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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


雪の街に、消えた【調査編】
●オープニング【0】
「暇だったら、金沢に行く気ないかしら?」
 月刊アトラスの編集部に足を踏み入れるなり、唐突に編集長の碇麗香がそんな話を持ちかけてきた。しかし、麗香がただで行かせるはずがない。そこに仕事――取材が待っていることは明らかだった。
「金沢で妙な事件が起きてるらしいのよ」
 ほら、やっぱりそうだ。
「事の起こりは去年の年末。早朝、卯辰山展望台で殺害された青年の遺体が見付かったの。夜中から降ってた雪に、右手以外全身をほぼ覆われた状態でね」
 死体発見は確かにあれだが、それだけで妙な事件と言えるか疑問だ。が、その後の麗香の言葉がそれを納得させることになる。
「で……見たらしいのよ、青年の友人が何人も。亡くなったその青年の姿を。ね、妙な話でしょう?」
 くすっと笑みを浮かべる麗香。雑誌のネタになることを確信した、そんな笑みだ。
「もう1つ。その青年、喉を噛み切られて殺されたそうなんだけど……なくなってるのよね」
 あの……なくなってるって、何がですか?
「身体中の血液よ。1滴も残ってなかったらしいわ。とにかく、詳しいことは現地で調べてきてちょうだい。お土産期待してるから」
 麗香がにっこりと微笑んで言い放った。

●上越新幹線・車内【1】
 2月18日――東京駅7時12分発・MAXとき305号新潟行きの車内。ビジネスマンやちらほら見受けられるスキー客の中に混じり、これから金沢まで向かおうとしていた8人の姿が8号車2階席にあった。
「かぶら寿司を喰う前に死ぬたァ、何とも哀れな仏サンだ」
 右手にシケモク、左手にA4大の紙切れを持ちながら、残念そうに言い放ったのは渡橋十三であった。
「あら、とっくに食べてたかもしれないわよ? この資料見ると、生まれてこの方金沢を離れたことないみたいだし」
 十三の発言に、シュライン・エマが資料から目を離すことなく突っ込みを入れる。だが十三はへへっと笑って、また切り返した。
「分かってねぇな。最近の若い奴ァ、伝統的な食べモンにとんとご無沙汰でよ。それに地元だからこそ、喰ってねぇかもしんねぇぞ?」
「それはありえる話ですねえ。いつでも食べられると思うと、逆に食べなくなるかもしれませんし」
 膝の上に風呂敷包みを抱えた草壁さくらが、大きく頷きながら言った。
「だろ? だからよ、さくらチャン。伝統存続のためにかぶら寿司の手配頼まァ。ああ、伝統守るのは辛ぇ辛ぇ」
 辛いと言いながら、嬉しそうな顔の十三。さくらが話を振られて目を丸くしていた隣で、七森沙耶がくすっと笑顔を浮かべていた。
「かぶら寿司は食べてみたいですね。でも……」
 表情を引き締め、手元の紙切れに視線を落とす沙耶。
「すっきりとした気分で食べたいですね」
 その沙耶の言葉は、今の一行の立場を表していた。金沢には物見遊山で行くのではない、仕事として事件を調査しに行くのである。物事を楽しむのは悪くないが、まずは用件を片付けることが先決であった。
「資料見とると殺されはった人、僕と同じ大学生やったんやなあ。この人3回やから、年上やけど」
 京訛りの入った関西弁で言ったのは、今野篤旗だった。手元には、他の皆同様にA4大の紙切れがあった。
 そこに記されているのは、粒子の荒い顔写真と、名前や住所といった個人データなどの細かい文字。これから調べに行く事件に関する資料であることは明白だった。
こんな資料が何故あるかと言うと、真名神慶悟が朝一に編集部で受け取ってきたからだ。
 その経緯はこうだ。被害者の実家の住所を調べてもらおうと慶悟が編集部に連絡した所、応対した麗香から『資料があるから取りに来い』と逆に言われたのである。結果、慶悟は編集部に立ち寄ってから東京駅へ向かうこととなった。
 ただ、基本となる資料があるのとないのとでは、調査活動において違いが出てくる。慶悟の行動は正しかったと言えよう。
「森崎弘樹、百万石大学経済学部に在籍。所属サークルは文学研究会……か」
 件の慶悟は、くわえた煙草に火をつけることも忘れ、資料読みに没頭しているようだった。
 被害者の名前は森崎弘樹(もりさき・ひろき)、生まれも育ちも金沢という21歳の青年だ。殺されたのは、手元の資料によると12月25日1時から5時までの間。発見されたのが同日5時34分とのことだった。
 死因は喉を噛み切られたことによる失血死。司法解剖では体内の血液は1滴も残っていなかったという。何とも猟奇的な死因だ。
「このヒト、写真で見ると大人しそうだよね。誰か他のヒトに恨まれてたってことは、ないんだよね?」
 誰ともなく確認するかのように、卯月智哉が言った。確かに弘樹の顔は、資料の不鮮明な顔写真を見る限りでは大人しそうで、正直言ってよくある顔のようにも見受けられた。
「資料には書いてへんなあ……。やっぱり、サークルとかの友人の人らに話を聞かなあかんな。展望台に行った理由や目撃談、諸々全部含めて」
 篤旗が腕組みをし、難しい表情で言った。篤旗の言う通り、謎は積み重なっている。これら謎の1つ1つを、現地で解き明かしてゆかないといけないのだ。
「……ミギテが出てた。死んだハズの血のナいオトコノコ……」
 窓の外の風景を、じっと見つめていた戸隠ソネ子がぼそっとつぶやいた。そのつぶやきに、他の皆の視線が集まった。
 上毛高原駅が近付いてきたのか、車窓はもうすっかり白い雪景色と化していた。

●雪の金沢【2】
 越後湯沢駅で上越新幹線より在来線の特急・はくたか2号金沢行きに乗り換えた一行は、11時過ぎに金沢駅に到着した。積雪の影響で、ダイヤに若干の遅れが発生していたのだ。
 一行の何人かにとっては久々となる金沢の街は、白い雪に覆われていた。道の至る所に積雪と除雪による雪の塊があるかと思えば、道路には融雪装置によって出来上がった大きな水たまりもある。どちらにせよ、徒歩での散策は少々大変なようだ。
 一行は大きな荷物を駅構内のコインロッカーに預けると、各々の行動方針に従って三々五々散らばっていった。

●焼香【3D】
「東京からわざわざありがとうございます。あの子のために……」
 慶悟が仏壇に向かって焼香を済ませると、そばに控えていた中年女性が深々と頭を下げた。憔悴してしまっているのか、中年女性の目の下にはくまがくっきりと表れていた。
「……どうか気を落とされず」
 慶悟は中年女性に対し、そう答えるのが精一杯であった。
 慶悟が今訪れていたのは、弘樹の実家であった。以前金沢を訪れた際に世話になった知人と偽り、焼香をさせてもらうついでに家人から話を聞こうとしていたのである。慶悟に応対していた中年女性は、弘樹の母親だった。
 茶を1杯いただきながら、母親の語る話に耳を傾ける慶悟。語られる内容は、息子のいわゆる想い出話。慶悟は時折相槌を打ちながら、黙って母親の話を聞いていた。
 10分ほど経っただろうか。母親の話が途切れた頃を見計らって、慶悟がこう切り出した。
「失礼だが、彼が亡くなる直前かに変なことはなかったのだろうか」
 ところが慶悟がそう言った途端、母親がしくしくと泣き出したのである。
(何か変なことでも言ったか?)
 面食らう慶悟。しかし、別におかしい質問でも何でもない。あえて理由を探すとすれば、弘樹のことを思い出させ過ぎたということしか考えられないのだが……。
「あの子が可哀想で可哀想で……本当に。ようやく不幸から立ち直ったというのに」
 母親が手の甲で涙を拭いながら口を開いた。
「不幸? それに立ち直ったとはいったい」
「……あの子には付き合っていたお嬢さんが居たんですよ。絵の好きなお嬢さんで、よくあの子から何とかいう画家さんの名前が出てきました」
「その付き合っていた相手というのは?」
「名前は確か……麻生美香といいましたか。でももう居ませんよ」
(居ない?)
 慶悟が怪訝な表情を浮かべた。
「殺されたんです、去年の9月に」
「殺された?」
 慶悟の表情が険しくなった。殺されたとは穏やかな話ではない。
「解決は」
 慶悟がそう尋ねると、母親は力なく頭を振った。どうやらまだ未解決らしい。
「直後のあの子の落ち込み様はそれはもう……。それが12月になってようやく明るさを取り戻したと思ったら……思ったら……ううっ……!」
 泣き崩れる母親。こうなってしまうと、慶悟にも声のかけようがなかった。
(9月に彼女が殺され、12月に今度は自身が殺された……この2つの事柄には何か関係があるのか?)
 思案する慶悟。しかし今ある情報では、それに答えを導くことは出来ない。妙な感じはしない訳ではないが、不幸な偶然である可能性は多分にあるのだから。

●雪の市街を見下ろして【4C】
 卯辰山展望台――トイレ以外に施設は特にないが、金沢の市街が一望出来るスポットとして、地元では知らぬ者は居ない。今日はあいにく雪であれだが、晴れた日であれば日本海まで望むことが出来る。
 弘樹の遺体が発見された展望台には、誰が供えたのか、雪の上に真新しい花束が2つ並んで置かれていた。
 慶悟はその前でしばらく手を合わせると、目を開いてぐるり周囲を見回した。こんな天候でも訪れる者は居るようで、雪の上には足跡が点在していた。
 目視した限りでは、特に怪し気な物は見当たらない。慶悟は静かに呼吸を整えると、式神を放って周囲の探索を命じた。
 自らも気を研ぎ澄ませ、付近の霊気や邪気なりを感じ取ろうとする。けれどもこれといって何も感じられない。
 強いて言えば、辺りをふらふらと漂う弱い霊が何体か居るようだということか。しかし、そんな弱い霊が事件に関係があるとも思えない。
「この場所に何かがある、という訳でもなさそうだな」
 後程慶悟は範囲を広げて周囲を散策してみたが、特に曰くのあるような物も見当たらなかった。場所に原因があるという考えに、囚われ過ぎない方がいいのかもしれない。
 それから慶悟は、編集部に電話をかけてみた。亡くなったはずの弘樹の姿を目撃したという、友人たちの連絡先を教えてもらうためだ。
 あいにく電話に出たのは三下だったが、話をすると情報元の人間の連絡先を教えてくれた。
 次いで、教えてもらった連絡先に電話してみれば、相手が言うには他から聞いた話だとのこと。慶悟はさらにその聞いたという相手の連絡先を教えてもらった。
 そして3回目の電話。応対したのは、山岡という名の青年だった。何でも弘樹とは同じ文学研究会に所属していて、学部は違うが同期であるとのことらしい。
 慶悟はさっそく本題を切り出した。山岡が弘樹らしき者の姿を目撃した時の様子について聞き出そうというのだ。
「様子は……普通だったかな、顔色とか服装も本当に普通で。片町の人通りの中を、普通に1人で歩いてて。ああ、見たのはたまたま。会いたいって念じてた訳でもないし。信号待ちしてたら、向こうの通りを通り過ぎてったんだ。そりゃ、青に変わってすぐ追いかけたさ。けど、角曲がったとこで見失ってさ。さすがにぞっとしたね」
 慶悟の問いかけに対し、山岡は逐次答えてくれた。片町といえば、金沢の中心部である。
(1度、向かう必要があるな)
 慶悟は山岡が目撃したという、詳しい場所を聞き直した。
「犀川大橋の近くの横断歩道。俺がコンビニのある方へ渡ろうとしてたんだ。……あ、誰か来たみたいだ。悪いけど、これで切らせてもらうなっ」
 それを聞いた慶悟は、礼を言って電話を切った。訪問客が来たなら、仕方がない。
 それから慶悟は、弘樹の実家にも改めて電話をかけてみた。だが出かけているのか、留守番電話に切り替わってしまった。
 電話を諦めた慶悟は、その足で片町の教えてもらった場所へ向かった。そこでも再び式神を放ち、付近を捜索させる。だが、ここでもそれは空振りに終わってしまった。
(余程痕跡を残さず巧妙に動いているのか? それとも……)
 慶悟の疑念は募るばかりであった。

●夕食の席で【6】
 その夜、主計街茶屋街の中にある料理屋に一行は居た。治部煮と白子料理、それと牡丹鍋に舌鼓を打ちながら、各々が今日調べたことについて情報交換を行っていたのだ。
 さすがに、ソネ子が捜査資料のコピーらしき紙束を取り出してみせた時には驚きの声が上がったが、どうやって入手したのかは決して語ろうとしなかった。ただ、妖し気に笑うだけで。
「森崎さんは、呼び出されてあの日あの場所へ行って、明らかな殺意を持った相手に殺されたと思っていたんですけど……」
 沙耶はそこまで自分の推理を語ると、手元の弘樹の死に顔が写った捜査資料のコピーに視線を落とした。それは非常に穏やかな死に顔であった。
「……どうしてこんなに穏やかな死に顔なんですか?」
 明らかな殺意を持った相手に殺され、こんな表情が出来るとも思えない。推理を考え直す必要があるのかもしれない。
「さあ、分からないわ」
 箸を休め、シュラインが頭を振った。
「話を聞いていると、沙耶ちゃんが見た……白い絵? それも何だか曰くありげだし」
「他にも分からないことはありますよ」
 さくらが静かに口を開いた。
「9月に1つ、12月には件の、そして1月にも1つ……未解決の殺人事件が起こっているようですし」
「9月のは、彼の彼女が殺されはった事件やね。マンションの一室で刺し殺されてたそうや。名前はちょっと分からんかったけど」
 口を挟む篤旗。すると慶悟が間髪入れずにつぶやいた。
「麻生美香」
 皆の視線が慶悟に集まった。
「……森崎の母親から聞いたんだ」
 慶悟は言葉少なに答えると、手にした猪口の中の酒をくいっと呷った。
「母親ねえ……残された者は大変でしょうに」
 しみじみとつぶやくシュライン。弘樹の実家の近所にも聞き込みを行ってみたが、弘樹や家族に対する悪評はこれといって耳にすることはなかった。恨みを抱く者はとなれば、なおのことだ。
「僕の見たヒトも分からないよね。追いかけてたら、途中で煙のように消えちゃったし」
 智哉が不思議そうに言った。弘樹らしき青年の姿を見付け追いかけたはいいが、近江町市場の中であいにく見失ってしまったのである。
「分かんねェことだらけだぜ、たくッ。せっかくの酒も楽しめねェや」
 などと言いながらも、すでに熱燗を4本も空けていた十三。熱燗に飽きたのか、今はヒヤで地酒を飲んでいた。
 慶悟がおもむろに立ち上がると、障子を開いて外を見た。
「よく降るな……」
 雪は止むことを知らず、なおも夜の街に降り続いている。まるで全ての痕跡を覆い隠すかのように――。

【雪の街に、消えた【調査編】 了】


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 整理番号 / PC名(読み) 
                   / 性別 / 年齢 / 職業 】
【 0060 / 渡橋・十三(とばし・じゅうぞう)
           / 男 / 59 / ホームレス(兼情報屋) 】
【 0086 / シュライン・エマ(しゅらいん・えま)
  / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト 】
【 0134 / 草壁・さくら(くさかべ・さくら)
         / 女 / 20前後? / 骨董屋『櫻月堂』店員 】
【 0230 / 七森・沙耶(ななもり・さや)
                   / 女 / 17 / 高校生 】
【 0389 / 真名神・慶悟(まながみ・けいご)
                   / 男 / 20 / 陰陽師 】
【 0516 / 卯月・智哉(うづき・ともや)
                 / 男 / 16? / 古木の精 】
【 0527 / 今野・篤旗(いまの・あつき)
                   / 男 / 18 / 大学生 】
【 0645 / 戸隠・ソネ子(とがくし・そねこ)
           / 女 / 15 / 見た目は都内の女子高生 】


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■         ライター通信          ■
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・『東京怪談ウェブゲーム』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で表記するようにしています。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・なお、本依頼の文章は(オープニングを除き)全18場面で構成されています。他の参加者の方の文章に目を通す機会がありましたら、本依頼の全体像がより見えてくるかもしれません。
・今回の参加者一覧は整理番号順で固定しています。
・お待たせいたしました、3月となりましたが2月の金沢でのお話をお届けいたします。最初にお詫びを。依頼公開時、『全3回予定』とあったと思いますが、話の流れを見ていると、1回延びて『全4回』になってしまいそうな気配も濃厚です。この点、くれぐれもご注意していただければと思います。
・高原の推理もの依頼にはよくある傾向なんですが、情報があちこちに散らばっています。情報交換を行っていますので、他の方の文章にある情報を利用して次回以降のプレイングを書くことは可能です。
・あと、卯辰山の事件については、本文にもありますように捜査資料のコピーが手に入っています。そのため『このデータは捜査資料にあるはずだ!』と主張して、次回以降のプレイングを書いても何ら問題ありません。恐らく99%の確率で、主張は通ることでしょう。
・あ、宿泊先は駅前のホテルですので。
・真名神慶悟さん、36度目のご参加ありがとうございます。実家を訪れたのはよかったと思いますよ。弘樹の彼女に関する情報を引き出すことが出来ましたし。あと、目撃談を詳細に聞いたことも。その様子が、あまりにも普通なのが不思議ですけれど。
・感想等ありましたら、お気軽にテラコン等よりお送りください。
・それでは、雪の降り続く金沢の街で、またお会いできることを願って。