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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


復讐の人魚姫

*オープニング*

 それはいつになくまともな――――極々普通の興信所に来るような依頼の内容だった。
 電話帳でこの興信所を知ったという依頼人は、通された応接室で興信所の所長である草間武彦の向かい側に腰掛けて、雫が先ほど置いていったコーヒーを飲んでまずは自分を落ち着かせようとしているようだった。だが、コーヒーカップを持つ右手が微かに震えていることに草間は気付いていた。
「私、結城千尋といいます。お願いしたいのは、私の婚約者のボディガードなんです」
「詳しく事情をお聞かせいただけますか?」
 草間がそう言うと、千尋は小さく頷いて、訥々と語りだした。

 千尋には、来春には結婚を予定している婚約者がいる。
 婚約者の名前は常盤和馬。スタジオミュージシャンとしては多少名の知れたピアニストである。
 その和馬の身の回りで最近、彼を狙っているような事故が多発していた。
 ある時は彼の足元に工事現場の上から角材が落ちてきたり、ある時は電車のホームから突き落とされたり――――

「一歩間違えば今ごろは命だって……それなのに、彼は全然そんなこと気にしてないようでただの偶然だろうって言うだけで―――もう私心配で。しかも、先日こんな手紙を偶然彼の部屋で見つけたんです」
 千尋が差し出した水色の便箋はどうやらしわくちゃになっていた物を丹念に延ばした跡がみられた。その便箋はワープロで、
『人魚ノ 復讐ハ マダ始マッタバカリダ Sirene』
とだけ書かれている。
「Sirene……」
と、草間は呟いた。
「その手紙を私が見たことは知らないので、彼には何も聞いていません。……本当のことを聞くのが怖いのかもしれません、私―――」
 自分の知らない婚約者の姿を知ってしまうのが怖いのだと、顔を覆った彼女の左の薬指の輝きがまるで彼女の瞳から流れた涙のよう見えた。

「零、何人かこの一件の依頼に適当な人間を呼び出してくれ」
 千尋が帰りカップを片付けに来た零に草間はそう言った。彼の手元には封筒に入った手付金が置かれていた。

*ササキビ・クミノ*

 都会のビル街の間にひっそりと、その店はあった。
 建物自体は2階建ての小さなビルで、両隣のビルの間にはめ込まれたような形で建っているその店の1階看板には「ネットカフェモナス」と書かれている。そのビルの2階はこの店のオーナーである篠宮久実乃という女性の自宅となっている。
 ビルの所有者も彼女の名前になっているが、実際にそこで生活しているのはメイドアンドロイドのモナとリナ、そして彼女達の主人でもあるササキビ・クミノという13歳の少女だった。
 何故、まだ13歳の少女が1人でそんな所で暮らしているのかというと、それはひとえに彼女自身の持つ特殊な能力の為であった。
 クミノには彼女自身を守る特殊な障壁というものが存在している。それは物理的な被害からクミノ自身を完全に守ってくれるというメリットがあるがデメリットはそのメリットを大きく凌駕している。最大半径20mに渡るその障壁は現代科学では認識不能であり、その障壁内に存在するクミノ以外の生命体にとってはそれは致死性の毒性を持っているからだ。
 それ故に、彼女はまだ13歳の身空で両親とも離れアンドロイド2体とともにほとんど外に出ることも適わずに生活するしかなかったのである。
 それ故に、自宅といっても彼女が心底安らげる空間ではなかった。だが、少なくとも悪意もなく誰かの命を奪ってしまうという心配をしないで済むぶん、彼女にとっては確かに寛ぐことが出来る唯一の場所ではあったのだが。
 今日も、やはり自宅に篭っていたクミノの元に1本の電話が入った。
「はい―――」
『あ、クミノさんでしょうか? わたし、草間零です。いつもお世話になっています』
 ご丁寧な挨拶で電話を掛けてきたのは、クミノも時々調査を手伝っている草間興信所の所長である草間武彦の妹、零だった。
『実は、クミノさんにお願いしたい調査があるんですけれど……』
「かまわないわ。依頼の詳しい内容についてはいつものようにこちらにデータを送ってもらえれば」
『わかりました。それじゃあ、すぐに送りますので何かあればまた連絡して下さいね』
 電話を切ってクミノは早速パソコンの前に移動した。
 数分後、草間興信所からメールでデータが送られてきた。
 データには、依頼内容は依頼主の女性、結城千尋さんの婚約者常盤和馬(職業スタジオミュージシャン)の近辺で最近不審な事が起こりそれを心配した彼女から婚約者には内密で護衛する事。
 なお、添付の写真で被対象者宅に届いた犯人からだと思われる手紙。
 護衛は、×日後、結城和馬がレコーディング先のNYから帰国直後より護衛開始と今後の予定があった。
「しかし、珍しいことがあるものね、噂を聞いたわけでもなく草間興信所に電話帳調べでの客が来るなんて――――」
 クミノは依頼の内容そのものよりも、その事実が気になった。だが、穿ち過ぎだろうと自分の考えを否定した。一応、その手紙の送り主を調べる上でおまけとして依頼者との接点がないだろうかだけ判ればいいだろう。
 しばらくクミノはそのまま考え込んでいたが、モナに
「水筒に霊水か宮水を用意しておいてちょうだい」
と頼んでおいた。
 手紙を見てある人物を思い出したからだ。
 多分、恐らく……いや絶対に彼女は今回の調査に来るはずだろうと。

*Sirene*

 帰国当日。みなもとササキビ・クミノは2人は帰国した彼が直接向かう予定になっている音楽スタジオの近くの喫茶店に居た。
 空港からこのスタジオまでの護衛をケーナズとシュラインの2人が担当し、みなもとクミノの2人と合流することになっていたからだ。
 2人の制服姿の少女達がスタジオの入り口を眺めている様は、はたらから見ればそのスタジオに来るアーティストのいわゆる『入り待ち』をしているようにしか見えず、不信感を抱かせることがない『よくある光景』として映っているようであった。
「遅いな」
 壁にかけてある時計を見てクミノはそう呟いた。
 クミノは相当自分の障壁を押さえるように努力していた。今のところ、一緒に居るみなもが体の不調を訴えることはなかったが、生命力、治癒力の強い人魚の血を引くみなもであるからという理由もあるのだろう。
 この店は半地下にあるせいなのか、幸いなことにみなもとクミノ以外の客は居なかった。それでも長居をすれば店の店員に影響を及ぼしかねないために、クミノは必要以上に時間に敏感になっていた。
 イライラとした仕草でテーブルを軽く指で叩いている。
「ねぇ、クミノさん」
 じっと外をにらむように眺めていたクミノはその声で向かいに座るみなもに視線を移した。
「本当にsireneと名乗っている方が和馬さんの命を狙ってるんでしょうか?」
 唐突なみなもの質問に、その真意を図りかねてクミノは黙ってみなもを見つめる。
「クミノさんの調査で『人魚』の見当はついたんですよね?」
 そう、クミノが調査を始めてすぐに例の手紙の差出人だと思われる女性が浮上してきた。和馬がまだアマチュアだった頃、アルバイトをしていたバーの歌手―――勝山壱香という女性だ。
 壱香がある音楽プロデューサーに見初められた際に、壱香からの紹介で今の仕事を始めることができたのだという。
 そして壱香はプロデビューを目前という時に若くして自らその命を絶っていた。
 壱香が人魚を名乗っていた女性ではないのかと目された理由は他にもあった。彼女がデビューする予定だった曲のタイトルが『人魚の森』という曲だったという。
「勝山壱香さんと和馬氏がどういう関係だったのか、本当のことはわからないけれど……。もしも彼女の自殺の原因が少しでも彼にあったとしたら彼女に近しかった人が命を狙う可能性は高いだろうね」
 ただ、彼女には1人も身寄りが居ないのだとクミノの調査で既に判明済みだった。両親共に天涯孤独の上、その両親も幼い頃に交通事故で死亡。壱香は中学卒業まで児童養護施設に居たという。
「今回の件、和馬さんがその彼女を自殺に追い詰めたことが原因だとしたら、あたし……」
 そういってみなもは下を俯いて、残りの少なくなった目の前のティーカップの赤茶色の水面に視線を落としていた。
 みなもがすっかり考え込んでしまったその時、テーブルの上に置いておいた携帯電話がライトを点滅させなががらぶるぶると震えだし、数秒後にぴたりと停止した。
 慌てて待ち受け画面を開くと、シュラインからの、
『数分後にはスタジオに到着』
とメールが入っていた。
「行こう」
 それを見て、クミノはみなもを促がし大きな鞄を肩に掛けて席を立った。

       ***

 カラーコンタクトを入れて瞳の色を黒くしたシュラインとケーナズの2人とみなも、クミノの2人はビルの裏、非常階段の踊り場で落ち合った。
 被対象者である常盤和馬は数分前にこのビルの4階にあるスタジオの1室に入って行ったのを確認済みである。スタジオ内は、スタッフが大勢いるため特に心配はないと判断してのことだった。もちろん、そのスタッフも事前に調査済みで特に不審な人物は居なかったということは確認済みだ。
「どうだった?」
 クミノの問いにシュラインは大きく首を横に振った。
「もしかすると、無駄骨かもしれないわね。ここまで尾行したけど、まったく不審なことはなかったわ」
「それに、本人も本当に全く気に掛けた風でもなかったしね」
と、ケーナズは肩を竦めてみせた。
 彼は全く気にする様子もなく成田空港から公共交通機関やタクシーを乗り継いでここまで来たという。
「少しでも気にしているんなら空港からタクシーを使ってもおかしくないだろうに」
 いくら近いとはいえなくても、命とここまでのタクシー代を考えれば答えは当然タクシーに傾くだろうにと、理解しがたい様子でケーナズは頭を横に振る。
 実際、シュラインはなるべく彼の周囲の音に気をつけていたし、ケーナズも少し後方からではあったが気を配っていたが全く千尋が言っていたような異変の気配すらなかった。
「本当に、本人は前日の件は偶然だと思っているのか……それとも――――」
「それとも?」
「狙われていること自体を知らないのか」
 クミノの言葉に、3人とも黙り込んだ。
 やはり、この調査にはクミノが当初感じたように何か隠蔽されている事実があるのではないだろうか。
 その時シュラインが、何かに気付いたように上を仰ぎ見た。
「何か、聞こえた」
「え、何ですか?」
 しっ……と、シュラインはじっと耳を澄ます。
「男性の声だわ」
 ケーナズは非常階段で下の階まで足早に駆け下りた。
「常盤和馬がスタジオに居ない!」
 その声に3人は屋上に駆け上がった。
 4人が屋上に着いた時に目にしたのはフェンスを背にした常盤和馬。彼は驚きを隠せない顔でナイフを手にした人物を見ている。

「―――なんで」

 みなもの声はどこからか漏れた小さな小さな呟きのようだった。
 ナイフを手にしたまま振り向いた千尋の顔は数日前にみなもがすれ違った時とはまるで別人のように様変わりしていた。
 一瞬、千尋は4人に目をやったが、再びナイフを手に和馬に襲い掛かった。
「駄目よ、千尋さん!」
「っ!」
 ケーナズが自身の能力であるPK−MT(動いているものへの影響)で千尋の動きを止めた。
 その時、4人の足元にどこからともない衝撃が与えられた。その余波で突風が吹き破片が4人に襲い掛かる。クミノはとっさに前に出て障壁で石礫から3人を守った。
 そしてどこからともなく、黒髪に体にぴったりとした光沢のあるマーメイドラインのワンピース風のドレスを身に纏っている女性が姿を表した。
「邪魔はしないでもらおうかしら」
 そう言って毒々しいほどに赤い唇で妖艶な笑みを送る。
「あなた……何者なの」
 クミノの言葉に、彼女は小さく笑いを漏らしたかと思うと、その声はどんどん高笑いへと変わっていった。
「私は聖野悪弥香。世界を退廃させる為、『やおい』や『耽美』という文化を助長させ世の中にはびこらせる邪神とでも言えばいいのかしら」
「その『邪神』とやらが何故出張って来たのかしら」
「それは当然、妖しげな曲を作らせるためにもあの男の力が必要だからよ。あと少しであの男を私の手元へと陥れることができるというのにねぇ」
 そう言って、悪弥香は千尋を振り返った。
 千尋はふらふらと数歩おぼつかない足取りでこちらに歩み寄る。その途中でナイフが力なく足元に落ちた。
「千尋さんなんでですか!?」
問い詰めようとしたみなもを再び悪弥香の衝撃波が襲った。
 再度クミノがみなもの前に立ったが、その衝撃波はいわゆる精神波の一種でクミノの障壁でも塞ぎきれずにクミノの肩の辺りにまともに当たり、担いでいた鞄がみなもとシュラインの足元に落ちる。
「クミノさん!」
 クミノを助け起こそうとしたみなもにクミノは、
「……みなもさん―――――」
と彼女にだけ聞こえる声でそう呟いた。みなもはその言葉に大きく頷く。
「おどきなさいな。貴方では適いませんわ」
 そう言って睨め回した悪弥香の視線がケーナズのところで止まる。
「貴方、その力、人間しにておくのは勿体無いわ。我が配下に加わらないか?」
 今度は先ほどの攻撃な精神波とは違いじわじわとケーナズの中へ中へと侵食させるような精神波を送ったが、ケーナズは普段押さえているテレパスの能力を解放し逆手にとって
その精神波を撥ね付けた。
「遠慮しておきますよ。確かに僕は同性も異性も同じように愛することは出来ますが、貴方のようにそれを押し付けられるのはあまり好ましいとは言えませんからね」
そう軽口のように言ったものの、邪神というだけあり悪弥香の精神波を撥ね付けるにはケーナズも相当の力を消耗したようでうっすらと額に汗が浮かんでいる。
 悪弥香はそれには不満そうな顔をして眉根を寄せる。
「まぁ、いいわ。とりあえず、あの男は頂いていくわよ」
 すっかり蚊帳の外に置かれて呆然としていた男が悪弥香がそう言ったとたんに突然凍りの彫像のような姿に変えられた。悪弥香が和馬に歩み寄り彼の肩を抱いたその時、
「みなもさん、今よ」
クミノの声を合図にみなもが大きな聖水の塊を悪弥香にぶつけた。
 聖水をまともに浴びた悪弥香から白い蒸気のような煙が立ち昇る。
「覚えてなさいよ」
 そう捨て台詞を残して悪弥香はそのまま煙に包まれるようにして姿を消した。

*エピローグ*

 後日、クミノの元に草間から事件のその後について連絡があった。結城和馬は救急病院に運ばれ一命を取りとめたという。
 連絡があった時の草間の声ががっかりしていたのはやはり、普通の依頼だと喜んでいたというのにやはり邪神の存在が背後にあたっという事実を聞いたからだろう。
 千尋が復讐を躊躇ったときにはもう、彼女は取り返しの着かない所まで来てしまっていた。そこで彼女は、偽りの脅迫状を作成してそれを持って怪奇探偵である草間の事務所を尋ねたのだと言っていた。
 きっと、壱香同様彼女にも自分が始めてしまった復讐劇を止める術を一緒に考えてくれる存在が居なかったのだろう。
 この事件の渦中にいた女性の孤独さが巻き起こした事件だった。
 クミノは自分自身と彼女達の孤独さを重ね合わせていた――――

Fin
 
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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【 1252 / 海原・みなも / 女 / 13歳 / 中学生 】
【 1458 / 聖野・悪弥香 / 女 / 999歳 / やおいと耽美の邪神 】
【 0086 / シュライン・エマ / 女 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト 】
【 1166 / ササキビ・クミノ / 女 / 13歳 / 殺し屋じゃない、殺し屋では断じてない 】
【 1458 / ケーナズ・ルクセンブルク / 男 / 25歳 / 製薬会社研究員(諜報員) 】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、遠野藍子です。この度はご参加ありがとうございました。
  そして、本当にぎりぎりの納品になってしまい申し訳ありませんでした。
 今回、またしても童話をヒントにして考えた話です。タイトルに捻りなさ過ぎという意見もありそうですが(苦笑)
 ちなみに作中の『人魚の森』という曲は実際にある曲です。かといってBGMだったかというとそうでもなく。>オイオイ 実際は全く別の曲(某アーティストの『海原の人魚』)の入ったCDを延々聞いていたのですが、今回ジャズピアニストということでタイトルのみの登場でした。
 もともと自分で考えていたストーリーと参加していただいた皆さんのプレイングを足したり引いたりしてひねり出した結果こういう話になりましたが如何でしょうか。今後の参考に感想などいただければ幸いです。
 各PL様が少しでも気に入っていただける部分があればと願うばかりです。まだまだ稚拙な上、遅筆ですが、また機会があればよろしくお願いします。

ササキビ・クミノPL様 初めまして。今回はご参加本当にありがとうございました。クミノさんのディープな背景や設定を生かしきれているかどうか不安な限りなのです。PL様の霊水、宮水を用意というプレイングで今回ラストを決めさせていただきました。クミノさんの読みが見事に的中したようです。
ぜひ、またの再会を楽しみにしています。ありがとうございました。