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<東京怪談ノベル(シングル)>


現ノ夢 =ウツツ ノ ユメ=

 わたくしにもいつか、終わりが訪れるのでしょうか。
(離れゆく体温のように)
 くり返す夢のごとく。
 いつかゆけるのでしょうか。
 こことは違う、大気の流れる場所へ。
 白日の下(もと)へ――。



 そんなことを考えてしまったのは、夜伽の順番待ちをしていた時でした。いつもはわたくしの前にいらっしゃる方が、その日は見あたらなかったのです。
(ああ……あの方は、ゆけたのですね)
 わたくしは無意識でそう考えた自分に、「はっ」としました。
(――そんなこと、考えられませんのに)
 わたくしたちは、深海の神に仕える巫女なのです。神を目覚めさせぬよう封印強化の儀式を行ったり、それでいて神を飽きさせぬよう神の夢の中で、お話や夜伽の相手をしています。
(そんなわたくしたちが)
 一体どこへゆけるというのでしょう?
 自嘲せずにはいられませんでした。
(だってわたくしは)
 自分が本当に"生きて"いるのかすら、わからないのですから。生(ゆ)くも逝(ゆ)くも、今のわたくしには"ない"のです。
(――13年間)
 わたくしはこの身体で仕えてきました。神の夢の中ではさらに永く、その年月さえ無限に感じられるほどの刻(とき)を。
(そんな)
 永い時間をかけて育まれてきたわたくしは。自分がどんな存在なのか、わからなくなっていました。
(わたくしは生きているのでしょうか?)
 それとも、精神だけの存在なのでしょうか? 魂だけの?
 考え始めると、とまりませんでした。わたくしが冷静であればあるほど、より深い真実を知りたくて。
 やがて、そんなわたくしがたどり着いたのはこんな問いでした。
(わたくしは……)
 わたくしの存在とは、"神の夢"なのではないでしょうか?
 本当はここは、現実でも深海でもなく――神の夢の中?
 わたくしが神と触れあう時は、いつも夢の中でした。けれどそれ以外の時には、確かに自分の意識があるのです。
(しかしすべてが)
 すべてが神の夢の中の出来事だとしたら……日常のわたくしですら、神のソウゾウした"夢"であるということになります。
(神が考えなければ)
 わたくしはそこには存在せず。
(神が想わなければ)
 わたくしは神を想うことすら、ままならないということです。
 考えたら、嫌な気持ちになりました。
(そうでなければいい)
 と。
 わたくしはわたくしの意思でここにいるのだと、信じたかったのです。
 ですからわたくしは、こう思ったのでした。
(わたくしにもいつか、終わりが訪れるのでしょうか)
 訪れればいいと願って。
(いつかゆけるのでしょうか)
 ゆければいいと願って。
 わたくしが神の下から飛び立てたなら。わたくし自身は"神の夢"ではないと、証明できるからです。
(そうしたら、わたくしは、きっと)
 今よりももっと、神のことを想えるに違いないのです。
 想いたいのです。
《――何を、考えているんだ?》
 気がつくと、神が目の前にいました。そして優しく、わたくしを包みこみます。
「海神さま……」
《待たせてしまったか?》
 様子のおかしいわたくしに気づいているのでしょうか、神はそんな声をおかけになりました。わたくしはただ、首を振ります。
《そうか……》
 神はそう応えると、それ以上は何も言いませんでした。けれどその腕は、いつもよりも温かで、優しい気がするのです。
(――ああ)
 抱かれながら、わたくしはまた、自分の愚かさを悟りました。
(いつかゆけたらいい)
 これが神の夢だと、想像できない場所へ。
(そう、思いながらも)
 わたくしはきっと、今あるこの腕を、捨てることなどできないのでしょう。離れられないのでしょう。
(想いたい)
 今より純粋に、真っ直ぐな気持ちで。
 けれどその場所へいってしまったら、わたくしはきっと、もう2度とこの場所へは戻ってこれないのです。
(この心地よい)
 腕の中には……。
《――どうして泣くのだ?》
 そう言葉にされたら、さらにとまりませんでした。
《みその……》
 神はわたくしの涙に、唇を寄せます。
(考えてしまったから)
 きっとわたくしは、どちらを選んでも辛いのでしょう。
 心から神を想えないのも。
 神から離れてしまうのも。
(そしてわたくしは)
 わたくしは選ぶすべを、持たないのです。
《泣くな、みその》
 優しい声が降ってきます。
 酷く哀しいだけで、わたくしは取り乱しているわけではありませんでしたから、何とかそれをとめようとしました。
 ……けれど、ダメです。
 それを見た神が、わたくしの頭をそっと撫でて下さいました。
 そして。
《――みその。お前はただ、私と己の心を信じればいい》
「……え?」
(神と、わたくしの心……?)
 そう告げられてわたくしは、開眼しました。自分が何を不安に思っていたのか、わからないくらいに。
《できないか?》
 問いかける神の声に、わたくしは首を振りました。いつのまにか、落ちる涙もありません。
(どうしてわたくしは)
 あれほど悩んでいたのでしょう?
 "方法"はこんなにも、簡単なことでしたのに。
(わたくしが信じればいい)
 この想いは、紛れもなく自分自身のものだと。
(神を信じればいい)
 わたくしが信じる神を。
 そうすればきっとそこに、わたくしの"現実"は訪れるのです。
《やっと、笑ったな》
 包みこむような笑顔で、神は仰りました。
(わたくしにはもう)
 迷いなどなく。
 ゆっくりと頷きます。
(この腕を、離す必要などないのです)
 わたくしはまだ、ここにいたいのです。
 これからも、ずっと――。







(了)