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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


欠落の果てに

□■オープニング■□

「あいちゃん、あいちゃん。お絵描きしましょ?」
「うん、するー」
 客がいないのをいいことに、あいと零は応接用のテーブルにお絵描き帳とクレヨンを広げた。武彦は苦笑しつつも、煙草を燻らせながらそれを見守る。
 あいは数週間前から草間興信所に居候してる子供だ。彼女には戸籍がなく、まだ感情が安定していなかったのでとりあえずここで預かっていたのだが……。
(そろそろ、か)
 武彦は考える。
 感情表現も豊かになり、よく喋るようになった。彼女はそろそろ、出るべき所に出なければならないのかもしれない。
(2度と同じことが、起こらないように――)

  ――ガッシャン!

「?!」
 突然武彦の後ろの窓ガラスが割れた。そして何かが部屋の中に転がる。それは激しく煙を吐き出していた。
(まさか爆弾?!)
「零っ、すぐに事務所の外へ出ろ! あいを頼んだぞ」
「は、はい! こっちよあいちゃんっ」
 零があいをつれて出て行くのを後目に、武彦は他の人々を非難させる。
 にわかにバタバタと騒がしくなった興信所内。やっと全員の避難が完了したあとも、開けられたガラスの穴からは激しく煙が噴き出していた。だが爆発はまだしていない。
 警察や消防、野次馬が駆けつけ、辺りは騒然となる。
 警官に事情を説明していた武彦のもとに、やがて零が真っ青な顔をして近づいてきた。
「草間さ〜ん……あいちゃんがいなくなっちゃった!」
「! まさか……」
 それは一つの可能性を示していた。
 あいをつくりだした『ネオ・エナジー』が、あいを連れ戻すためにこんな騒ぎを起こしたのではないか?
「――『ネオ・エナジー』の本部は、確かすぐ近くだったはずだ。頼む、誰か行ってきてくれ」



□■視点⇒自動人形・七式(じどうにんぎょう・ななしき)■□

 破られた窓から煙の噴き出す興信所の外。
 駆けつけた警察と野次馬にまみれていたわたくしめと草間様の所へ、零様が青ざめた表情でやってきた。
「草間さ〜ん……あいちゃんがいなくなっちゃった!」
「! まさか……」
 その時草間様が発した「まさか」と、おそらくまったく同じ意味のことをわたくしも考えた。
(まさか――『ネオ・エナジー』の方々が?)
 わたくしめがこの草間興信所へやってきた時、あい様はすでにこの場所にいた。だからわたくしが知っているすべてのことは、皆様から聞いた話だった。
 あい様は『ネオ・エナジー』――通称『N・E』という、クリーンな動力をつくりだそうというエコ団体によってつくられた子供なのだという。
 兄のゆうき様によって助けられたあい様は、失くしたイタミを取り戻すためにここへやってきた。そうして草間様を始めとする皆様は、『N・E』の卑劣な行為を知ったのだった。
 その後無事にイタミを取り戻したあい様だったが、戸籍がないため迂闊に動かすことができず、とりあえず草間様が預かっているのだという。
(それが……)
 いなくなったと言われたら、原因は1つしか考えられない。
「草間様……」
「とりあえず、人を集めよう。動くのは早い方がいい」
 そう言い終わると、草間様は携帯電話を取り出して各所へと連絡を始めた。
「ごめんなさい……私がちゃんと見ていなかったから……」
 その草間様の様子を見て、零様は申し訳なさそうに項垂れる。わたくしは少し可哀相に思って。
「零様が悪いわけではございません。悪いのは、さらっていった者たちです」
「――今の、何の話?」
 不意に入りこんできた声に振り返ると、わたくしたちのあとに事情を訊かれていたシュライン・エマ様がやってきていた。
「シュラインさん! あいちゃんが……あいちゃんがいなくなっちゃったんですっ」
「?! じゃあもしかして、この騒ぎは……」
「ええ、おそらくあい様をさらうために仕組まれたものだったのでしょう」
 わたくしめの言葉に、シュライン様は納得したように頷く。
「それで武彦さんが人を集めている、というわけね」
 携帯電話を片手に話しながら、草間様はシュライン様に向かって頷いた。
 ――と。
「な……ちょっと待て鳴神!」
 急に声を荒げると、草間様は放心したように手を下ろした。
「? 鳴神さんがどうかしたの?」
 不思議そうに問うシュライン様に、草間様は眉を歪めて。
「何だかよくわからないんだが、そのまま団体本部へ向かうと言って切った」
「あら、いいじゃない」
「鳴神様が動いて下さるなら、心強いですしね」
 人造人間である鳴神・時雨(なるかみ・しぐれ)様は、とにかく”強い”方なのだ。
 単純に喜ぶわたくしたちに、草間様の言葉が飛ぶ。
「あのなー……鳴神を1人で行かせたら、何をするかわからないじゃないか!」
「あっ」
 シュライン様は口に手を当てた。だが、わたくしにはわからない。
「何か問題があるのですか?」
 首を傾げたわたくしに、草間様は。
「――七式。悪いが、お前は先に団体本部へ向かってくれないか。足のパーツの中にタイヤがあったよな? お前がいちばん速そうだ」
「それは構いませんが……」
「鳴神は自分とあいを重ね合わせて見ているふしがある。放っておいたら――殺してしまうかもしれん」
「!」
「それだけは絶対にさせるな。もちろん、お前もだぞ」
 2人が心配していたのは、そのことだったのだ。
「――わかりました」
「本部の場所はわかるな?」
「はい。以前話に聞いておりますから」
「俺の携帯電話、1つ持っていけ」
 草間様は仕事柄、携帯電話を複数所有している。わたくしはそれを受け取ると、落とさぬよう体内にしまった。
「任せたわよ、七ちゃん」
 心配そうな表情を見せるシュライン様に、頷いて。
「行って参ります」
 そうしてわたくしは、一足先に本部へと向かうこととなった。



 わたくしめの身体には、各所にアタッチメントがある。状況に応じて様々にカスタマイズすることで、無限の汎用性を実現する。
 足首から下をタイヤに換えて走ると、自転車程度のスピードは容易に出すことができた。
 わたくしが団体本部へと到着したのは、ちょうどあい様が中に連れこまれようとしている時だった。
「――やぁぁぁはなしてぇぇっ」
 本部の鉄の門に必死にしがみついて、叫ぶあい様の声が聞こえた。
 取り囲む男たちも必死だが、泣き叫び暴れるあい様の扱いに困っているようだ。
(鳴神様はまだ来ていない)
 ならばわたくしが。
「あい様!」
 助けようと飛び出すと、男たちは驚いてこちらを見る。その瞬間を逃さず男の腕を振りほどいてこちらへ走ってこようとしたあい様だったが、ひょいと男の1人に抱え上げられた。あれではもう、掴まる場所もない。
(どうする?)
 シンプルに、殴って奪おうか。
 そう考えた瞬間だった。
「な……っ」
 本部の敷地内から一台の車が飛び出してきたのだ。あい様を掴んでいた男は、その車にあい様を押しこんだ。
「待ちなさいっ」
 わたくしが動き出すのと同時に、車も動き出す。
(間に合わない!)
 無意識に左腕を構えた。
 が。
(殺してはダメだ)
 草間様の言葉がよぎる。それに、車を撃ったのではあい様の安全も保障できない。
(だからといって)
 わたくしめのこの足でも、車に追いつくのは不可能だ。
 こぶしを握りしめて、立ち尽くしていた。
 あい様を本部内へ入れようとしていた男たちは、わたくしが動かないのを見て中へ引き上げていく。
(わたくしが助けにきたのはあい様)
 そのあい様は、ここにはいなくなった。
 だから安心したのだろう。
 わたくしは草間様から預かった携帯電話を取り出して、草間様に状況を伝えた。
『そうか、鳴神は間に合わなかったか』
「わたくしめは、どうしたらいいのでしょう?」
『そうだな……』
 考える無言の後ろで、まだ人々のざわめきが聞こえる。騒ぎはあまり収まっていないようだった。
 少しの間それを聞いていると。
『鳴神は、おそらくそこへ来るだろう。合流して、2人であいを追ってほしい』
「わかりました」
『無事に保護できたら……そうだな。またそっちに戻って、皆を手伝ってもらおうか』
「皆様は、こちらへ向かっているのですか?」
『たった今、な。一応作戦を伝えておこう。シュラインが他の子供たちの保護。光月が各種データの確保。海原が2人のサポート。全員の仕事が終わったら、建物――特に『歯車』は、破壊してしまいたいと思っている』
 光月というのは、光月・羽澄(こうづき・はずみ)様、海原というのは、海原・みなも(うなばら・みなも)様のことだ。2人とも結構頻繁に草間様を手伝いにくるので、よく知っている。
「それを手伝えばいいんですね? 承知致しました」
『頼んだぞ』
 通話を終えて、また体内にしまった。その頃ちょうど、近づいてくるバイクの音が聞こえる。
「――鳴神様っ」
 ある程度近づくのを待ってから、声をかけた。
「あいはどうした? 中か?」
「いえ、それが……つい先ほど、本部から出てきた車に乗せられていってしまいました」
「何?!」
「わたくしめの力が及ばず……申し訳ございません」
「いや、いい」
 鳴神様はわたくしを責めるわけでもなく、持ってきた何かを取り出して目をやった。大きな懐中時計のような物だった。
 鳴神様は顔を上げると。
「……貴様が来ているということは、シュラインたちも来ているのか?」
「他の皆様は、今こちらへ向かっているところです」
「ならとりあえずこっちは任せよう。俺はあいを追う」
 告げ終えた鳴神様が、すぐに発進してしまいそうな勢いだったので、わたくしは慌てて声をかけた。
「お待ち下さい、鳴神様。わたくしめも、連れて行って下さいませ」
「貴様を?」
 鳴神様は何かを考えるようにわたくしめを見やってから。
「いいだろう。後ろに乗れ」
「ありがとうございます」
 わたくしはホッとして、頭を下げた。鳴神様の後ろにまたがる。
 バイクはすぐに発進した。

     ★

「彼らがどこへ向かっているのか、おわかりになるのですか?」
 迷うことなく道を選んでゆく鳴神様を不思議に思い、疾走するバイクの後ろでわたくしは問いかけた。
「もしかしたらこんなこともあるかもしれないと思ってな。あいに発信機をつけておいたんだ」
「おお、そうでしたか」
(だから)
 鳴神様は草間様に、そのまま本部へ向かうと言ったのだ。犯人が彼らであることは、鳴神様にとっては明白だったから。
「もう追いつくぞ」
 鳴神様の声に、わたくしめも肩口から前を見る。確かにそれらしき車が少し前を走っていた。
「どう致しますか?」
 作戦を、わたくしは問った。あい様を安全に取り戻すために。
 鳴神様は少し考えた後。
「――七式。貴様の今日の装備は?」
「右腕に内蔵散弾銃、左腕に小型榴弾用内蔵大型銃でございます」
 わたくしが即答すると、鳴神様は満足そうに頷いた。
「バイクを車の横につける。それで脅してやれ」
「なるほど。承知致しました」
(そう)
 まずは車から降りてもらわねば。
 鳴神様がバイクを加速させ、目的の車の横にピタリとつけた。わたくしはそのテクニックに感心しながらも、隣を走る車のウィンドウをノックする。
「とまっていただけませんか!」
 驚いてこちらを見た後部座席の男に、聞こえるよう大きめの声で告げた。その男の隣に、あい様が乗っているのが見える。手足を拘束などはされていないようで、少し安心した。
 やがてひと気のないどこかの駐車場で、その車はとまった。中から3人の男が出てくる。
 後部座席から出てきた男の手には、あい様とナイフが握られていた。
「ちっ、近づくな! 近づいたらこの子の命はないぞ」
 1人が陳腐なセリフを吐いた。
 鳴神様がそれを鼻で笑う。
「ふん、何を言っているんだ? あいが必要なのは貴様たちも同じだろう? ゆえに貴様たちは絶対に殺さない。あいは人質にはならないぞ」
「く……!」
 男は悔しそうに唇を噛んだ。
 わたくしめの横で、"容赦"を捨てた鳴神様が変身した。
「ひぃっ」
 わたくしたちを見る彼らの視線が、さらなる恐怖へと変わる。
「――最期に1つだけ訊いてやろう。何故今さらあいをさらう? 貴様たちは何をしようとしていたんだ」
 その鳴神様のセリフに、次に笑ったのは3人のうちの1人だった。
「"さらう"だと? さらったのはお前たちの方じゃないか。こいつはもともと俺たちの"家族"なんだぜ? 両親だって俺たちの中にいる。親が子供を取り戻そうとするのは、当然の行為だろう?」
「家族――?」
 呆れたように、鳴神様が告げた。
(わたくしも)
 その言葉に酷く違和感を覚えていた。
(本当に、家族なの?)
 多分同じなのだ。わたくしめと、あい様は。
 わたくしも造られた。そのわたくしめの家族は、あい様にとっての彼らのように、わたくしをお造りになられた胡桃様。
(でも――)
 でもきっと、そんな関係だけでは、家族とは呼べない。
(心がないから)
 "大切"にされない、家族なんて存在しないから。
 逆にいえば、大切にしたい心さえあれば、血の繋がりなどいらない。
(だってわたくしたちは)
 胡桃様の一部から、できているわけではないのだ。
「残念ですが」
 わたくしはゆっくりと口を開いた。
「わたくしたちも、今はあい様の"家族"でございますゆえ」
「なんだと?」
「存じませんか? 家族の繋がりとは、"血"と"心"2つの種からなるのでございます。わたくしめの家族は、このわたくしめを造って下さいました胡桃様。そして胡桃様がお造りになられたその他の自動人形。ですがもちろんその繋がりだけではなく、大切にしたいと思う存在だからこそ、家族と呼べるのです。――そして」
 言葉を切って、繋ぐ。
「わたくしめの現在の主は、草間様です。同時に草間様に関係する方々は、すべてわたくしめの主であり、"大切"にするべき家族なのでございます。もちろんあい様も含めて。――返して頂きますよ」
 言い終わると、わたくしは両腕を突き出して彼らの方に向けた。彼らはすでに、わたくしめの腕に銃が内蔵されていることをわかっているだろう。
 あい様を盾にするように、突き出した。
「貴様たちは……!」
 鳴神様が怒りの声をあげた、その時だった。
「!」
 彼らが乗っていた車が、急に動き出したのだ。どうやら助手席の男は降りていなかったらしい。そして運転席側に移り――
「ぃやぁぁぁぁっ」
 わたくしたちに向かって突っ込んできた。聞こえたのはあい様の叫び声だ。
 一瞬の間に、わたくしは鳴神様と顔を見合わせた。
 猛スピードで向かってくる車をジャンプでかわし、着地と同時にわたくしが車のタイヤを撃った。鳴神様はあい様のもとへと走る。
 わたくしが撃った弾は当然命中し、打ち抜かれた後輪2つを引きずったまま、車は速度を落とさなかった。ボディがアスファルトに擦れる嫌な音がする。
(ブレーキが遅い!)
 やっと減速しかけた車の前には、駐車している車が。避けようとハンドルを切ったかいもなく、そのまま突っ込んだ。
 激しい音がした。
(く……)
 これで死んだらどうなる?
 殺したつもりはない。わたくしめが撃たなくても、この車はとまれなかっただろう。むしろ撃ったことで、少し減速されたともいえる。
(けれど……!)
 わたくしは煙を吐き出す車の方へと向かった。爆発の危険性もある。あそこから離しておくにこしたことはない。
 力任せに歪んだドアを外して、運転席の男を引っ張り出した。エアバッグのおかげか、男の怪我は思ったほどではないようだった。
 片手に抱えて、鳴神様の方へ向かう。
(……!)
 あい様を抱きかかえて、鳴神様は倒れた3人の中央に立っていた。その目が、どうやって殺そうかを考えているように見えて……訊かずにはいられなかった。
「――殺すおつもりですか?」
 声をかけてから、連れてきた男をごろりと転がす。3人が4人になった。
「貴様は助けたのか」
「わたくしめは、草間様からきつく言われておりますゆえ」
(別に今日だけではなく)
 それはいつも、言われていたことだ。
「――あいを頼む」
 わたくしの問いには答えず、鳴神様はそう告げてわたくしにあい様を託した。
「鳴神様っ」
「俺が殺そうとしたらとめろとも、言われているのか?」
 ゴクリと、息を呑む。
「――はい」
「でもあいは、こいつらを許さない」
「!」
(それが、あい様の願いなら)
「わたくしは――」
 とめることができるのだろうか。
(とめてもいいのだろうか?)
「向こうへ行っていろ」
「………………」
 答えを出せぬまま、わたくしはそれでもゆっくりと身体の向きを変えた。たとえわたくしがそこに居続けても、きっと鳴神様はその手を振り下ろす。それがわかったから。
(あい様には)
 見せたくなかった。
 急ぎ足で、その場を離れる。
 ――気づいていた。
(どのみちわたくしめには)
 とめられない。
 とめられるのは、この腕の中で震えやまないあい様だけなのだと。
「……あい様、本当によろしいのですか?」
 無理やり視線を合わせて、わたくしは問う。
「あい様がこれまで抱いてきた感情は、確かに彼らがもたらしたもの。けれどそれは、悲しみや恐怖だけではないのですよ?」
「――なぁ…に……?」
「喜びや楽しさまでも、あい様が存在しなければありえなかった。……それは、ゆうき様も同じはずです」
「!」
(わたくしとて)
 憎くないわけはない。けれど殺させることはできない。きっと傷を残すから。
(鳴神様にも)
 そしてあい様にも。
 あい様の目は、しばらく宙をさまよっていた。何を探しているのかも、わからずに迷う手のように。
 そしてやがて。
「……おろして……」
 そう、呟いた。

     ★

 うまく鳴神様を説得してくれたあい様を、事務所に置いてから本部へと向かった。
(残る仕事はあと1つ)
 『歯車』の破壊だ。
「あ! 鳴神さんに七ちゃんっ」
 やけに騒がしい本部前。脇に停まっていたワゴン車の中から、シュライン様が顔を出した。
「子供たちの救出は完了したわよ。一度事務所に戻っておいてくるわ」
「こちらもあいを保護してきた」
「ほんと?! 中にいなかったから心配してたのよ。よかったぁ……」
「光月様の方はどうなっているのでしょうか?」
 全員の仕事が終わってから――と言っていた草間様を思い出して、わたくしは問った。
「待ってね、確認してみる」
 シュライン様は携帯電話を取り出し、光月様にかけ始める。
 その後ろで……
「うわーなんだこの人たち」
「人形? 人形? なんで動いてるの?」
「よくわかんないけどかっこいい〜v」
 妙にはしゃいでいる子供が数人。助け出された子供だろうか。暗示をかけられている様子はないけれど……?
「羽澄ちゃんの方も終わったそうよ」
 シュライン様の声に、視線を戻す。
「なら暴れても問題ないな」
「思い切りやらせていただきましょう」
 張り切るわたくしたちに、シュライン様は神妙な顔をして告げた。
「――七ちゃんは大丈夫だと思うけど、鳴神さん。彼らの罪は白日のもとに晒されるべきことよ。人を棄てる様な真似はしないでね」
 まだ心配しているのだ。
 言われた鳴神様は苦笑して。
「あいの意思を、尊重することにするさ」
「? どういう意味?」
「帰ってから訊けばいい」
 今度はシュライン様が苦笑した。
「――そうね」
「では、行って参ります」
「中にみなもちゃんがいるから」
 わたくしたちは頷いて、本部入り口へと向かう。
 ……まだ騒がしい。本部に残っている何人かの団体メンバーが走り回っているようだ。それに壁など所々、水で濡れているのが気になる。
「海原様がご活躍のようですね」
 わたくしは笑いながら告げた。
 海原様が水を操ることができるということは、話に聞いて知っていたのだ。
 建物内部へ進入。2人がかりで、用途の想像できない怪しい機械類や監視カメラなどを破壊していった。
 2階の方からはまだ、逃げ回る足音が聞こえている。
「何人くらい残っているんでしょうね?」
「足音からいって、4人くらいか?」
 思ったよりも断然少ない。
「――っうわぁ?!」
「!」
 騒がしい2階へ上がろうとしたわたくしたちは、階段を駆け下りてきた1人とぶつかった。
「ばっ、化け物だぁぁ!!」
 驚いた男は、今度は階段を駆け上ろうとする。が――その道を、なんと水でできた竜が塞いだ。
「逃がしません! ――あ、お2人ともっ」
 そして2階から、海原様が現れた。
(どうやら)
 あの竜が皆を追い掛け回しているらしい。
「来るな化け物っ」
 鳴神様が一歩間合いを詰めると、男はそう叫んだ。
「化け物、か。では訊くが、子供の心と命をもてあそんだ貴様らは一体何者だ?」
「っ……」
(そう)
 彼らには、わたくしたちを化け物呼ばわりする資格などない。見かけは確かに人間かもしれないが、その器に隠された心は、誰よりも歪んでいるのだから。
「お……俺たちは人間のためを思って……!」
 それでもなお、男は言い訳する。
(クリーンなエネルギーを作り出す)
 その志自体は、確かに人間のためになる。けれど――
「"すべての"人間のためにならなければ、それはただのエゴなのだと知ればいい」
 わたくしはそう言いきると、右腕を上げて男を撃った。もちろん、適度に狙いをそらして。
 ほとんど当たっていないだろう男は、それでも気絶してその場に倒れた。
(弱い心)
 操ろうとした心そのものを、自分自身操れていない哀れな人々。
 その後2階の全員を静かにさせてから、わたくしたちは『歯車』を破壊した。
(2度と)
 その方法で。
 回されることのないように――。



 一仕事終えて、わたくしたちは事務所のソファでくつろいでいた。その周りを、子供たちが走り回っている。その中には、楽しそうなあい様の姿も見えた。
「俺たちが駆けつけた時の、団体本部より騒がしいな……」
 テーブルの上で揺れる、グラスの中の麦茶を見ながら。鳴神様はそう呟いた。
「でも、皆元気そうで……ホントよかったわ」
 シュライン様が笑う。
「結局、他の子供たちは感情操作されていなかった――ということなんですか?」
 その海原様が振った問いを、答えられるのは1人しかいなかった。皆の視線が光月様へと集まる。
 光月様は一呼吸おいてから。
「――カウンセリングは、一度した方がいいと思うな。子供たちは感情操作されなかったわけじゃないよ。感情操作しても『力』が現れないから、操作を繰り返されて、結果今はもとに戻っている状態なんだ」
「裏の裏は表、ということですか」
 わたくしめの表現に、光月様は頷いて。
「今の子供たちのはしゃぎぶりも、もしかしたらそれの反動なのかもしれないし……」
「やっぱり――許せないわね」
 改めて告げたシュライン様の言葉に、全員が頷いた。
 周りで遊ぶ子供たちは、それが自分たちの話題であるとまるで気づいていない。それが余計に痛々しい。
「武彦さんがうまくやってくれると思うけれど」
 シュライン様はつけたした。
(そう)
 草間様は今、光月様が持ち帰ったデータの一部を持って警視庁へ出向いている。世間的にもまったく信じられていなかった、あの団体の真実を伝えるために。そして子供たちの、今後のために。
 それはある意味、今朝の爆弾騒ぎがあったからこそ叶ったことだった。その点では、彼らに感謝しなければならないかもしれない(ちなみに投げこまれた物は特殊な発煙弾だったようだ)。
「――あ。そういえば、あの方々があい様をさらった理由は、結局何だったのでしょうか?」
 ふと思い出したわたくしは口にした。
("家族"だから)
 鳴神様が問った時、彼らはそう答えた。けれどそれが本心だとは、到底思えなかったのだ。
 わたくしめの問いを、海原様が繋ぐ。
「言われてみれば……。あいちゃんに暗示が効かないことは、わかっていたはずですよね」
 暗示の効かない子供を、取り戻す意味はない。
(何故?)
 再び、視線が1つに集中する。光月様は――怒っていた。
「サイテーよっ。あの人たち、色んな組み合わせで子供を産ませてたの。――成功例はね、ゆうきくん"から"なんじゃない。今のところゆうきくん"だけ"だった」
「! まさか……?」
「2人は正真正銘のきょうだいよ。つまり同じ男女の組み合わせで産まれたの。そして……2人を産んだ女性の方はすでに死亡していた」
「だから……だからあいにこだわったのか?」
 同じ組み合わせの子供を、もう新しくつくることはできないから。
(せめて)
 可能性のいちばん高い子供を?
「そういうことね」
 浮き彫りになった真相は、あまりにも浅はかな現実。
(そんな理由で)
 再びあい様を、闇に落とそうとしていたのか。
(きっと永遠に、気づくまい)
 わたくしにはわかる。
 あい様がゆうき様に対して、どれくらいの想いを抱いているのか、知ったから。
 ゆうき様があい様に対して、どれくらいの想いを抱いていたか。
 ゆうき様の『力』を生んだのは、きっとその想いだったのだろう。あい様を助けたいと思った、その強い想い。
(けれどもう)
 ゆうき様はいないから。
 あい様は、助かってしまったから。
 あい様が助けたい、ゆうき様はもういないから。
 奇跡は二度と、起こらない。
(道化を演じればいい)
 子供の心をもてあそんだ彼らは。
 白日のもとに晒され、世間にもてあそばれればいい。
 わたくしたちは指をさして笑おう。
(せめて)
 楽しませてもらおう。
 それであい様の笑顔が、見られますように。














                             (了)

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号/   PC名    / 性別 / 年齢 /  職業   】
【 1323 / 鳴神・時雨    / 男  / 32 /
              あやかし荘無償補修員(野良改造人間)】
【 1252 / 海原・みなも   / 女  / 13 /  中学生  】
【 0086 / シュライン・エマ / 女  / 26  /
            翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト】
【 1282 / 光月・羽澄    / 女  / 18  /
              高校生・歌手・調達屋胡弓堂バイト店員】
【 1510 / 自動人形・七式  / 女  / 35 /
                     草間興信所在中自動人形】



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■         ライター通信          ■
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 初めてのご参加、ありがとうございました_(._.)_ 伊塚和水です。
 『欠落の果てに』いかがだったでしょうか。終わってみればタイトルとあまり関係のないような気がするんですが、そこはご愛嬌ということで(笑)。ご意見・ご感想等ありましたら、お気軽にどうぞ^^
 一応補足として2点ほど。
 七式さんの一人称は「わたくしめ」ということだったのですが、統一して書いたところどうにも不自然なため、実際にはかなり「わたくし」と混ぜて使わせていただきました^^; 力が及ばず申し訳ないです。
 それともう1つ。草間興信所内にずっといらっしゃる設定でしたので、最初から皆さんと顔見知りであるということにさせていただきました。そうしないと話をうまく持っていけなかったためでもあるのですが(>_<)。どうかご了承下さいませ。
 今回いつも以上に意識して、それぞれの視点にそれぞれの発見(?)を盛り込んでみました。合わせてお楽しみいただけたらさいわいです^^
 それでは、またお会いできることを願って……。

 伊塚和水 拝