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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


 畑を荒らすな!

 (オープニング)
 ある日の草間興信所。
 草間武彦は、ドアの前まで来ている物の怪の気配を感じた。
 並の妖怪ではない。集団の中にある妖怪ならば族長か長老。単独で行動する妖怪なら名の通った大妖怪といった所か。
 何でそんなのがうちに?
 まあ、なるようになるさ。
 「入って来いよ。
  俺に用があるんだろ?」
 草間はドアの外の『気配』に向かって言った。
 その声に応じるように、ドアが開く。
 入って来たのは一匹の大柄な猫だった。
 体毛が所々くすんでいて、目つきも何となく虚ろである。相当年を取った猫のように見える。
 だが、放っている妖気だけは尋常じゃ無かった。
 「化け猫…か?」
 草間はかすれた声でつぶやいた。
 猫はこくりと頷いた。
 その途端、猫の姿が変わる。
 現れたのは、体長2メートル程のでっぷりと太った猫だった。
 のんびりとあくびをする。
 やる気の無さそうな目つきが印象的だった。
 「確かに、わしは化け猫にゃ。
  文句でもあるかにゃ?」
 やたらと甲高い、可愛らしい声で化け猫はしゃべる。
 妖気だけやたらと鋭い事を除けば、ただの大きい猫に見える。
 「い、いや、文句は無いが。何のようだ?」
 化け猫の意図がわからない。
 ひとまず尋ねる草間だったが、化け猫は首を傾げた。
 しばしの沈黙。
 「なんだったかにゃ…
  お前、知らんかにゃ?」
 おろおろと草間に尋ねる化け猫だが、そんな事を言われても困る。
 「俺が知るわけ無いだろう…」
 そう言うので、精一杯だった。
 「がんばって思い出すから、ちょっと待ってくれにゃ。」
 あーでもない、こーでもないと、化け猫は首を捻って考えこむ。
 それから、数時間が過ぎた。
 「まあ、もう好きにしてくれ…」
 草間は言いながら、化け猫に日本茶を入れてやった。
 「ありがとうにゃ…」
 化け猫は背中を丸めて茶をすする。
 そんな時草間興信所のドアがノックされ、開いた。
 「こんな事だろうと思いましたよ…
  すいませんね、草間さん。」
 そう言いながら入って来たのは中学生位の男の子だったが、
 「君も、化け猫か?」
 草間は男の子の正体に気づいていた。
 「はい、陸奥と言います。」
 男の子は言う。
 「おお、お前の顔は見覚えがある気がするにゃ。」
 老化け猫は陸奥の顔を見て、ゴロゴロと鳴く。
 「いい加減、自分の孫の顔くらい覚えましょうよ…」
 化け猫の陸奥は言った。
 彼によると老化け猫は東京都西部、『霊峰八国山』に住む妖怪達の長老だと言う。
 「わしも昔はヒゲを立てれば八国山で起こった事は何でも知る事が出来たんだけどにゃ、近頃は妖力も弱ってにゃー・・」
 老化け猫は寂しそうに言う。
 「最近、山にある僕達の畑が荒らされて困ってるんです。」
 陸奥は長老化け猫に代わって話し始める。
 「どうも犯人は他所者の妖怪みたいで、長老のヒゲがいつも妖怪の気配を感知するんです。
 でも、あわてて畑に行っても捕まえられなくて…
 みんなで交代で畑を見張っていても、いつの間にか採られたりして困ってるんです。
 今時、妖怪でもコンビニでお弁当買ってる時代ですから、何で畑荒らしなんかやってるんだか、わけわからないんですよ…
 それで、みんなで相談して、妖怪相談所をやってる事で有名な草間さんに頼みに行こうという事になったんですけど、『わしが長老だから、わしが話をつけに行くにゃ!』って言って長老が飛んで行っちゃいまして…
 でも、長老はこの通りですから…」
 霊峰八国山の長老も、年には勝てないと言うわけか。妖力は未だに化け物なんだがな…
 ていうか、うちは妖怪相談所じゃないぞ…
 「まあ、話はわかった。畑荒らしを探せば良いんだな?
 ただ聞きたいんだが、報酬は払えるのか?」
 無理だろうなと思いつつ、草間は尋ねる。
 「はい、畑で採れた物位しかありませんが…」
 そう言って陸奥は、香りの良いキノコのような物を差出す。
 「これって、松茸じゃないか…」
 松茸って、現代科学じゃ栽培する事は不可能なんだが…
 「はい、人間はそう呼んでるみたいですね。
  僕達は昔から普通に作ってますよ。」
 陸奥は言う。
 「報酬は松茸採り放題でどうでしょう?」
 少し時期遅れだが、陸奥の言葉に草間は異論無かった。
 「それじゃあわしらは先に帰るから、よろしく頼むにゃ。」
 長老化け猫はのんびりと言って、陸奥と去って行った。
 草間はとりあえず助っ人を呼ぶべく、何人かの人間に電話をかけ始めた…
 
 (依頼内容)
・ 霊峰八国山に住む妖怪達の畑が荒らされて、地元の妖怪達が困っているようです。誰か助けてあげて下さい。

 (本編)
 1. 四人と一匹。

 「松茸採り放題?ホントに?マジで?嘘だったら延髄蹴りかますわよ?」
 草間の電話を聞き、まくしたてるように答えたのは一条・朱鷺子だった。
 「別に、松茸狩りに誘ってるわけじゃないぞ。あくまでも畑荒しを退治する事が目的でだな…」
 おいおい、大丈夫なのかと草間は説明するが、朱鷺子の興味は松茸に向けられているようだった。
 「大丈夫、わかってるわよ。とにかく松茸…じゃなくて、畑泥棒を捕まえれば良いんでしょ?そしたら、合法的に松茸採り放題って事よね?」
 朱鷺子は言う。
 「まあ、確かにその通りなんだが…」
 草間自身も、松茸狩りという言葉の響きにはかなり魅かれているので、まあ、朱鷺子の気持ちはよくわかる。
 「ともかく、今すぐ来てくれ。そいじゃ。」
 そう言って草間は話を切り上げ、電話を切ったのだった。
 「まっつたっけー。
  とっりほーっだーい。」
 松茸の採り方や調理法などに思案を巡らせながら、朱鷺子は草間興信所へと行った。
 彼女が草間興信所に行くと、部屋には草間の他に誰もおらず、子狐が一匹寝そべっているだけだった。
 「あら?
  あなた子狐なんか飼い始めたの?」
 朱鷺子は子狐の事を眺めながら言った。
 「いや、飼ってるわけじゃなくて、奴はこんこん。今回の仲間だ。」
 草間は言う。
 ふーん。と、朱鷺子は気の無い返事を返しただけだった。
 こんこんという子狐は、すやすやと眠っている。
 「後二人、護堂・霜月っていう坊さんと、シュライン・エマっていう女が来るから、ちょっと待っててくれ。」
 草間の言葉に従い、朱鷺子は二人の到着を待った。
 やがて、霜月と朱鷺子はやってくる。
 「そいじゃあ、みんな揃ったし、こんこんを起こすか。」
 草間は言って、子狐に声をかける。
 「あ、皆さんよろしくです。」
 こんこんは目をこすりながら言った。
 「へー、しゃべる狐か。珍しいわね。
  私は一条朱鷺子。ま、よろしく頼むわ!」
 朱鷺子が、こんこんに言った。
 「こんこん、しゃべる狐じゃなくて九尾の狐です。」
 こんこんは言い返したが、
 「キュウビって言う種目なのね。」
 朱鷺子はいまいちわかってないようだった。
 他の二人は『シュライン・エマ』、『護堂・霜月』とそれぞれ名乗った。
 「それでは、これで全員のようですし、霊峰八国山まで向かうと致しましょうか。」
 穏やかに言ったのは、僧侶のような格好をした霜月だった。
 「そうね。じゃあ行って来るわね、武彦さん。」
 エマが言って、三人と一匹は草間興信所を後にしようとしたが、
 「ちょっと待て、今回は俺も行く。」
 草間が三人と一匹を止めた。
 「松茸が欲しいんでしょ!」
 朱鷺子が草間をジト目で見る。
 「大丈夫よ、武彦さんの分もちょっと位は持ってくるから。」
 エマが悪戯っぽく言った。
 「う、うるさい。行くといったら行くんだ。」
 草間は譲らず、結局四人と一匹で霊峰八国山へ向かう事になった。
 「じゃあこんこんは、お山に着くまでお昼寝するです。」
 こんこんはそう言うと、草間の頭に飛び乗って丸くなった。
 「勝手にしてくれ…」
 草間はため息をつきながら、立ち上がった。

2. 霊峰八国山の畑
 
 東京と言っても、23区が東京の全てではない。
 西部には市町村が並んでいる。
 東村山市も、そんな市町村の1つであった。
 東村山市は全体的にのどかな都市で、都市の北半分には地域の妖怪達の里になっている霊峰八国山が広がっている。
 草間達は霊峰八国山がある東村山まで電車で向かいながら、事件について話し合っていた。
 「んー、見張ってても気がつかないって言うのは妙な話よね。」
 「確かに妙ですな。」
 エマの言葉に、霜月は首をひねる。
 透明な妖怪。幻術を扱う妖怪。幾つか考えられる事はあるが…
 「土の中の妖怪って線も考えられるかな?
  でも、あそこの猫さん達はのんびりしてるから、見張ってる途中に昼寝してたりして…」
 エマは以前に会った事がある、霊峰八国山の長老を思い出しながら言った。
 「まあ、猫だからしょうがないわよね。」
 朱鷺子が苦笑する。
 でも、土中を移動する妖怪だったら確かに見張るのも大変かもしれない。
 うーん、モグラでも具現化させてみようかな?
 イメージを具現化する能力を扱う朱鷺子は、対策を考える。
 でも、漢字で書くと『土竜』。
 朱鷺子が具現化出来るのは、漢字1文字だった。
 「こんこん、土の中でも見えるですよ。」
 さすがに子狐の姿のままでは人目につきすぎるので、人間の男の子に変化して座席にちょこんと座ってるこんこんが言った。
 ともかく畑を見張ってみようと四人と一匹は考える。
 やがて霊峰八国山の最寄駅、東村山駅に四人と一匹は到着する。
 「ふーん、思ってたよりも都会じゃない。」
 駅を出て、周りのそこそこ賑やかな光景を見た朱鷺子が感想を述べた。
 霊峰八国山などという妖怪の里がある街である。どんな人里離れた所だろうと思っていた朱鷺子は、ちょっと意外だった。
 「いえ、東村山の本番はこれからよ。」
 以前に来た事があるエマは、東村山の本性を知っていた。
 「ああ、なんか駅前とその他地域の落差が激しいって言ってたな。」
 草間が言う。
 「駅前だけとりあえず賑やかな街というのは、良くある話ですな。」
 霜月がうんうんと頷いた。
 四人と一匹は、テクテクと霊峰八国山へと歩く。
 「段々、空気が気持ち良くなってきたです。」
 こんこんが嬉しそうに言った。
 「なるほど、排気ガスの匂いがする空気だったのが、駅から遠くなるにつれて、清涼な空気になってきましたな。妖気も多少濃くなってるようですし、こんこん様には心地よかろう。」
 霜月が頷いた。
 「確かに、あなたの言う通りね。
  エマさん、初めてここに来た時、呆れたでしょ?」
 朱鷺子がエマに苦笑した。
 駅の前は都会風だったが、気づけば畑と民家しか見えない。視界を遮るような大きな建物が無いので、遠くにはっきり見える霊峰八国山が印象的だった。
 四人と一匹は霊峰八国山へと歩く。
 「あ、皆さんお待ちしていました。
  長老が不思議な人間達の気配を感じるって言うんで、入り口まで迎えに来ました。」
 霊峰八国山の入り口で、十五歳位の男の子が四人と一匹を出迎える。
 化け猫の少年、『陸奥』だった。
 「猫さんですか?」
 こんこんが陸奥に問い掛ける。
 「狐さんだね?」
 陸奥はこんこんで微笑みかけた。
 お互い、通じる物があったようである。
 「陸奥君、ひとまず現場に案内してもらえるかな?
  本当は長老にあいさつに行くべきなんだろうけど、なんだか面倒そうだから…」
 草間が言った。
 「そうですね…
  じゃあ、ついて来て下さい。
  長老は山の奥の聖地に居ますんで、後で適当にあいさつでもして頂ければ結構です。」
 そう言って歩き始める陸奥に、四人と一匹はついて行く。
 陸奥に案内されて霊峰八国山の森を抜けて歩くと広々とした平野があり、畑が広がっている。
 広さは1ヘクタール(100メートル四方)程度だ。
 「なかなか広いわね。」
 朱鷺子が見渡してみると、何人かの人影が畑の世話をしたり見回りをしたりしているようだった。
 「じゃあ、俺は長老の所へあいさつに行って来る。」
 そう言って草間は陸奥に案内されて長老化け猫の方へと行く。
 「では、私達はここで情報収拾と見張りですかな。」
 霜月の言葉に、皆、頷いた。
 「こんこん、ここで見張ってるです。」
 そう言うと、こんこんは畑に寝そべって周囲に霊感を展開し始めた。
 「これは集中が肝心なのよ…」
 朱鷺子は呟きつつ、地面に『犬』と幾つも描いていく。
 文字のイメージを具現化するのが、朱鷺子の能力である。
 「見張りと言えば、やっぱり犬よね。」
 朱鷺子は一人呟いた。
 「んー、そうね、1回で荒らされる範囲とか荒らされる順序とか、何か畑荒らしの法則みたいなのは無いかしら?」
 エマは畑に居る妖怪たちに話を聞いて回る。霜月もそれに同行した。
 「そーですね、ちょっとづつ荒らされる感じです。
  持ってかれるのは松茸みたいな高級品とか、じゃがいもみたいに、すぐにお腹に貯まる物が多いです。」
 答えたのは河童の妖怪だった。畑に水をあげているようだが、良く見ると、たまに自分の頭の皿にもかけている。
 妖怪達の栽培している松茸は、普通の野菜のように地面で栽培するとの事だ。
 エマと霜月は、さらに妖怪達に聞いて回る。
 見張りをしているのだろうか?
 畑の片隅で居眠りをしている化け猫に、エマと霜月は声をかけた。
 「黒っぽい人影が見えることがあったり、小さな紙の人形が歩いてる事があるにゃ。
  紙の人形は捕まえてもただの紙になっちゃうし、人影にはいつも逃げられるにゃ…」
 居眠りをしていた化け猫の見張りが、あわててエマに答えた。
 本当にちゃんと見張ってるんだろうか…
 エマと霜月は不安に思った。
 「紙の人形…
  術をかけた紙を遠くから操る『式紙の技』の類かもしれませんな。」
 気を取り直した霜月が言う。
 また、掘り起こされ方から何かわからないかとエマは尋ねてみたが、掘り起こされ方はあんまり覚えて無いと妖怪達は言った。
 「まあ、コンビニ弁当も無料じゃないわよね。
  犯人は松茸みたいに高い物を盗んで売り歩いてるんじゃないかしらね。」
 「エマ様に賛成ですな。そういうのを買い取る人間の業者とつるんでるのかも知れません。
 ただ、それにしてはジャガイモなどを盗んでるのが謎ですな。マツタケを盗んで計画的に業者に売るような者が、わざわざジャガイモなどを盗んでその場をしのいでいるとは思えません。」
 「確かにそうね…」
 犯人の意図が、いまいち謎だった。
 そんな時だった。
 「何だか、変な気配を感じるです!」
 こんこんが子狐の姿になり、じたばたと騒ぎながら言った。
 こんこんの声を聞いた朱鷺子が具現化した犬を走らせる。
 「な、なんか紙の人形が歩いてるわよ!」
 彼女は音も無く畑の周囲を歩く30センチ程の大きさの紙の人形を見つける。
 「捕まえるのよ!」
 朱鷺子の声に応じた犬たちが紙の人形に飛びかかった。
 こんこんも飛びつく。
 程なくして、紙の人形達はこんこんと朱鷺子の犬に捕まった。
 「あんまりおいしくないです…」
 こんこんが人形をしゃぶりながら言った。
 「あんた、そんなの食べたらお腹壊すわよ。」
 やってきたエマが苦笑しながら、こんこんから人形を取り上げた。
 「これは、『遠見の式紙』ですな。」
 人形を手に取った霜月が言う。
 「それ、何ですか?」
 朱鷺子が霜月に尋ねる。
 「術の主は、この人形を通して周囲のものを見る事が出来るのです。」
 霜月が言った。
 「なるほど、偵察に使えるってわけね。」
 「だから、食べてもおいしくないんですね。」
 エマとこんこんが納得した。
 「でも偵察が来たって事は、近いうちに本番も来るのかしらね?」
 朱鷺子が言う。
 「どうだろ、警戒が厳重なのを知ったわけだから来ないんじゃない?」
 エマが答えた。
 「ただ、それでも来るとするならば、それなりの準備をしてくるでしょうな。物理的にも精神的にも。」
 霜月の言葉にエマと朱鷺子は、それはそうだと頷いた。
 「人の物を盗む悪い子は、『めっ』するです。」
 こんこんが飛び跳ねながら言った。
 ひとまずは、もう周囲に怪しい気配は感じられない。
 だが、近いうちに『何か』が本気でやって来る可能性は残っていた。
 三人と一匹は畑の周辺の警戒を続ける。
 
3. ネズミと盗賊

 夕暮れ。
 草間が疲れた顔で畑まで走ってきた。
 「なんか、長老が俺の顔忘れててな、話が長引いちまったよ。
  『お前、なんでわしが草間に依頼した事を知ってるにゃ!お前は何者にゃ!』とか、言われてな…」
 「ご苦労様…」
 「ぼけにも限度があるわね…」
 「諸行無常ですな…」
 「長老様、面白いです。」
 エマ、朱鷺子、霜月、こんこんの四人はそれぞれ草間を慰める。
 疲れた顔の草間だったが、着を取り直して言う。
 「ただ長老が言うには、ついさっき、何かの妖怪が霊峰八国山に入って来たらしい。
  あの長老も妖力だけは確かだから、注意した方が良いぞ。」
 それを聞いた三人と一匹は、再び畑の見張りに戻る。
 「草間のおっちゃん、がんばりましょうです!」
 こんこんはそう言って子狐の姿に戻って草間の頭に飛び乗ると、丸くなった。
 「頼むぞ、ホントに…」
 ヤレヤレと、草間は言う。
 こうして、元々畑に居た河童と化け猫を含めて、四人と三匹はそれぞれ畑を見張りつづける。
 そろそろ日も沈みきった頃、最初に異変に気づいたのはこんこんだった。
 「おっちゃん、何か地面の下に居るよ!」
 こんこんは草間の頭の上で、じったばったと暴れながら言った。
 「地面の中か!」
 彼の霊視には、地面の上も下も関係無い。
 「うん、何か小さな振動音を感じるわね。」
 エマの耳も何かを感じたようだ。
 「なるほど、地面の下からいきなり畑の物を引っこ抜くわけね。
  うーん、みんなちょっと待っててね。」
 朱鷺子はそう言うと棒切れを持ち出して、地面に大きく『爆』と幾つも書き始めた。
 地面の下の気配は、畑の真下くらいまで近づいてくる。
 エマは耳をすます。
 気配が近づくにつれて、段々音がはっきりしてきた。どうやら小型の妖怪のようだ。こんこんと同じか、それより小さいくらいだろうか?
 「この下よ!」
 エマが畑の一角を指差す。
 「よし、はじけろ!」
 エマの指差した方向を見ながら、朱鷺子が叫ぶ。
 彼女が先程から地面に書いていた『爆』の文字がはじけ、エマが指差した辺りの地面の奥へと衝撃破が飛ぶ。
 小さな悲鳴のような声が上がったのを、エマは聞いた。
 「逃げていくみたいよ。
  追いかけましょう。」
 地面の下の気配は、来た方へとあわてて遠ざかっていくようだった。
 駆け出そうとする一同だったが、
 「待ちなさい、囮と言う事も考えられます。
  全員で行くのは賢明ではなかろう。」
 霜月が冷静に言った。
 「確かにあんたの言う通りね。じゃあ、地面の下の気配を感じられる私とこんこんで土の下の妖怪を追うってのはどう?
 こんこんは武彦さんが連れてくって感じで。」
 エマの言葉に、誰も異論は無かった。
 「行きましょう、武彦さん!」
 そう言ってエマが走る。
 「おっちゃん、あっちだよ!」
 こんこんは草間の頭の上で、じったばったとした。
 走り始める、エマと草間。
 「そっちは任せたわよー」
 朱鷺子の声を背中越しに受け、彼らは走る。
 そんな彼らを、朱鷺子達は見送った
 「では、こちらはこのまま見張りを続けましょうか。」
 霜月の言葉に朱鷺子は頷いた。
 「どれ、私は案山子にでも化けてみます。
  もしかすると、油断した畑荒しがのこのことやってくるかも知れませんしな。」
 そう言うと霜月は、案山子に変装を始めた。
 「なるほどねー。
  んじゃ、私も姿を消すわ!
  えーとー、こういう時は…」
 朱鷺子は首を捻って考えると、やがて地面に「消」と1文字書いた。
 「シンプル・イズ・ベスト!」
 彼女は霜月案山子に指を立てて見せた。
 朱鷺子の姿は、彼女の放っている犬達と共に見えなくなった。
 それから、しばしの時間が過ぎる。
 静まりかえった夜の森は、ある時、急にざわつき始めた。
 「やけに正々堂々してますな。」
 「全くね…」
 霜月の言葉に、朱鷺子は苦笑した。
 やがて、『何か』は姿を現した。
 紙で作られた、人間程の大きさをした狼の人形が十数体居る。その中心には、黒装束の男が居る。
 「戦闘用の式紙ですな。」
 霜月がつぶやきながら、案山子の扮装を解いた。
 「これって貧乏くじってやつね。」
 今更隠れていても意味は無い。
 朱鷺子も姿を現した。
 「なんだ、もっと出迎えが一杯居るかと思ったら、しゃべる案山子の坊さんと犬の女王様が居るだけか。つまんねーな。」
 黒装束の男は拍子抜けしたように言った。
 「ま、もらうもんさえもらえりゃ、俺は何でもいいけどな。」
 黒装束の男は言った。
 「そういうわけにも参りません。」
 男の言葉をさえぎり、霜月の手元が閃く。
 霜月によって放たれた何かの武器、を黒装束の男は弾く。
 同時に黒装束に斬りこむ霜月。
 「おいおい、ずいぶん血の気の多い案山子の坊さんだな。」
 黒装束の男は、霜月の錫上をかわした。
 「んじゃ、そっちはそっちで勝手にやってくれ。」
 黒装束は言う。
 彼の式紙達と朱鷺子の犬達は、乱闘を開始した所だった。
 「私も賛成!
  勝手にやってて!」
 とりあえず離れた所に避難しながら、朱鷺子は言った。
 怪我でもしたら、松茸採りに支障が出てしまう。
 こうして朱鷺子達が畑荒しに襲われていた頃、先に地面の下からやってきた『何か』を追っていった草間達は、どうにか『何か』を捕まえる事に成功していた。
 結局、最後はこんこんが地面に潜って『何か』を捕まえた。
 彼は、えっちらおっちらと地上まで上がってくる。
 「泥棒ネズミさん達です。」
 こんこんは連れてきた2匹の子ネズミの妖怪を紹介する。
 2匹の子ネズミは、確かに畑荒しをしていたと言う。
 「ちょっと、どうすんのよ武彦さん!」
 「いや、どうするって言ったってな。
  とりあえず事情を聞いてみない事にはなー…」
 エマと武彦は、こんこんよりもさらに小さい子ねずみの妖怪を見て、対応に困る。
 「そりゃ、まあそうだけど…
  んー、そうね…
  あんた達、お父さんとお母さんはどうしてるの?」
 エマはひとまず子ねずみ達に聞き始めた。
 子ねずみの妖怪達は話し始める。
 彼らは『土竜ネズミ』という、主に土の中で活動する妖怪だという。とにかく地面の中を高速で移動する妖怪だそうだ。
 「モグラネズミか。
  そのまんまだな…」
 草間がつぶやく。
 「ごめんなさい…」
 「ごめんなさい…」
 子ねずみ達が謝った。
 「いや、あんた達は謝らなくても良いから。
  武彦さんもちょっと黙ってて…」
 「黙ってるです。」
 エマとこんこんが言った。
 「悪かった…」
 草間が言った。
 「まあ、話に戻りましょう。」
 エマが言って、土竜ネズミの子供達の話は続く。
 元々土竜ネズミの家族達は、東村山の片隅の空き地で暮らしていたそうだ。
 だが、ある日、空き地が無くなった。
 土竜ネズミの子供達が地面を潜って散歩に行っている間に、クヌギの木が立っていた空き地にはアスファルトの地面が敷き詰められ、空き地で昼寝をしていた土竜ネズミの親達の姿は消えていたという。
 土竜ネズミの親達の姿はどこにも無く、数日後、空き地にはマンションが立った。
 その後、土竜ネズミの子供達は親を探していたが、食べる物に困って霊峰八国山の畑に忍びこむようになったそうだ。
 「ちょっと、どうすんのよ武彦さん!」
 「いや、どうするって言ったってな…」
 事情を聞いたエマと草間は、事情を聞く前よりもさらに対応に困る。
 空き地を整備する時に、元々住んでた動物が巻きこまれるのは良くある話だけれども…
 「なるほどね。
  それで、二匹で畑に忍び込んで松茸狩りしてたのね…」
 どうしたものかと、エマは言う。
 「あ、僕達はジャガイモしか採ってませんよ。松茸は『旅の松茸採りのお兄ちゃん』が採ってるみたいです。不思議な紙を使う黒装束を着たお兄ちゃんで、『この、式紙の流砂様に任せとけ!』っていつも言ってたから、流砂って名前だと思います。
 何回か畑で会った事があるんですけど、優しいお兄ちゃんで、僕達にも色々分けてくれましたです。」
 「おいおい、式紙の流砂って、本命はそっちじゃないか。」
 苦々しげに、草間が言う。
 「急ぎましょう、武彦さん!」
 エマは言って、駆け出す。
 「ネズミさん達も一緒に行くです。こんこんの背中に乗ってください。
  もう、畑を荒らしちゃだめですよ。」
 こんこんが言った。
 子ねずみ達はこくんと頷き、こんこんの背中に乗った。
 そして、
 「おっちゃん急ぐです!」
 と、草間の頭に飛び乗った。
 「お前らなあ…」
 子狐一匹と子ねずみニ匹を頭に乗せながら、草間は走り始める。
 「さすがに重いぞ…」
 草間はぼやきながら走る。
 その頃、朱鷺子達は黒装束の男と戦い続けていた。
 狼の形をした式紙達の相手は、朱鷺子が具現化した犬達がしている。
 それぞれ10体以上居る。
 式紙と戦ってる犬達の中には何匹かの猫の姿も見える。駈けつけてきた化け猫達のようだ。
 騒ぎの中心では霜月が錫杖を構え、黒装束の男と対峙している。
 激しく切り結ぶ、霜月と黒装束。
 二人の戦闘力は、ほぼ互角のようだった。
 「しかし、らちがあかねえな。
  どうだい、霜月先生。
  松茸を500g位くれたら、とりあえずこのままおとなしく帰るって事で手を打っても良いぜ?」
 流砂は言うが、
 「寝言は寝ながら言うのが良かろう。」
 霜月は相手にしなかった。
 こんこん達が帰ってきたのは、そんな時だった。
 「流砂のお兄ちゃん、やっぱり畑を荒らしたりしたら良くないです!」
 「悪い事はだめです!」
 子ねずみとこんこんが流砂に向かって叫んだ。
 「ん、お前ら捕まっちまったのか…」
 子ねずみ達に気づいた流砂は大きく飛び下がって、霜月と距離をとる。
 霜月もあえて追わない。
 「うーん、困ったな…
  お前ら、その土竜ネズミ達の話は聞いたか?」
 流砂はこんこん達に問い掛ける。
 「ま、大体はね。」
 エマが答えた。
 「そうか…」
 流砂は何やら考えこむ。
 「何か知らないけど、ワケアリみたいね。」
 朱鷺子も具現化した犬を下げながら言った。
 少し考えこむ流砂。
 「そろそろ冬だしな。ここらが潮時かもしれねぇ。
  もう、ここには来ねーよ…
  俺が頼む義理もねぇが、そいつら頼むぜ。」
 流砂はそうつぶやくと、背を向けて走っていく。
 「どうする、追うの?」
 走り去る流砂を見送りながら、朱鷺子が一同に問い掛ける。
 「事情は良くわかりませんが、何やらワケアリの様子ですしな。
  放っておいても良いのでは?」
 霜月が首を傾げながら言う。
 「うーん、まあ、もう来ないって言ってますしね。」
 人間の姿に変化した陸奥も同意する。
 「陸奥君がいいって言うなら、私達がどうこういう問題じゃ無いわね。」
 甘い考えかと思ったが、まあ、当事者が言うならそれで良いだろうとエマは思う。
 「まあ、私は松茸もらえれば…」
 そもそも朱鷺子の最大の目的は松茸狩りだった。
 「ところでワケアリと言えば、そこのねずみさん達は?」
 陸奥が、こんこんの背中にちょこんと乗ってる子ねずみ達を見ながら言った。
 「いや、それなんだがな…」
 草間が一通りの事情を、陸奥達に説明した。
 「な、なんか重い話ね…」
 朱鷺子は複雑な表情で、子ねずみ達の方を見る。
 子ねずみ達は親が死んだとは思っていないようなので、さらに話が重い。
 「むう、ねずみ様達の父上と母上が見つかるまで、この霊峰八国山に住まわせてやるわけには参りませんかな?」
 霜月が陸奥に尋ねる。つまり、ずっとここに住ませてやれと霜月は言っているのだ。
 皆も賛成である。
 「そうですね、僕もそれが良いと思います。
  ひとまず長老に相談してみましょう。」
 陸奥が言ったので一行は長老の寝床、霊峰八国山の奥にある聖地まで行く事にした。
 「しかし、これだけ騒ぎになってるのにのん気に寝てるとは、ずいぶん幸せな長老様ですな。」
 霜月が言う。
 「いえ、長老を連れてくると余計に話がややこしくなりそうですからね。あえて起こさないようにしてるんです…」
 陸奥が答えた。
 「それは、良い判断かも知れない。」
 「私もそう思う…」
 長老化け猫に会った事のある草間とエマは陸奥に同意した。
 「なるほど…」
 どんな長老なんだろうと、霜月は思った。
 「そーいえば、なんで陸奥君は他の化け猫ちゃんみたいな、にゃーにゃーしゃべりしないの?」
 朱鷺子が陸奥に尋ねる。
 「え、だ、だって恥ずかしいじゃないですか…」
 陸奥は言ったが、
 「恥ずかしいとは失礼にゃ!」
 「陸奥は化け猫族の伝統ある言葉に文句でもあるにゃ!?」
 一緒にいた化け猫達が、にゃーにゃーと陸奥を責めた。
 そうこうするうちに、一行は長老の所に到着する。
 「長老―、起きて下さーい!」
 陸奥が座敷でごろごろしている長老化け猫に声をかける。
 「なんにゃ?」
 長老は、だらだらと目を覚ました。
 「ん、お前達は誰にゃ?」
 長老は草間の方を見ながら言った。
 「だから、昼間会ったじゃねーか…」
 草間は返す言葉が無かった。
 ぼける長老を相手に、ひとまず陸奥が地道に事情を説明する。
 「確かに長老様が現場におられたら、余計に話がややこしくなりそうですな…」
 「すごいわね…」
 初めて長老に会った霜月と朱鷺子は、呆れていた。
 「なるほどにゃー…
  しかし、人の畑を荒らすのは良くないにゃ。
  悪い子は食べちゃうにゃ。」
 一通り話を理解した長老は言った。
 子ねずみ達はがたがたと震えてる。
 「食べちゃだめです!」
 こんこんがばたばたと言った。
 「長老、言葉に気をつけて下さい!」
 陸奥が言った。
 「ご、ごめんにゃ。
  食べないから大丈夫にゃ。
  パパとママが見つかるまで、ここに住むと良いにゃ。」
 長老はあわてて言い直す。
 「ほ、ほんとに食べたりしませんか?」
 「だ、大丈夫ですか?」
 子ねずみ達は言う。
 しばしの沈黙。
 長老は首をひねる。
 「何で黙るのよ!」
 怒鳴ったのは朱鷺子だった。
 「長老、さっさと答えて下さい!」
 陸奥が言う。
 「だ、大丈夫にゃ。食べたりしないにゃ。」
 長老はおろおろしながら言った。
 「話が全然進みませんな…」
 霜月が呆れたように言った。
 こうして、2匹の子ねずみ妖怪は特に問題も無く霊峰八国山に住むことになった。
 『式紙の流砂』という盗賊については、もうここには来ないと本人も言っていたし、ひとまず放っておく事になる。
 「根こそぎ松茸を盗んでいくっていう感じでもありませんでしたし、とりあえず放っておいても良いかと思います。まあ、もしまた来たら許しませんけれど。」
 陸奥は言っていた。ずいぶんと甘い判断じゃないかと草間は言ったが、ここの妖怪達がそれで良いというなら良いんだろうと、余りしつこくは言わなかった。
 「そいじゃあ、後は松茸採り放題が残ってるだけね。」
 一通りの話が終わった後、朱鷺子が嬉々として言った。
 
4. 松茸狩り

 「やっぱり働いた後は、松茸狩りよね!」
 「全くだ。」
 翌日、松茸畑で目の色を変えて松茸を採る朱鷺子と草間の姿があった。
 「そんなに、人間は松茸が好きなんですか?」
 二人の様子を畑の外で眺めながら、陸奥が言った。
 「まあ、人それぞれですな…」
 霜月が陸奥に答える。
 もう、松茸の時期も終わりだし、残った松茸も少ない。
 畑に残った松茸を、朱鷺子と草間は採りあさる。
 「あんまりおいしくないです…きっとこれは、はずれです…」
 子狐の姿をしたこんこんは、草間の採った松茸を全て一口づつしゃぶっていた。
 「む、陸奥、お前いつから狐になったにゃ!」
 のんびりと松茸狩りの様子を見物に来た長老が、こんこんを見つけて、あわてて言った。
 「こんこん、気づいたら狐になってたにゃ。」
 「ね、猫に戻るにゃ!」
 「だめにゃ。こんこんは狐にゃ。」
 退屈なこんこんは、長老の相手をして遊んでいた。
 そんな、のどかな松茸狩りの傍ら。
 「ところであんた達、名前はなんて言うの?」
 長老と一緒にひなたぼっこをしている子ねずみ妖怪に、エマは話しかけた。
 「忠一です。」
 「忠次です。」
 土竜ネズミの子供達が答えた。
 「良い名前ね。」
 エマは微笑むしかなかった。
 こうして草間達は時期遅れの松茸を採るだけ採ると、霊峰八国山を後にしたのだった。
 その後、『式紙の流砂』が松茸泥棒に現れる事は二度と無かったと言う。
 だが、2匹の子ねずみ妖怪の所には、彼らの好物であるじゃがいもやチーズを届ける黒装束の姿が、たまに目撃されたと霊峰八国山の妖怪達は言っているそうだ。

 (完)

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / クラス】
【0102/こんこん・ー/男/1才/九尾の狐(幼体)】
【1069/護堂・霜月/男/999才/真言宗僧侶】
【0086/シュライン・エマ/女/26才/翻訳家・幽霊作家+時々草間興信所でバイト】
【1027/一条・朱鷺子/女/27才/OL(食品関係・業務課所属)】

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■         ライター通信          ■
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 初めまして、MTSです。
 今回はお買い上げ頂き、ありがとうございます。
 霊峰八国山の畑荒し退治&松茸採り放題ツアー、ご苦労様でした。
 ただ、松茸狩りのシーンは、あんまり書けませんでしたけれども…
 機会があったら、そういうイベントメインの話も書いてみたいなーと思います。
 ともかく今回はおつかれさまでした。