結果なのに……結局彼女の名前すら知らないのに……嬉しいんですよ」
 翠は笑う。涙のまま、笑っている。
「そうね。結局、あなたも彼女もお互いを思っていたんですものね」
 シュラインの顔にも、自然に笑みが溢れる。
「そうそう。結局は会えたんだ。……結果がどうであれ、失ったものなんて何もないんだ」
 雅はそう言って翠の背中をばしんと叩いた。げほ、と小さく翠が咳きこむ。
「河野さん、これからどうしますか?忘れますか?それとも……」
 輝史の問いに、翠は笑う。にっこりと、涙の残る顔で。
「忘れません。絶対に、忘れません」
 翠はもう一度頭を下げ、去っていった。
「想いの力って、凄いですね」
(人間の心を、突き動かすほどに)
 ぼそり、と輝史が呟いた。
「そうよ。想いの力は強いのよ」
 にっこりとシュラインは微笑む。
「想いの力……か」
 遠くを見つめながら慶悟は言う。
「俺もその想いの力とやらを信じようかな」
 にやりと笑い、雅は言う。他の三人が不思議そうに雅を見る。
「内緒」
 雅はそう言って、うーんと伸びをして歩き始めた。輝史は小さく微笑んでふと空を見上げる。夕日が隠れようとし、月が出ようとしている。
「あら……今日は三日月なのね」
 少し残念そうにシュラインが言った。
「三日月だけど……いつかは満月になりますよ」
 輝史はそう言って、微笑む。
 今は欠けている三日月でも、いつかは満ちる事もある。今はまだ、欠けていても。
(これは魔術でもなんでもない。人間の、当たり前に持つ力なんですね)
 輝史は川を見る。流れは止まる事なく、何処かに向かって行く。それも魔術ではない、自然の持つ力。妙に偉大な力を目の前にし、輝史は変に微笑んでしまうのだった。

<依頼完了・力を実感>

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 0086 / シュライン・エマ / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト 】
【 0386 / 真名神・慶悟 / 男 / 20 / 陰陽師 】
【 0843 / 影崎・雅 / 男 / 27 / トラブル清掃業+時々住職 】
【 0996 / 灰野・輝史 / 男 / 23 / 霊能ボディガード 】

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■         ライター通信          ■
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お待たせしました、霜月玲守です。私の依頼を受けて頂き、本当に有難うございました。今回はシリアスモードでしたが、いかがだったでしょうか?
相変わらずオープニングが分かりにくくてすいません。毎回言っている気がします(苦笑)でも、皆さんはそれを感じさせないプレイングでした。

灰野・輝史さんのプレイングは、踏み込んだものでしたね。そして、言葉に意味を持たせようとする私の意図にせまってました。輝史さんのテーマは「観察」です。冷静な判断力と推理力を表現できていたら幸いです。

さて、今回も4人の方それぞれのお話となっております。他の方の話も読まれると、より一層深く読み込めると思います。

ご意見・ご感想を心よりお待ちしております。それでは、またお会いできるその日まで。