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均衡ノ人
何度も考えてしまう。
答えなど永遠にでないことを知っていて。
くり返し思ってしまう。
(わたくしは住んでおりますか?)
あなた様の御心の中に、住んでおりますか?
それとも他の人でしょうか。
きっとあの方の御心に住めるのは、"彼女"のような人なのでしょう。
もし誰か1人でも、本当に住むことができるのなら――。
わたくしには、尊敬している方がいます。
いちばん尊敬しているのはもちろんあの方ですけれど、ある意味においてあの方の次に尊敬している方がいるのです。
その方はわたくしを海原性にして下さった方です。そして妹の実母である方。
(わたくしが認める、"彼女")
彼女はとても優秀で、なんでも大学院にあたる所を10歳という若さで卒業したそうです。それだけでも十分凄いのですが、彼女はその後すぐに、フィールドワークと称して世界中を飛び回っていたそうなのです。
(なんて……羨ましいのでしょう)
これが、わたくしが"ある意味"尊敬していると表現した理由です。純粋な尊敬だけではない、それに付随する感情がたくさんあるから。
わたくしは基本的に深海で生活しています。そしてあの方の夢の中で。
わたくしがこの身で感じることのできる地上は限りなく狭く、世界を夢で見ることはできても肌で感じることはできません。
どんなに頑張っても、彼女のようにはなれないのです。
そして彼女のもっと凄いところは、12の頃に妹を産んだあと、少し家庭に入り育ててから、また世界を巡っているということ。
(本当に)
凄いバイタリティにあふれた方。
尊敬せずにはいられません。
(そしてその一方で)
わたくしは彼女のことを思い出すたびに、彼女があの方に直接お会いしていないことを幸運に思うのです。
(彼女のような方には、きっと何一つ敵わない)
知識やバイタリティの面でも……そう、淫技の面でも。
もしお会いしていたら、あの方の御心に住んでしまわれるでしょう。わたくし以上の大きさで……。
(本当は、わかっているのです)
あの方の御心には最初から最後まで誰も住んではいない。いるのは抱かれているほんの一時だけで、あとは皆"同じ"なのです。
(それでも)
彼女に会って欲しくはないと思ってしまうわたくしの心は、なんと嫉妬深いのでしょう。自分でも情けないくらいに……。
(尊敬しているからこそ)
嫉妬してしまう。
危うい均衡の上に、立っている人。
わたくしがそんな感情を向ける彼女にお会いした時、彼女はわたくしに「娘をよろしく」と殊勝なことをおっしゃいました。
(何か裏があるんじゃないかしら……)
そんなふうに思ってしまったわたくしは、きっといらぬ心配ばかりしているのでしょう。
わたくしは利用されるのでしょうか。
妹に何かあるのでしょうか。
(勝手な妄想かもしれません)
けれど考えることを、やめられないのです。彼女はわたくしの、心の均衡を破る人でもあるのです。
(もっとも――)
たとえ何か裏があったとしても、あの方経由で頼まれては断ることはできません。
彼女がどうしてそんなことをできるのかわかりませんけれど、わたくしにとってはやはり彼女よりあの方が大事ですから。あの方がそうすべきだというのなら、わたくしは従うのです。
(もとが誰の言葉であっても)
今あの方の言葉であるなら――。
(わたくしは、彼女を尊敬しています)
そして嫉妬しています。
彼女のようになりたいと、目標としています。
しかし同時に敵でもあるのです。
わたくしがこういう複雑な感情で彼女を見ていることを、当然あの方は気づいているようでした。
わざと彼女の話を出して、わたくしの反応を窺ったりしているのです。
(意地悪な――方)
思っていても口に出すことはできません。何故ならこれこそが、わたくしたちの仕事であるから。
あの方を楽しませ、退屈させぬようにする。そのためには、どんな感情を利用されても耐えなければなりません。
(もしかしたら)
この感情すら、あらかじめそのために用意されていたものかもしれません。
(何事も)
疑うことは簡単なのです。
そして疑い始めるときりがない。
わたくしはやっと、そんな所へたどり着きました。
(信じよう)
簡単な方へ逃げていてはダメ。
わたくしが彼女を尊敬しているのは、自分の道を信じ真っ直ぐに歩んでいるその姿であったはず。
まず尊敬があり目標があり、だからこその嫉妬と対抗心。
後ろにばかり囚われているわたくしでは、滑稽でしかないのです。
(自分の気持ちを、信じよう)
そしてわたくしも、少しずつでいい。
真っ直ぐ前へと進もう――。
(了)
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