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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


リバース・ドール =籠城編=

□■オープニング■□

「札幌立てこもり事件解決――か」
 新聞の見出しを読み上げて、武彦は大袈裟に煙を吐き出した。
「最近多いな、この手の事件。本気で逃げるなら死ぬしかないだろうに」
 皮肉を呟く武彦に、零は苦笑を返す。
 新聞をたたんでデスクの上に置いた。――と、書類の山の上に、武彦は置いた覚えのない封筒を発見した。
(これは……)
 超絶に嫌な予感がする。
 一瞬どころか三瞬くらい眉を顰めた武彦だったが、そのまま捨てるわけにもいかない。ゆっくりと、封を切った。
 その中には……
   ――ゲームを しようか――
 そして、UNOのリバースカードに人形をあしらった例のカード。
(何なんだ……)
 武彦はがっくりと脱力した。煙草の灰が落ちる。
「? どうかしました?」
 不思議そうにこちらを見た零に、武彦はもう確認などしない。
「世の中には暇人がいるもんだな」
「はぁ……」
 武彦の脈絡のない発言に、零は首を傾げた。
 そして。
  ――トゥルルル トゥルルル……
 タイミングよく電話。
(きたな)
 何かを覚悟した武彦は、ゆっくりと受話器を取った。
『手紙を読んだね?』
 いきなりそんな声。
「……ドールだな?」
『そうだよ。話すのは初めてだね。初めましてとでも言っておこうか?』
「ゲームとは何だ? 何をするつもりだ?」
『無視とは酷いな。正確にはもうしているよ。ソコに爆弾をしかけた』
「爆弾? 盗聴器の間違いじゃないのか?」
『フフ。探してみる?』
 含みのある声に、武彦は沈黙した。
『何をしようがあなたの勝手だけどね。事務所から出ることは許さないよ。出た途端にドカンさ』
「!」
『これはゲーム。逆籠城ゲームだよ。ボクが満足したなら、ソコから出してあげる』



□■視点⇒羽柴・戒那(はしば・かいな)■□

 その時俺は、草間くんと零の会話を何気なく聞いていた。借りていた資料を返しに草間興信所へとやって来たのだが、悠也も後から新作ケーキを持って来ることになっていたため、皆で食べようとコーヒーを貰って待っていたのだ。
  ――トゥルルル トゥルルル……
 そこへ鳴った電話を、草間くんは相手を悟っているように取った。
 ――問った。
「……ドールだな?」
(!)
 俺は思わず持っていたカップを置いた。向かいに座っている大覚寺・次郎(だいかくじ・じろう)も、驚いた顔をして草間くんを見つめる。
(ドール……!)
 逆密室には俺自身が遭遇し、逆誘拐の話は悠也から聞いていた。その際草間くんの所へ直接カードが届けられたことも。
(まさかまた?)
 短い電話を終えた草間くんは、零に何かの合図を送った。俺たちにはそれが何を示すのかわからないが、零は頷いて玄関の方へ走ってゆく。それを見送った草間くんは、無言のまま頭を抱えた。
「? どうしたの?」
 流しで仕事をしていたシュライン・エマが戻ってきて、様子のおかしい草間くんに問った。それでもまだ口を開かない。
(一体何を言われたんだ?)
「草間さん、玄関に鍵をかけました!」
 告げながら、零が玄関から戻ってくる。
(鍵……?)
「……武彦さん?」
 呼んだシュラインに合わせて皆で視線攻撃をしかけると、今度は草間くんもむっくりと顔を上げた。心なしか少し青ざめているように見える。
「――すまない。どうやら巻きこんでしまったようだ」
「え?」
 草間くんはそう謝ってから、手に持っていた何かを俺たちに見せた。
 それは忘れることなどできない――
「! ドールのカード?!」
「さっきの電話はやっぱりドールから?」
 問いかけた俺に、草間くんは頷く。
「この事務所に爆弾を仕掛けたらしい」
「な……っ」
 皆で息を呑んだ。そんな突拍子もないこと、普通であれば信じることなどできない。
(しかしドールなら、やりかねない)
 誰もがそれを理解していたから。
「事務所から出ることは許さない、とドールは言った。その途端にドカン――だとさ」
「ずっとここに籠もってろって言うの?」
「逆籠城ゲームがしたいらしい」
 シュラインの挟んだ言葉に、冷ややかな声で草間くんは返した。
(逆籠城――)
 普通籠城と言えば、犯人が人質をとって立て籠もるのが筋だ。だがこの状況は、犯人であるドールは建物の外。人質は捕まえるべき俺たち自身で、建物の中。立場がまったく逆なのだった。
「――とにかく、本当に爆弾が仕掛けられている可能性はある。すまないが、事務所から出ないようにしてくれ。あと誰か来る予定があるなら、来ないように連絡を頼む」
「どうしてですか? 出なければいいなら、入るのは問題ないような気もしますけど……」
 神妙な顔で告げた草間くんに、大覚寺がそんな問いを振った。すると草間くんの顔が少し歪む。
「……これ以上巻きこむ人間を増やしたくないからな。それに――ドアに細工をされた可能性もある。この建物から出るには、普通ならドアを使うしかない」
(だから鍵をかけさせた、か)
 それなら俺も連絡しなければならない。俺は携帯電話を取り出しながら呟いた。
「参ったな……あとで悠也が新作のケーキを差し入れに来る予定だったんだが」
「ケーキ……」
 食べたそうな顔をした大覚寺に、シュラインが笑う。
「じゃあそれも、この"ゲーム"が終わるまでお預け、ね」
 俺は軽く頷いて、早速悠也の携帯に電話をかけた。
『――もしもし戒那さん? すみません、これからそちらに向かうところです』
 出るなりそんなことを謝った悠也に、俺は苦笑した。
「違う、催促の電話じゃない。実はな――」
 そうしてドールと逆籠城について軽く説明をすると、悠也は困ったように息を吐いた。
『……では俺は、少し待機していた方がいいようですね』
「そうだな。作戦が決まったらまた電話する」
『わかりました』
 それから二言、三言交わして、悠也は最後にこう告げて電話を切った。
『ケーキのことなら心配いりませんから』
 考えることは一緒のようだ。
 ひとり笑う俺に皆不思議そうな視線を送りながらも、作戦会議は始まった。
「――武彦さん、期限はなかったの? ドールだってずっと私たちを監視しているわけにはいかないでしょ」
 草間くんもソファの方へ移動してきていて、いつもの煙草を吸っていた。シュラインの問いかけに煙草を口から離して、煙を吐き出す。
「ああ……自分が満足したらここから出してやると言っていた」
「ドールが満足したら? またずいぶんと曖昧ですね」
 大覚寺の言葉に続ける。
「逆に言えば、ドールを満足させる行動をとらなければならない――ということか」
(例えば)
 ドールですら予想のつかない行動をとるとか?
 思いどおりに動くおもちゃでは、ドールは満足しない気がした。
「……中にいる私たちが、爆弾を捜し出せたら。ドールは満足するかしら?」
「そうかもしれないな」
 シュラインの言葉に草間くんは同意する。だが俺は、それでは足りないと思った。
(こちらがそれを捜すことは)
 ドールも当然予想しているだろう。
(それならば)
「どーせなら、ドール自身を見つけ出してやろう。悠也ならこのカードから、ドールの気をたどっていけるかもしれない」
 籠城されられた俺たちがドールを見つけようなどと、普通は考えないだろう。これならドールの盲点をつける可能性がある。
「なるほど」
 俺の大胆な作戦に、草間くんは少し笑った。それが肯定を示していたから、俺はまた悠也に電話をかける。
「もしもし? ドールのカードを渡すから、一度事務所まで来てくれ」
 俺のそんな言葉でも、悠也は100%理解して応えた。
『それでドールを捜せばいいんですね? これから時雨さんとそちらへ向かいます』
(そういえばさっき)
 俺が悠也へ電話している時、草間くんも誰かに電話していたようだった。きっと相手は鳴神くん――鳴神・時雨(なるかみ・しぐれ)だったのだろう。
 悠也との短い会話を終えて、俺は草間くんたちの話に耳を傾けた。
「じゃあドールがそれを仕掛けるのは……」
(それ……盗聴器か)
「おそらく、自分がどれだけこちらの行動を予想しているか、知らしめるためだろう。だからこそ逆に、捜す必要はないと言える」
(草間くんもわかっている)
 ドールの予想を覆すことが、彼の満足に繋がるのだと。
  ――ピンポーン
 まるでその読みが"正解"であるかのようなタイミングで、チャイムが鳴った。皆の動きが一瞬とまる。
「……悠也、なワケないか。今連絡したばかりだからな」
 俺が呟いた。さすがにそこまで早くは来れないだろう。鳴神くんのバイクをもってしても。
「零、俺が行く」
 草間くんは玄関へ向かおうとした零を引きとめると、自ら立ち上がった。
  ――ピンポーン
 いつもならすぐ零が出てくるはず……訪問者がそう思って再びチャイムを鳴らしたのは明らかだった。俺が逆の立場でもそうだろう。
 俺たちは草間くんの後ろ姿を見つめながら、耳を澄ました。
「――どなたですか?」
 一応丁寧な言葉を選んで、草間くんはドアの向こうの誰かに向かって問いかけた。
 すると。
「草間さん? よかった、いたんですね」
 ドアを挟んでいるため、少し籠もった声が返ってきた。その声は海原・みなも(うなばら・みなも)のものだ。
「海原か。すまないな……今ちょっと、このドアは開けられないんだ」
「え? 壊れてるんですか?」
「いや……実は――」
 ドアを挟んで、草間くんはみなもに今の状況を説明した。
「ば……爆弾?!」
 表情が容易に想像できそうなほど大きな声をあげて驚いたみなもだったが、ドールの仕業ということで納得したようだ。
「そうですか……折角祥子さんが、こないだの事件のお礼を言いに来てるのに……」
「広瀬が?」
(広瀬……祥子?)
 聞き覚えのある名前に、俺は記憶を探った。
「あの、こんにちはっ」
 ドアを通して少女の声が聞こえる。
(そうだ――悠也が言っていた)
「祥子くんか。確か前回の事件でドールと直接会っている娘だったな」
 逆誘拐によってドールに願いを叶えてもらった少女。その娘が今、そこにいる。
「――使えるな」
 呟くと、俺は立ち上がり玄関の方へと足を進めた。そしてドアの向こうにいる2人に呼びかける。
「みなもくん、祥子くん。じきに悠也と鳴神くんがそこに来るから、2人と一緒にドールを捜してくれないか」
(確実にドールを知る者が)
 ドールを捜し対面する。
 顔を知っていた方が当然捜しやすいのはもちろんのこと、彼女ならばドールも無視できないだろう。
(それが1つ)
「戒那さん? ……わかりました。じゃあここで待ってますね。ついでにドアも少し調べてみます」
 そう答えたみなもに、草間くんがつけ加える。
「2人が来たらもう一度チャイムを鳴らしてくれ」
「了解です」
 それから俺たちは、ソファの方へ戻った。大覚寺がまた不思議そうな顔をして。
「どうして彼女たちも……?」
 その問いの意味はわかる。ドールを捜すことに危険がないとは言えないからだ。
 けれど俺にも勝算はあるから、笑って答えた。
「ドールの意表をつくには、あの娘が最適さ。今祥子くんがここへ来たのは"偶然"だ。ドールだってまさか、祥子くんまで自分を捜しに来るとは思っていないだろう」
(これが2つ目)
「ドールを満足させる要因は多い方がいい……ということか」
 草間くんがまとめた。
「じゃあ早速、爆弾捜しを始めましょ」
 シュラインはそう告げると、すぐに立ち上がる。悠也の到着をただ待つのは時間が勿体無い。そう思ったのだろう。
 しかし俺がそれをとめた。先にするべきことがあったからだ。
「ストップ。先にカードをサイコメトリーしてみるよ。爆弾の形状がわかっていれば捜しやすいはずだ」
 それにこれは、悠也にカードを渡す前にやっておかなければならない。
 頷いて座り直したシュラインを確認して、草間くんは俺に例のカードを手渡した。俺はすぐ集中に入る。両手でカードを挟みこんで、このカードに込められた情報をすべて読み取ろうと。
 目を閉じた暗闇の中、俺の脳裏に浮かび上がるのは。初めてこのカードをサイコメトリーした時と同じ、ドールの姿。そして分解されてゆく電池と白い箱。
(面白いように)
 おそらく関係する部分だけが見えた。
 自然と額に汗が浮かぶ。
(これも……ドールの仕業なのか?)
 誘っている。
 誘われている?
(判断など、できるワケがない)
 やがてゆっくりと目を開けると、俺は大きく息を吐いた。
「……どうだ?」
 すぐに問ってきた草間くんに、軽く頷く。
「爆弾に詳しくないからよくわからないが、電池を分解して作った物のようだ。入れ物は10cm四方くらいの白い箱」
「意外と小さいわね……――あっ」
 言いながらシュラインは何かに気づいた。
「あ?」
「時限爆弾じゃないんだもの、そっちの機能はいらないのよね。だから小さくても納得はできるわ」
(確かに)
 爆弾といえばつい時限爆弾を想像してしまうが、今回は明らかに違うのだ。
(この建物から出たら爆発する)
 それはつまり、起爆と時間は無関係ということ。
「威力は想像不可能だがな」
 続けた草間くんの言葉に、俺たちは苦笑するしかなかった。
 その後俺たちは、爆弾の捜索を開始した。
(……と言っても)
 とりあえずは事務所内をくまなく捜すしかない。そう簡単に見つかるとは到底思えなかったが。大きさがわかっているだけ、まだ捜しやすいとは言えた。
  ――ピンポーン
 途中鳴ったチャイムは、悠也と鳴神くんの来訪を告げるものだった。俺は悠也に郵便(新聞?)受け口から指を入れてもらって、その指にカードを挟んで渡した(あれは外からじゃないと開きにくい)。
 その時にみなもから外から見たドアの様子を聞いたが、何も不審な点は見当たらないという。俺も内側から見る限りでは何も変わらないように見える。
(もしかしたら、入るだけならば問題ないかもな)
 しかしどちらにしろ、草間くんの"他の人を巻きこみたくない"という配慮を無駄にすることはできない。やはりこの馬鹿げたゲームをさっさと終わらせてしまうことが、最良と思えた。
 悠也たちはドールを捕まえに向かったが、その前に。鳴神くんの助言によるものだという氷の魔術を付与した蝶を、俺がカードを渡したのと同じ方法で室内に放っていった。爆弾が見つかったらこの蝶が凍らせてくれるということだった。
(そのためには)
 さっさと見つけなければ意味がない。
 そうして一匹の蝶が部屋を舞う中捜索は続けられ、もちろん各自の服や持ち物もチェックされたが……爆弾は、見つからなかった。
(本当に――ここにあるのか?)
 そんな疑問が湧きあがる。
(ドールは嘘をつかないだろう)
 俺たちは何故かそう思いこんでいるが、果たしてそれは正しいのだろうか?
 捜し疲れて、皆ソファへ戻っていた。きっと脳裏に浮かんでいるのは同じことだろう。
「――大覚寺、お前の幻覚はどうだ?」
「え? 俺の幻覚ですか?」
 不意に問いかけた草間くんに、大覚寺自身も驚いた声を返した。
(そういえば……)
 ドールからの電話が来る前、コーヒーを飲みながら少し話を聞いていた(この辺は職業病だ)。彼は幻覚や幻聴に悩まされていて、それが時々現実となるのだという。
「前回はお前の幻覚から俺たちはヒントを得た。それにドールはおそらく……お前の幻覚に干渉できるはずだ」
「まぁ確かに……」
 大覚寺は納得すると、続ける。
「今日の幻覚は『ミラーハウス』です。室内にいると、間取りが勝手に変わっていくんですよ。ちなみに今は、給湯室の横からヴィクトリア調の居間が一個生えているみたいで……」
「………………」
 その説明があまりにも突拍子なく、俺たちは言葉を失った。草間くんだけは慣れたように返す。
「それでお前、さっき給湯室の辺りじっと見てたのか」
「ええ。本当にあるのかないのか、わからなくて。なんか今日は、幻覚自体はさほど酷くないんですが、現実化が激しいんですよ」
 現実化と言っても、大覚寺にとっての現実なのだろう。俺たちにはそのヴィクトリア調の居間が見えないからだ。
 草間くんはさらに、大真面目に訊ねる。
「その部屋に何か変わったことはあるか?」
「ヴィクトリア調という時点で、かなり変わっていますけどね……特におかしいという所はないです。まさか幻覚の部屋に爆弾を仕掛けるなんてことはできないでしょう? ……!」
 言い終わった大覚寺が、何かに驚いた。
「どうした?」
 訊ねた草間くんの方を見ていない。大覚寺の視線は、草間くんを通り過ぎていた。
「……い、今、急に見たこともないドアが増えたんです。それも――3つ」
「?!」
(挑戦……なのか?)
 まさかドールは本当に、幻覚の中へ爆弾を仕掛けたとでも言うのだろうか。
「どこにある?」
 俺が問うと、大覚寺は指差しで答えた。そこには当然のように壁しか見えない。
「あ……ドアに覗き穴が見えます。覗いてみますか?」
「ああ、頼む」
 大覚寺は頷いて、先程自分で指差した場所へと向かった。それを俺たちは見守る。
「ここは何かやたら豪華な寝室……ここはどこかの屋上……ここは室内プールが見えます」
 右から左へと移動しながら、大覚寺はそう説明した。
「うーん……」
 草間くんが唸る。
(ヒントのない3択?)
 運だけに頼れって?
 ドールがそんな芸のないことをするだろうか。
 俺にはそれがとても不自然に思えた。
「草間くん。ドールは何か手がかりを残しているはず。電話でのドールとの会話を正確に教えてくれないか?」
 促すと、草間くんは頷いて1人2役で会話を再現してくれた。
「ソコに爆弾をしかけた――か」
 呟いた俺に、シュラインが繋げる。
「ソコ……よく考えると、この事務所全体のことにもとれるし、『底』にもとれるわね」
 それを聞いた草間くんは、大袈裟に頭を抱え。
「床を掘れなんて冗談じゃないぞ。これ以上金が飛んでたまるか」
 その正直な発言に、俺たちは笑いを堪えられなかった。現実問題、そう簡単に掘れはしないだろう。
 笑いながらふと、俺は思い当たる。
「――待てよ。ドールなら"そのまま"はないんじゃないか?」
 その俺の言葉に、今度はシュラインが。
「逆……? 底の逆は天井――屋上?!」
 皆が一斉に大覚寺に視線を寄せた。
「……行けるか?」
「それは構いませんが、俺が"出"たら爆発しちゃうんじゃないですか?」
 心配そうな声で問う大覚寺を、草間くんは安心させるように笑った。
「大丈夫だろう。お前の幻覚の中で爆発したって、お前にしか被害はないんだ。たとえそれがお前にとっては現実でも、俺たちにとっては"お前の幻覚"でしかないからな」
 しかしそれは明らかに安心させる言葉ではなかった。
「草間さん……」
「冗談だ。ドールの対象は多分俺だから、お前だけに被害が及ぶ方法はとらないだろう。それに俺たちから見れば、お前は確かにこの事務所の中にいる。違反にはならないさ」
 その言葉に、今度はゆっくりと頷いた。大覚寺は中央のドアがあるらしい場所(もちろん壁だ)へ歩み寄り、ゆっくりと。ドアを開く仕草をした。
「あ……!」
 そして信じられないことに、その壁の中へ消えてゆく。
「ほ、本当に大丈夫なのかしら?!」
 シュラインが口にした。俺たちは顔を見合わせるが、結局は大覚寺が無事に戻ることを願うしかない。あとを追うなど不可能だからだ。
 俺たちの心配をよそに、数分と経たず大覚寺は戻ってきた。当たり前のように同じ壁の中から。その手には白い箱を持っている。それは俺たちにも見えた。
「! その箱だ」
 俺が告げると、大覚寺は不思議そうに首を傾げた。
「え? この箱が見えるんですか?」
「俺にも見えるぞ」
「私にも」
 草間くん、シュラインと続くと、大覚寺はやっと認める。
「じゃあこれは、俺の幻覚じゃないんですね?」
 ソファの所へ戻ってきてから、その箱を静かにテーブルの上に置いた。そこへ成り行きを見守って舞っていた蝶が、ゆっくりと降りてくる。
「頼む」
 その蝶に向かって、俺は言葉を発した。もちろんそれが悠也に繋がっているとわかっているからだ。それに返事をするように箱の周りを一周すると、その蝶は不思議な粉を振りかけた。
「あ……っ」
 どこから冷えているのかすらわからないが、ゆっくりと確実に、箱は凍りついてゆく。
 やがてそこには、大きな氷ができあがった。
「こ、これで大丈夫なんでしょうか?」
 大覚寺が問ったが、それに答えられる者はいない。大丈夫であればいいと祈るだけだ。
  ――トゥルルル トゥルルル……
 皆の不安を象徴する静寂を、突然の電話が破った。皆の身体がビクリと震える。
(悠也か……?)
 一瞬そう思ったが、悠也ならきっと俺の携帯に直接かけるはずだ。事務所の電話が鳴っている以上、悠也よりドールの可能性の方が遥かに高い。
 草間くんも当然それを予想していて、心なしか慎重な様子で受話器を取った。そしてすぐにスピーカーボタンを押す。
『おめでとう』
 静かな事務所に響いた声は、確かに子どものものだった。
(これがドールの声……?)
 そしてバックに流れる波の音が気になる。海にいるのだろうか。
「……ゲームは、終わったのか?」
『意外と早くね』
 ドールは笑っているようだ。
『今ボクの目の前に、4人がいるんだ。彼らには見えているよ。今ボクの手の中にある爆弾が』
「?! どういうことだ?」
『両方見つかったから、入れ替えたんだよ』
 暗示めいた言葉を吐くドール。
(両方……)
 それはドール自身と、この箱のことだろう。じゃあ何を入れ替えた?
 見守る俺たちに、草間くんは視線で合図した。それが何の合図なのか、考えるまでもない。
(爆弾は今自分の手の中にある)
 ドールはそう告げた。つまりこの箱の中には、もう爆弾は入っていないということだ。
(じゃあ……何が入っている?)
 箱に手を伸ばしたのは、それを幻覚の中から拾ってきた大覚寺だった。大覚寺はそれを頭上高く持ち上げると、思い切り床に叩きつけた。
  ――っガシャンッ
 まるでガラスのような音を立てて、氷と化した箱は砕けた。そしてその中から出てきた物は――
「?! ……何で……」
「これは悠也が持っているはず――」
 2つに割れたカードだった。
「斎たちは無事なのか?!」
 草間くんが電話の向こうのドールに向かって怒鳴った。悠也が持っていたはずのカードをドールが持っていたのなら、そう訊きたくなる気持ちもわかる。
(このカードが悠也に渡した物とは限らない)
 何枚もあるかもしれない。
 そんなことは当然わかっている。でも訊かずにはいられない。
 するとドールは、再び電話口で笑った。
『言ったじゃない。4人はボクの前にいるって。素敵なプレゼントをもらったもの、ボクが4人に危害を加える意味はないよ』
「…………」
 信じていいのか、草間くんが言葉を迷った一瞬。
『――ありがとう』
 ドールが先に繋いだ。
「ありがとう?」
『また遊ぼう』
  ――プツっ  ツー……ツー……
 返答なく、電話は一方的に切られた。代わりに俺の携帯電話が鳴る。
「もしもし?!」
『今目の前で――ドールが消えました』
「え……?」
 悠也が発した言葉を、とっさには理解できない。
(目の前でドールが消えた?)
 いくら奇術師とはいえ、そんなことができるのだろうか。
 それ以上返せない俺に。
『とりあえず、そちらへ戻ります。話はケーキを食べながらでも』
「そう…だな」
(やっと、か)
 本当に"とりあえず"ではあるが、一応の危機は脱した。俺たちは喜ぶべきなのだろう。
 何だか釈然としないまま、この事件はこうして幕を閉じたのだった。



 悠也のケーキに舌鼓を打ちながら、俺たちは4人からドールの話を聞いた。
(信じられないことに)
 ドールは本当に嬉しそうな顔をしていたのだという。子どもの無邪気な笑顔で、遊んでいたのだと。
(俺たちは――)
 もうわからなくなっていた。ドールの存在そのものを、どう捉えていいのか。
(完全に悪とも言い切れない)
 だからこそタチが悪い。
 ドールの本当の望みは一体どこにあるのか。
 わからないからこそ、俺たちは振り回されるしかない。
(真相にたどり着くまで……?)
 不安定の先にある感情。
(許されるなら)
 俺はドールと、ちゃんとした言葉を交わしてみたい。カウンセリングとはいかないまでも、ほんの少し、覗いてみたい。
 それは俺が"わかる"ためだけじゃなく。
(ドールの中に降り積もった感情を)
 少しでも消し去ることができたら――。









                             (了)

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号/   PC名    / 性別 / 年齢 /  職業   】
【 0086 / シュライン・エマ / 女  / 26  /
            翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト】
【 0121 / 羽柴・戒那    / 女  / 35 / 大学助教授 】
【 0164 / 斎・悠也     / 男  / 21 /
                     大学生・バイトでホスト】
【 1252 / 海原・みなも   / 女  / 13 /  中学生  】
【 1352 / 大覚寺・次郎   / 男  / 25 /  会社員  】
【 1323 / 鳴神・時雨    / 男  / 32 /
              あやかし荘無償補修員(野良改造人間)】



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■         ライター通信          ■
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 こんにちは^^ 伊塚和水です。
 ドールシリーズ第3弾、お待たせいたしました。そしてご参加ありがとうございます_(_^_)_
 今回はよりドールの内面に近づいた内容となりました。近づくほどに私自身わからなくなっていくのですが(笑)。いずれ皆様に救われることをもっさりと期待しております。わくわく。
 実は私の癖が今回も出てしまって……皆さんのプレイングを総括して書くために、そのプレイングを書いた本人ではない方のバージョンにその内容が反映されるという摩訶不思議な現象が(笑 ぜ、全体的に楽しんでいただければ幸いです(>_<)
 それでは、またお会いできることを願って……。

 伊塚和水 拝