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宝を探して東奔西走
●オープニング【0】
天川高校『情報研究会』部室。会長の鏡綾女は、1枚の紙を目の前にして珍しく難しい表情をして考え込んでいた。
「ん〜……分かんないなあ」
そんな綾女に、副会長の和泉純が声をかけた。
「どうしたの、綾女さん。さっきから唸ってばかりで」
「唸りたくもなるよぉ。ほら純、これ見てよ!」
綾女は目の前の紙を手に取ると、純に見せた。
「え?」
思わず目が点になってしまう純。そこには、ひらがながずらっと羅列されていたのである。全く意味不明なひらがなが。
うつふらばほろひけい くるつてほすめなかじ
さかだかちのんひらん もろもんさきらうがん
ぎふあんじしやまくま あんまろもざいしみあ
みのがざなさをひるね はるれいあんじたをい
みだんきだけたらふに にさきゆめかしむなれ
みだふまうろひりいち ちるさくのかやななれ
みのかるざきにけかい ぽかつたうれいあをい
ぎふあつじぽさろゐず もをろをむんゑなみあ
さかふとごろうけとく けわあうめざほけがん
うつみなうがひのいふ なふつこがきめなかじ
しんじつをうつすがよひ
「これ、お姉ちゃんから『調べてほしい』って言われたんだけど……ほんっと、分からないよぉっ!!」
頭を抱え、綾女が叫んだ。確かに、叫びたくなる気持ちも分からなくはない。でも、このひらがなの羅列はいったい何なのだろう?
その点を純が問うと、綾女がテーブルに突っ伏したまま答えた。
「……お姉ちゃんが言うには、冬美原に隠されている旧城主の財宝の在り処が隠されているんだって。でもそんなの本当かなあ」
ざ……財宝ですと?
それがもし本当だったら……見つけ出したら一財産!?
さっ、探さなくっちゃあっ!!
●どこの言葉だ、これは?【1A】
「何やこれ? ほんまに日本語なんか?」
件の文章のコピーを受け取った南宮寺天音は、一目見るなり眉をひそめてそう言い放った。確かに、まともに読めそうなのは最後の1行くらいなものである。
「英語でもタガログ語でもスワヒリ語でもないと思うから、やっぱり日本語だと思うんだけどなぁ」
腕組みしたまま綾女が言った。
「お姉ちゃんが旧城主のって言ってたくらいだから江戸時代、いっても明治時代までに書かれた文章だと思うんだよね。そんな時代に、ポピュラーな外国語ってないし……どう考えても日本語だよねぇ」
「オランダ語がありますよ。それと、漢文も入れることが出来るでしょう」
コピーから顔を上げ、宮小路皇騎が言う。ま、精々そのくらいのものだろう。
「うー……分からない」
志神みかねはコピーとにらめっこ状態が続いていた。今のみかねの状態を漫画で表したら、きっと頭の上に大量のクエスチョンマークが浮かんでいることだろう。
似たような状態なのはもう1人居た。真名神慶悟である。
「……解らんな……」
椅子に腰かけて思案していた慶悟は、煙草をくわえたまま頭を何度となく掻いていた。ちなみに煙草に火はついていない。つけようとした所で、綾女に止められてしまったのである。
「『しんじつをうつすがよひ』ねえ……」
やはり思案を続けていたシュライン・エマが、最後の一文を口に出して読んだ。
「これって、映してみろってことなのかしら」
「映すって?」
綾女がシュラインに聞き返した。するとシュラインは、コピーの上で十字を切るように指先をすっと滑らせた。
「よく見て。この文章、いくつかのブロックに区切られてるでしょ。何だか意図的にも見えるくらい」
言われてみれば、最後の一文を除いては4つのブロックに区切られているように見える。
「見えるけど……何をどう映すの?」
「……鏡」
慶悟がぼそっとつぶやいた。振り返る綾女。
「え、呼んだ?」
「違う。物を映す鏡の方だ。最後の1行『真実を映すがよい』、これは鏡を使うことを示唆しているのだろう」
「鏡映しですか。となれば、こうして区切ってあるのは……」
口を挟んだ皇騎が、手にしていたコピーを上下に半分に折り畳んだ。ちょうど区切りに沿うような形で。
「『うさぎみみ』と『みみぎさう』。対称になってます」
そして、再び元に戻しながら皇騎は言った。天音が同じようにして、改めてコピーに目を通す。
「ああ、ほんまやな。一番左、そう読めるわ。……ん? 一番右も、そうなってへん?」
一番右を見ると、『じんあいれ』と『れいあんじ』となっている。これもまた対称だ。
一同は同様に、上下で対称になっている部分を抜き出していった。その結果、『うさぎみみ』、『れいあんじ』、『つかふのだ』、『かがみをな』という文章が浮かび上がってきた。
「文字単位で見れば、他にも対称になっている所はあるけれど、意味がありそうなのはそのくらいかしら」
コピーから目を離すことなく、思案顔で言うシュライン。見落としがないか、調べ直しているようだ。
「場所を明確に表しているのは『れいあんじ』か。これはそのまま麗安寺を表しているんだろう」
推測を口にする慶悟。江戸時代にはもう麗安寺はあったのだから、その考えも間違いではないかもしれない。
「『麗安寺』、『鏡をな』、『使うのだ』、『兎耳』……と見るのか」
「あっ、もしかして。麗安寺に何か特殊な鏡があって、それを兎の格好……」
みかねがふと思い付いたように言った。皆の視線がみかねに集中する。が、そこまで話してから我に返ったのだろう。
「……ご、ごめんなさいっ。絶対違いますよねっ!」
慌ててぺこりと頭を下げるみかね。その表情は何とも気恥ずかしそうだった。
「でも、麗安寺が出てきているんだから、調べてみる価値はありますよね」
ここまでずっと黙っていた純が口を開いた。
「……それもそうか」
純の言葉を受けてかどうか分からないが、慶悟がすくっと立ち上がった。
「麗安寺に行ってくる」
「あ、私も行きますっ!」
部室を出ていこうとする慶悟にみかねがついてゆく。と、思い出したようにシュラインが慶悟に声をかけた。
「真名神くん、ちょっと待って」
みかねの後に部室を出ようとした慶悟は、入口の所で足を止めて振り返った。そばにやってきたシュラインが、慶悟を外へ促した。皆の前では話せないことのようだった。
●沸き上がる疑問【1B】
「あふ……」
天音はつい出てきそうになる欠伸を、ぐっと堪えた。正直言って、謎のような文章との格闘にすっかり飽き飽きしていたのだ。
今、部室に残っているのは天音を含めて4人。そのうち、皇騎はコピーに目をやったまま身動き1つしていない。よっぽど集中しているのだろう。
(熱心やな)
小さく溜息を吐く天音。この分なら、文章の解読は任せてしまっていいかもしれない。と、自分で考えなくていいと思った瞬間、はたと疑問がいくつか浮かんできた。
(……何か変やな)
天音はすぐに、その疑問を目の前の綾女に小声でぶつけた。
「ちょっと聞いてええか? この文章の出典は何なんや?」
「出典って言われても。お姉ちゃんが、あたしにこの紙を渡してきて『調べてほしい』って言っただけで。お姉ちゃんなら知ってるのかもしれないけど、今は聞けないよ」
「何でや?」
「さくらスタジオでラジオの生放送中だから」
「駅前のサテライトスタジオのあれやんな。あれやったら、うちも前に出たで。けど、せやったらしゃあないな……後で聞こか」
綾女の説明に納得する天音。
(今の話の通りやったら、財宝の在り処を示すという根拠を知っとるのも、あの人だけか)
他にも浮かんでいる疑問を綾女にぶつけてみた所で、返ってくる答えは恐らく今と同じだろう。直接巴に聞いた方が手っ取り早い。
(気晴らししてこよか)
天音が椅子から立ち上がり、入口の方へ向かおうとした。
「あの、どこへ?」
「外堀埋めてくるんや」
純の問いかけにさらっと答えると、天音はそのまま部室の外へ出ていった。
●『カガミの歌』考察中【3B】
巴がまだラジオの生放送中だということもあり、天音は先に鈴丘新聞社の資料室を訪れていた。そこで本に掲載されていた童謡『カガミの歌』を書き写しながら、あれこれと思索に耽っていた。
(よくよく読むと、これもまたおかしな歌やな)
『カガミの歌』は、作者不詳の童謡だと紹介されている。けれども、『ころされた』なんて童謡にしては似つかわしくない言葉も入っている。
(『悪魔の手鞠唄』やないんやからなあ、こんなもん入れんでも。それに)
天音は他の行に目を移した。『もののふ』や『ひめさま』といった言葉が目につく。さらには途中途中で挟まる『うつしゃんせ うつしゃんせ みかがみかざして うつしゃんせ』という言葉。まるでこれは、件の文章の最後の一文に近しい言葉ではないか。
「どっちもパズルのピースの一片に過ぎへんのちゃうやろな、これ……」
直感だったが、天音の脳裏には件の文章とこの『カガミの歌』が、密接に関係しているのではないかという考えが浮かんでいた。
やがてよい頃合だと見た天音は、資料室を出て駅前に向かうことにした。巴を捕まえ、話を聞くために。
●詰問【4D】
「こんにちはー」
さくらスタジオの出口近くで待ち伏せていた天音は、巴が出てくるや否や、その前に姿を現した。
「あら、こんにちは。何かご用ですか?」
穏やかな笑顔を浮かべる巴。どうやら天音の顔を覚えてくれていたようだ。
「用っちゅうか……ちょっと顔貸してほしいんやけど」
「あら大変、今日お金そんなに持ってなくって」
「何でやねん! 誰がカツアゲすんねん、聞きたいことがあってきたんや!」
巴のぼけた言葉に、思わず天音は突っ込んでいた。
「聞きたいことですか?」
「……ここでは何やから、そこの路地で話そか」
「……構いませんよ」
頷く巴。天音はそんな巴を連れて、近くの路地へ入っていった。ここなら他の者に邪魔されることもないだろう。
「お話はなんですか」
「旧城主の財宝」
巴の問いかけに、ぼそっと天音が答えた。巴の表情がさっと変わる。
「綾女から聞いたんですね」
「そうや。けど解せんことがあるんや。1つ、あの文章の出典。2つ、あの文章が財宝の在り処を示すという根拠。あんさんやったら知っとるやろ?」
「……私もあの文章を他の人からもらったんです」
天音から視線を逸らせ答える巴。だが天音はそれを一刀のもとに切り捨てた。
「嘘吐いたらあかんで。少なくとも、あんさんは出典を知っとるはずや」
「どうしてそう言い切れるんです」
「横書きの文章は、昔は右から左に読んどったやろ。あの文章が書かれたんは、精々明治時代までのことやろ。せやのに、何で最後の一文が左から右に読めるんや? ちゅうことは、どっかでバイアスがかかったと考えるべきやろ。ちゃうか?」
「…………」
天音の追求にしばし巴は沈黙を守っていたが、やがて諦めたように口を開いた。
「……確かに私は出典を知ってます。それを語ることは出来ませんが……原文は縦書きでした」
「縦書きを横書きにしたんかいな?」
タネを明かせば単純な話であった。けれども、そのことを巴の口から語らせたことは大きな意味があった。巴自身に、出典の存在を認めさせたことになるのだから。
もし巴が『もらった時にはすでにその状態だった』と答えたなら、天音もそれ以上は追求出来なかっただろう。しかしさすがはギャンブラー、上手くブラフを利用していた。
「ある人から財宝の在り処を示した物があると聞いて、その出典を探し出して解読して……それから綾女にお願いしたんです」
「ほんなら、あれかいな。100%財宝の在り処を示してるのかどうか分からへんのかいな?」
呆れたように言う天音。巴がこくんと頷いた。
「質問変えよ。その出典、誰が書いたとか分からんのかいな」
「それはちょっと……。ただ、隅に『翁』という文字が書かれていただけで」
普通に考えれば、『翁』という一文字が作者を表していることになる。けれどもそれだけでは個人を特定するに至らない。
(難儀な話やな)
天音が頭を抱えたくなったその時、不意に巴の携帯電話が鳴り出した。電話に出る巴。
「はい、もし……綾女? どうしたの? ……えっ? 財宝を見付けたっ?」
驚きの言葉が、天音の耳に飛び込んできた。直後天音の元にも連絡が入り、急遽巴とともに部室に戻ることとなった。
●財宝の正体【5】
綾女によって連絡を受けた巴を含む一同は、目の前の机に置かれた鉄の箱に見入っていた。何しろ、この中に財宝が入っているのかもしれないのだ。注目するなという方が無理である。
「これ……城址公園で見付けたって本当なんですか?」
巴が皇騎に確認をした。
「ええ。一応、地下牢があってですね。そこに鎮座していましたよ」
にこっと微笑んで、具体的な場所を答える皇騎。それを聞くと、巴は納得するように小さく頷いていた。
「ありがとうございました」
「お姉ちゃん、開けるからね?」
綾女は巴に確認を取ると、大きく深呼吸をした。それから一気に鉄の箱の蓋を開ける。
「……あれ?」
綾女が間の抜けた声を発した。その後ろから、興味深々といった様子でみかねが覗き込んだのだが……。
「えっ?」
みかねもまた間の抜けた声を発していた。
「財宝……なんですよね?」
「財宝だって言ってたよねぇ……」
綾女とみかねは口々にそう言いながら、鉄の箱の前から退いた。他の者たちにも、中身が見えるようになる。
「あら、これは……」
「どうして?」
「……ほんまかいな」
「……これが財宝なのか?」
巴、純、天音、慶悟が各々感想を口にする。鉄の箱の中に入っていたのは、皿や器といった食器類であった。だが問題はその材質で――。
「ちょっと見せて!」
シュラインが鉄の箱に近付き、皿を1枚取り出した。
「何これ……アルミのお皿じゃない! ああっ、この中の物は全部アルミの食器だわっ!!」
そう、食器の材質は全てアルミだったのだ。これにはさすがに一同目を丸くしてしまった。財宝だと思っていた物が、アルミの食器だったのだから。
「そうか……そういうことか」
何かに気付いたのだろう、皇騎が苦笑いを浮かべてつぶやいた。
「確かに財宝だったんでしょう、当時は。今みたいに、アルミの食器が溢れ返っていた訳じゃないですから……希少品で」
「ああーっ、そういうことなんだーっ!」
物凄い盲点を突かれてしまったのか、綾女は大きな声で叫んでいた。それから、ドスンと椅子に座ってしまった。
「やだなあ……もうっ! あたし、色々と買いたい物があったのに〜っ! 新しいパソコン〜っ! 春服の新作〜っ!!」
「ああっ! 落ち着いてっ、落ち着いてよ綾女さんっ!!」
頭をぶんぶんと振って今にも泣きそうな綾女を、純が何とか落ち着かせようとする。その光景が何とも滑稽で、自然と笑いが起こっていた。
世に財宝話は数あれど、そうそう簡単に財宝が見付かるはずもないのである。だからこそ、夢があるのだけれど。
【宝を探して東奔西走 了】
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【 整理番号 / PC名(読み)
/ 性別 / 年齢 / 職業 】
【 0086 / シュライン・エマ(しゅらいん・えま)
/ 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト 】
【 0249 / 志神・みかね(しがみ・みかね)
/ 女 / 15 / 学生 】
【 0389 / 真名神・慶悟(まながみ・けいご)
/ 男 / 20 / 陰陽師 】
【 0461 / 宮小路・皇騎(みやこうじ・こうき)
/ 男 / 20 / 大学生(財閥御曹司・陰陽師) 】
【 0576 / 南宮寺・天音(なんぐうじ・あまね)
/ 女 / 16 / ギャンブラー(高校生) 】
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■ ライター通信 ■
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・冬美原へようこそ。
・『東京怪談ウェブゲーム 界鏡線・冬美原』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で表記するようにしています。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・なお、本依頼の文章は(オープニングを除き)全14場面で構成されています。他の参加者の方の文章に目を通す機会がありましたら、本依頼の全体像がより見えてくるかもしれません。
・今回の参加者一覧は整理番号順で固定しています。
・大変お待たせいたしました、旧城主の財宝を巡る物語をお届けいたします。……あ、今回のオチに石は投げないでくださいね。財宝というのは、そう簡単に見付からないから価値があり、面白いんですよ。
・結局、鉄の箱を含めた中身は巴の保護下に入りました。財宝や地下牢の存在も、世間には伏せられることとなりました(冬美原に参加される方は全員、この情報を綾女などから聞いて知っているという扱いとなります)。また、情報封鎖対象となっている情報もいくつかありますので、ご注意ください。
・えー……暗号解読、随分難儀されたのではないかと思います。高原も作るのに難儀しました。こういう類の依頼は、冬美原に限らずこれからも出てくるのではないかと思います。完全なプレイング勝負になってきますけどね、その場合は。
・次回の依頼予定は『噂を追って【4】』になるかと思います。お時間がありましたら、何について調べてみようか考えてみるのも一興だと思います。
・南宮寺天音さん、14度目のご参加ありがとうございます。別方向から攻めてきましたね。その結果、他の方とはちょっと違った内容となっています。いいプレイングだと思いますよ。1歩1歩確実に、冬美原の謎に近付いていますね。今まで得ている情報で、結構真実に近い仮説を立てられるかもしれませんよ。それから、【4D】の内容は情報封鎖対象となっています。
・感想等ありましたら、お気軽にテラコン等よりお送りください。
・それでは、また別の依頼でお会いできることを願って。
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