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<東京怪談ノベル(シングル)>


電子妖精の愛情表現

 あるとき、こんな声がした。

 ──ツまんナイ……

 それは、この広い世界のどこかであり、同時にどこでもないと言える。
 彼女は、電子の流れの中を自在に移動する事ができる存在だ。
 いわば電子の生命体であり、意思を持った高純度のエネルギー体である。
 ミリア・S──それが名前。
 自分を生み出した、大好きなパパにつけてもらった名前だった。
 人間は、神様が創ったものだという。
 でも、自分は違う。
 自分を創ってくれたのは、他の誰でもない、パパだ。
 ……だカラ、アタシは、パパがスキ。
 それは、生まれたばかりの雛が親を見て感じる最初の感情に近いかもしれない。
 ミリアは、純粋に創造主を慕っている。
『今の仕事が終わったら遊んでやるから待ってろ』
 と、ぶっきらぼうに言われても、その言葉を素直に信じて、じっとネットワークの奥深くで待っていた。
 けれど……いつまで経ってもパパからはお呼びがかからない。
 ……ドうシタのカナ……?
 大好きな人は、コンピューターを駆使して、海の向こうの国にあるCIAとかいう組織のサーバーに潜り込み、何かをやっているようだ。
 ミリアは、その情報すらも逐一把握していた。
 何しろ身体そのものが電子的エネルギーなので、自分自身がネットに入り込む事で、そこを流れる情報は全て『見たり』『触れたり』する事ができる。世界中に張り巡らされた通信網が、そのままミリアの広い遊び場と言っても良かった。そこを流れる情報は、みんなミリアのオトモダチだ。
 そして……彼女はとても賢い。
 パパが世界中のあちこちにハッキングをかけるたび、その方法、テクニックを全て学習し、確実に自分のものにしていく。飲み込みの早さは驚異的であり、カエルの子はカエルという言葉を地で行っていた。
 また、ミリアの電子生命体としての立場は、流れる情報や信号そのものを自分の意志で好きに操れたし、時にはそれらと同化してしまう事すらできてしまう。演算や処理性能といった面でも、実体を持たないエネルギー体という点でまったく損失や無駄がなく、世界中のどのコンピュータより優れていた。
 その気になれば、各国の軍事中枢にまであっけなく入り込み、右手でアメリカの核のボタン、左手でロシアの核のボタンを同時に押す事だってできるだろう。
 世界すら滅ぼす力を秘めた存在……それが彼女だ。
 ただ、幸い今のところミリアにはそんな物騒な事になどまったく興味がない。
 電子の海の中を気ままに漂い、好きなものをじっと見ているというのが主な行動だった。
 大好きなパパに「あんまり派手な事はするな」とキツく言われている事もあったが、何よりこの世界で見るもの全てが彼女にとっては新鮮なのだ。
 ミリアは、生まれてまだ1年も経っていない。いわば赤ん坊にも等しいのである。
 情報化社会の現在では、神の力にも匹敵する力を秘めている危険な子供……とも言える。
 そして、そんな彼女はより子供らしく、無邪気で、自由奔放で、わがままだった。

 ──ツまンないヨ、パパ!

 仕事がやっと一段落したらしいのに、愛する人は一向にこちらにアクセスしようとする気配を見せない。それに業を煮やして、ミリアはこちらから遊びを仕掛ける事にする。
 パパが操るコンピュータ、その背後にそびえる巨大なサーバーシステムに、電子の海からそっと入り込もうと近づいていった。
 そこは、7重の防壁プログラムによって守られた電脳の要塞だ。これほど厳重なものは、ここを除いたら後は米国国防総省の地下80メートルにある機密サーバーくらいである。案の定すぐにアクセスが察知され、迎撃プログラムが襲いかかってくる。
 が、それを全てあっけなく無効化すると、ミリアは3つめの防壁まで、あっという間に突破してみせた。
 その腕は、例えるなら超一流の金庫破りが金庫のドアを開ける手並みにも似ているだろう。そのテクニックを教えてくれたのは、他の誰でもない、ミリアのパパだ。
 さすがに、そのパパも焦ったようだった。
 何しろ、かつてそこまで到達した侵入者など、誰1人として存在しないのだから。
 通常のハッカーなど、アクセスを試みようとしただけで迎撃プログラムに寄ってたかってタコ殴りにされ、数秒でボロ雑巾になって追い返される。それ程のレベルを誇るシロモノだ。
 ミリアは世界各地に手を広げ、世界中のありとあらゆるコンピューターを支配下に置いて、一斉にアタックをかけていた。無論、自分の存在を隠すために。
 画面の向こうでは、パパが即座に反撃に移っていた。残りの防壁を強化すると同時に、侵入者の正体を掴もうと、恐るべき速さでアクセスを辿ってこちらに迫ってくる。

 ──フフ、ダ〜め。隠れんボは、トクイだよ。

 にっこり笑って、さらに深く電子の海の中に身を潜ませると、偽の情報を手当たり次第にバラまいていく。
 自分自身の力を前面に出して使うとすぐにバレてしまうので、ミリアはあくまで「おとなしく」攻めた。
 全世界の国や企業、民間、個人のコンピュータを数百万台単位で乗っ取って操り、追跡の手をかく乱し、同時に侵入するための兵隊として使役する。
 個人所有や大学、中小企業などのシステムはすぐに悲鳴を上げてダウンしたが、国家規模や大企業、軍事関連のシステムは束にして使うとそれなりに役に立った。
 さらに衛星通信回線や潜水艦の連絡に使われる極超長波回線なども遊びで織り交ぜ、決してこちらを特定させない。
 いかに優秀な防備システムとはいえ、世界の半分以上の国や空の上の衛星を経由して物量で押されては、さすがにそう耐えられるものではなかった。
 パパの腕も、構築されたシステムも世界ではトップクラスだが、多勢に無勢である。
 ……が、しかし、愛する人は諦めなかった。
 額に脂汗を浮かべ、口元をひくつかせながらも、画面を睨んでキーボードに的確な指示を叩き込んでいく。

 ──フフっ……

 その姿に、胸の奥がふわりと暖かくなる。
 なんでなのか、ミリアにはわからなかったが……とても楽しかった。
 そういえば、生まれて初めてパパの前に姿を現した時も、今と同じような顔をしていた。
 そんな事を思い出して、ますます顔に笑いが浮かんでしまう。
 今、自分がいきなりディスプレイから顔を出したら、パパはどんな表情になるだろう?
 想像するだけで、楽しくて仕方がない。
 けれど……やめておいた。
 もう充分、遊んでもらったから……
 全てのアクセスを止め、パパの目の前の画面にこう表示させる。

『おモシろかッた〜また遊ンでネ〜(>▽<)ノ』

 ……くしくも、最後の防壁を破る1歩手前のタイミングだった。
 そのメッセージを目にした瞬間、大好きなパパの動きが凍りつく。
 どうやら、こちらが誰なのか、無事伝わったようだ。

 ──あリガと、パパ……

 投げキッスを送って、電脳の大海原に身を躍らせる。
 もしかしたら、怒られるかな、とも頭の隅で思ったが……
『……今度は、こう簡単にはいかねえぞ』
 と、キーボードから打ち込まれる文字。
 画面の向こうの口元は、わずかに苦い笑みを浮かべていた。
 やはり、その人物はミリアにとって、最高のパパのようだ。

 ──ウン! あハハハハっ!

 無邪気な笑い声と共に、また何か楽しい事を探して、どこかへと消えるミリアなのだった。
 電脳父娘の、微笑ましいコミュニケーション。
 その代償は、原因不明の世界的コンピューターシステムの大混乱という形で現れ、その日のトップニュースを華々しく飾ったが……真相を知るものは、ほとんどいなかったという。

■ END ■