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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


リバース・ドール =密室編=

□■オープニング■□

 草間武彦は数人の助手を連れて、『鑑賞の館』お披露目パーティーに出席していた。
 その館の持ち主・真井(さない)が草間興信所を訪ねてきたのはほんの数時間前。自宅にいつの間にか届けられていたという奇妙な手紙を持って、武彦に相談にやってきたのだった。
  ――今夜 密室で 1人 殺される――
 脅迫とも犯行予告ともつかない、確かに奇妙な文面。しかも封筒には、UNOのリバースカードに人形をあしらった、これまた奇妙なカードが同封されていた。
 話を聞いてみると、今夜『鑑賞の館』のお披露目パーティーがあるという。そこで武彦は急遽協力者を集めて、そのパーティーに参加することにしたのだった。
 『鑑賞の館』中央・『鑑賞の間』には、四方の壁一面に様々な絵画がかけられている。それこそこの館の名前の由来で、真井はこの壁を埋めるために何年もかけて絵画を買い集めたのだという。
 お披露目パーティーはその部屋で盛大に行われていた。参加者は50人前後で、皆ドレスやタキシードを着用している。
 パーティーの最中、真井は1人でトイレへ向かうため部屋を出た。付き添おうとした武彦に「トイレでは密室などありえませんから」と、会場で待機するように告げて。
 それから数分後、突然館全体が停電した。参加者が騒ぎ出す中、武彦はブレーカーを見に行くためドアを開けようとするが、何故か開かない。
 何人かでドアを破り、手探りで廊下を歩き出した武彦は、不意に何かに躓いた。
 それは、絞殺された真井の遺体だった――。


□■視点⇒羽柴・戒那(はしば・かいな)■□

 武彦さんから協力要請の電話があり、俺と悠也は揃って草間興信所へと向かっていた。
 パーティーということでいつもならタキシードの俺だが、今日はそういうわけにもいかない。先程の電話で真井氏に代わってもらったのは、パーティーに出席するメンバーを確認するためだった。
(案の定)
 俺が今までにカウンセリングしたことのある人物が何人かいた。顔を合わせるのは面倒だから、何かバレない方法を考えねばならない。
「………………」
 数秒逡巡してから、意を決して黒いドレスを手に取った。
(背に腹は替えられぬ、か)
 素早く着こんで、いつもはしないメイクもしっかりと施す。髪だって、いつもとは違いアップだ。
 女装――いや、変装を終えた自分を鏡で見ると、その変貌ぶりに我ながら驚く。
(これならまぁ、大丈夫か)
 そしてこの格好のまま悠也と顔を合わせるのも、ドレスに腕を通すことと同じくらい勇気がいったのだった。
 そんなわけで、ドレスアップした俺とブランドスーツをさり気なく着こなした悠也は、2人でタクシーに乗っている。
「武彦さんに何か言われたんですか?」
 俺のドレス姿を見て、悠也が最初に発したのはそんな言葉だった。
「正確には、真井氏に、だな」
 残念なような安心なような、とりあえず面白くないポーズをつくって「まったく厄介なことだ……」と呟いてみる。
 すると悠也は苦笑して。
「まぁ、俺は戒那さんのそんな姿が見れて嬉しいですよ。今からエスコートするのが楽しみです」
 その苦笑が、最後には満面の笑みに変わっていた。
(まったくこいつは……)
 俺はいつものように頭を抱えた。照れるというより呆れるのに近いのかもしれない。
「――これ、どうぞ」
 そんな俺に、悠也が何かを差し出した。見ると白いコサージュだ。
「悠也……」
 俺が今日ドレスアップすることなどわかっていたはずはないから、それはずっと以前から用意されていたことになる。
 どうしたんだという目で悠也を見ると。
「この調子じゃ、会場についても何だか渡しそびれそうですからね。今のうちに渡しておきます。エスコートの予約、ということにでもしておいて下さい」
 悠也はそう言って笑った。
 俺と悠也の間にあるモノは恋愛感情ではない。むしろそれよりももっと崇高な、互いを一番大事にしたいという想いだけで保たれている関係だ。だから悠也が俺をエスコートしたいと思う気持ちもよくわかった。
 わかったから。
「……ありがとう」
 それだけは、素直に受け取ることにする。
(もっとも)
 不機嫌に受け取ったって、悠也はすべてわかっていて、微笑むだけだろうが。
 そんな俺たちを乗せて、間もなくタクシーは草間興信所の前に停まった。


 中に入ると、まず零が出迎えてくれた。武彦さんはいつものように奥で仕事中のようだ。進んでいくと俺たちが声をかける前に、気配に気づいた武彦さんが書類から顔を上げた。
 途端に目を丸くする。
「――斎……お前、驚く程違和感がないな。逆に羽柴は……いや、それはそれで違和感がないような気もするが……」
 武彦さんのその反応がおかしかったのか、悠也は口を抑えて笑っている。今日は何回からかわれるんだろうか。
(今度悠也に女装させてやろう)
 そんな意地悪さえ浮かんでくる。
「他にも人は来るんですか?」
 悠也が問いかけた間に、俺は事務所を見回した。他に正装している人は見あたらず、ソファに腰かけている男(おじさん)はまるっきり普段着だ。
(これが真井氏か?)
「ああ、あと3人来る予定だ。そこにかけて少し待っててくれ」
 武彦さんは俺たちにそう告げてから、視線を移動させて。
「真井さん。こちらが今日手伝ってくれるメンバーのうちの2人です。招待状を渡しておいていただけますか?」
「あ、はい。わかりました」
 俺たちが向かいのソファに腰かけると、真井氏はテーブルの上にパーティー招待状を2枚差し出した。
「今日はよろしくお願いします」
 悠也が軽く頷いて、2枚取ったあと1枚を俺に手渡す。
 その後軽く自己紹介をして、他のメンバーを待っていると。やがてがっしりとした大柄の男と、どう見ても中学生な女の子が揃ってやってきた。もちろん正装をしている。
「初めまして。海原・みなも(うなばら・みなも)といいます。今日はよろしくお願いします」
「鳴神・時雨(なるかみ・しぐれ)だ」
 真井氏の隣に腰かけた2人は、そう自己紹介してくれた。俺たちもそれに返し、真井氏は招待状を渡す。
(これで4人か……)
 あと1人は誰だろう?
 その1人が来る前に、真井氏はパーティーの準備のため一度家に戻ると言って立ち上がった。最後の一枚の招待状は武彦さんに手渡し、何度もお辞宜をしながら興信所を出て行った。
 それから間もなく、ドアの開く音がした。零の対応から、頻繁にここに出入りしている人物だというのはわかったが。
「あら悠也。あんたも来たのね」
 そんな声を発したのは、なんと悠也の姉であるシュライン・エマだった。
「ええ。こういう場所は得意ですからね」
 悠也は微笑んで、先程から手の中でもてあそんでいる招待状を振る。
(これで全部か)
 シュラインは向かいの2人とも面識があるらしく、軽く頭を下げた。そしてその視線が、俺でとまる。
「まさか戒那さんが、ドレスアップしてくるとは思わなかったわ」
(やっぱりそうきたか)
 腕を組んでから、俺は口を開いた。
「俺だってできればしたくなかったさ。でも真井さんの話によると、客の中に以前カウンセリングしたことのある人がいるようでな。バレると面倒なんだ」
 そんな俺を隣の悠也がクスクスと笑った。
「――よし、揃ったようだな」
 やがて事務所の奥の部屋から、珍しく洗い立てのキレイなスーツを着こんだ武彦さんが登場する。しかし見慣れないせいか……
「似合わないですね……」
 ズバリ感想を漏らしたのは、みなもだった。失礼とは思いながらも皆笑いを堪えている。
「俺だって着たくて着たわけじゃないんだ。そんなに笑うな、失礼だな〜」
 俺と同じようなことを言い頭を掻きながら、武彦さんはソファの空間を埋めた。そしておもむろに、白い封筒をテーブルの真ん中に置く。
「これが例の?」
 短く問った時雨の言葉に、武彦さんは頷いた。
「中を見てもよろしいですか?」
「もちろん」
 問いかけた俺が率先して、封筒を開き中の手紙とカードを取り出す。
「今夜密室で1人殺される――か」
 確認するようにシュラインが読み上げた。
「この手紙は、真井さんの自宅に直接届けられたんですか?」
 続いていく会話をよそに、俺は指先に集中し始めていた。
(サイコメトリー)
 それが俺の能力。
 物に秘められた記憶を、たどることができるのだ。
 カードに集中し、そのカードが見てきたものを読み取ろうとする。その間の会話は聞こえない。
 やがて。
(………………見えた)
「子ども……」
 会話の流れなど読む余裕もなく、俺は言葉を発した。
「子ども?」
 それを悟った悠也が先を促す。俺は頷いて。
「今、このカードをサイコメトリーしてみました。見えたのは子ども。ピエロの人形を逆さまに持った子どもです」
 皆は不思議と神妙な顔つきになった。もしかしたら、タイミング的にはちょうどよかったのかもしれない。
 皆の視線が武彦さんに向かっていたので、俺も武彦さんに視線を移した。すると武彦さんは、首を横に振って。
「……残念ながら、真井氏に子ども――いや、子どもどころか家族もいない。未婚だからね。もちろん、使用人として子どもを雇っているということもないだろう。それはあとで確認してもいいが」
(つまり)
 このカードは内側で作られたものではないということか。
「残る可能性は、超常的な現象による移動、だな」
「だからうちに仕事がきたってのだけは、よして欲しいがね」
 時雨の言葉に、武彦さんが応えた。
 その言葉から、俺がサイコメトリーしている間にそれ以外の可能性が否定されたことを悟る。
「幽霊が運んできたとか、瞬間移動で飛ばしたとかですか?」
 みなもが口を開いた。そういう方面になかなか詳しいようだ。
(しかしそれが真実なら)
 現時点で確定は不可能。他のことを考えた方がいい。
「――目的は、何でしょうね?」
 同じことを考えたのだろう。悠也がそんな問いを振った。
「最も考えやすいのは、事件を起こし混乱に乗じて絵画を盗むってやつだけど……」
 シュラインの発言がフェイドアウトしたのは、その考えがあまりにも幼稚だからだろう。
「『鑑賞の間』にある絵画は、駄作から名作までピンキリだそうだ。集めるのに時間がかかったのは、自分好みの作品を必要数発掘するのに時間がかかったからだと言っていた」
 武彦さんが解説した。ならばなおさら、その線は薄い。
「ありきたりですけど、真井さんがどなたかに恨まれているという可能性は? 誰が殺されるのかはわかりませんが、死人の出た建物には皆あまり近づきたがらないと思うんです」
 さらに告げたのはみなもだ。
「真井氏はいずれあの館を一般公開すると言っていたから、あり得ないことではないが……本人はそんな憶えはないと言っていたよ」
 武彦さんの答えに、また沈黙が訪れる。
  ――カッコー カッコー カッコー……
 その沈黙を縫うように、壁掛け時計の鳥が鳴いた。皆何となく時計に目をやる。
「もう6時か。パーティーの開始は7時からだが……早目に行って会場を見ておこう」
 武彦さんの言葉に、俺たちは頷いて立ち上がった。

     ★

 電気が戻った時、人々はそれを失った時以上にパニックに陥った。人1人殺されているのだから、当然といえば当然だが。
 ブレーカーを上げて戻ってきた武彦さんに、皆が駆け寄る。
「どうしますか?!」
 先にたどり着いたシュラインの声が聞こえた。うるさい部屋でも充分に聞こえるほど大きな声だ。
 光が戻った後、俺たちは一応パーティー参加者と使用人たちを、全員『鑑賞の間』に集めたのだが……。
「そうだな――もし超常的なものによる犯行だとすると、後々面倒なことになるからな。警察を呼ぶ前に、調べられることは調べておこう」
 武彦さんの周りを囲んだ皆が頷く。
「シュラインと斎と海原は、停電直前と――できれば停電中の皆の証言を取ってくれ。鳴神は外から出入りできそうな場所の鍵をチェックだ。外部犯の可能性もあるからな。羽柴はブレーカーと、部屋の外から掛けられていた南京錠のサイコメトリーを頼む。俺は中でちょっと気になることを調べてるから」
(さすが)
 一瞬で的確に仕事を振り分けて、俺たちに指示を出した。俺たちはもう一度頷いて、それぞれの場所へ向かった。


 俺は部屋の外へ向かいながら、考えていた。
(おそらくこれは)
 幽霊の仕業ではないのだろう。
 もしもそうならば、悠也が何か言っているはずだからだ。
 手紙のことや、このパーティーのことを知っていたことを含めて、真井氏の周りの人間の仕業だと考える方が、余程現実味がある。
 時雨の馬鹿力で壊されたドアをまたいで、俺は床に転がっている南京錠の所へ移動した。
 指先に集中して、サイコメトリーを試みる。
(最初に見えたのは手)
 持ち上げられて移動している。買われた時かもしれない。白い何かが視界を塞ぎ、隙間から空が見えた。
(そして闇)
 浮かび上がるのは再び手。その手が鍵を掛けると――不意に顔のアップ。
(!)
 俺はそこで手を離した。
(これで充分)
 あと何度この力を使うことになるのかわからないから、先追いはしない方がいい。
 次にブレーカーの方に移動する。ブレーカーの類いは普通高い位置にあるものだから、そのまま届く位置にあるのはありがたかった。
 四散した集中力を、もう一度高めていく。
 ゆっくりと、そのレバーに触れた。
(…………っ)
 たくさんの手と顔が流れてゆく。
(そうか……)
 ブレーカーは南京錠と違って、ずっとここにあったのだ。真井氏はもちろんのこと、使用人だって建てた業者の人だって、何度でも触れているのだ。
(くそっ)
 情報量が多すぎて、集中力が磨り減ってゆく。それでも根気よく続けていると、最後に武彦さんの顔が見えた。それがいちばん新しい記憶といえる。
(刻まれた順に見えるわけではないが……)
 武彦さんの前に見えたのは真井氏だ。可能性はそう低くない。
 サイコメトリーを終えた俺は、ぐったりと壁に寄りかかった。他の皆はまだ時間がかかるだろうから、少し休んでいってもいいだろう。そう思って、壁に体重を預け座りこむ。
「――大丈夫か?」
 そんな声に驚いて顔を上げると、時雨が俺を見下ろしていた。顔は無表情だったが、どうやら心配してくれているらしい。
「ああ、大丈夫。ちょっと疲れただけだ」
 そう言って立ち上がろうとする俺の肩を、時雨は押し戻した。
「中の連中はまだ時間がかかるだろう」
 そう告げて、自分は中に戻ってゆく。
(紳士だねェ)
 座ったままそんなことを考えて、今度こそ俺は立ち上がった。言葉に甘えるのもいいが、それは俺らしくない気がして。
(休んでいろと言われたら)
 休まないのが俺なのだ。
 部屋の中に入り、武彦さんの姿を捜した。隅の方に悠也と時雨がいるのが見え、そちらに向かう。
 俺がサイコメトリーの結果を告げると、武彦さんは「そうか……」と呟いた。
 戻ってきたみなも、シュラインがそれぞれ報告を済ませると、武彦さんは眉を顰める。
「皆の調査結果をまとめてみよう。それぞれもう一度報告を頼む。そっちの3人から」
 招待客と使用人の聞きこみを行った3人を、代表して悠也が口を開く。
「俺たち3人は、パーティー参加者と使用人の皆さんから証言を取りました。それにより、停電直前までは全員がお互いの存在を確認していたことが証明されました」
「!」
 皆が息を呑んだ。
 悠也は構わずに続ける。
「『集団で証言を偽っている』という可能性も否定できませんが、それをやるなら全員が共犯でないと不確実とも思います」
(確かに)
 いつどこで誰の視線がどちらを向いているのかなど、誰にもわからない。それに俺たちが混じっている時点で、『全員が共犯』というのはあり得ないのだ。
 俺はその考察に納得した。
「停電中のことは?」
「さすがに確実な証言を出せる人はいませんでしたね」
「ふむ……」
 そう確認してから、武彦さんは次に時雨に振る。
「建物の窓の鍵や出入り口はどうだった?」
「全部内側から鍵が掛けられていた。細工の跡も見あたらなかったな。そもそも窓はクレセント錠ではないから、細工は難しいように思うが」
「つまり、外部犯の可能性はないということですか?」
 みなもが問いかけた。一瞬皆の脳裏をよぎった疑問を。武彦さんは表情を変えずに。
「そうなるね」
(この建物は完全な密室だった)
 そして部屋の外も、完全な密室だった。密室になるのなら部屋の中だろうと思いこんでいた俺たちは、見事に裏をかかれたのだ。
(この逆密室によって)
 そしてその犯人が、この中にいるということだ。犯人が、ただの人間だったなら。
「あのっ、探偵様。少しよろしいでしょうか?」
 いつの間にか、酷く汗をかいた初老の男が近くに立っていた。武彦さんは目を向けると。
「何でしょう?」
「実は、入り口で回収していた招待状の数がお客様の数よりも1枚多いのです」
「え?!」
 思わず声をあげた。
(真井氏を殺した後)
 犯人は既に、この密室から逃げ出している?
 武彦さんは考えをめぐらすようにアゴを撫でてから。
「――今日招待された方々のリストはありませんか?」
「それでしたら、私が預かっておりますが」
「ではすみませんが、今いる皆さんと照合していただけませんか?」
「承知いたしました。しばらくお待ち下さいませ」
 男はそう返事をすると、足早に戻っていった。
「――さて、どうしたものかね」
 武彦さんが呟く。
「そいつが犯人、ということでいいのか?」
「そう簡単にはいかないようだがな」
 時雨に答えたのは俺だ。
 俺はまだ、自分の報告を皆にはしていなかった。
「サイコメトリーはどうでした?」
 先を促したシュラインの言葉に頷いて。
「ブレーカーに関しては、触っている人間が多すぎてはっきりとしなかったが、武彦さんの前に触ったのはおそらく真井氏本人だろうと思う。南京錠の方は完全に本人だと断定できる」
「!」
(他殺か、自殺か)
 曖昧な境界線を、余計曖昧にする事実。
「絞殺なのだから自殺ではないはずだけれど……人に頼んで殺してもらったという線が浮上してきましたね」
 そんな状況を、悠也がそうまとめた。そしてさらに。
「一つ言っておきますが、これは霊の仕業ではありませんよ。邪悪な『気』は感じられませんでしたし、真井さんの霊魂は問題なく幽界(かくりょ)へと向かったようです。超能力ともなれば、俺の範囲外ですけれど」
 その発言に、みなもが応える。
「でも逆に、超能力で人が殺せるのなら、何もこんなことしなくていいんですよね。いつでも証拠もなく、簡単に殺せるはずですから」
(そのとおりだ)
 俺たちは頷くしかない。
(情報は集まってきているのだが)
 結論は一周して戻ってきたような、もどかしい感覚。
(武彦さんはどう考えているんだ?)
 そう思って武彦さんに目をやった時、俺は思い出した。確か武彦さんは、「気になることを調べる」と言っていたはずだ。
「ところで武彦さんは、何を調べていたんですか?」
 俺がそれを振ると、皆思い出したように武彦さんを見た。
「ああ、もしやこんなことになるかもしれないと思ってな。壁の絵画を調べていたんだ」
「こんなことって?」
「つまり、この部屋から誰かが廊下へ出て、戻ってきた。もしくは外へ出たという場合だ。額の後ろに抜け道でもないかと思ってね、調べてみたんだが……」
 武彦さんはそこで、俺たちが理解するための間を置いた。
(さすが……)
 武彦さんの考えはシンプルだったが、それゆえに思いつかなかった。
 あの暗闇の中で、誰かが廊下へ出て、殺して、また部屋に帰ってこれたなら。それで事件は解決するのだ。
「それで? どうでした?」
 皆が期待をこめた目で武彦さんを見ていた。が、その先で、武彦さんの眉は残念そうに下がってゆく。
「ハズレだった。絵画はどれも額ごと壁にはりつけられていた。地震がきても絶対に落ちないだろう。剥がそうとしてみたが相当強力だった。部屋の外の、トイレ側の壁にある絵も見てみたが、同じようにはりつけられていたよ。アレでは盗むのも無理だろうな」
「…………」
 俺たちは言葉を失くした。
「唯一出入りできそうな通気孔は、あんな上だしな」
 武彦さんはそう続けながら、天井辺りを指差した。確かに通気孔を塞いでいる蓋が見えたが、あまりにも高すぎる。
(無理だ……)
 俺がそう思った時だった。
「――待てよ。俺が天井からおりる時、何か気配を感じた気がする」
「えっ?!」
 皆の驚きは、もちろん2倍だ。
「こっちこそ『待て』だ。鳴神、お前天井にいたのか?」
 それでも冷静に問いかけたのは、やはり武彦さんだった。時雨はさも当然のような顔をして。
「重力制御を使ってな。天井にいた方が、絵画に対し不審な動きをする奴がわかりやすいだろ?」
 あんな煌々とした空間で、よくばれなかったものだ。それとも皆料理と会話に夢中で、周りなど気にしていなかったのか。
「……で? いつからいつまで上にいた?」
 武彦さんは少し頭を抱えて、そんなふうに訊いた。時雨はやはり涼しい顔をしたまま。
「はりついたのはここへ来てからすぐだ。おりたのは、皆がドアを破ろうとしていた時。手伝った方がいいと思ったからな」
「なるほど。じゃあ停電直後と考えていいな。ドアの方に注意がいっていたから、気配をあまり気にしなかったのか」
 時雨は頷いて。
「虫でもいるのかと思った程度だ。小さな気配だった」
「――探偵様」
「うおっ?!」
 突然後ろからかけられた声に、武彦さんは変な声をあげた。
 時雨の話に集中していた俺たちは、先程の使用人がすぐ傍に立っていたことにまた気づかなかった。
「招待客リストを照合してみましたが、不思議なことにお客様は全員いらっしゃるようです」
「!」
 そして俺たちは、その言葉にも驚く。
(そんなはずはない)
 そう考えればいいのか。
(やはりそうなのか)
 そう考えればいいのか。
 それさえも、わからなくなっていた。集められる情報は俺の脳を軽く凌駕してゆく。
(やはり死体をサイコメトリーするしかないのか)
 それは最後の手段であり、できればやりたくなかった。何故なら明らかな、プライバシー侵害だからだ。真井氏が何歳なのかなど訊いてはいないが、都合よくその瞬間だけを切り取ることはできない。俺がそれにたどりつく間見続けるものは、真井氏の記憶であり思い出であり、秘密なのだ。
(やるしか、ないのか……?)
 そう思った時だった。
「武彦さん――?」
 そのシュラインの声で、自然と目が武彦さんを追った。すると武彦さんは、何故か笑みを浮かべていたのだ。
「最初から何枚も上手だったのは――子どもか」
 視線の真ん中で、武彦さんはそんなことを言った。

     ★

 草間興信所へ戻ってきた俺たちは、ソファに身体を預けるなり大きく伸びをした。
「疲れたぁ〜」
 それが誰の発言なのか確認する余裕もない。
「皆、ご苦労だったな」
 そんな様子の俺たちに、武彦さんは苦笑を向ける。
 疲れはしたものの、一応事件は解決できたので、その点では皆満足していた。何故『一応』なのかといえば、煮え切らない部分もあるからだった。
 零が用意してくれたお茶をすすりつつ、皆同じことを考えているのか、静寂の時間が訪れる。武彦さんはずっと我慢していた煙草をおいしそうに吸っていた。
「……あたしたちは結局、ドールさんに遊ばれただけなんでしょうか?」
 そんな中、最初にそれを口にしたのはみなもだった。
「さぁな。厄介な奴と知り合いになっちまったのは確かだが」
 武彦さんはそう答えながら、ジャケットの内ポケットから例の封筒を取り出す。
「不思議な力を持っているのは確か。しかしそれを直接犯罪には使わず、補助に使用する、か」
(そう)
 最初にこの手紙を真井氏の自室に届けたのも、回収された後の招待状を一枚増やしたのも、すべてドール――リバース・ドールの仕業だと犯人が自供した。
(ドールは、奇術師)
 それくらいのことは、わけないのだと。
(わけない、なんて……)
「武彦さん。その中のカードを、もう一度サイコメトリーしてみてもいいですか?」
 そんな奴が、本当にいる?
(――いや)
 俺が思ったのは、本当はそんなことじゃない。俺があのカードを通して見たあの子どもが、そんな力を持っているなど信じられないだけだ。
 だからもう一度、サイコメトリーをしてみようと思った。しかし悠也は眉を顰める。
「戒那さん、力を使いすぎではないですか?」
 心配してくれるのはわかるのだが、ここは引くわけにはいかなかった。他にドールに繋がるものなど、何一つないのだ。
「大丈夫だ。今日はこれで終わりにする。――ちゃんと見ておきたいんだ、ドールの顔を」
 少し笑って、俺は告げた。その言葉で納得したのか、悠也はそれ以上何も言わなかった。武彦さんは頷き、立ち上がった俺に封筒を渡してくれる。再び座った俺は、皆が見守る中。初めてその封筒を手にした時のように、ゆっくりと中の2つを取り出した。
 ――すると。
「……えっ?!」
(何故――)
 信じられなかった。
 その2つは、手紙とカードではなかった。
(手紙は消えていた)
 封筒から出てきたのは、割れたカードが2枚。
「カードが割れてる……」
 縦長だったカードが、さらに縦長になっていた。とっさに俺は重ねてみる。
(ピタリと一致)
 ドールは遠隔操作で、これを正確に真ん中から割ったというのだろうか?
(そんなことが……)
 俺は意識を集中させ、手の中のカードのサイコメトリーを試みた。
(今日はこれで最後)
 そう決めたから、加減なく力を使える。使えているのに。
「――ダメだ。何も見えない」
 割れる前の子どもの顔はおろか、脳裏は暗闇のまま、何かを映すことはなかった。
 ゆっくりと、カードをテーブルの上に投げ出した。


 事件の真相は、ドールのミスリードさえなければ、実にシンプルなものだった。
(――そう)
 武彦さんの推理が、大体当たっていたのだ。
 真井氏は1人でトイレに行くといい、自分で鑑賞の間のドアに鍵を掛け、自分でブレーカーを落とした。その隙に、部屋の中にいた1人が素早く壁をよじ登り、通気孔から廊下側に出た。どうやって登ったのかといえば、壁につけられた絵画を利用したのだ。廊下側に出た後も、トイレ側の壁には絵画がはってあるので問題ない。その後は自殺と思われないように首を絞めて真井氏を殺し、同じ方法で部屋の中へと戻った。
(つまり)
 あの時この部屋の中にいた者なら、誰にでもできたのだ。誰でも良かったのだ。
 そんな状況で犯人を特定するためには、やはり俺のサイコメトリーしかなかった。真井氏の遺体に対しそれを行おうとしていた時、なんと犯人の方から名乗り出てきたのだった。
(犯人は)
 俺たちと何度か言葉を交わした、あの初老の使用人だった。
 実はあちこちに癌が転移していて、先が永くないという主人の願いを叶えるために、彼――渋谷(しぶたに)は計画の協力を決意したのだという。
 真井氏の願いは、自分自身が最も美しく謎に満ちた絵画となること。そのために密室というキャンバスを用意して、そこで果てた。自殺では人はすぐに忘れる。しかし密室殺人で、しかも犯人はまだ逃げ続けているともなれば、そう簡単には忘れられまい。
(そんなふうに、渋谷に語ったという)
 犯人に指名されたドールと真井氏がどのようにして知り合ったのかは、渋谷も知らなかった。渋谷がドールについて知っていたことといえば、奇術師であるということくらいだった。
(ドール……)
 ドールは何故、真井氏に協力したのだろうか。その最後の望みを、叶えようとしたのだろうか。
 金だけでは説明できない何かが、そこにあるような気がした。
(そのまま殺せるのに)
 それをしなかった。けれど協力はした。
(その意味を)
 俺は訊いてみたい。
(どんな想いが)
 そこにあったのかと。








                             (了)

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号/   PC名    / 性別 / 年齢 /  職業   】
【 0086 / シュライン・エマ / 女  / 26  /
           翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト】
【 0164 / 斎・悠也     / 男  / 21 /
                    大学生・バイトでホスト】
【 1252 / 海原・みなも   / 女  / 13 /  中学生  】
【 0121 / 羽柴・戒那    / 女  / 35 / 大学助教授 】
【 1323 / 鳴神・時雨    / 男  / 32 /
             あやかし荘無償補修員(野良改造人間)】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは^^ 伊塚和水です。
 この度はご参加ありがとうございました_(_^_)_
 今回、斎さんとの掛け合いをとても楽しく書かせていただきました。イメージどおりに書けているのかは心配ですけれど、楽しんでいただけたら幸いです。
 コサージュ→エスコートは残念ながら話の展開上できなかったんですが、最初のエピソードに少し使わせていただきました。ホントは私もちゃんと書きたかったんですが……申し訳ないです(>_<)
 また、今回はプレイングで考察(という名の推理)を書いていただいたので、皆さんの考え方はかなり活かすことができました。5人が全員違う推理をしておりますので、他の方のも読んでいただければきっとより楽しめると思います^^
 ドールに関する謎は、今後徐々に明かされていく予定ですので、よろしかったら見守ってやって下さいませ(>_<)ゞ

 それでは、またお会いできることを願って……。

 伊塚和水 拝