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<PCシナリオノベル(シングル)>


罪が支払う報酬

 息に血の匂いを混じらせた、犬に似た双頭の獣と対峙する。
 素人が興味本位な生兵法で呼び出した異界の獣…召喚者は扱いきれずに喰い殺され、帰還の術を断たれて野に逃れたコレを狩る為に幾人の術者が依頼を受けたかは知らないが、沙倉唯為もその一人だった。
 地に属するその性に、コンクリートに塗り固められたこの街の有り様は辛かろう…大地の見える、公園、に捜索の的を絞って夜を待ったが幸いしてか、狙いの通りに姿を見せた。
 路地の奥、汚れたような茶に黒の混じった毛並み。
 ウルル、と獣は喉に低い警戒の唸りを上げ、まるで血煙の如くに妖気を吹き上げる白銀の刀と、その担い手とに予断なく4つの濁って黄色い瞳を向ける。
 そして、その背後に緑が闇を吸い込んで黒く、獣を誘う。帰ってこいと。
 だが、それには眼前の存在が邪魔だった。
 本能はその妖刀の危険と判じるが、それを持つ人間の、楽しげな感情との差違に混乱する。
「久々に手応えがありそうじゃないか、なぁ?」
不敵な笑みを湛えたまま、唯為は獲物それ自体に話しかけた。
 当然、答えはない。
 獣は身を縮めるように全身の筋肉を収縮させると、高く跳躍した。
 その体躯は唯為の倍はあり、地を疾駆する為に発達した四肢が持つ瞬発力に人が適う筈もなく、ほんの一駆けで爪で裂いて絶命させるその筈が、獣は一声高く、短く鳴くと高所でバランスを崩してそのままどさりと落ちた。
 唯為が放った礫が、目の一つに命中したのだ。
「躾がなってないな。まぁ野良犬だから当然か」
そこらで拾った小石を片手に放って玩びながら、唯為はニヤリと笑う。
「公園は封じてある……月並みな台詞だが、通りたければ俺を倒して行け」
尊大に言い放つ様が、限りなく悪役っぽい。
 闇にすら照る上質の黒スーツがまたそれっぽい。
 抜き身の日本刀…妖刀『緋櫻』の峰を肩に置き、唯為はぱらりと小石を地に撒くと、痛みに対する怒りと警戒とに低く姿勢を保った獣を指で招いた。
「かかって来い」
 言葉を解する知性があるかは知らない、が、銀の瞳に籠もる強さは唯為の意を伝えるに充分。
 獣は低い姿勢のまま駆けだした。
 同時、唯為は腰溜めに重心を落とし、左半身に腰骨の横に刀身を添える、脇構えに『緋櫻』を置く。
 こちらの間合いを計られぬよう、そして相手の出方に長短どちらの動きにも移れる、陽の構え、と呼ばれるものだが、それは鞘を持つ右手で刀の重さを支え、抜き放つ勢いに攻守を別とさせる…だが、今『緋櫻』に鞘はない。
 形ばかりは脇構えであるが、本来重量を支える右手は峰に軽く添えたまま、左手のみに『緋櫻』を支える唯為は、次なる動きを判じさせない…笑みさえ浮かべて銀の瞳が距離を測る。
 間を隔てる唯一の障害であるガードレール、動きの取れなくなる滞空を避ける為、ぎりぎりの低さで越え、唯為に肉迫しようとした獣が…不意に視界から消失した。
 集中していた分、意識が現状を認識するのに多少の誤差が生じた。
 無灯火に脇を走り抜け、ぶつかった街灯をぐしゃりとねじ曲げ…獣の身体を間に挟んで止まったベンツ。
 とんだ横槍に、唯為はしばし悩むと、
「ドイツ車は丈夫だな」
と、呑気な感想を述べるに止まった。
 運転手の安否の確認、警察、救急車の呼び出しなど、事故現場に居合わせた人間がやるべき事は山程もあろうが、唯為は動こうとしなかった。
「……帰るか」
「帰るな!」
呟きに踵を返しかけた唯為の背に、声がかかった。
「……なんだ」
肩越しに後顧し、唯為は軽く眉を上げた。
「誰かと思えばピュンちゃんじゃないか」
もぞもぞと…生死は判然としないが獣の身体が動き、アスファルトとの間から黒尽くめの青年が這い出して来た。
「うぇ〜…」
砂埃にまみれた黒革のコートを両手で叩き、それでもまだ頑固に顔に乗る真円のサングラスをちょいとずらして青年…ピュン・フーは鼻の頭に皺を寄せて見せた。
「ピュンちゃんゆーな」
要求は厳かに、重々しく。
 そして、一転、わくわくとした様子でピュン・フーは背後のベンツ…に轢かれた獣を指差した。
「すげーな、アレ唯為の?何食わせたらあんだけでっかくなんだ?」
「ペディグ○ーチャム」
適当な答えに、ピュン・フーはくつくつ笑う。
「あんだけでけぇと、散歩も大変……」
くだらない会話に乗ったままのピュン・フーの背後で、ギシリと軋んだ音を立て、ベンツの扉が開いた。
「動くな裏切り者!」
偶然にしては作為的、に事故の衝撃に支柱を歪めて光を失っていた街灯が本来の役割を取り戻す。
 その灯りの下、明確な敵意と…そして、黒光りする銃口が向けられていた。


 唯為は、ピュン・フーと、銃口を突きつける…負けずとも劣らぬ黒服の男とを見比べた。
「お楽しみの所邪魔して悪かったな」
知らぬ相手に裏切るも何もない。
 不穏な台詞はピュン・フーに向けてと判じ、唯為は軽く手を挙げて挨拶に変え、その場を立ち去ろうとする背に相反する台詞がかかる。
「待て!お前も『虚無の境界』のメンバーか!?」
「じゃーな。朔羅によっしく言っといてー♪」
制止と歓送、けれど唯為は前者ではなく後者の言に足を止めた。
「重ねて言うが、アイツは人を疑う事を知らん。悪い遊びを教えたりするなよ」
「そんなじゃ世界が狭まるじゃん、唯為、過保護なかーさんみてぇ」
首を傾げるピュン・フーの言に、「すると、俺が4つの時の子か」と戯れ返すに、ちょっぴり忘れ去られかけていた黒服が自己主張に声を張った。
「そいつは我々の組織に反してテロリストについた裏切り者だ。与するならばお前も処分する」
楽しく歓談していて、今更無関係と言っても聞き入れはしないだろうが、それ以前に居丈高なその物言いが、素直に聞く気を失せさせる。
「処分……な」
「違うのならば早く行け。この場を無かった事にすれば、今後の生活に支障はない」
その自信がどこから来ているのか判じにくい黒服の高圧的な言葉に、唯為は胸を張った。
「断る」
こちらの、己に起因する自信の詳細は割愛させて頂くが。
「友達は選んだ方がいいぞピュン・フー」
と、妙に偉そうな忠告を振られたピュン・フーは、片手を顔の横で振った。
「元・職場の元・同僚」
トモダチではない、と言下に明言する間に同乗していたもう一人も車から降りて来る。
 獣の身体がクッション代わりになってか、怪我らしい怪我もないようで、先の一人に倣って銃口を上げた。。
「なら付き合いを考えろ。無礼なヤツと一緒に居るとお前まで無礼に見られるぞ?」
「へぇ、俺ってば礼儀正しいとか思われてたワケ?……アイツ等が持ってる薬がねェと、死ぬんだよ、俺。だからくれっておねだりしてんの」
お付き合いの内容に、唯為は軽く肩を竦めた…あっさりとした物言いとこちらの反応を楽しむようなピュン・フーの微笑にわざわざ驚いてみせてやるつもりもない。
 その台詞には、黒服が答えた。
「組織に反した時点で、ジーン・キャリアのお前の寿命は尽きたも同然だ。それを見苦しく長らえようとする位なら、素直に飼われていればよかったろうに、よりによって『虚無の境界』に与するなど……!」
吐き捨てる言葉には悪意しかない。
「……お困りなら手を貸すがな、ピュン・フ−」
仕事に横槍は入れられるわ、聞きたくもない御託を聞かせられるわ。
 正直、面白くない。
 唯為は
「や、別に困っちゃねーけど。ナニ、手ェ貸してくれんの?」
「事情は知らんが、俺はオモシロイ方が好みなんでな」
不快な感情から語調の荒さ、唯為は言い更に付け加えた。
「しかし、出掛ける時は忘れ物には気をつけろ」
「うわ、唯為ホントにおかーさんみてぇ…ママって呼んでもいい?」
ピュン・フーがまた笑うのに応じる。
「するとお前は俺がななつの時の子か」
「すると朔羅がおにーちゃん?出来のいい兄を持つとおとーとはぐれがちだそうですが」
「そんな軟弱なヤツはうちの子じゃない」
「うわ、愛がねぇ。そんなじゃボク非行街道まっしぐらだよママ」
「ぐれてみろ。面白そうだから」
止めなければ永遠に続きそうな応酬に、相手が切れる方が早かった。
 サイレンサーに、ぷしりと間抜けな発射音で、しかし威力は充分にアスファルトに穴が穿たれる。
 威嚇の意味でか足下を狙っての銃弾だったが、唯為もピュン・フーも動じすらしなかった。
「すっかりお仲間ってカンジ?」
戯けて肩を竦めるピュン・フーに、唯為も軽く顎を上げた。
「……流石に見逃しては頂けんだろうからな」
「そりゃあんだけおちょくりゃ」
半身に向かい合っていた黒衣の二人が飛び退ると同時、今度は過たぬ殺意が寸前まで彼等の居た空間を裂いた。
「おー、殺る気満々♪」
路面に靴裏を擦過させ、勢いを殺したピュン・フーは楽しげに語尾を弾ませた。
 唯為は『緋櫻』で短く風を切る。
 獣と相対する為に、既に封を解かれていた『緋櫻』は、ようやくの出番にチリ、と刀身を振るわせて鍔鳴りを起こした。
「あ、いーなー唯為、それ」
ピュン・フーは自分の眼前にすいと片手を翳し、無形の何かを握る形に五指の関節を折り曲げた爪が、不意に伸びた。
 厚みを増して、白みに金属質の光を帯びた鉱質の感触は十分な殺傷力を感じさせる。
「使えんな」
しかしそれを唯為は渋面で受け止めた。
「えー、そんなこたねーぜ」
唇を尖らせたピュン・フーの言を遮る。
「揃って接近戦でどうする。あっちは飛び道具なんだぞ」
そういえば、と爪の長さに拳を握れない為、手刀で掌を打つ形にピュン・フーは納得する。
「んじゃ先に足止めるか」
細めた瞳が射竦める強さで紅さを増した。
 僅かな街の灯に出来たピュン・フーの影、その背がぎこちない動きで皮翼を形作り、薄い影の色を闇へと塗り替えた、瞬間。
 その影から、白い靄が吹き出した。
 ピュン・フーを取り巻いて広がる霧は瞬く間に広がり、地からずるりと伸びる無数の手を、繋がる肩を、身体を、まるで地の底から湧き出すような人の姿の朧な輪郭を散らぬようその白さに止める。
「でかい事故でもあったかな?」
理不尽な運命に身を損なったままの姿で…実体を伴った死霊の群は、無言、無表情でゆらりと立ち上がる。
「怨霊化…!?」
黒服の驚愕を余所に、己が周囲を生者に有り得ぬ肌のそれ等を眺め回すと、ピュン・フーは背に大きく生えた蝙蝠に似る皮翼を動かして小さく溜息をついた。
「……やっぱお前等、可愛くねェ…」
そういう問題ではない。
 黒服達が放つ銃弾は死霊に吸い込まれるばかりで、ダメージを与える事は出来ない。
「少々野蛮だが、悪く思うなよ、黒服さん方」
死霊を盾に距離を詰めようとした唯為だが、不意にぴたりと動きを止めた。
 男達の背後…ひしゃげたベンツが動いている。
 警告を発する間もなく、車をひっくり返して躍り上がった双頭の獣が怒りの咆吼を上げ…思わぬ、三つ巴が展開した。


 軍配は唯為&ピュン・フーの即席チームに上がった。
 獣の出現に生じた混乱に、あっさり黒服達に峰打ちを喰らわせた唯為は、自分の分担は終わったとばかりに獣と戯れるピュン・フーに後を任せて見物に回った完全な分業が勝因か。
「唯為、ペットの躾はちゃんとしとけよなー」
 獣の血で両腕を染めたピュン・フーは生臭さに顔を顰めた。
 黒革のロングコートの背を破って広がる一対の皮翼を動かし、生み出した風が漂う霧を払うに死霊の姿が消える。
「懐いてなかったんでな」
答えながら唯為は逆さまになったベンツの助手席、割れた窓から地面に無造作に転がっていた黒のアタッシュケースを拾い上げた。
 開けば、緩衝剤の中に並ぶ小さな筒状の注射器は、赤く透明な薬剤の色に紅玉を並べたようだ。
 パチリ、と小さな音に金具を止め、ピュン・フーの胸に押しつける。
「ホラ、今度は忘れないようにな」
「サンキュ♪」
と、素直に受け取りかけたピュン・フーだが、唯為が持ち手を放さなかった。
「……さて。1から説明しろとは言わんが、今回の件、言い訳くらいなら聞いてやる」
「や、だからこの薬がねーと……」
同じ台詞を繰り返すに『緋櫻』を掲げられ、ピュン・フーは苦笑に説明を変える。
「俺、『ジーン・キャリア』っつって、バケモンの遺伝子を後天的に組み込んで爪生えたり皮翼生えたりすんだけど、定期的にこの薬がねーと吸血鬼遺伝子が身体ん中でおいたを始めるんで命がヤバいワケ」
「ふん、変わった特技だと思ったら……しかし、あの死霊を呼び出す、アレは感心せんな」
障りのなかったはずのこの場、眠りを破られてか死の気配が濃さを増している。
「いずれ引かれかねんぞ」
忠告めいた言葉に、けれどピュン・フーは肩を竦めるのみ。
 応じる意思はない様子に、唯為は漸くケースから手を放した。
「……この間の置台詞の意味もついでに頂いておこうか」
「意味?」
咄嗟に思い出せないようで、ピュン・フーは首を傾げる。
「俺はまだ死ぬ気はないがな。お前が生きようが死のうが俺には関係ないが」
「の、わりにゃえらく親身じゃん?」
ケースを肩に担ぎ、ピュン・フーがニ、と笑う。
「それはそーとなんでまだ東京に居んだよ?もう死にたかったんなら殺してやろーか」
「悪いが返り討ちだな」
即座に切り返す自信に、ピュン・フーは笑みを含んだ。
「試してみるか?」
ふ、と転じる気配に、唯為は『緋櫻』を持つ手の肘を緩く引いた。
「死ぬ前に一つ言い残しておけ。お前の「生きてる理由」、俺は聞いていないんでな」
片笑む唯為に、ピュン・フーは喉の奥で笑うと、サングラスでまた真紅の瞳を覆う。
「ま、後の楽しみにとっとこーぜ、お互いに♪」
明確な喜色は真円に隠れる事もなく、闇に更に濃い遮光グラスが唯為の銀の瞳を一瞬映した。
「またな」
皮翼が大きく空気を孕み、ピュン・フーを虚空へと運ぶ…夜に溶けぬ程に黒い姿は、すぐビル影に紛れて見えなくなった。