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リバース・ドール ＝密室編＝
□■オープニング■□
草間武彦は数人の助手を連れて、『鑑賞の館』お披露目パーティーに出席していた。
その館の持ち主・真井(さない)が草間興信所を訪ねてきたのはほんの数時間前。自宅にいつの間にか届けられていたという奇妙な手紙を持って、武彦に相談にやってきたのだった。
――今夜 密室で １人 殺される――
脅迫とも犯行予告ともつかない、確かに奇妙な文面。しかも封筒には、ＵＮＯのリバースカードに人形をあしらった、これまた奇妙なカードが同封されていた。
話を聞いてみると、今夜『鑑賞の館』のお披露目パーティーがあるという。そこで武彦は急遽協力者を集めて、そのパーティーに参加することにしたのだった。
『鑑賞の館』中央・『鑑賞の間』には、四方の壁一面に様々な絵画がかけられている。それこそこの館の名前の由来で、真井はこの壁を埋めるために何年もかけて絵画を買い集めたのだという。
お披露目パーティーはその部屋で盛大に行われていた。参加者は50人前後で、皆ドレスやタキシードを着用している。
パーティーの最中、真井は１人でトイレへ向かうため部屋を出た。付き添おうとした武彦に「トイレでは密室などありえませんから」と、会場で待機するように告げて。
それから数分後、突然館全体が停電した。参加者が騒ぎ出す中、武彦はブレーカーを見に行くためドアを開けようとするが、何故か開かない。
何人かでドアを破り、手探りで廊下を歩き出した武彦は、不意に何かに躓いた。
それは、絞殺された真井の遺体だった――。
□■視点⇒鳴神・時雨(なるかみ・しぐれ)■□
タキシードを着こんだ俺は、草間興信所の入り口の前に立ち尽くしていた。
「正装で来い」
草間探偵にそう言われたからこそこの格好でやってきたのだが……。
（俺の正装といえば）
本来ならば変身した後の姿だ。しかしまさかあの格好でパーティーに参加するわけにもいくまい……。
（いやしかし……）
そんなことを考えていると、一向にドアを開けられないのだった。
（――ん？）
ふと何者かの気配を感じて振り向くと。
「あっ、鳴神さんかぁ」
そんな声を発してこちらを見ていたのは、以前知り合った海原・みなも(うなばら・みなも)という少女だ。まだ中学生だったはずだが、ドレスを着ているせいか今日はずいぶんと大人っぽく見えた。
「……」
俺が無言で返すと、海原は何やら興味深げに俺を見上げている。俺と同じように、海原も俺のタキシード姿に何かを考えているのかもしれない。
「入りましょ」
いつまで経ってもドアを開ける気配のない俺に気づいたのか、海原は自分からドアを開いた。
（まぁ、いいか）
俺も後に続いて入ってゆく。
事務所の奥へ通されると、既に２人が正装を終えて待っていた。その正面には不似合いな、普段着の男が座っている。
「初めまして。海原・みなもといいます。今日はよろしくお願いします」
海原の自己紹介に続いて、義務的に俺も口を開く。
「鳴神・時雨だ」
すると俺たちを見上げている３人が、それぞれに返した。
「俺は斎・悠也(いつき・ゆうや)といいます。こちらこそよろしくお願いしますね」
「羽柴・戒那(はしば・かいな)だ。よろしく」
「私がパーティー主催者の真井です。わざわざ来て下さってありがとうございます。これがパーティーの招待状です。入り口に出していただければ中に入れますから……」
そう告げて真井は、俺たちの前に一枚ずつ招待状を置いた。向かいの２人の手元を見ると、２人とも既に貰っているようだ。
「わかりました、ありがとうございます」
海原がそう告げて手に取った。俺は別にテーブルの上に置いておいても問題はないと思ったが、後で面倒なことになるのも面倒なので、おとなしくジャケットの胸ポケットにしまっておく。
まだ動き出さないところを見ると、他にも人が来るらしい。しかしそいつが姿を現す前に、真井はパーティーの準備があるとかで一度家に戻ると立ち上がった。招待状を一枚草間探偵に手渡し(どうやらあと１人のようだ)、何度もお辞宜をしながら興信所を出て行った。
それから間もなく、ドアの開く音がした。零の対応から、頻繁にここに出入りしている人物だというのはわかったが。
「あら悠也。あんたも来たのね」
そんな声を発したのは、なるほどここでよくバイトをしているシュライン・エマだった。
「ええ。こういう場所は得意ですからね」
声をかけられた斎は微笑んで、先程から手の中でもてあそんでいる招待状を振る。
（知り合いか）
次にシュラインは俺と海原に軽く頭を下げると、その視線を羽柴でとめた。
「まさか戒那さんが、ドレスアップしてくるとは思わなかったわ」
心底意外という表情をしていた。
（いつもは一体どんな格好をしているんだ……）
当の羽柴は。
「俺だってできればしたくなかったさ。でも真井さんの話によると、客の中に以前カウンセリングしたことのある人がいるようでな。バレると面倒なんだ」
そんな羽柴を隣の斎がクスクスと笑っている。
「――よし、揃ったようだな」
やがて事務所の奥の部屋から、珍しく洗い立てのキレイなスーツを着こんだ草間探偵が登場する。しかし見慣れないせいか……
「似合わないですね……」
ズバリ感想を漏らしたのは、海原だった。俺は心から納得して頷いた。
「俺だって着たくて着たわけじゃないんだ。そんなに笑うな、失礼だな〜」
羽柴と同じようなことを言い頭を掻きながら、草間探偵はソファの空間を埋めた。そしておもむろに、白い封筒をテーブルの中央に置く。
「これが例の？」
短く問った俺の言葉に、草間探偵は頷いた。
「中を見てもよろしいですか？」
「もちろん」
問った羽柴が率先して、封筒を開き中の手紙とカードを取り出す。
「今夜密室で１人殺される――か」
確認するように、シュラインが読み上げた。
「この手紙は、真井さんの自宅に直接届けられたんですか？」
帰ってしまった真井の代わりに、斎は草間探偵に問いを振った。
草間探偵は軽く頷いて。
「ああ、そうだ。しかも郵便受けにじゃない。室内――彼の自室に直接、だ」
「！」
予想以上の答えだった。驚く俺たちに、草間探偵はさらに続ける。
「真井氏曰く、侵入は絶対に考えられないそうだ。以前泥棒に入られてから警備を強化しているそうでね」
それならば可能性は、かなり限られる。
「家族か使用人の仕業、と考えられるわね」
俺の考えと同調するように、シュラインが告げた。
（そう）
外から入れないのなら、内側で作られたと考えるしかない。
「子ども……」
するとそれに反応したように、羽柴が呟いた。
「子ども？」
斎が詳しきを問うと、羽柴は頷いて。
「今、このカードをサイコメトリーしてみました。見えたのは子ども。ピエロの人形を逆さまに持った子どもです」
発言が丁寧なのは、草間探偵に宛てた言葉だからだろう。
（サイコメトリー……）
確か物の記憶を読み取るという力のことだ。
（ならば）
この手紙の犯人は、真井の子ども？
そう考えて、俺は草間探偵に視線を送った。しかしその視線の先で、草間探偵は首を振る。それも横にだ。
「……残念ながら、真井氏に子ども――いや、子どもどころか家族もいない。未婚だからね。もちろん、使用人として子どもを雇っているということもないだろう。それはあとで確認してもいいが」
「…………」
俺たちは言葉を失った。
おそらく、サイコメトリーを間違えるということはないのだろう。しかし子どもならばなおさら、厳しい警備をかいくぐって真井の自室にたどりつくのは、難しいように思えた。
（するとやはり）
「残る可能性は、超常的な現象による移動、だな」
「だからうちに仕事がきたってのだけは、よして欲しいがね」
俺の言葉に、草間探偵が応えた。おそらく頭の片隅で、初めから考えてはいたのだろう。
「幽霊が運んできたとか、瞬間移動で飛ばしたとかですか？」
海原が口を挟んだ。その手のものにも詳しいらしい。
（しかしそれは）
今この場では証明できない事実だ。他のことを考える方がいい。
「――目的は、何でしょうね？」
同じことを考えたのか、斎がそんな問いを振った。
「最も考えやすいのは、事件を起こし混乱に乗じて絵画を盗むってやつだけど……」
シュラインの発言がフェイドアウトしたのは、その考えを自分でも信じていないからだろう。
「『鑑賞の間』にある絵画は、駄作から名作までピンキリだそうだ。集めるのに時間がかかったのは、自分好みの作品を必要数発掘するのに時間がかかったからだと言っていた」
草間探偵が解説した。それならなおさら、その線は薄い。
「ありきたりですけど、真井さんがどなたかに恨まれているという可能性は？ 誰が殺されるのかはわかりませんが、死人の出た建物には皆あまり近づきたがらないと思うんです」
海原が告げた。
「真井氏はいずれあの館を一般公開すると言っていたから、あり得ないことではないが……本人はそんな憶えはないと言っていたよ」
草間探偵の答えに、また沈黙が訪れる。
――カッコー カッコー カッコー……
その沈黙を縫うように、壁掛け時計の鳥が鳴いた。皆何となく時計に目をやる。
「もう６時か。パーティーの開始は７時からだが……早目に行って会場を見ておこう」
草間探偵の言葉に、俺たちは頷いて立ち上がった。
★
電気が戻った時、人々はそれを失った時以上にパニックに陥った。人１人殺されているのだから、当然といえば当然だが。
ブレーカーを上げて戻ってきた草間探偵に、皆が駆け寄る。
「どうしますか?!」
先にたどりついたシュラインの声が聞こえた。うるさい部屋でも充分に聞こえるほど大きな声だ。
光が戻った後、俺たちは一応パーティー参加者と使用人たちを、全員『鑑賞の間』に集めたのだが……。
「そうだな――もし超常的なものによる犯行だとすると、後々面倒なことになるからな。警察を呼ぶ前に、調べられることは調べておこう」
草間探偵の周りを囲んだ皆が頷く。
「シュラインと斎と海原は、停電直前と――できれば停電中の皆の証言を取ってくれ。鳴神は外から出入りできそうな場所の鍵をチェックだ。外部犯の可能性もあるからな。羽柴はブレーカーと、部屋の外から掛けられていた南京錠のサイコメトリーを頼む。俺は中でちょっと気になることを調べてるから」
（さすが）
一瞬で的確に仕事を振り分けて、俺たちに指示を出した。俺たちはもう一度頷いて、それぞれの場所へ向かった。
草間探偵が何故俺にそれを命じたのか、廊下へ出てみて気づいた。
（窓の位置が高い）
他の奴なら、いちいち脚立などを用意しなければならないだろう。重力制御機能のある俺には不要だが。
右の女便所の窓から始めて、壁の窓、出入り口、また壁の窓と、男便所の窓までくまなく調べてみたが、どれもこちら側からしっかりと施錠されていた。細工をしたような跡も見られない。
（……まぁ）
結果を見てみれば、当然のことなのかもしれない。『密室で１人殺される』と、あの手紙には書いてあったのだ。殺されたこちら側が密室であっても何の問題もない。
便所の中で、少し考えをめぐらす。
（例えば……）
例えば犯人が、死霊術師だとしたら？ 死体を操ることが可能なのではないだろうか？ どの死体を操っていたのかと言えば、もちろん真井だ。真井はパーティー会場へ来る前から既に殺されていて、誰かが操っていたのだとすれば、密室など何の問題もなく解決する。誰も中に入る必要がないのだから。
（もしくは）
同じ視点で考えれば、犯人は幽体離脱ができる＆精神体飛行が可能という線もある。実際組織の改造人間にもそういうタイプがいた。
（密室に入らずに殺すには）
それぐらいしか考えられない。
（――しかし）
犯人が普通の人間でないとすると、考えてしまう。もっとシンプルな方法でいくらでも、殺すことができるだろうからだ。混乱に乗じて絵画を盗むという線は、既にかなりの確率で否定されている。
（やはり普通の人間の仕業……？）
そこまで考えて、とりあえず俺は草間探偵の所へ戻ることにした。普通じゃない人間が犯人ならば、証拠など挙がらないと思ったからだ。それよりなら、普通の人間が犯人であるという証拠を潰していった方が早い。
一つ息をついて、俺は男便所から歩きだした(別に居心地がよくて長居したわけではない)。鑑賞の間に向かうため角を曲がった時。
（――ん？）
出入り口の横の壁に凭れて、羽柴が座りこんでいるのが見えた。
（……ああ、ブレーカーか）
ブレーカーは出入り口のすぐ隣にある。それをサイコメトリーして疲れているのかもしれない。
「――大丈夫か？」
何となく近づいて声をかけると、「はっ」と驚いた羽柴が顔を上げた。
「ああ、大丈夫。ちょっと疲れただけだ」
そう言って無理に立ち上がろうとするから、俺はやはり何となく押し戻す。
「中の連中はまだ時間がかかるだろう」
そう告げて、俺は部屋の中へ戻っていった。
（羽柴は）
混乱したかもしれない。
しかしいちばん混乱しているのは、本当は俺だった。
（何故声をかけたのか）
あんなことを言ったのか。
自分でもよくわからない。
「何となく」という曖昧なものが、自分のどこからわきあがってくるのかも。
（ただ）
一つだけ言えることは。
（そうするのが正しいと思った）
それは俺が今さら少しだけ成長した、証しなのかもしれない。
草間探偵の所へ戻った俺は、自分の調査結果を報告した(斎はすでに来て報告を済ませていた)。続いて羽柴、海原、シュラインが戻ってきてそれぞれ報告を済ませると、草間探偵は眉を顰める。
「皆の調査結果をまとめてみよう。それぞれもう一度報告を頼む。そっちの３人から」
招待客と使用人の聞きこみを行った３人を、代表して斎が口を開く。
「俺たち３人は、パーティー参加者と使用人の皆さんから証言を取りました。それにより、停電直前までは全員がお互いの存在を確認していたことが証明されました」
「！」
予想外、なのだろう。俺は自分の調査結果を知っているから余計にそう思う。
続いて斎は。
「『集団で証言を偽っている』という可能性も否定できませんが、それをやるなら全員が共犯でないと不確実とも思います」
そうつけたした。
（確かに）
いつどこで誰の視線がどちらを向いているのかなど、誰にもわからない。それに俺たちが混じっている時点で、『全員が共犯』というのはあり得ないのだ。
俺はその考察に納得した。
「停電中のことは？」
「さすがに確実な証言を出せる人はいませんでしたね」
「ふむ……」
そう確認してから、草間探偵は次に俺に振る。
「建物の窓の鍵や出入り口はどうだった？」
「全部内側から鍵が掛けられていた。細工の跡も見あたらなかったな。そもそも窓はクレセント錠ではないから、細工は難しいように思うが」
「つまり、外部犯の可能性はないということですか？」
俺の結論に海原が問いかけた。一瞬皆の脳裏をよぎった疑問を。草間探偵は表情を変えずに。
「そうなるね」
（この建物は完全な密室だった）
そして部屋の外も、完全な密室だった。密室になるのなら部屋の中だろうと思いこんでいた俺たちは、見事に裏をかかれたのだ。
（この逆密室によって）
そしてその犯人が、この中にいるということだ。犯人が、ただの人間だったなら。
「あのっ、探偵様。少しよろしいでしょうか？」
いつの間にか、酷く汗をかいた初老の男が近くに立っていた。草間探偵は目を向けると。
「何でしょう？」
「実は、入り口で回収していた招待状の数がお客様の数よりも１枚多いのです」
「え?!」
誰かが声をあげた。
（真井を殺した後）
犯人は既に、この密室から逃げ出している？
草間探偵は考えをめぐらすようにアゴを撫でてから。
「――今日招待された方々のリストはありませんか？」
「それでしたら、私が預かっておりますが」
「ではすみませんが、今いる皆さんと照合していただけませんか？」
「承知いたしました。しばらくお待ち下さいませ」
男はそう返事をすると、足早に戻っていった。
「――さて、どうしたものかね」
草間探偵が呟く。
単純に考えるなら。
「そいつが犯人、ということでいいのか？」
「そう簡単にはいかないようだがな」
俺に答えたのは羽柴だ。
（そういえば）
まだ羽柴の調査結果を聞いていない。
「サイコメトリーはどうでした？」
先を促したシュラインの言葉に頷いて。
「ブレーカーに関しては、触っている人間が多すぎてはっきりとしなかったが、草間探偵の前に触ったのはおそらく真井氏本人だろうと思う。南京錠の方は完全に本人だと断定できる」
「！」
（他殺か、自殺か）
曖昧な境界線を、さらに曖昧にする事実。
「絞殺なのだから自殺ではないはずだけれど……人に頼んで殺してもらったという線が浮上してきましたね」
そんな状況を、斎がそうまとめた。そしてさらに。
「一つ言っておきますが、これは霊の仕業ではありませんよ。邪悪な『気』は感じられませんでしたし、真井さんの霊魂は問題なく幽界(かくりょ)へと向かったようです。超能力ともなれば、俺の範囲外ですけれど」
その発言に、海原が応える。
「でも逆に、超能力で人が殺せるのなら、何もこんなことしなくていいんですよね。いつでも証拠もなく、簡単に殺せるはずですから」
（そのとおりだ）
俺たちは頷くしかない。
（情報は集まってきているのだが）
結論は一周して戻ってきたような、もどかしい感覚。
「ところで草間探偵は、何を調べていたんですか？」
不意に羽柴が、草間探偵に振った。俺は「気になることを調べる」と言っていた草間探偵の言葉を思い出す。
「ああ、もしやこんなことになるかもしれないと思ってな。壁の絵画を調べていたんだ」
「こんなことって？」
「つまり、この部屋から誰かが廊下へ出て、戻ってきた。もしくは外へ出たという場合だ。額の後ろに抜け道でもないかと思ってね、調べてみたんだが……」
草間探偵はそこで、俺たちが理解するための間を置いた。
（さすがだな……）
草間探偵の考えはシンプルだったが、それゆえに思いつかなかった。
あの暗闇の中で、誰かが廊下へ出て、殺して、また部屋に帰ってこれたなら。それで事件は解決するのだ。
「それで？ どうでした？」
皆が期待をこめた目で草間探偵を見ていた。が、その先で、草間探偵の眉は残念そうに下がってゆく。
「ハズレだった。絵画はどれも額ごと壁にはりつけられていた。地震がきても絶対に落ちないだろう。剥がそうとしてみたが相当強力だった。部屋の外の、トイレ側の壁にある絵も見てみたが、同じようにはりつけられていたよ。アレでは盗むのも無理だろうな」
「…………」
俺たちは言葉を失くした。
「唯一出入りできそうな通気孔は、あんな上だしな」
草間探偵はそう続けながら、天井辺りを指差した。確かに通気孔を塞いでいる蓋が見えたが、普通の人間にとってはあまりにも高すぎるだろう。届くのはずっと天井にはりついていた俺くらいの……
（ああ――）
そこまで考えて、俺はふと思い出した。
「――待てよ。俺が天井からおりる時、何か気配を感じた気がする」
「えっ?!」
「こっちこそ『待て』だ。鳴神、お前天井にいたのか？」
改めて問われてからやっと、俺はそのことを誰にも話していないことに気づいた。俺は最初からそのつもりだったから、すっかり忘れていたのだ。
「重力制御を使ってな。天井にいた方が、絵画に対し不審な動きをする奴がわかりやすいだろ？」
答えた俺を皆が信じられないものを見るような目で見ている。俺にしてみれば、変身しなかっただけでも感謝して欲しいのだが。
「……で？ いつからいつまで上にいた？」
草間探偵は少し頭を抱えながらも、そんなふうに問ってきた。俺はすぐに答える。
「はりついたのはここへ来てからすぐだ。おりたのは、皆がドアを破ろうとしていた時。手伝った方がいいと思ったからな」
「なるほど。じゃあ停電直後と考えていいな。ドアの方に注意がいっていたから、気配をあまり気にしなかったのか」
俺は頷いて。
「虫でもいるのかと思った程度だ。小さな気配だった」
「――探偵様」
「うおっ?!」
突然後ろからかけられた声に、草間探偵は変な声をあげた。いつの間にか先程の男が戻ってきていたのだ。
「招待客リストを照合してみましたが、不思議なことにお客様は全員いらっしゃるようです」
「！」
そして俺たちは、その言葉にも驚く。
（そんなはずはない）
そう考えればいいのか。
（やはりそうなのか）
そう考えればいいのか。
それさえも、わからなくなっていた。
ともすれば、スパークしそうな。
（これ以上、考えるのはヤバイな）
そう感じた俺は、自分からそれを放棄する。こういう時、俺は自分の脳に感謝したいようなもどかしいような、妙な気分になるのだった。
「――武彦さん？」
そのシュラインの声で、俺の目は自然と草間探偵を追った。すると草間探偵は、何故か笑みを浮かべて。
「最初から何枚も上手だったのは――子どもか」
視線の真ん中で、そんなことを言った。
★
草間興信所へ戻ってきた俺たちは、ソファに身体を預けるなり大きく伸びをした。
「疲れたぁ〜」
誰かが発した言葉に、俺も頷きたくなる。
そもそも俺には疲れというものはないのだが、唯一の生身である脳を酷使したために、そんなことを思ったのだろう。
「皆、ご苦労だったな」
そんな様子の俺たちに、草間探偵は苦笑を向ける。
なんだかんだ言っても一応事件は解決できたので、その点では皆満足していた。何故『一応』なのかといえば、煮え切らない部分もあるからだった。
零が煎れたお茶をすすりつつ、皆同じことを考えているのか、静寂の時間が訪れる。草間探偵はずっと我慢していた煙草をおいしそうに吸っていた。
「……あたしたちは結局、ドールさんに遊ばれただけなんでしょうか？」
そんな中、最初にそれを口にしたのは海原だった。
「さぁな。厄介な奴と知り合いになっちまったのは確かだが」
草間探偵はそう答えながら、ジャケットの内ポケットから例の封筒を取り出す。
「不思議な力を持っているのは確か。しかしそれを直接犯罪には使わず、補助に使用する、か」
（そう）
最初にこの手紙を真井の自室に届けたのも、回収された後の招待状を一枚増やしたのも、すべてドール――リバース・ドールの仕業だと犯人が自供した。
（ドールは、奇術師）
それくらいのことは、わけないのだと。
「草間探偵。その中のカードを、もう一度サイコメトリーしてみてもいいですか？」
その様子を見ていた羽柴が、不意にそんなことを告げた。
「戒那さん、力を使いすぎではないですか？」
心配した斎が口を挟む。俺はブレーカーの下で休んでいた羽柴を思い出した。
（大丈夫なのか？）
しかし羽柴は少し笑って。
「大丈夫だ。今日はこれで終わりにする。――ちゃんと見ておきたいんだ、ドールの顔を」
表情とは裏腹に強い言葉で、羽柴は告げた。草間探偵は頷き、立ち上がった羽柴にそれを手渡す。再び座った羽柴は、皆が見守る中。初めてその封筒を手にした時のように、ゆっくりと中の２つを取り出した。
――すると。
「……えっ?!」
（何……？）
信じられなかった。
その２つは、手紙とカードではなかった。
（手紙は消えていた）
封筒から出てきたのは、割れたカードが２枚。
「カードが割れてる……」
縦長だったカードが、さらに縦長になっていた。羽柴が重ねてみると、ピタリと一致する。そのまま、羽柴はサイコメトリーを試みているようだ。
「――ダメだ。何も見えない」
しかしやがて、そんな言葉を吐いてカードをテーブルの上に置いた。
事件の真相は、ドールのミスリードさえなければ、実にシンプルなものだった。
（――そう）
草間探偵の推理が、大体当たっていたのだ。
真井は１人でトイレに行くといい、自分で鑑賞の間のドアに鍵を掛け、自分でブレーカーを落とした。その隙に、部屋の中にいた１人が素早く壁をよじ登り、通気孔から廊下側に出た。どうやって登ったのかといえば、壁につけられた絵画を利用したのだ。廊下側に出た後も、トイレ側の壁には絵画がはってあるので問題ない。その後は自殺と思われないように首を絞めて真井を殺し、同じ方法で部屋の中へと戻った。
（つまり）
あの時この部屋の中にいた者なら、誰にでもできたのだ。誰でも良かったのだ。
そんな状況で犯人を特定するためには、やはり羽柴のサイコメトリーに頼るしかなかった。真井の遺体に対しそれを行おうとしていた時、なんと犯人の方から名乗り出てきたのだった。
（犯人は）
俺たちと何度か言葉を交わした、あの初老の使用人だった。
実はあちこちに癌が転移していて、先が永くないという主人の願いを叶えるために、彼――渋谷(しぶたに)は計画の協力を決意したのだという。
真井の願いは、自分自身が最も美しく謎に満ちた絵画となること。そのために密室というキャンバスを用意して、そこで果てた。自殺では人はすぐに忘れる。しかし密室殺人で、しかも犯人はまだ逃げ続けているともなれば、そう簡単には忘れられまい。
（そんなふうに、渋谷に語ったという）
犯人に指名されたドールと真井がどのようにして知り合ったのかは、渋谷も知らなかった。渋谷がドールについて知っていたことといえば、奇術師であるということくらいだった。
（ドール……）
ドールは何故、真井に協力したのだろうか。その最後の望みを、叶えようとしたのだろうか。
金だけでは説明できない何かが、そこにあるような気がした。
（そのまま殺せるのに）
それをしなかった。けれど協力はした。
（その意味を）
俺は訊いてみたい。
（どんな想いが）
そこにあったのかと。
(了)
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■ 登場人物（この物語に登場した人物の一覧） ■
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【整理番号/ ＰＣ名 / 性別 / 年齢 / 職業 】
【 0086 / シュライン・エマ / 女 / ２６ /
翻訳家＆幽霊作家＋時々草間興信所でバイト】
【 0164 / 斎・悠也 / 男 / ２１ /
大学生・バイトでホスト】
【 1252 / 海原・みなも / 女 / １３ / 中学生 】
【 0121 / 羽柴・戒那 / 女 / ３５ / 大学助教授 】
【 1323 / 鳴神・時雨 / 男 / ３２ /
あやかし荘無償補修員（野良改造人間）】
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■ ライター通信 ■
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こんにちは＾＾ 伊塚和水です。
再度のご参加ありがとうございました_(_^_)_
今回は推理モノということで何だかセリフだらけになってしまいましたが……(削れる所を削ってしまうとセリフが残るんです/笑)、少しでもお楽しみいただけたら幸いです。
プレイングで考察(という名の推理)を書いていただいたので、皆さんの考え方はかなり活かすことができました。５人が全員違う推理をしておりますので、他の方のも読んでいただければきっとより楽しめると思います＾＾
ドールに関する謎は、今後徐々に明かされていく予定ですので、よろしかったら見守ってやって下さいませ(>_<)ゞ
それでは、次も頑張らせていただきます〜_(_^_)_
伊塚和水 拝
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