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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


東京怪談・草間興信所「幽霊の悲願」

■オープニング■
『我々はー、今こそー』
「……零、コーヒーを頼む」
「はい、兄さん」
 デスクの背後に控えていた零が小さく頷いて給湯室へと向かう。冬の弱いものではあるが窓からは柔らかな日差しが差し込み、車の廃棄音や時折子供の声も聞こえる。事務所内には今のところ来客の姿は無く、概ねのどかな昼下がりだった。
『立ち上がりー、蒙昧なる民衆の啓蒙に勤めねばならないー』
『おーっ!!!!』
 草間は深く煙を吸い込み、吐き出した。禁煙の意志は無い。無理をして禁煙に勤しめば恐らく仕事は限りなく滞るのだろう。
「兄さん、どうぞ」
「ああ、すまない」
 コトンと小さな音を立ててデスクに置かれたコーヒーに、草間は首だけを巡らせて零を振り返った。依頼人の無い昼下がり。しかし客が無ければのどかで平和かといえば、そうと話は決まったものでもない。
 ――現に。
『幽霊は夏のものというー、根拠もない思い込みから万人を解き放つことこそー、我々全国幽霊共同組合連合、全G連のー、使命であるー!!!!!』
『おーっ!!!!!』
「なんだその妖しげな組合はっ!!!!」
 ついに辛抱たまらず草間は叫んだ。
 そう、客は無い。客は無いが事務所の中は満員御礼だった。
 右に幽霊、左に幽霊。無数の『客にもなれない』何かが事務所にひしめき合っている。草間で視認できるだけでもかなりな量である。
 今や草間興信所は訳の分からない幽霊の寄り合い所となっていた。客が来ない訳である。
 草間は頭を抱えた。
「どうにかしてくれ……」

■本編■
 AM6:30。
 佐藤麻衣の朝は早い。
 通学には然程の時間がかかる訳でもない。理由は移動時間ではなく、彼女に両親、とりわけて母親が居ない為だ。朝食もそして昼食の弁当も、麻衣は自分で用意しなければならない。無論、兄と交代制ではあるのだが。
 ぴぴぴと電子音を立てる目覚まし時計にベッドの中から手を伸ばし、麻衣は手探りでその電子音を止めた。
「……う〜……」
 布団から出たくないと駄々をこねる意識を無理やり奮い起こす。この辺りに『慣れ』というものは一向に訪れない。どんな朝でも起きたくはないし、どんな朝でも眠いのだ。
 もそもそとベッドから這い出た麻衣はくわあと欠伸をして大きく伸びをした。
「寒ーい」
 布団の上にかけてあった綿入れ半纏を羽織り、スリッパを履いた麻衣は顔を洗うべく部屋のドアを開けた。
「起きたか?」
「んーおはよー……」
 横合いからかけられた声に反射的に返事をした麻衣は、その反射によって急激に意識を覚醒させた。頬から汗が一筋伝う。麻衣はそろりとドアの脇を凝視した。
「…………志堂、さん?」
 そこに志堂・霞(しどう・かすみ)が膝に毛布をかけ、座り込んでいる。
「何事もなかったな……良かった……」
 パジャマに半纏。髪には寝癖、素足にスリッパ。寝ぼけ顔。
 うら若き乙女にとってそれを見られることが何事もないかといえば、
「何が何事も無いって言うのよー!!!!!」
 麻衣は思い切り怒鳴って霞を蹴り倒した。
 ないかといえば、
 無論そんなわけはないのである。

「………………」
 式・顎(しき・あぎと)はぶるっと身を振るわせた。鍛え上げられた肉体であっても寒さは感じる。それが冬、一晩外気に晒されていたとあっては、どんな身体であっても芯から冷えてしまう。
「…………ふう」
 最寄の酒屋の自動販売機を破壊して手に得れたワンカップ酒に口をつけると、ほんの少しだけ体温が戻って来たような気がした。大分温くなってはいたが。
 この所の霞には余りにも隙がない。隙がないが故にこのまま放っておけば緊迫感から自滅するかもしれないが、顎はそんな楽天的な結論には達しなかった。何しろ自分の弟子である。持久力から性格に至るまで正確に把握している。
 腕は超一流、性格は生真面目で一途。
 守ると決めたものからおいそれと意識は外さないであろうし、またその緊張に限界が訪れるとも思えない。
「難儀な事だ」
 守りきれると決まった訳でもないだろうに。
 もし、守りきれねば、どれだけの痛みをそれが産むか、知らぬわけでもないだろうに。
 そうして壊れてしまう。いつかの、自分のように。
 それを気遣ってやる事は今の顎には出来ない相談だった。気遣うだけの暖かさが残っていれば、今こうして霞の隙を窺うような――霞にその道を歩ませるような真似をするはずもない。
 もう、一欠けらの暖かささえない。否、
「いらない……」
 呟き、顎はグビリとワンカップ酒を飲み干した。
 わんわんわんわん。
 ベランダに身を潜めていた顎に向かって散歩中の犬が大きく吠え掛かる。飼い主が悲鳴を上げた。
「ど、泥棒!? 変質者!?」
 まぁ、女の子の部屋の窓に張り付いて様子を窺っていたわけなのだからその酷評は酷評どころか正当である。
 ちっと舌打ちを落し、顎は煙のようにその場から掻き消えた。

「兄貴!」
 蹴られてしょげ返る霞の襟首を引きずって、麻衣は兄の和明の部屋のドアを蹴り開けた。ちょうど起き上がったところだった和明は、麻衣のその乱暴極まりない来訪にも顔色を変えはしなかった。
「ああ、おはよう。どうした?」
「どうしたもこうしたも!」
 大人しく引きずられてきた霞を指差し、麻衣は怒鳴った。
「いつからうちは志堂さんの下宿先になったのよ! って言うかなんで私の部屋の前で座り込みしてるのよ!」
「俺に聞いてどーする?」
「兄貴がウチに入れたんでしょうがぁああああ!!!!」
 麻衣に心当たりが無ければ和明が入れたにそりゃあ決まっている。
 和明はしょげ返っている霞の肩をポンポンと叩いてやり、妹に向直った。
「お前のガードをしてくれてるんだぞ。感謝したらどうだ?」
「思いっきり寝起き見られて感謝なんかできないわよっ!」
 乙女として当然の怒りだったが、それを炸裂させるには相手が悪かった。全く持って悪すぎた。
 和明はぽんと手を打ち鳴らし、しみじみと麻衣を見つめて言った。
「……そうか、お前達もうそこまで行ってたのか」
「死ねーっ!!!!!!!」
 麻衣の怒りの鉄拳が和明に炸裂した。

 基本的に麻衣は自分の感情を押えない。押えない、と言うよりは隠せない押えられない。一旦怒らせると山猫のようになってしまうのだから手に負えない。今も霞が少しでも近付こうとするとものすごい目つきで威嚇してくる。和明に至っては言わずもながだ。
 こうなると本当にどうしようもない事は流石に霞にももう分かっていた。
 ……分かっているだけは。
 このまま張り付いていても麻衣の機嫌はカタパルト付きで手の届かない所へずんずん進んでいくだけである。だがそれでも霞は麻衣から離れる気はなかった。離れられなかった、と言うのが寧ろ正しい。
 恐ろしくて。
 目の届く範囲に麻衣がいないということが。手の伸ばせる位置にいてくれないということが今の霞には例え様もなく恐ろしかった。
 そしてそれでさえ安心は出来なかった。
 目が届いていても、手が伸ばせても、
 それでも失ったものはあった。失いがたいものほど、そうして失われていった。
 だから、
「帰れーっ!!!!」
 校門前で麻衣が絶叫する。
 叩かれもした、蹴られたし、涙目で懇願(攻撃より余程痛かった)までされた。
 それでも、離れたくなかった。離れられなかった。

 草間は部屋の片隅で煙草の煙をドーナツ状に飛ばすことに挑戦し始めていた。覚えたての中学生か、子供に強請られた父親の風情である。かなり熱中している――と言うよりは熱中する事にしたらしく呼んでも応え一つ返さない。
 集会は具体的な方策の全く立たないままにただ盛り上がり、安田講堂より激しい有様となっている。依頼人は三人ほどやって来ていたが全部悲鳴を上げて逃げた。この状況が持続してくれるなら、確実に噂が噂を呼び草間興信所は心霊スポット、依頼は激減という楽しくない未来を迎える事となるのだろう。
『今日このよき日にー! 我ら絶対の意志を持って立ち上がりー!』
 祝典の冒頭のような演説まで混じり始めている。どうにも本末転倒して幽霊達にもわけがわからなくなり始めているらしい。
「………………」
 草間はゆっくりと受話器を取った。給湯室から顔を出した零が怪訝そうに草間を見つめる。
「兄さん?」
「担当者を呼ぶ」
「担当者?」
 零が不思議そうに小首を傾げる。草間にはそれに苦笑を返してやる余裕さえ残されてはいなかった。苦りきった顔のまま言った。
「非常識なら非常識担当者を呼ぶだけだ」
 草間の言わんとする所はなんとなく零にも分かった。だがそれで事態が好転するとは到底思えなかった。
 それでも、零は何も言わなかった。
 要するにその電話も煙草の煙で遊ぶ事も同種の事だと理解したからだった。
 つまるところ現実逃避である。

 職務質問を仕掛けてきた警官を容易く昏倒させた顎は、主婦のきゃーきゅー言う濃すぎる黄色い悲鳴にかまう事無く耳を済ませた。
 電波の音が聞こえてくるのだ。
『……から……霊が……演…………』
『なん……と!?』
『幽霊…………ー、存…意義……けてー、雄雄…くー、…猛にー!……!!』
 クリアではない音が徐々に鮮明になっていく。
『幽霊のー、幽霊によるー、幽霊の為の冬を目指しー、我々はー!』
『だからまあ弱り果てていてな』
『……危険なのか!?』
『幽霊という個々の存在のー、尊厳と権利をかけてー、我々はー、戦わねばー、ならないー!!』
『……聞いての通りだ』
『……そうか……』
 霞の苦渋に満ちた声が聞こえる。背後に訳の分からないアジ演説が入っているが、まぁ総括すれば……
「実に、面白い」
 顎はにまりと笑んだ。

 この時点で己が激しく間違っていることに、志堂霞の師匠でもある式顎は全く気付かなかった。
 当人達は(特に霞は)激しい否定をするのだろうが、実に似たもの師弟である。

「…………何故だ!?」
「…………不本意だが同感だ」
 二人並んで必死の形相で逃げ惑いながら、霞と顎は同様の感想を抱いていた。
 霞は草間の求めに応じて空間を渡り、幽霊だらけの事務所へと飛んだ。
 顎は霞にイヤガラセをするべくやはり事務所へと飛んだ。
 結果、二人並んで必死の形相で逃げている。
 霞は兎に角幽霊を皆殺しに――既に死んでいるのだから殺すもないもないが実際は――して零と草間を救出するつもりだった。
 顎は幽霊の求めを聞いてやり、その総てを融合させて巨大な怪獣を作り出し幽霊を啓蒙してやる事によって霞にダメージを与えるつもりだった。
 お分かりだろうか?
『我々ー、全G連へのー、挑戦とー、受け取るー!!!!!!』
 幽霊は勿論殺されたくはない。(だから既に死んでいるという所は目を瞑ってもらいたい)
 幽霊は幽霊としての啓蒙を望んでいるのであって怪獣の啓蒙を望んでいるわけでは断じてない。
 霞と顎は揃って幽霊の敵となってしまったのだ。
 幽霊の10や20、恐れるものではないが、それは10や20ならの話である。
 全G連。『全国』幽霊共同組合連合。その共通項は存在感の薄いこと。全国に存在感の薄い幽霊がどれだけいるのか。
 ただなんとなく公園にいます誰にも気付いてもらえません。
 ただなんとなく学校に居ますが一声を風靡した花子さんのように有名にはなれません。
 ビルに、コンビニに、駅に、スポーツジムに、図書館に……ちょっと徴集かけるだけでも全盛期の暴走族の集会より恐ろしい数になる。無数というか、本当に無数だ。
「…………何故だ!?」
「…………不本意だが同感だ」
 似たもの師弟は似たような勘違いと実行力によって、不本意ながら並んで逃げることと相成った。

「さて、残る問題は……」
 漸く静かになった事務所の片隅で草間はついにドーナツ煙10連を成し遂げていた。横から見ようと縦から見ようと完全に自分だけの世界の住人なっている。心なしか影も薄い。
 零は深く溜息を吐いた。
 幽霊のターゲットが変わっても、草間を正気に戻すには幾ばくかの時間を必要としそうだった。

 追記:霞が幽霊から逃げている間放って置かれた麻衣の機嫌がほんの少しだけ悪かったことを、霞は知らないが、和明は微笑ましく思っていた。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【0935 / 志堂・霞 / 男 / 19 / 時空跳躍者】
【0970 / 式・顎 / 男 / 58 / 未来世界の破壊者】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、里子です。再度の参加ありがとうございます。

 またしても何処までもお馬鹿な話となっております。
 しかも今回は三本立てです。このお話の他にもう二つ、別の、そして同じくお馬鹿なお話を用意して見ました。
 興味がおありでしたらそちらもご覧下さい。

 今回はありがとうございました。機会がありましたら、また宜しくお願いいたします。