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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


除夜の鐘は二度鳴る。

 ――ゴーン…ゴーン…

 年の瀬も押し迫った12月31日。
 鳴り響く除夜の鐘の音を聞きながら、今年の反省と来年の抱負に思いを馳せる――なんて風情のある光景は、アトラス編集部にはまるっきり無縁なものだ。
「ちょっとー! この原稿の続きはどこにあるのよ!」
 今日も今日とて、碇編集長の怒声が高らかに響く。
 その矛先は、当然ながら哀れな下僕・三下だ。
「は、はいぃ〜今探してます〜」
 情けない声も毎度おなじみ。今やこの編集部での名物になりつつある光景だ。
 世間ではカウントダウンに向けて盛り上がっているだろうこの時期、アトラス編集部でもカウントダウンに向けてまさに緊迫した雰囲気があちこちで見られた。この場合のカウントダウンとは、〆切との一分一秒の戦いだった。落としでもしようものなら、初日の出を拝むどころではなく、逆に碇の手で三途の川すら渡りかねない。
 切羽詰まった彼らとは対照的に、流れるBGMはのんびりとした鐘の音。
「三下君、早くしなさい!」
 鐘の数と比例して、碇の声もボルテージが上がる。まさに怒髪天を突く勢いだ。
「早くしなさい!」
「早くッ!」
「ぐずぐずしない!」
 そして。
 彼女の怒声が限界まで達した時。
 それは起きた。

 ――ゴーン…ゴーン…ゴッ!………

 ゴッ?
 鐘の音が突然止んだ。最後に奇妙な音を残して。
 編集部でもいったい何が起きたのか、と一斉に静まりかえる。
 どれだけ時間が経とうが鐘の音は聞こえない。その間にも刻一刻とカウントダウンは迫る。
 その静寂を破ったのは、当然ながら碇だった。
「ちょっと、何みんなボーっと突っ立ってんのよ! ホラ、早いトコ原因を調べに行きなさいよ!」
 なにやらネタの予感がする。
 そんな直感を信じ、彼女は編集部に残っていた全員に調査を命じた。
「いいこと! 絶対に何か掴んで帰って来るのよ。手ぶらだったらただじゃおかないからね!」
 あのぉ〜それって、音が止んだ理由が単純な事でも何か見つけてこいって事ですか?
 無謀というか、無情というか。
 そんな泣き言は彼女に対して、決して許されなかった。

■The last day of the year■
「ほらほら樹ってば、何してんの。早く行こうよ」
 両手を大きく振りながら自分に声を掛ける姿に、私は思わず苦笑する。思いきり人の視線の注目を浴びているが、彼女は全く気にならない様子だ。相変わらず子供だな、そんな感想が浮かんだ私に気付くことなく、そのまま軽やかに歩みを進めた。
 ある時刻を過ぎた辺りから、急に人が混み始めた。
 なるほど、そろそろ年末恒例の国営放送が終わった頃だな。脳裏に思い描いた新聞の番組欄を回想していると、急に彼女は私の手を取り、足早に人混みの中へ駆け込んでいった。

 私の名前は、霧島樹(きりしま・いつき)。
 性別上は女性ということになっているが、生憎今のこの身体に性はない。
 隣を歩くのは同じマンションで一緒に暮らしている新堂朔(しんどう・さく)。何の因果か所属している組織から保護者役を任せられている。既に一年が経過しようとしているが、随分と懐かれたものだ。
 組織――そう、私は裏世界に根を張るある組織に属している。
 階級は幹部。その内容は、俗に言う『殺し屋』だ。
 何故私がそんな組織と関わりがあるのか。それを説明する為には十年前まで遡る。
 突如巻き込まれた事故のせいで、私は身体機能の殆ど無くしてしまった。おそらくそのままでは生きていけなかっただろう。そんな私を助けてくれたのが今の組織だった。
 何故彼らが私を助けたのかは判らない。何か理由があるようだが、特に詮索する気もない。彼らのおかげで、私は今こうして生きていれるのだから。そう――例えこの身体の三分の二が機械で出来ており、性別が欠如していようとも。
 だから、私は組織の為に働こうと決意した。
 その組織から奇妙な依頼が来たのは丁度一年前。両親に死に別れて孤児となった少女の保護者役を引き受けて欲しいと。勿論、少女には組織の事は伏せ、昔色々とお世話になった恩返しがしたいと説き伏せて。
 そう朔へ伝えたのだ。
 少女――朔は、最初こそ両親に死んで悲しみに暮れていたが、徐々に本来の明るさを取り戻していった。喜怒哀楽をハッキリと表し、その表情が本当にくるくると変わる。私には到底真似出来ない。組織で過ごした十年間で身に付いた感情を抑えて冷静沈着でいようする私。
 とうに忘れてしまった心を持つ彼女が、だから何故か少しだけ羨ましく思えてしまい、時々どう対応していいか判らなくなってしまう。
 だからだろうか。彼女といると昔の自分が取り戻せる気がして、特にここ最近では彼女のお守りをすることが楽しいと感じる事があるのだ。
 あるいは組織も、その事を予期していたのか?

「ほら、きちんと前を見ろ。人にぶつかる」
 一心不乱に前しか見ない朔の頭を軽く引き寄せる。直後、すぐ傍を人の集団が流れていった。
 やれやれ。ちょっと目を離すとすぐこれだからな。
「ありがと、樹」
 素直に礼を言われ、何故か照れくさくなってあらぬ方に視線をやった。そんな風に素直な態度を取られると、どう反応していいのか未だ解らない。
 ぶっきらぼうな私の態度をどう解釈したのか、それ以上突っ込んでくる事はなく、彼女はあちこちに立つのぼりに目を奪われていた。朔に引っ張られる形で来てしまった近所でも有名な寺院。日本人ならではの醍醐味を説明されてはいたが、生憎よくわからない。
 二年詣りなど、ただでさえ人が多いというのに……と、言ってるそばから駆け出すな。おまけに奇妙なポーズなど取ってからに。皆の注目を浴びてるぞ。いい加減にその癖を直せと何度注意したか。ほら、危ないからきちんと私の腕でも掴んでいろ。全く…学習という言葉を知らないのか?
 ブツブツと愚痴を言いつつも、私は彼女に付き合っている。
 この一年で彼女のおおよその性格は理解したつもりだ。本来対極に位置する性格の彼女だが、やはりどうしても放っておけない。――感化されたかな。
 ふと、朔がなにやらじっと眺めている。その視線の先には色とりどりのお守りが飾ってあった。なるほど、今度はお守りか。そんな風に思っていると、
「ねぇ、樹はどのお守りがいい?」
 いきなり尋ねられ、私はえっ?と少し怪訝な顔になる。
「だから樹が欲しいお守りよ。ね、どれがいい?」
 そう繰り返されても元々私は無神論者だ。当然「いらない」と返せば、当然「
えぇ〜?」と大きな声で反論された。そして、
「じゃあ、あたしが決めちゃうから」
 そう告げてから、朔は更にお守りを凝視しながらあれでもない、これでもないと一生懸命選び始めた。そんな彼女の後ろ姿を眺めながら、私の口元に軽い笑みが浮かぶ。
「すいませ〜ん、これ下さい!」
 が、そう言って差し出したお守りを見て、私は思わず固まった。
 当然、お守りを差し出された売り場の人も困った顔をしている。
 思わず振り返った彼女は、何故そんな反応をされるのか解ってないようだ。
「なによぉ、あたしからのプレゼント嬉しくないの?」
 そう文句を言われ、
「いや、そうじゃないよ。――うん、ありがとう。嬉しいよ」
 結局そう言ってニッコリと微笑む。その反応に、彼女はようやく満足したようだ。やれやれ、本当にしょうがないなぁ。
「……よりにもよって安産祈願とはね……」
 ぼそりと呟いた小さな声は、少しばかり考え事に耽っていた様子の朔には届かなかったようだ。
 さて、そろそろ例の場所に行かないとまずいんじゃないのか?
 意気込んでいた朔の姿を思い出して彼女を見ると、どうやら同じような事を考えているようだ。もっともそれが何なのかを忘れているようだが。
 鐘を突く場所に行くんじゃなかったのか?
「そうだ、鐘!」
 どうやら思い出したらしい。
 この寺院へ向かっている途中、除夜の鐘が途中で奇妙な音を立てた。そして、それ以降鐘の音は全く聞こえてこなくなっていた。
 その現場に偶然遭遇してしまい、私は朔に引っ張られる形で現場へ向かおうとしていたのだ。彼女はこれは絶対霊の仕業だと思っているようだが、現実的に考えて和尚に何かトラブル――例えば脳溢血とかぎっくり腰で倒れてしまった――が起きたと思う方が自然だし、常識だ。
 だが、朔は頑固にも霊の存在を主張する。そこまで声高に言い続けられては、さすがに私も聞き入るしかない。そもそもつまらないってのはなんだ? 一体お前は何を期待しているんだ。新年早々怪奇現象に巻き込まれるのはご免だぞ。
 そう思いつつも、結局は朔に付いていくのだ。やれやれ、と軽い溜息が零れる。
 怒る彼女をさらりとかわし、とりあえず視線をぐるりと周囲へ向けた。
「しょうがない。一人で行かせるよりは私も付いていくよ」
 心のどこかでは朔の言葉が正しいと確信していた。霊の存在の関わり。この件に関しては、彼女の勘はどこまでも正しい。それは彼女の身体に宿る二つの霊の存在が起因しているからに他ならない。あるいは、それがあったからこそ、組織も彼女の身柄を欲したのだろうか。
 隣を行く朔が私の手を引っ張りながらずんずんと歩く。別にそれを拒もうとは思わないのだが、彼女はギュッと強く握っている。周りを歩く人の群は誰も彼も鐘の音が止んだ事に驚きこそすれ、特になんら注意も払おうとしていない。
 それが当たり前の反応であり、過敏に反応する私達の方が異質なのだ。
「ほら、早く向かわなきゃ!」
 殊更明るく、まるで自分を鼓舞するように声を出す。
 瞳に備えた網膜センサーで周囲の不審な物を調査しながら、私は彼女に引っ張られるままその鐘突きの現場へと向かった。

■The New Year's Day■
 鐘突き場に辿り着いた時、そこには見るも異様な光景が広がっていた。
「なによこれ…」
 隣で呆然と呟く朔。
「やれやれ…」
 私も彼女と同じように呆れるしかない。
 朔に引っ張られた形とはいえそれなりに心構えをしていただけに、この展開には流石に呆然とする他ない。目の前で繰り広げられている光景に目を反らそうかとも思ったが、生憎辺り一面どこも似たような様子だ。
 本当に…一体何を考えているのか。呆れつつ、思わずこめかみを押さえた。まあいい、念のために調べておくか。
 私は瞳に力を込める。それは一瞬だった。
「サーチング完了。朔、この周辺の四方一帯、生命反応はあそこにいる和尚ただ一人だ」
「そう…」
 私の言葉を当然だと受け止める。まあ、殆ど見たままだからな。
 ふてくされた様子の彼女は、地面に座り込んだままだ。何かを言おうと口を開きかけたが、またすぐに閉じる。代わって聞こえてきたのは、小さな溜息の音。
 別に慰めるつもりはなく、先程の結果報告の続きのように私は指を差した。かなりフラフラ状態の和尚の様子は、明らかに泥酔そのものだ。
 そして、その隣では大きな杯を手にした男が、大きな声で笑いながらお互いの肩をバンバンと叩き、グイッと一息に飲み干している―――みたいだ。

 そう。
 私は『みたいだ』と予測するしかない。
 何故なら、その男の姿は完全に透けていて、まるで影絵のように全身が白い霧に包まれていたのだ。
 別の言い方をすれば―――男は『幽霊』だった。
 いや、男だけではない。この辺り一帯の境内を埋め尽くす人、人、人の群。それら全てが男と同じ『幽霊』だったのだ。
 私の網膜センサーは、生きている人間を察知する為のものだ。だからこの場には、熱ある存在はあの和尚ただ一人だけしか認識しなかった。
 目の前に、明らかに人と思われる存在が群をなしているというのに。
 驚きを隠せない朔と違い、私は感情のコントロールが出来る。内心では驚愕しつつも、表面には決して出さない。隣で「幽霊の大量発生も有り、だよね」などと譫言のように呟く彼女に、私は即座に突っ込んでみた――この時点で私も冷静でなかったかもしれない。
 先程の男の姿や泥酔状態の和尚を見れば、この場で何が起きているのか一目瞭然。
 彼ら――幽霊達は、このお寺の境内で盛大に宴会をおこなっていたのだ。あちこちで酔っ払いの叫声が聞こえ(るような気がするし)、あまつさえ喧嘩している(ように見える)感じなのだ。
 成る程。全ての事象が一つにつながる。鐘が途中で止まってしまったその訳も。
「おおかた乱入してきた幽霊達に巻き込まれて、そのまま一緒に宴会に突入した、か」
 冷静に分析した結果を口にする。
「それじゃあ…結局あたし達が来ても…」
「ま、無駄だったようだな」
 至極当然の結論だ。
 だが、やはり私の言葉に朔は随分不満のようだ。
 幽霊だらけの世界ではあるが、特に彼らが他に害をなしているようには見えない。まあただ一人和尚がその余波を受けているが、それもどうやら本人納得済みのようだ。
『よぉ、姉ちゃん。姉ちゃんらも一緒にこっちきて騒がんか?』
『どうせなら酌してくれよぉ』
『どした姉ちゃん、んなつっけんどんな顔してからに。もちっとこう笑わんか』
 よけいなお世話だ。思わずそう文句を言いそうになって、ふと朔の方を見ると何人もの幽霊に囲まれている。慌てて駆け寄ろうとしたが、幽霊の群が邪魔をして近づけない。
 ええい、くそ。邪魔をするな。いっそのこと全部吹き飛ばしてやろうか。
 そんな物騒なことを考えていると、スッと目の前で朔が立ち上がり、
「よーし、こうなったらあたしも一緒に騒いでやるぅ〜!」
「おい朔、お前はまだ未成年――」
 慌てて止めようとしたが、時既に遅し。伸ばした手を振り払い、彼女は引く手数多の幽霊の群の中へ勢いよく突入した。やんややんやと騒ぎ出し、テンションは高まるばかり。
 もはやこうなったら誰にも止められないな。
 ヤレヤレ、また面倒が増えるということか。
 私はそんな風に困りつつも、その事をどこか嬉しく思っている自分を知る。
「みんなぁ〜、今日は朝までいくよー!」
『おおおぉぉぉ―――ッッ!!』
 率先した掛け声に、周りの幽霊達が一斉に怒号を上げ、宴は更なる盛り上がりを見せていった。

■The sunrise on New Year's Day■
 やがて、東の空がうっすらと白みがかってきた頃。
 幽霊達は一人、また一人とうっすらと射す光の中へと消えていく。どうやらそろそろ宴会もお開きのようだ。
 私はじっと明けゆく東の空を眺めていた。眠気は特に感じない。元々この身体に睡眠はあまり必要ないからな。
 ふと頬に視線を感じる。おおかた朔が目覚めたのだろう。
 何をするつもりなのか? じっとしていればそっとこっちに近寄ろうとした。
「朔?」
「あ、ううん。なんでもない。寝てるのかなぁて思って」
「私はおまえの保護者だからな。目を離すワケにはいくまい」
 それに…別段眠る必要はないからな。
 思わず自嘲気味に口元に笑みを作る。その表情の動きをどう受け取ったのか、さっきまで怒る気満々だった朔の気配が、見る間に萎んでいくが分かる。
 それよりも。
「そろそろだな」
「うん、そうだね」
 視線は東の地平線を向く。
 闇が徐々に消えていき、白い光が地平を覆う。ゆっくりと…ゆっくりと昇ってくる太陽の姿に、私は思いの外感動していた。
 そして、合図もなくお互い顔を見合わせた後、朔の言葉に合わせるように私は言った。
「樹、明けましておめでとう!」
「こちらこそ、明けましておめでとう、朔」
『―――今年も、よろしく』

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名  / 性別 / 年齢 / 職業】
 1231   / 霧島・樹 / 女  / 24  / 殺し屋
 1232   / 新堂・朔 / 女  / 17  / 高校生

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■       ライター通信            ■
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こんにちは、葉月十一です。
この度は依頼にご参加頂き、ありがとうございました。
かなり遅れてしまいましたが、大晦日〜元旦までの過ごし方をお送りします。遅れてしまった件に関しては、本当に申し訳ありませんでした。
理由は…まあ、このごろ流行りの病一歩手前だったという所ですね。

さて。
霧島様、新堂様、この度は初のご参加ありがとうございました。
今回は参加者のお二人が関係者である事から、お互いそれぞれの視線からお話を展開してみました。互いの物語を読めば、今回の話の全体が見えてくるかもしれません。
要望・苦情・キャラクターの性格等でなにかありましたら、テラコンよりメールしてみて下さい。

それでは、またの機会がありましたら、ご参加頂けると嬉しいです。