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<東京怪談ノベル(シングル)>


 「月下の狂宴」
いかなることが起ころうと見ているだけ、手を出さない。ただし必要と思ったときはフ
ォローを入れる。それが高峰沙耶に与えられた「役目」だった。その役目通り、彼女はこ
の東京を見守り続けてきた。家康公の幕府開闢以来、明治維新、関東大震災、そして太平
洋戦争と数々の破壊と再生を繰り返し、数多の人々の生と死を呑み込んできたこの都を…
…。

「待たせたようだな」
 突然背後から声をかけられた。高峰は後ろを振り返ろうともせず、左腕にはめたロレッ
クスの銀の腕時計を覗き込んだ。
「十一時四十五分――定刻通りね」
「時間厳守が俺のポリシーなのでな」
「それはなかなかよい心がけね」
「フッ、だが貴様も酔狂なことだな。いったい何のために俺をわざわざこんなところに呼
び出した。こう見えても俺は忙しい身なのだぞ」
 高峰はここで初めて後ろを振り向いた。いつぞや見たときと同じように、グレーのスー
ツに身を包んだ天禪がそこに立っていた。
「今さら言わなくても知っているはずよ。ここに何が存在するか。また、これからいった
い何が起ころうとしているのか……」
 そういった彼女の背後には直径二十メートル、高さ十メートルほどの円墳があり、その
円墳を取り囲むようにして、東北、東南、南西、北西の四隅に高さ五メートルほどのオベ
リスクのような石柱が据え付けられている。周囲は月の光も届かぬほど鬱蒼と生い茂った
暗い森に閉ざされている。
「ふむ……早いものだな。あれからもう四百年が経つのか。天海僧正の予言が真実ならば、
後十五分後にこの墓の主は封印から解き放たれることになる。だが貴様はさっきの質問に
は答えておらぬぞ。なぜ、俺をここに呼んだのだ」
 天禪の言葉に高峰がかすかに笑みを浮かべた。
「何が可笑しい?」
「ひょっとして貴方はまだ気づいていないのかしら。彼らが目覚めたことに……」
「彼らだと?」
 高峰が何気なく漏らした一言を聞いた瞬間、それまで泰然としていた天禪の瞳に動揺が
走った。
「まさか、やつらが蘇ったというのか!? そんな馬鹿な! やつらが目覚めるにはまだ時
間があるはずだぞ!」
「そもそも人間とは乱を好む生き物、歴史の影には常に戦いに敗れ去っていった者たちの
怨みと憎悪が秘められている。そしてそうした者たちの怨念は、時に神々でさえも予測し
得ない事象を呼び起こすものなのよ。今、時代の潮流が変わろうとしている。この世の外
の理の中にある者の手によって引き裂かれた時間の裂け目から、忘れ去られた旧き者たち
が蘇ろうとしているのよ」
「演説はそこまでか」
 憤怒の形相を浮かべ、天禪は唸り声を上げた。あたかも、獲物に襲いかかろうとする猛
獣の如く。
「ええ。どうやら時間が来たようだわ」
 高峰沙耶はそういって腕時計を覗き見た。時計の針は十二時ちょうどを示していた。
 一陣の風が吹き、森の梢を揺らす。その風に乗って、どこからともなく嫋嫋たる横笛の
ような音が聞こえてきた。そしてそれを合図としたように暗い森のそこかしこからすすり
泣きとも忍び笑いとも、あるいは囁き声ともつかぬ不気味な声がさざ波のように夜風に乗
って広がっていく。
「思った通りお出ましのようね」
 まるで状況を楽しんでいるように高峰がほくそ笑む。
「さ、どうしたものかしら。彼らは無論人間たちを脅かす存在でもあるけれど、貴方にと
っても旧敵であるはずだけど……」
「相変わらず小癪な手を使うやつめ」
 天禪の金色の瞳が高峰を睨み据える。
「よかろう! 闇に生きるものたちを見つめ続けるのが貴様の役目ならば、その闇に生き
るものどもを喰らうのが俺の役目。人間たちのことなど俺の知ったところではないが、久々
に存分に暴れてくれようぞ!」
 そのとき、夜の静寂を破って甲高い断末魔のような叫び声が響き渡った。と、ほぼ同時
に円墳の四隅の石柱が砕け散り、地面からほとばしった四本の青い光の柱が漆黒の夜空に
突き刺さった。低い地鳴りの音ともに円墳が揺れ動き、その表面に赤い梵字のような文字
が浮かび上がる。
 それを見つめる天禪の顔がゆっくりと異形のものに変化してゆく。金色の目が吊り上り、
牙が伸び、黒い髪を掻き分けて二本の角が生えてくる。グレーのスーツが音を立てて弾け
て小山のような筋肉が盛り上がっていく。
 グワアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!
 鬼の姿となった天禪の二本の牙の間から咆哮がほとばしった。その叫び声に呼応するよ
うに円墳の表面が割れ、その裂け目からどす黒い瘴気が噴き出す。
 風が吼える。木々がざわめく。青白い月が瞑目する。死霊たちが歓喜の叫び声を上げる
中、天禪は円墳から現れ出た黒い影に向かって雄叫びとともに突進していった。