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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


東京怪談・草間興信所「幽霊の悲願」

■オープニング■
『我々はー、今こそー』
「……零、コーヒーを頼む」
「はい、兄さん」
 デスクの背後に控えていた零が小さく頷いて給湯室へと向かう。冬の弱いものではあるが窓からは柔らかな日差しが差し込み、車の廃棄音や時折子供の声も聞こえる。事務所内には今のところ来客の姿は無く、概ねのどかな昼下がりだった。
『立ち上がりー、蒙昧なる民衆の啓蒙に勤めねばならないー』
『おーっ!!!!』
 草間は深く煙を吸い込み、吐き出した。禁煙の意志は無い。無理をして禁煙に勤しめば恐らく仕事は限りなく滞るのだろう。
「兄さん、どうぞ」
「ああ、すまない」
 コトンと小さな音を立ててデスクに置かれたコーヒーに、草間は首だけを巡らせて零を振り返った。依頼人の無い昼下がり。しかし客が無ければのどかで平和かといえば、そうと話は決まったものでもない。
 ――現に。
『幽霊は夏のものというー、根拠もない思い込みから万人を解き放つことこそー、我々全国幽霊共同組合連合、全G連のー、使命であるー!!!!!』
『おーっ!!!!!』
「なんだその妖しげな組合はっ!!!!」
 ついに辛抱たまらず草間は叫んだ。
 そう、客は無い。客は無いが事務所の中は満員御礼だった。
 右に幽霊、左に幽霊。無数の『客にもなれない』何かが事務所にひしめき合っている。草間で視認できるだけでもかなりな量である。
 今や草間興信所は訳の分からない幽霊の寄り合い所となっていた。客が来ない訳である。
 草間は頭を抱えた。
「どうにかしてくれ……」

■本編■
 草間は部屋の片隅で煙草の煙をドーナツ状に飛ばすことに挑戦し始めていた。覚えたての中学生か、子供に強請られた父親の風情である。かなり熱中している――と言うよりは熱中する事にしたらしく呼んでも応え一つ返さない。
 集会は具体的な方策の全く立たないままにただ盛り上がり、安田講堂より激しい有様となっている。依頼人は三人ほどやって来ていたが全部悲鳴を上げて逃げた。この状況が持続してくれるなら、確実に噂が噂を呼び草間興信所は心霊スポット、依頼は激減という楽しくない未来を迎える事となるのだろう。
『今日このよき日にー! 我ら絶対の意志を持って立ち上がりー!』
 祝典の冒頭のような演説まで混じり始めている。どうにも本末転倒して幽霊達にもわけがわからなくなり始めているらしい。
「………………じゃ!」
 ぴっと片手を上げて冴木・紫(さえき・ゆかり)は身を翻した。
 草間からのSOSを受けてやってきてみれば事務所はこの有様。最初はキワモノでもこの際取材が出来ればいいかという心算だったが、雇い主は自閉で演説はさっぱりわけがわからないと来てはこれ以上ここに居ても無駄である。財布の中身は電車賃で三桁に落ち込んだ。実入りにもならないような事にこれ以上付き合っていたらもう命が危ない。
「ってーわけだから」
 胡乱な顔で、紫は一度は翻した身をもう一度事務所内へと向けた。
「その手を離しなさい、その手を」
「離したら逃げるでしょう?」
 紫の抗議も何処吹く風、紫のコートの首根っこをふん捕まえた九尾・桐伯(きゅうび・とうはく)はきっぱりとそう言った。
「失礼ね、誰が逃げるのよ?」
「今しもUターンしようとしてた人の言う台詞ですかそれが?」
「ここでUターンしなかったら私は人生から逃げることになりそーなのよ」
 皮肉のつもりの言葉に思っても見なかった答えを返され、桐伯はまじまじと紫の顔を見つめた。
「なんでそうなるんです?」
「こんな事名も知らぬ人に話す事じゃないんだけど……」
 そこではたと状況に流されて互いの名も知らぬ事に気付いた二人は互いの名を名乗りあった。
 それで、と促された紫は、本性を知らぬものなら思わず手を差し伸べたくなるだろう程に儚げな様子でポツリと言った。
「米がないの」
「は?」
「パンもないの」
「はあ?」
「冷蔵庫の中身って言えば脱臭剤と氷とウーロン茶二本だけなの」
 見事に全部ノーカロリーである。脱臭剤にはあるのかもしれないが、多分食べたら燃料になる前に死ぬだろう。
 紫は困惑する桐伯にぴっと人差し指を突きつけた。
「私は人生との戦いに何か仕事探しに行かなきゃならないわけなの。と、言う訳だからその手を離しなさい」
「はあ……」
 勢いに押されて桐伯が紫の逃亡を阻止していた手を離そうとしたその刹那、その声は高らかに響いた。
 折り良く、そして折悪しく。
『幽霊の自治とー、存在意義をかけてー、雄雄しくー、勇猛にー!!!!!』
 桐伯は紫を見下ろし、ゆっくりと首を振った。
「確認のために聞きますがあなたが人生の戦いに出た後この惨状の後始末をするのは誰でしょうね?」
「任せたわ、九尾さん」
 じゃ! と片手を上げた紫は、今度こそ身を翻す事は出来なかった。襟首にあったはずの桐伯の手が、がっしりと肩を掴んできたからである。
 しかし紫はたじろがなかった。内心はどうあれ。
「私に死ねと?」
「生憎私はあなたの人生より私の人生の方が大事です」
 言い切った桐伯は、紫がどんなに暴れても、その手を離そうとはしなかった。

「別に幽霊がいつ出よーが構いやしないわよ私は。って言うか私の飯のタネのクセに私の明日の食費の妨げになるって辺りがもうなんか激しく間違ってるわよね」
『幽霊のー、幽霊によるー、幽霊の為の冬を目指しー、我々はー!』
「こんなキワモノ取材したって何処の雑誌が使ってくれるって言うのよ。あータダ働きなんて考えただけで倒れそー、って言うかもう消費するカロリーもないから明日には倒れるわねー」
『幽霊という個々の存在のー、尊厳と権利をかけてー、我々はー、戦わねばー、ならないー!!』
「草間さんが困ってるのはちょっと面白いかもとか思ったんだけどなんか困るどころか壊れてるし壊れてるなら依頼料もでないし」
 ぶつぶつと不貞腐れて文句を垂れる紫と、全G連代表の波状攻撃に、桐伯は頭を抱えた。
 草間は全くアテにならず、零は早々に給湯室に逃げ出し、いまや桐伯は完全に孤立無援である。こんな事なら紫を人生の戦いへと赴かせるべきだったかと後悔してももう遅い。紫は不貞腐れて備品の紅茶を勝手に淹れて飲んでいるし、全G連に至っては最早完全になにが言いたいのだか分からなくなっている。
「明日の食費ー……」
『我々のー、人権はー、常にー、脅かされー!!!!!』
「今日の帰りの電車賃ー……」
『迫害の歴史にー、終止符をー、打つべくー!!!!!!』
「って言うかそろそろ電気代ー……」
『戦いのー、火蓋をー!!!!!』
「今月の家賃ー……」
 交互に響いてきていた声がぴたりと止まる。おやと桐伯が顔を上げると何時の間にか紫とアジ演説を繰り広げていた幽霊リーダーが見詰め合っている。
 ――と、言うよりは、
「睨みあってますねこれは」
 桐伯の看破どおり、一人と幽霊一体は火花を散らしあっていた。
「私のー……」
『我々のー……』
 今度は声が重なる。また一拍の沈黙。そして、
「『うるっさいっ!!!!」』
 二つの声は唱和した。
「何が幽霊の人権よ。既に人間じゃなくなってるくせに言ってくれるじゃないの帰れ!」
『我々のー、崇高な集会にー、世帯じみたー、チャチャをー、入れるなー』
 紫の妙に的を居た突っ込みと、この期に及んで演説口調の幽霊リーダーの声が部屋に響き渡った。頭に『必勝』と言う鉢巻を締め、背後に『ボーナス2.5か月分』と言う横断幕を下げたリーダー幽霊はぐりんと身体ごと紫に向直り、足音もなく詰め寄ってきた。それに紫はけっと吐き捨てる。金欠嵩じてガラが普段のそれこそ2.5倍ほど悪い。(当社比)
「世帯も持てないよーなツラぁ下げて何言ってんだか。大体死んだんなら大人しく成仏とかしなさいよ。何が崇高よ。給料も払ってもらえないくせに春闘なんかすんな帰れ!」
『春闘はー、生前ー、経験したがー、負け知らずでー、あったー!!!!』
「そりゃーそうでしょうねーそのしつっこさなら。そんな粘着質だから成仏もまともに出来ないのよ帰れ!」
『貴様などにー、係長で出世ウチドメー、見合いに17回失敗してー、妻もなく更に出世が遠のきー、女子職員に『いくらそういう趣味でもアレじゃ面白くないわよねー』等とマニアックな酷評をされー、挙句風俗店に入るところを目撃されてー、してもいないセクハラの噂を立てられー、会社を追われー、再就職先もなくー、思い余ってゲイバーの面接を受けー、『客が逃げそうだから』等とそこまで断られー、死を選ぶしかなかった我々の何が分かるかー!!!!!!』
「集団にすんな集団に! そんなのがこんな数いてたまるか帰れ!」
 紫の毒舌は留まる所を知らない。
 幽霊リーダーも負けじと反論を繰り返しているが、とてもではないが語彙も攻撃箇所も紫のそれとは比べるべくもない。
 桐伯はぽかんと口を開けてその光景を見ていたがやがてはふうと大きく息を吐き出した。そのままとてとてと給湯室まで歩いて行き、そこに隠れている零にコーヒーを一杯注文してソファーに戻った。
「……馬鹿馬鹿しくなって来ました……」
 そもそも馬鹿馬鹿しい話だったのだが、全G連などと言う辺りからして。
 桐伯は給湯室から漂ってくるコーヒーの香りを楽しみながら、そのなんとなく果てどない光景をぼんやりと眺める事にした。すっかり草間の逃避が移ってしまっている。
 そのままとっぷり日が暮れてしまうまで、アジ演説口調幽霊リーダーと赤貧フリーライターの対決は続いた。
 その間に逃げた客の数は両手の指では足らなかったという。

『我々はー、敗北したわけではないー!!!!!』
 半透明の顔に滂沱の涙を流しつつ、幽霊リーダーは言った。この期に及んで演説口調なのは……もう、何も言うまい。
 ふんと紫が鼻を鳴らす。
「負け犬って哀れねー」
「追い討ちをかけてどうするんです」
 流石に見物にも飽きた桐伯が漸く口を挟む。紫はぐるりと桐伯を振り返るとその鼻先にぬっと顔を近づけた。
「誰のおかげで人生負け犬になりかかってると思うのよ。これで来週辺りに私がこいつらの仲間入りしてたらあなたどーするつもりなわけ?」
「花でも奉げて上げましょう」
「うっわ人情ない!」
 桐伯はほとほと呆れたとばかりにこれ見よがしな大息を吐き出した。
「この惨状から私を見捨てて逃げようとしたあなたの台詞ですか?」
「逃げるんじゃないデース、人生の戦いデース!」
 ああ言えばこういう。頭がいいということなのかもしれないがもう少し他の方向に発揮してもらいたいと心底桐伯はそう願った。そして紫を押しのけてソファーから立ち上がるときっと幽霊リーダーを睨み据える。
「あなた達もあなた達です! この人に釣られて本末転倒してどうするんですか!」
 紫と口論になる前からすっかり主目的は忘れ去られていたような気もするがそれには敢えて桐伯は触れなかった。
『しかしー、この女がー!!!!』
 幽霊リーダーは紫を指差して訴える。まるで『せんせー@@ちゃんが僕をいじめたー』の場面である。指差された紫はといえばすっかり勝ち誇り、小憎たらしいほどの笑顔を浮かべてふふんと鼻を鳴らしている。
 全く持って役者が違いすぎる。ある意味ではそこらの大女優などより余程可愛げがないかもしれない万年金欠ライター冴木紫21歳独身。
「集団でシュプレヒコールを挙げる幽霊が何処に居ます、いかな主張を掲げても実力が無ければ人の心に語りかける事が出来ようか? この人一人説得も出来ないであなた達の大望が果たされるはずがないでしょう! 今の状態ならただ場違いな物として笑い種になるのが関の山。修行でもして出直しなさい!」
 幽霊リーダーは雷にでも打たれたかの如くに硬直した。
『我々はー!!!!』
「御託は聞きたくありません! あなた達はきっぱりとこの人一人に敗北したんですから!」
 怒声に幽霊リーダーはがっくりと肩を落とした。
 この勝負は、結局九尾桐伯の勝利と終った。

『我々はー、負けないー! いつかー、必ずー、貴様達を倒すー!!!!!』
「無理無駄無茶無謀無分別帰れ!」
「……あなたその罵倒語気に入ってるんですか?」
『いつかー、必ずううぅううゥ!!!!!』
 完全に目的が摩り替わっている事にも気付かず、全G連は草間興信所を後にした。

「さて、残る問題は……」
 漸く静かになった事務所の片隅で草間はついにドーナツ煙10連を成し遂げていた。横から見ようと縦から見ようと完全に自分だけの世界の住人なっている。心なしか影も薄い。
 そして、
「勝利報酬食費電話代交通費家賃!」
 そんな草間を紫が力の限り揺すぶっている。
「……幽霊より余程タチが悪いんじゃ……」
 桐伯は頭を抱えた。
 見つからない内に何とか逃げなければ間違いなく財布の中身を狙われるのは自分だろう。草間が正気に返るにはもうしばしの時間を要しそうであるし。
 さて、どう逃げ出すか。
 それがこの日最大の難問かもしれなかった。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【1021 / 冴木・紫 / 女 / 21 / フリーライター】
【0332 / 九尾・桐伯 / 男 / 27 / バーテンダー】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、里子です。再度の参加ありがとうございます。

 またしても何処までもお馬鹿な話となっております。
 しかも今回は三本立てです。このお話の他にもう二つ、別の、そして同じくお馬鹿なお話を用意して見ました。
 興味がおありでしたらそちらもご覧下さい。

 今回はありがとうございました。機会がありましたら、また宜しくお願いいたします。